音楽から読み解く世界情勢 [2022.06.25]

関東地方はまさに雨季真っ盛りで、連日湿度が高く蒸し暑い日が続いている。個人的には色々な事が日々折り重なり、特に一昨日から昨日は気持ちが酷く滅入って落ち込んでいた。

世界はどこに向かって進んでいるのかと、日夜そのことばかりを思う。それはけっして良い方向とは言い難く、いつ、誰とはぐれてしまうか分からない不安は未明の悪夢を引き寄せる。
かなりの的中率で予感が現実になる今日この頃の私にとって、夢とは言え侮れない。だからと言って夢に「その人」が現れたからと言って連絡を取るわけにも行かず、色んなSNSからそっと先方の様子を伺いながら今日の無事を確かめるしか他に手段がないのがもどかしい。
 

私自身が音楽家でありながら、音楽業界関連の友人は殆ど皆無だ。と言うのも私が芸術家・作曲家でありながら、音楽評論家として旗揚げしたからに他ならない。


音楽家(作曲家・表現者)と音楽評論家はまさに敵対関係に在り、私はその両方を職歴に掲げたわけだから周囲が戦々恐々としても致し方あるまい。同業者とて、私の感性は妥協を一切許さない、良いものは良いし、悪いものは悪いと明言することが、音楽評論家の仕事なのだから。

現在の私が作るSpotifyのプレイリストのメインは、以下のシリーズ『Gentle Rain 2. (2022. ⑤)』になる。今週の更新は[M-92: Anema E Core”– Valentina Cenni e Stefano Bollani] から [M-115: Jilani” – V.B.Kühl, Rabii Harnoune] までになる。

 

 
更新分冒頭の “Anema E Core” は、私が未だ現役の和製シャンソン & カンツォーネの伴奏者だった時代に大好きだった一曲。このこの曲を聴くとどういうわけか泣きたくなり、その度に今世では未だ行ったことのないトスカーナの広大な風景が脳裏に現れて、過去世の幼い私がトスカーナの一戸建ての家でケーキを焼いている‥。

こんな時に名前を出すのもどうかと思うが、特に小松原るなさんの “Anema E Core” は素敵だった。勿論小さなシャンソニエで歌われるその曲のクオリティーを問われたら何と答えて良いのか分からないが、彼女の小声でささやくような “Anema E Core” の中に微かに流れるトスカーナの風に、当時の私は何度ロックオンされただろう。
 

そんな思い出の曲をプレイリストから外すわけがないのだが、だからこのテイクの [M-92: Anema E Core”– Valentina Cenni e Stefano Bollani] が良いかどうかと問われると確かに若干返事に詰まるのも又事実かもしれないが。
 

“Queen Of Sheba” (artwork)


今週はあの、パレスチナの大御所トランペッター(作曲家・プロデューサー)のIbrahim MaaloufAngelique Kidjoと組んでリリースしたアルバム『Queen Of Sheba』もお目見えしたが、個人的な感想としてはヴォーカルが鬱陶しくて尚且つ知性を欠いている為なのか、Ibrahimのトランペットと表現がバッティングしてしまい完成度は今ひとつと言った印象が強かった。
 

メインのプレイリストではないが、主にBGM仕様をテーマに作っているチルアウト・ミュージック系のプレイリストの方が、今週は更新出来た曲が多かった。
今週の更新は [M-14: “Another Like This” – Photay Remix] から [M-36: “Untouched Rainforest” – 小瀬村昌] までになるが、此方もメイン同様に全体的には小粒の作品が出揃ったように思う。
 

 

気になるアルバムがもう一つあるとすれば、”Summer Sol VII” が挙げられるだろう。
此方は王道のポップスとは一線を画し、アルバム冒頭の “Sat Nam” からも分かるようにSufiの音色が炸裂するが、王道のSufi Musicかと言われるとそうではなく、全曲に「エレクトロニック」寄りの加工が施され、アラビックなテイストにアイシングされた構成になっている。

アルバムのクレジットには Sabo 或いは Goldcap などの名前が挙げられているが、各曲異なるアーティストの作品がズラ~っと並んでいる。全編を繋げて聴いてもなかなかのクオリティーで異国情緒豊かなアルバムに仕上がっているので、個人的にはオススメのアルバムだ。
 

 

私 Didier Merah が作るプレイリストは他の音楽愛好家が作るそれとは一線を画した選曲になっており、いつの日かDidier Merahが監修したオムニバス・アルバムが世に出た時にはかなりの脚光を浴びること間違いなしの出来栄えと言っても良い筈。
それもこれも良いリスナーを増殖させることが私の第二の目的で、その為にはどの曲の何が良くて、どの曲の何が良くないのかについても辛辣に発信して行くことが必須だ。

多くの音楽愛好家たちは、周囲の同種の人たちが何を聴き、何を良いとするのが正解なのかについて戦々恐々としているのが現状だ。自分自身の感覚に今ひとつ自信が持てず悶々としているうちに、多くの賛同票を得ている楽曲に対し無難に加点しながら聴くことで満足しているように見える。

そんなことでは良質な音楽が日陰に追い遣られるのが目に視えているから、私はあえて損得抜きに多くの楽曲をジャッジメントする役目を買って出た。
それも含めて私の音楽人生のミッションと心得ながら、自信を持って世界の音楽をジャッジメントし、紹介出来れば本望だ。
 

 

音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは公式ホームページから、[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。
音楽評論に関しては、世界中(演歌とヘヴィメタル以外)の音楽を分析・検証し、語り尽くします。

オーダーを遥かに上回るクールで奇想天外な記事を、筆者の豊富な脳内データから導き出して綴ります!

グレイ星人の真実 その他 (Truth of Grey Alian)

【序文】
これは他の特定情報への内容訂正を含んだ、私が直接グレイ星人からテレパシーで受け取った情報です。全文日本語で記載しますので、それぞれ母国語にページ翻訳をした上で読んで下さい。

This article details the information I received telepathically directly from the Grey (Alien). The full text will be written in Japanese language, so please translate the page into your native language at reading.
 


このところ「銀河連合からの使者」と題し、地球上で多くのエイリアンが地球人の女性を介して「ハイブリッド種」の新しい人種を妊娠させているとの噂が出回っており、その一部のエイリアンとして「グレイ星人」が諸悪の根源であるように触れ回っている地球人が居るようです。
 
かねてからグレイ星人は「諸悪の根源」のように言われて来た長い歴史があるようですが、これは半分以上が間違いである可能性を否定出来ません。
又、そうしたハイブリッド種の妊娠に駆り出された地球人の女性の一部が「スターシード」であり、そうした役目を背負っている‥ と言うまことしやかな噂を吹聴している人も複数存在すると聞いていますが、そもそも「スターシード」とそうではない人とはミッションや存在意義に大きな違いがあり、ミッションを自発的に遂行しない人は「スターシード」とは何の関係もない普通の人なので、間違った噂にはくれぐれも翻弄されないよう各自気を付けて下さい。
 

Recently entitled “Messenger from the Galactic Union”, there are rumors on the planet that many aliens are pregnanting new races of “hybrid” through earthling women.
It seems that there are earthlings who have spread rumors that “Grey Alien” is the root of all evil.

On Earth, the Grey Alien has a long history of being described as the “source of all evil.” However, it cannot be denied that more than half of this may be wrong.
 

 

【グレイ星人の真実について】

グレイ星人には(私が知る限り)、二種類の人種が存在するようです。
①非常に高い知性と霊格を持つ、寿命の長い温厚なグレイ星人種。
②一方個体の多くが工場生産で増産された、必要最低限の臓器しか持たない冷酷なグレイ星人種。

There seem to be two races of the Grey Alien (as far as I know).
1. A mild-mannered race with a very high intelligence and spirituality and a long life.
2. On the other hand, a ruthless Grey alien race with only the minimum necessary organs, many of which have been increased in factory production.

 

前者が「ライトグレイ」、後者は「ダークグレイ」に分類されています。

The former is classified as “Light Grey” and the latter as “Dark Grey”. 
 
地球人にはテレパシー能力を駆使出来る人が少ないだけではなく、仮にテレパシー能力が使えたとしてもその人自身に霊格や人格、客観的な判断力等をフル装備している人が殆ど存在しません。
なので仮に地球人のごく一部の人が地球外生命体の誰かとコンタクトが出来たとしても、そこから得た情報を正確に、利他的に、広く平等に拡散出来る人材が存在しないに等しいです。
 


現在私の元には両方のタイプのグレイ星人からのアクセスが継続していますが、密にコンタクトを取っているのはどちらかと言うと前者の「ライトグレイ」になります。
私の元にアクセスして来る二人の「ライトグレイ」たちは非常に冷静で霊格が高く、慎重です。その分好奇心よりも警戒心が強いですが、思考はとても明晰です。
慈愛精神にも溢れており、主体は常に「自分たち」と言う認識で一貫しています。その分責任感も強く、行動出来るかどうかも分からない不確定要素の多い情報は出して来ません。

稀に精神的な混乱も起きますが、後から必ず自身の言動をリカバー(訂正)することを彼等は怠りません。
但し何れも人間社会の道徳観念や思考回路とはかなりかけ離れている為、私の側が先方の心理を監察しつつテレパシーを送ることが多いです。

 
彼等「グレイ星人」に限らずプレアデス星人等にもこれは通用しますが、最近言われている「地球上(太陽圏内)の上空に多くの援軍を送り込んで、今直ぐにでも地球人を救済する為の策を講じている」と言うような地球外生命体は、現状皆無です。
どの星の人々も、皆自分の母星のことで手一杯で、他のことに気を配る余裕がありません。
 
確かに地球内に一部の地球外生命体が存在し、その一部が暴徒化し幼い子供等を誘拐し危害を加えていると言う話を全て否定はしませんが、それと上に書いたような、ダークグレイが地球人の女性を妊娠させて新人種を増やしている‥ と言う噂とは出処が全く別ですので、怪情報には重々注意して下さい。
 

These are common not only to their “Grey Alien” but also to the Pleiades Alien, etc.
There is no extraterrestrial life form that has been said recently, “We are sending a lot of reinforcements over the earth (in the solar range) and are taking measures to rescue the earthlings immediately.” 
Everyone on every star is full of their their mother star. They can’t afford to pay attention to the events of other stars.

Certainly, I don’t deny the reality that some extraterrestrial life forms exist on Earth, some of them have become mobsters, and they have kidnapped and harmed young children.
However, the source is completely different from the rumor that dark gray is conceiving an earthling woman and increasing the number of new races, as I wrote above, so be careful about enigmatic information.
 

 
追記として。
「銀河連合からの使者」「宇宙のメッセンジャー」等と言う現実離れの言葉を多用し、穏やかな日常生活を営んでいる地球の人たちの日常をかき回そうとする一部悪質なメッセンジャーが、このところのコロナ禍を利用して幅を利かせているような状況も見られます。
彼等、メッセンジャーの一部に「他国の誰か分からない第三者からのインタビュー」等と称して、実在不詳の美しくエキゾチックな顔立ちの人物写真の静止画像を交えながらの、出処不詳のインタビュー動画等も多数確認しています。
 

注意すべきはそのインタビュアーの、その後のアクティビティーです。
例えばとても重要な情報の一部を動画等でチラ見せした後に、その人が自身の講演会等に動画閲覧者を誘導するような言動が見られる場合に於いては、先に出ている情報は釣りである可能性、もしくは全くの事実無根である可能性が非常に高いです。
ですので、先の魅力的な情報の「その後」をよく各自で観察し、くれぐれも悪質な情報には惑わされないよう各自注意して下さい。
 

本物の情報とは利己的な欲求や衝動を突き抜け、それらの情報の拡散はあくまで利他的な立ち位置で拡散される筈です。
又「スターシード」と言う非現実的な言葉を散りばめ、多くの人たちに特別なミッションが宇宙の彼方から与えられているような「甘いささやき」は、あくまで「甘いささやき」でしかありません。

Real information goes beyond selfish desires and urges, and the spread of that information should be spread in an altruistic position.
 

そもそも「ミッション」とは与えられるものではなく、自ら自発的に掴み取るものです。
現状生活に於いて「自ら掴み取ってまで他の人たちの為にそれを実践する」モチベーションを持たない人は、なにも無理にそう言う難易度の高いミッションを自身に課す必要はありません。
むしろご自身にとって現実的で手応えを感じられる、日々のささやかな生活にもっと集中すべきですので、是非そうして下さい。
 
In the first place, a “mission” is not something that is given, but something that you voluntarily grab. Those who do not have altruistic motivation in their current lives do not have to impose such difficult missions on themselves.
 

愛とタイ料理と古巣

少し日常に変化を求めたくなり、週末の金曜日の夕方から母校のある仙川へ足を運んだ。
未だ日のある時間に母校を覗く予定だったが、何となく気分が乗らなかったので、真っ直ぐに仙川の西友の裏路地にあるタイ料理店ヴィエンタイに直行した。

ずっと会いたかったオーナー、サカオラさんが優しく私を出迎えてくれた。昨夜遅くサカオラさんのLINEにヴォイス・メッセージを入れておいたので、今日私が店に行くことを彼女は既に知っていた。

その昔、我が家が今よりも経済的に厳しい状態にあった時代に、彼女には本当にお世話になった。ランチタイムを外した時間にサカオラさんは頻繁に私を(昔彼女が別の場所で経営していた)お店に呼び出しては、無料で店のまかない料理を私に沢山食べさせてくれたものだった。

それが数か月間続いた後にいきなりサカオラさんが「アタシ店ヤメル!」と言い出して、当時の店(ヴィエンタイ)がいきなり閉店。数か月間を経て今の仙川の別のタイ料理店の居抜きの場所に、サカオラさんが新しい「ヴィエンタイ」を開店したのがかれこれ、2019年某日のことだった。
(中略‥)
 
昨年末から私の生活環境が激変し、それと同時に食生活も味覚も変わった。以前よりも食が細くなり、それと並行して自然とウェイトも落ちて行った。
店に着くや否やサカオラさんが「アラ、少シ痩セタネ~!」と言ってにこやかに私を出迎えてくれたが、どこか少し元気が無くて心配になった。でも彼女が作り出す料理は今の私の体に、しみじみと‥ これでもかと言うくらいにしみじみと沁み渡って行く。

 

 
以前ならば何をどれだけ出されても生真面目に完食出来た私だったが、今は当時とは勝手が違う。私もコスパの良い体になっている分、胃袋の収納量には制約が生じる。そのことをサカオラさんに話すと、丁度良い分量の料理を盛りつけてくれた。

上の写真の牛肉煮込みヌードルのスープは、なんと漢方薬を使って出汁を取ったとサカオラさんが話してくれた。そうとは知らなくても、このスープからは何とも優しい味が醸し出されて心も、そして思い出までもじんわりと癒してくれた。
 

何となくもう一皿小皿料理が欲しくなり、フライドポークのようなエキゾチックな肉料理をオーダーした。付けダレに辛味の効いた調味料が付いており、それが又夏の暑さをポ~~ンと吹き飛ばしてくれる。
 

 
昨年夏の今日と同じ頃、私はヴィエンタイの常連客の一人とSNS上で酷い口論になり、人間関係が拗れ、それが原因で店に行くことを控えていた。私と拗れたその人は仙川の住人であり同時にヴィエンタイの常連でもあるので、迂闊に店に行けばどうしてもどこかでは対面せざるを得なくなる。

そうはならないよう私は先方のテリトリーには近付かないよう気を張っていたが、一昨日辺り‥ ふと、サカオラさんの顔が脳裏に過り、彼女にどうしても会いたくなった。なので昨日・金曜日は夫に外出の許可を得て、兎に角仙川に向かったのだった。
 

サカオラさんと何を話したのかについては、当然ここには書けない。表には出せない内容が多かったからだ。
私とサカオラさんとは「そういう話」を躊躇いなく話せる仲。どうして、いつからそうなったのかは正直私にも分からないが、普段頻繁に会っているわけではないのに逢えばナイショ話に花が咲くのが私達流だった。
昨夜もそうなったが店が意外に忙しく、彼女と多くを話すことは出来なかった。
 

 
2時間強をヴィエンタイで過ごし、会計を済ませて外に出た時に、厨房からサカオラさんが私を追い掛けて来てくれた。そのまま彼女は厨房を放り出して、10分程度ではあったけど立ち話を楽しんだ。
 

段々と日が長くなり19時を過ぎても外は明るかったが、一度日が暮れてしまうと辺りは独特な夏の静寂に包まれ、もの悲しい空気に心が押し潰されそうになった。
きっとそれは、その場所が私の古巣の「仙川」だったから‥ かもしれない。

サカオラさんと少し立ち話をして、彼女とハグをして「また来るからね」と言って彼女と別れると私は、そのまま仙川駅とは逆方向に歩き出した。確かめたいことが幾つもあって、その幾つかをこの目で確認したかった。
 

学生時代に足げく通ったアンカーヒアのある通りを真っ直ぐに、母校の校舎に向かって突き進んで行くとその場所はいつの間にか別の店舗に変わっていた。
Facebookでは2018年3月4日以降店舗の更新が止まっており、その後何度か仙川に行った時も店はずっと扉を閉めたままだった。もう一度だけあの「唐揚げランチ」と「トマトシチュー」が食べたかったので、仙川に行く度に機会を覗っていた。

昨年5月までは確かに、そこに「アンカーヒア」の店舗だけはあったが、今日は跡形もなく消えていた‥。
 

立ち止まれば涙が溢れ出そうだったので、そそくさとそこを立ち去った。その足で昨年の同じ時期には未だ建て替え工事中だった、夜の母校(桐朋学園音楽大学)を見に、歩を進めた。
 

桐朋学園の現在の学生ホール (2022.06.17 21:10頃)

 
「もぐら」の巣と呼ばれた昔の校舎とは違う立派な建物が、そこに聳え立つ。勿論私の知る、遠い思い出の中の懐かしい校舎はもう、そこには無い。

同じ場所なのに違う世界がそこにはあって、私は何度も過去の記憶をダブらせながら「今」を認識しようと努めたが、なぜかどうしても今日に限ってそれが上手く行かない。
恩師・三善晃氏と過ごした時間はもう、ここには流れていない。同じ時の末端に居る筈。だけど今と過去とはどこかで分断されてしまった、そんな気がしてならなかった。
 
どこからともなく届くトロンボーンの音色。そこに折り重なるように、さらに遠くから微かに風に乗って聴こえて来るオーケストラの音色‥。きっとこんなに遅い時間だけど、学生オケのメンバーが音を重ね合わせているのだろう。
 

前に進まねば。ここに長く居たら気が滅入りそうだ。
そう思ったので私は又、元来た道を引き返したらそこに、こんな日に限って懐かしいブティックに突き当たる。本当に何と言う日だろう‥。
 

 
学生時代、未だ(亡くなった)母の虐待が日常的に行われ、思うように衣服も買えずに居た頃によく通りがかっていたブティックだった。
当時、学生の私には未だ背伸びしなければ着れない服だったが、今夜の私ならばこんな服も似合いそうな気がした。

もう母もこの世を去り、私のファッションの妨害をする人はこの世に一人も居なくなった。
さっき「ヴィエンタイ」を出た時にサカオラさんが、「アト、4~5キロ痩セタラモット綺麗ニナルヨ~」と言ってくれたが、確かに私もそう思っている。
存分にお洒落がしたい。昔、あの5人組のアイドルのステージ衣装のアイディアを昼夜を問わず捻り出していた時とは、何もかもが違う。今は自分自身を綺麗に着飾らせてあげたい。
 

‥色んな思いを巡らせながら向かう21時半の仙川駅は、何ともエキゾチックだ。もうけっして若くはない私が、若い頃の感性のフィルターをそこに重ね合わせながら見つめる仙川駅の広場は、傷だらけの当時の私とその傷跡を今も少しだけ滲ませている数十年後の私が出会う、唯一の交差点だ。

 

 
買ったばかりのOladannceのイヤフォンにDidier MerahのNew Motherを開通させ、大音量で聴きながら私は足早に京王線の駅に向かった。

微かに背後から、恩師の気配を感じた。振り返れば電車を何台も乗り過ごしてしまうかもしれない不安に駆られながら私は、「今」と言う時間と風をぎゅっと手に握りしめ、下りの電車に飛び乗った。

 

音楽から読み解く世界情勢 [2022.06.12]

特にどこかの企業から依頼を受けているわけでもなく、雑誌の連載を抱え込んでいるわけでもなく、毎週末の世界の新譜チェックはもはや私のライフワークとなりつつある。
勿論需要と供給のバランス等考えるまでもなく、これは私の為の記録の作業であり執筆活動である。

私がSpotifyやAmazon Musicに作り上げて行く各シーズン毎のプレイリストを、実際どのくらいの人たちが求めてくれているのかなんて考えるまでもなく、私は私のスタンスで音楽を通じて世界を見つめる。
 

世界は新型コロナウィルス・パンデミックに続いて、次の新たなパンデミックの流れへと既にシフトし始めている。
丁度先週某日に私は、以下の記事を躊躇なく更新している。

 


この記事には予想以上に多くの来訪者が世界各国からあるようだが、だからと言って私の言わんとするところを読者層が掴み取ってくれたかどうかはまだ判然としない。
そんな折、今週の新譜チェックの中にあの大御所 Paul Winter が『Ukrine Spring』を堂々リリースした。

 

 
楽曲『Ukrine Spring』にはPaul Winterともう一人、Henrique Eisenmannと言うブラジルのジャズ・ピアニストが参加しており、クレジットは二人の連名で記録されている。

Paul WinterについてはWikipediaをご覧頂ければと思う。
私はもうかれこれ数十年間彼の活動や作品に触れているが、今こうして彼のWikipediaを読んでみて気が付いたことがあるとすれば、意外に彼が日本国内では余り広く知られていないのではないかと言うことだった。
 

私がかつてL.A.と東京を往復していた頃、まさに世界はニューエイジ・ミュージック全盛期だったが、その頃日本はと言えば小室哲哉をはじめとするダンス音楽真っ盛りで、その頂点にTRFや華原朋美等が君臨していた。

世界と日本はそれだけ大きく価値観がズレており、日本国内で若干流行し始めていたニューエイジ・ミュージックもどこか癒し系パロディー音楽のジャンルのように扱われ、レコード店に行ってもクラシックとかジャズの棚の片隅に小さく新譜が陳列されており、その中の一枚か二枚程度が新譜として試聴盤を出しているような状況だった。

 


話しを『Ukrine Spring』に戻そう。
遡ること約一ヶ月前に、坂本龍一がPiece for Illiaをリリース。ウクライナの若きヴァイオリニスト、Illia Bondarenkoをウクライナ国内に実在する被災地の瓦礫の上に立たせ、坂本自身が書いたとされるウクライナ民謡そっくりのオリジナル曲をIllia Bondarenkoに演奏させた。

問題の動画が世界的に物議を醸しだして間もないが一方で、その陰にひっそりと隠れるようにして世界に発信された大御所 Paul Winter & Henrique Eisenmann の二人が奏でる『Ukrine Spring』は、しっかりと感覚を研ぎ澄ませて聴けば誰でも分かるように、圧倒的な存在感を放っている。
 

坂本龍一のPiece for Illiaと、対する Paul Winter & Henrique Eisenmann の二人が奏でる『Ukrine Spring』。両音楽の決定的な違いは後者の祈りの思いが圧倒的であること。
前者の「ウクライナの若きヴァイオリニストを瓦礫の上に立たせ、そこで作曲者・坂本龍一の音楽を演奏させる」のとは違い、Paul Winter & Henrique Eisenmann の両者が共に「己」を完全に消し去り祈りに没頭している点は、リスナー各自が絶対に無視してはいけない点だと私は訴えたい。

祈る人が祈りに没頭する時、そこに祈る人の存在が一時的に消失する。
視覚的な祈りではなく、ただ脈々と祈る思いだけが辺りを全て包み込み、それが音楽家自身であればそこに音楽だけが静かに紡ぎ出されて行くのみだ。

 

Henrique Eisenmann


Ukrine SpringでPaul Winterの背景で静かなキーボードを奏でているHenrique Eisenmannだが、普段はとても騒がしく刹那的なジャズを演奏している人物である。正直この種のジャズは、私は悉く苦手である。
だがこの『Ukrine Spring』の中のHenrique Eisenmannは別人のように、オーソドックスなクラシックスタイルのバッキングに徹している。
  

どういうわけか上記の楽曲のHenrique Eisenmannが演奏している箇所の音質が全体を通じて歪んでおり、使用している楽器も然程状態が好くないことも垣間見える。
さらに時々大胆なミスタッチが連発している様が専門家の耳には一目瞭然だが、それを超えて無休の祈りが音楽全体を包み込んで行くので、音質の歪みやらミスタッチなどもはやどうでも良くなってしまうから音楽とは誠に不思議なものだと思う。
 

対する坂本龍一は若きヴァイオリニストを瓦礫の上に立たせたことを猛烈にアピールして来たが、むしろPaul Winter & Henrique Eisenmann の二人が奏でる『Ukrine Spring』のレコーディングのロケーションがどうなっていたのかの方に、私の興味は移って行く。
そのロケーションがどうであったとしても彼等にとってはむしろどうでも良いことで、ただただ寡黙な祈りだけを音楽に乗せて世界の空に飛ばして行ったところに、本物の音楽魂を感じるのみである。

 

『お茶』 – UA

 
ここまでこの記事のタイトルから大きく脱線して、先週末の世界の新譜の一曲にスポットを当てて綴って来たが、今週のメインのプレイリストは M-54: 『お茶』 – UA からスタートしている。

 

 

J-Popはここのところ作りが大雑把で音楽未満の新譜が乱立しているが、この作品お茶はなかなか良い作品だ。
UAのこれまでの印象として強かった「粘りが強くしつこい歌唱表現」が一掃され、どこか海外のチルアウト・ミュージックにありそうな小ざっぱりとした短いブレスのライトなヴォーカルが爽やかで、個人的に好みである。
 

そして前記事Laufey from Icelandでも紹介した曲LaufeyのFragileが、UAの次に並ぶ。
 

 

実際に更新出来た楽曲の数が少ないのは、おそらく私の感覚(感性)の感度がさらに向上したことによるもので、選曲がかなり厳しくなっているのを自分でも感じている。

新しい感染症が全世界に拡散し始めている今、これから何が起きるか分からなくなって来た。
今聴ける音楽に集中し、これからも出来る限り良質な音楽を紹介出来れば良いと思っている。

 

 

音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは公式ホームページから、📨[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。
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戦争と音楽と坂本龍一

Piece for Illia、この曲を聴いた時に「あぁ又やったんだな、この人は。」と言うのがファーストインプレッションだった。
彼が何を又やったのかと言えば、勿論インスパイア音楽のこと。特に坂本龍一の場合、楽曲中のインスパイア成分が95%、残りの5%が坂本龍一の成分だと言っても過言ではない。
 

Piece for Illia


彼(坂本龍一)の場合、この現象は(私が知る限りでは)今に始まったことではない。
その昔はラジオ番組内各所に「新人発掘」なる企画を立ち上げては多くのアマチュア・ミュージシャン等から毎週のようにデモテープを募り、もしかしたら坂本のプロデュースの元にデビューが叶うかもしれないと言う夢を抱いた若者たちの希望の灯を、坂本はどれだけむしり取って来たことだろう。
 
看板「世界のサカモト」は私達、音楽仲間の一部では「パクモトリュウイチ」と呼ばれている。(※その時の衝動で何の躊躇もなく、坂本龍一が他のアーティストの作品を堂々とパクることからこの名が付いたと言われている‥。)
昭和から現在に至る数十年もの間、坂本のある種卑怯な作曲スタイルを内緒話として嘆く声も多数聞こえて来たが、数の力で多くの人たちの嘆きが闇に葬られて来た。
 
実は先程Twitterにも投稿したが、私は音楽家として今、とてつもなく腹が立っている。
 

 
勿論パクモト、‥じゃなくて、坂本龍一が同じ国籍の同じ音楽家であることも腹立たしいが、それよりも現在進行形で戦火にあるウクライナの民謡『Verbovaya Doshchechka』の美しい旋律をパロディーのように切り崩し、メロディーの一部の音の配列と音域を1オクターブ移動しただけでその他の音楽の雰囲気等を原曲の民謡そのままの状態で残した楽曲に対し、「作曲: 坂本龍一」とクレジットし、あたかもウクライナの悲惨な状況を嘆く体(てい)の楽曲として世に輩出した彼の言動はもっと許せない。
 
この作品には坂本龍一ともう一人、ウクライナのヴァイオリニストのイリア・ボンダレンコ氏がクレジットされている。楽曲はイリア・ボンダレンコ氏の音色に触発されたことから生まれたように、坂本龍一の談として言い伝えられている。

だが幾ら何でもウクライナの村の民謡に楽曲を似せて作った坂本自身の作品と言われるものを、戦火の真っただ中にあるウクライナの若い演奏家を起用した上、ロシア製の爆弾で粉々になった学校と瓦礫の上でそのヴァイオリニストに演奏させ、それをプロモーションビデオとして配信して平然としていられる作曲者(?)・坂本龍一の感性が余りに卑劣極まりない。
 

 
そこで私は Piece for Illia の原曲として演奏されたYouTubeを先ず探し出して聴いてみた。それが以下の動画である。
 

 
音楽に精通している人であれば一目瞭然だが、このアンサンブルには余計な西洋コードが加えられていない。
せいぜい旋律が三音以内に制約され、ルートとなるベースが固定されていない為、どこか伴奏のない女性コーラスに似た不安定さが楽曲の魅力となって聴こえて来る。
 

上のYouTubeの楽曲は “Verbovaya Doshchechka”。邦題だとカタカナで「ヴェルボヴァヤ・ドシェチカ」と書かれてあり、この作品はウクライナの村の民謡(春の民謡)と言われるものだそうだ。
とても美しい曲なので気になって、スペルを調べてYouTubeで検索したら以下の動画がヒットした。
 


やはり東欧独特の音の韻を踏んでおり、そこはかとなくアルメニア民謡にも通ずる哀しい中にも芯のある音楽が心に沁み渡る。
パクモト‥ じゃなくて坂本龍一はヴァイオリニストのイリア・ボンダレンコ氏ではなく、実はこの民謡に触発され、楽曲のインスパイア成分95%(ほぼウクライナ民謡)の旋律とかなり不自然な西洋コードを複合させた音楽を、物マネすれすれであるにも関わらず自身の作品と称して世に出したと言っても良いだろう。
 
あえてこれを「盗作」と言わないのは旋律が全く同じではないからだけであり、音楽は旋律だけで構成されている訳ではなく、コードやモード、楽曲のニュアンスや全体の印象も含めて楽曲が完成する。
 
何より心からウクライナ国内の停戦を願い、ウクライナの未来を祈り、尚且つウクライナ民謡 “Verbovaya Doshchechka” に触発されたと言う坂本龍一の声が真実ならば、何故原曲の民謡をありのままカバーしなかったのかが私には理解出来ない。
「インスパイア」と言う言葉を使いながらも最終的には坂本龍一自身の楽曲として世に出したかった彼の強い欲だけが、楽曲の前面に泥のように散乱しており、それらがウクライナ全体を酷く汚しているように私には思えてならない。
 

坂本龍一「ステージ4」のガンとの闘病を語る

 
昨日 2022年6月7日、早朝から坂本龍一についての不穏なニュースが世界を駆け巡った。
彼自身が今とても苦しい状況に在りながら、それでも彼が「パクモト」から抜け出せないのはやはり、生まれ持った彼の「業」ゆえなのだろうか‥。
 
仮に何かを盗むのであれば、せめてそれが愛する人の為に‥ と言う美しい美談であればまだマシだが、(例えるならば)ルパン三世の物語の主役が時折嘆く美しいつぶやきのような噂が彼の周辺から聴こえて来ることは、おそらく今後二度と無いだろう。
せめてこれ以上坂本が日本人或いは日本の音楽家たちの誇りを汚さぬよう、心から祈るばかりである。
 

Laufey from Iceland

今日は良いニュースが一つと、そうではないニュースが早朝から世界を駆け巡り、さらに私も体調が今一つだったところに加えとても重要な打ち合わせを一つ控えており、気持ちの浮き沈みがとても激しい一日だった。
 
巷のいずこでは「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」の最終選考で賑わっており、私も参加者の演奏を一つだけ聴いてみたが、兎に角つまらないと思いYouTubeをそそくさと閉じたところだった。
何が面白くないかって言えばそれは決まっており、自身の作ったものでもない音楽をただ完成度だけを追い求めながらどれだけ汗をかいて演奏したところで、結局再演者のエゴだけが音楽を埋め尽くすだけの愚行にうんざりして疲れてしまうだけ。

そんなことを言ってしまったら世界中から殆どの演奏家が消えてなくなってしまうかもしれないが、再演音楽は余程再解釈が美しいか或いは斬新であるか‥ でもない限り、消えてなくなってしまって良いと私は思っている。
 

Laufey
 

そんな私のか弱い日常の憂鬱を払拭するように、YouTubeのサイドバーに久し振りに彼女‥ Laufey(ラウフィー)の新譜Fragileが現れた時はもう、どうにもこうにも救いの女神が現れたような感動で涙腺がウルウル緩んでしまった。
 

 
Laufey(現在23歳)はアイスランドのシンガー・ソングライターであり、自身の音楽のルーツは古いジャズに由来するとインタビューでも話している。
 

  
最近のポップス系のシンガー・ソングライターは何かと扱いが簡単なジャズ系~ボサノヴァ系に作風を逃げ込ませる風潮が強いように感じるが、彼女の場合は仮に楽曲の構成がジャズ & ボサノヴァ系だったとしても他のアーティスト等と同じように捉えるべきではないかもしれない。

一つには彼女の表現手法、特にヴォーカルの声の緩急の付け方にとてつもないケルトを感じさせる。さらに地声と裏声(時々微かに挟まるヨーデル含み)の両方を微弱な声量で動き回る点が、他の同ジャンルの歌唱法とは大きく異なること。
 
もう一つの要因として、メロディーラインがとてもクラシカルでオーソドックスな流れを踏んでおり、ともすると旋律の無休感(長い旋律が連続しており、間に呼吸を挟まないで歌い切る歌唱法等)がオペラやフランス歌曲にも通ずる揺らぎを含んでいる点。
その揺らぎがボサノヴァ(或いはジャズ)系のバッキングに乗ってしまうと、一見するとごま油で一度炒めてしまえばどんな野菜や肉類であっても全て「中華料理」に括られてしまうように勘違いしそうになるが、実はそうではない。


なのでむしろ彼女 Laufeyには余り自身の音楽ジャンルを「古いジャズに影響された何か」だとか、「ボサノヴァ的な何かである」‥等と限定して自身の音楽の器を狭めて欲しくないと、他人事ながらとても気になった。
 

 
その人が本物であるかどうか、真の表現を志している人であるかどうかを見極める時に、私はそのアーティストに先ずオーソドックスなスタンダード作品を演奏(カバー)させたり歌わせたりすることに決めている。
その意味では、彼女の歌うカバー曲「I Wish You Love」の表現はもはや、Laufeyの若さを超越している。
 
この作品は日本国内でもジャズ系やシャンソン系シンガーの多くがカバーしたくなる曲・第一位に選ばれる曲だが、殆どの歌手が「オレオレ」「あたしあたし」‥のエゴが全面に出てしまい、正直音楽にも作品もなる前に沈没してしまう。
その意味でLaufeyのような、ある種の「自分」の大部分を消しゴムで消しながら彼女の持ち味である声質とロングトーンだけをしっかりと残しただけの、ある意味利他的とでも言うべき音楽解釈は、長年音楽を書き続けて来た私でもただただ脱帽の域だ。
 

  
ここでは彼女の学歴にはあえて触れなかったが、ご覧の通りLaufeyは色々な楽器を操りながら各々の楽器の音色からさらに新たな構成や表現に挑んでいる。
楽器によって表現手法を変えて来るところが彼女の特技或いは魅力とも言えるが、最終的には外界の情報に惑わされることのないLaufey自身の音楽に到達して行ってくれることを、いち音楽評論家としては期待したいところである。
 

さて、この記事の〆はそんな多彩なLaufeyの最新作「Fragile」の、彼女自身のギターの弾き語りの動画を貼っておきたい。
 
若干ヘッドフォンのボリュームを上げながら、時折今にも消えそうになるLaufeyの地声と裏声の狭間のケルトを感じながら、まさに今雨季に差し掛かった日本の湿っぽい夜に新たな清涼感を添えられれば幸いだ。
 

 

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祝杯とターニングポイント

もし弟・山田大輔(故)が存命ならば、一昨日(6月2日)が彼の誕生日だった筈。でも、彼はもうこの世には居ません。
身内のみならず知人や友人にも、これでもかと言う程弟・大輔(故)はありとあらゆる嘘を吐き、偽りの経歴で自身を塗り固めた結果、そうした言動のストレスが大輔(故)の持病をますます悪化させて行ったように思います。
 

2012年の冬、父の遺産整理の件で十年ぶりぐらいで実家に帰った時、弟(故)は既に大病を患い、大きな手術を終えた後で彼の体はボロボロでした。
その時に彼は私に「自分は某大学にてハンドルネームで教鞭を執っている。」‥と話していましたが、それが全くの嘘だったことが後から薄々発覚しました。

大学で教鞭を執る際には、その人が既に芸名やペンネーム等で著名人になっている人物でもない限り、ハンドルネームで教壇に立つことは通常出来ません。ですが弟・大輔(故)は私に「匿名でW大学の社会科学科で教鞭を執っているんだよ。」と、堂々とそう言い切りました。
 

私は生まれ付いて、「暴きの星」を持っています。それは過去世からの私の宿命として、魂に刻印された習性でもあります。ですから怪しいと感じたことや不審に思ったことは、徹底的に調べ尽くします。
その結果、弟が私に当時話していた大学の「社会科学」の科目で教鞭等を執っていた形跡がなかっただろうと言うことまで、私は知っていました。

その辺りの経緯は後日、又あらためて綴ろうと思います。
 

  
それより今週は、この半年間の色々な出来事に一つ大きな区切りを付ける大きな出来事がありました。
それはとてもおめでたいことではありますが、余り明け透けに書くと嫌味にも響いてしまいかねないので、ここでは省略します。

ですが私達夫婦でひっそりと、都内某所で「幻の古代牛」と言われている原種の牛肉のサーロイン・ステーキを堪能して来ました。
これまでに味わったことのない、本当に素晴らしいお味と感触。
 

見栄を張るのではなく、本当に心から美味しいものを口にすることの歓びをようやく、50代半ば(夫は40代後半)で夫婦でこうして堪能出来る、この幸せが長く続きますように。

そして私達の新たな門出に、静かに祝杯を上げました。

 

※ここから下は、Instagramには綴っていない部分になります。⇩
 

私は幼少時代から高校生時代まで、実母に常にみすぼらしい格好をさせられて通学していました。一年に一着のピンクのジャンパーと紺色のスカート、せめても‥ と言う感じでトレーナーだけは二着買い与えられ、Tシャツも多分二着程度しか持っていなかったと記憶しています。

実際には母の方が資産家だったにも関わらずそれは家族全員の誰も知らず、「うちは貧乏でお金がないの。」と彼女は常に言い続け、外食も近所のお蕎麦屋さんか皿うどん等で、その中でも一番価格の低いメニューを私は選ばされていました。
ですがいざ母が亡くなり、蓋を開けてみると、内情は私がそれまで知っていたものとは全く違っていました。実際母は、司法書士も驚いて目を丸くするほどの資産家だったと言っても過言ではありませんでした。

それらの資産を彼女は家族には絶対に発覚されては困る為、家の中に仮想敵の形で私にその役を与え、彼女の預金通帳に何かある毎にそれが父にバレないよう、家の中に揉め事をでっち上げ、深夜まで父に私をお説教させる‥ と言うドラマを長年仕組み続けました。
 
人間疲労すれば、必然的にその他のことには目配りしなくなります。ただ疲れて眠るだけです。なので母は、父(或いは父が亡くなった後の弟にも)に疲労と言うギフトを与えながら、自分自身だけの資産を箪笥の中に仕舞い込み、それを頑なに守り続けてこの世を去って行きました。
 

結果的に私はそれらの全財産を相続することになったわけで、ある意味幸運だったと言えるでしょう。法定相続人が唯一私一人だったと言うこともあり、誰とも争うことなく、母が何十年間もの間(私を虐待しながら秘密を死守し続けて)守り続けて来た彼女自身の資産を全て私が相続することが出来ました。
 
近日中に我が家は転居等も控えている為、ここから色々な準備が目白押しのスケジュールになるでしょう。
私が引き継いだ遺産を「人生57年間の虐待と家族間排除の慰謝料」と思うと、まだまだこの程度では(相続した遺産の額は)正直足りません。ですがここは「足る事を知る」精神を持ち、私はようやく夫と二人で私自身の人生を思うように自由に前向きに歩み出せると思っています。
 

 
こういう言い方はどうなのかな‥ とも思いますが、あえて書きますと、2021年からのウィルス・パンデミック中のドタバタに翻弄され、多くの人たちが危険なワクチンを接種したことの後遺症で今後バタバタと命を落とすことになるかもしれません。

幸い私たち夫婦は、危険な未知のワクチンを一度も接種していません。
夫の計算計画通りに私たちは免疫向上の為のサプリメントを複数服用し続けて、かれこれ10年近くが経過しました。勿論油断大敵ですが、少なくとも新型コロナワクチンを接種していない分、既に接種してしまった多くの人たちのように「自己免疫力の喪失(低下)」と言う最悪の事態は免れられると確信しています。

 

これから町は新型コロナワクチン接種で免疫力を劇的に低下させた人たちで溢れかえり、尚且つその弱った体を別のウィルスが攻撃すると言う酷い事態が折り重なって行くと思います。
既にワクチンを接種してしまった人たちは夜も昼も不安に苛まれるだけで、そこに救いはありません。不安から逃げる為に、ワクチンを接種していない人たちに対する憎悪も彼らの心中には生まれるでしょうし、何より誤って未知のワクチンを打ってしまった彼ら自身の不安を解消する為に現実逃避のような行動を取る人たちも、今後増えて行くでしょう。
 

昨日も私のTwitterの「或るツイート」が、見事に炎上しました(笑)。
多くの反論や捨て台詞等が投下されましたが、私は出来る限りの範囲でそれらに珍しく打ち返してみました。私が何を言い、どう反論するのか‥、それを私の知らない人たちが私には悟られぬように見ていることでしょう。
それを意識しながらの私のTwitter上の変化球は、恐らくワクチンを既に接種してしまった人たちには濁った爆弾のように、心身に歪みながら突き刺さって行ったかもしれません。
 

私にも人情はあります。なので正論で他者を論破するだけが正しいやり方だとは、思っていません。そうしてはいけない人たちも居ると言うことを、私も又学んで知っていますから。
 
そして何より今後、昨日まで元気そうに見えていた人が突然‥ と言う事態も増えて行くでしょうから、正しい言葉の針だけを相手に突き立てることも少し控えなくてはいけないと思っています。
 

まだまだ書きたいことがありますが明日も予定がある為、ここは筆を分けようと思います。
近日中に弟・山田大輔(故)の真実について、綴ろうと思っています。
 

音楽から読み解く世界情勢 [2022.05.28]

毎週末の新譜チェックが少し負担に感じていた5月半ば。考えてみれば「五月病」と言う言葉があるように、5月とはそういうシーズンだと言うことをふと思い出した。
そんなことならば少しだけ休息を挟みながらのんびりやろうかと思っていたが、どうやらそうも行かない状況だ。

恐らく今月のどこかで私は、日本国内では「大御所」と言われている「或る人」からTwitterのアカウントをブロックされたようだ(笑)。
そんな大御所からご丁寧にブロックされるのは、ある意味では芸術家冥利に尽きる。私もそろそろ(先方から見たところの)大御所の仲間入りを果たす前兆かもしれず、これはきっと名誉なことだと思って良いだろう。

箸にも棒にもかからない人間をわざわざブロックする大御所など居ないだろうから、この記念すべき年に私は新たな勲章を得たと思い、堂々と今後の芸術家・音楽評論家人生に踏み出そうと思う。
 

一日遅れたがさっき、世界の新譜チェックが無事終了した。今回はSpotifyとAmazon Musicの両方に新しいプレイリストを開設し、公開した。
両サブスクリプションの使いやすいのがSpotify、でも音質の点ではやはりAmazon Musicに軍配が上がる。

 


‥と、折角音質の良いAmazon Musicの方のプレイリストの埋め込みを期待したが、どうやらこのブログでは表示出来ない仕様らしいので、Twitterのリンクを貼っておくことにする。

 


今週のサブスク新譜情報も、やはり単曲ないしはEPサイズの配信が目立って多かった。
だが中には久々の楽曲配信の大御所の作品も点在し、ワールド・ミュージック・フリークとしてはとても嬉しい週末となった。

特にGérald Totoの新譜 Dérivé Larel La、さらにはDori CaymmiがMônica Salmasoと組んでリリースした新譜 Canto Sedutor には嬉しさを通り越して泣かされた。

 

 

今週は日本勢はJ-Pop界隈も頑張っている。
良い曲は国籍・ジャンルを問わずガシガシ紹介して行くのが、私・Didier Merah流だ。
ただの音楽好きとは異なり私は芸術家としての教育の基盤を持ち、尚且つ世界中の多くのジャンルの音の構成分析を得意とする。付け加え、そのどのジャンルにも無い新たな音楽を生み出す、私は稀有な存在だ。

そんな私が紹介する音楽に国境などもはや存在しない。良いものは良い!と言う信念に加え超越した感性とジャッジメントの上に厳選した楽曲に、良くないものなどある筈がない。
要は自信満々でセレクトして行く毎週末の新譜は、他の誰のプレイリストにもない面白い選曲だと言いたいわけだ。
 
J-Popあり、Tangoあり、アフロ・ミュージックもあればアルメニアのポップスもある楽しいプレイリストを聴いていると、何故世界から戦争が絶えないのだろうか‥ と言うふとした落胆が胸を過る。
音楽の力が及ばないのだとしたら、私達音楽家の責任重大だ。だから私は世界を変える為に、自身の創作活動だけではなく音楽評論家、比較音楽学者としての厳しい表現力にさらに磨きを掛けたいと思っている。
 

 
そう言えば2022年春に晴れて6人でデビューを果たした、宮脇咲良も参加する韓流女性グループのLE SSERAFIMからいきなり一人脱退した形で、5人で活動を再開したようだ。
理由詳細は不明なので(噂の域なので)、ここではその理由については省略するが、6人よりは5人の方が確かに見た目にも残念ながらスッキリした感じに見える。

人生には色々なことが急遽降り掛かる。だから良からぬことをしたり、思ったりしない方が身の為である。
 

 
さて、この記事のラストを何の曲で飾ろうかと十数分迷ったが、先週分のPlayListの更新分から、私の大好きなTitiyoが久し振りにVocalを放ったこの作品を貼っておきたい。
自然と体が動き出す曲‥ と言うだけでなく、楽曲としての出来栄えも高い一曲だ。

ご堪能あれ!💛
 

 

音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは 📨[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。

音楽評論に関しては、世界中(演歌とヘヴィメタル以外)の音楽を分析・検証し、語り尽くします。
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魂の負債

魂について、霊体について、そして宇宙やマザーアースである地球について、昨日からパラレルワールドに同時に生息する自分自身や夫との対話が続いています。
一見無駄なように視える時間の全てが有意義で、そして私達夫婦にとって、とてつもなく愛おしい時間です。
 

 
数か月以内に転居を控え、色々な意味で具体的な将来が見えて来ました。
新天地での暮らしは一体、どんな風になるのでしょうか‥。

これまで私をがんじがらめに抑圧して来た全ての「圧」から解放され、途端に物事が円滑に進み始めています。
これまでと同じ努力の分量で、その数倍の前進が叶って行きます。

特に人間関係。出来れば母が亡くなる以前の人間関係を一度まっさらにして、大切なものだけを小脇に抱えて身軽にその先へと進んで行けたら良いです✨

 

 
魂に大きな負債を抱え込んでいる人達との関わりを、ここで全て手放したいと思っています。
※ここで言う「魂の負債」とは、生まれる前の過去世に背負った魂の「負の財産」‥、言い方を変えると「カルマ」とも言いますが、そのようなものを指します。
 
そういう魂の負債を背負っている人達はどうしても、私の持つ魂のパワーを利用してご自身の魂の大きな負債を返済しようとする為、良い人間関係が築けなくなります。
そして頃合いを見計らって「共依存」のような関係性にシフトしようとするので、その瞬間に人間関係に大きな亀裂が生じます。
 

私に対して「やって当たり前」の感情が湧いて来るのも、魂に大きな負債を抱えて生きている人達の特徴と言えるでしょう。
そういう人に光やパワーを貸したり与えたりすることを、私も又完全に止めなければなりません。

冷たいようですが、そうしなければ彼ら自身が魂の負債を返済し終えることが出来なくなるからです。
なので私はそういう人に対し、心を鬼にして冷たくあしらうことにしました。
だって、彼らが背負っている魂の負債と私の人生とは何の関係も無いわけですし。
 

 
明日は友人と、夫を交えての静かな時間を過ごす予定です。
彼女の好きなものを食べて頂き、話したいことを話して欲しいな~と思います🌹
 

以下のブログも是非、お読み下さい。ブログ記事のコメント欄を開放していますので、コメント等お寄せ下さい。
 


 

現在のプレアデス星団とプターの現状について

前回セムヤーゼとのコンタクトに綴ったのが昨年2021年12月12日の、以下の記事になります。
 


その後間もなく私の母の逝去から、それに因んだ色々な現状整理の期間に入り、現在に至ります。
その間セムヤーゼとのコンタクトが全く止まっていたわけではなく、外側に出せる情報に強い制限があった為、諸々の情報の公開が出来ずにいました。
 

又プレアデス星団以外の別の星系の法律家(兼 医師)であるM氏とのコンタクトも継続していましたが、此方も先方の星系内の法律に則り、公開出来る情報が殆ど見つかりませんでした。
ですが少しずつ私自身のテレパシー能力に向上があったことや、それにともない先方との円滑なコミュニケーションが進み、今回は特にこれまで気になっていたプレアデス星団・本星の政治的トップと言われている「プター(Ptaah)」の現状について、ここに書き記して行きます。
 


先ず、私は2016年の夏、アルバム『Eden』のラスト曲Ragnarokをレコーディングした直後の秋に、プレアデス星団が所持する(であろう)テクノロジーを介した呪詛に遭いました。
理由は私が『Ragnarok』の楽曲を直接、宇宙的存在とも言われるクリエイションから受け取ったことが原因でした。
 

 

地球人はそもそもプレアデス人よりは色々な意味で能力が低いと言われているようですが、彼らが言う「地球人如き」が宇宙の絶対的存在であるコアのクリエイションから音楽など受け取れる筈もない‥ と言う概念を逸脱した現象が実際に起こり、それが彼らプレアデス人の頂点である「プター(Ptaah)」の逆鱗に触れました。

その直後にプレアデス星団からの機械的な呪詛が私に向けて発せられ、それにより私は霊体の脳の広い範囲に火傷を負い、一時は今世ではその再生が不可能かもしれない状態に追い込まれました。
 

It seems that earthlings are said to be less capable than Pleiades in many ways. However, a phenomenon that deviated from their concept that the “stupid earthlings” they think should not be able to receive music etc. from the core “creation” that is the absolute existence of the universe actually occurred. ..
It touched the wrath of Ptaah, the pinnacle of the Pleiades.

Shortly thereafter, a mechanical curse from the Pleiades cluster was fired at me, causing burns to a large area of my Spiritual Body’s brain, for a time pushing it into a state that might not be reproducible in this world.

 
私の症状については、ここでは一旦省いて話を「プター(Ptaah)」自身の状況に集約します。
 

実際にプターが私に向け発した呪詛は、どうやらプレアデス星団内の法律に抵触したらしく、プターはその後間もなく囚われの身となり、さらに間もなくプレアデス星団の法律によりプターは「無期昏睡の刑」に処せられたと聞いています。

ですがその状況が今日まで口外されることはなく、某国某所のコンタクティー某人によると現在も該当のコンタクティーと「プター(Ptaah)」との会話が継続している様子が、ウェブサイトから発信されています。
誰かが「プター(Ptaah)」になり代わり、コンタクティー某人との会話にスライドしているものと思われますが、その詳細は不鮮明です。

 

The curse that Ptaah actually cast on me seemed to violate the law within the Pleiades star-cluster, and Ptaah was soon taken prisoner.
Soon after, I’ve heard that Ptaah was sentenced to “punishment of indefinite coma” by the law of the Pleiades star-cluster.


But to this day, no one has spoken about his situation.
Contactees in a certain country According to a certain person, it seems that the conversation between the contactee and “Ptaah” is still ongoing. The situation is transmitted from certain web site.
It seems that someone has become a “Ptaah” and is sliding into a conversation with a contactee, but the details are unclear.

 

 
一方「プター(Ptaah)」の家族(娘)であり、プターに次ぐ次期の絶対的指導者となる可能性のあるセムヤーゼの消息も、現状は非公開のままとなっています。
勿論私は彼女の現状も彼女の近未来等の様子についても薄々知っていますが、彼女の情報をあからさまに公開することでセムヤーゼの身に危険が及ぶ可能性が大なので、公開は出来ません。

又、私のコンタクトはその他に(記事の冒頭でも少し触れたように)、別の星系の法律家(兼 医師)のM氏とも続いています。
セムヤーゼ ⇨ 別星系のM氏 ⇨ 私‥ とは複雑に絡んでいますが、これを話し出すとこの記事の主軸から大きく話が脱線してしまう為、あらためて別記事にて綴る予定です。
  


現在地球は多くの困難を抱え込み、その袋小路へと追い詰められています。
かねてから別星系から援軍が来るだとか、大量のUFO等が飛来し地球人を他の惑星に誘導して救済する‥ 等の噂レベルの噂がひっきりなしにささやかれていますが、どうやらそれは実現しないと私は読んでいます。
‥と言うより、セムヤーゼにもその意思が無いことを言われて今日に至ります。

ですのでそうしたまことしやかな救済情報を真剣に信じてしまうと、あなた自身が精神的にも金銭的にも追い詰められてしまうだけですので、そのような噂は陰謀論の一部だと認識し、自分自身に出来る生き方を粛々と模索し実践し、地道に生きて行くことを考えて下さい。