転職のススメ – ライブハウス関連の皆様へ

間もなく緊急事態宣言 が発令される見通しに。世界も日本もようやく、大きな静寂に包まれることになりそうです。
時短要請対象、現在分かっているところでは、以下のようになっています。
 

[時短要請有]
飲食店、キャバレー、ゲームセンター、パチンコ店、ナイトクラブ、カラオケ、マージャン店、ライブハウス、大型百貨店

 

私が注目しているのは「ライブハウス」「ナイトクラブ」です。特にライブハウス関連から日夜立ち上がる騒音を、自然神 はことのほか嫌悪しています。
未完成な演目を未熟なパフォーマーが演じ立て、それはもう言葉にならない程の騒音のかたまりとして自然神はずっと長い間耐えて来たと言います。
それももう限界に達しています。勿論私もです。
 

私と自然神の理由は複雑に交差していますが、こうなって来ると芸術に関連しない全ての音楽や演劇、そして文明の一端も含めここで一切合切消えて無くなるべきだと私は思っています。
だからと言うわけではないですが、既に私は2009年の秋に現在の表現手法にシフトし、2011年の冬にはそれまで続けて来た全ての外注演奏業務を撤退しています。
 
 
私がこの種の発信をする度に、心臓を凍り付かせながらそれを読まれている音のパフォーマーたちの横顔を思い浮かべていますが、全ては自業自得なのです。
 

この自粛期間が明けて又、元の暮らしに人類が戻ろうとすれば、再び無期限でのロックダウン要請の運びとなるでしょう。人と人とを分断させれば会話も減り、世界は静寂に包まれます。
それは人や政治とかではなく、母なる地球と自然神等の強い願いなのです。
私も彼等、自然神の願いに同調し、慎ましく厳かで上品で、尚且つ静かに音楽活動を続けて行きます。

 

 
近い将来、もしかするとヘッドホンでしか音楽を聴くことの出来ない世界が始まるかもしれません。勿論私は大歓迎です。
但しロックや演歌、歌謡曲や煩いポップス等は元々ヘッドホンで聴かせ為に始まったジャンルではないので、多くのこの関連のパフォーマー達が転職を余儀なくされることになるでしょう。

 
自然神 カール氏はこうつぶやいています。
「転職するなら今のうちです。特に音楽家や舞台俳優たちは他の職種に人が溢れ返る前に、兎に角早めの転職をお勧めします。」と。
 
 
昨夜はスピリチュアル関連のオープンチャットで、私の強気の発言で少々混乱が生じましたが、そのくらいで怯むぐらいなら私は最初から『スピリチュアル』の領域に舞い戻って、活動を始めたりはしなかったでしょう。
要は、腹をくくっているのです。
 
 
私が本気になった時には、本当に世界が変わります。とは言えこれまでの私はその瞬間、世の中にその名をお目見えさせることのない形で世の転機に手を貸して来たわけですが、これからはそうでは無くなります。
 
 
又、私が何故ここまで明確にこの種の文章を記載出来るのかと言う理由については、別の形でnoteの最新記事に綴っています。
「有料記事」と言う文字を見ると多くの方々が尻込みするようですが、記事の中には命を守る手段について、医療や科学が言及していない内容に大胆に触れていますので、是非購入を躊躇せず中身をお読み下さい。
 
 
【[新情報] 新型コロナウィルス 変異種媒体の正体 – 2021.01.06 】:
https://note.com/didiermerah/n/na4bcc22af5ba

 
皆様に、光に満ちた神々のご加護がありますように。
 

冬の音色

木枯らしの向こうから不穏がひた走って来ます。それは止まることを拒絶する猛獣のように、多くの幸運や日常を蹴散らしながら次の季節に向かって、この星の全ての生き物たちを絶望の淵へと追い込んで行くようにも見えます。


この一ヶ月と少し、私はそれまで習慣となっていたSNS中心の生活から遠ざかっていました。
見聞きするもののスイッチの一つを変えるだけで、アンテナはよりシュールに、より感度を増して行くようにも感じられます。
元々シュールなアンテナが過敏なのに、それ以上にこの星の遠い未来から降り注ぐ多くの電波のような何かを受信する度に、深い不安が全身を走り抜けて行きます。

 
思えば辛く長い2020年でした。それでも私は無事に11月3日のバースデーを迎え、可能な限り生きられるところまで長く太く生きようと、夫とも声を出し合いながら、危機的な状況を迎えてしまったこの冬をしんしんと過ごしています。

 
外出も減り、外食も最低限になり、一見楽しみの大半をコロナ禍に奪われたようにも見えますが、そもそも私は屋内派なのでそれ程窮屈には感じていません。
大好きな温泉に行けなくなったのは少々残念ではありますが、服を脱いでウィルスを浴びるようなことにはならぬよう、毎日毎日気を引き締めながら室内で筋トレをやったり鍵盤の上でトレーニングを積み重ね、そして粛々と作曲も継続しています。

 
 

 
リバースよりもチャージに多くの時間とエネルギーを注ぐことが出来たのが、思えばとてもラッキーだったと言えるでしょう。
この二ヶ月間で5つのPlayListをSpotify上に作成し、少ないながらもそれを心待ちにして下さる方々も居てくれるので、又次も頑張って音の写真室を作ろうと言う新しいエネルギーを得ることが出来ています。

 
FacebookやTwitter上では度々会話をしているのに未だ一度も逢えていない音楽関係者も多く、そんな彼等と、今直ぐにでも逢える距離に居るのに逢えないこの厳しい状況が一体いつまで続くのか‥。そんなことを思いながら、PlayListの中に、逢えない音楽家への想いも込めて幾つかそっと楽曲を忍ばせる時、私はなんとしてでもこの苦境を生き延びなければと心を引き締めます。

 

今年は多くの別れを率先して生み出し、そして受け容れた一年でもありました。
言葉にはしない別れ、逆に先方からの要望で私がその心情に至った理由を告げなくてはならないことも多々ありましたが、私の心情の多くは理解されないままだったと思います。

 

芸術家はいつも孤独です。それは恩師である三善晃氏をずっとそばで見ていた時から感じていましたが、こんなにも、そして過酷なまでの孤独を痛感しているのは、今この時期だからこそ‥ かもしれません。

 

何かを分かって貰おうとか、理解して貰おうとか、私はそういうプロセスを幼少の頃から完全に放棄していました。理解しなければいけないのは相手の方であり、私は生まれ付いた時から既に多くのことを魂が知っていたのです。
 
年齢で言えば19歳或いは20歳くらいで過去世の私の人生が終わっており、その続きから私の今世はスタートしました。なので体は赤ん坊でも、記憶の中には直前の過去世の記憶が鮮明に刻まれており、赤子の体+19歳の私(僕)から私は再生したように思います。
父に度々「可愛くない」と言われるのもやむを得ず、私が最も私らしく振る舞えば振る舞う程、人との距離は急激に遠くなって行きます。
 
そう言えばこの時期だったでしょうか。いえ、受験間近だったので、もう少し先のシーズンだったと思いますが、丁度気候的にはこんな感じの冬のある日、一晩掛かりで家出した時のことを何故か今日は鮮やかに思い出しています。
桐朋音楽教室の同じクラスの女性と交換日記をする程仲が好く、音楽教室のAクラスに入った翌週からほぼ毎回私と彼女は同じバスに乗ってわざわざ遠回りをして音楽教室に通ったものでした。
きっと生涯の友になれるだろうと思ったのもつかの間、あの時家出をした日も私は彼女と共に短い夜を過ごし、そのことが後々になり彼女と絶交する原因になったことも又忘れることが出来ません。
 

結果的に私が音楽高校の受験に受かり、彼女がその逆の結果を迎えました。それを機に、私の音楽高校生活の長い長い虐めの空気がそこはかとなく出来上がり、だけど私はそうした空気に鈍感なふりをし続けました。

 

あの夜私は彼女の家に泊めて貰うつもりで、駐輪上にあった他人の自転車の鍵をこじ開け、音楽教室に自転車で向かいました。
何故そう言うことになったのかを話すと長くなりますが、丁度当時交換日記をしていたその手記の中に私が綴った「好きな人」の名前が、母の逆鱗に触れました。別に母の彼氏でも初恋の人でもないその人の名前を見て何故母がキレたのか、未だに分かりません。
 
ですが母は何かと無理矢理ルールを作り、私を生き辛くしていたように思えてなりません。それが他愛ない交換日記だったとしても、私は「いけないことをしている」と認識させられ、それを理由に母は無限に私に暴力をふるい続けました。
私は主に顔や目を殴られ、一時視力が劇的に低下したこともありましたが、母としては私の目が視えなくなればいい‥ ぐらいの気迫で私を日夜殴打し続けられる理由が欲しかったのだと思います。
 

— (中略して話を元に戻します。) — 
 
 
あの冬の土曜日は音楽教室の日でした。なので学校から帰宅すれば母が待ち構えており、交換日記を罪状のように振りかざし、きっと「音楽教室には行かせないわよ」と言う大義名分を付けて私の顔を殴打し続けることが予測出来ました。
なので私は中学校の授業から帰宅せず700円と少しの小銭を持って仙川まで自転車を走らせ、記憶では仙川の駅前の立ち食い蕎麦店で「力うどん」を食べたと思います。

 

そのまま音楽教室で午後の3時からの合唱と午後4時から6時までの授業を受け、私は音楽教室の友人である彼女に事情を話して一旦友人の家まで自転車で向かいました。
彼女のお母様とは既に面識があったので(きっとお母様としては嫌々だったのでしょうけど)ご自宅に上がると、温かいお料理が用意されていました。それを頂いて一泊する筈が、母からの連絡で私は彼女の家から突然追い出されることになります。

 
お金を持っていなかったので千円をお借りし、それを財布に突っ込んで一先ず私は自宅のある方角に向かいますが、最低気温3度とか2度の中、家には帰らずマンションの階段の踊り場で一夜を明かすことになります。

気が付くと、私は未だ制服を着たままでコートも羽織っていませんでした。ブラウスと上着、しかも化繊なので、夜中になると余計に寒さがしんしんと身に沁みて来ました。
勿論お腹も空いて来たので、当時一人では未だ行ったことのなかった「松屋」で牛丼とサラダを食べて、余りの寒さに階段に座っていることが出来なくてゲームセンターで3時間程、デスクを占領して仮眠を摂ったことを覚えています。

 

その後マンションの階段まで戻ると、どういうわけか家族総出で私の名前を呼びながら私を探している音が聞こえたのですが、私はそれでも家族(特に母)を信じられなかったのです。
きっと私を見つけるまでは単なる小芝居で涙を流し、私を家に引き入れた途端に再び暴力・殴打が始まるだろうと思った私は、家族に見つからぬように色々な場所を移動し、朝を迎えました。

 

冬の朝は酷く冷え込みます。しかも受験まで一週間を切った時期で、このまま私が家に帰らなければ受験自体も無くなってしまうでしょう。
むしろそのことに危機感を感じ、翌日昼前に私は泣く泣く帰宅しました。流石に中学生が真冬の極寒の時期に一晩家出を実行したことに対し、家族たちも少しは驚いたのか、その日の母からの暴力は何とか免れましたが‥。

 

この時期になると私は多々の、自分の身に降り掛かった忌わしい出来事の幾つかを思い出します。これらの悪夢は一体いつになったら、私の中から出て行ってくれるのでしょうか。。
今朝も悪夢に魘され、目を覚ましました。最近家族間で話題になっていることが好くない形で夢に現れ、私は何者かに酷く叱られ驚いて飛び起きました。

 
 

 
 
既にnote上でも警告を発していたように、遂に新型コロナウィルスの変異種がその牙を剥いて来たようです。この変異種はさらに分化と変異を繰り返し、感染力と毒性を益々強めて行くことについて私は再三に渡りnoteの中で警告(予測)していたのですが、数名の熱心な読者を除き多くの人々には見向きもされませんでした。
 

予知とか預言とは、形にならなければその効力を発揮出来ないものなのでしょうか?
危険な預言(予言)は極力、現実になって欲しくないから文章にして残しておき、読者に読んで頂き心を新たにして頂きたいと願っているのですが、多くの人達は「預言=言い当てること」に焦点を置いており、その現象が形になり現実になる瞬間をどこか心待ちにしているようにも視えて来ます。
これでは預言・予知の意味は全く無くなってしまいますが、それが現実です。

 

明日、何が身に起きるのかなんて、もう今は誰にも予測すらつきません。但し出来ることは沢山ある筈です。
きちんと食事をして、手洗いや消毒を欠かさず、外出する時は暖かい衣服で身を包みマスク必須で会話少なめに‥。人の集まる場所には極力出向かぬようにし、時折小さな外食等でストレスを発散し長居はしない‥。
 

小さな努力と心配りの積み重ねが、自分と大切な人の命を守ります。今人類に、私たちに出来るのはそれが限界でしょう。
さしずめ私にはミッションがあるので、その実行の時に備え体と心とシュールな感覚を粛々と磨き込んで、自分を高みに追い込んで行きたいと思います。

 

この冬幾つかSpotifyに作ったPlaylistの一つを、下に紹介します。
是非楽しんで、リストをフォローして下さい。そして皆様がご利用になられているSNS等でシェア~拡散して、広めて下さると有難いです。

 

預言 – Prophecy from My God


毎年この時期はレコーディングに注力する筈が今年は色々予定が重なり、特に今朝はいきなり私の第三のチャンネルが全開になったことも重なり、仕事等そっちのけでチャネリングをしたり料理をしたり、いつもと違う連休を過ごしています。

サブスクリプションのリスナー数が右肩上がりとは言え、まだまだライバル等と比較すると私は裾野に大きな伸びしろがあるのも現状。
だからと言って他の、ミュージシャンとタレント活動を同時並行的に進めているアーティストと比較することも出来ず、私の場合は身体的な不具合等(勿論業界内で活動する上での容姿と言う意味合いで)を抱え込みながらの活動なので、結果にコミットするには時間を要するでしょう。

 

私は未来から逆算しながら、現在の活動を進めています。つまり予め回答が分かっているところからの逆走の人生を歩んでいるので、作曲と言っても自身の承認欲求等が存分に満たされる状況で行っているわけではないのです。

一つ明確に決めていることは、「少なくとも500年後、或いは1000年後に残る音楽を生み出すこと」であり、そうなるとその時々の気分やムードや思い付きで作曲したり音楽を配信することが全く出来ないのが現状です。
予め未来に弾き出されている音楽の回答が分かっているので、その回答に背く音楽をこの世に産み落とすことが許されないのです。


利点を挙げれば「作曲や表現手法に迷いが生じないこと」、その一点。ですが多くの音楽家や作曲家に生じる「迷い」や「カオス」が楽曲の中に混入しない分、時折「冷血無慈悲なAIのような作曲家だ」と誤解されるデメリットと衝突することも多々あるのが悩みの種です。


Didier Merahと言う存在の個性も世界に一つならば、例えばサブスクリプションに表示される「ぶら下がり」に表示される(傾向の似ている)他の楽曲やミュージシャンも少なく、そうなると私の作品に他の音楽家から辿り着く確率も極めて少ないわけで、その影響もあってなかなかリスナー数が思ったように伸びて行かないのかも‥ 等と色々思いを巡らせている間に連休も残すところあと一日に迫って来ました。

ですがこの連休は珍しく仕事を入れなかったので、夫婦の会話の時間や私が神様から得た私たちの将来のイメージビジョン等についての話に多くの時間を費やすことが出来たことは、何より大きな収穫でした。



今住んでいる街や街の人たちとの折り合いがここのところ上手く付かず、切っ掛けがあれば他の街に住むこともそろそろ考えても好い頃かも‥ 等と感じています。
街中では確かに私はただの「おばちゃん」にカテゴライズされる女性であり、歩きながら作曲をするわけでもなければがり勉タイプの‥ 例えば喫茶店等で執筆をしたり五線紙を拡げて何かをするわけではなく、兎に角仕事の「視える化」が出来ないのでなかなか人の理解を得られません。
なので、私の本体を知らない人たちからのルックダウンは、かなしいかな日常茶飯事です(笑)。

でもそれがかえって「放っておいてくれる」と言う、私にとってはうってつけの環境を引き寄せてくれる切っ掛けにもなるので、少しの蔑視やルックダウンに私が上手く耐えることに慣れてしまえば何ってことは無いのですが、困るのは私のこと、私が何者であるのかについて知っている人達が意図的に私をルックダウンする状況に陥ることぐらいでしょうか。


コロナ禍を機に私自身が知人や他の人たちとの関わりを避けたり、段々と人と会わなくなって行ったり、或いは頻繁に私を無償のランチに招いて下さっていた飲食店が閉店したり‥ 等色々重なって、実は生活のグレードにかなりの重圧と制限が掛かっていることは否めません。
そんな中でも時折ヘッドホンや書籍、マヌカハニー等をAmazonの「欲しいものリストから送って下さる方もおられれるので、本当にこういう時だからこそありがたいと思います。



のんびりと過ごす4連休。考えて考えて、そして遠い人のことや会えなくなってしまった魂や霊体を思いながら過ごしたこの時間に無駄などけっしてありません。
ただ、そういう自分の話を夫以外の誰とも共有出来ず、仮に共有しようと思ってうっかり口走れば妬みの素材にしかならない今のこの世の私に、いつになったら「友」が得られるのか‥。考え過ぎると気が遠くなります。

とは言え既に私はリラ星から来た「ただ一人」の魂であり、生まれた時点で既に孤独を受け容れざるを得ない状況だったと言うこともまた然り。


ブログやコラムを綴ってもガチで感想やレビュー等をSNSに挙げて下さる方も居ないのは、きっと私がこの世界の常識にハマることのないちょっと珍しいタイプの人間だから‥ と、自分の中に何とか落としどころを見つけて先へ進んで行く他にありません。

ファン・ジニヨハン・セバスティアン・バッハの、最低でもその二人の魂を併せ持っているのだから、これは致し方のない現実。素直に受け入れてしまった方が将来の光への到達時間は、きっと程好く短縮されるのかもしれませんね。





【お願い】
Didier Merahは活動の性質上、スポンサーや支援者を持たずに活動を続けています。
よろしければ時折Amazonの「欲しいものリストにスクラップしているものの中から、何か小さな物を贈って頂けると有難いです。

Didier Merah Amazon【欲しいものリスト】

何卒応援・ご支援等、よろしくお願い致します。

境界線


世界は絶妙なタイミングで変化し続けています。
まるで季節が夏から秋へと向かうような自然な流れを装いながら、地球人と言う赤子を沢山の自然神の面々があやしながら、あっちへ行けこっちに向かえと言って飴を鞭を使い分けるように‥。

この何とも絶妙な転機を私たち人類はどのように感じ、そしてどのように乗りこなして次の時代へとシフトして行けるのか、行けないのか‥。何もかもが手探りなのだからそこには最初から存在する明確な回答などは一つも無くて、それでも私たち人類はこれまでとは違うやり方、生き方、ものの考え方、価値観や哲学観に絶対にシフトしなければいけないと自然神は解きます。


私が度々書く「自然神」と言う単語に拒絶反応を示される方々が居ることも、私には分かっています。それはご自身がこれまで達成出来ていた筈のマウントに対する敗北感に似て、私如きの社会的な立場の弱い芸術家に負けるわけがないと言う既存の秩序が音も無く崩壊してしまうのではないかと言う不安の上に成り立つ、後先のない真の敗北を真のあたりにすることへの恐怖に似ています。

ですが私は常に、そんな横暴かつ無謀なマウントに今日までじっと耐えながら芸術活動を続けて来ました。
確かに今日まで勝ち目のない戦を延々と続けているようなところもありました。ですがこのコロナ禍が皮肉にも切っ掛けとなり、私と時代の間に長い間立ち塞がっていた壁が一気に崩れた感は否めません。
これまで高い所にあった壁が、急激にその高さを変えて私の手の届く場所まで降りて来たような、ある種の私自身の人生の見通しが立ったと言っても過言ではないでしょう。


Twitterその他Facebook等のSNSのプロフィール欄に、私はある時期から私のありのままの姿を人生及び魂の履歴の一つとして書き加えており、最近はTwitterで私の過去世 J.S.Bachについての色々な話を綴っています。
その度に味方ではないと思えるような方々からのDMがひっきりなしに舞い込んで来るようになりましたが、だったら私の説に反する先方の方々からBachの隠された逸話が聞けたのかと言われると、そうではありません。

だからと言って私はBachを武器に自分の芸術活動やその履歴を美化したいわけではなく、ただただ間違ったJ.S.Bachの説をシンプルに穏やかに軌道修正がしたいだけなのです。

それは私が今日まで音楽を続けて来れた原動力の一つでもありますし、これから世界中の音楽愛好家や音楽家の卵たちに絶対に必要となる学説や音楽理論の新たなベースともなり得るものだと、私は確信しています。
 

色々な意味で、世界は転換期を迎えています。既にその旨私は1990年の湾岸戦争の頃から予期しており、いつか世界は逃れようのない時代の境界線に立たされる時が来ることを知っていました。
だからと言って自分の生活を一気に変えて行くこと等出来ない、私にとっては闇の数十年が経過し、最後の最後で夫や日本神界の神々によって救われたと感じています。

夫と初めて会った日のことを、私は今でも忘れることが出来ません。
あの日は丁度薄曇りの朝。前日の疲労が祟り、その日は夜中から酷い腹痛と偏頭痛と吐き気に見舞われ、本当ならばそんな日に人と会う約束などあっさりキャンセルする筈がどうしても夫との約束だけは守らなければならないのだと、私の本能がそう叫び続ける朝でした。

そして朝っぱらから一本1,500円ランクのユンケルと胃薬と正露丸、そして頭痛薬を服用し、一時間予定よりも前倒しで支度を始めました。

途中如何なるアクシデントが起きてもいいように、先ずは心のゆとりを持つことが大切。そして予定は意外にサクサク進み、結果的に私は50分も早く約束の場所に到着することが出来ました。
自宅を出発する時は不具合だらけだった体調も段々と時間を経て快方に向かい、現地に到着した時にはかなり好くなっていたのが不思議でした。


あの時私が無理を押して夫に会っていなければ、今の私は居なかったでしょう。あの時も私は、人生の大きな大きな境界線を何とか乗り越えたことを強く実感しました。


今私たち人類は色んな意味で、これまでには無いくらいの大きな境界線に立たされています。
境界線には好い境界線もあれば、そうではない境界線もあります。まさしく今、人類は後者の境界線上に立たされていると言っても過言ではないでしょう。この境界線から先には、キャンセルが利きません。乗り越えて先に進むしか、他に方法が無いのです。

色々書きたいことを整理せずに、又もや多くの思い出話をしてしまいましたが、今私が聴いているのはCesare Piccoの比較的新しいアルバムです。
Cesare氏の比較的初期の香りが漂う、不穏で神秘的な作品がずらりと並ぶ秀作です。




今日も即興ブログを最後までお読み頂き、ありがとう御座います💛

陽の光と目覚めと

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来る日も来る日もCOVID―19の話題ばかりで、その上関東は全般的に雨季の真っただ中にあるので、わけもなく毎日塞ぎ込んでいます。
普段はフルオープンの私のアンテナが、ここのところ何者かの大きな手のひらで抑え込まれたようにミュートして、眠っても眠っても際限なく眠い日が続いています。

 

昨晩も予定していた夕食を結局抜いてしまい、朝まで滾々と眠り続けた私。ですが今日は早朝にマイケル君の定期検診を控えていたので、兎に角寝過ごさないように‥ 用心しながらうつらうつらしていたら何だか時間が勿体なくなってしまって、夫の出社を見届けた直後から洗濯機を3回も回して未だ今も、マスクをまとめて洗っています。

 

久し振りの太陽は昨日から、私と反対に目が覚めたみたいに都会を照らし始めました。今日は幾分雲が多いものの、タオルが2時間強で乾くぐらいの日の光が新鮮です。
夏が近くまで来ているのかもしれません。

 

 

作曲の作業を再開しました。

唐突に自分の音を追い掛けたくなったのも、長い眠りで気持ちがリセット出来たからかもしれません。後から後から湧き上がる音をメモに書き取って行くのですが、その中でも2分で退色してしまうメロディーもあれば、二週間前に書いたメロディーが新しい魂を吹き込んだように蘇生することもあります。

 

このコロナ禍と長い雨季がダブルパンチで人の棲む世界を押し潰している中で、なかなか新しい作曲に着手出来ずに居たのですが、本当にパ~~っと目の前に百万のハイビスカスの花が一斉に開花したような目覚めを感じています。

誰かが私を助けてくれているのを感じます。ここで言う「誰か」、とは人ではなく、それ以外の存在の意味です。

 

今年の前半だけで、幾つもの人との別れを経験しています。知人も居れば有名人も居たり、皆生き急ぐようにこの世を旅立って行きますね…。

私の場合は「失う」別れよりも、自らの手で鎖を噛みちぎるような別れの方が多いでしょうか…。理由詳細は色んなSNSで綴っていますので、ここでは省略します。

 
皆様が思うより、私は神経質で気位が高い人間です。
最近は理由もなく人に気を遣うことにうんざりしてしまい、それまでは余り深く考えずに無意識に遣って(遣わされていた?)「気」を、自分の為に遣うことに決めました。

 

人に気を遣わせる人の大半は、そのことによって無言のマウントを相手に仕掛けている場合が多いように思います。
私も根がお人好しなので、まんまとその悪しき作戦にハマってしまっていたのかもしれません。

 

考えてみれば、魂年齢と言う点では私や夫に勝る人はこの世界には存在しません。
何ったって、リラの時代から私はこの世界に存在し続けて居るのですから、その意味でも私に接する方々には先ず深く敬礼して頂くぐらいの気迫と礼節を、是非ともお願いしたいところです。

それを拒絶する人とは結局のところ、深く関わり合って行くことは出来ないと言うことを、ようやく受け入れる準備も整いましたし…。

 

さて、これから未だ色々と仕事を控えています。のんびりゆったり、だけど余りのんびりもしていられません。
私は音楽で世界の流れを変えて行きたい。その為にスポンサーを一社も付けず、ファンの皆様からの応援だけで創作活動を続けています。

 

その夢が早く実りますように、皆様も是非私の作品を積極的にSNS(FacebookやTwitter、LINE等)でシェア & 拡散して頂けたら有難いです。
そっと遠くから… ではなく、グイグイとこの澱んだ空気をこれでもかと引っかき回す勢いの応援を、是非よろしくお願い致します。

 

Amazon 『Didier Merahの欲しいものリスト』

 

 

スズランの季節

スズラン

 
2020年4月30日、私のニューアルバム『World of Nature』がSpotifyやApple Musicをはじめとする世界中の各プラットホームから一斉にリリースされました。
この世界の闇のど真ん中にアルバムリリース…、本当に不思議なタイミングですが、今回は色々な準備が大幅に遅れたにも関わらず希望のリリース日時を一秒たりとも外すことなくこのアルバムが日の目を見ました。

 
世界は自粛の闇の中。既に私は2020年の2月の初旬頃から自粛のペースに入って行ったので、かなり長い期間の自粛生活を送っていることになります。
ですが時を追う毎にこの自粛が本当に意味のある事なのかどうか、私は頭を悩ませていました。

 
多くの知人や友人に私は、カビの自然神から直接聞いた話を伝えて行きましたけど、多くの人たちの反応はとても冷たく冷ややかでした。ですがそれらの反応もある意味今後の人間関係に於ける大きなヒントともなり得るので、気持ちが落ち込む中でも私は極力クールに現実を受け止め、受け入れるように努力して来ました。

 

この自粛生活の中で特に私が注意深く観察していた事の一つが、飲食店の在り方についてでした。
考えてもみればどれだけ強行的な自粛生活に至ろうが、人間の胃袋の数は変わりません。なのに多くの飲食店が「政府の要請を受けて…」と言う理由を掲げながら店舗の休業と言う道を選択した光景には、実はかなり驚きました。
それまで普段とても親しくして来たお店の中にも長期休業を選択した飲食店が多数現れ、その度に私はそうした店舗の在り方に大きな不熱心さを感じずには居られませんでした。

 

言い方は乱暴かもしれませんが、「政府の自粛要請を受け…」と言って店舗を閉める事はとても簡単な事です。収益を得られないのだから店を閉める…と言う選択肢。
飲食店としてこれはどうなのかと言う疑問が真っ先に立つ中でも私は、やはりCOVID-19に感染された方々や犠牲となられた方々を思うと容易に自分の心情だけを口にする事は出来ませんでした。

 

思うことを口に出来ないだけならまだしも、カビの自然神から伝え聞いたことをありのまま人に伝えられない事が本当に辛く、尚且つ人間は本来持っている筈のシュールな感覚(例えば直感力や超能力、チャネリングの能力等色々…)がここまで閉ざされ、そしてそのような感覚を外側に出す人を蔑み軽んじる傾向がこんなにも強いのかと言う現実に、心から胸を痛めました。
ですが思えば情報とはそれを必要とする人の元にだけ届けば好い… と言う考え方も出来ますから、私は今後も重要な情報はこうしたブログではなく note と言う記事の販売を兼ねたSNSの中にそっと閉じ込めて、各記事を有料配信して行くのがベストだと思っています。

 

この長い自粛要請中に店舗を閉めて、テイクアウトもなくデリバリーにも対応しなかった飲食店を私は一軒一軒心の中に書き留めました。逆にこの期間の中、店を開けてあの手この手を尽くして労働者の胃袋を何としてでも満たそうと、採算度外視でがむしゃらに頑張っていた店舗名も同時に私の中に在ります。

 

新型コロナウィルスは、空気感染及び微粒子感染によって拡散しています。

どんなに三密を避けて家の中に引き籠ろうが、pm2.5は日々空気を伝って大量に降り注ぎますし、黄砂に付着した新型コロナウィルスは容赦なく私たちの窓辺に大量に在ります。
換気をする際にも私は窓辺にアルコールを噴射して出来る限りの防疫対策に努めてはいますが、それも暖簾に腕押しと言っても過言ではないでしょう。

 

今日、久し振りに私は我が家のカビの大掃除に着手しました。何故今日までそれが出来なかったかと言うと、カビがCOVID-19のウィルスをとても好むのだと、カビの自然神から直接聞いたからでした。
でも流石にこのままカビを放置しておくのは人体に好くないので、今朝から少しずつカビの大掃除を始めたところですが、今のとこと私たち夫婦は時折お腹を下すことを除けば至って元気に生活出来ています。

 

新型コロナウィルスの騒動を介して私は、私自身を知人や友人がどういう目で見ているのか… と言う事を注意深く一つ一つ観察して居ました。
そして各々の心の中に意図的に私の成長を止めてしまったり、或いは私の話など軽く受け流しながら私と関わろうとしている友人や知人とは今後、関わり方を私の中で変えて行くことに決めました。

 

勿論私の気位が高い事は一旦棚に上げたとして、その上で私と言う人間を必要以上に軽んじて関わって来る人たちとは、私がやって行けないと思いました。

きっと温度の相違なのかもしれません。
一人の人間と向き合う時の私の温度と、相手の温度。そこに余りにも大きな温度差があり過ぎては、人間関係のバランスを大きく欠いてしまうだけで何のメリットもないわけですから‥。

 

勿論メリットだけで人間関係を捉えるべきではないですが、少なくとも私の側に大きなデメリットが生じるような人間関係を私は、持ちたくはないと思います。

 
私はDidier Merahと言う人間であり、世界中の音楽を理論化出来る芸術家です。尚且つリラ星の最期を見届けた巫女としての記憶を保有する事等も合わせて考えると、それを意図的に無視して私とダチ付き合いを望むような人とは関わるべきではないと、最近の私の心の中に新たな赤ランプがずっと点滅し続けています。

なので私は仮に今後孤独に陥ろうが、始終点滅し続けている赤ランプに今は素直に従いたいと言う結論に至りつつあります。

 

 

スズラン2

 

大好きなスズランが街のあちこちで、そっとうつむき加減に咲いています。私の大好きな花ですが、今年のスズランはいつになくとても神妙で悲しげな表情をしています。
もしかすると、人間の愚かさを嘆いているのかもしれません。

 

スズランの英語の花言葉は「return of happiness(再び幸せが訪れる)」… だそうです。

その言葉通りになれば好いと思いますが、一度失ったものが元通りの形になることはありません。それは人間関係も世界情勢も、そして各々の人の心の中もきっと同じです。

 

アルバム『World of Nature』は、この世の始まりから終焉までを描いたアルバムです。是非最後まで、…つまりこの世界の終わりまでを音楽の中で確認しながら聴いて下さい。

 

 

 

私が芸術家を貫く理由

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時々私は不思議なタイミングで、不思議としか言いようのない正夢を見る。これは昔々からのことで、未来に起こることがリアルに夢に現れる。
今週はそんな出来事が複数重なったけど、未来は概ね予想通りに進んで行くのでその予定に合わせて私は色々なことを準備することが出来る。

 

この一週間、様々な再会に恵まれた。一つは某グループを解散した方々のうちのお二人と、もう一つは20数年間同業者として活動はして来たものの余り会話等したことのなかった歌手と。

音楽は再び様々な縁を連れて来ようとしている。

 

カオスな音楽業界は益々混迷を深めて行く。多数の売れていたアイドルたちが崩れ落ち、一人また一人と商業音楽の世界を去って行く。
私もその昔は商業音楽の世界と夜の再演音楽の世界の二つを股にかけて生き抜いて来た一人。だが今はひたすら芸術家としての道を真っ直ぐに歩いて行く。そこには人っこ一人いないまっさらな道だけが前に前に続いており、前にも後ろにも信じられないくらいだ~れもいない。

 

時々風が吹いたり花粉が飛んで来たり、或いは森の精霊やあの世のさらに向こう側の存在たちからのメッセージが後頭部や背骨に舞い降りるだけで、生きている人々の世界に私はたった一人で音の道を進んでいる(夫を除き)。

 

 

私が「作曲家」でも「演奏家」でもなく、「芸術家」と言い続けることには理由がある。

 

質問の中で最も多いのが、「どこを拠点に演奏をしているのですか?」ともう一つ、「オーダーで作曲はしないのですか?」の二つ。
私は上記の両方を2011年、冬を機にやめた。

 

シンプルに説明するならば、私が芸術家でい続ける理由はとても簡単。

2016年にアルバム「Eden」のラスト曲、「Ragnarok」を録音する直前、私はそれが何であるかについて深く理解させられた。
インスピレーションは自発的なものもあるけれど、私の場合のそれは送信者が存在する。私を探し、私を見つけて繋がったことを確認した時に、相手は私の最も欲する物、私に最も必要なものを授けて与えてくれる。

私にとって作曲とはそういう作業。

 

その代わり、何も降りて来ない時期も多々ある。そんな時は曲を作ることをやめて練習や筋トレに徹し、音楽の代わりに料理を作る。

 

 

感覚が降りて来ない状態を素面で何年でも待てるようになった時、私は自分が真の芸術家になれたことを実感した。

それが2016年、「Ragnarok」を演奏する直前の感覚の中で花開いtがもの。送り手は紛れもない、宇宙の創造神こと クリエイションと言う存在だと確信している。

 

 

 

 

私にはいわゆるスポンサーが存在しない。勿論此方から懇願したこともないし、むしろオーダーによる作曲の依頼を今は断り続けている。勿論ケースバイケースだが、余程のことがない限り私は商業音楽の世界に携わることはなさそうだ。

 

オーダーWritingの多くはその時々の依頼者の気紛れにオーダー内容が揺れ動き、例えばバッハに「今回はショパンっぽくやっちゃって下さい。」と平気で言うし、或いは「次の作品はEXILE風にダンサブルなものをお願いします。」とも言って来る(笑)。
バッハがある日突然アマデウスや小室◯◯になってしまったら、バッハを愛する人たちは酷く困惑するだろうし、何よりバッハと言う作曲家に対する信頼も大きく失墜しかねない。

 

だがそれを作曲家にやらせるのが、いわゆる商業音楽の世界だと言うことを私は嫌と言う程知っているから、Didier Merahと言う魔物を私の中に共存させるようになってからはもう、その世界とは深く関わらぬよう細心の注意を払いながら今日に至る。

 

 

今週は本当に、幾つもの正夢を見た。その夢は同じ日の夕方に、私には知らせない形で現実になった。
一時は私をケモノのように言ったり思ったりしていた過去の仕事仲間たちの中に、一人、又一人とファンが増えている。最初は(名前が違うので)それが私の作品だとは気付かずにファンになるみたいだが、ある時それを私や誰かがカミングアウトしても彼等の中にファンをやめる人が居なくなった。

それはとても嬉しいこと。

 

 

Didier Merahは今年の秋で10周年を迎える。

特に大きなイベントの企画は立てていない。毎年とか一年おきに120分強のアルバムを作り続けているのだから、それだけでも大掛かりなイベントと言っても過言ではない。

 

静かに迎えた10周年。私は益々シュールな者々たちと関わりを深め、手を取り合い、何より最愛の夫の大きなサポートを得ながら「待つ」時間をのんびりと過ごし、次の作品に備えて既に準備は万端である。

 

 

 

Studying Muscles

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この一ヶ月間、体の一箇所にずっと不具合を抱え込んでいた。夫と二人の友人以外この事は知らせずに居たが、この一週間で急激に症状が緩和して来たのでホっと胸を撫で下ろしている。
どんな時でも笑顔と食を味わう気持ちを持ち続け、少し疲れたら直ぐに休息を摂り、気合が入った時にはとことん気力の果てまで突き進む‥、そんな生活を粛々と続けていた。
すると気持ちも前向きになれたし、何よりSNS等で拡散されるちょっと痛々しいニュースや出来事からも上手に逃れられるようになって行けた。

 

そんなこんなあれやこれやを抱えながら私は、この一年近く自分の筋肉に深く探りを入れていた。

 

巷にはびこる速弾きの音楽にうんざりしていたし、私にとってそれは何の必要もない産物だった。
聴力と感性が追い付かなくなる程の「あっと驚き奏法」が何故こんなにも音楽世界のセンターに立ち続けているのか、いつかこの状況を宇宙のどこかから静観しているであろう宇宙人に出会うことがあれば是非質問を投げかけてみたいものである。

 

 

話を戻して…。
楽譜に指定されている多くの楽曲の速度は信じられないぐらい高速で、まるで法定速度ギリギリか或いはそれを超えたテンポで楽曲を演奏出来なければ演奏家として通用しないかのように、聴く側の感覚の上限も既に超えているそれらが「あっと驚き奏法」として地上を闊歩している、この滑稽な音楽の世界が一体いつまで続いて行くのか‥。

 

1/fの揺らぎと言う自然の速度をそのまま音楽に当てはめて行く方が、どれだけ奏者も聴き手をも楽にして行くだろうか…。

その事を自らの体で体現する為にも私は、この一年間自身の筋肉と深く向き合っている。

 

どうだったら疲労の上限を超えずに済むのか。
或いはどうだったら聴き手に余計な威圧感を与えずに済むのか。
その答えは残念ながら未だ、この地上に存在しない。…と言うよりも、音楽家の大半が何か得体の知れない高速スピンを回らなければ自分の居場所を失うかのような、強烈なコンプレックスに苛まれているようにさえ見えて来る。

 

一年強、己の筋肉にそれを問い掛け続けて来た結果、最近少しずつ筋肉自らが意思を持った生き物であるかのようにその難しいクイズに対し、適切な回答を出し始めた。

 

いわゆるインナーマッスルが以前にも増して、着実に声を上げ始めたと言っても過言ではない状況だ。

 

それぞれの自身の過去の作品を出来る限りゆっくりと演奏して行く時、高速スピンでは絶対に使うことのなかった新しい筋肉がピクピクと反応し、そこにしっかり熱が溜まって来ると私は真冬でも汗だくになりながらピアノに向かうことになった。
腕の筋肉よりも手の第二関節までの内側の筋肉が機能し始め、それは背中の筋肉の温度を急激に上げて行く。

 

嗚呼こんなところが反応している… と言う歓喜が生まれ、最初はそれが大きな疲労感にも繋がったが次第にその筋肉が上手く温まって私の演奏を程好いスローテンポに導いて行った。

 
私のほぼ処女作と言っても過言ではない「Blessing of the Light」。毎日毎日この曲を弾き続けているけれど、あえて私はその演奏速度を落とし始めた。
すると今まで素通りしていた箇所に新たな筋肉の力の必要性が生まれ、今この筋肉を鍛え上げたらどうなるのか…、その上限に挑戦し始めている。

 

 

 

少し話が脱線するが、この春私は自身の過去世(ファン・ジニ或いは明月として生きた時代)におそらく心から慕ってやまなかったソウルメイトと、インターネットの中で再会することが出来た。

勿論リアルでどうの‥ と言うことではなく、あくまで私が一方的に当時の相方の息吹を感じて喜びに震えている状態ではあるが、それは生き別れた家族との再会のように私を喜びの高みへと導いて行く。

 

この記事の最後にその人物の現世の歌唱映像をシェアしたい。

強いて言うならば私が伴奏者として活動していた時代にこの人物と出くわすことがなくて、本当に良かったと思う。万が一私が彼と出会い、この歌手の伴奏者として起用されていたら、おそらく今の私はここに居なかっただろう。
或いは音楽をやめていたかもしれない。

彼の声、表現は全てを呑み込む力が満ち満ちており、私がそのエネルギーに勝てる気がしないから。

 

再会に祝福を。
そしてイ・ヒムンの未来が光に満ち溢れていますように(祈)。

 

 

 

復活、そして祝福

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なかなか疲労が回復しない連休だった。もっと実のあることをする筈が結局殆どを休養に費やした四日間の最終日、シュールな出来事は起きた。
それをスピリチュアルだとか奇跡だと表現したら、どこかとても安っぽい程の私たちにとってそれはとても大きな出来事。

 

私の魂は幾つもの古い記憶を持っている。それらの多くは破壊的な終焉を迎えたままになっており、それが原因で私は多くの過去世をきっと棒に振ったに違いない。

そうやって「今」と言う時を呆気なく棒に振ってしまう生命は一人二人の問題ではなく、この世界に生まれた多くの命がそこに足を取られ、身動きが出来ないまま気付いた時には生を終えている。

 

喩えるならば「魂の睡眠不足」とでも言うような、私はもう長い間魂を休ませていない。やることが多すぎて、生まれても生まれても、何度生まれ変わっても仕事が追い付かない。

激務とはおそらくそういうことかもしれないと、最近になって少しずつ分かり始めている。

 

 

自分の魂が次にどの肉体に宿るべきか…。

生まれ変わりは必ずしも上手く行くことばかりではなく、私のように色々な業を背負い、それでも尚且つ時間通りに生まれ変わろうとすると目立った傷を持った体に魂が降りてしまう場合もある。

そのことで私は今世では長い時間苦労が絶えないが、それを払拭するような人との出会いに恵まれたし、容姿の欠損を別の仕事で埋め合わせようともがいて来た結果、長年夢に見続けた私だけの音楽に出会うことも叶った。

 

だが振り返ればその一つ一つのパーツが偶発的でもあり、そして奇跡でもあったと今だから思う。
そしてそれらの奇跡の後ろには、その奇跡が黒く汚れてしまうのではないかと思えるほどの多くの失敗・失態が隠れており、むしろそれらの痛みが私を奇跡へと向かわせた。

 

 

私の音楽には人間が存在しない。

そう、私は大の人間嫌いなのだ。だから人間以外の何者かを求め長い間彷徨うように生きて来たけれど、それではいけないと「彼」は声を大にした。

ここで言う「彼」が誰なのか。

そう、それは人間以外の誰かのこと。プライバシーがあることなのであえて名前は言わない。「彼」「彼の人」と呼ぶに留めたい。

 

私と「彼」とはもう、長いこと敵対関係にあった。今世で私はそのことを忘れていた。なぜならば私には「恨む」とか「憎む」と言う機能が薄く、要らない情報は直ぐに宇宙の彼方に飛ばして忘れることが出来る。
それが良いことか悪いことかはもう問わなくても好いだろう。

なぜならば私がそういうタイプの生命体だからこそ、昨夜の奇跡が起きたのだから。

 

 

この数年で私は、何度も死にかけている。その度に夫が色々処置を施してくれて、私はその力で今こうして生きている。

体の一箇所に不具合が起こる度にああでもない、こうでもない、もしかしたら‥ と不穏な想像を膨らませるのは私の悪い癖だが、流石に人間の寿命の半分を超えるとそういうことも考えるようになる。

 

だけど今回も何とか私自身回復の兆しが見えて来て、その度に料理のレパートリーが一個ずつ増えて行くのだから、私はきっととても幸せな生き物なんだと思っている。

 

 

多くを覗き込んではいけない。

人としてどう生きるべきかについて、ここからはそのことだけを考えなさい。

 

ざっくりまとめると「彼」からのメッセージはそれに尽きる。
それは「彼」自身が、よりシュールに、より偉大な存在に傾倒し心酔を深め過ぎたことから発した過ちと、深い後悔がもたらす言葉。

私もその影響で何度も死にかけたわけだから、普通の人間であれば自分をそんな目に遭わせた相手をそう簡単に許すことなどあってはならないのかもしれない。
だが、私には「彼」を憎むことなど出来ない。

 

 

復活を遂げた「彼」の魂はどこか赤ん坊のようで、澄んでみずみずしくて洗練されているように見えるが、その表皮は傷だらけだ。
その傷は「彼」自身がつけた傷でもあるし、「彼」が傾倒して行った過去の偉大な存在が彼に刻んだ傷のようにも見えて来る。

 

自分と同じ傷をけっして負わせまい‥。

「彼」の一言一言がその思いから成り立っており、そこに私は「彼」の大きな変化を感じた。

 

本来こういうことはブログに残すこととしてどうなのか… と言う迷いも生じたが、昨夜の出来事が私にとっても「彼」にとっても、そして勿論夫にとっても大きな出来事であることには違いないから、詳細を深堀りしない書き方でここにその記録を留めておきたい。