現在のプレアデス星団とプターの現状について

前回セムヤーゼとのコンタクトに綴ったのが昨年2021年12月12日の、以下の記事になります。
 


その後間もなく私の母の逝去から、それに因んだ色々な現状整理の期間に入り、現在に至ります。
その間セムヤーゼとのコンタクトが全く止まっていたわけではなく、外側に出せる情報に強い制限があった為、諸々の情報の公開が出来ずにいました。
 

又プレアデス星団以外の別の星系の法律家(兼 医師)であるM氏とのコンタクトも継続していましたが、此方も先方の星系内の法律に則り、公開出来る情報が殆ど見つかりませんでした。
ですが少しずつ私自身のテレパシー能力に向上があったことや、それにともない先方との円滑なコミュニケーションが進み、今回は特にこれまで気になっていたプレアデス星団・本星の政治的トップと言われている「プター(Ptaah)」の現状について、ここに書き記して行きます。
 


先ず、私は2016年の夏、アルバム『Eden』のラスト曲Ragnarokをレコーディングした直後の秋に、プレアデス星団が所持する(であろう)テクノロジーを介した呪詛に遭いました。
理由は私が『Ragnarok』の楽曲を直接、宇宙的存在とも言われるクリエイションから受け取ったことが原因でした。
 

 

地球人はそもそもプレアデス人よりは色々な意味で能力が低いと言われているようですが、彼らが言う「地球人如き」が宇宙の絶対的存在であるコアのクリエイションから音楽など受け取れる筈もない‥ と言う概念を逸脱した現象が実際に起こり、それが彼らプレアデス人の頂点である「プター(Ptaah)」の逆鱗に触れました。

その直後にプレアデス星団からの機械的な呪詛が私に向けて発せられ、それにより私は霊体の脳の広い範囲に火傷を負い、一時は今世ではその再生が不可能かもしれない状態に追い込まれました。
 

It seems that earthlings are said to be less capable than Pleiades in many ways. However, a phenomenon that deviated from their concept that the “stupid earthlings” they think should not be able to receive music etc. from the core “creation” that is the absolute existence of the universe actually occurred. ..
It touched the wrath of Ptaah, the pinnacle of the Pleiades.

Shortly thereafter, a mechanical curse from the Pleiades cluster was fired at me, causing burns to a large area of my Spiritual Body’s brain, for a time pushing it into a state that might not be reproducible in this world.

 
私の症状については、ここでは一旦省いて話を「プター(Ptaah)」自身の状況に集約します。
 

実際にプターが私に向け発した呪詛は、どうやらプレアデス星団内の法律に抵触したらしく、プターはその後間もなく囚われの身となり、さらに間もなくプレアデス星団の法律によりプターは「無期昏睡の刑」に処せられたと聞いています。

ですがその状況が今日まで口外されることはなく、某国某所のコンタクティー某人によると現在も該当のコンタクティーと「プター(Ptaah)」との会話が継続している様子が、ウェブサイトから発信されています。
誰かが「プター(Ptaah)」になり代わり、コンタクティー某人との会話にスライドしているものと思われますが、その詳細は不鮮明です。

 

The curse that Ptaah actually cast on me seemed to violate the law within the Pleiades star-cluster, and Ptaah was soon taken prisoner.
Soon after, I’ve heard that Ptaah was sentenced to “punishment of indefinite coma” by the law of the Pleiades star-cluster.


But to this day, no one has spoken about his situation.
Contactees in a certain country According to a certain person, it seems that the conversation between the contactee and “Ptaah” is still ongoing. The situation is transmitted from certain web site.
It seems that someone has become a “Ptaah” and is sliding into a conversation with a contactee, but the details are unclear.

 

 
一方「プター(Ptaah)」の家族(娘)であり、プターに次ぐ次期の絶対的指導者となる可能性のあるセムヤーゼの消息も、現状は非公開のままとなっています。
勿論私は彼女の現状も彼女の近未来等の様子についても薄々知っていますが、彼女の情報をあからさまに公開することでセムヤーゼの身に危険が及ぶ可能性が大なので、公開は出来ません。

又、私のコンタクトはその他に(記事の冒頭でも少し触れたように)、別の星系の法律家(兼 医師)のM氏とも続いています。
セムヤーゼ ⇨ 別星系のM氏 ⇨ 私‥ とは複雑に絡んでいますが、これを話し出すとこの記事の主軸から大きく話が脱線してしまう為、あらためて別記事にて綴る予定です。
  


現在地球は多くの困難を抱え込み、その袋小路へと追い詰められています。
かねてから別星系から援軍が来るだとか、大量のUFO等が飛来し地球人を他の惑星に誘導して救済する‥ 等の噂レベルの噂がひっきりなしにささやかれていますが、どうやらそれは実現しないと私は読んでいます。
‥と言うより、セムヤーゼにもその意思が無いことを言われて今日に至ります。

ですのでそうしたまことしやかな救済情報を真剣に信じてしまうと、あなた自身が精神的にも金銭的にも追い詰められてしまうだけですので、そのような噂は陰謀論の一部だと認識し、自分自身に出来る生き方を粛々と模索し実践し、地道に生きて行くことを考えて下さい。

混迷と崩壊へと向かう地球

日付と曜日を照合すると、今日はまさに『13日の金曜日』と言うことになります。⁡

このところ個人的なイベントや会食等が増えており、一昨日も一つ大きな山場の打ち合わせに出掛けて来ました。⁡
正直良い収穫はなかったのですが、そんな折りに昨年私や夫・天野玄斎氏が予言していた事が地味に地味にニュースになり始めました。⁡
 

  
私たちはその事を既に昨年の同じ時期には察知していたので、かなり大きなタイムラグの後‥ と言う印象を持って捉えています。⁡
⁡ 
この半年間のきわめて個人的な出来事に忙殺され、私達夫婦は予言或いは預言から遠ざからざるを得なかったのですが、私達をそういう状況に誘導したのもおそらく『圧』或いは『高次悪』の仕業だと捉えた方が適切でしょう。⁡
⁡ 
神人共食だけは日々続けてはいたものの、少しだけ幻視や予言からは距離を置いて世界を俯瞰するしか出来ない状況でした。⁡
とは言え私達二人がどれだけ予言(預言)をSNSから発信しても、私達が『予言者(預言者)』を職業として明示して活動していない以上、他の方々にそれを信じなさい‥ とは言えません。⁡
⁡ 
但し。⁡
新型コロナウィルスワクチンを既に接種してしまった人たちは自己免疫力をワクチンによって駆逐されている為、今後新型コロナウィルス以外の危険に晒され、そこから逃げられない袋小路に追い込まれて行くことになるでしょう。⁡
 

ジオ・コスモス

 
予言者達である私達は少なくともその活動を続けて行く為の、諸々の準備はして来ました。⁡
ですからこの先はただただ、急速に崩れ行く地球とそこから立ち上がって生き延びて行く人たちの両方に向けたメッセージを、それとなく発信し続けるしかありません。⁡
⁡ 
地球の未来の予言(預言)に関心のある方は是非、私(Didier Merah)、そして夫・天野玄斎氏のTwitter等をフォローして下さい。⁡
諸事情により大々的な発信形態は取りませんが、日々の生活の一部としてそっと予言を滑り込ませて発信しています。⁡
感覚を研ぎ澄ませて、各々の文字を追って下さい。⁡
 

セムヤーゼとのコンタクトについて (About contact with Semjase)

かねてから私がTwitterやnoteの有料記事に度々綴っていたプレアデス星団に暮らしている [Jane] について、彼女からそろそろ彼女自身の正体を明かしても良いとの通達が先程ありました。
本当に急なことで、私も驚いています。
 
[Jane] を今後は彼女の正式名称である「セムヤーゼ (Semjase) 」と言う表記に改正し、今後は時々彼女とのコンタクト会話をこのブログにも公開(更新)して行く予定です。
 
 


そもそも私がセムヤーゼとのコンタクトを開始した切っ掛けは、私の彼女に対する一方的な片思いに始まります。
セムヤーゼのこれまでの経緯を色んな文献や、夫・天野玄斎氏からの話しなどで知ることとなり、私なりに彼女のことをとても案じていました。そんな折、ふと彼女の存在を感じ、それが確信に変わり、どこかで彼女「セムヤーゼ」が生きていることを察知した私は、無我夢中で私に出来る限りの強いテレパシーで彼女を探しました。
 
すると微かに‥ ではありますが、彼女から応答があったのです。
 
彼女と話したいことは山のようにありますが、現在セムヤーゼはおそらく長期闘病中であり、どこに居るのかは全く分かりません。あの時点ではただシンプルに、彼女からの微かな反応だけがあったと言った方が正しいでしょう。
 
プレアデス情報を発信して行くにあたり、私はFacebook内に『Pleiades Contact』と言うグループを立ち上げており、その旨Twitter等からもその存在を発信していましたが、参加者は思った以上に集まっていません。
きらきらゆるふわスピ系に慣れてしまっている多くの日本のスピ系ユーザーにとって、スピリチュアルは現実ではないのです。だからきわめて現実的な情報には、全く目もくれません。
勿論質問等は受け付けてはいますが、それすら投稿されません(笑)。

 
彼女「セムヤーゼ」女史とは、とても重要な情報の中に極めて普通の女子トークも多々あります。
特に文化を手放して久しいプレアデス星団の彼女にとって、興味の対象はファッションやメイク、音楽から料理等多岐に渡ります。私たちはしばしば女性同士の女子トークに花を咲かせ、とても穏やかで楽しいひと時を過ごしています。
 
そんなとても日常的な彼女とのコンタクト記録を、今後は [Jane] あらため「セムヤーゼ」との会話として、このブログにも登場させて行きたいと思います。

 


For some time, I have wrote the main character’s name as “Jane” in a conversation with a person living in the Pleiades cluster.
However, she just contacted me saying, “It’s time to reveal her own identity.” It’s really very sudden and I’m surprised.
“Jane” which I have written by me will now be revised to her correct name, “Semjase”. And in the future, I plan to publish (update) contact conversations with her on this blog from time to time.
 

In the first place, the reason I started contacting Semjase started with my one-sided love for her.
I learned about the history of her Semyase from various documents and stories from her husband’s Gensai Amano. And I was very concerned about her for a long time.

In the process, I recently felt her presence, which turned into my conviction. And recently, when I discovered that she “Semyase” was alive somewhere in this world, I was crazy about her and searched for her with the strongest telepathy I could.
Then, there was a faint response from Semjase.
 

There are tons of things I want to talk to her.
But now Semjase is probably in a long-term illness and nobody knos where she is. ButI certainly got a reaction from her for my telepathy sure.

Besides very important information, we have a chat between very ordinary women by telepathically.
The Pleiades cluster has already abandoned culture in general.
For her who lives in such a planet, her interests range from fashion, makeup, music to cooking. We often have a very calm and enjoyable time with women’s talks between women.

I’d like to write such a very daily contact record with her in this blog in near future.
Thank you!

 

2. アナザー・フォレスト – ショパンが本当に伝えたかったこと(表現手法・表現解釈について)

【前書き】
前記事シリーズ『ショパンを読み解く』 1. ショパンをリーディング(霊視)する – Spiritual Channeling of CHOPINでは先ず、ショパンと言う人物がこの世界に置いて行ったもの、そこから彼の霊体にまで触手を伸ばし、私なりのショパン像の実体に迫って行った。
 
この記事では前記事を起点とした「ショパンが本当に伝えたかったこと」を、作曲家目線で紐解いて行く。
 
(以上 前書きにて。)

 

 
「第18回ショパン国際ピアノコンクール」を私は、途中から観戦し始めた。コロナ禍の最中に於いて私はいかなるイベント、コンサートその他大音量の音声を放つ全ての演目に対し否定的な態度を通している。それは今も変わることがない。

だがそんな中、知人との食事中のテーブルで頻繁に同コンクールの予選の話題が尽きず、よくよく話しの中身を訊いてみると、今YouTuberとして活躍している若手ホープとも言われる角野隼斗(すみのはやと)氏、反田恭平氏、小林愛実さん等の、既に日本国内ではプロとして活動している面々があえての同コンクールへエントリーしている辺りに、どうやら注目が集まっていることを知り、色々な意味でこれは掴みどころ満載かもしれないと思い、観戦を開始した。

 

唐突だがここで、自分のことについ少々お話ししておきたい。

最初に付け加えておくと、私自身が学生時代に多種目で音楽コンクールには頻繁にエントリーして来た経緯がある。なので「競技向きの演奏解釈」と「そうではない解釈」との大きな差には、常に悩まされて来た。
 
同じ楽曲を数種類の解釈で弾き分けながら、さらに大先生の他に複数名の「下見の先生」に稽古に付けられ、各指導者毎に解釈を変えて弾き分けながらレッスンを進めて行くと、段々と自分自身の音楽を見失い演奏が迷走し始める。
精神状態が混沌とし始めた頃に夏が訪れ、概ね学生音楽コンクールの予選は夏の終わり頃に開催されると決まっているので、半ば深酒をして酩酊状態になった中年オヤジのような感覚に陥りつつ、その中でも自分の「芯」をしっかりキープしながら最初の予選に臨むことになる。
 
当然そんな精神状態で良い演奏など出来るわけがない。だが神様は時に皮肉な決断をするもので、そんな酩酊状態の私に次なる試練をお与えになる‥。
予選でバッハやツェルニー等を難なく弾きこなして二次予選に勝ち残ったとしても、日頃のレッスンで複数パターンの解釈を各指導者毎に弾き分けなくてはならない私は、最近流行りの言葉で言うところの「自分軸」ではなく「他人軸」の演奏をし続けていたことが災いし、どうにも本選に勝ち進むことが出来ないまま学生時代を終えることとなった。
 
(以下省略)

 

 
さて話をショパンに戻そう。
 
今回「第18回ショパン国際ピアノコンクール」にエントリーした(優勝者を除く)全ての演奏者について感じたことは、多くのショパン奏者が陥る、逃れることのきわめて難しいトラップに見事に足を取られてしまっている‥ ことだった。
 
これは解釈の一つと言われればそうかもしれないが、チャネラー及びコンタクティーである私が直接ショパン本人の霊体から語り掛けられたことを、ここに記したい。

 

彼はそれはそれは過酷な日常の中で音楽を生み出して来たが、その間だけは全ての現実の不毛や不条理を忘れることが出来たと言う。
遠くにたとえ大砲の爆音が轟く朝でも、ひとたびショパンがピアノや五線紙に向かうと彼を包囲している忌わしい日常は遠く彼方へと押しやられ、彼の部屋には深い緑の森が現れて神々が入れ替わり立ち替わり降臨した。
 
小鳥が囀り、それは彼の五線紙をあっと言う間に細かく鮮やかなアルペジオに姿を変えて埋め尽くして行った。小鳥たちは互いに会話を始め、そこに古い時代から森を司る精霊たちが現れてオーケストラを奏で始めた。
乾いた小枝を指揮棒代わりに、ショパンは自ら森のオーケストラの指揮者となり、時にはピアノをそこに重ね合わせて弾き振りを試みる。
そこでは何もかもが上手く行く。肉体から霊体だけが少しだけ抜け出しては、森のオーケストラの団員たちを一個に束ね、無重力の世界を心ゆくまで堪能した。
 
ショパンの霊体 談

 
作曲家の気質にもよるが、この時代の多くの作曲家たちが革命運動や戦争等の社会情勢に悩まされ続けて来た。その中で音楽と言ういわば非日常的な営みを続けている、それが作曲家である。
 
「第18回ショパン国際ピアノコンクール」にエントリーした殆どの競技者たちは、本当に勉強熱心でありショパンをとことん学習しようと試みた形跡も見られるが、その大半が仇となり表現の足を引っ張り続けていることをどのくらいの審査員やリスナーたちが感じただろうか。
 
ショパン ・・・・・
⇨ 華やか(派手) ⇨ 時折激昂して激しく荒ぶった殴打のような打鍵をする‥ ⇨ 当時の戦争を彷彿させるような表現解釈を信じて止まない‥

実際にそういう解釈で演奏されたショパンを聴いている人たちが、こんな表現法に救われる筈がない。だが「第18回ショパン国際ピアノコンクール」の競技者たちの多くがこの、癇癪持ちの表現解釈を過信しており、それを当のショパン本人が全く以て快く思っていない‥ と言う事をここに付け加えておきたい。
 
 

 
丁度今私がこの記事を綴っている間、上の小林愛実さんの競技の模様をヘッドフォンで追い掛けているが、やはり随所に殴打するような打鍵が見られ、そこに彼女の唸り声が挟まって来るので何やら聴いている私の方が拷問にでも遭っているような切迫感に苛まれる。
 
ショパンが描きたかった「アナザーワールドの森」はどこにも存在せず、音楽の背景にかつてのかなしいポーランドの風景が黒い煙のように立ち込めて来る。
小林愛実さんは「それ」を表現することが正しいと信じているようだが、それはあくまで「ショパン・コンクール」の競技中に仕込まれた瞬時のルールに過ぎない。
 
最後の最後で三回鳴り響く乱暴な重低音の「D」の後、いきなり会場からは喝采が上がるが、それはさながらよく跳べるフィギュアスケーターが何の色気もないトリプルアクセルを飛んで着氷した瞬間同様で、演奏と言うよりはスポーツ競技としてショパンと言う音楽を滑走しただけに私には視えて仕方がない。
 
概ねコンクールは「身体能力の有無」が審査基準になっており、一先ず運動性に対して評価をし、表現力は後から何とでもなると、多くの審査員たちがそう思っている点が、コンクールとして如何なものかと私は常々感じて来た。
結果として小回りが利くか、或いは力仕事の得意な競技者だけが本選に残る為、突出して豊かな表現力を兼ね備えてた競技者の大半が振るい落とされるコンクールに存在意義があるかと言われたら、私は声を大にして「No!」と叫びたい。

 

 
私の耳元でショパンがこうささやいている。

 森で遊ぼうよ。
 小鳥たちやリスたちが天使と集う森には、大きな木の神様がいてね‥。
 朝から晩まで音楽会が開かれるんだよ。
 
 僕はそこで小枝を操って、自由自在に音楽の輪を回すんだ。
 一度回り始めた音の輪は、僕が疲れて音楽を止めようと言うまで回り続けるんだよ。

 

シリーズ『ショパンを読み解く』 1. ショパンをリーディング(霊視)する – Spiritual Channeling of CHOPIN

【前書き】
2021年10月2日~10月23日までワルシャワで開催されたショパン・コンクールは、2度の延期を跨いだコロナ禍の開催と言うこともあり、各々が熱い思いで熱戦を見守ったことだろう。
そのショパン・コンクールをこのブログでは特設カテゴリーとして企画を組み、Didier Merah独自の音楽評論をシリーズ化して展開して行こうと思う。
 
Didier Merahが最も拘る「霊質」を起点に、この記事ではショパンの奥の奥まで覗き込み、ショパンが今現在何を思い、どこを目指してこの世界を視ているのかについての独自の見解を綴って行く。

(以上 前書きにて。)

 

 

ショパンが祖国ポーランドでどのような人生を歩んだか‥ 等については既に多くの文献で書き尽くされているので、本記事では割愛したい。
ここではショパンが切望し、尚且つ実現し得なかったショパンの世界観を、霊質学の観点から解いて行く。

 

厳しく過酷でかなしい現実の中で、ショパンはそこからの精神的な逃避を日夜試みたことだろう。だが満足の行く現実逃避はなかなか叶わなかった。
現実逃避にも集中力は必要だ。ショパンにはその集中力が圧倒的に欠けていた。一つにはもともと体が余り強くなかったことが原因だろう。もう一つの理由として、性格的な気の短さが挙げられる。

とても移り気で気の多いショパンは、一個のモチーフを思い浮かべている間に別のモチーフの展開を同時に考え始める。だがそうこうしている途中で、いきなりその世界観の探求に飽きてしまう。すると三つ目のモチーフに逃避先を移しながら、最初のモチーフから逃げ出そうとするが、それも結局は余り上手く行かない。

そうこうするうちにモチーフでも展開部でもない、全く違うメロディーを先に生み出した幾つかのモチーフから新たに産み落とし、それらをミックスしながら幻を追い掛けるようにして、心は次第に音楽から離れて行こうとする。その象徴として、彼の音楽に無意味な転調が多く見られるので、シュールな感覚を持つ人にはおそらく私の言わんとすることが直ぐに伝わるだろう。

 

常に集中力を欠いたショパンの作曲手法は良く言えば「即興的」であり、悪く言えば「気が散った子供のいたずら弾き」のようにも聴こえて来る。だが如何せん全ての彼の音楽がそれなりの形で黒玉の楽譜となって刻印されているので、それがショパンなのだと言われたら後世に生きている私たちはもはや頷く以外の手段を持たない。

 

陽のあたる世界を嫌い、夜を常に待ち続けながら生きていたショパン。全てが闇に包まれるその世界こそがショパンのもう一つの現実であり、そこでは自分の思うように夢を投影するひとり遊びが許された。
だがそこには具体的な風景や人物はなく、ショパンは常に「薄闇の黄泉の世界」を空想し続けた。誰もいない黄泉の世界に在るのは、永遠に少年で在り続けたいと言うショパンの強い願望だった。
白い馬に颯爽と跨り、呼吸を乱すことさえもなく、枯れない花々が乱れ咲く草原を駆け回る。馬の鼓動と自身の鼓動をピタリと合わせ、ショパン自身がそこでは人間から完全に離脱して行くのだ。
 
ショパンのハイテンポのパッセージは一見怒りを持つ精神性や心のほとばしりのように視えるが、それは彼の極一部であり、あのパッセージの滑走の中に私は、本当は馬の体を持ち無限に広がる草原を駆け回るもう一人のショパンが視えて来る。

  


多くの演奏家たちがショパンの作品を弾く時、言いようのない怒りや苦悩を表現しようとするが、正確にはそれはショパンが言わんとする世界からはほど遠い。
苦悩と言うより、不毛と言う方が近いだろう。望んでも望んでもその思いが叶わないことを、ショパンは生まれついた時から知っていた。そして彼の内面にある夢や理想が叶わぬことを又ショパン本人も受け容れて生きていたからこそ、そこには怒りや葛藤の欠片も生まれなかったとも言えるだろう。
 
だが、多くの演奏家たちが眉間に皺を寄せしかめっ面をして、さも‥ ショパンの葛藤を再現してる風な変顔の演出が途中から繰り広げられるが、それについてはショパンはけっして快くは思っていない。
かと言って訂正したり否定する気力も、もはや彼は持たない。

 

数年前からショパンは、この現実世界に舞い戻ったままそこを動いた形跡が見られない。なぜなら彼は、彼自身の霊体を保持しながら、本当に生きたい音楽家としての新たな自分を、もう一度やり直したいと思っているからだ。
それにはフレデリック・フランソワ・ショパンとしての自身ではない、別の構造を持つ肉体と別の感性を取得する必要がある。
その新たな宿主を長い間、ショパンは探し続けている。
 
出来れば男性ではなく、女性に生まれ変わりたいと願っているようにも見える。男性として生きた過去世の彼はこれでもかと言うほど辛酸をなめた為、似た構造の肉体に対し若干嫌悪感を持っているのを感じる。
もっと弱弱しい性に生まれ変わり、長い間望んでいた「夢の世界」を彼の思う最もやわらかくてあたたかい形で再現したいと願っているのだ。

  

🍂2021.09.18 [台風一過]

宇宙に朝が訪れました。
昨夜は本当に、よく降りました。
 
両の手の、負傷した箇所が低気圧で痛むので、一日丸々Kindleで読書をして一食作っただけで後は殆ど休んでいました。
 
体を休めていても、思考はなかなか休まりません。
良からぬ事は考えないようにしていますが、視えてしまうものは少なからずあるのです‥。
 
『漂着者』のヘミングウェイのように、未来を変えてしまう力を授かりたい今日この頃の私です。

 

未来を視る時

5月も月の半分を越えました。私は日々の作業を進めがてら、再発したばね指に時折痛みが走ることもあり、作業⇔安静 を往復しながらの生活が続いています。
どうやらこれは職業病の一種で、どうしたって練習を継続している以上なかなか治りが遅いのも又事実です。
このまま痛みが抜けないようであれば整形外科に再びお世話になろうと思っていますが、今のところ炎症箇所の引っ掛かりが発生していないので少しの間様子見になりそうです。
 
未来の話、近く訪れるであろう山暮らしのことなど、夫婦間の話題は尽きません。ですが色んなことが遅々として進まない今は、余り先々のことを空想するのはやめておきます。いざ事が進み始めた時に「こんな筈じゃなかった‥」と意気消沈するのは嫌なので。

奇跡は「望み過ぎない」ことが肝心。ご褒美は狙って頂くものではないですから、ここはじっと我慢の子です。

プレアデス星のJaneとの会話もずっと継続していますが、視えている未来が余り明るくないのでやはりここには未だ書くことが出来そうにありません。
 


一人一人の利他的な心掛けが無ければ、この先の地球の未来に無限の光が降り注ぐことはないのでしょう。
ですが現在の地球上の人々の多くは、常に全てを誰か、何かのせいにして責任を回避するような、そんな人達が多く存在しているのも又事実。又元の日常がこのウィルス・パンデミック後に戻って来ると信じている人達が大多数ですが、そんなものはもう二度と戻っては来ないのです。
 
先ず、その現実と近未来を皆が受け容れて、厳粛に清楚に、そしてもっと禁欲的に生きる術を模索しなければ、地球はもっともっと大きなトラブルを発生させることになるでしょう。
 
 
自堕落と快楽主義は、ただの悪です。
音楽にこれを例えるならば、爆音やその場凌ぎの表現、そして酒や欲情的な感覚を共にしなけば成り立たない(聴けない)ような音楽等、全てごっそりこの世から消し去るべきです。
なので私は常々そういう人や場所、現象をターゲットしては「消えて下さい」「消えなさい」と念じながら、段々と現実がそうなって行く状況を静かに見守り、なるべく早い時期に地球全体がさらなる静寂を取り戻すことを願ってやみません。

 
今日は都内某所のダッキーダックで宮崎マンゴーのズコットを2個も平らげて帰宅しました🥭
本当に美味しかったのです。
 
Janeと夫と私の三人の会話をするにあたりテレパシーをがんがん使ったので、流石に脳が熱くて疲れました。少し休んでから、夕食の支度に取り掛かるとしましょう。
 

 


Distance in The Dark

これまでに無い感覚、そしてこれまで以上に宇宙との距離感が縮まって行った貴重な一ヶ月間。私はこの間のプロセスや感覚を一生、忘れることはないでしょう。

芸術家、音楽家、作曲家と言う現世でのミッションに重なり合うようにもたらされた、もう一つのミッション、‥コンタクティー。それは予想以上に過酷ではあるものの、逆に予想以上に楽しみをも私にもたらしてくれます。


“Who is Jane?”

こんな質問が色々な国の言語で私の、特に今はTwitterのDMに投函されていますが、必ずしもそれらの質問の主が私に好意的であるとは限りません。ですので今週半ば頃私は一旦、TwitterのDM設定を変更しました。
私をフォローした人物からのメッセージのみを受信するよう設定を変えて、私を取り巻く現状を静かに観察しています。

これまではいわゆる霊体とのコンタクトが多かった私ですが、特にこの一ヶ月間はJaneとのコンタクトに交信を限定していました。それでも日々エネルギーをMaxの状態でのコンタクトが続き、毎晩私はふらふらになって布団の中に倒れ込んでいます。
まだまだチャネリングの精度がアマいのかもしれません。もっと精度を上げて行かないと、今後もっと頻繁にJaneと話をするようになった時の自分に自信が持てません。


今月は色々なSNSの整理にも追われ、ニッチなSNSからの退会やFacebookの個人アカウントからの自己発信の停止の継続等、お喋り好きな私にとっては余り喜ばしいとは言えない整理整頓が続きました。
でも、それでも時間が足りず、作業が追い付いていません。一つには夫のテレワークが続いている環境も起因の一つで、要するに私は「社会時間」に余り上手に適応出来ないタイプの人間なのでしょう。

そこに来て花粉症が始まり、特に明け方の痒みにはもう泣くしかありません。梅がそろそろ散り始め、間もなく桜の季節が来る前触れだと前向きに捉え、毎日涙を拭いて鼻をかんで過ごしています。


特にイベントがあるわけでもなく、特にライブ等があるわけでもない今の環境下でブログを書くこと自体がとても難しい作業ですが、外側には出していない私の日常は意外にてんやわんやです。
上にも触れたようにコンタクティーとしての新たな日課が加わっただけで、日々の半分以上をそのことの為に費やしています。でも。このルーティーンにももうじき慣れる筈です。

プレアデス星は「エラ」を襲った大寒波が少し緩和し、今朝私の元に届いたプレアデスの映像の中では地下を張り巡らせている食糧供給用のベルトコンベヤーの運転が再開された模様です。
プレアデス星の一般市民が日々の食事として「食用タブレット」をメインとして摂取していることについては、前記事にも触れた通りですが、プレアデス星のそうした現状もそろそろ変化しても良いのではないかと、毎日私はJaneと色々話をしています。

 

地球は多くの惑星の中でも特に、文化や文明が発展した星です。その代わり価値観や宗教観が多様化し、戦争や口論が絶えることはありません。
ユートピアとディストピア、どちらに転んでも各々副反応は生まれます。そうだとしても私は、地球に生まれて来れて良かったと思っています。音楽や料理、娯楽のないプレアデスに私が何かを手渡せるとしたら、それは紛れもなく音楽です。

核戦争で壊滅したEdenに私が最初に料理を持ち込んだ日のことが、今も懐かしく思い起こされます。


生命(人々)は、喜びを存分に味わって生きて行くべきです。今は半ばディストピア化したプレアデス星のどこかに私が音楽を運んで行けるのは、いつの日になるでしょうか‥。
その日の訪れを心待ちに私は、これからも粛々と創作活動を続けて行きます。

さて。私は自身が芸術家・作曲家であると同時に音楽評論家や選曲家等の顔を持ちます。そんな私の最近のルーティーンの一つが「プレイリスト作成」です。
色々なテーマを決めながら、本当に多くのジャンルの音楽に触れてそれを整理して集めて、一個のプレイリストを念入りに作成して行きます。

今日は「次の春への祈り」をテーマに作成した最新のプレイリスト(未だ作成中ですが)を、この記事の最後に貼っておきます。
是非ゆったりとした春の一日を、このプレイリストと共にお過ごし下さい。