私が伴奏を辞めた理由 3. – 壁を突き抜ける

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おそらく余程の理由と事情がそこにない限り、やはり私は歌と向き合うべきではないと感じた或る一件。
勿論それはとても感動的な瞬間であったにも関わらず、やはり歌手と言う存在は私に本来或るべき音楽を再現させてはくれない。

 

歌が何であるか。
それを通じて何を世界に訴えかけて行くべきなのか。
その背景を彩る楽器が何であるか。
或いはその楽器や伴奏者が知る未知の世界は一体何を意味するのか…。

 

多くの歌手が病的なまでの自信過剰に苛まれ、原点である音楽は完全にスルーされて行く。

 

私は常に多くの歴史のクレバスに遭遇し、その中身を視てしまう。そこには「本来変化を達成した筈の完成形」、その青写真が克明に描かれており、その青写真にあと一歩手を伸ばせば完成させられるパズルのピースに絶対的なプライドにより手を触れようとしない歌手との狭間で、私は結果的に自分自身の為すべき仕事を完結させられないままそこを立ち去ることになる。

その時の喪失感、消失感覚はハンパなく大きく、それが私の疲労や二次的なストレスの要因となり、伴奏に接した後の私は抜け殻になる。

 

 

人と人とが触れ合う時、そこには必然的な衝突も起こり得る。

緩やかな速度で演奏したい、いえそうするべき作品をそのように出来なかった時私は、自分自身が音楽の神を完全に欺いたのではないかと言う自責の念に駆られ、その後長期的に懺悔を繰り返すように音楽と関わることになる。

まさに今の私がその状況に在り、そこにどれだけの称賛が用意されて居ようが私はそれとは全く関係のない、自らの闇に閉じ籠り、音楽の神へ心行くまで懺悔を繰り返して行く。

 

空がどんなに晴れて春の陽気を漂わせても、私の心に春の陽ざしは降りては来ない。そこは果てしない闇であり、私は朝から晩まで白夜のような自分の心を持て余す。

時々思い立ったように伴侶の言葉や気遣いがオーロラのように降りて来る瞬間だけが救いであり、やはりそれは瞬時の奇跡として心の端に瞬きはするものの直ぐに私は闇に包まれてしまう。

 

きっと私は人間が持つ念、情念、欲望や欲求… そういったものの全てにうんざりしている。だからもっともっと静かで音のない世界に憧れる、かなり偏屈な音楽家・芸術家なのだろう。

 

ふと、恩師であった三善晃氏の背中や横顔、365度まちまちの角度に跳ね上がった髪のかたちを思い出す。
彼は常に、人の知らない世界の中から人間の住む世界を鬼の形相で静観していた。ぶつぶつと言葉とも音声とも取れない言葉を吐いているように見えてそれは、全てが人間世界への不満や不毛に満ちた言葉と想念で構成されていた。

 

芸術家 Didier Merah として歩み続けてから早9年が経過し、ようやく私がその域に追い付いて来た。時折体の中に故 三善晃氏が憑依したのではないかと感じるぐらい、今の私ならば彼の、ことばに出来ない思いをきっと理解出来るような気がしてならない。

 

 

おそらく私は今後余程の事情がない限り、歌と向き合うことはないだろう。

 

気付いたことがあるとすれば、歌のある音楽の中にどれだけ優れた歌詞が書かれてあったとしても、人に最初に届くのは音速を持つ音の方であり歌詞ではないと言うこと。
薬品の場合は最初に説明書きを読んでから服用するが、音楽はそれとは完全に逆行している。

 

何も考えずとも先ず最初に人の鼓膜、心に届くのは「音」である。

これは歌手と言う職種に在る人たちがどれだけ抗ったとしても、抗い切れない現実なのだ。だから私は(一時的には歌い手になったこともあったが)作詞や訳詞と言うサブの仕事を完全に辞めて音のソリストに完全に転向した、これは大きな切っ掛けになったと言っても過言ではないだろう。

 

 

もともと人間が好きで人間観察に一日の大半を費やした若き頃の私からは考えられないくらい、今、人間が嫌いである。
生死を何度も繰り返し魂が熟成して来ると起きる、これはある種の転生障害のようなものかもしれない。勿論社会生活を営む上で支障のない程度の人間らしさは演じ切れるものの、それはあくまで私の仮の姿であり本体ではない。

 

私が伴奏を辞めた理由、それは私が人間世界から遠ざかりたいと願ったことの結果だと、今だから思える。

 

 

━ 完 ━