最後の音色 – The sound of Last Bagpipe

BBC放送のYouTubeで放映されたエリザベス女王の葬儀の模様を、私は切なる思いで何度も見つめていました。
 

女王との神人共食が始まってから私の食生活に若干の変化が訪れ、特にそれまで多くのシュガーを投入して飲んでいたミルクティーからシュガーを完全に抜いたことは、言ってみれば大きな変化。
女王が最も好むミルクティーの飲み方は、それまでのミルクティーの味を私の中で大きく変化させました。
 

 
別れは一気に訪れるようで居ながら、違うのかもしれません。

実はその日を先延ばしにして来た自分の言動に少し後悔をしつつ、やはりこの機に私は或る人との永別を決めました。
勿論その方に悪意はなかったのかもしれませんが、結果として私への多くの嘘を否定出来なくなった今、私がその人の人生に関わり続けることで本来の彼女の人生ではない、異質な人生を彼女に歩ませてしまうことに対し大きな違和感を感じたのです。
 

それはいつものように、私から切り出す形になりました。
結果として先方から私に返って来た一通のメールが彼女自身から自らのそれまでの矛盾と虚偽を露呈する格好となってしまったことは、誠に残念でした。
ですが夫は既にその結末を知っており、「だから彼女には無理だと何度も言ったでしょう?」と言い含められると、流石に私自身の決断力の鈍さに腹が立つばかりでした。
 

時に愛情が執着となり、余計な言動に及び、結果的に私を含む両者の心に傷を付けてしまうことについては気付いていながらも、なかなか私の決断が至らなかったのだと思います。
私のエアリプに対して返って来た彼女からのメールには(私から見れば)意外な言葉が綴られており、それが仮に彼女の真実の思いだったとすれば、昨日まで彼女は私に多くの嘘を吐き続けて来たことになります。

嘘つきは大嫌いです。
 

 

人やもの、生き物を愛するエネルギーが、私は強すぎるのかもしれません。
愛兎のマイケル(故)は彼の純粋さが故に、最後の最期で毒母の霊魂の欠片をマイケル自らが見つけ出し、完全に嚙み砕いた瞬間に昇天して行きました。
彼の命がけの祈りで私たち夫婦は救われ、それまで難航していた転居がいきなり捗り始め、さらには母が、死んでも尚手放したくなかったと思われる隠し資産の発覚へと繋がって行きました。
 
不器用でもいいの。私は純真無垢な者々に、ただ包み込まれて生きて行ければ良いと思っています。
 

余談ですが、エリザベス女王の葬儀の最後のバグパイプの音色は余りにも美しく孤高で、永遠に聴いていたい音色でした。
 

「緩く生きる」と言う間違った考え方について

最近の巷のスピリチュアル系から発信される文言の大半が間違いだらけなので、時々大声でその間違いを訂正したくなります。
でもそれは往々にして意味のない行為だと分かっているので、ことさら名指しで「間違い」正しには及ばないよう、これでもかなり気を付けています。
 
偶然ですが今日に限って複数件、「緩く生きると何もかもが上手く行く。」と言ったような危険な言葉を目にしました。
彼らが言うには、「望んでいるものは必然的に向こうからやって来る」のだそうですが、勿論そんなことはあり得ない話です。
 
例えばその時その瞬間、たまたま脳裏に浮かんだ「会いたい人」が偶然道の反対側から歩いて来る‥ と言う程度の軽い偶然が起こることについては、私は何ら否定はしません。
ですがこれが入社試験や受験等である場合、夕暮れ時にぼや~っと喫茶店でお茶を飲んでいたら本当は受けてもいない入社試験の合格通知が空から降って来る‥ 等と言う緩い奇跡など、起きる筈が無いことは誰もが承知の事実でしょう。

ですが、そういう「緩い偶然」の到来を信じ込ませ、その為にそれまでのストイックな生き方をやめなさい‥ と呼び掛けて行くのが今現在のスピリチュアル系(ないしはスピ系)の常識であり、その間違った非常識が同調圧力となって周囲のまともな人たちの生き方の弊害となっている事実を指摘すれば、たちまちその人がスピ系荒らしの標的になることは間違いないでしょう。
 

私もかつて実際に荒らしの「標的」になったことが何度かあったので、これは体験談として語ることが出来ます。
でも、だからと言って今は、そのような同調圧力に屈している場合ではありません。
 

 
一方で。
昨日2022年9月18日(日)のTwitterでツイートしたような、後出しじゃんけんの予言ごっこに興じるスピ系も多数暗躍しています。
 

 
昨日の(日本時間の)午後、台湾でかなり大きな地震がありました。そして日本の南側には大きな台風が接近しており、両方がバッティングしました。
 
予言ツイートをしていたユーザーについてはここではあえてその詳細には触れませんが、以前夫・天野玄斎のツイートを丸々盗んだ状態で先方が自発ツイートに及んだ時は流石に私はカチンと来たので、メインのTwitterのアカウントからは該当のユーザーをアクセスブロックし、サブアカウントから様子を監視している状況です。
 

予言者には常に、リスクが付きまといます。
多くの自称・予言者たちの発言は、言ってみればコールド・リーディングや数分後の後出しじゃんけんと殆ど変わりません。
なので実際に特定の現象が起きた数分後に、さもその現象を予め知っていたかのように巧妙な言葉で他者に有無を言わさぬような文言を堂々と発信するのが、疑似予言者の大きな特徴です。

彼らの多くは「その現象を言い当てたように振る舞うこと」
「なるべくショッキングな題材に於ける予言案件だけを選んで、それを目にした人たちにショックを与えること」と、「その現象を言い当てた自分に対する他者からの大きな称賛を得ること」が予言行動の最重要課題なので、けっして良い現象を予言することはありません。
 
勿論「予言」行動の「五分五分のリスク」を一身に背負うことを彼らは元から嫌っているので、自身の身分や社会的な立場を完全に明かして発言することもありません。
全ての予言は徹底的に彼ら自身の身分を伏せた状態で発信され、いざとなればいつでも逃げられるよう万全の対策を打ち、無責任かつ高圧的な文言を定期的かつ頻繁に書き殴っているのが現状です。
 
ですが私が先にツイートにも書いたように、少なくとも『予言 』とは、その現象が起こる前の段階でその現象を言葉にする行為に他ならないので、その現象が起きてから慌てて書かれた予言めいた文字は、まったく信用に値しません。
 

  
特殊な能力或いは人生に於ける高度なスキルを持つ人たちは、そのスキルの中に自身の持つ直感や霊感その他のシュールな感覚を活かす方法をまず考えます。
一方そうした特殊技能や人生スキルを持たない人が仮にテレパシーや超能力或いは霊感などのある種のシュールな能力を得たとしても、それを活かす直接的な方法を持つことに対して彼らが積極的にならない以上、高次の存在は無スキル者に直接メッセージや預言をもたらすようなことはしないと思って良いでしょう。
 

簡単な話です。
料理の出来ない人にコックは務まりませんし、国家資格を持たない人に弁護士は務まりません。
それと同じで、仮にこの世界のどこかに高次の存在が在るとして彼らが、人格及び職業スキルの育成に一切関心のない「ただ生存しているだけ」の人に大きな役目を託すことなど無いことは、火を見るよりも明らかです。
 

この世に、苦悩をともなわない奇跡はありません。
長い長い道のりを歩んだ後にようやく大自然が絶景を見せてくれるように、人生にも宇宙にも、そしてそれが高次元の世界であっても、ものの仕組みはたいして変わりません。
甘い言葉には重々警戒し、自身の潜在能力の170%の力を使って全力で生きることを心掛けてみましょう。

 

小さな日記

とある出来事から生活環境が変わり、生活環境の変化が食生活の変化を生み出した。
食生活の変化はものの考え方の基本を根底から揺るがし、昨年まではただただ倹約(節約)に忙殺されていた暮らし方の根底が見事に変わった。
 
つまりそれまで観続けていた貧乏飯の動画を観る必要がなくなった。
 

 
何かと味の素を乱用している某YouTuber(リュウジさん)の動画に逐一キレていた日々を脱し、今はオテル・ドゥ・ミクニさんの動画から多くを得ている。
良い食事と食生活は時間のゆとりを生み出し、それが家庭で作る料理の質そのものを向上させて行く。
 
因みに前回の転居の理由はDidier Merahのアンチから夫婦二人の身を守る為の一種の避難行動だったが、今回はそれとは違う。
これまでの人生に必要だった荷物や生活必需品の大半が、要らなくなった。
新居に持ち込める荷物は限られている。教員免許と卒業証書以外、荷物は何も要らなくなるかもしれない📦
 

 
生まれて初めて大粒のルビーのペンダントを買った。これ、なんと2カラット。
 
他の石も少しずつ揃えて、アクセサリーBoxが少しずつ華やいで行く。‥するとそれまで身に付けていた天然石のブレスレットが、あからさまに釣り合わなくなった。
良いものを知るとは、こういうこと。
 
両耳合わせて4つのピアスホールを空けているので、ついでにダイヤモンドのピアスも買った。半年前まで付けていた複数カラーのジルコンのピアスを、遂に手放す時が来た。
身のこなしがどこか堂々として、それが新たな優雅さを醸し出す。
対人関係にも大きな変化を余儀無くされている。

だがここは注意すべきポイントで、私がどう変化しようがしまいが変わらず関わって行くべき人たちのことを、私は忘れてはいけないと思う。

※勿論私がみすぼらしい身なりだった時から私の本質を見抜いて、そして分相応の接し方をして来て下さった人たちに限る。

 

アフタヌーンティー

生まれて初のアフタヌーンティーを、都内(都下)某所のホテルで堪能しました。
 
昨年暮れに始まった実家の遺産相続手続き中の私たち夫婦は毎日美食を堪能しているように見えるかもしれませんが、この57年強もの期間実家の支援を殆ど受けられず、身の丈に似つかわしくない極貧生活に近い暮らしに耐えて来たことを思えば、このくらいのプチ贅沢くらいは良いのではないでしょうか。

エリザベス女王崩御後、私たちは欠かさず女王との神人共食を続けています。
恐らく庶民の大半が知らなかったエリザベス女王の知られざる苦労談話を今、このタイミングで聞いているのは私たち「テレパシスト」の二人だけでしょう。
 

 
各々の苦しみは、その血筋を引く者同士でなければ分かり合えないのかもしれません。
思えば実母もその一人であった筈ですが、彼女はどこかの時点から人間的に転落して行ったように思います。
その切っ掛けがあたかも顔に障害を持って生まれて来た私のせいであるように、母は親戚じゅう、そして彼女に近しい知人たちに話して歩いていたようです。

その間私は何ら抵抗や反発の機会も与えられず、昨年2021年の12月26日までの間、家族や親戚全員の私に対する蔑視や差別、排除行為等に及ぶ数々の苦境を耐え抜きました。

勿論合法的な手続きを経て譲り受けた資産の使い道の最優先順位として、私自身の音楽活動及び夫・天野玄斎の活動資金が上位に挙げられますが、その他に私たち夫婦はしかるべき団体への寄付も視野に入れながら、今それらの運用について日々話し合っているところです。
そんなさなかの食の楽しみさえも、私はすべて創作活動の糧になれば‥ と考えながら生活しています。
 

豊かな食は豊かな時と素晴らしい人間関係を生み出し、そのすべてが一つも漏れずに私の未来の音楽作品の礎になると信じています。
 

フカフレの姿煮

 
明日は待ちに待った中華料理の秋のフルコースを堪能する予定を立てています。
料理長や店舗マネージャーとも和やかに歓談が弾み、今日の夜は前祝いのような厳かな中華料理も堪能して帰宅しました。
 

Queen Elizabeth, forever…

人生57年と強、どんなキタナシュランなお店の食事であっても何かしら良いところを一つは探し出し、ささやかに慎ましく私は食を楽しんで来ました。
実家の金銭状況が余り豊かではないと信じ込まされ、学生時代には小さなレコードショップで販売のバイトをしたり、町中の宴会場の結婚式等のピアノ演奏も率先して引き受けて来ました。

ですが昨年実母が他界し、そのことで色々と母や実家の過去を調べて知って行くうちに、私がそれまで知らされて来たことの大半が母の作り出した虚像だったことに気付き、愕然としています。
一方で私がそれまで知らされて来たことの大半が母の虚偽ならば、むしろ私は堂々と母が遺したものを57年間の実家からの慰謝料として受け取るべきであり、その現実に素直に従いながらの現在があります。

 

 
2022年9月9日、英王室エリザベス女王がお隠れになりました。

タイミング良く私が私自身のルーツを知り始めた時の、英(スコットランド)女王の訃報は、今の私にとってことさら深い悲しみに加えシュールな霊感の戸をさらに大きく開けたように感じています。
 
昨夜の夕食はそんなシュールな感覚が全開の中営まれ、私たち夫婦の直ぐ傍に女王の御霊が佇まれ、慣れない神人共食を為されていました。
享年96歳の女王はその年輪の中の穢れの一つも感じさせない、まるで精霊のように純粋で穏やかであられるように感じました。

 
このところ体調を崩していた私も少しずつ浮上傾向に改善し始めた矢先のエリザベス女王の訃報の日、私は実家に郵便物を取りに向かい、その足で美容院に行き、髪を切りました。
今回はパーマもかけずトリートメントを2回施して頂き、サロンでは何となく私の遺産相続やら私のルーツの話題に花が咲き、そこはかとなくすっきりとしない情感を抱えながらも担当美容師さんの軽快なジョークに少しだけ励まされながら数時間を過ごし、電車半分~タクシー半分で自宅まで戻りました。

それから少しして‥、私と夫、そして女王の御霊をお招きして静かに執り行われた夕食の儀のような神人共食は、いつもとは少し違う味(味覚)が印象的でした。

 


祈り。
目的も終着点もない祈り。
それを生涯掛けて突き通されたエリザベス女王と、私とはどこかで幽かに(現実的な意味合いに於いても)繋がっているようです。
ここではこれ以上詳しくは書けませんが、これはおそらく事実です。

私はこの軌跡を、次のピアノ・アルバムに表現したいと今、考えています。
 
美味しいものを、食べたいものを食べたい時に何の気兼ねなく、自由に頂けるようになった今の私は、ただの美食家におさまるつもりはありません。
さらに創作に磨きをかけるべく、私は私本来の人生の軌道に戻り、私らしく豊かに送って行きたいと思います。
勿論自分自身の為に。そして愛する地球や、今の私を形成している本来のルーツを特に意識しながら。

何より女王が今日まで貫き通して来られた「祈り」を私なりにさらに深く突き詰め、それを音楽作品に投影して行くこと。
それこそが私のミッションであることを昨夜、再認識しました。


エリザベス女王、今日までの長きの波乱の人生‥ 本当にありがとうございました。
どうか安らかに、私たちをお見守り下さい。
 

母の誇りと「墓じまい」について

我が家は現在、絶賛引っ越しモードの最中にあります。

所謂‥ トラックで旧宅の荷物を一気に新居に運び込むのではなく、旧宅に荷物をある程度保管したまま新居を一から作り込むやり方で部屋作りを進めている為、通常の転居よりは少し時間と手間が掛かりそうです。

家具も一から夫が測って購入して組み立てているので、梱包を解いた後の段ボールの処理等を考えると二日から三日に一個の家具を増やして行くのが精一杯。
 

そんな中、母が未だ某所に資産を隠していたことが判明し、一旦終了した筈の遺産整理が再開されました。
ここは専門家の司法書士や税理士さんにお任せして、私たち夫婦は新居のお部屋作りの続きを継続しています。
 
急に重い荷物を担いだり環境の変化、その他シュールな変化などが続いた為(あるいは愛兎のマイケルの死で未だ私のメンタルが重く落ち込んでいる為‥)、一度更年期で終わった筈の「月のお客様」が再びお見えになり、ここ数日間はかなり酷い腰痛に悩まされている私。
 

 
現役の伴奏者時代に使っていたファイテンの腰痛サポーターを思い出し、先日遂に店舗に出向いてペンダントを含む色んなグッズを買い込んで来たところです。
 
旧宅でかなり古くなった固い布団に寝続けている間に正直かなり腰や背骨に負担が掛かってしまい、それが数年振りに急遽訪れなさった「月の訪問者」とも重なって、数日間殆ど布団から起き上がれずに居ました。
でも少しは体を動かした方が良いと思い、昨日の土曜日の夜にようやく馴染みのレストランにカジュアル・フレンチのプチ・フルコースを食べに出かけて来ました。
 

そこで出されたキャロット・スープが脳天を突き刺す美味しさで、前菜とメインディッシュの間とメインディッシュの後にもう一度、二度は飲まなければ帰れないと思い黒服さんにお願いしてリピートさせて頂きました🥕
 

 
今はもうない「グランドパレスホテル」では定番のこのスープが、都下の小ぶりなホテルのレストランで復活し、それを私たち夫婦は殆ど毎日頂くことが出来ているわけですから、これ程の名誉と幸福はありません。
 

そう言えば今回再燃した二度目の遺産相続ですが、一体母は何から自分自身と資産をここまで頑なに守り続けて来たのでしょうか‥。


先々週某日に或る封書が実家の郵便ポストに投函され、それを数日遅れで私が郵便ポストから拾い上げました。
普段の私ならばそこまで綿密に迅速に実家の手紙に対応することはないのに、あの時だけは違いました。封書をポストから受け取った翌朝に差出人として書かれていた銀行に電話を入れると、案の定そこには母がセキュリティーをMAXにした状態で温存していた銀行口座が存在し、それが未だ生きた状態で保存されていたと言うのだから、これにはさすがの司法書士さんも驚いたことでしょう。
 

 
ここからは一部私の、持ち前のテレパシーで受信した話が挟まります。真偽の程は五分五分と言う前提でお読み下さい。
 
母は生前、弟・大輔(故)の奥様の「りえさん(仮名)」に、何度か「自宅を譲りたい」旨の話をしていたようです。
最初はそれが母の本当の気持ちだった筈が、その件にまつわる一連の会話の中で母が(自身について)某王室の血を引くと言う話を「りえさん(仮名)」に伝えたことがあり、それを聞いた「りえさん(仮名)」の反応がどこか冗談でも聞いた時のようなふざけた表情だった為、途中から母の気持ちが変わったようです。
 

勿論この話は生前の母から直接聞いた話ではないですが、私は経歴にも書いてある通り「チャネラー」であり「テレパシスト」でもあるので、この辺りの話はもしかすると知っているのは「りえさん(仮名)」と私の世界でただ二人だけかもしれません。
 
以前一度だけ、Instagramで遭遇した‥ 表向きは「りえさん(仮名)」の知人と言う体(てい)の「エル〇〇ト(HN)」と言う人物が、誰も(私も)知らない母の事情を自分だけが知っている‥ と匂わせるようなメールを私に送信して来たことがありました。
仮にそれが真実だったとすればそれは、迂闊に第三者には話せない内容である筈。ですが問題はそこではなく、本来ならば「エル〇〇ト(HN)」しか知り得ない筈の話を、実は私が知っていたことの方でしょう。
 
音声に乗らない話を聞き取ることは、天界の音楽を聞き取るのと同様私にとっては日常茶飯事の動作にすぎません。

 
再開した二度目の遺産整理(相続)の元となった母の隠し資産の内容を見た時、それはただの数字の羅列に過ぎないにも関わらず私の目には、どこか特別な思いで母が内密に誰かから譲り受けた資産ではないかと直感しました。
 
母の口癖だった「ママはね、〇〇ダ〇伯爵の血を引いているのよ。」と言う言葉を、私は今でも忘れることが出来ません。
考えてみれば叔母の「昭子さん(仮名)」も面立ちが、現・英国の女王にとてもよく似ていました。これ以上の話については明言することも執筆することも私には現段階では出来ません。
ですが過去にお二人だけ、我が家の血筋について調べた人物が居て、その方々からは母が確かにそうした海外の王室の血筋を引く人物らしいと言うご報告を受けたことがありました。
 
母の誇りは本来ならばとても崇高なものである筈。ですが、彼女は余りに性格が歪んでしまい、最終的にはその崇高な資産を家族の誰にも悟られぬように独り占めし、誰の為に役立てることもなくこの世を去って行きました。
 
母の何よりの誇りは資産ではなく、おそらく「格」だったように思います。
 
本来持っていた筈の「格」を無謀に歪められた経験を持つ人は、往々にして性格がどこかの段階でねじ曲がってしまうことがあるようです。
私もその一人でした。ですが現・夫が偶然にも神武天皇の血を引く人だった為、私自身が抱え込んでいた性格の歪みから見事に私を救い出してくれました。
なので、私は母のような捻じ曲がった性格を、人生の半ばで修正することが出来たと思っています。
 

母にとって、もしも彼女の歪んだ性格を修正する機会を得られた時があったならば、仮にその切っ掛けになれたのはもしかすると私だけだったのかもしれません。
何故ならば私は母から聞いた「血筋」の話を真面目に受け取り、彼女の話に対して冗談めかした嘲笑を投げ返したことなど一度もなかったからです。
せめて母がその段階で私に対する「娘排除や差別」への執着に対する過ちに気付いて方向転換をしていてくれたら、母はあんなに寂しい最期を迎えずに済んだのかもしれません。
‥とは言え、もう後の祭りですが。
 

 
我が家の新居のお部屋作りは、暫くの間続きそうです。
この記事は先日夫が購入してくれたノートパソコンで書いていますが、未だ操作に慣れずに所々改行やらあちこちのレイアウトに難航しています。
 

とは言え我が家はこの転居の後に、母の遺骨の整理その他実家自体の清掃などが控えています。
これはInstagramの中では既に綴っていたことですが、実家「山田家」の墓じまいを予定しています。これについては弟・大輔(故)の奥様があらかじめ、山田雅枝(母)の遺産強奪計画書の中でも書いていたことなので、私は彼女「りえさん(仮名)」の意思を尊重し、父・寛、弟・大輔を含む家族三人のお墓をたたむ予定です。
 

 

今年の1月以降、私から数名の親戚に宛てて母の訃報と私が置かれた立場について、書簡を送りました。ですが親戚は誰一人、返信をよこしませんでした。
彼ら・彼女たちの中では私は「親戚の輪から排除すべき存在」と、誰かに叩き込まれていたのでしょう。ですがそうするか否かはあくまで個人の良識の問題です。
母の死から約9ヵ月間、時を経て様子を見て、これ以上全親族の間違いを継続させておくわけには行かないと言う判断に至りました。
ですので私は私の手で、「山田家」の墓じまいに踏み切ることに決めました。
 
現在私は「山田家」の唯一の法定相続人であり、墓地の管理者でもあります。
その私が弟・大輔(故)を含む私以外の家族全員の墓じまいに至るのは、至極当然でもあり、もう諸々じゅうぶんではないでしょうか‥。
 

よって弟・山田大輔(故)のお墓詣りも間もなく出来ない状況になりますので、この記事で告知させて頂きました。
これまで我が家、山田家の三人を厚く愛して下さった皆様へは、この場をお借りして娘であり法定相続人の私からお礼を申し上げます。
 

暑気払い

昨日は暑気払いをかねて、久々に焼き肉を堪能して来ました。
数年前に比べると食欲が若干低下したのか、予定していた皿数を消化出来なかったのはショックでした。
 

色々なことを考える今日この頃。
つい半年前くらいまでは兎に角同業者や芸術方面の人達と繋がりを持つことを考えて来たのですが、音楽家の多くが自己愛が激しく、殆どの音楽家たちが他の人の音楽を正確に聴くことが出来ないと言う壁に何度もぶち当たりました。
なのでこれからは異業種の人達との繋がりに、着目して行きたいと感じています。その方が、良い人間関係を築けるので。
 
又、別の意味でも私の音楽を異次元級の音楽として、又私を音楽家・芸術家として向き合ってくれると思いました。
 

 
本来、音楽家が他の音楽家の作品を正確に評価出来ないことは、きわめて致命的です。
仲間同士を褒めちぎり合うのではなく、双方の人間的価値を正確に見極めると言う意味で、同業者にそれが出来ない人達がこれ程までに多いから、今の堕落した音楽業界に至ったとも言えるでしょう。
 
 
何度も言いますが、私はバッハ(J.S.Bach)でした。
過去世バッハの私にはバッハとしての人生の蓄積とその記憶があり、音楽の父・バッハが考える次世代の音楽のいろはが私の中には既に詰まっています。
 
「格の違い」を双方認識し合いながら、適切な人間関係を持ちたいと願うばかりです。
  
 

天使の寝顔 – いってらっしゃい、マイケル‥

マイケル、旅立ちの日。ほとんど夜通し、マイケルを撫でながら過ごしました。
そして結局朝まで余り眠れずに起床して、軽く身支度をしながらマイケルに最後の抱擁を。
朝からじっとりと真昼のような暑さを感じながら、それでもどこか清々しい空が広がっていました。
 
幸先の良い時、神様は私達の頭上にそれを知らせてくれます。空一面に龍雲が広がっていました。
けっして幸せな儀式ではないとは言いつつ、これはきっとマイケルの為に用意された一日の始まりだと感じ、泣き腫らした瞼の痙攣を押さえながら支度を進めて行きます。
 
 
朝10時に動物霊園からの送迎の車が到着し、おくるみにマイケルを包み、そっと乗車。
マイケルの首がグラグラしているので、慎重に右の手のひらに包み込みます。さながら新生児を抱く時の要領に似ており、どこか懐かしい記憶を呼び覚まされる私でした。
 
マイケルは私達に降り掛かる全ての「圧」(呪い)を、おそらく完全に持って行ってくれたと思います。
あの小さな体で私の実母の霊魂から発せられる呪詛のようなエネルギーを、最後はマイケル自身が一身に背負い込んで、命懸けで私達夫婦と未来を守り抜いてくれました。
 

 
マイケルが逝く前夜、私達夫婦とマイケルの間で一つの約束を交わしました。
それはもう一度、次こそはもっと健康な体をともなって自由気ままに我が家に戻って来ることでした。
「どうする、マイケル?もう一度うちに戻ってやり直してみない?」
そうマイケルに尋ねてみると、スムーーともフムーーともつかない溜め息の後にマイケルが、微かに首を振った瞬間を私は見逃しませんでした。
 
マイケルが旅立ったのは、その翌日の午後でした。
きっと傷付いてボロボロになった肉体を脱ぎ捨てたとしても、もう彷徨うことなく戻れる家があるんだと、マイケルは安心したのではないでしょうか。
 
 
早朝にマイケルが、自分が逝く瞬間の感覚を私に送ってくれました。
それによると意識が段々と朦朧として来て、視界が赤くなり体中に発熱感を感じ、いきなり天地がひっくり返るような衝撃があり、そのまま転倒して何も視えなくなった‥、そんな感覚でした。
でもその中でマイケルがふと思ったことは、もう一度我が家に帰って来れると言う希望の灯で、それを思うと自然と唇に笑みが浮かんだようです。
 
きっと本人は突然に来た激痛にもがいただろうに、最期のマイケルは何とも言えない笑みを口元に浮かべて眠っていました。
それは今日、その瞬間まで私達が気付けなかった彼の無垢な真実の姿。
それを見た途端、私はこれでもかと言う程涙が止まらなくなり、暫くそのまま泣き続けました。
流石に葬儀を執り行う係の男性も、私があんまり泣くから困ってしまったでしょう。
 
 
余談ですが霊園に到着した時に私が来ていたTシャツとジーンズが、かなり広範囲に濡れていました。何だろうと思って匂いを嗅ぐと、それがマイケルの体液だと分かりました。
逝く前夜の約束の証しとして、彼は私にマーキングをして行ったのでしょう。いかにもマイケルらしいなと思い、又涙が溢れ出ました。
 
マイケルが逝く2時間前に撮影した写真も一緒に掲載しますが、彼は物凄い頭痛の痛みとそれまで経験したことのない発熱に身動きが取れなくなって、スイカの入った小皿を抱きしめながら、体力と気力の限界でそれを舐めては眠り、又舐めては眠り‥ を繰り返していました。
飼い主から見るとそれが余りに可愛く見えてしまい、思わず私はスマホにその瞬間を収めました。
 

 
霊場でマイケルを、ありったけの餌や草や果物と、彼が大好きであろう黄色い花で飾りました。
私がスマホを向けるといつも何かしらのカメラ目線をしてくれるマイケルですが、最期のマイケルはどう見ても微笑んでいるようにしか見えません。
 
まるでディズニーから飛び出して来たうさぎみたいにその寝顔が可愛いので、皆様の記憶の中にその瞬間を収めて頂ければ幸いです。
 

 
又獣医さんからも褒めて頂いた綺麗過ぎる奥歯が遺骨の中にそのまま残ってくれたので、そちらも貼っておきます。
 

 

いってらっしゃい、マイケル。
道中気を付けて遊んで、そして又帰って来てね🌈

マイケル君が旅立ちました

2022年7月31日、愛兎のマイケルが旅立ちました。9年と一ヶ月の壮絶な時間を、風のように駆け抜けて行きました。
死因の詳細は結局分からないままですが、私が直後のマイケル君から感じ取った印象としては、物凄い頭痛とそれによる発熱感覚があり、逝く直前にその痛みに耐え切れずもがいたような映像を受け取りました。
 
この世を去ったのはおそらく、再発したであろうエンセファリトゾーンの注射治療その他で三日間連続で通院を始めた、二日目の午後3時辺りだと思います。
 
私達夫婦が少しだけランチ外出で席を外した時のこと。
帰宅すると敷いてあった水色の敷布が完全に捲れて、プラスチックのすのこの上に横たわっていました。
 
何故か敷布の上に置いてあったスイカの入った小皿がそのままの状態で置かれていたのが、どう見ても奇妙です。
きっと誰か、神様が来て散らばったスイカを綺麗に小皿に入れ直してくれたのかもしれません。

未だ体が温かく、死後硬直が始まる寸前でした。
なるべくそのままの状態を崩さずに私が抱き上げて、今週何故か一度も洗わずに私が使っていた湯上り用のタオルにくるみ、何度も何度も泣きました。
 

 
翌8月1日早朝から我が家は転居をスタートする予定で、それをマイケルが見届けてくれていると思うとおちおち泣いてもいられません。
崩れ落ちそうな力を集めて振り絞って、何とか新居の鍵を開けて必要な手続きだけを済ませ、その足で獣医さんの元に向かいマイケル君の訃報をご報告しました。
 
本来ならば今日の午後にマイケル君の注射治療と点滴等をお約束していたので、やはり先生にはこのタイミングでお伝えしたいと思い、タクシーで動物病院に向かいました。
 
いつも手に持っているケージを持っていない私達を見て、先生が「あれっ?!」と一言。
何とか私も重い口を開いたつもりが、どうにも涙が溢れて上手く伝えられなくて‥。
 
少しずつ話をして行くうちに、先生と思い出話になり、最後は夫と先生と三人で泣きました。
普段治療中は本当に怖い先生ですが、昨日初めて先生のお優しいお人柄に触れられたような気がしました。
 
生まれて二ヶ月半でエンセファリトゾーン(神経症)を発症。既にマイケルは母胎感染で神経症を持って我が家に来たので、生後間もなく闘病が始まっていたことになります。
それを思うと9歳と1ヶ月のマイケルの生命は大往生だった、と先生が励まして下さいました。

獣医先生にとってもとても印象の深い子だったらしく、本当に寂しそうに泣かれる先生を見て私達夫婦も又泣いてしまい‥。

今、マイケル君と最後の夜を過ごしています。
夫は疲れて先に眠っていますが、私は明日のマイケル君のお見送りに添える果物やチモシー等を袋に詰めたり冷蔵庫に仕舞ったり、あと少し作業をしたら休まないといけません。

号泣と引越しのあれやこれで、体力気力は既に限界を超えています。
でもマイケル君との時間を、最後まで大切にしたいと思います。
 

明日の様子はブログは勿論、Instagram、Facebookの個人ページにも掲載しようと思います。
 

待たせるだけのスピリチュアル

これはあくまで持論ですが、現実生活の中で具体的な結果の出ないスピリチュアルは欺瞞であり、具体的な結果や答えを導き出さないスピリチュアリストは詐欺師であると私は思っています。
 
例えば日本人の翻訳家M.Aさんが言うところの、「宇宙から上空に援軍が来て今にも沈みそうな地球や地球人を救済してくれる日が近づいている。だからあなたたちはワクワクしながら毎日を過ごして下さい。」‥等と言う、実在するか否かも分からないスターシードを名乗る欧米人のメッセージ翻訳或いはインタビューと称する文言等は、私が言うところの「詐欺」に分類した方が賢明です。
 

勿論私は唯物主義を否定しています。ですが、スピリチュアルを現実と遊離させ切り離し、当たるも八卦当たらぬも八卦で済ませて平然と人々から金銭を徴収しているような人がもしも身近に居たら、その人は紛れもない詐欺師だと認識すべきです。
 

アルバム『Password』より

 
手前味噌な話ではありますが、私は芸術家・音楽家、そして音の表現者でもあるので、Didier Merahとして今日まで配信して来た全ての音楽の中に予言や預言を余すところなく封印しています。
現実生活の中に私は、自身の「預言者」としてのメッセージを刻印し続けて来ました。
私の言う「現実生活の中に具体的に結果を残すスピリチュアル」とは、まさにそういうことを意味します。
 
逆に技術的には何のスキルも持たず、その日その場の感情だけを言葉にして人に伝え、実際には何の行動も起こしていないスピリチュアリストもどきの話し手の言うことは、正直信じるに値しません。
むしろ無責任に他人の生活や思考をかき乱す存在なので、そのような人の言うことには一切耳を貸すべきではありません。
 

 
昔々、今から遡ること12~13年程前になるでしょうか。当時一世を風靡したSNS『GREE』の精神世界コミュニティーに集った十数名を自宅近くのビストロに招いて、ちょっとしたオフ会を開催したことがありました。
各々が「視えない世界」に深い関心を持ち、各自も自らコミュニティーに発言を繰り返したりしており、その中に数名「人を導く仕事がしたい」と言う人達も現れました。

その度に私が質問したことは、「他の人達の為に、あなたに何か出来ることがありますか?」と言う一言でした。
その時々の思い付きでものを言うのではなく、自身が思うこと、視えていることを具体的に形にしたり作品に代えて提示することをこれは指す質問でしたが、誰一人この問いに正確に回答することはありませんでした。
 

多くのスピ系の人達が、家族以外の第三者の信仰心や依存心を自分自身に集めることを先ず考え、テキトーなおまじないを唱える以外の何か具体的な行動には至らず、無責任に人々をあっちこっちに誘導したいと願っていました。


国家資格を持たない整体師が居たり、やたら目についた物体に「波動」を感じている風な演技をでっち上げ、あたかもそれが自分にだけ捉えられる未知の信号ででもあるかのような演技だけが巧みな人が居たり、兎に角当時の目茶苦茶感だけが今でもスピ系の至るところに引き継がれているように私には見えてなりません。
 

 
亡くなった私の弟も実母も同様でしたが、人には潜在的に魔術師願望があるように感じます。
ある日いきなり「空を飛べるようになったら」‥等と考え始める少女の心理や、銀色のボディースーツを着たらいきなりウルトラマンに変身出来るかもしれない‥等と考える少年の心理も、魔術師願望の一種かもしれません。

仮に実際にそれに近い職業があるとすれば、例えばメンタリストや手品師だったりタロットカードを読む人だったり‥等が挙げられるでしょう。
でも手品には必ずトリックがあり、タロットカードにはそれを読む必要最低限の技術の習得が必要になります。

勿論それ以外の料理人や専業主婦、医療従事者は勿論サラリーマン等も立派な職業ですから、私はそういう人達の中にキラリと光る才能を見い出した時には一歩引いて接するよう心掛けています。
 

本物の魔術師ほど「普通」の生き方を心掛けており、皆とても勉強家です。1%の才能を99%まで引き上げて行くのは、もしかすると元々その人が持ち合わせていた1%の才能を100から引いた残りの努力の成果かもしれません。
私も毎日世界の音楽に触れたり、世界の料理のレシピ等を研究して今日に至ります。一日一刻の積み重ねはとても大きく、最初はありあわせの材料でナポリタンしか作れなかった私が今ではネパール料理やタイ料理、スコットランドのスープ迄作れるようになって行ったのですから、日々の努力は侮れません。
 

この世に「視えない世界」はありません。
そして何よりそもそもシュールな世界を普通の現象として捉えている人は自分に、「視えない世界が視えている」こと自体を知りません。

 

全て現実生活の中に、一見視えなさそうな世界の彼方の現象は必ず降りて来ます。
それを着実に引き寄せるのが本物のスピリチュアリストであり、何時どこに訪れるか分からない宇宙からの援軍をあたかも明日にでも地上に降りて来るかのように人々の話しては、無期限に大勢の人達を待たせて平然としているチャネラーや予言者、メッセンジャーやスターシード、ライトワーカー等を名乗る人物と遭遇したら、それは紛れもなく詐欺師だと思って良いです。

くれぐれも危険な人にはついて行かないよう、人間としての基本的な生き方を逸脱しない範囲でシュールな感覚を磨くことをオススメします。