経る時、降る雪、そして弟‥

2022年、正月早々の悲しい雪はあっと言う間に降り積もり、あっと言う間に溶けて行った。寂しさよりも強い後悔を心に降らせ、涙よりも憔悴が先に立つ雪だった。
しんしんと昼間の都会を濡らした雪、それは美しい氷の層を形成しながら夜遅くまで降り続いた。
 
雪の夜は闇が明るく見える。深夜雪闇を見る為に、私は何度も窓を開けた。
闇が明けた翌日は、我が家の可愛いうさぎ「マイケル君」の定期検診の為、バスで動物病院に向かった。マイケル君もそろそろ高齢うさぎになって来た。見た目と気力は健康に見えるものの持って生まれた神経症の影響で片足は全く動かなくなり、片方の前歯も抜けて膿んでいる。
年を取ると言うのはこういうことなんですね‥ と、ベテラン獣医と昨日はしみじみと語り合った。
 

2021年の年の瀬から何度も何度も亡き父、亡き母、亡き弟と心を交わし、昨夜一つの結論に到達した。
最も心を閉ざしたのは両親たちであり、反面最も心を開いたのは意外にも私より若くして旅立ったの方だった。彼は少年の頃の姿で目の前に現れ、あの時の声と心のままようやく本心を饒舌に私に語り始めた。
 
彼は全てに於いて後悔を募らせ、この世に置いて来たままの「かの人」に対する不条理や落胆等を、これまでにない程多くの言葉を用いて私の心に降らせ、それはまるで雪崩のように私たちの間の隔たりを一気に滑り落ちて行った。
 


今日までに何があろうとも優しく在りたいと願う私の思いは、いとも簡単に呆気なく打ち砕かれてしまった。それは一度は打ち解けられそうに思えた亡き母の魂の心変わりは勿論のこと、亡き弟の家族の私に対する在り方も同様だった。
 
一度も会ったことのない人が私に、これ程までに痛みを与える理由を私は知りたかった。きっとその人はこのブログを読んでいるだろう。
会ったことのない私をここまで冷遇する本当の理由を、是非とも聞かせて欲しい。
 
何よりこの結末に驚き落胆しているのが若くして旅立った弟本人であることを彼女が知ったら、それをどう思うのだろうか‥。或いは何とも思わないのだろうか。
 

昨日は生前の弟や両親とは余り行くことのなかった実家近くの洋食屋さんで、おそらく弟が泣いて喜びそうな「ミートソース・スパゲッティ」を頂いた。その前は実家近くのお蕎麦屋さんで「天麩羅うどん」を頂いた。
 
死後の魂は余りにも無力ゆえ、信じられないほど正直にその本当の姿を現してくれる。生前最も闇に呑まれこの先きっと永遠に敵同士のままになりそうだった弟が、たったひと皿の「ミートソース・スパゲッティ」で私に心を開いてくれたのが、少し嬉しくもあった。嬉しい反面悲しみもあり、私たちはもう二度と取り返せない時の河の両端から互いの中の深い溝を見つめ、その理由について語り合った。
 
私が過去世をJ.S.バッハとして生きたこと、その魂が小さな我が家に転生して来たことを知った弟は自身の私に対する生前の言動を、きっと深く悔いたに違いない。でも全ての発端は父の私に対する強い差別感情であり、弟はそれに逆らわずに、従いながら生きることでしか「我が家」に居場所を見つけ出せなかったのだと思うと、何ともいたたまれない。

 

きっと法律よりも音楽を深く愛し、上に過去世バッハの私が居たことで音楽を諦めざるを得なくなった弟の心中を思うと、もっと何とかならなかったのだろうかと私の中に深い怒りが込み上げる。
 

 
怒りと疲労と眠気、色々なものに襲われつつも私は今、こんな時でも音楽を手放さずに居る。真夜中の寝室で音楽を聴きながら、これからのことを考えている。
 
私にしか知らない音楽が心に在り、それをこの先も私は粛々と放出し続けて行くだろう。
ただの音楽家・芸術家に留まることなく私は常に「祈り」と共に生き、それを音楽に刻印し続けるこの先の人生を、亡き弟はそっと天から見ていることだろう。
 
その思いに、私も存分に応えたい。
 
生前彼が果たせなかった分も含め、私はいつか宇宙の人々に自身の音楽を手渡したいと願っている。その為の音楽を生み出せるのは私一人しか居ないことも分かっているので、その時に向けて正々堂々と私は生きて行くことを、あらためて胸に誓った。
その手助けをしてくれた夫に今、深く感謝を述べたい。

 

家族のように

 

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昨日午後あたりから急に気持ちも体調も落ち込んで、結局夕食も摂らずに朝まで深い眠りの中に居た。
早朝夫にバナナミルクを作って彼を会社に送り出した後、何となく喉が痛むので何度も何度もうがいをして日課の練習に入った。
練習が終わり、静かに水を飲む。最近は兎に角水を頻繁に飲むようになり、それが私の第二の持病の悪化をかなり防いでくれていることに気付いてからは、何をする前にも後にも必ず水を飲むようになった。

 

ランチをどうしようかと思っていると5駅向こう側からLINEで連絡があり、例の試食会をするから来てよ‥ とカタコトの日本語でヴォイスが残っていた。行こうかどうしようか少し迷ったが、こういう時にはむしろスパイス系を摂取した方が好いと思い、サクっとシャワーを浴びて駅まで歩き電車に乗った。

向かうはタイ料理店。

 

出されたものは何と、ソムタムと言う青パパイヤのサラダからタイ風スープ、そしてバッタイ未満の残った麺をタイ風に味付けして炒めたもの、その他色々。
ぶっちゃけた話、店舗の定食よりも多分豪華なまかない食で、店員以外の客人は私だけだった。家族のように迎え入れられた気分で、お腹も心も一杯になった。

 

タイではね、生野菜も手でボリボリ食べるよー。

 

ママの大きくて愛くるしくてパワフルな、声の解説が付いて来る。この店ではこうしてランチ後の休憩中に、スタッフがテーブルを囲んで家族のようにご飯を頂くのだとか。

 

お姉さんも家族よー。いっぱい食べてってねー。

 

何だか異国の母親を見つけたような気持ちになり、何度も何度もお料理に、ママに、そしてスタッフの方々に手を合わせ感謝の意思表示を続けた。
幸せな気持ちだった。

 

帰宅後、練習第二ラウンドを軽くこなし、刑事ドラマ「相棒」を観たら少し休もうと思いながらこの記事を書き始め、現在に至る。
そろそろ休もうと思う。