Return to Happiness

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言いようのない恐怖が地球の表面を覆い尽くしています。それは一言で「コロナ肺炎」とか「コロナウィルス」とか、そういうものとは異なる別のもの。存在‥ と言っても過言ではないかもしれません。
私琴座はリラ星の最期を、今でも鮮明に記憶しています。リラは滅ぼされる前に、自らの意思で自己爆破を遂げました。

事の始まりはとても些細な事でした。人と人との争い、その狭間を縫って政治の低迷が続き、それによって人々は互いを憎悪の対象とするようなマインドに、何者かによって導かれて行ったのです。

それが政治だけだったのか、或いは今の地球に見られるような疫病が原因の一つだったのかはもう定かではないのですが、次第にリラの人々が精神的に凶暴になったり気力が減退したり‥ を繰り返し、最終的には「生存」のモチベーションそのものを何者かによって奪われて行った事は確かです。

 

全ての出来事にはルールと発端と理由があります。なので今この地球の惨状にも私は、何かしらの大きな原因があると睨んでいます。

人類の遺伝子、そしてメンタルがこの数百年間で劇的に衰弱している事も又事実であり、それを他力本願で強靭な種族に書き換えようとする輩も多数この地上に徘徊しています。

 

今地球で起きている事には、明確な解が存在しません。何を選択しても、向かう結論は多かれ少なかれ似たかよったかなのです。でもそこには一個とても明確な運命の分かれ道が存在し、人々の多くはその境界線を見定める能力を欠いてしまっているのです。

 

ここまで読まれた方は「なにこの人、綺麗事を言ってるんだろう‥」と思われることでしょう。そう、私は過去の諸々の記憶とすり合わせながら、なるべく文章に刺激を加えないように綺麗にまとめています。
それだけ事態が切迫しているからです。

 

今朝、あらためてカビを司る自然神と対話をしました。言葉にならない対話が暫く続きました。
そしてそこから導き出された一つの答えに、私は到達したかもしれません。

 

カビの自然神はこう、言いました。

これは地球人類 対 自然神 対 ダークサイドとの戦争である。

私はこの答えに対して何も逆らうことが出来なかっただけではなく、その声の彼方に遠くリラ星が自爆した時の光景がすっと重なり合うことに恐怖を感じました。

 

私自身、リラの最期を高熱の中で見届け、そこで既に肉体は消失していたでしょう。意識だけが宇宙の中にポツンと放り出された時の言いようのない孤独を、今でも忘れることが出来ません。
多くの意識は炎と共に消失し、わずかに何人かの意識の欠片が既に宇宙を浮遊していました。行く先もなくただ、闇の中を彷徨い続けるのです。そこで魂が気付きを得られるのか、或いは新天地に向かって行くのかさえ、セルフコントロールが出来ない状況が続きます。

 

リラを発展繁栄させて来た文化も文明も科学も、全てはあの炎の中へと消え去りました。生き物の力とか能力は何とか弱く刹那なものなのかと言うことを、その時代の私自身が悔しいまでに強く深く思い知ったと記憶しています。

 

 

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今回、新型コロナ肺炎、新型コロナウィルスと言う未曾有のウィルス自体は自然発生的にこの地球上に出現したものかもしれません。ですが、その向こう側に私は確かに、あのリラ星の衰退から破滅へとリラ人全体を導いて行った時に見た強靭なダークサイドの気配を感じます。

私たち人類はウィルスによって先ず分断され、小分けになった人類同士が互いに仲間割れをするよう知らず知らずのうちに仕向けられています。

憎むべきは本来ウィルスと言う敵ですが、多くの人類は「顔」を見る、「顔」から受ける趣味嗜好のインプレッションにとても弱く、気に入るか、気に入らないかで物事を判断するようになって行ったと思います。

 

 

先日、安倍首相のとても不可思議な動画を観て怒りを感じた方々は、そう少なくはないでしょう。私もその一人でした。
勿論今、多くの音楽家や俳優その他エンタテイメントに関わって来た人材が職を失い、中には長く住んで来たアパートを追われ帰郷を余儀なくされた人や、それさえもかなわず泣く泣く楽器と衣装と鍋とコンロだけを車に乗せて車中泊に転じたミュージシャンも現れました。

 

彼等は口々に政府や行政を罵るようになり、中にはその気力さえ奪われた人もいます。皆、何かを憎まなければ精神が持たないのです。だからその時々、目の前に現れた存在を仮想敵に見据えてそのターゲットに心の罵声を吐くのでしょう。

でも、考えてみればそれはあの時と同じ、ダークサイドの思うツボなのです。

 

人と人を分断し種を破滅させることは、彼等にとっては想像以上にたやすい事かもしれません。後はそのタイミングと条件が揃えば、それを実行出来ます。
まさに今がその時だと、ダークサイドは手ぐすねを引いて私たち地球人類を天の向こう側からじっと観察しています。

 

 

 

昨日 4月11日に収録したYouTubeの中でも述べましたが、コロナウィルスはpm2.5や砂漠の砂、砂嵐等に付着して大気中を軽々と移動して行きます。
その大気を止める事が出来ない以上、既に私たちはウィルスの霧を浴びながら生きている状況に置かれていると言っても過言ではないでしょう。

 

体力が持たない人はコロナに感染し発症するでしょうし、体力はあっても気力や精神力の弱い人たちはこの状況を憎む事で「今」と言う時間が生み出すストレスをどうにかして解消しようとするでしょう。

勿論自堕落で快楽主義的にコロナウィルスを小馬鹿にする人たちもいますが、そういう人たちを除き、多くの人たちがこの状況に先の見えない恐怖を感じていることは紛れもない事実です。

 

話を戻しますと、先日の安倍首相の動画は確かにこのタイミングで如何なものか‥ と言う事には変わりはありません。ですが、ここで果たして短絡的に目の前の現象に敵意や憎悪を向けるだけが正しい在り方かと言われたら、それは違うと私なら答えるでしょう。

 

コロナウィルスに対する偏った認識が、今この地球上を「有識者の意見」として覆っていますが、もしも多くの労働者たちを路頭に迷わせている緊急自粛要請及びロックダウンと言う対策が間違っているとしたら、この先の地球がどうなって行くのかは、目の前に点線が描かれたように明確です。

 

私はこの新型コロナウィルスがほぼ、間違いなく微粒子感染だと確信しています。

そうなればこれまで人類全体が信じて来た自粛要請等が果たして正しかったかどうか、ここでかなり怪しくなって来ます。

 

今見たニュースでは、韓国で既にコロナウィルスとの戦いを終えた人たちを一斉検査したところ、100人を超える人たちに再度陽性反応が出たと報じていました。
だからと言ってここで再びロックダウンして‥ と言う事を繰り返しているうちに、コロナ肺炎ではなく貧困で飢え死にして行く人たちの方が徐々に増えて行くことが目に見えています。
何度も言いますが、それこそがダークサイドの思うツボなのです。

 

私は遠くリラ星の巫女でした。なので今は自分が生み出す音楽の中に祈りを込めたり、或いは日々の作業の端々に神を思い描き、ただ静かに祈ることを新たな日課として行動しています。

祈りは利他的なものであればある程、人の住む世界から遠ざかって行きます。ただ静かな時間の中で幸福を思い、それを祈り続けることしか出来ないのです。

 

そして祈りは行動とも直結します。

例えば私の場合は音楽であったり料理や家事であったりしますが、神職を名乗る方々であればそれは無限で無言の動作の繰り返しになって行くでしょう。
そう思うと現在の地球の中に蔓延している多くの祈りが、神様とは何ら関係のない、いち個人の願望成就の域を出ない、とても稚拙で強欲的なものが多すぎるように感じてなりません。

 

行動をせずに誰かに幸運を依存し、お金を払ってそのプロセスを買う‥ と言うことが当たり前のように行われて行く、これもコロナウィルス以上にたちが悪いと言わざるを得ません。

そうした一つ一つの悪しき積み重ねが今の、この状況を引き寄せているのかもしれません。

 

音楽家として、そして古くはリラ星の巫女だった私が出来ることは、本当に限られています。でも、その限られたことの一つ一つを思い、致すことが今私の務めだと思っています。

そしてこの記事を読まれた皆様へ、もっともっと視えざる存在を思い慮り、これまでの利己的な習慣や考え方を今、静かに悔い改めて頂ければと思います。

 

私はこの星、地球を愛しています。地球で行われるすべての出来事も、そしてそこに生きる多くの人たちの善意も含め、この星が視えざる存在による大きな篩に掛けられている今だから、生き方を少しだけでも変えて改めて下さい‥ とお願いしたいです。
勿論私自身も含め、大きな転機を在るべき理想の形で乗り越えて行かなければなりません。

Pray for the Earth.

 

Eternal Pain – 2020 Spring

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2020年、春。今年の桜の木々や花々の嘆きを、私は一生忘れないと思います。

 

こんな写真を投稿したら「何暢気に写真など撮っているのですか?!」と読者からお叱りを受けそうですが、これは重装備をした上で誰もいない公園を選んで静かに撮影した中の一枚です。
周囲には誰一人いなくて、折角咲いた桜の花たちがそのお披露目の終わりを感じてひしひしと私に訴えて来たので、本当に短い時間の中で余り調整もせずに撮りました。

なのでPCでよく見るとピントが合っていませんけれど、彼女たちの必死の思いだけは確かに伝えられるのではないでしょうか‥。

 

2011年の3月11日から10年も経たないうちに、世界中がこんな危機的な状況に見舞われること等誰が予測したでしょうか‥。
いえ、予測したとか予言したとか言う人が本当に居るのであれば、もっと早期にその具体的な話がネット上に上がって来たことでしょう。それ程人間の予測とか予言などと言うものは、遊びと夢の境界線を彷徨うままごとのような領域を超えていないのです。
でも、それは致し方のない事。私でさえ2011年3月11日から遡ること半年前にその不確かな予兆を感じていたにも関わらず、それは前代未聞の出来事だったので理解すら出来ぬままその日を迎えたのですから。

 
でも、神様たちは確かに、私たちにその前兆を感じて信号や暗号を送って来たと思います。

 

世界が混乱を来す中、それでも私は何とか平常心を維持しながら創作活動を続けています。

そう、確か2011年3月のあの頃、スタジオジブリでも同じような状況があったと記憶しています。彼等は映画の制作の手を休めることなく、仕事を継続していました。その状況がネットやSNS等で酷い誹謗中傷の火種となり、厭と言う程非難された事が思い出されます。

私もあの時は言葉にはしなかったものの、非難をする側の心境にありましたが、今私はジブリの当時の社員たちと同じ行動を取っています。

 

創作家・芸術家はこのような時にも、けっしてその手を止めてはいけないのだと思います。

なぜならば起きることの全てが歴史の一部であり、創作家自身の人生の一部だからです。喜怒哀楽全てを含めた創作が、即ち芸術なのですから。いいとこばかりを前面に押し出すだけでは、作品としての深みを増すことが出来ません。

 

この記事のタイトル「Eternal Pain」、私は既にこのタイトルの曲を前アルバム「Mother Earth」の中で描いていました。こんな瞬間が来ないように本当に強く願い、祈りながら演奏した作品でしたが、神様はそんな小さな願いを聴き入れることなく人類に大きな課題を提示して来たように感じます。

生き残るべき人間と、そうではない人間とに、神様は大きな篩を回しながらその選択の時に入ったのかもしれません。

 

 

Twitterにも綴ったのですが、神様が思う「生き残るべき人間」とは即ち、人間が本来あるべき感覚を研ぎ澄ませ生き抜く為の仕事を怠らず、危機意識能力に長けた種と言うことになるように感じます。

穿った伝わり方をしてはいけないので言葉をかなり選ぶ記述になりますが、おそらくそういう事だと思います。

 

音楽家で言えば、これは私が長年危惧して来たこととも重なりますが、必要にて最低限の音のエッセンスを着実に生み出して届けられる人と言うことになります。
勿論現代音楽や破壊的な音楽は上記のカテゴリーには入りません。人が穏やかにそれを受け止め、そして普遍的に理解されるエッセンスだけが、この地上に留まり続けることが出来るのです。

そうしたメロディーのエッセンスを定期的に、そして継続して生み出し続けるには、オーソドックスな基礎教育を受ける事が必須であり、そうなれば今売れている音楽家や作曲家たちの大半がその条件に当てはまらないことになります。

こんな記事を書いたら四方八方に多くの敵を作ることになると分かってはいますが、それが厳しい試練であり、音楽家が音楽家として、芸術家が芸術家として生き残る為のベーシックな条件なのです。

 

かつての多くの同業者たちが今苦境に立たされていますが、ベースが間違っているからこういうことになってしまったのかもしれません。
所詮コピー音楽と呼ばれるものを作者に無断で再演して糧を得る ⇦ この考え方が間違っているのです。
ミュージシャン、音楽家と言う肩書で糧を得るならば、最低限自分自身で作り出した素材で糧を得るべきなのですから。

その意味で私はライブ系ミュージシャンの多くの方々の苦境や苦情に対しては、一切共感も同情もしていません。これまでモノマネ音楽でお金を得て生きて来られたことの方が偶然であり、奇跡であっただけで、それが当たり前で正しい行為とは到底言い難いからです。

 

私はメディアには一切の露出をせず、それもこれも作品のクオリティーを維持する為には必須の事だと思って覚悟を決めて今日に至ります。
何より私の信条は、「私の死後でも誰でも扱えるシンプルで普遍的なメロディーを確実にこの星に刻むこと」なので、その一点だけを目指して今後も多くの作品をコンスタントに産み続けて行きたいと思っています。