祈りとかなしみ

人と上手く渡り合うには、多くの嘘を吐かなければなりません。

ですが私は、まるで息を吐くように嘘を言う人を好みません。
何を好まないかと言えばそれは、視えてしまったものを視えなかったことにせざるを得ない自分自身かもしれません。
 
社交辞令やSNSの中の当たり障りのない会話の多くは、虚偽と虚飾で出来ています。思ってもいないことをさも思ったかのように相手に伝えた場合、それはささやかな気持ちの好さと言う報酬となり、先に「思ってもいないこと」を相手に伝えた側へと返って行きます。
多くの人達はこの「ささやかな気持ち好さ」と言う優越感を好み、虚偽で会話を満たすことを罪とさえ思わなくなります。
 
でもそれらは私にとってはただのノイズであり、不要であり、不愉快極まりないものでしかありません。

 

とあるSNS、そしてTwitterで、今日だけで5件の人との別れがありました。
その中の2件は、新型コロナワクチンの接種を迷っている方々との会話が発端でした。他の中の1件は、先方からの営業と思われるDMに対し、私がざっくり噛み付いたことが発端でした。
 
多くの人達は水を飲むように嘘を言い、それが相手にはバレないと思い込んでいます。私はそうした先方の思い込みに対し、ざっくりとメスを入れて行きます。
 
安易な嘘がバレない人間だと相手に誤解されぬよう、視えたものを視えたまま相手に伝えて行きます。そうすると大概相手は何かを隠す為に私を「相手の思う対人関係の審査から落ちた人」と言う扱いをし、SNSでは最も安直なアクセスブロックと言う手段を講じて来ます。
 
  

 
今日はお昼間、町内の友人(兼 Didier Merahのファンでもある)とタイ料理店に出向き、リーズナブルなランチを堪能しました。
 
顔見知りのタイ人の女性店主がテーブルに近づいて来るやいなや、「◯イさんが近々ワクチンを打つらしいよ。私も打たないとタイに帰れないから打って来るかもしれない。」と、たどたどしい日本語で話し掛けて来ました。
「あぁそうですか、大変ですね。」と愛想を振り撒いていれば良いのかもしれませんが、ワクチンを接種すればその後その人に何が起きても不思議ではないし、その事が原因で美味しいタイ料理店が閉店するかもしれない(あくまで現段階では可能性でしかないのですが‥)この現状を放置すれば、多分私が後から後悔するでしょう。
 
「どうしても打つと言うなら私には止める権利は無いけれど、新型コロナワクチンが正真正銘の毒薬であることを知っていて打つのであればそれは自殺行為と一緒じゃないの?」と、思わず口を突いて出てしまいました。
自分の言葉に先ず私自身が驚き、隣のテーブルで食事をしていた知人も同様に驚いたことでしょう。
 
 
女性店員は私がお店に行く度に「来月打つ」「来週打つからクリニックに申し込みに行って来たよ」‥等と言うものの、私がワクチン接種を止めた時だけは「やっぱりあたし打たないよ。」と言って一時的に気持ちが落ち着くものの、おそらく次にお店に行けば同じことの繰り返しが起きて、彼女もいつかは周囲の流れに逆らえずにワクチンを打つ日が来ることを私は予感しています。
 
タイでは感染爆発が起きており、ワクチンを接種しなければ国内に入ることが出来ないそうです。なのでおそらくタイ料理関係者の中の、帰国を予定している人達の大半が新型コロナワクチンを接種したか、或いは近日中に接種を予定していると女性店主が話していました。
 
 

 
昨夜も夫と色んな話をしました。
私達は一緒に居る間、殆どの時間を会話に費やして生きています。そうすることが自然であり、尚且つ私達は私達にだけもたらされたミッションに全力投球をしているのですが、それらはとても困難を極めており、正直報われることの方が少ないのも又現実です。
 
 
最近私がSNS内で新型コロナワクチンの危険性について、声を大にして綴っていることも要因なのか、潮が引くように人が離れた感は拭えません。
それでも私は見たこと聞いたことを、見なかったこと、聞かなかったことには出来ないと思っています。
何より自分自身を偽ることの方が罪が大きいですし、その瞬間はその解決策で相手の機嫌を良くしたところで後々その決断に後悔するのが自分自身の方だと分かり切っています。
なので、やはり「命」を重視した言葉を置き土産になったとしても相手に送り届けることの方が誠実だと、私は信じて行動しています。
勿論夫も同じ気持ちでしょう。
 
虚偽や妄想満載な周囲のスピリチュアル系のツイート等には数十個、数百個のハートが押されているのを脇に見据えながら、真実の訴えには見向きもされないだろう‥ と分かり切って居ながらも「真実」の描写の方を選択して行く私達を、周りの方々は一体どんな思いで見つめているのでしょうか‥。
 
 
今朝某SNSで口論になりかかった方の場合は、ご親族の中に障害を持つご兄弟がおられ、その方を施設に預けているので、ご兄弟のおられる施設に行って面会をするにはどうしても新型コロナワクチンの接種が必須だとお話しされていました。
 
ですが一先ず、ここで一ヶ月間様子を見てみようか‥ と言う選択肢が思考に上らないのは、一体何故なのかと私は思います。
 
 


 
状況は日々、目まぐるしく変化しています。今日と明日では、常識そのものが逆転している可能性も大です。
勿論私には先々の未来が映像として視えているので、迷う等と言う心情そのものが存在しませんが、多くの人達には予知能力が備わっていない為「今」「この瞬間」の状況で物事を判断することしか出来ないのでしょう。
 
だとしてもです。
きちんと論文を読み、特に自分が行こうとしている価値観の「逆」を少しでも検証し、思考のアクセルとブレーキを上手に踏み分けて最善の判断をする‥ と言う、ただこれだけのことが多くの人達に出来ていないのは何故なのかと日々胸を痛めながら、私達夫婦は今の地球上の現象を静観しています。
 
 

夫・天野玄斎の生誕祭

コロナ禍の最中、第4回目の緊急事態宣言が出る少し前に、Didier Merah Japanの社長でもある夫の◯◯回目の誕生パーティーをひっそりと、都内の焼き肉店でとり行いました。
夫は食材制限もある為、魚介類を扱わない店舗を選ぶ必要があります。その為、結局毎年ちょっとしたお祝い事は「肉」を主体とした店舗に限られます。

 

 

プレアデス星団のJaneとの会話がアルバムHeavenのリリース後、少しの間途絶えていましたが、先週辺りから頻度が増して、今は殆ど一日中回線(テレパシーの意味です)を繋ぎっぱなしの状況です。
 

Facebookの個人アカウントからの発信を全面停止にした後、Facebook Pageからの発信も少し縮小しました。おそらくFacebook離れが加速していることや、ここ最近ではLINEやZoom等のチャットの方に人々が吸い寄せられていること等、色々な要因が重なり合い、この結論に至りました。
 
私自身の個人的な主観として、自身が書いたものに対し「いいね」のスタンプだけで押し返されることを好まず、どんな思いで毎回文字を叩き出しているのよ‥ と言う不満も鬱積する中、これからのSNSライフについて色々考えあぐねています。

反応が無いのか、需要が無いのか、それともそれ以外の要因なのかは正直分かりませんが、おそらく発信と受信との間に齟齬が生じているのかもしれません。

 

日頃親しくされている女優や歌手、画家の方たちにお話しをお伺いすると皆一様に「大衆なんてそんなもの。都合のいい時だけ出て来て、後は無言を決め込んで殻に閉じこもるものよ。」と仰り、数名が今年に入ってSNS全般から撤退なさり、Twitterとブログだけに発信活動を制限したと話しておられました。

私の場合、過去の繋がりがここに来て災いしているような気もします。

そもそも私の過去は「カスタマイズ」された私を生き延びて来た経緯があり、私の本性を殆どの過去繋がりの人達が知らないわけですから、アヒルか神かは知らないですが何れにせよ私の現状を受け容れる前のベースが彼等に整っていないと言っても良いのかもしれません。

 

隣の花子ちゃんと和気あいあい、わちゃわちゃと過ごしていたのにある日突然「私、実は預言者なのよ。実はコンタクティーなのよ。」等と言われてもピンと来なくても致し方ありません(笑)。ならば今の私をありのまま受け容れて、そして正当に評価して下さる新たな繋がりを模索する以外の方法等ありません。

 

realistic saturn in open space

名前は明かせないのですが、いわゆる「匿名性」に特化した新種のSNSに参加しており、そこから多くのファンが増えています。
彼等の多くが最初から「今の私」と向き合っている為、私との距離が遠い分、ありのままの私をありのまま受け止めて下さる環境が整っていました。その為、私は最初から芸術家・作曲家(兼 預言者/プレアデス星団とのコンタクティー)として彼等の中に存在し、それが功を奏して多くのファンを得られたのでは‥ と思っています。

勿論私の書くものの内容によってはコメントも投稿されますから、その意味ではつい最近までのFacebookの個人アカウントや個人ページみたいな閑散とした状態ではなくむしろ、賑わって華やいでいます。

 

色々、SNSでの私の立ち位置について考えていますが、文字発信のベーシックを公式ブログに一本化して、その他のSNSはTwitterと、先程書いた「匿名性」のSNSの二本柱 + note の有料記事‥ にシフトして行くことを考えています。 

  
 

 

話が思いっきり振り出しに戻りますが、お陰様で我が家のうさぎ・マイケル君も2021年6月30日で無事、8歳を迎えました。生まれつきの神経症の後遺症で片足の膝から下が殆ど麻痺していますが、それでも彼はジャンプし、よく食べてよく寝る健康なうさぎになりました。

夫の誕生日、そして私のニューアルバムHeavenのリリース日が6月の最後から7月の初旬に接近した為、この日のパーティーはマスク会食ながらも温かく賑やかなひと時となりました。

  

新型コロナワクチン接種の是非が問われる中、私も会える人を制限しながら時々知人と会って食事をします。
 
まさかワクチン接種の是非が人と人の壁になるとは、数年前には思いもしませんでした。それでも私は自身の身を守る為、夫と家族の身を守る為にも適切な行動を取るべきだと思い、特にワクチン接種者との面会は全てお断りしています。
これは私が預言者として必要な行動であり、じきに私の一連の言動の回答がそう、遠くない未来のどこかで表面化し、それがあるべき回答として歴史にも刻印されると信じています。

 

書きたいことは山のようにありますが、今日はこの辺りで記事を閉じます。