Life – 命

三浦春馬さんに続いて芦名星さんまでが、ふっと旅に出るみたいにこの世を後にして行きました。
ドラマ「相棒」ではしっかりと脇を固める、美人かつ演技派の女優さんでした。
 
今朝まで、昨日まで、さっきまで‥ 仕事関係者と連絡を取り合ってその数時間後の突然の死(メディアで報道されていた内容をまとめると)。
本当に信じられない‥。
 
若い世代が絶望を感じるような何かが、この時代には潜んでいるのかもしれません。
こう次々と大好きな人達が消えて行く今、私はあらためて「命」とか「命の重さ」「命の上限」について考えています。
 

新型コロナ肺炎では生きたくても生きられない命がこの世を後にし、今も多くの亡霊たちが行き場を求めて現世を彷徨い続けているような気がします。
そんな一方でメディアに次々と流れて来る訃報の数々が意味するものとは、一体何なのだろうかと‥。



命の上限について、思いを巡らせています。
生きられるだけ生き続けるのが生命の宿命だとこれまで私はずっと思っていましたが、そうではなく自らの手で最後・上限を決めてそれまでの全てをリセットする時の故人の思いとは‥。

 

今日は何を見ても何を聴いても、けっして明るい気持ちにはなれません。
芦名星さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

境界線


世界は絶妙なタイミングで変化し続けています。
まるで季節が夏から秋へと向かうような自然な流れを装いながら、地球人と言う赤子を沢山の自然神の面々があやしながら、あっちへ行けこっちに向かえと言って飴を鞭を使い分けるように‥。

この何とも絶妙な転機を私たち人類はどのように感じ、そしてどのように乗りこなして次の時代へとシフトして行けるのか、行けないのか‥。何もかもが手探りなのだからそこには最初から存在する明確な回答などは一つも無くて、それでも私たち人類はこれまでとは違うやり方、生き方、ものの考え方、価値観や哲学観に絶対にシフトしなければいけないと自然神は解きます。


私が度々書く「自然神」と言う単語に拒絶反応を示される方々が居ることも、私には分かっています。それはご自身がこれまで達成出来ていた筈のマウントに対する敗北感に似て、私如きの社会的な立場の弱い芸術家に負けるわけがないと言う既存の秩序が音も無く崩壊してしまうのではないかと言う不安の上に成り立つ、後先のない真の敗北を真のあたりにすることへの恐怖に似ています。

ですが私は常に、そんな横暴かつ無謀なマウントに今日までじっと耐えながら芸術活動を続けて来ました。
確かに今日まで勝ち目のない戦を延々と続けているようなところもありました。ですがこのコロナ禍が皮肉にも切っ掛けとなり、私と時代の間に長い間立ち塞がっていた壁が一気に崩れた感は否めません。
これまで高い所にあった壁が、急激にその高さを変えて私の手の届く場所まで降りて来たような、ある種の私自身の人生の見通しが立ったと言っても過言ではないでしょう。


Twitterその他Facebook等のSNSのプロフィール欄に、私はある時期から私のありのままの姿を人生及び魂の履歴の一つとして書き加えており、最近はTwitterで私の過去世 J.S.Bachについての色々な話を綴っています。
その度に味方ではないと思えるような方々からのDMがひっきりなしに舞い込んで来るようになりましたが、だったら私の説に反する先方の方々からBachの隠された逸話が聞けたのかと言われると、そうではありません。

だからと言って私はBachを武器に自分の芸術活動やその履歴を美化したいわけではなく、ただただ間違ったJ.S.Bachの説をシンプルに穏やかに軌道修正がしたいだけなのです。

それは私が今日まで音楽を続けて来れた原動力の一つでもありますし、これから世界中の音楽愛好家や音楽家の卵たちに絶対に必要となる学説や音楽理論の新たなベースともなり得るものだと、私は確信しています。
 

色々な意味で、世界は転換期を迎えています。既にその旨私は1990年の湾岸戦争の頃から予期しており、いつか世界は逃れようのない時代の境界線に立たされる時が来ることを知っていました。
だからと言って自分の生活を一気に変えて行くこと等出来ない、私にとっては闇の数十年が経過し、最後の最後で夫や日本神界の神々によって救われたと感じています。

夫と初めて会った日のことを、私は今でも忘れることが出来ません。
あの日は丁度薄曇りの朝。前日の疲労が祟り、その日は夜中から酷い腹痛と偏頭痛と吐き気に見舞われ、本当ならばそんな日に人と会う約束などあっさりキャンセルする筈がどうしても夫との約束だけは守らなければならないのだと、私の本能がそう叫び続ける朝でした。

そして朝っぱらから一本1,500円ランクのユンケルと胃薬と正露丸、そして頭痛薬を服用し、一時間予定よりも前倒しで支度を始めました。

途中如何なるアクシデントが起きてもいいように、先ずは心のゆとりを持つことが大切。そして予定は意外にサクサク進み、結果的に私は50分も早く約束の場所に到着することが出来ました。
自宅を出発する時は不具合だらけだった体調も段々と時間を経て快方に向かい、現地に到着した時にはかなり好くなっていたのが不思議でした。


あの時私が無理を押して夫に会っていなければ、今の私は居なかったでしょう。あの時も私は、人生の大きな大きな境界線を何とか乗り越えたことを強く実感しました。


今私たち人類は色んな意味で、これまでには無いくらいの大きな境界線に立たされています。
境界線には好い境界線もあれば、そうではない境界線もあります。まさしく今、人類は後者の境界線上に立たされていると言っても過言ではないでしょう。この境界線から先には、キャンセルが利きません。乗り越えて先に進むしか、他に方法が無いのです。

色々書きたいことを整理せずに、又もや多くの思い出話をしてしまいましたが、今私が聴いているのはCesare Piccoの比較的新しいアルバムです。
Cesare氏の比較的初期の香りが漂う、不穏で神秘的な作品がずらりと並ぶ秀作です。




今日も即興ブログを最後までお読み頂き、ありがとう御座います💛

自然神からの警告


新型コロナウィルスや台風 、そして水害等、自然が容赦なく人類に襲い掛かり私たちの動きを封じるには理由があります。

どう対処して元の生活に戻るか‥ ではなく、暫く大人しくしていろと言う自然神の怒りをもっと真摯に受け止めそれに従うべき。
今がその時です。

Last Recording with Michael Jackson

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前回のレコーディングから間を空けて、損傷を負った霊体の修復に多くの時間を費やしていました。その間ミックスダウンが完成した問題の3曲を聴くことが出来ず、先ずは霊体の治療と治癒を何より優先させて来ました。

今朝異次元の療養所の主からの許可が得られたので、念願の3曲を今聴いています🎵

私が音楽を通じて何を表現し、何を訴え、そして最終的にこの世界に何を遺そうとしているのかについて、今回レコーディングし終えた3曲が唐突に物語っているようにも聴こえて来ます。
 

生きた人間が一旦別の次元に渡り、そこから見た三次元の危うさを音楽に託して人類に伝えて行く‥。

たかが自分で作った音楽を好き勝手に演奏して発信しているだけだと言う人も居ますがそうではないのです。
 

私は自分自身が音楽家であるかどうかなど、余り問題にはしていません。それよりもこの星がリラ星のあの時のように自爆を決めることが無いように、ただそれだけを毎日祈り続けて居ます。
 

来たる8月29日はマイケル・ジャクソン氏の誕生日にあたります。生きていれば62歳でした。

前回のレコーディングの時にひょっこり顔を出して、生前にお披露目することが叶わなかった祈りのセンテンスをポツポツと私に弾かせた、強引でチャーミングな天使のような人。
 
 

いつも私が別の次元を渡って即興演奏で弾き切った音楽に、夫(#天野玄斎 氏)がまるで私が生まれる前から計画して練り上げたようなタイトルをつけてくれます。

全ての作品が私たちの体を何周も巡り巡ってしっかりと温まった状態で、いつかこの部屋を飛び出て行く日を待ちます。
 
 


 

※この記事はスマートフォンよりTwitter及びFacebook個人Page、Facebook Pageへ同期掲載しました。

Human Issues – 人類の課題

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多くの現代人の意識は、眠ったまま生きています。肉体は確かに僅かな思考と身体的な行動を繰り返していますが、意識は過去の死の後から長い長い眠りの中に在ります。

超能力やテレパシー等、シュールな感覚が開かないのはその人の意識が眠ったまま肉体だけが生きているからだと、天野玄斎氏は唱えています。私も同様だと思います。

 

私の住む街にたった一軒だけ、浅煎りの豆で美味しいコーヒーを淹れて飲ませてくれるカフェがありました。これから長いお付き合いになると思い、いつもわくわくしながら通い続けていたカフェと先日、永遠の別れを決めたわたくしたち夫婦‥。
ウィルス・パンデミックのさなかにも常に店を開け、世の中に戦いを挑むように営業し続けて来たカフェで先日、窓からネズミが侵入しました。その数分前にもコーヒーに加える生クリームが固まったままになっており、ふと衛生面に不安が過った直後の出来事でした。

 

最初夫が窓からチョロチョロとカウンターを伝って来たネズミに気付き、二人して悲鳴を上げましたが、店主はちらりと此方を遠くから見ただけで何が起きたのかについて確認すらしませんでした。

レジでお金を払う時に夫が遂に口を割り、窓から侵入して来たネズミの件を店主に伝えたものの、「はぁそうですか。ま、色々事情がありまして。」とだけ言うとポロっと数枚のコインを夫に手渡しただけでヘラヘラ笑って店を追い出された格好になりました。

 

もう二度とこの店に行くことは無いと、私と夫は無言の会話で互いの意思を確認し合いました。

 

危機意識‥

私たち夫婦は常にこのアンテナをしっかりと張り巡らし、お互いに命をいかに長く使い続けるかについて考えながら生きています。なぜならば私たちにはこの世で絶対にしなければならないミッションがあり、その為に何度も何度もこの星に戻っては生きて来たからです。
夫は元々生きて行動する生命の属性を持たないので、夫はその夢や祈りを実現する為の「生きた生命体」を長年探し続けながら転生を繰り返していたように思います。

そして私と言う音楽家・芸術家に出会ったことで又、私も、夫も、それぞれが思い描いて来た夢を少しずつ実現させる為に日々考え、限られた時間の中で出来る作業を粛々と進めています。

 

そもそも音楽家やミュージシャンは、特に女性の場合はルックス重視と言われ、多くの女流音楽家たちがその悪しき壁に阻まれながら夢を諦めて来た経緯があります。
男尊女卑の世界はここ、音楽界の中にも脈々と在り、女性は美貌の事情で売れたり消えたりするものだとずっと誰もが考えて来ました。

 

女性の美貌は作品自体にも大きく影響し、その時々の女性の美貌に相応しい音楽がアーティスト側への課題として突き付けられる、おかしなルーティーンがこれまでは当たり前のように続いて来ました。

そんなルーティーンが、このウィルス・パンデミックによって打ち破られようとしています。

 

これは私にとって極めてこの上ない幸運であり、やっと私が等身大で芸術家として生きられる時代が訪れたのだと私は何故か、この事態をとても前向きに受け止め、そしてこの10年間続けて来たのと全く変わらぬ創作活動をこのコロナ禍の中で継続しています。

 

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この世界に今、どのくらいの預言者やチャネラー、コンタクティーと呼ばれる人たちが居るのでしょうか?その中に、この地球と言う星の意識とコンタクトが可能な人材は、どの位居るでしょうか?

 

ラッキーアイテムを手にしたり、特定のスピリチュアリストが考え出した亜流の呪(まじな)いを唱えるだけでウィルスと決別出来る‥ 等の文言をこの数か月間で大量に目にして来ましたが、それがあくまで人間の私利私欲に基づく悪い願望であることをもしも私が口にしたら、「そんな芸術家が作り出す音楽など聴くに値しない。」等と言うヘイトスピーチが飛んで来そうで、なかなかおいそれと真実を露出出来ない日々に私は悶々としています。
ですが、それこそが現実です。

地球と言う星に意思があることを知れば、今地球が私たち人類に何を突き付けようとしているのかについても、比較的容易に理解出来る筈です。

 

 

なるべく早い段階で、地球は原始に還ろうとしています。

その為に何をすべきかについて長い時間を掛けて思い描き、そして意識ごと立ち上がったその瞬間が「今」のこの現状だと言っても過言ではないでしょう。

 

私が人類の一員ではなければ、今直ぐにでも地球の思いを現実の形として提示してあげたいところですが、如何せん私も人。生きて為さなければならない事の為に、この星に生きています。

ならばそんな弱り切って、そして怒りに震えている地球の意識とコンタクトし、共存の道を模索出来ないかと‥、誰にも言えないこの課題に今真剣に、夫と共に向き合っています。

 

 

 

私たち人類は多くの娯楽や祭り、旅行や観光等を通じて水陸を含め地球全域の環境を食い荒らして来た経緯があります。

勿論その業界に生きる方々にも生きる権利があり、職を得る権利があるでしょう。でも地球は今、そうしたこれまでの慣例自体に嫌気がさし、全てを根底から打ち壊そうとしています。

そして地球は今、無期限の静寂を得ようと強く願っています。

 

私たち人類の祖先は、リラ星人だったと言われており、私はそのリラ星の最期を見届けた数人の巫女の一人でした。
リラ星にも明確な意識があり、それは神の声のように時折音声として私の脳裏にその声を届け、赤裸々な星の思いを伝えて来ました。

 

今地球がその状態に在ります。

 

経済を回そうとか、各々の業界を再度活性化させようとか、そんな声が地上の電波やSNSを通じてひっきりなしに聞こえて来ますが、地球自身がおそらくそれを許さないでしょう。
自分が生まれた時の状態に、地球自身が自分の手で、全てをリセットしたいと願っているのです。

 

多くの人類が篩に掛けられ、意識を覚醒させながらこの地球で粛々と必要にて十分な仕事をしている人類だけを、地球は選んで残すでしょう。

利他的な心情から作業や仕事を続けている人類を、地球と言う星は必要としています。

 

私は金銭とか経済とか、そういうものからはとんとかけ離れ、突き放された人生をずっと歩んで来ましたが、その中でもどうしても捨てられないものだけを心に持ち続けることで生き延びて来ました。

それを心に描いていると、不思議と食べること、必要最低限雨風を凌ぐ空間には何とか見放されずに今日を迎えています。
今の夫との出会いや生活を維持している事そのものが私にとっては神からのギフトであり、正直夫と音楽とうさぎが居れば他に欲しいものはありません。

 

せめてもう少しだけお料理がしやすく、出来ればピアノが一台設置出来る部屋に引っ越せれば、それで私の物欲は大方満たされます。

おそらく地球と言う神は、そんなスペースであればそう遠くない将来、私たち夫婦に与えてくれると確信しています。そして多くの神々や視えない人たちと共に、手作りの美味しい料理を囲んで神人共食の時をそこで持ちたいと思います。

 

切っ掛けはウィルス・パンデミックではあれ、多くの文化や産業の要らない部分がごっそり根こそぎこの世界から消滅するに違いありません。
これまで快楽的に生きて来た一部の人類が生き方を改めない限り、地球自身がそんな人類をごっそりまとめてどこか別の世界に移動させて行くでしょう。

願わくば私と夫はその先の地球をこの目で確認したいですし、あと数回はこの星に戻って命をやり直すことになりそうです。

 

陽の光と目覚めと

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来る日も来る日もCOVID―19の話題ばかりで、その上関東は全般的に雨季の真っただ中にあるので、わけもなく毎日塞ぎ込んでいます。
普段はフルオープンの私のアンテナが、ここのところ何者かの大きな手のひらで抑え込まれたようにミュートして、眠っても眠っても際限なく眠い日が続いています。

 

昨晩も予定していた夕食を結局抜いてしまい、朝まで滾々と眠り続けた私。ですが今日は早朝にマイケル君の定期検診を控えていたので、兎に角寝過ごさないように‥ 用心しながらうつらうつらしていたら何だか時間が勿体なくなってしまって、夫の出社を見届けた直後から洗濯機を3回も回して未だ今も、マスクをまとめて洗っています。

 

久し振りの太陽は昨日から、私と反対に目が覚めたみたいに都会を照らし始めました。今日は幾分雲が多いものの、タオルが2時間強で乾くぐらいの日の光が新鮮です。
夏が近くまで来ているのかもしれません。

 

 

作曲の作業を再開しました。

唐突に自分の音を追い掛けたくなったのも、長い眠りで気持ちがリセット出来たからかもしれません。後から後から湧き上がる音をメモに書き取って行くのですが、その中でも2分で退色してしまうメロディーもあれば、二週間前に書いたメロディーが新しい魂を吹き込んだように蘇生することもあります。

 

このコロナ禍と長い雨季がダブルパンチで人の棲む世界を押し潰している中で、なかなか新しい作曲に着手出来ずに居たのですが、本当にパ~~っと目の前に百万のハイビスカスの花が一斉に開花したような目覚めを感じています。

誰かが私を助けてくれているのを感じます。ここで言う「誰か」、とは人ではなく、それ以外の存在の意味です。

 

今年の前半だけで、幾つもの人との別れを経験しています。知人も居れば有名人も居たり、皆生き急ぐようにこの世を旅立って行きますね…。

私の場合は「失う」別れよりも、自らの手で鎖を噛みちぎるような別れの方が多いでしょうか…。理由詳細は色んなSNSで綴っていますので、ここでは省略します。

 
皆様が思うより、私は神経質で気位が高い人間です。
最近は理由もなく人に気を遣うことにうんざりしてしまい、それまでは余り深く考えずに無意識に遣って(遣わされていた?)「気」を、自分の為に遣うことに決めました。

 

人に気を遣わせる人の大半は、そのことによって無言のマウントを相手に仕掛けている場合が多いように思います。
私も根がお人好しなので、まんまとその悪しき作戦にハマってしまっていたのかもしれません。

 

考えてみれば、魂年齢と言う点では私や夫に勝る人はこの世界には存在しません。
何ったって、リラの時代から私はこの世界に存在し続けて居るのですから、その意味でも私に接する方々には先ず深く敬礼して頂くぐらいの気迫と礼節を、是非ともお願いしたいところです。

それを拒絶する人とは結局のところ、深く関わり合って行くことは出来ないと言うことを、ようやく受け入れる準備も整いましたし…。

 

さて、これから未だ色々と仕事を控えています。のんびりゆったり、だけど余りのんびりもしていられません。
私は音楽で世界の流れを変えて行きたい。その為にスポンサーを一社も付けず、ファンの皆様からの応援だけで創作活動を続けています。

 

その夢が早く実りますように、皆様も是非私の作品を積極的にSNS(FacebookやTwitter、LINE等)でシェア & 拡散して頂けたら有難いです。
そっと遠くから… ではなく、グイグイとこの澱んだ空気をこれでもかと引っかき回す勢いの応援を、是非よろしくお願い致します。

 

Amazon 『Didier Merahの欲しいものリスト』

 

 

コピー音楽文化の終焉

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○○警察… と言う言葉が密かに流行っていますが、さしずめ私の場合は『コピー音楽警察』と言ったところでしょうか。

著作者への無許可によるコピー音楽再演現場となる多数のライブハウスを、一連のコロナ自粛が少しずつ淘汰しているようです。
個人的にはとても喜ばしい流れだと思っています。


既存の楽曲を再演するタイプの現場ミュージシャンの多くが、著作者へのリスペクトも無ければ再演に必要な著作者へのお伺い等を意図的に省略し、ましてはそれらを勝手に再演する事で自身が出演料を受け取っているのが、日本の再演音楽系ライブハウスの現状です。
これはきわめて許し難い事です。

 

わたくしが過去に深く関わっていたシャンソン & カンツォーネやボサノヴァ等をはじめとするワールド・ミュージックを広く再演する街角音楽、その現場とされる、いわゆる『夜店』の大半が、今盛んに取り沙汰されている『接客を伴う飲食業』に分類され、厳密には音楽だけを販売している業種とは別ものです。

17時以降、女性を雇い接客に着かせる業種は、法律上は『風俗業』に分類される筈なので、女性の歌手の大半が場合によっては『風俗業』に従事していると言われても否定出来ないのが現状です。

 

コロナ自粛の影響で多数のシャンソニエやジャズ系のライブハウスが閉店に追い込まれていると聞きますが、もうコピー音楽を聴かずともSpotifyYoutube Music、或いはApple Music等の各サブスクリプションで原曲が簡単に聴ける時代になりました。

誰かが無許可でコピーして訳詞等の二次創作に及んで再演されるコピー音楽を聴かずとも、誰もが合法的に世界の音楽を原曲で聴く事が出来ます。
なので皆様是非、音楽は原曲を聴く習慣をつけることを、強く推奨します。

 

 

Music that survives 5000 years – 5000年後に生き残る音楽

[Japanese]
今この瞬間聴いていて気持ちの好い音楽ではなくて、これから生まれて来る時代の中で確実に生き残れる音楽について考えています。

そう在る為に今私は何をして、どんな音楽を生み出すべきなのか…。
それはおそらく素数のような音楽だと感じています。私はそこに向かって突き進んでいます。

 

[Eng.]
I’m thinking about music that will surely survive in the coming era. Perhaps it is music that has nothing to do with many trends of this moment.
What should I do now and what kind of music should I create for my future existence?
I think it’s probably like tuhe music like a prime-number.

I’m heading to that future point.

 

スズランの季節

スズラン

 
2020年4月30日、私のニューアルバム『World of Nature』がSpotifyやApple Musicをはじめとする世界中の各プラットホームから一斉にリリースされました。
この世界の闇のど真ん中にアルバムリリース…、本当に不思議なタイミングですが、今回は色々な準備が大幅に遅れたにも関わらず希望のリリース日時を一秒たりとも外すことなくこのアルバムが日の目を見ました。

 
世界は自粛の闇の中。既に私は2020年の2月の初旬頃から自粛のペースに入って行ったので、かなり長い期間の自粛生活を送っていることになります。
ですが時を追う毎にこの自粛が本当に意味のある事なのかどうか、私は頭を悩ませていました。

 
多くの知人や友人に私は、カビの自然神から直接聞いた話を伝えて行きましたけど、多くの人たちの反応はとても冷たく冷ややかでした。ですがそれらの反応もある意味今後の人間関係に於ける大きなヒントともなり得るので、気持ちが落ち込む中でも私は極力クールに現実を受け止め、受け入れるように努力して来ました。

 

この自粛生活の中で特に私が注意深く観察していた事の一つが、飲食店の在り方についてでした。
考えてもみればどれだけ強行的な自粛生活に至ろうが、人間の胃袋の数は変わりません。なのに多くの飲食店が「政府の要請を受けて…」と言う理由を掲げながら店舗の休業と言う道を選択した光景には、実はかなり驚きました。
それまで普段とても親しくして来たお店の中にも長期休業を選択した飲食店が多数現れ、その度に私はそうした店舗の在り方に大きな不熱心さを感じずには居られませんでした。

 

言い方は乱暴かもしれませんが、「政府の自粛要請を受け…」と言って店舗を閉める事はとても簡単な事です。収益を得られないのだから店を閉める…と言う選択肢。
飲食店としてこれはどうなのかと言う疑問が真っ先に立つ中でも私は、やはりCOVID-19に感染された方々や犠牲となられた方々を思うと容易に自分の心情だけを口にする事は出来ませんでした。

 

思うことを口に出来ないだけならまだしも、カビの自然神から伝え聞いたことをありのまま人に伝えられない事が本当に辛く、尚且つ人間は本来持っている筈のシュールな感覚(例えば直感力や超能力、チャネリングの能力等色々…)がここまで閉ざされ、そしてそのような感覚を外側に出す人を蔑み軽んじる傾向がこんなにも強いのかと言う現実に、心から胸を痛めました。
ですが思えば情報とはそれを必要とする人の元にだけ届けば好い… と言う考え方も出来ますから、私は今後も重要な情報はこうしたブログではなく note と言う記事の販売を兼ねたSNSの中にそっと閉じ込めて、各記事を有料配信して行くのがベストだと思っています。

 

この長い自粛要請中に店舗を閉めて、テイクアウトもなくデリバリーにも対応しなかった飲食店を私は一軒一軒心の中に書き留めました。逆にこの期間の中、店を開けてあの手この手を尽くして労働者の胃袋を何としてでも満たそうと、採算度外視でがむしゃらに頑張っていた店舗名も同時に私の中に在ります。

 

新型コロナウィルスは、空気感染及び微粒子感染によって拡散しています。

どんなに三密を避けて家の中に引き籠ろうが、pm2.5は日々空気を伝って大量に降り注ぎますし、黄砂に付着した新型コロナウィルスは容赦なく私たちの窓辺に大量に在ります。
換気をする際にも私は窓辺にアルコールを噴射して出来る限りの防疫対策に努めてはいますが、それも暖簾に腕押しと言っても過言ではないでしょう。

 

今日、久し振りに私は我が家のカビの大掃除に着手しました。何故今日までそれが出来なかったかと言うと、カビがCOVID-19のウィルスをとても好むのだと、カビの自然神から直接聞いたからでした。
でも流石にこのままカビを放置しておくのは人体に好くないので、今朝から少しずつカビの大掃除を始めたところですが、今のとこと私たち夫婦は時折お腹を下すことを除けば至って元気に生活出来ています。

 

新型コロナウィルスの騒動を介して私は、私自身を知人や友人がどういう目で見ているのか… と言う事を注意深く一つ一つ観察して居ました。
そして各々の心の中に意図的に私の成長を止めてしまったり、或いは私の話など軽く受け流しながら私と関わろうとしている友人や知人とは今後、関わり方を私の中で変えて行くことに決めました。

 

勿論私の気位が高い事は一旦棚に上げたとして、その上で私と言う人間を必要以上に軽んじて関わって来る人たちとは、私がやって行けないと思いました。

きっと温度の相違なのかもしれません。
一人の人間と向き合う時の私の温度と、相手の温度。そこに余りにも大きな温度差があり過ぎては、人間関係のバランスを大きく欠いてしまうだけで何のメリットもないわけですから‥。

 

勿論メリットだけで人間関係を捉えるべきではないですが、少なくとも私の側に大きなデメリットが生じるような人間関係を私は、持ちたくはないと思います。

 
私はDidier Merahと言う人間であり、世界中の音楽を理論化出来る芸術家です。尚且つリラ星の最期を見届けた巫女としての記憶を保有する事等も合わせて考えると、それを意図的に無視して私とダチ付き合いを望むような人とは関わるべきではないと、最近の私の心の中に新たな赤ランプがずっと点滅し続けています。

なので私は仮に今後孤独に陥ろうが、始終点滅し続けている赤ランプに今は素直に従いたいと言う結論に至りつつあります。

 

 

スズラン2

 

大好きなスズランが街のあちこちで、そっとうつむき加減に咲いています。私の大好きな花ですが、今年のスズランはいつになくとても神妙で悲しげな表情をしています。
もしかすると、人間の愚かさを嘆いているのかもしれません。

 

スズランの英語の花言葉は「return of happiness(再び幸せが訪れる)」… だそうです。

その言葉通りになれば好いと思いますが、一度失ったものが元通りの形になることはありません。それは人間関係も世界情勢も、そして各々の人の心の中もきっと同じです。

 

アルバム『World of Nature』は、この世の始まりから終焉までを描いたアルバムです。是非最後まで、…つまりこの世界の終わりまでを音楽の中で確認しながら聴いて下さい。

 

 

 

Return to Happiness

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言いようのない恐怖が地球の表面を覆い尽くしています。それは一言で「コロナ肺炎」とか「コロナウィルス」とか、そういうものとは異なる別のもの。存在‥ と言っても過言ではないかもしれません。
私琴座はリラ星の最期を、今でも鮮明に記憶しています。リラは滅ぼされる前に、自らの意思で自己爆破を遂げました。

事の始まりはとても些細な事でした。人と人との争い、その狭間を縫って政治の低迷が続き、それによって人々は互いを憎悪の対象とするようなマインドに、何者かによって導かれて行ったのです。

それが政治だけだったのか、或いは今の地球に見られるような疫病が原因の一つだったのかはもう定かではないのですが、次第にリラの人々が精神的に凶暴になったり気力が減退したり‥ を繰り返し、最終的には「生存」のモチベーションそのものを何者かによって奪われて行った事は確かです。

 

全ての出来事にはルールと発端と理由があります。なので今この地球の惨状にも私は、何かしらの大きな原因があると睨んでいます。

人類の遺伝子、そしてメンタルがこの数百年間で劇的に衰弱している事も又事実であり、それを他力本願で強靭な種族に書き換えようとする輩も多数この地上に徘徊しています。

 

今地球で起きている事には、明確な解が存在しません。何を選択しても、向かう結論は多かれ少なかれ似たかよったかなのです。でもそこには一個とても明確な運命の分かれ道が存在し、人々の多くはその境界線を見定める能力を欠いてしまっているのです。

 

ここまで読まれた方は「なにこの人、綺麗事を言ってるんだろう‥」と思われることでしょう。そう、私は過去の諸々の記憶とすり合わせながら、なるべく文章に刺激を加えないように綺麗にまとめています。
それだけ事態が切迫しているからです。

 

今朝、あらためてカビを司る自然神と対話をしました。言葉にならない対話が暫く続きました。
そしてそこから導き出された一つの答えに、私は到達したかもしれません。

 

カビの自然神はこう、言いました。

これは地球人類 対 自然神 対 ダークサイドとの戦争である。

私はこの答えに対して何も逆らうことが出来なかっただけではなく、その声の彼方に遠くリラ星が自爆した時の光景がすっと重なり合うことに恐怖を感じました。

 

私自身、リラの最期を高熱の中で見届け、そこで既に肉体は消失していたでしょう。意識だけが宇宙の中にポツンと放り出された時の言いようのない孤独を、今でも忘れることが出来ません。
多くの意識は炎と共に消失し、わずかに何人かの意識の欠片が既に宇宙を浮遊していました。行く先もなくただ、闇の中を彷徨い続けるのです。そこで魂が気付きを得られるのか、或いは新天地に向かって行くのかさえ、セルフコントロールが出来ない状況が続きます。

 

リラを発展繁栄させて来た文化も文明も科学も、全てはあの炎の中へと消え去りました。生き物の力とか能力は何とか弱く刹那なものなのかと言うことを、その時代の私自身が悔しいまでに強く深く思い知ったと記憶しています。

 

 

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今回、新型コロナ肺炎、新型コロナウィルスと言う未曾有のウィルス自体は自然発生的にこの地球上に出現したものかもしれません。ですが、その向こう側に私は確かに、あのリラ星の衰退から破滅へとリラ人全体を導いて行った時に見た強靭なダークサイドの気配を感じます。

私たち人類はウィルスによって先ず分断され、小分けになった人類同士が互いに仲間割れをするよう知らず知らずのうちに仕向けられています。

憎むべきは本来ウィルスと言う敵ですが、多くの人類は「顔」を見る、「顔」から受ける趣味嗜好のインプレッションにとても弱く、気に入るか、気に入らないかで物事を判断するようになって行ったと思います。

 

 

先日、安倍首相のとても不可思議な動画を観て怒りを感じた方々は、そう少なくはないでしょう。私もその一人でした。
勿論今、多くの音楽家や俳優その他エンタテイメントに関わって来た人材が職を失い、中には長く住んで来たアパートを追われ帰郷を余儀なくされた人や、それさえもかなわず泣く泣く楽器と衣装と鍋とコンロだけを車に乗せて車中泊に転じたミュージシャンも現れました。

 

彼等は口々に政府や行政を罵るようになり、中にはその気力さえ奪われた人もいます。皆、何かを憎まなければ精神が持たないのです。だからその時々、目の前に現れた存在を仮想敵に見据えてそのターゲットに心の罵声を吐くのでしょう。

でも、考えてみればそれはあの時と同じ、ダークサイドの思うツボなのです。

 

人と人を分断し種を破滅させることは、彼等にとっては想像以上にたやすい事かもしれません。後はそのタイミングと条件が揃えば、それを実行出来ます。
まさに今がその時だと、ダークサイドは手ぐすねを引いて私たち地球人類を天の向こう側からじっと観察しています。

 

 

 

昨日 4月11日に収録したYouTubeの中でも述べましたが、コロナウィルスはpm2.5や砂漠の砂、砂嵐等に付着して大気中を軽々と移動して行きます。
その大気を止める事が出来ない以上、既に私たちはウィルスの霧を浴びながら生きている状況に置かれていると言っても過言ではないでしょう。

 

体力が持たない人はコロナに感染し発症するでしょうし、体力はあっても気力や精神力の弱い人たちはこの状況を憎む事で「今」と言う時間が生み出すストレスをどうにかして解消しようとするでしょう。

勿論自堕落で快楽主義的にコロナウィルスを小馬鹿にする人たちもいますが、そういう人たちを除き、多くの人たちがこの状況に先の見えない恐怖を感じていることは紛れもない事実です。

 

話を戻しますと、先日の安倍首相の動画は確かにこのタイミングで如何なものか‥ と言う事には変わりはありません。ですが、ここで果たして短絡的に目の前の現象に敵意や憎悪を向けるだけが正しい在り方かと言われたら、それは違うと私なら答えるでしょう。

 

コロナウィルスに対する偏った認識が、今この地球上を「有識者の意見」として覆っていますが、もしも多くの労働者たちを路頭に迷わせている緊急自粛要請及びロックダウンと言う対策が間違っているとしたら、この先の地球がどうなって行くのかは、目の前に点線が描かれたように明確です。

 

私はこの新型コロナウィルスがほぼ、間違いなく微粒子感染だと確信しています。

そうなればこれまで人類全体が信じて来た自粛要請等が果たして正しかったかどうか、ここでかなり怪しくなって来ます。

 

今見たニュースでは、韓国で既にコロナウィルスとの戦いを終えた人たちを一斉検査したところ、100人を超える人たちに再度陽性反応が出たと報じていました。
だからと言ってここで再びロックダウンして‥ と言う事を繰り返しているうちに、コロナ肺炎ではなく貧困で飢え死にして行く人たちの方が徐々に増えて行くことが目に見えています。
何度も言いますが、それこそがダークサイドの思うツボなのです。

 

私は遠くリラ星の巫女でした。なので今は自分が生み出す音楽の中に祈りを込めたり、或いは日々の作業の端々に神を思い描き、ただ静かに祈ることを新たな日課として行動しています。

祈りは利他的なものであればある程、人の住む世界から遠ざかって行きます。ただ静かな時間の中で幸福を思い、それを祈り続けることしか出来ないのです。

 

そして祈りは行動とも直結します。

例えば私の場合は音楽であったり料理や家事であったりしますが、神職を名乗る方々であればそれは無限で無言の動作の繰り返しになって行くでしょう。
そう思うと現在の地球の中に蔓延している多くの祈りが、神様とは何ら関係のない、いち個人の願望成就の域を出ない、とても稚拙で強欲的なものが多すぎるように感じてなりません。

 

行動をせずに誰かに幸運を依存し、お金を払ってそのプロセスを買う‥ と言うことが当たり前のように行われて行く、これもコロナウィルス以上にたちが悪いと言わざるを得ません。

そうした一つ一つの悪しき積み重ねが今の、この状況を引き寄せているのかもしれません。

 

音楽家として、そして古くはリラ星の巫女だった私が出来ることは、本当に限られています。でも、その限られたことの一つ一つを思い、致すことが今私の務めだと思っています。

そしてこの記事を読まれた皆様へ、もっともっと視えざる存在を思い慮り、これまでの利己的な習慣や考え方を今、静かに悔い改めて頂ければと思います。

 

私はこの星、地球を愛しています。地球で行われるすべての出来事も、そしてそこに生きる多くの人たちの善意も含め、この星が視えざる存在による大きな篩に掛けられている今だから、生き方を少しだけでも変えて改めて下さい‥ とお願いしたいです。
勿論私自身も含め、大きな転機を在るべき理想の形で乗り越えて行かなければなりません。

Pray for the Earth.