木が教えてくれた

david-vig-573668-unsplash

 

若かりし頃、ある夏の日。おそらく未だ私が小学校の高学年辺りだったか、夏休みで蕎麦が大好きな父が家に居た為我が家の食卓には連続して蕎麦が出されたことがあった。
ざっと一ヶ月間とかそれ以上。記憶では昼、夜と蕎麦が続くこともあった。

最初は美味しく感じた蕎麦も段々と飽きて来て鼻に付いて来たどころか、段々と体が拒絶反応を示すようになって行ったが蕎麦は止まらなかった。
幾ら好きとは言え父も父、ほぼおんなじ味付けの蕎麦が流石に二週間を過ぎた辺りから私の体に異変が出始めた。

 

最初は鼻水(夏なのに‥)、次いで蚊に刺されたように赤いプツプツが腕や首等に出て来たので原因を探って行ったが、どう見てもそれは蕎麦の食べ過ぎだとしか言いようのない程、私の蕎麦への拒絶反応が日増しに酷くなって行った。同時にアレルギー反応のような状況も悪化した。
当時は未だ「花粉症」も「アレルギー性◯◯」も、まして食のアレルギー等は今よりも完全に軽視されており、「食べたくない」はただの好き嫌いとしてスルーされる事が殆どだった。

 

だが流石に段々と朝起きるのが辛くなりこれはおかしいと言うことになり、私だけが蕎麦ではない他の食事を摂ることを渋々母親に承諾させた。

 

立ち食い蕎麦屋の前を通るとなぜか出汁の香りに吸い込まれ、だがその時も私は暫くの間蕎麦ではなくうどんを食べるようになった。

 

 

長い時が過ぎて段々と蕎麦アレルギーの記憶も薄れ、何となく連続して蕎麦を食べていた最近になり再び私の体に異変があった。
蕎麦を食べている途中でつわりのようにムっと来て、遂に完食する前に蕎麦を捨てた。

私はやっと気づいたのだ。これはあの、蕎麦アレルギーに違いないと。

昨年の夏のある午後ビールを飲み、もり蕎麦の大盛りを食べた後にも二度私は倒れている。だがあの時はただのビールの呑み過ぎだと軽視し、まさかあれが蕎麦アレルギーの再発だとは気付かぬまま、その後も何度か蕎麦とお酒のセットを堪能する度に必ず倒れ込んだ。

 

夫との散歩がてら、そんな話をしながら街では馴染の御神木の前を通り過ぎようとした時、木が囁いた。囁いたと言うより、映像を送って来たのだ。
真っ白で太い根菜のようなもの、「これ、食べなさい」と言うように何度も何度も何十分も映像は続けざまに送られて来た。

 

御神木には常日頃お世話になっているので、私はその映像を無視しなかった。何だろう一体… と思いながら映像に目を凝らすと、そこからおろし大根の独特な匂いが私の脳裏に送り込まれて来た。
多分これはきっと、それを食べなさい… と言う御神木からのアドバイスに違いないと思い、私は慌てて大根を買って家で摺ってひたすら食べた。

 

すると何週間も続いていた咳(喘息)が急に激減して行くではないか…。

「嗚呼こういう事だったのね、いつもありがとう。」と、私は木に向かって思いを送った。私と御神木はいつもそうやって会話をしているので、木は必ず私の思いに応えてくれる。

 

御神木は言語を理解するが、自らが言葉のような音声を発することは殆どない。人間で言うところの笑い声とかすすり泣き、そんな感じで感情を表現するのだが、私があの時「ありがとう」と念を送った後の木は「ヒェーーっヒェっヒェっヒェっ…」とでも言うように高笑いをした後に大欠伸をして、そのまま眠りに落ちて行った。

きっと安心したのだろう。まるで母のようだ。

 

 

東京も梅雨入りし、連日不安定な天気が続いている。昨日 月曜日は流石に無気力症候群のような状態に陥り、軽い練習とAmazonからの荷物を待つ以外の全ての行動が止まった。
そんな時でも木々は、私の体を気遣ってくれる。

 

しとしとと幹が雨に濡れて行く時の音声がなぜか私の脳裏に拡がり、それは私に「少し休みなさいね。」と言う彼等の思いのように感じたので、私は遠慮なく夕方から日付の変わった少し後まで完全に爆睡した。

 

私は多くの精霊たちに守られている。

 

 

 

⇧ Didier Merahが作った最新のPlayListです。
フォロー、シェア大歓迎です。

 

いつものように

pexels-photo-261403

 

酷暑続きの関東地方、東京。遂に青梅市の最高気温が40度を超えた。
酷い暑さだ。

私は、と言えば、明け方から酷い鼻炎と目の痒みに悩まされ、何度も何度も顔や目を洗いながら寝室と浴室を往復。それでも痒みは止まず、ティッシュペーパーがみるみる減って行く。

 

週明け、月曜日はしっかりと練習に勤しむ日と決めている。今日もそれは変わらない。
でも窓越しに容赦なく侵入して来る太陽の熱は思いの外強敵で、途中何度も水を飲みながら粛々と指を動かして行った。

「ピアノの演奏は全身運動ね。」
昔っからよく言われていたことだが、本当にそうだと思う。一通りの練習プログラムを終了すると体じゅう汗だくで、直ぐにシャワーを浴びてクールダウン。

 

昨日買っておいた素麺を氷でしめて、それに梅干しを足してランチをサクっと済ませてブログを書いている。

夫に「くれぐれも無理はしないでね。」と言われているので、その通りにこれからの日々を粛々と進まなければならない。

 

 

先週から色々なことがあり(詳細は書けないけれど)、実は余り無理が出来ない体の私。一つにはこの暑さのせいで完全に夏バテモードに入っている事。もう一つは、日々の作曲が考えるだけで意外にハードでその重圧が日常生活に若干の支障を来している事。

その他諸々。

 

いつもとは違う場所で、野良猫 マリコがミャーミャー鳴いている。多分室外機の上が熱すぎて、そこに居る事が出来なくなったからだろう。練習室の出窓の向こうのコンクリートのフェンスから私を呼んで居るが今日はごめん、私練習したいからね、マリコ。

 

 

さて、冷蔵庫の掃除の残りを済ませたら、先日LINEの抽選で当たったブラックのアイスコーヒーにミルクを入れて、少しお昼寝でもしないと体が悲鳴を上げたまま収まりそうにない…。

 

 

遠くから来る音、気配

pexels-photo-326108

 

この一週間、いえ… もっと多くの時間の中で起きたことを書くには私の文章スキルが余りにも足りないし、何より現実離れし過ぎているかもしれない。一体私はこの世界とアナザーワールドの、どちらを主軸に生きているのかさえ分からなくなる程、この数週間の中で起きた諸々の出来事は飛び過ぎている。

気持ちが落ち着かず、常にざわめきに寄り付かれ、夜も余り眠れない日が続いている。そんな中私も夫も週末から風邪をこじらせ予定していた作業を全て延期した途端に、来る筈だった台風はどこか海の彼方に消えてしまったみたいに都内の雨が止んだ。

 

私たちの作業を快く思わない者はこの世でもあの世でもない、もっと別の世界に点在し、暗躍している。彼等は独特の想念やその力を兼ね備え、私たち夫婦に思いもよらない重圧を掛けて攻めて来る。

私たちはそんな重圧の隙間を縫うようにここのところの作業を進めて来たが、彼等の、まさかそれが二人の人間を攻撃するには余りある程の念の力に少しだけ負けて疲れ、風邪を引いたり頭痛をこじらせたりして体調を崩してしまった。

 

無理は惜しまないが、命を捨てる程私たちは愚かではないので、ここはゆるゆる進むところだね、そだね~と目と目を見つめ合いながら、やわらかな真綿の海を彷徨ってこの週末を渡って行く。

 

 

 

気持ちが落ち着かない時、私はなるべく遠い過去の記憶を持つ存在と触れ合うことに決めている。

例えば森、例えば木々、野に咲く花々、そして天然石。
岩や石に触れていると、遠い時代にきっと私が居たであろう赤い星の記憶が蘇る。思い出せそうで思い出せない、喉の奥で詰まってしまった音楽は古いさざ波の調べにも似ているが、そこに私の原点があることまでは何とか突き止めた。

でも、その先を思い出せない。

 

そんな時、透明な石に触れて回想の補足の力(りき)を得て、私の根元に辿り着こうともがいて何度も頭を振りながら天然石のブレスレットを編んで行く。

勿論、記憶は数万分の一程も復活しないけれど、どこか晴れやかな気持ちになるのは何故だろう…。

 

1997年、春。思い返せば私が本気でワールド・ミュージックと手を取り合った日のことを、とても懐かしく思い出している今日この頃。あんなに特訓して覚えた筈のインドネシア語をもう殆ど忘れてしまったけれど、今もその響きを追うだけで感極まって涙が溢れ出す。

何度か訪れた私の原点の一つが、この言葉の中にも埋もれている。ある日突然砂に埋まってそのまま月日が過ぎてしまった地底の遺跡のような、私の中のインドネシア語はそんな色彩を帯びて行く。

それは遂に届くことのなかった母性のようにも思えるし、或いはもっともっと古く懐かしく遠い記憶の断片のようにも感じられる不思議な響き。

 

私の中で、インドネシア語はさしずめコーヒーカラーにも似た褐色を彷彿とさせ、それを味覚でも強く確認したくなる時、マンデリンの香りを通して私は私を探し始める。

幾つもの魂を経て来ると、零れ落ちたまま二度と戻らぬ記憶の断片にうっかり触れてしまう瞬間がある。それは夢の中に時折現れ、私の背中を鋭く突き刺して来る。でもそれは痛みとは違う、温厚さを兼ね備えた鋭利な感触を私の中に発生させる。

 

夢の中の「その坂道」を私は何度下っては、この温かなナイフで背中を刺されただろう…。その瞬間私は崩れ落ちてその場で力尽き、魂だけが灰色の空を伝ってこちら側の世界に戻って来る。

私は酷く汗をかいており、冷たい水をとめどなく喉に流し込んで行く間に夢のことをすっかり忘れて、目の前の日常へと回帰する。目に涙を溜めたまま、その涙を理由を思うよりも日常の今を刻む時報に耳をすませ、その日の夕食の献立のことを考え始める。
その繰り返し。

 

そうね…、今日は未だ病み上がり未満の体なのだから、しばし思い出せないままのインドネシア語の響きや海の香りのする方へ心を走らせて、音の海に深く潜って行こうと思う。

よろしければ、一緒に泳ぎませんか?
太古の風が吹く海岸から沖へと、共に…🌴🐋

 

 

 

My Petit Ship

ship

 

魂を何処かに運んで行く舟。そんな舟にそっと乗り合わせていることを最近、強く感じながら生きている。

それは「」と言う個の意識が始まった時から既に在る話。まるで私鉄から地下鉄、地下鉄からバスへ、或いは特急列車のドアが時々目の前で開くこともあり、ヒトの意識で思うよりも素早く魂がその扉に飛び移って行く感覚。

最早その瞬間の「私」は「私」と言う意識を完全に喪失し、私以前の魂のレベルでものを考え、思い、どこか見知らぬ世界へと繋がるレールを運ばれている。

 

最近、と頻繁に会話をする。

樹はとても長い時間を超えて生きており、神木ともなるとそれは数百年数千年の時間の流れを既に知っている。それは人間である今の私の想像を遥かに超えた意識の一つであるが、ものの意識にはある一定のリズムや呼吸のスパンが存在していることに気付かされる。
私もそのリズムや呼吸の中に在り、それは一個のヒトの思考を超えたもっと大きな流れを形成しているように思えてならない。

勿論この世界に「今の私」が誕生してからは53年と半年と言う月日が経過し、命のカウントは一先ずその法則の中で行うわけだけど、私は自身がJ.S.Bach以前のもっともっと古い時間の中に在った時からの微かな記憶に基づいて今世を生きているようにも感じている。

それを言葉で表現することはとても難しいし困難だが、聴き手を「人間」に限定しなければ縦横無尽なテレパシーとしてもっと別の生命や魂に、この難しい思考や感覚を伝えることが出来ることを確信している。

 

 

toa-heftiba-229499-unsplash

 

街を行けばその都度樹に呼び止められる。それは会話と言うより「風のささやき」に似た音声が脳の中に直接語りかけて来るような感じに似て、その些細な音声は私の心が乱れていたり怒りで気が荒れている時には殆ど届かなくなる。

樹はそういう時の私に「少し落ち着きなさい」と言って道々の樹々を伝って風を利用しながら私に直接触れようとし、細い小枝が皮膚に触れた瞬間に私は彼等の思いに気付くこともある。

 

最近人の世界が本当に嫌になって来た。
樹々が静かで広いコミュニティーを形成しているのは、お互いの心情や心音に敏感だから。その敏感さは人間世界では「過敏症」だと受け取られ、私が放つ一言一句を大雑把に、まるで新聞紙にゴミでもくるんで捨てるように一部の人たちが私を揶揄する。勿論本人たちにはそれが揶揄だと言う認識は全くなくて、まるで広い心で物事を俯瞰する達人のような形相で私を諭しにかかって来る。

それらの大半が間違った諭しである為、とてつもなく気持ちが悪い(笑)。

 

私の生い立ちや血筋の話を未だ、殆どの人たちは知らない。おいそれと、それを口にすることには大きな恐怖心と躊躇があるけれど、視える人にはそれが視えると分かると私はやはり「視える」人たちとだけ関わって生きて行く方が何かと自由でのびのびと振る舞えるのではないか、とも思う。

但しこれは物質世界に対する嫌悪ではなく、あくまで一部の(いえ、多くの)ヒトの退化の現象を私がかなり間近に感じ取っている証しでもあり、視えない人に「視てね」と願っても無駄だし、感じない人たちに「もっと敏感に感じ取ってね」と言うことも出来ない大いなるもどかしさの中で若干、私は空回りしてもがいているのかもしれない。

 

Didier Merahの作品を聴いて頂ければ私が、どのような感覚で常日頃生きているのかについては私の文字を視るよりも明らかだ‥ と言いたいところだけど、その感覚を鎖しているものが人の「強欲さ」や「承認欲求」の一種であるとするならば、多分私は人間の中の「異種」に相当し、結局のところ私は「ただの異種」として扱われているに過ぎない、とも言えそうだ。

 

宇宙人とヒトとの会話がきっと難しいように、私もそれなりの不満や不服をしっかりと相手に伝えつつ、そこには感覚の大きな壁が在ると言うことも重々認識しながら人里からもっともっと遠くに離れて生きて行くことを選択した方が、きっと何かと衝突が起きないだろうし(双方に)行き違いや不満も生まれずに済むのだろう。

時に、寂しさが災いし、ニンゲンと深く会話を試みたくなる衝動をむしろ私の方が抑え込まなければならない辺り、ヒトと言う箱に生まれ付いた厄介さを今頃、さらに痛感している。

 

 

Stand with Melodies

もう何十年もの間、私はメロディーと言う悪夢と戦って来た。
よく言われたことはこうだった。
『出だしのメロディーはいいの、出だしは。問題はサビにありそうね。』…。。それも一人や二人からではなく多くの人たちにそう言われ続けたことがいつしかトラウマや苦手意識となって私の心を深く蝕み、気付くと私はメロディーメーカーではなく歌の伴奏者になっていた。

なりたくてそうなったわけではなく、この世界に溢れ出んばかりの美しく自立したメロディーとの出会いを模索したいと言う好奇心が半分、残りの半分はその当時、何をすれば好いのか全く分からなくなってしまったからだった。

 

多くの音楽と出会い、中でもフランス音楽やカンツォーネに心を強く揺さぶられたが、いわゆるかつて私にアドバイスされたような「好いサビ」を持つ音楽との出会いは遂に叶わなかった。
そうこうしている間に現在の夫に出会い、結婚し、そしてDidier Merahと言う卵から雛を返し、9年目の自身のアルバム『Mother Earth』を聴き返すとそこには(自分で言うか…笑)長年探し続けていた「好いメロディー」が満ち溢れていた。

 

おそらく私はかつて私と関わっていた音楽の世界とは全く異なる終着点を、最初っから目指して走り出していただけだったのかもしれない。そう気付かせてくれたのも何もかも、実際の行動で私の音楽に光をあててくれた夫の功績が大きく、ようやく私はメロディー不作と言う長い悪夢からもう直ぐ完全に解放されるだろう。

 

サビ………………….

そう、私の音楽にはサビがない。と言うより、サビだけなのかもしれない。既存で言うAメロから中サビ、そして展開部となる「サビ」までが一筆書きのように、一本の線で繋がって居る。そういう音楽がこの世界に在ることを何より私自身が全く知らずに居たのだから、まだまだ感性が未熟なのかもしれない(笑)。
ん、、、笑えない話。

 

 

 

音楽は遂に脱出口のない、受難の時を迎えた。iTunes Storeが販売系の配信をいつか退くことが決定し、リスナーは「聴き放題系」の月額サービスへと移行し、個人のアルバムの販売形態にそう遠くない将来終わりが来るだろう。

DeezerやSpotify、KKBox、Amazonを始めとする大手の音楽配信ツールで、世界中のリスナーが自由に音楽を持ち歩く時代が訪れる。
これまで音楽を販売して生きて来た人たちが今思うことは、この先どうやって音楽で収入を得て生きて行けば好いのか… と言うこと。だが私にとってこの現象は、むしろプラスに作用するように思って居る。

 

早ければ10年以内に私は、コンサート活動を再開する予定を立てて居る。その為に毎日筋トレや基礎練習を積んでおり、ストレスの少ない暮らしの中にそっと身を潜めて居る。
出来ればベーゼンドルファーのピアノのある場所でのコンサート、それは全曲即興演奏に近い演奏会になるに違いない。勿論リスナーが慣れ親しんで下さったメロディーを用いるが、そこから遠い遠い宇宙の中へ私と聴き手とが共に音の旅に出る、そんなコンサートが開催出来たら本望だ。

 

現在私は本来予定していた企画を一旦棚上げし、全く別の新しい企画に着手した。
夫が企画を立ち上げてくれた。その企画は私の最も苦手とする音楽形態そのものだった筈が、アルバム『Mother Earth』を完成させたことが大きな自信となり、少し遊びを取り入れた新しい試みとなることは間違いないだろう。

音楽と言う名の通り私自身も、そして何よりリスナーと共に遊べる空間を目指し、これからさらに私は『立つメロディー』に向けて新境地へと踏み出して行くことになるだろう。

 

 

 

Blue Friday

pexels-photo-290766

Twitter、Facebook、そして時々Google+なんかを捲ってみる。

その場所場所を住み分けて使っている人や全てのSNSに積極的に参加している人たち、
それぞれに理由と事情が視えて来る時、
私は一体どうしたらベストなのかとあらためて考え込んでいる週末の夜明け🌄
あっと言う間に朝になってしまいました

土曜日は歯の月一検診の日なので、案の定お腹を壊しています…(笑)。

 

 

 

決まって木曜日になると

なぜかしら…。ここのところ木曜日が近付くと天候が不安定になり、まさに今(明け方の5:32)しとしと雨音が響き始めた我が家のテラス。

昨日(水曜日)の22時頃にいきなり酷い頭痛に襲われ、本当に久しぶりに頭痛薬を呑みました。ほぼ一ヶ月近く頭痛薬から解放されていた筈なのに、しかも木曜日と言う私の安らかな休養日の前だと言うのに。
おまけに春の嵐だなんてね😞🌷

 

そうそう、先月わたくしはフランスの歌姫 Cathy ClaretさんとJ-WAVEは「サウジ・サウダージ」の収録に臨み、その収録でCathy作詞作曲の『Primavera』のバッキングを担当したばかりでした。
オンエア日時が未だ確定していないのですが、おそらく予想では3月後半になる見通しです。

 

スペインでは既に桜の花が咲いているみたいです。

 

 

Cathy is too beauty anytime!🍒