陽の光と目覚めと

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来る日も来る日もCOVID―19の話題ばかりで、その上関東は全般的に雨季の真っただ中にあるので、わけもなく毎日塞ぎ込んでいます。
普段はフルオープンの私のアンテナが、ここのところ何者かの大きな手のひらで抑え込まれたようにミュートして、眠っても眠っても際限なく眠い日が続いています。

 

昨晩も予定していた夕食を結局抜いてしまい、朝まで滾々と眠り続けた私。ですが今日は早朝にマイケル君の定期検診を控えていたので、兎に角寝過ごさないように‥ 用心しながらうつらうつらしていたら何だか時間が勿体なくなってしまって、夫の出社を見届けた直後から洗濯機を3回も回して未だ今も、マスクをまとめて洗っています。

 

久し振りの太陽は昨日から、私と反対に目が覚めたみたいに都会を照らし始めました。今日は幾分雲が多いものの、タオルが2時間強で乾くぐらいの日の光が新鮮です。
夏が近くまで来ているのかもしれません。

 

 

作曲の作業を再開しました。

唐突に自分の音を追い掛けたくなったのも、長い眠りで気持ちがリセット出来たからかもしれません。後から後から湧き上がる音をメモに書き取って行くのですが、その中でも2分で退色してしまうメロディーもあれば、二週間前に書いたメロディーが新しい魂を吹き込んだように蘇生することもあります。

 

このコロナ禍と長い雨季がダブルパンチで人の棲む世界を押し潰している中で、なかなか新しい作曲に着手出来ずに居たのですが、本当にパ~~っと目の前に百万のハイビスカスの花が一斉に開花したような目覚めを感じています。

誰かが私を助けてくれているのを感じます。ここで言う「誰か」、とは人ではなく、それ以外の存在の意味です。

 

今年の前半だけで、幾つもの人との別れを経験しています。知人も居れば有名人も居たり、皆生き急ぐようにこの世を旅立って行きますね…。

私の場合は「失う」別れよりも、自らの手で鎖を噛みちぎるような別れの方が多いでしょうか…。理由詳細は色んなSNSで綴っていますので、ここでは省略します。

 
皆様が思うより、私は神経質で気位が高い人間です。
最近は理由もなく人に気を遣うことにうんざりしてしまい、それまでは余り深く考えずに無意識に遣って(遣わされていた?)「気」を、自分の為に遣うことに決めました。

 

人に気を遣わせる人の大半は、そのことによって無言のマウントを相手に仕掛けている場合が多いように思います。
私も根がお人好しなので、まんまとその悪しき作戦にハマってしまっていたのかもしれません。

 

考えてみれば、魂年齢と言う点では私や夫に勝る人はこの世界には存在しません。
何ったって、リラの時代から私はこの世界に存在し続けて居るのですから、その意味でも私に接する方々には先ず深く敬礼して頂くぐらいの気迫と礼節を、是非ともお願いしたいところです。

それを拒絶する人とは結局のところ、深く関わり合って行くことは出来ないと言うことを、ようやく受け入れる準備も整いましたし…。

 

さて、これから未だ色々と仕事を控えています。のんびりゆったり、だけど余りのんびりもしていられません。
私は音楽で世界の流れを変えて行きたい。その為にスポンサーを一社も付けず、ファンの皆様からの応援だけで創作活動を続けています。

 

その夢が早く実りますように、皆様も是非私の作品を積極的にSNS(FacebookやTwitter、LINE等)でシェア & 拡散して頂けたら有難いです。
そっと遠くから… ではなく、グイグイとこの澱んだ空気をこれでもかと引っかき回す勢いの応援を、是非よろしくお願い致します。

 

Amazon 『Didier Merahの欲しいものリスト』

 

 

立ち止まる黒鳥 – Andre Gagnon(音楽評論)

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久しくその音色を聴いた時、一体何が起きたのかと思う程のアンドレ・ギャニオンの変貌ぶりには驚きました。それはアンドレの真骨頂と言うよりもむしろ、過去世の私 J.S.バッハの復活のように聴き手を錯覚させるに十分な音楽だったからです。

 

 

でも、人には色々な時期、心情、そしてその時々に追い求めている表現手法があるのだから、人類にとっての音楽の父・バッハに恋焦がれる現代の音楽家を誰が責めることなど出来るでしょうか。
それにしても、アンドレ・ギャニオンの中に起きた一種のタイムスリップ、或いは古典回帰がいつ、どの時点から始まったのかについては是非、ご本人にお伺いしたい心境になりました。

 

アルバム『Impression (1983年リリース) 』からのピックアップ曲『めぐり逢い(Comme Au Premier Jour)』の世界的なヒットがしいては今のヒーリング・ミュージックの火付け役となったこと、それがアンドレにとっての幸運だったのか、それとも悲運だったのかはおそらく本人でさえも謎かもしれません。

 

この音楽が地球の上空を悠然と一羽の白鳥のように飛び交い、音楽の世界に一個の大きな航路を描いて行きました。
丁度大学に進学した頃と重なり、『めぐり逢い』は思春期の私の脳裏に大きな火薬を投げ掛けました。同年、日本では杏理さんの『Cat’s Eye』、YMOの『君に、胸キュン』、松田聖子さんの『ガラスの林檎』『Sweet Memories』等が綽綽とヒットを飛ばしていた頃。

 

歌ありきの日本の歌謡曲の黄金時代の少し奥まった巣穴から、ひっそりと現れたニューエイジ・ミュージックの波は、その後世界的にブームとなるスピリチュアル(精神世界)の流行の始まりと同期しながら、サブカルチャーとして王道のすぐ隣の路地裏で少しずつ、そして急激にその流れの速度を上げて行きました。

 

 

 

アンドレ・ギャニオンの独走を許すものかと日本国内でも、西村由紀江さん、村松健さん、加古隆さん、倉本裕基さん、坂本龍一さん、日向敏文さん ~妹尾武さん等の多くの音楽家が軒を連ね、海外からはEnigma、ディープ・フォレスト、マイケル・ナイマン、ジョージ・ウィンストン、ジャン・ミッシェル・ジャール、シークレット・ガーデン.. と挙げればきりがない程のミュージシャンが現れ、一つのブームを形成して行きました。

 

彼等に共通する一つの音楽的な要素として挙げられるのは、全ての表現者たちの音楽の中には必ず、フレデリック・ショパンが心の奥底に棲んでいたことではないでしょうか。

 

ロマン派を代表する音楽家・作曲家と言って良いショパンは、その後の音楽家に大きな影響を与え続けるに留まらず、本来ならばその後に生まれた筈のロマン派の大きな流れを全て吸収し、後継者にその流れを受け継ぐことなくあの世に全てを持ち去ってしまったように思えてなりません。

 

ニューエイジ・ミュージックが流行したもう一つの要因として挙げられるのは、そんなショパン没後の音楽のムーヴメントが近代音楽の短いブームを経由して現代音楽に横暴なまでに受け渡されてしまったことです。

 

調性音楽を愛する(ショパンを心に住まわせた)多くの音楽家たちは、現代音楽には一切関心が無かったはずです。なので現代音楽主流の今の音楽業界の中から一人、また一人と飛び出して、理想に最も近いニューエイジ・ミュージックや映画音楽等の業界に自身の拠り所を求める以外に、方法が見い出せなかったのでしょう。
本当に不運としか言いようがありません。

 

まるで秘密結社のように闇の真ん中に暗躍する現代音楽。それは権威主義の象徴として長く音楽業界の中心に君臨し、現代の作曲技法の揺るがぬスタイルのメインであるかのように、多くの音楽家たちを翻弄し続けています。
確かに今でも根強くその作風が愛され生き残っているかのように一見傍目には見えてはいます。ですが、実際に現代音楽の作風や作曲技法を心底愛してやまない作曲家も、そして一般の音楽ファンも、実は言われている程多くはないかもしれません。

 

ドカーン!、ビヨーーン!、ハッヒョーーン!… と減7度の跳躍を折り重ねながら不穏に楽曲展開を繰り広げて行く音楽は、食事中や育児中になど到底聴けるものではありません。精神が不安定になるばかりではなく、お昼寝中の幼い子供たちに悪夢を引き寄せる要因にもなりますから、私はそのような音楽を日常生活の中にメインに取り入れることは絶対にお薦めしません。

 

 

 

私の記憶が正しければ上の作品『明日』を平原綾香さんが (2005年に) カバーした後、アンドレ・ギャニオンのピアノ作品のリリースの勢いが長い時間止まったように見えました。

この作品はわたし個人的には、アンドレ・ギャニオンの多くの作品の中でも『めぐり逢い(Comme Au Premier Jour)』に次ぐ高いクオリティーを持つ作品と言っても、過言ではないでしょう。

 

 

 

平原綾香さんの少し説教臭い表現手法は余り好きとは言えないですが、この作品に関しては彼女への当て振りで楽曲が書かれたのではないかと言う程ぴったりとフィットしているように感じます。それが平原氏の説教臭い歌い方を見事にオブラートにくるんでおり、気の利いた小品に仕上がったのかもしれません。

 

ロマン派の潮流がフレデリック・ショパンを最後に一旦止まった後、チャイコフスキー、サン・サーンス、ラフマニノフ… とそれはそれは多くの作曲家が現れては消えて行きました。

又革命や戦争の絶えない時代とも折り重なって、ショパン以降の多くの作曲家たちの作風は必ずと言って良い程メインテーマ以外は大砲でも飛んで来るのではないかと言う、荒れ狂うパートがふんだんに楽曲に詰め込まれ、それが多くの音楽ファンのクラシック音楽離れの要因になったのではないでしょうか…。

 

又、次から次へとピアノの名手が生まれ、さながら陸上競技でも競い合うように高速・爆音・無休運動の演奏スタイルがその主流であるかのように音楽の表現世界を独占して行ったことは、今にして思えば不運だったとしか言いようがありません。

 

不思議なのは、ある程度職歴を積んだ演奏家や作曲家の多くが、J.S.バッハの作風に必ず立ち返ろうとすることです。

それだけバッハがこの世に与えた音の影響が大きかったとは言え彼は、もう過去の人です。バッハの対位法や平均律の世界から飛び立って、次世代の穏やかなクラシック音楽の世界を誰かが大きく構築してくれるのではないかと、私自身もその日を他人事のように暫くの間そっと見守っていましたが、未だその念願は叶っていません。

誰も手を付けないのであれば、未来と過去の多くを知っている人間がそれをいち早く構築し、席巻して行く他にはないと思います。

 

ただ、気がかりなことがあるとすれば、これまでフレデリック・ショパンの居た椅子を狙い定めながら生き長らえて来た多くの音楽家たちの将来です。その一人が、アンドレ・ギャニオンと言う音楽家であり、彼は今湖面に動かぬブラック・スワンの如く、石のように黙り込んでいます。
アンドレ・ギャニオンのベスト盤を除く最新作が冒頭でも触れた、アルバムBaroqueになります。

 

作者を言われなけばおそらく、多くのリスナーがこの作品がアンドレ・ギャニオンのアルバムであることには気付かないかもしれません。

長い時間を時代の転換期と言う湖面で過ごした後のアンドレが、そこからどこに向かって歩み出し、羽ばたき始めるのか‥、私も固唾を飲んで見守りたいと思います。

 

 

 

私を呼ぶ樹、呼ぶ河

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時の舟に乗り込んだ。そう感じたのは先日、或る作品を録音した直後のことだった。

 

いつも私は「」や「タイミング」に強く守られながら、今ここまで生き抜いて来られたと思う。それ程勤勉に生きて来たわけではないのにここぞと言う時になると直感が働き、それは赤いランプのように私の脳裏で点滅し始める。

不思議なのは今、この瞬間点滅しているからと言って一時間後も同じようにそうしているわけではなく、まるで宇宙を移動する星の如く全ての現象は一箇所に留まらないこと。それは気紛れな印象を人に与えることも多々あるが、実際にはそうではなく「宿命」とも言うべき糸が私だけに見せる風景かもしれない。

 

ひと月前とは明らかに私自身、私の周囲そして周囲に居る人たちの私を見る目が変わったように思う。ある意味ではそれは私の内面の変化とも取れなくもないが、確かにそれだけではない何かが私の周囲を暖かな天体のように巡り始めた。

既存の演奏家・伴奏家と言う職を退き、文字通り「芸術家」らしい静かな暮らしを続けている今が、なぜかこれまでの人生の中で最も忙しい。
エチュードと基礎連をしようと思い鍵盤に向かうが実際にそうし続けることはとても困難で、私は常に新しい旋律やコード・プログレッションに引き寄せられ、音の長い河を彷徨い始める。

 

河にゴールはない。そこがゴールだと思った場所がその時々のゴールであり、それらは日々の中に点在する偽終始のように次へと全てが続いている。鍵盤から手を離す時いつも「嗚呼終わってしまった…」とため息が漏れるが、背中も額も両の腕もゆびさきも汗でびっしょり濡れている。
空調を冷房にしてもドライのパワフルにしても汗は引かない。

全身汗だくの私の体内に、気持ち良さそうに巨木のオリーヴの精霊「オリジン」が左右に体を揺らしながら、さっきまで私が演奏していた新作の旋律を木霊のように繰り返す。それはまるで精霊のシエスタのようでもあるし、何よりオリジンが歌い始めると周囲の木々やご神木も一緒に歌い踊り、騒ぎ始めるから、私はそれで時折酷い頭痛に悩まされる。

 

木々の念は人の念よりも激しく強く、そして長い。一個の感情が発生するとそれは鉄の滝でも流れ出したように私の脳を直撃し、数時間引くことがない。私はその間ずっと激しい頭痛に悩まされることになるが、その強さこそが木々の感情表現なのだからそれを受け入れることしか私には出来ない。

幾つもの生命の記憶、そして今を生きる精霊や古木、ご神木たちと共に在る今日と言う瞬間は、それが同じように続いて行くからこそ深い幸せで満たされる。

 

先日古い友人にお詫びがてら「私を巡る環境が一変しました。」と伝えた時、友人の反応は殆どなかった。
確かに傍目には何も起きていない、まるで地震の一週間前に私にだけ「無数のウーパールーパーたちが地下を疾走するような不可思議な足音」が聴こえたように、この感覚を共有する相手は未だこの地上には殆ど存在しない。

 

現在、同時進行で複数の企画が動いている。その企画の幾つかは、音楽史をこれまでとは違う流れへと大きく変えて行くかもしれない。

新しい時代が、木々が、そして大きな流れが… 実はそう遠くない場所から、
静かに私を呼んでいる。

 

 

 

YouTubeは、Ivan Lins の “Lembra de mim” のスタジオLive。命を削って演奏するとはこういうことかと、息を呑んで聴き入ってしまう。
曲タイトルの「Lembra de mim」は英語で「Remember me」の意味になる。

 

Stand with Melodies

もう何十年もの間、私はメロディーと言う悪夢と戦って来た。
よく言われたことはこうだった。
『出だしのメロディーはいいの、出だしは。問題はサビにありそうね。』…。。それも一人や二人からではなく多くの人たちにそう言われ続けたことがいつしかトラウマや苦手意識となって私の心を深く蝕み、気付くと私はメロディーメーカーではなく歌の伴奏者になっていた。

なりたくてそうなったわけではなく、この世界に溢れ出んばかりの美しく自立したメロディーとの出会いを模索したいと言う好奇心が半分、残りの半分はその当時、何をすれば好いのか全く分からなくなってしまったからだった。

 

多くの音楽と出会い、中でもフランス音楽やカンツォーネに心を強く揺さぶられたが、いわゆるかつて私にアドバイスされたような「好いサビ」を持つ音楽との出会いは遂に叶わなかった。
そうこうしている間に現在の夫に出会い、結婚し、そしてDidier Merahと言う卵から雛を返し、9年目の自身のアルバム『Mother Earth』を聴き返すとそこには(自分で言うか…笑)長年探し続けていた「好いメロディー」が満ち溢れていた。

 

おそらく私はかつて私と関わっていた音楽の世界とは全く異なる終着点を、最初っから目指して走り出していただけだったのかもしれない。そう気付かせてくれたのも何もかも、実際の行動で私の音楽に光をあててくれた夫の功績が大きく、ようやく私はメロディー不作と言う長い悪夢からもう直ぐ完全に解放されるだろう。

 

サビ………………….

そう、私の音楽にはサビがない。と言うより、サビだけなのかもしれない。既存で言うAメロから中サビ、そして展開部となる「サビ」までが一筆書きのように、一本の線で繋がって居る。そういう音楽がこの世界に在ることを何より私自身が全く知らずに居たのだから、まだまだ感性が未熟なのかもしれない(笑)。
ん、、、笑えない話。

 

 

 

音楽は遂に脱出口のない、受難の時を迎えた。iTunes Storeが販売系の配信をいつか退くことが決定し、リスナーは「聴き放題系」の月額サービスへと移行し、個人のアルバムの販売形態にそう遠くない将来終わりが来るだろう。

DeezerやSpotify、KKBox、Amazonを始めとする大手の音楽配信ツールで、世界中のリスナーが自由に音楽を持ち歩く時代が訪れる。
これまで音楽を販売して生きて来た人たちが今思うことは、この先どうやって音楽で収入を得て生きて行けば好いのか… と言うこと。だが私にとってこの現象は、むしろプラスに作用するように思って居る。

 

早ければ10年以内に私は、コンサート活動を再開する予定を立てて居る。その為に毎日筋トレや基礎練習を積んでおり、ストレスの少ない暮らしの中にそっと身を潜めて居る。
出来ればベーゼンドルファーのピアノのある場所でのコンサート、それは全曲即興演奏に近い演奏会になるに違いない。勿論リスナーが慣れ親しんで下さったメロディーを用いるが、そこから遠い遠い宇宙の中へ私と聴き手とが共に音の旅に出る、そんなコンサートが開催出来たら本望だ。

 

現在私は本来予定していた企画を一旦棚上げし、全く別の新しい企画に着手した。
夫が企画を立ち上げてくれた。その企画は私の最も苦手とする音楽形態そのものだった筈が、アルバム『Mother Earth』を完成させたことが大きな自信となり、少し遊びを取り入れた新しい試みとなることは間違いないだろう。

音楽と言う名の通り私自身も、そして何よりリスナーと共に遊べる空間を目指し、これからさらに私は『立つメロディー』に向けて新境地へと踏み出して行くことになるだろう。