そして間もなく一週間が過ぎる‥

高音高湿度の日々は粛々と過ぎて、私の住む東京は間もなく第四回目の緊急事態宣言下に突入します。
街は常に、視えない何かに急かされるように慌ただしく、そして賑やかさを通り越してノイズにまみれているようにも感じます。

幸いなのかそうでもないのか、この二週間近く私は軽い中耳炎を患っており、その影響で片方の聴力が若干鈍っています。にも関わらず大地のノイズは雨音よりも激しく私に覆いかぶさり、日々の後半は決まって偏頭痛に悩まされます。
 
 

アルバム『Heavenリリース前にSNS内の大掛かりな人払いの儀式を敢行した私は、その成果もあったのかとても静かな一週間を過ごすことが出来ました。
高飛車な性格と気位の高さは生まれ以ての気質ですが、社会生活を営む上でそれらが余り都合が良くないことを感じてからの私は本当に長い間、爪を隠して生きて来ました。
でもやがて爪は伸びて来て、私はそれを隠しきれないところまで追い詰められたようにも感じます。
 

もう、今の私は音楽家としては塔のてっぺんに居るのだから、爪を隠しながら生きることをある時からやめようと思っていました。それを実現するにはタイミングが必要でした。
そして、それが今でした。
 
 

 

世界は静寂を必要としています。増え過ぎた人口に悩まされた地球は、人間と言う害虫を駆除する為にそろそろ本気で行動を起こすかもしれません。
 

地球はまぎれもない、一個の生命です。

生命には霊体があり、魂があり、そして意識と思考の機能が備わっています。仮に地球や大地、植物、花や木々たちが言語を話せなかったとしても、彼等は深く互いを思い遣りながらコミュニケーションを交わして今日に至ります。
彼等にも時間の概念はあり、陽のあたる時間帯は活動をしつつも陽が落ちた後には眠りに就きたいと願っています。それを私達人間が長年阻み続けて来ました。
 
 

世界中の空をひっきりなりに飛行機が行き交い、各都市では人々が夜な夜な集い爆音を立てながら音楽を流し、機械的なリズムで彼等は夜通しステップを踏み続けます。
人々は年中人肌を合わせ、大声で会話をし、電飾の止まない日々が数百年間もの間続いていましたが、自然神はテクノロジーの進化がある段階に到達する日まで人類に好きにさせて来ました。
 

2021年、夏。多くの人々はインターネット越しに互いに会える距離に在り、外出をしなくても会話をし、音楽や映像や文字を共有し、SNSやチャットを通じてそれを大勢でシェア出来る、今はもうそんな時代です。

ならば地球が長年耐え続けた「静寂」を、人類はそろそろ実践しなければなりません。ですが新型コロナウィルスのパンデミックの長期化に人々は疲れ果て、その疲労を「集い、バカ騒ぎすること」でしか解消する方法を思い付かなくなってしまいました。
 

地球は人類に「陽のある時間帯だけの活動を許し、それ以外の時間はそっと休ませて欲しい。それだけを望む。」と言い続けています。ですが人類には地球の、そして自然神等のささやかな要求を呑む機能さえ失ってしまったようにも見えます。


多くの人類が「前のような日常を取り戻す為」に危険極まりない新型コロナワクチンを接種し、マスクを外し大声を出し、夜になるとDJを招いて爆音量のダンス・ミュージックを鳴らし、アルコールを浴びながら踊り狂う生活の復活に歓喜しているように見えますが、自然神は今度こそそこに大きな負荷を掛けて来るに違いありません。
 

ただじっとして、静かに家に居ることが、何故出来ないのでしょう?

ただ、それだけで良いと地球が言っている間に、人類はその生活やライフスタイルに磨きをかけておくべきでした‥。‥‥
 
 

 

パソコンの向こう側から、優しい雨の音が聴こえて来ます。その合間をアルバム『Heavenのピアノ・アンビエントがそっと覆い、いつもの日常が少し違って、絶妙な歪みとあたたかなWaveで空気が震えているのを感じます。
 

多くの人間関係を解いた理由は、私がSNSで親しくしている人達が私の音楽や生き様を全く評価しなくなり、外側に発信しなくなったからでした。
メッセンジャーでわちゃわちゃお喋りをすると、その相手が私である‥ と言うだけで多くの人達がそこで満足します。すると芸術家としての私のことを誰も、外で話題にしなくなって行きました。

私にとってそれはけっして良い状況とは言えず、ある意味致命的だとも感じるようになり、ならば私は誰に対しても完全な他人様であり、高飛車で傲慢で、馴れ馴れしくしようものなら直ぐにキレるヒステリックな芸術家で在る方が何かと音楽活動をする上では有利だと考えるようになりました。
 

※勿論お気づきになられている方も居るとは思いますが、数名だけご本人にはそうと悟られないようにこれまでの関係をそっと継続しています。

  

 

チャネラーとして、コンタクティーとして私に出来ることについて、ずっと考えていますが、自然神等や地球の心を慮る時、私が余計なお世話で多くの人達の将来に対し手を貸し過ぎることはけっして良いことではないと最近強く思っています。
 

生き残るべき人は本当にオリジナリティー溢れる感覚をもって、その道、その手段を自ら選択して行く筈です。そうでない、生き残りの集合体から外れて行く人達、外れそうになっている人々に対し、例えば「新型コロナワクチン」の危険性を訴えたところで、本来生き残る予定ではなかった人達の人生や未来に修正を加えることになるだけで、それは地球の意識や自然神等の思いとは遠くかけ離れてしまうと私は考えています。

とても奢った言い方をしていることは重々承知していますが、仮にも私は預言者として多くのことをこれまで発信し続け、自身の音楽の中にも多くのヒントを封印し、それを発信し続けて来たので、これ以上の過剰な救済活動は一切止めることに決めました。

 

人類の皆様に、もっと考えて、もっと想像を巡らせて、そして地球や神々と真剣に向き合って欲しいと思います。
それは誰にも備わった共通の能力だった筈です。「視えない」「聴こえない」と言う人達は、もしかするとこの地球にとって必要とされていない人達なのかもしれません。そういう人達には積極的に、脱落して欲しいとさえ思うようになりました。
 

私は今、自然神のマインドや意識と深くシンクロしているのかもしれません。人情とか感情とか、そういうものではないもっと普遍的な感覚の中に自身を委ねることが、とても自然に思えてなりません。
 

 

 

想定通りと言えば呆気ないのですが、私がHP上に掲載した今回のアルバム『Heaven』の製作秘話的手記 (http://www.didier-merah.jp/musicindex/Heaven/) に対しても、誰も、一言の感想やコメントさえも聞かせてはくれません。
きっと私の書くことの意味が、誰にも通じていないのかもしれません。だって私は、一連の文字を人間目線では綴っていませんから。

 

何度も言うようですがアルバム『Heavenは、やがて来る人類と地球の大きな変化と変革、そして激変した地上の様子を音楽絵巻に置き換えたものです。
ある意味ではこのアルバムは、地球及び自然神等の最後通告を音楽化した作品と言っても過言ではありません。もっと心して聴いて欲しいと願っていますが、リスナーの多くがもしもそう出来なかったとしても致し方ないのかとも思っています。
 

最早今の私には、かなしみと落胆しかありません

 

リラ星の最期が壮絶だったように、私はその最期の瞬間を見届けた者として、さらにはその巫女の生まれ変わりの自分として出来る限りのことを、今世のミッションとして受け容れ、受け止めながらしっかりと前進して行くのみです。
 

よろこびよりも哀しみの多い人生がこの先続くとしても、巫女とはそういうものだと心の中で言い含めながら、ここからの道を真っ直ぐに進んで行きたいと思います。

 

リリース前夜

間もなくニューアルバム『Heaven』がリリースされます。
 
勿論世界中のどのサブスクリプションからも一斉に開放されますが、願わくば [iTunes Music] や [Amazon Music] 等で購入頂けると有難いです。
私は音楽の性質上の理由で、一社のスポンサーも付けずに手弁当で地道に創作活動を続けておりますゆえ、ご理解・ご協力頂けると有難いです。
 


一つの仕事を終える度に、それまでの自分を見直すことが習慣として身に付いています。
ここ10年余りの私は、特にSNSでの人間関係を見直すことが増えました。
 

SNSの活動は私にとって励みになることもあれば、そうではない場合も多々生じます。
多くのSNSに於いて、参加者の大半が匿名ないしはハンドルネームを使用している為、その実体は殆どがベールに包まれた状態です。でも私は芸名に付け加え本名や学歴・職歴の中の公開出来る部分の大半を公開している為、SNSに参加されている多くの方々が私・Didier Merahの半生の流れをざっと目で追うことが出来ます。
ですが私には、私を取り囲む殆どの方々の人生の流れを目で追うことは出来ません。
 

本来私のような職種の人間は、受け身で居続けた方が何かとやりやすい事の方が多いです。でも私はどちらかと言うと「発見者」の側に居る為、私の方からお相手に(SNS内で)話し掛けて行くことの方が多かったように思います。
それをここで打ち切ることにしました。
 

SNSの中に流れる星のひとつがとても美しく瞬いて視える時、その星に私は自らアクセスして行くことがあります。ですが相手によってはそれがとても鬱陶しく感じる場合もあると分かったので、アルバム『Heaven』のリリースを切っ掛けに私も、SNSでの立ち振る舞い方を完全に受動態に切り替えることに決めました。
 

私はSNSの空に流れる多くの星の中でも、一際際立って美しい輝きを放っていなければなりません。そういう星は至って孤独であり、人々が容易く手を触れることは出来ません。
私はそうあるべきだと、或る方との会話の中で気付かされました。
 

 
さて、あと数時間でアルバム『Heaven』が遂に、産声を上げます。
 

このアルバムはけっして生易しい「癒し」ではなく、多くの生命の消滅とこの地球の転換期を、そしてこの世界の終わりまでを音楽で描いています。
各曲のタイトルで、それを表していますので、その辺りを少しだけ想像しながらお聴き頂ければ幸いです。

宇宙の素材 – Material of Space

かれこれ数か月前の話になるだろうか。古くからの知人・友人で、唯一私の音楽活動遍歴を長く見て来た俳優と、都内の音楽スタジオを借りて長時間の雑談を楽しんだことがあった。
 
彼(彼等)にも私にもその時々の生き方があり、時代の波にしっかりとハマりこんだ生き方以外の選択肢を持つことが出来ず、溺れる寸前の体を支えるように生きて来た。
そんな私も、そんな彼等にも各々大きな転機が訪れ、私も彼等もそれぞれが「一人」ずつになって行った。

 
 
G: 曲を探してるんだけど、書いてくれたりなんかしないよね?

私: 今は専業作家的な仕事にはもう全く興味が無くなってしまったかな、私‥。
  当時は売れたくて売れたくて誰かに認められたくて仕方が無かったんだけど、もういいかな(笑)。

G: じゃ~何で今作曲とかやってるの?

私: 自分には弾けない筈の曲が宇宙からミッションとして降りて来る瞬間がたまらないのよ。
  分かるかな‥。

そんな会話をしながらこの友人にはもう少しだけ具体的に私のことを話せそうな気がして来て、何となくピアノを使って雑談が再度始まった。

 

各々が同時に通過して行った過去の時間と、現在の私とは余りにもギャップがあり過ぎたけど、そんなこと一つ人に話せないようではいけないと私も襟を但し、特にこの10年間の中で私の身に起きたことに限定して、私が思う「作曲」についてゆったりと解説を重ねて行く‥。

そもそも私と彼等が出会った切っ掛けが音楽ではなく「衣装」だったり「スケジュール管理」の分野だっただけに、こうして私が彼を相手に音楽論を熱く語ることになろうなんて、その瞬間まで予想すらしなかったけど、こうして話してみると意外に話せるものだな~と段々楽しくなって来た。

 


長く「歌」や「人の肉声」に仕事人として関わって来たものの、2011年の冬の終わりを機に私と歌との関わりも完全に終わった。最初はとても動揺し、この先どうやって音楽活動を続けて行けば良いのかと散々悩んで来たものの、答えは意外にもあっさりと見つけ出すことに成功した私は、毎週のようにピアノ(電子ピアノ)一個で即興で音楽を作ってはそれをYouTubeの自分のチャンネルから配信して行った。

そうこうするうちに私は自分の中で永遠とも思える程の時を超え、眠り続けていた私自身の音楽に辿り着いた。そして今はその先の音楽へと手が届きそうな場所に、たった一人立ち続けている。

 
真実の結論をひとつ見つけ出すことが出来れば、その結論が次の仮説へと私を導いてくれる。2009年から今の活動を開始してからもう12年目の春を越えようとしているが、今、私の中に既存の作曲技法や作曲のスタイルは全く以て存在していない。

地球上の音楽や音素材は、もう私には必要なくなったのだ。そして私は宇宙のあちらこちらに点在する音の破片やWave、或いはもっとシュールで偉大な何者か‥ からの波形から音楽を生み出すことが今は何より楽しい。

 

母は昔、度々私にこう言った。
「偉大な人に音楽を使って頂くことが、作曲家冥利に尽きるのよ。だから貴女も頑張って。」と。

ちっとも頑張る気など起きなくて、それよりなにより音楽と言うジャンルに限定した時に、私以上の知識や経験値を持つ人がこの世界に本当に存在するのかと、常に疑問を抱いていた。

そして私は数十年の月日を費やして、音楽と言うジャンルの中に居る筈の「素晴らしい人」を探し求め、その為には時間も労力も惜しまなかった。
そうこうしている間に10年が過ぎ、20年が過ぎて、もう直ぐ職歴30年目を迎えると言うある日東日本大震災のその日を迎え、これだけ探しても音楽を司る「素晴らしい人」は見付からなかったと言う結果に悶々としながら、それまでのいわゆる「専業伴奏者」の職から完全に撤退した。

 

私: ねぇ、G?私にとって発注音楽って言うのはね、さながら「マッチング」と何等変わらないのよ。
  イタリアンだったり中華だったり和食やロシア料理、その中のどのスタイルをマッチングさせるか‥。
  つまりそういう話しなの。ちっとも面白くないし、楽しくない。

  どんなスタイルでも書けちゃうのよ、私。
  ショパンでもつんく風でも、或いはユーミン風でもサザン風であってもね。

  呑んでも呑んでも酔わない人の心境に似てるかな。
 
  本当に燃える作曲って言うのはね、つまり「宇宙の素材」が私の中に降りて来た瞬間の爆発。
  それ以外は本当に、ただのマッチング。擦り合わせだし取り引きとおんなじなのよ。

G: 成る程ね。それ、何となく分かる気するワ‥。
 

そして実際に私はピアノで彼が知ってそうなメロディーを、数人の作曲家のテイストにアレンジして実演して行くと、G氏はベートーヴェンさながら髪を振り乱して「もう頼まない、ゴメンよ。」と言って、ピアノ椅子を立ち上がった私の代わりにアップライトピアノの黒い蓋をそっと閉じた。

 

日々の私の練習の素材はもっぱら基礎連用のハノンやショパンのエチュード、バッハのインベンションの3声やイタリアン・コンツェルトだったりと色々あるけれど、どの作品一つを取っても私の心を震わせてくれるものはもう何一つなくなった。

むしろ練習中に開け放つ窓の向こうから届く鳥の声や風の音、桜の花びらが舞って擦れる時の微かな音の方に心が動いて、地球上のどの音楽でさえも今の私をロックオンする力を持たない。

 

先日プレアデス星団(Era星)出身のJaneが搭乗している巨大な母船が移動する時のノイズに、妙に心が震えた。
勿論機械音と星が流れる時の音の中間のような不思議な効果音のような何かだったが、プレアデス産の宇宙船はノイズさえも洗練されており、それはさながら新たな音楽の欠片のように私には聴こえてならなかった。

 

そう言えば。2009年か2010年か。あの頃の私は中東やアラブの音楽ばかりを一日中聴いていて、少しずつ伴奏の仕事を減らして行く過程でそれが新たな刺激だった。


特に、Hüsnü Şenlendirici氏が奏でるİstanbul İstanbul Olalıに強く心を突き動かされ、「私、こういう音楽が演りたかったの。」と、目をキラキラさせながら夫に話し、「じゃ~何か一曲録ってみようか。」と言ってくれた夫の前でよっしゃ~!って演奏した曲がBlessing of the Lightだった。中東でもアラブ風でも何でもない、全く逆方向のケルトミュージックとバッハのハイブリッド種の音楽が生まれ出て来たのだから、きっと私の魂とか意識とか、霊体が既に音楽を持っていたとしか言いようがない。
 

 

つまり真の作曲家はその時々に接している音楽に振り回されることがないと言う、あの時が実演になったことが私には大きな自信にも繋がった。
逆に、どんなスタイルを依頼されても私には音楽を作れてしまうから、素材には慎重になる。さしずめ私の場合は、これからは宇宙の素材で音楽を生み出すことがもっと増えて行くだろう‥ と思っている。

宇宙の素材は共有財産であるからして、そこに個性だとかキャラクター等は一切必要ないのが気持ち好い。犬も歩けば音楽に当たるわけで、私の中にはざっと10,000パターンの音楽様式のボックスが存在し、そのどれかにマッチングさせれば何かしらのメロディーやハーモニーが一個の個性を成立させて行く。

それが分かってしまうと、もうこの地上の発注音楽に心が湧き立つこともなくなった。

 

宇宙船やロケット等のテクノロジーを使わずとも、今の私はテレパシーを駆使して行きたい場所の一部にアクセスを試みることが出来る。そして向かう先に居る宇宙の人々も、そんな私のささやかなギフトを待っていれくれる。

今の私の作曲の動機はまさにそれであり、それ以上でもそれ以下でもない。至ってシンプルで、尚且つ私は日常の大半の時間を今は音楽から離れて生きている。宇宙からのギフトに敏感で居る為に。

 

音楽評論: “MIND CIRCUS” 聴き比べ

Tokimeki Recordsひかりさんが、中谷美紀さん1996年にリリースしたアルバム「食物連鎖」からの「MIND CIRCUS」をカバーしました。


ひかりさんも中谷美紀さんも両者共に甲乙付け難い表現力を持った歌手ですが、こういう時何を基準に音楽や歌を楽しめば良いのかといつも、私なりに苦心惨憺します。
そもそも人の声が余り好きではないのになまじ「歌」に関わる仕事に30年近く携わって来ると、言いたくもないのにうんちくを垂れてしまうのが嫌~な意味での不治の病的な職業病にも思えて来て、正直自分でも笑ってしまいます(笑)。

 

いつも思うのですが名曲をカバーしたがる人達のマインドには、個人的に興味と疑問の両方が湧き起こります。

音楽はその時、その季節、その時の素材、そしてその時に関わる作曲家の全部の軸が揃った瞬間に命を授かります。なのでカバーや再演時には、「あの瞬間」の鮮度は既に失われていると言っても良いでしょう。

極論、作品をレコーディングした時が頂点で、それ以後は日増しに劣化が進み、音楽は思い出の中で有限の命を持つことしか出来ません。なので出来れば名曲をカバーするのはやめて欲しいなと、個人的には思うわけです。

その意味ではこの「MIND CIRCUS」にも同じことが言えるかもしれません。
やっぱり頂点は1996年、坂本龍一さん(作曲 / 編曲)に売野雅勇さん(作詞)の繊細な世界観が折り重なり、そこにガラスのナイフのような感性を持った当時の中谷美紀さんの声が乗って、原Key(F-Maj)で不愛想に繰り広げられるどこか抜け殻のような彼女の声質がこの作品にはピタっとハマっていたように思います。
 


但し。表現力の豊かさ、厚みと言う点ではおそらく ひかりさんが 一も二も上手を行っていることは周知の事実です。
これは皮肉としか言いようのない現象ですが、こと「歌」の世界ではこのような皮肉な現象が頻繁に起きているのが現実です。

加齢や声の状況によってKeyを上げ下げする歌手を私は多く見て来ましたが、基本として音楽は原Key(その曲が最初に誕生・歌唱された時のKayの意味)で歌い続けることが理想です。そのKey自体に既に命やDNAの原型が完成していて、それを壊してしまうと楽曲本来のラインが完全に崩れてしまうからです。

同じ洋服をサイズ違いで年月を越えて着続けるぐらいならば、いっそ新品を新調した方が身の為です。音楽の場合は絶対に、そうすべきです。
そして、「もう歌わない」「歌うことをやめる」「この作品を手放そう」と決断を下せるのは、何を隠そう歌手自身です。ズタボロになってから否応なくその決断に至るよりは、未だ輝いている時に撤退することが望ましいと思います。


余談ですが中谷美紀さんが1996年にリリースしたアルバム『食物連鎖』には、名曲が多数収録されています。中でも私が今聴いても良い作品だと思った一曲が「LUNAR FEVER」。作曲は高野宏さん、作詞は森俊彦さんです。

 


歌詞もなかなか素晴らしいです。

興味のある方は⇨ コチラ ⇦で読んでみて下さい。ゾクっとするような言葉の断片が聴き手を瞬殺してくれること、間違いなしです。

本題のひかりさんの歌唱力や表現については、特に加筆することはありません。良くも悪くも「可もなく不可もなく」と言った感じで、私個人的には「声質が好き」「原曲よりは表現が若干豊かである」と言う意外に特筆すべきことが見つからなかったのです。

上手なのに特に心に残らない歌と言っても過言ではなく、これはもしかすると歌手としては大きく損なタイプかもしれません。下手でも人の心にインパクトを与える歌を持っていた方が、長い目で見た場合には「得をしている」とも言えますから。
 

ま、私は作曲家タイプの芸術家ですから、表現よりも楽曲がどうなのか‥ に目が行ってしまうのかもしれません。その意味ではこの作品『MIND CIRCUS』はその名曲ぶりから、多くの女性歌手を泣かせ続けながら現在に至るのかもしれません。

良くも悪くも、メロディーセンスの点では「無類の色男」の素質を存分に秘めています。私がもしも歌手を続けていたとしたら、きっとこの強烈な毒牙にハマり込んでカバーを試みて自滅していたでしょう。それ程魅力的な楽曲が坂本龍一氏から連続して放たれていた時代も、もう遠い昔の話です。

少しだけ胸をキュンキュンさせながら、そのWaveに溺れないように私は遠くから、坂本龍一氏の今後とこの作品の行く末を静かに見守りたいと思います。


この記事の最後に、そんな最近の坂本龍一氏の作品の中で気になった作品『andata』をワンオートリックス・ポイント・ネヴァーがカバーした方のYouTubeを貼っておきます。
原作よりも ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー のカバーテイクの方が、精度が高い気がせずにはいられません。感性の問題か、民族的なルーツの問題か或いはその両方の要因が、完全に原曲を押し潰した格好になっています。
特に途中から断続的に加わって来るスチールドラムの音色と若干のオルガンのバックがこの曲に不似合いな分、聴き手に強烈なインパクトを与えて来ます。
 
なにせ一周も二周も、或いはそれ以上も軌道を巡りながら結果的に全ての要素がバッハに回帰して来る彼等の活動が、過去世バッハの私をゾクゾクさせてくれます。
思わず「お帰りなさい」と呟いてしまいました(笑)。
 


音楽とは本当に不思議な生き物だと思わざるを得ません。
 

追悼手記 2021年3月11日

2011年3月11日から10年が経過しました。色々なことがあり、人々は決してあの日のことを忘れることが出来ません。勿論、この私もです。

直接の被災者ではなくても、東京の片隅のあの頃の街も人々も商店街も、まるで戦時中を思わせるものでした。戦争の経験がなくても、あれは戦争だったと今も感じます。

そして2021年の3月11日。世界が新型コロナウィルスによるパンデミックに喘ぎ、もがき、出口のない迷路の中に私たちは立たされています。

余りにも危険なワクチンを積極的に打たせようとしている医療関係者たちは、ワクチンがその後何をもたらすかの可能性について知っています。でもそれを口にすることが、誰にも出来ない状況なのです。
製薬ビジネスに反旗を翻せば、ともすれば医師免許をはく奪されるかもしれません。皆、恐怖に怯え慄き、何より自身の生活を守ろうと必死です。
でもそれを誰にも責めることなど出来ません。

私は今でも東北沖の海底を覗き込むことがあります。そこには魂となった多くの人々の生活が、あたりまえの日常のように繰り返されています。

霊魂となった魂が霊体を持たない場合、その魂たちは過去の習慣を思い描き継続することしか出来ません。まさに今の東北沖の海底は、そんな光景に包まれています。

日本の神職者たちは一体、何を祈り、何を思い、その職務についてどう考えているのでしょうか。
新型コロナウィルスからの緊急事態宣言が続く中、多くの祀りが中止され、日常的に行われている祈りの儀式もどこか疎かに感じざるを得ません。

でも、私はこの世界にミッションを持って生まれ付いた芸術家として、ただ一人であってもこの地上の様々なことに対し思いを致し、祈りを捧げたいと思います。
音楽家のくせに、ただの芸術家のくせに‥。人は色々なことを私に向けて放って来ますが、そんなことは私にとってはどうでもいいことです。

リラの星が自爆を遂げた後の私は、魂と霊体だけをしっかりと抱え込み色んな時代、色んな場所を、色んな人に姿を変えながら転々として来ました。そして今があります。
今、この2021年の混乱の中を生き抜くことをもう一つのミッションとし、尚且つこれまで続いて来た霊体としての、リラ星の巫女だった私としてのミッションの両方を抱きしめ、しっかりと地に足を付けて生きて行きたいと思います。

追悼詩集Requiem 311』より、『Oversoul』。
詩: http://requiem311.spx.jp/main/00099/

詳細は言えませんが、この詩の中にはMichael Jackson氏の熱い思いが詰まっています。
他の98編の詩も含め、是非お読み下さい。
『Requiem 311』http://requiem311.spx.jp/


原曲のYouTube ⇩

冬の音色

木枯らしの向こうから不穏がひた走って来ます。それは止まることを拒絶する猛獣のように、多くの幸運や日常を蹴散らしながら次の季節に向かって、この星の全ての生き物たちを絶望の淵へと追い込んで行くようにも見えます。


この一ヶ月と少し、私はそれまで習慣となっていたSNS中心の生活から遠ざかっていました。
見聞きするもののスイッチの一つを変えるだけで、アンテナはよりシュールに、より感度を増して行くようにも感じられます。
元々シュールなアンテナが過敏なのに、それ以上にこの星の遠い未来から降り注ぐ多くの電波のような何かを受信する度に、深い不安が全身を走り抜けて行きます。

 
思えば辛く長い2020年でした。それでも私は無事に11月3日のバースデーを迎え、可能な限り生きられるところまで長く太く生きようと、夫とも声を出し合いながら、危機的な状況を迎えてしまったこの冬をしんしんと過ごしています。

 
外出も減り、外食も最低限になり、一見楽しみの大半をコロナ禍に奪われたようにも見えますが、そもそも私は屋内派なのでそれ程窮屈には感じていません。
大好きな温泉に行けなくなったのは少々残念ではありますが、服を脱いでウィルスを浴びるようなことにはならぬよう、毎日毎日気を引き締めながら室内で筋トレをやったり鍵盤の上でトレーニングを積み重ね、そして粛々と作曲も継続しています。

 
 

 
リバースよりもチャージに多くの時間とエネルギーを注ぐことが出来たのが、思えばとてもラッキーだったと言えるでしょう。
この二ヶ月間で5つのPlayListをSpotify上に作成し、少ないながらもそれを心待ちにして下さる方々も居てくれるので、又次も頑張って音の写真室を作ろうと言う新しいエネルギーを得ることが出来ています。

 
FacebookやTwitter上では度々会話をしているのに未だ一度も逢えていない音楽関係者も多く、そんな彼等と、今直ぐにでも逢える距離に居るのに逢えないこの厳しい状況が一体いつまで続くのか‥。そんなことを思いながら、PlayListの中に、逢えない音楽家への想いも込めて幾つかそっと楽曲を忍ばせる時、私はなんとしてでもこの苦境を生き延びなければと心を引き締めます。

 

今年は多くの別れを率先して生み出し、そして受け容れた一年でもありました。
言葉にはしない別れ、逆に先方からの要望で私がその心情に至った理由を告げなくてはならないことも多々ありましたが、私の心情の多くは理解されないままだったと思います。

 

芸術家はいつも孤独です。それは恩師である三善晃氏をずっとそばで見ていた時から感じていましたが、こんなにも、そして過酷なまでの孤独を痛感しているのは、今この時期だからこそ‥ かもしれません。

 

何かを分かって貰おうとか、理解して貰おうとか、私はそういうプロセスを幼少の頃から完全に放棄していました。理解しなければいけないのは相手の方であり、私は生まれ付いた時から既に多くのことを魂が知っていたのです。
 
年齢で言えば19歳或いは20歳くらいで過去世の私の人生が終わっており、その続きから私の今世はスタートしました。なので体は赤ん坊でも、記憶の中には直前の過去世の記憶が鮮明に刻まれており、赤子の体+19歳の私(僕)から私は再生したように思います。
父に度々「可愛くない」と言われるのもやむを得ず、私が最も私らしく振る舞えば振る舞う程、人との距離は急激に遠くなって行きます。
 
そう言えばこの時期だったでしょうか。いえ、受験間近だったので、もう少し先のシーズンだったと思いますが、丁度気候的にはこんな感じの冬のある日、一晩掛かりで家出した時のことを何故か今日は鮮やかに思い出しています。
桐朋音楽教室の同じクラスの女性と交換日記をする程仲が好く、音楽教室のAクラスに入った翌週からほぼ毎回私と彼女は同じバスに乗ってわざわざ遠回りをして音楽教室に通ったものでした。
きっと生涯の友になれるだろうと思ったのもつかの間、あの時家出をした日も私は彼女と共に短い夜を過ごし、そのことが後々になり彼女と絶交する原因になったことも又忘れることが出来ません。
 

結果的に私が音楽高校の受験に受かり、彼女がその逆の結果を迎えました。それを機に、私の音楽高校生活の長い長い虐めの空気がそこはかとなく出来上がり、だけど私はそうした空気に鈍感なふりをし続けました。

 

あの夜私は彼女の家に泊めて貰うつもりで、駐輪上にあった他人の自転車の鍵をこじ開け、音楽教室に自転車で向かいました。
何故そう言うことになったのかを話すと長くなりますが、丁度当時交換日記をしていたその手記の中に私が綴った「好きな人」の名前が、母の逆鱗に触れました。別に母の彼氏でも初恋の人でもないその人の名前を見て何故母がキレたのか、未だに分かりません。
 
ですが母は何かと無理矢理ルールを作り、私を生き辛くしていたように思えてなりません。それが他愛ない交換日記だったとしても、私は「いけないことをしている」と認識させられ、それを理由に母は無限に私に暴力をふるい続けました。
私は主に顔や目を殴られ、一時視力が劇的に低下したこともありましたが、母としては私の目が視えなくなればいい‥ ぐらいの気迫で私を日夜殴打し続けられる理由が欲しかったのだと思います。
 

— (中略して話を元に戻します。) — 
 
 
あの冬の土曜日は音楽教室の日でした。なので学校から帰宅すれば母が待ち構えており、交換日記を罪状のように振りかざし、きっと「音楽教室には行かせないわよ」と言う大義名分を付けて私の顔を殴打し続けることが予測出来ました。
なので私は中学校の授業から帰宅せず700円と少しの小銭を持って仙川まで自転車を走らせ、記憶では仙川の駅前の立ち食い蕎麦店で「力うどん」を食べたと思います。

 

そのまま音楽教室で午後の3時からの合唱と午後4時から6時までの授業を受け、私は音楽教室の友人である彼女に事情を話して一旦友人の家まで自転車で向かいました。
彼女のお母様とは既に面識があったので(きっとお母様としては嫌々だったのでしょうけど)ご自宅に上がると、温かいお料理が用意されていました。それを頂いて一泊する筈が、母からの連絡で私は彼女の家から突然追い出されることになります。

 
お金を持っていなかったので千円をお借りし、それを財布に突っ込んで一先ず私は自宅のある方角に向かいますが、最低気温3度とか2度の中、家には帰らずマンションの階段の踊り場で一夜を明かすことになります。

気が付くと、私は未だ制服を着たままでコートも羽織っていませんでした。ブラウスと上着、しかも化繊なので、夜中になると余計に寒さがしんしんと身に沁みて来ました。
勿論お腹も空いて来たので、当時一人では未だ行ったことのなかった「松屋」で牛丼とサラダを食べて、余りの寒さに階段に座っていることが出来なくてゲームセンターで3時間程、デスクを占領して仮眠を摂ったことを覚えています。

 

その後マンションの階段まで戻ると、どういうわけか家族総出で私の名前を呼びながら私を探している音が聞こえたのですが、私はそれでも家族(特に母)を信じられなかったのです。
きっと私を見つけるまでは単なる小芝居で涙を流し、私を家に引き入れた途端に再び暴力・殴打が始まるだろうと思った私は、家族に見つからぬように色々な場所を移動し、朝を迎えました。

 

冬の朝は酷く冷え込みます。しかも受験まで一週間を切った時期で、このまま私が家に帰らなければ受験自体も無くなってしまうでしょう。
むしろそのことに危機感を感じ、翌日昼前に私は泣く泣く帰宅しました。流石に中学生が真冬の極寒の時期に一晩家出を実行したことに対し、家族たちも少しは驚いたのか、その日の母からの暴力は何とか免れましたが‥。

 

この時期になると私は多々の、自分の身に降り掛かった忌わしい出来事の幾つかを思い出します。これらの悪夢は一体いつになったら、私の中から出て行ってくれるのでしょうか。。
今朝も悪夢に魘され、目を覚ましました。最近家族間で話題になっていることが好くない形で夢に現れ、私は何者かに酷く叱られ驚いて飛び起きました。

 
 

 
 
既にnote上でも警告を発していたように、遂に新型コロナウィルスの変異種がその牙を剥いて来たようです。この変異種はさらに分化と変異を繰り返し、感染力と毒性を益々強めて行くことについて私は再三に渡りnoteの中で警告(予測)していたのですが、数名の熱心な読者を除き多くの人々には見向きもされませんでした。
 

予知とか預言とは、形にならなければその効力を発揮出来ないものなのでしょうか?
危険な預言(予言)は極力、現実になって欲しくないから文章にして残しておき、読者に読んで頂き心を新たにして頂きたいと願っているのですが、多くの人達は「預言=言い当てること」に焦点を置いており、その現象が形になり現実になる瞬間をどこか心待ちにしているようにも視えて来ます。
これでは預言・予知の意味は全く無くなってしまいますが、それが現実です。

 

明日、何が身に起きるのかなんて、もう今は誰にも予測すらつきません。但し出来ることは沢山ある筈です。
きちんと食事をして、手洗いや消毒を欠かさず、外出する時は暖かい衣服で身を包みマスク必須で会話少なめに‥。人の集まる場所には極力出向かぬようにし、時折小さな外食等でストレスを発散し長居はしない‥。
 

小さな努力と心配りの積み重ねが、自分と大切な人の命を守ります。今人類に、私たちに出来るのはそれが限界でしょう。
さしずめ私にはミッションがあるので、その実行の時に備え体と心とシュールな感覚を粛々と磨き込んで、自分を高みに追い込んで行きたいと思います。

 

この冬幾つかSpotifyに作ったPlaylistの一つを、下に紹介します。
是非楽しんで、リストをフォローして下さい。そして皆様がご利用になられているSNS等でシェア~拡散して、広めて下さると有難いです。

 

それは悲しい戦いだった

久し振りの知人から、Facebook メッセンジャーを経由してメッセージを頂いた。久し振りではあるけれど、正直なところ胸が痛くなるような繋がり方・別れ方をした知人だったと思う。

普段はボイス・メッセージを使う私が、今日はその気になれなかった。きっと何も話すこと等ないし、沈黙を私が埋めるような最近のボイス・メッセージの使い方にとても疲れてしまったのかもしれない。
 

「急用でもあったの?」‥と言ってしまってから、なんて不愛想な言い方をしたのだろうと自分でもびっくりする程冷淡で、先方も何かを察知したのかもしれない。
ずっと私のTwitterを覗き穴から小動物のように覗いては何も言わずに、数年間同じ動作を繰り返していたと言う。
 
口数少ない私に先方はかなり動揺しながら、それでもぽつりぽつりと会話は繋がって行った。
 
昔の私は常に「営業モード」が点灯しているみたいに、いつ誰と会っても饒舌だったと彼女は言う。それもその筈、そうでもしなきゃ仕事が繋がらなかったから、私も頑張って生きていた。
でも今はもう、その必要もなくなった。だから私は、私が頑張らなきゃ会話が持たなくなりそうな人とは、率先して会わなくなった。

 
 

 

彼女はジャズ畑の人だから、当然そっちの話題に連れて行かれた。
会話はまるで水の流れのようだと思った。無理な舵取りを私が放棄すれば、相手の気の済むように話題は迷走する。どこへ向かうでもなく、どこに戻るでもなく、私が話術を放棄すればどうにでも会話は彷徨い続けるだけだ。
 
彼女: 「そう言えば、マリーンって今どうしてるの?」
私: 「そんなこと、私が知ってるわけないじゃないのよ‥」

そう言いながら私はYouTubeをPCから検索し、マリーンの代表曲の「Left Alone」を見つけて小音量で聴いていた。 
 
それを聴いていたら、ふと‥ 昔の自分を思い出していた。

 


 
それは常に、悲しい戦いだった。
 
歌手とピアニストは決して味方同士なんかではなく、言わば敵同士と何等変わりない。私は黒子を飛び越してその日その夜の歌手をいかに叩き潰して気持ち好く帰宅するか‥ に日々命をかけていた。
 
この動画のピアノを聴いていると、兎に角饒舌で、きっと演奏者も私に似たような心情で演奏しているのではないかと感じずにはいられない。
ヴォーカルにとってのピアノ伴奏とは、おそらく料理で言うところの調味料に似ている。絶対に前に出てはいけないし、その存在を完全に消した時にこそ価値が上がって行く。だけどその瞬間の仕事は、誰の記憶にも残らないのだ。
 
伴奏とはそういう仕事だったけど、おそらく多くの伴奏者たちはその戦いを通過して、日夜どうやってその日の歌手の存在を叩き潰して帰ろうか、オーディエンスの記憶の中からいかに歌手を消してその座に自分が強く居残れるか‥ と考えながら、段々とパッセージが過度に饒舌さを増して行く。
 

時々親切心を出した歌手に、間奏等で「好きに遊んでいいから。」と言われるけど、たかだか20秒程度・16小節程度の彼等の休憩時間を私の遊びにあてがわれたところで、本気の音の遊び等出来た試しがない(笑)。
遊びは虚しい暇潰し程度で過ぎて行き、直ぐに歌手が追い討ちをかけるようにサビのリフレインに乗り出して来る。
 
むしろ私はそこで歌手を潰しにかかることが多く、歌手が歌い出すのを見計らって音量を上げてあえて素知らぬ顔でソロ演奏の続きに狂喜乱舞したりして、24年もの間多くの歌手たちを困らせて喜んで来た。
 
 
マリーンのLive動画を観ていると、私ほどではないけれどピアニストが明らかに挑んで来てるのが見て取れる。
いかに自分が伴奏以上の能力を持っているのか、オーディエンスにただそれだけをインプレッションする為だけに演奏しているようにさえ聴こえて来る。
 
    
彼女: 「ねぇ?私の話聞いてる?」
私: 「聞いてなかった‥。」‥(笑)。
 
気まずい沈黙が長く続き、私はその気まずさを埋める言葉をあえて消し去った。まるで残響の失せたピアノのように、胸の中のベーゼンドルファーは酷く寡黙に押し黙ったままだ。
 
 
かつての知人は皆、私を芸術家だとは思わない。少し話の面白い、お笑い系伴奏家だと今でもそう思って連絡して来る人も少なくない。だが、私はあえて気まずくなるような方法を選んで、人を威嚇することに夢中になるのだ。
そして徹底的に相手の気分を損ね、連絡しなければ好かったと思わせ、以後本当にそういう人との連絡は途絶えたままになるから願ったり叶ったりだ。
 
 
本当はそんなこと、したいわけではないのよ。
私本来の楽しいおばさんのまま、自由気ままに話題のロープを駆け上がって相手を笑いの渦に突っ込みたい。でもそんなことをすればたちまち、相手の(私に対する)ルックダウンを助長するだけだから私はあえて、笑いの蛇口の鍵を閉める(ここからは立ち入り禁止よ‥ と小声でつぶやきながら)。

 

私: 「で、用事はなに?」
 
場をシラけさせる言葉を選ぶのに最初は戸惑ったけれど、最近はそういうキメの一言は難なく口を突いて出せるようになった。スルースキルも段々と上達して来たものである。
 
彼女: 「急にナニよ。なんだか貴女、変わったわね。」
 
 
そうそう、その調子。早くこのボイス・チャットを終えたいのよ私は‥。

 
そして数分後、チャットが終わった。
こんな時、相手に、人の心の声が聴ける能力があったらどれだけ楽だろうかと思う。
 
時が私を変えたのでもなければ、私が冷たくなったわけでもないし、ただ‥ 余計な接客サービスを過去の同業者には使わないだけのありのままの私。そして私は芸術家であり、何よりDidier Merahであると言う事実がそこにあるだけなのだ。
 
 

今の私は本当に自由だ。
好きな音楽を好きなだけ聴いて、そして好きなだけ作曲をして、好きなだけ筋トレをして心もカラダも鍛え上げて行く。作曲だって紙に書く手間を徹底的に省略して、演奏タイムの中で完璧な作曲を完成させて配信して行く‥。
 
 
新しいアルバムのことを、ようやく真剣に考え真剣にアイディアを煮詰める作業に入った。
二週間と少し体調を崩していたのだけど、夫の看病の甲斐あって何とか鍵盤練習に少しずつ復帰出来そうだ。今日も緩々と練習を開始し、二週間休ませて少し鈍った体を余り痛めつけぬよう、優しく筋肉を動かした。

 
今の私の音楽は、今日の彼女との会話以上にとても寡黙だ。それは全て意味のある空間と空気と間で出来ており、間の中には残響と自然音と言う成分が存分に滲み出て行く、未来の音楽の片鱗を感じさせる。

 

彼女とのチャットの最後に一言、付け加えた。

私にとってあの頃は常に、悲しい戦いだったのよ。
貴女は遂に気が付いてはくれなかったみたいだけどね。
 

「え。。それってどういうことなの?」‥ と彼女が言い終わる直前を見計らい、計画通りに私はチャットを閉じた。
 
 

純白の河

これ程何もやる気の起きない木曜日は珍しい。そういう時は心身を労わるに尽きる、と思いながらも折角の木曜日、しかも快晴。
勿体ないな…。ふと口を突いて出た言葉が余りに呆気なく、風に連れ去られて行った。

これでもかと言う程照りつける太陽が、早朝の凍えるような空気を一瞬にして甘く、熱い夢に変えて行く。
木曜日。何かしなきゃと思い、13時を過ぎた頃ようやく布団から這い出して熱いシャワーを浴びて支度を始めた。

今日のランチはもう決まっている。時間を気にする飲食店のランチを避けて、フレッシュネスバーガーのクラシックマッシュルームチーズバーガーのセットのクーポンを押さえてあった。


2020年11月3日、無事に、本当に無事に56歳の誕生日を迎えた。本当に無事だったかと訊かれたら決して無事だったとは言えない程、ここのところ色々と、目には見えない圧力との戦いに明け暮れていた私と夫。
だから無事だったと言えば嘘にはなるけれど、でも怪我をしたわけでもなく事故に遭ったわけでもないからやっぱり無事だったと言う他に言葉を思い付かない。


人生は小説のようだと言うけれど、小説が人生のようだと言う人に私は未だ出会ったことがない。でも私の人生はきっと、何かが逆転したまま進んでいると言っても良いかもしれない。
私は未来からここに戻って来たようでもあり、この世の始まりからの記憶の多くを霊体に保有したまま転生を繰り返しているから、過去から未来にタイムスリップしながら生きているようでもある。普通の人が基準としているものが、私の中では全くあてにならない。

これまで何人の人達に私の生い立ちや、私の魂の長い長い物語について語り尽くしただろう。今の夫以外の殆どの知人の同意や共感は得られることなく、今でも私は大きな疎外感の中で呼吸を続けている。


疎外感で繋がって行くのがこの小説「ミッドナイトスワン」の二人の主人公、凪沙一果、そして一果の親友のりんかもしれない。

私は未だ映画を観ていない。本当に手が届く程近くの映画館で上映されているのに、新型コロナウィルスの感染を避けるべく暫くは密閉空間には行かないと決めている。
なのでノベライズとも言うべき書籍を先に読了した。


紙の中に時間の河が流れていることを、今日まで微塵も信じていなかった。そんな私が物語が後半に進むにしたがって壊れ始め、遂には物語が巨大な生き物のように涙腺に襲い掛かり私を完全に崩壊させた。
頬を涙が伝うように、Kindleの白い画面の中に深くて熱い河が溢れんばかりに流れて、ともするとありきたりのまま過ぎてしまいそうな木曜日を全て呑み込んだ。

まるであの日の洪水のようだと思った。その日、その瞬間まで笑顔を交わして生きていた人たちと、二度と会えなくなる瞬間の苦悩。この物語りは地震とは何の関係もないのだけど、クラシックバレーに魅入られた三人が次々とその荒々しい波に呑まれ、還らぬ人になって行く過程はまるで大きな運命の逆らえぬ波をもろに浴びる感覚に似ていた。


普段私はここまで書籍にのめり込むことがないのに、この本は特別だった。勿論ジェンダーとは何か‥ とか、芸術とは何か‥ と言うあらすじに惹かれてこの書籍を何気なく手に取ったにも関わらず、これまで私の中にモヤモヤしていたものまでが気付くと綺麗さっぱりと洗い流された代わりに、そこには二度と消えぬ痛々しい私自身の魂の古傷が今にも血を吹き出さんばかりに露わになった。



何を隠そう、私も遠い昔に母親からの虐待を受けながら育った人間である。人はそんな私を見て見ぬふりをして、「それは愛の鞭よ。」等ときわめて無責任な言葉で私を諫めようとするばかりで、誰一人私を痛みの谷底から救い出してはくれなかった。


「ミッドナイトスワン」の主人公・一果は、現実逃避をしたい時になると歯型が付く程深く腕の肉を噛む。次第にそれはリストカットと言う別のやり方に変わり、最終的にそんな一果をクラシックバレーと言う芸術と彼女に生まれ付いて備わった才能とが救い出して行くようにも見える。

だが一度心に付いた傷は、永遠にそこに留まり続けるのだ。私もそう。そしてきっと先立った私の弟の胸中も、それに近いものではなかっただろうか…。


一果同様、私の半生も凄まじいものだった。その凄まじさが余りに凄くて、誰にその話をしても話半分に聞くだけで真剣に取り合い向き合ってくれた人は誰も居なかった。
最初の結婚相手も最後には愛想を尽かし、最終的には離婚を渋っていた私をその気にさせる為に生活費を殆ど入れてくれなくなったりもした。だが私はそんな苦境の中に在っても、音楽から離れることだけは考えなかった。
まるで「ミッドナイトスワン」の一果のようだと、物語を読み進めながら私は主人公の各々を自分の人生と照らし合わせていた。そして久し振りに心の底から泣いた。


絶対に泣かないと決めて生きて来た私が、過去の自分に向かって初めてと言って好い程真剣に涙を流した。



瞬く間に夕暮れが終わり、夜が来た。日に日に驚く程、夜が早く訪れる。

そして誰もがマスクの内側から、本音の悪魔を覗かせながら口では違う言葉を話している。そんな状況が無期限で継続し続けるこの世界で、一体どのくらいの人達が本音で生きているのだろうかと考える。


私は人の心を聴くことが出来る。これは悲しい能力で、実際に話している言葉とは全く違うその人の本心を、まるで同時通訳のように私は第三の鼓膜で聴き取りながら生きている。
だから最近、私は人と会わなくなった。表向きは「コロナ禍が終わるまでは人に会わない。」と言って人を遠ざけているけれど、本当は違った。


心の中に北風が吹き荒れる。それは次第に大きく強さを増して行き、今にも私自身や私を刻む時間までをも奪い取りそうな勢いだ。
でもどんな荒波に在ろうと、私は夫と共にここまでやって来た。幾つもの、色々な次元からの呪詛が私を体ごと、内臓ごと引き裂こうとしても、夫が力ずくで私を守ってくれる。

そんな私の魂の物語を共有出来る友人が、私には一人も居ない。
その時々の相手によって私は、私をカスタマイズしながら向き合い、それなりの自分を演じることが出来るだけに、気付くと私をありのままさらけ出せる相手を完全に失ってしまったようだ。

もしもそれが夫にとっての私、私にとっての夫だけならば、私は夫と時間軸を完全に合わせて同じタイミングで次の旅に向かえるよう、上手に長く生きなければならないと思っている。

少なくとも「ミッドナイトスワン」の凪沙のように、大きな手術をした後に自暴自棄になるようなことだけはしたくない。


折角自分の望む自分になれたのに、何故… 凪沙は自分の意思で「死」に向かって生き始めたのだろう。読了後に何が悲しかったって、与えられたもの全てを自分の意思で手放してしまった凪沙の描写が余りにも痛々しかったのだ。


人間は何と弱い生き物だろう‥。

かつての私もそうだった。だから凪沙の気持ち、りんの気持ちは痛い程よく分かるけど、ここに生かされていることの意味を深く、深く考えると私は死んでなど居られない。
だから映画館にも行かないし、長時間人混みの中に身を晒すようなこともしない。じっと耐えて引き籠って、自分と言う舟を丁寧に丁寧にメンテナンスしながら次のステップに進んで行くだけだ。

ここから始まる第二の人生の全てを私は、芸術と夫に捧げようと気持ちを新たに、帰途についた。



スズランの季節

スズラン

 
2020年4月30日、私のニューアルバム『World of Nature』がSpotifyやApple Musicをはじめとする世界中の各プラットホームから一斉にリリースされました。
この世界の闇のど真ん中にアルバムリリース…、本当に不思議なタイミングですが、今回は色々な準備が大幅に遅れたにも関わらず希望のリリース日時を一秒たりとも外すことなくこのアルバムが日の目を見ました。

 
世界は自粛の闇の中。既に私は2020年の2月の初旬頃から自粛のペースに入って行ったので、かなり長い期間の自粛生活を送っていることになります。
ですが時を追う毎にこの自粛が本当に意味のある事なのかどうか、私は頭を悩ませていました。

 
多くの知人や友人に私は、カビの自然神から直接聞いた話を伝えて行きましたけど、多くの人たちの反応はとても冷たく冷ややかでした。ですがそれらの反応もある意味今後の人間関係に於ける大きなヒントともなり得るので、気持ちが落ち込む中でも私は極力クールに現実を受け止め、受け入れるように努力して来ました。

 

この自粛生活の中で特に私が注意深く観察していた事の一つが、飲食店の在り方についてでした。
考えてもみればどれだけ強行的な自粛生活に至ろうが、人間の胃袋の数は変わりません。なのに多くの飲食店が「政府の要請を受けて…」と言う理由を掲げながら店舗の休業と言う道を選択した光景には、実はかなり驚きました。
それまで普段とても親しくして来たお店の中にも長期休業を選択した飲食店が多数現れ、その度に私はそうした店舗の在り方に大きな不熱心さを感じずには居られませんでした。

 

言い方は乱暴かもしれませんが、「政府の自粛要請を受け…」と言って店舗を閉める事はとても簡単な事です。収益を得られないのだから店を閉める…と言う選択肢。
飲食店としてこれはどうなのかと言う疑問が真っ先に立つ中でも私は、やはりCOVID-19に感染された方々や犠牲となられた方々を思うと容易に自分の心情だけを口にする事は出来ませんでした。

 

思うことを口に出来ないだけならまだしも、カビの自然神から伝え聞いたことをありのまま人に伝えられない事が本当に辛く、尚且つ人間は本来持っている筈のシュールな感覚(例えば直感力や超能力、チャネリングの能力等色々…)がここまで閉ざされ、そしてそのような感覚を外側に出す人を蔑み軽んじる傾向がこんなにも強いのかと言う現実に、心から胸を痛めました。
ですが思えば情報とはそれを必要とする人の元にだけ届けば好い… と言う考え方も出来ますから、私は今後も重要な情報はこうしたブログではなく note と言う記事の販売を兼ねたSNSの中にそっと閉じ込めて、各記事を有料配信して行くのがベストだと思っています。

 

この長い自粛要請中に店舗を閉めて、テイクアウトもなくデリバリーにも対応しなかった飲食店を私は一軒一軒心の中に書き留めました。逆にこの期間の中、店を開けてあの手この手を尽くして労働者の胃袋を何としてでも満たそうと、採算度外視でがむしゃらに頑張っていた店舗名も同時に私の中に在ります。

 

新型コロナウィルスは、空気感染及び微粒子感染によって拡散しています。

どんなに三密を避けて家の中に引き籠ろうが、pm2.5は日々空気を伝って大量に降り注ぎますし、黄砂に付着した新型コロナウィルスは容赦なく私たちの窓辺に大量に在ります。
換気をする際にも私は窓辺にアルコールを噴射して出来る限りの防疫対策に努めてはいますが、それも暖簾に腕押しと言っても過言ではないでしょう。

 

今日、久し振りに私は我が家のカビの大掃除に着手しました。何故今日までそれが出来なかったかと言うと、カビがCOVID-19のウィルスをとても好むのだと、カビの自然神から直接聞いたからでした。
でも流石にこのままカビを放置しておくのは人体に好くないので、今朝から少しずつカビの大掃除を始めたところですが、今のとこと私たち夫婦は時折お腹を下すことを除けば至って元気に生活出来ています。

 

新型コロナウィルスの騒動を介して私は、私自身を知人や友人がどういう目で見ているのか… と言う事を注意深く一つ一つ観察して居ました。
そして各々の心の中に意図的に私の成長を止めてしまったり、或いは私の話など軽く受け流しながら私と関わろうとしている友人や知人とは今後、関わり方を私の中で変えて行くことに決めました。

 

勿論私の気位が高い事は一旦棚に上げたとして、その上で私と言う人間を必要以上に軽んじて関わって来る人たちとは、私がやって行けないと思いました。

きっと温度の相違なのかもしれません。
一人の人間と向き合う時の私の温度と、相手の温度。そこに余りにも大きな温度差があり過ぎては、人間関係のバランスを大きく欠いてしまうだけで何のメリットもないわけですから‥。

 

勿論メリットだけで人間関係を捉えるべきではないですが、少なくとも私の側に大きなデメリットが生じるような人間関係を私は、持ちたくはないと思います。

 
私はDidier Merahと言う人間であり、世界中の音楽を理論化出来る芸術家です。尚且つリラ星の最期を見届けた巫女としての記憶を保有する事等も合わせて考えると、それを意図的に無視して私とダチ付き合いを望むような人とは関わるべきではないと、最近の私の心の中に新たな赤ランプがずっと点滅し続けています。

なので私は仮に今後孤独に陥ろうが、始終点滅し続けている赤ランプに今は素直に従いたいと言う結論に至りつつあります。

 

 

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大好きなスズランが街のあちこちで、そっとうつむき加減に咲いています。私の大好きな花ですが、今年のスズランはいつになくとても神妙で悲しげな表情をしています。
もしかすると、人間の愚かさを嘆いているのかもしれません。

 

スズランの英語の花言葉は「return of happiness(再び幸せが訪れる)」… だそうです。

その言葉通りになれば好いと思いますが、一度失ったものが元通りの形になることはありません。それは人間関係も世界情勢も、そして各々の人の心の中もきっと同じです。

 

アルバム『World of Nature』は、この世の始まりから終焉までを描いたアルバムです。是非最後まで、…つまりこの世界の終わりまでを音楽の中で確認しながら聴いて下さい。

 

 

 

Return to Happiness

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言いようのない恐怖が地球の表面を覆い尽くしています。それは一言で「コロナ肺炎」とか「コロナウィルス」とか、そういうものとは異なる別のもの。存在‥ と言っても過言ではないかもしれません。
私琴座はリラ星の最期を、今でも鮮明に記憶しています。リラは滅ぼされる前に、自らの意思で自己爆破を遂げました。

事の始まりはとても些細な事でした。人と人との争い、その狭間を縫って政治の低迷が続き、それによって人々は互いを憎悪の対象とするようなマインドに、何者かによって導かれて行ったのです。

それが政治だけだったのか、或いは今の地球に見られるような疫病が原因の一つだったのかはもう定かではないのですが、次第にリラの人々が精神的に凶暴になったり気力が減退したり‥ を繰り返し、最終的には「生存」のモチベーションそのものを何者かによって奪われて行った事は確かです。

 

全ての出来事にはルールと発端と理由があります。なので今この地球の惨状にも私は、何かしらの大きな原因があると睨んでいます。

人類の遺伝子、そしてメンタルがこの数百年間で劇的に衰弱している事も又事実であり、それを他力本願で強靭な種族に書き換えようとする輩も多数この地上に徘徊しています。

 

今地球で起きている事には、明確な解が存在しません。何を選択しても、向かう結論は多かれ少なかれ似たかよったかなのです。でもそこには一個とても明確な運命の分かれ道が存在し、人々の多くはその境界線を見定める能力を欠いてしまっているのです。

 

ここまで読まれた方は「なにこの人、綺麗事を言ってるんだろう‥」と思われることでしょう。そう、私は過去の諸々の記憶とすり合わせながら、なるべく文章に刺激を加えないように綺麗にまとめています。
それだけ事態が切迫しているからです。

 

今朝、あらためてカビを司る自然神と対話をしました。言葉にならない対話が暫く続きました。
そしてそこから導き出された一つの答えに、私は到達したかもしれません。

 

カビの自然神はこう、言いました。

これは地球人類 対 自然神 対 ダークサイドとの戦争である。

私はこの答えに対して何も逆らうことが出来なかっただけではなく、その声の彼方に遠くリラ星が自爆した時の光景がすっと重なり合うことに恐怖を感じました。

 

私自身、リラの最期を高熱の中で見届け、そこで既に肉体は消失していたでしょう。意識だけが宇宙の中にポツンと放り出された時の言いようのない孤独を、今でも忘れることが出来ません。
多くの意識は炎と共に消失し、わずかに何人かの意識の欠片が既に宇宙を浮遊していました。行く先もなくただ、闇の中を彷徨い続けるのです。そこで魂が気付きを得られるのか、或いは新天地に向かって行くのかさえ、セルフコントロールが出来ない状況が続きます。

 

リラを発展繁栄させて来た文化も文明も科学も、全てはあの炎の中へと消え去りました。生き物の力とか能力は何とか弱く刹那なものなのかと言うことを、その時代の私自身が悔しいまでに強く深く思い知ったと記憶しています。

 

 

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今回、新型コロナ肺炎、新型コロナウィルスと言う未曾有のウィルス自体は自然発生的にこの地球上に出現したものかもしれません。ですが、その向こう側に私は確かに、あのリラ星の衰退から破滅へとリラ人全体を導いて行った時に見た強靭なダークサイドの気配を感じます。

私たち人類はウィルスによって先ず分断され、小分けになった人類同士が互いに仲間割れをするよう知らず知らずのうちに仕向けられています。

憎むべきは本来ウィルスと言う敵ですが、多くの人類は「顔」を見る、「顔」から受ける趣味嗜好のインプレッションにとても弱く、気に入るか、気に入らないかで物事を判断するようになって行ったと思います。

 

 

先日、安倍首相のとても不可思議な動画を観て怒りを感じた方々は、そう少なくはないでしょう。私もその一人でした。
勿論今、多くの音楽家や俳優その他エンタテイメントに関わって来た人材が職を失い、中には長く住んで来たアパートを追われ帰郷を余儀なくされた人や、それさえもかなわず泣く泣く楽器と衣装と鍋とコンロだけを車に乗せて車中泊に転じたミュージシャンも現れました。

 

彼等は口々に政府や行政を罵るようになり、中にはその気力さえ奪われた人もいます。皆、何かを憎まなければ精神が持たないのです。だからその時々、目の前に現れた存在を仮想敵に見据えてそのターゲットに心の罵声を吐くのでしょう。

でも、考えてみればそれはあの時と同じ、ダークサイドの思うツボなのです。

 

人と人を分断し種を破滅させることは、彼等にとっては想像以上にたやすい事かもしれません。後はそのタイミングと条件が揃えば、それを実行出来ます。
まさに今がその時だと、ダークサイドは手ぐすねを引いて私たち地球人類を天の向こう側からじっと観察しています。

 

 

 

昨日 4月11日に収録したYouTubeの中でも述べましたが、コロナウィルスはpm2.5や砂漠の砂、砂嵐等に付着して大気中を軽々と移動して行きます。
その大気を止める事が出来ない以上、既に私たちはウィルスの霧を浴びながら生きている状況に置かれていると言っても過言ではないでしょう。

 

体力が持たない人はコロナに感染し発症するでしょうし、体力はあっても気力や精神力の弱い人たちはこの状況を憎む事で「今」と言う時間が生み出すストレスをどうにかして解消しようとするでしょう。

勿論自堕落で快楽主義的にコロナウィルスを小馬鹿にする人たちもいますが、そういう人たちを除き、多くの人たちがこの状況に先の見えない恐怖を感じていることは紛れもない事実です。

 

話を戻しますと、先日の安倍首相の動画は確かにこのタイミングで如何なものか‥ と言う事には変わりはありません。ですが、ここで果たして短絡的に目の前の現象に敵意や憎悪を向けるだけが正しい在り方かと言われたら、それは違うと私なら答えるでしょう。

 

コロナウィルスに対する偏った認識が、今この地球上を「有識者の意見」として覆っていますが、もしも多くの労働者たちを路頭に迷わせている緊急自粛要請及びロックダウンと言う対策が間違っているとしたら、この先の地球がどうなって行くのかは、目の前に点線が描かれたように明確です。

 

私はこの新型コロナウィルスがほぼ、間違いなく微粒子感染だと確信しています。

そうなればこれまで人類全体が信じて来た自粛要請等が果たして正しかったかどうか、ここでかなり怪しくなって来ます。

 

今見たニュースでは、韓国で既にコロナウィルスとの戦いを終えた人たちを一斉検査したところ、100人を超える人たちに再度陽性反応が出たと報じていました。
だからと言ってここで再びロックダウンして‥ と言う事を繰り返しているうちに、コロナ肺炎ではなく貧困で飢え死にして行く人たちの方が徐々に増えて行くことが目に見えています。
何度も言いますが、それこそがダークサイドの思うツボなのです。

 

私は遠くリラ星の巫女でした。なので今は自分が生み出す音楽の中に祈りを込めたり、或いは日々の作業の端々に神を思い描き、ただ静かに祈ることを新たな日課として行動しています。

祈りは利他的なものであればある程、人の住む世界から遠ざかって行きます。ただ静かな時間の中で幸福を思い、それを祈り続けることしか出来ないのです。

 

そして祈りは行動とも直結します。

例えば私の場合は音楽であったり料理や家事であったりしますが、神職を名乗る方々であればそれは無限で無言の動作の繰り返しになって行くでしょう。
そう思うと現在の地球の中に蔓延している多くの祈りが、神様とは何ら関係のない、いち個人の願望成就の域を出ない、とても稚拙で強欲的なものが多すぎるように感じてなりません。

 

行動をせずに誰かに幸運を依存し、お金を払ってそのプロセスを買う‥ と言うことが当たり前のように行われて行く、これもコロナウィルス以上にたちが悪いと言わざるを得ません。

そうした一つ一つの悪しき積み重ねが今の、この状況を引き寄せているのかもしれません。

 

音楽家として、そして古くはリラ星の巫女だった私が出来ることは、本当に限られています。でも、その限られたことの一つ一つを思い、致すことが今私の務めだと思っています。

そしてこの記事を読まれた皆様へ、もっともっと視えざる存在を思い慮り、これまでの利己的な習慣や考え方を今、静かに悔い改めて頂ければと思います。

 

私はこの星、地球を愛しています。地球で行われるすべての出来事も、そしてそこに生きる多くの人たちの善意も含め、この星が視えざる存在による大きな篩に掛けられている今だから、生き方を少しだけでも変えて改めて下さい‥ とお願いしたいです。
勿論私自身も含め、大きな転機を在るべき理想の形で乗り越えて行かなければなりません。

Pray for the Earth.