音楽紹介: [MAD] Plastic Love – Mariya Takeuchi (Cover) | Millie Snow

この作品『Plastic Love』(作詞・作曲: 竹内まりや – 1984年4月25日 リリース)がこの数年、再度ブレイクしている。世界中の多くの歌手(プロ・アマ問わず)等がこぞってカバーしており、中でもMillie Snowと言うタイの歌手(ピアニスト 兼 ダンサー)が歌うこのテイクが際立って光っている。

何が光っているかって、元来ライブとかカバーソング等が好きではない私がドハマりする程の編曲・再演のクオリティーの高さ、その一言だ。

 

Madpuppet Studioはどうやらタイ国内の、音楽制作スタジオだと書いてある(Facebook Pageより)。サポートを努めるミュージシャンはこのスタジオから配信されるYouTube動画の大半の演奏を担っている。と言うことは、日本式で言うところの「小屋付きのミュージシャン」と言うことになるが、これが凄い。

 

動画の演奏者を(歌手を含め)、以下に記載しておく‥。

Performed by
 Vocal – Sirichada Ruamrudeekul
 Keyboard:
Janpat Montrelerdrasme
 Drums:
Nantanat Thanupongcharat
 Bass: Oangkit Tangcharoen
 Guitar: Aphiwich​ Deepairojsakul​

 
動画全編をご覧頂ければ一目瞭然だが、特に間奏のKeyboardとGuitarの掛け合いがメッキメキに冴えているのがお分かり頂けるだろう。
日本国内のミュージシャンに、ここまでキレた、冴え渡ったアドリブを乱射して来るミュージシャンはおそらく皆無だろう。しかもお二人とも遠近感を狂わせるような大きなボディーを持っているが、それはこのお洒落で地盤の安定したアドリブを常に解き放つ為にあると聴き手を説得して来る辺りのパワー(圧)が素晴らしい。

ドラムを担当している Nantanat Thanupongcharat 、Instagramのプロフィール欄に「1994」と記載されているところを見ると、おそらく1994年生まれの現在27歳の若きミュージシャンだと思われるが、要所要所のライブ・パフォーマンスに於けるブリッジの入れ方・抜き方が既にベテランの域に到達しているようにも視えて来るから不思議だ。

 

 

さて、肝心のヴォーカルのMillie Snowは幾つかの名前を持ちながら活動しており、この記事で紹介しているYouTubeには「Sirichada Ruamrudeekul」と記載されているが、公的な芸名はおそらく「Millie Snow」で合っているだろう。

 

 

Instagramの中ではクラシックバレーの基礎をきちんと踏んだ、彼女の美しいダンス動画にもお目にかかることが出来る。
 

 
実は私は「唐田えりか」さんのファンなのだが(笑)、 Millie Snow ‥ どこかえりかさんに似ているように見えてひと目でファンになってしまった私って、ただのミーハーなんだろうか ^ ^;

いえ、それだけではなくしっかりとした発声に表現のセンスも素晴らしい。天は時に一人の人間に対して二物も三物も与えてしまうのだから、本当に人間とは不公平な生き物だと思う。

 

肝心な動画の紹介が最後になってしまったが、ここまでの解説を読んでから動画『[MAD] Plastic Love – Mariya Takeuchi (Cover) | Millie Snow』を観ると又、違った味わい方が出来ることを期待して、この記事を〆たいと思う。

 

宇宙の素材 – Material of Space

かれこれ数か月前の話になるだろうか。古くからの知人・友人で、唯一私の音楽活動遍歴を長く見て来た俳優と、都内の音楽スタジオを借りて長時間の雑談を楽しんだことがあった。
 
彼(彼等)にも私にもその時々の生き方があり、時代の波にしっかりとハマりこんだ生き方以外の選択肢を持つことが出来ず、溺れる寸前の体を支えるように生きて来た。
そんな私も、そんな彼等にも各々大きな転機が訪れ、私も彼等もそれぞれが「一人」ずつになって行った。

 
 
G: 曲を探してるんだけど、書いてくれたりなんかしないよね?

私: 今は専業作家的な仕事にはもう全く興味が無くなってしまったかな、私‥。
  当時は売れたくて売れたくて誰かに認められたくて仕方が無かったんだけど、もういいかな(笑)。

G: じゃ~何で今作曲とかやってるの?

私: 自分には弾けない筈の曲が宇宙からミッションとして降りて来る瞬間がたまらないのよ。
  分かるかな‥。

そんな会話をしながらこの友人にはもう少しだけ具体的に私のことを話せそうな気がして来て、何となくピアノを使って雑談が再度始まった。

 

各々が同時に通過して行った過去の時間と、現在の私とは余りにもギャップがあり過ぎたけど、そんなこと一つ人に話せないようではいけないと私も襟を但し、特にこの10年間の中で私の身に起きたことに限定して、私が思う「作曲」についてゆったりと解説を重ねて行く‥。

そもそも私と彼等が出会った切っ掛けが音楽ではなく「衣装」だったり「スケジュール管理」の分野だっただけに、こうして私が彼を相手に音楽論を熱く語ることになろうなんて、その瞬間まで予想すらしなかったけど、こうして話してみると意外に話せるものだな~と段々楽しくなって来た。

 


長く「歌」や「人の肉声」に仕事人として関わって来たものの、2011年の冬の終わりを機に私と歌との関わりも完全に終わった。最初はとても動揺し、この先どうやって音楽活動を続けて行けば良いのかと散々悩んで来たものの、答えは意外にもあっさりと見つけ出すことに成功した私は、毎週のようにピアノ(電子ピアノ)一個で即興で音楽を作ってはそれをYouTubeの自分のチャンネルから配信して行った。

そうこうするうちに私は自分の中で永遠とも思える程の時を超え、眠り続けていた私自身の音楽に辿り着いた。そして今はその先の音楽へと手が届きそうな場所に、たった一人立ち続けている。

 
真実の結論をひとつ見つけ出すことが出来れば、その結論が次の仮説へと私を導いてくれる。2009年から今の活動を開始してからもう12年目の春を越えようとしているが、今、私の中に既存の作曲技法や作曲のスタイルは全く以て存在していない。

地球上の音楽や音素材は、もう私には必要なくなったのだ。そして私は宇宙のあちらこちらに点在する音の破片やWave、或いはもっとシュールで偉大な何者か‥ からの波形から音楽を生み出すことが今は何より楽しい。

 

母は昔、度々私にこう言った。
「偉大な人に音楽を使って頂くことが、作曲家冥利に尽きるのよ。だから貴女も頑張って。」と。

ちっとも頑張る気など起きなくて、それよりなにより音楽と言うジャンルに限定した時に、私以上の知識や経験値を持つ人がこの世界に本当に存在するのかと、常に疑問を抱いていた。

そして私は数十年の月日を費やして、音楽と言うジャンルの中に居る筈の「素晴らしい人」を探し求め、その為には時間も労力も惜しまなかった。
そうこうしている間に10年が過ぎ、20年が過ぎて、もう直ぐ職歴30年目を迎えると言うある日東日本大震災のその日を迎え、これだけ探しても音楽を司る「素晴らしい人」は見付からなかったと言う結果に悶々としながら、それまでのいわゆる「専業伴奏者」の職から完全に撤退した。

 

私: ねぇ、G?私にとって発注音楽って言うのはね、さながら「マッチング」と何等変わらないのよ。
  イタリアンだったり中華だったり和食やロシア料理、その中のどのスタイルをマッチングさせるか‥。
  つまりそういう話しなの。ちっとも面白くないし、楽しくない。

  どんなスタイルでも書けちゃうのよ、私。
  ショパンでもつんく風でも、或いはユーミン風でもサザン風であってもね。

  呑んでも呑んでも酔わない人の心境に似てるかな。
 
  本当に燃える作曲って言うのはね、つまり「宇宙の素材」が私の中に降りて来た瞬間の爆発。
  それ以外は本当に、ただのマッチング。擦り合わせだし取り引きとおんなじなのよ。

G: 成る程ね。それ、何となく分かる気するワ‥。
 

そして実際に私はピアノで彼が知ってそうなメロディーを、数人の作曲家のテイストにアレンジして実演して行くと、G氏はベートーヴェンさながら髪を振り乱して「もう頼まない、ゴメンよ。」と言って、ピアノ椅子を立ち上がった私の代わりにアップライトピアノの黒い蓋をそっと閉じた。

 

日々の私の練習の素材はもっぱら基礎連用のハノンやショパンのエチュード、バッハのインベンションの3声やイタリアン・コンツェルトだったりと色々あるけれど、どの作品一つを取っても私の心を震わせてくれるものはもう何一つなくなった。

むしろ練習中に開け放つ窓の向こうから届く鳥の声や風の音、桜の花びらが舞って擦れる時の微かな音の方に心が動いて、地球上のどの音楽でさえも今の私をロックオンする力を持たない。

 

先日プレアデス星団(Era星)出身のJaneが搭乗している巨大な母船が移動する時のノイズに、妙に心が震えた。
勿論機械音と星が流れる時の音の中間のような不思議な効果音のような何かだったが、プレアデス産の宇宙船はノイズさえも洗練されており、それはさながら新たな音楽の欠片のように私には聴こえてならなかった。

 

そう言えば。2009年か2010年か。あの頃の私は中東やアラブの音楽ばかりを一日中聴いていて、少しずつ伴奏の仕事を減らして行く過程でそれが新たな刺激だった。


特に、Hüsnü Şenlendirici氏が奏でるİstanbul İstanbul Olalıに強く心を突き動かされ、「私、こういう音楽が演りたかったの。」と、目をキラキラさせながら夫に話し、「じゃ~何か一曲録ってみようか。」と言ってくれた夫の前でよっしゃ~!って演奏した曲がBlessing of the Lightだった。中東でもアラブ風でも何でもない、全く逆方向のケルトミュージックとバッハのハイブリッド種の音楽が生まれ出て来たのだから、きっと私の魂とか意識とか、霊体が既に音楽を持っていたとしか言いようがない。
 

 

つまり真の作曲家はその時々に接している音楽に振り回されることがないと言う、あの時が実演になったことが私には大きな自信にも繋がった。
逆に、どんなスタイルを依頼されても私には音楽を作れてしまうから、素材には慎重になる。さしずめ私の場合は、これからは宇宙の素材で音楽を生み出すことがもっと増えて行くだろう‥ と思っている。

宇宙の素材は共有財産であるからして、そこに個性だとかキャラクター等は一切必要ないのが気持ち好い。犬も歩けば音楽に当たるわけで、私の中にはざっと10,000パターンの音楽様式のボックスが存在し、そのどれかにマッチングさせれば何かしらのメロディーやハーモニーが一個の個性を成立させて行く。

それが分かってしまうと、もうこの地上の発注音楽に心が湧き立つこともなくなった。

 

宇宙船やロケット等のテクノロジーを使わずとも、今の私はテレパシーを駆使して行きたい場所の一部にアクセスを試みることが出来る。そして向かう先に居る宇宙の人々も、そんな私のささやかなギフトを待っていれくれる。

今の私の作曲の動機はまさにそれであり、それ以上でもそれ以下でもない。至ってシンプルで、尚且つ私は日常の大半の時間を今は音楽から離れて生きている。宇宙からのギフトに敏感で居る為に。

 

音楽評論: “Amazon River” – Didier Merah

レコーディングの日付けは2019年8月24日。丁度この頃アマゾンでは火事が多発し、とても危機的な状況になっていました。
音楽で出来ることには限界がありますが、何もしないよりは行動あるのみ。そう思い私は、この作品を録音しました。

アルバム『World of Nature』の皮切りとなる作品で、アルバムの物語にもけっして明るい未来が見えず、精神的にもかなり追い詰められながらの創作活動が続きました。
 


恐らく私は、自然神に呼ばれたのかもしれません。姿や形は無くても、意識や思考だけが生命として存在する‥、私は彼らをそう思い、そう呼んでいます。
 

今朝も別のSNSで私が発信したことが誰かの神経を逆撫でしたのか、頭上からイグアナの変種に噛み付かれるようなリプライがTwitter経由でスマホに届き、その相手は言いたいだけのことを言って私をアクセスブロックして去って行きました。
私の音楽は音楽から生まれるのではなく、そんな不穏な日常の隙間からも生まれ出て来ます。
 

クラシック音楽もジャズもシャンソンもタンゴも‥、兎に角世界中の音楽のジャンルを一周も二周も三周もしました。ですが結局、私の欲しいものはどこにもありませんでした。
ならば自分で作り出す以外に方法が見つからず、現在に至ります。

 

記憶に残るメロディーと、ヒステリックに盛り上げない展開部、その後にそよ風のようなアドリブが少しだけ木の葉を揺らし、そこに無限の残響が折り重なって行く音楽。
私はそんな残響の調べを、いつかどこかで聴いた記憶がありました。

その記憶がいつ、どの時代の私が持っているものかはとうとう分からないままですが、確かに私はどこかで聴いたのです、残響の音楽を。

 

かなしみは光に、喜びはペダルに乗せて、Didier Merahの両手は際限なく跳躍し続けます。
その間約14分間になりますが、レコーディング中の記憶が全くありません。どの作品をレコーディングしている時も、私は音楽の遥か彼方の意識の世界へと飛翔しています。

ろくに鍵盤も視ないで演奏しているのに、よくも殆どミスもなく弾けるものだと自分でも驚きます(笑)。


アマゾンは今、少しずつ静寂を取り戻しつつあるようです。それと言うのも、皮肉にも新型コロナウィルス肺炎のウィルス・パンデミックが功を奏したと言っても過言ではありません。
人々の動きや経済を断続的に止めることで大気が安定し、地球は季節感や環境のペースを若干取り戻しています。
 
 


もしかするとこの作品「Amazon River」は、人類の長きの大罪に対し反省や自粛を促す音楽なのかもしれません。

今、人類は自然神から、少しだけの猶予を与えられている最中です。未だ引き返すことは可能です。
遠い遠い時代の、遥かリラ星が未だ健在だった頃の人類の祖先の魂が、自然神の怒りを少しだけ鎮めてくれているように思えてなりません。


note記事と同期掲載にて。

音楽評論: “MIND CIRCUS” 聴き比べ

Tokimeki Recordsひかりさんが、中谷美紀さん1996年にリリースしたアルバム「食物連鎖」からの「MIND CIRCUS」をカバーしました。


ひかりさんも中谷美紀さんも両者共に甲乙付け難い表現力を持った歌手ですが、こういう時何を基準に音楽や歌を楽しめば良いのかといつも、私なりに苦心惨憺します。
そもそも人の声が余り好きではないのになまじ「歌」に関わる仕事に30年近く携わって来ると、言いたくもないのにうんちくを垂れてしまうのが嫌~な意味での不治の病的な職業病にも思えて来て、正直自分でも笑ってしまいます(笑)。

 

いつも思うのですが名曲をカバーしたがる人達のマインドには、個人的に興味と疑問の両方が湧き起こります。

音楽はその時、その季節、その時の素材、そしてその時に関わる作曲家の全部の軸が揃った瞬間に命を授かります。なのでカバーや再演時には、「あの瞬間」の鮮度は既に失われていると言っても良いでしょう。

極論、作品をレコーディングした時が頂点で、それ以後は日増しに劣化が進み、音楽は思い出の中で有限の命を持つことしか出来ません。なので出来れば名曲をカバーするのはやめて欲しいなと、個人的には思うわけです。

その意味ではこの「MIND CIRCUS」にも同じことが言えるかもしれません。
やっぱり頂点は1996年、坂本龍一さん(作曲 / 編曲)に売野雅勇さん(作詞)の繊細な世界観が折り重なり、そこにガラスのナイフのような感性を持った当時の中谷美紀さんの声が乗って、原Key(F-Maj)で不愛想に繰り広げられるどこか抜け殻のような彼女の声質がこの作品にはピタっとハマっていたように思います。
 


但し。表現力の豊かさ、厚みと言う点ではおそらく ひかりさんが 一も二も上手を行っていることは周知の事実です。
これは皮肉としか言いようのない現象ですが、こと「歌」の世界ではこのような皮肉な現象が頻繁に起きているのが現実です。

加齢や声の状況によってKeyを上げ下げする歌手を私は多く見て来ましたが、基本として音楽は原Key(その曲が最初に誕生・歌唱された時のKayの意味)で歌い続けることが理想です。そのKey自体に既に命やDNAの原型が完成していて、それを壊してしまうと楽曲本来のラインが完全に崩れてしまうからです。

同じ洋服をサイズ違いで年月を越えて着続けるぐらいならば、いっそ新品を新調した方が身の為です。音楽の場合は絶対に、そうすべきです。
そして、「もう歌わない」「歌うことをやめる」「この作品を手放そう」と決断を下せるのは、何を隠そう歌手自身です。ズタボロになってから否応なくその決断に至るよりは、未だ輝いている時に撤退することが望ましいと思います。


余談ですが中谷美紀さんが1996年にリリースしたアルバム『食物連鎖』には、名曲が多数収録されています。中でも私が今聴いても良い作品だと思った一曲が「LUNAR FEVER」。作曲は高野宏さん、作詞は森俊彦さんです。

 


歌詞もなかなか素晴らしいです。

興味のある方は⇨ コチラ ⇦で読んでみて下さい。ゾクっとするような言葉の断片が聴き手を瞬殺してくれること、間違いなしです。

本題のひかりさんの歌唱力や表現については、特に加筆することはありません。良くも悪くも「可もなく不可もなく」と言った感じで、私個人的には「声質が好き」「原曲よりは表現が若干豊かである」と言う意外に特筆すべきことが見つからなかったのです。

上手なのに特に心に残らない歌と言っても過言ではなく、これはもしかすると歌手としては大きく損なタイプかもしれません。下手でも人の心にインパクトを与える歌を持っていた方が、長い目で見た場合には「得をしている」とも言えますから。
 

ま、私は作曲家タイプの芸術家ですから、表現よりも楽曲がどうなのか‥ に目が行ってしまうのかもしれません。その意味ではこの作品『MIND CIRCUS』はその名曲ぶりから、多くの女性歌手を泣かせ続けながら現在に至るのかもしれません。

良くも悪くも、メロディーセンスの点では「無類の色男」の素質を存分に秘めています。私がもしも歌手を続けていたとしたら、きっとこの強烈な毒牙にハマり込んでカバーを試みて自滅していたでしょう。それ程魅力的な楽曲が坂本龍一氏から連続して放たれていた時代も、もう遠い昔の話です。

少しだけ胸をキュンキュンさせながら、そのWaveに溺れないように私は遠くから、坂本龍一氏の今後とこの作品の行く末を静かに見守りたいと思います。


この記事の最後に、そんな最近の坂本龍一氏の作品の中で気になった作品『andata』をワンオートリックス・ポイント・ネヴァーがカバーした方のYouTubeを貼っておきます。
原作よりも ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー のカバーテイクの方が、精度が高い気がせずにはいられません。感性の問題か、民族的なルーツの問題か或いはその両方の要因が、完全に原曲を押し潰した格好になっています。
特に途中から断続的に加わって来るスチールドラムの音色と若干のオルガンのバックがこの曲に不似合いな分、聴き手に強烈なインパクトを与えて来ます。
 
なにせ一周も二周も、或いはそれ以上も軌道を巡りながら結果的に全ての要素がバッハに回帰して来る彼等の活動が、過去世バッハの私をゾクゾクさせてくれます。
思わず「お帰りなさい」と呟いてしまいました(笑)。
 


音楽とは本当に不思議な生き物だと思わざるを得ません。