Healing

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いよいよ体調不良を放置できなくなったので、昨日は夫のヒーリングを数十分間受けました。
一通りの治療が済んだ時にはすっかり体じゅうが熱くて、その熱さが心地好い眠りを呼んでくれました🌌

若干ワーカホリック気味の私。過去作品の全てが私のライバルであり、一瞬の油断もならない… と言うストイックさが今回仇になった格好。

心身ボロボロでした。
言葉選びが難しいのですが、ここではあえて「霊体」と言う言葉で表現すると、霊体疲労が肉体に徐々にフィードバックした結果のボロボロ加減には自分でもびっくり。

元気だ、頑張れ… と自分を執拗に鼓舞し過ぎたみたいです( ノД`)………
先週の金曜日に久々にいつもよりハードな練習に取り組んだ結果いきなり土曜日に奥歯の歯茎が腫れ上がり、同時に酷い頭痛に見舞われた散々な週末。
今回も夫が救ってくれました。

 

この御礼をどうやって返して行こうか…。先ずは少し休養してからゆっくり考えます♡

 

 

━ Twitter同期投稿

 

 

My Season will come soon

 

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さながら枯葉のように燃え尽きながら、私は一足先にこの夏を彷徨い続けていた。
色々なことが立て続けに私の身に起きたが、それは他言の出来ない出来事ばかりで目まぐるしく私の生活を包囲した。

だが私には夫が付いている。私の身に起きる多々の悪しき出来事を彼は誰よりも早く察知し、そして確実に私を救い出してくれる。常に冷静で、尚且つ頼もしい人だ。

 

アルバム『Wa Jazz』が無事にリリースの時を迎えられたのも、彼が居てくれたからこそ、である。

今回『Wa Jazz』についての文字解説や音楽解説の補足は、一切出して居ない。音楽は説明書きで理解するのではなく、先ず感覚に降りて来るイメージをリスナーには大切にして頂きたいと言う、これも私の密かな願いであり意図でもあるとご理解頂ければ幸いだ。

 

冒頭にもお伝えした通りこの夏の私は悉く体調と気分の不調に見舞われ、殆どブログも書けずSNSにも余り顔を出せず、時折知人とこじんまりとメッセージのやり取りをする以外の多くの時間を眠って過ごした。

眠っている間の私にも、ミッションは付き纏う。むしろ眠っている間、感性が他の世界にスイッチしている時の私のリアリティーの方がとても強いと言っても過言ではないが、かと言ってそういう話を知人とは共有しないことに決めているので、このブログを書くタイミングも大幅に遅れてしまった。

 

Wa Jazz』を注意深く聴いて頂いている方々は既にお気づきだろうと思うが、これまで世界には一つと存在しない和の音楽の新しいかたちがあのアルバムの中で実現した。
日本人の音楽家として必ず為さなければならないこと、日本のモード、和声その他編曲面で、『Wa Jazz』の中に託された可能性は無限大である。

 

勿論アルバム全体には一つのストーリーが流れているが、それは文字で補足するよりもリスナー各々の中に降りて来る映像やインスピレーションに委ねたい。

 

 

溶け落ちるような夏がもう直ぐ終わり、やがて私の季節がやって来る。
それまでの時間をこれまでよりももっと静かに厳かに、そして慎重に過ごして行きたいと今強く願って止まない。

 

 

ポジティブシンキング

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テニスの大坂なおみさんが、全米オープンで日本人としては初の優勝を遂げた。ゲーム内容は勿論素晴らしかったがそこではなく私は、ふと‥ 彼女を後ろから支え抜いているコーチに興味が湧いた。

 

サーシャ・バイン…..

彼の褒め方は日本人のコーチには無い語り口で構成されており、窮地に立つ人の気持ちをよく知った者或いはその状況に対し咄嗟かつ理知的な対処能力の秀でた人にしか、それを口にすることが出来ないのではと感じる。

大阪なおみ選手とサーシャ・バイン監督、おそらく二人は見えざる糸で繋がった「同士」かもしれない。出会うべくして出会った二人だからこそ、双方が自身の力量を余すところなく発揮出来る唯一の関係性がそこに在る。

 

私の場合は夫。

常に自己評価の低い私を彼は、一度たりとも間違った同調をしたことも無ければけなしたことも無い。
レコーディング直後の私は自分が演奏したものに対し、殆ど満足したことが無い。あそこをもっとこうすれば好かったのに… とかあの箇所はもっと指が動いた筈なんだけどどうして出来なかったのか… とか、もう信じられない程グズグズ言いながら寝室に倒れ込む。

そんな私に彼は、「まぁまぁ、ホントに好かったんだけど少し頭を冷やしてから聴いてみようか。」と言い、大体においてその後二人で街に繰り出しては失敗談から私を解放するように職人が淹れてくれる温かいコーヒーを飲み、歓談に耽る。

このプロセスはこれまでの全てのレコーディングの度に続いている。

 

ポジティブシンキング……..

ずっとこの言葉が嫌いだった。一期一会と言う言葉と同じくらい、私はこの言葉を発する人に対しては嫌悪感しか湧かなかった。だが今は違う。

何故そう在り続けられるか、或いはどのようにしたらそうなれるのかについて、私なりに少し苦しみながら考え続けた結果、一つの答えに辿り着いた。

全てに於いて思いや夢を実現するには絶対的に技術が必要であり、自身がどのくらいの技術を身につけて居るかについて常に考察すること。
そして効率的にその技術を向上させる為の練習プログラムに常に注意を払い、少しでも無駄や過剰負荷を察知した時は都度都度それを改善すること。

 

私の日々の練習がその繰り返しであり、その集大成が私の各音楽アルバムに投影されていると言っても過言ではないだろう。

 

 

長年、ジャズと和ものが大嫌いだった私に、夫が「和ジャズ」と言う企画を持ち込んで来た。

苦手なものを二つ足して持って来るなんて何ってことをするんだろうこの人は‼️ …とは思ったものの内心、苦手なものを二つ足したら何が出て来るんだろうかと言う微かな好奇心が胸の中で湧き上がった(笑)。

そう言えば昔っから常に、強敵に挑みながら生きて来た。勿論「誰」と言う名前はここには出さないけれど、それが人である場合もあれば課題そのものだったこともあり、その度に私はそれらの挑戦をほぼ90パーセント、クリアして来た。

今回もそう出来たと言っても、誰からも咎められはしないだろう。

自信作『Wa Jazz』が完成した。

 

WaJazz_TrackList

 

その曲目リストがこれ ⇧ である。

 

さぁ、実際にこれが音楽としてこの地上を駆け巡る時、何が飛び出して来るだろうか。

乞うご期待🤗‼️

 

 

英語が上達しない理由

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高校受験まではひたすら受験英語とやらに夢中になった日々。そこそこ聞き取れたし、そこそこ話すことも出来た英語。
高校受験ではヒアリングに困ることもなくすんなりと突破した英語。でも高校受験を終えた途端に、それまでの自分ではないみたいに英語が全く聴き取れなくなって行った。

何とかそれまで培った英語のスキルを落とさぬようにと、高校ではW・ムーアと言うアメリカ人教師の英語の授業を選択するものの、本当に信じらない程ネイティブの英語が聴こえなくなった。

 

1998年、渡米の切っ掛けを得るものの私はとことん英語から逃げた。

心の闇を抱えていたことには当時全く気付かず、とある音楽の仕事(公式・非公式を含め)を表向きの理由にL.A.に飛ぶものの、機内ではマレイシア人の英語が比較的ネイティブからは遠くカタカナっぽい発音だった為、逆に聞き取りやすかった‥ と言う以外、殆どの現地の英語が濁った音楽のようにしか聴こえて来なかった。

 

帰国してからは何故か英語ではなく、インドネシア語とかスペイン語に気持ちが揺れ動き、これまたやめときゃいいのにインドネシア語の駅前留学を決意し一年間で日常会話ぐらいは何とか聞き取れるところまで漕ぎ付けた。
だが、使わない言葉はやがて脳ミソからも記憶からも必然的に抜け落ちて行く運命。その言葉通りに、今ではインドネシア語も殆ど聴こえないし話せなくなってしまった(笑)。

 

色々生活のベーシックが落ち着いた段階で再度、英語の駅前留学にトライしようかと言う話で先日夫と盛り上がった時に彼が、ふと放った言葉が何とも印象的だった。

 

最近の私は兎に角人の居る場所からなるべく遠ざかり、遂には人混みの中に自身を置いても全く一人になれるおかしな技を身に着けた。

人の話し声、人の念、人が持つ本音と建て前のリバーシブルにとことん疲れてしまい、それは私が持つ「人の心の声を聴いてしまう能力」が原因だと夫は言う。確かにその通りだった。
それが英語であれ母国語であれ「人の心を人の言葉よりも先に聴いてしまう」以上、とどのつまりは私にはそもそも言語など必要ないのではないか… と言う究極の回答に辿り着く。

 

要は、言語を必要としないから同時に英語も私にとっては必要ない。
よって英語が上達しない……

そう、⇧ 究極の回答に辿り着いてしまったことになる。

 

 

Los-Angeles-skyline

 

音楽を奏でている限り、おそらく私がことさら英語を必要とすることは将来的に無さそうだ。
繊細なニュアンスを含む表現を言語で伝えるには通訳を通せば好いし、私の作品はほぼ100パーセント黒玉だけで伝え切ることが出来る筈。

 

そう言えば、世界の北野武はハリウッド映画の中に在っても、セリフの殆どを日本語で通した、それが許される逸材だったと言われている。私が世界の壁を超えることが出来れば、おそらく私の下手な英語よりも母国語の響きの方に価値が増す筈。

勿論日々、SNS等ではなるべく英語を読んだり聴いたりするよう心掛けているけれど、最近の「人間嫌い」の私が大勢の人の居るところで積極的に英語を話す日が来るような気がしない。
ならば母国語のスキルを徹底的に上げて行く方が、何かと前向きではないかと最近思うようになった。

 

Didier Merahと言う名前を授かった私の体には多分、日本人の血が半分は流れている。この名前を得た時には、数年後には渡米して海外暮らしを始めるだろう… と思っていた。
だが、今の私は森と神社の街から一歩も外に出ることもないし、出たいとも思わなくなった。

 

 

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近い将来、大好きな国内の河を巡り歩くのが私の夢。
海ではなく、河を…。

 

今日のBGM。Sławek Jaskułke(ポーランド🇵🇱️)の美しいジャズ・アルバムより。

民族音楽研究家として思うこと

Africa

 

夏休み前から体調が思わしくない状態が続いており、個人的に引き続き静養中である。

兎に角眠らなくてはならないのだけど、だからと言って一日中眠れるわけではないので所々でパソコンを開いて音楽を聴いたり、Twitterに文字を書き込んだり… と色々やっている。
最近はFacebook(Pageを含む)から少し遠ざかって居る。

 

Facebookを私が始めた頃はもっと静かで穏やかで、尚且つ適度に賑やかで、比較的SNSに熱心な人たちに囲まれて楽しくやっていた。だが、最近はかなり様子が変わって来たように思う。

おそらく「いいね」ボタンが定着してから始まった「いいね」付け押しの無言ユーザーの激増で、かなり私もその状況に疲れて来た。それまでは多くのユーザーがきちんとコメントを投稿して双方の会話を楽しんでいた筈が、段々とそうではなくなって行った。

 

顔馴染みの相手がもしも自分の恩師であれば、会釈だけではなくきちんと声に出して挨拶を述べるだろう。勿論それが学友であっても同じこと。
だが、皆が胸に「いいね」ボタンを搭載し、それを点滅さえさせればコミュニケーションがある程度完成するようになった今、大勢のSNS利用者たちが「会話等必要ない」と思って居るらしい。

私にはこれが甚だストレスの、きっと大きな要因となっている…。

 

今朝はどうにもこうにも「茶色の飲み物」が欲しくてたまらなくなり、最初は麦茶を飲んだがそれでは収まらなくなり、遂に黒糖カフェオレを作って淹れて飲んでみたらこれがビンゴだった。

美味しいーーっ❣️

思わず声に出してしまった程、インスタントの豆で作ったとは思えないこの味、どうよ❣️

 

 

Africa-12

 

自らが作曲家であるだけではなく、私は10代になる前からインドやトルコ、中東からアフリカの音楽に目覚め、クラスメイトと感性が合わなくて本当に困った(笑)。だが、これが結果的には今の私を形成する大きなベースとなり、きっと一生私はこのまま作曲 & 民族音楽の研究者としての活動を続けて行くことになるだろう。

 

色々な国の音楽を巡るうちに30代ではワールド・ミュージックを日本語に訳して踊って歌うユニット「mocha」を結成し、約3年間活動を続けて(とある事情で)ユニットを閉鎖した。
そこで私の民族音楽家としての活動は終わるかと思いきや、そこから私の本格的な音の世界旅行は始まったと言っても過言ではない。

未だ独身で作曲家でもなかった当時は仕事で外の演奏に出る度に、近所のワールド・ミュージック関連のCD売り場に何時間も入り浸り、その日の出演料をはみ出すくらいの大量のCDを買って帰宅したものだった。
だが皮肉なことに、殆どのCDを一回聴いて棚に仕舞うことになり、元が取れたのかどうかはかなり微妙だ(笑)。

 

音楽も、世界情勢の如く日々情報が更新される。最近は自分自身の音に集中することが増えて来た為、以前程熱心に世界の音楽をウォッチ出来なくなっては来たものの、それでも「今だ❗️」と思った時には何時間も、夢中になって音楽から音楽を渡り歩き、好きなジャンルで時々トランジットしながら又次のジャンルに向かう… 音楽の旅が続いて行く。

 

私の記憶が正しければ、私の中には幾つもの人種の血が流れている筈である。だが、今世の私の血の半分はJapan、日本人である🇯🇵
ならば私は日本人の民族音楽研究者として、一つの答えを出さなければならないだろう… と、最近はそればかりを考えて過ごして居る。

 

段々と日本発信の音楽がアメリカナイズして行く中で、それでも私は古き良き日本のモードとか言葉とか、日本人だけが持つ速度感覚等を模索しており、最近はなるべく穏やかな速度で生活することに注力して居る。

 

と、この記事を書いている間、私はついさっき作成した(主にアフリカ近隣諸国の音楽を集めた)PlayListを何故か聴いている(笑)。
これがなかなか好いコレクションになったので、是非このブログの読者の皆様にもシェア頂ければ有難い❤️

 

 

Dream of Falling

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何度も何度も繰り返し見る悪夢。それは雲の隙間から遥か遠くの地上に向かって、急降下する夢。
しかも私は誰か、何者かの手の中を完全に転がされている。

体は完全に宙に浮いたまま、もう直ぐ落下して行く迄の数分間雲の上で停止する。いっそこのまま気を失ってしまいたいと願うも虚しく、私は覚醒したまま空中からどこにあるかも分からない陸地を見据えてる。

夫曰くそれが、転生直前に目的の母体を決める最終決断の瞬間ではないかと言う話。魂が空から一気に押し出され、誰かが決めた母なる肉体へと物凄い勢いで押し出されて行く瞬間の記憶…。

 

日常生活の中、ありふれた午後のテーブルを夫以外の誰かと挟んで向き合って、アイスコーヒーをストローですすりながらこんな話の出来る友人に、私は未だ巡り逢わない。至ってフツーの笑顔を浮かべ、ありきたりな話をずいずい進めて行く私は仮の姿、その瞬間だけ「普通の人」を演じているそれは偽りの顔でしかない。

何人かの友人や知人にティータイムのお誘いを頂くけれど、私はそれらの全てをお断りして居る。一言で言うと、どうしても今の私が抱えていること、アナザーワールドとこの世界を同時に生きて行く私を相手が心底理解してくれる気がしないから、誰かと会う度に「フツー」の仮面を逐一かぶり直すことに私は疲れ果ててしまった。

 

人と人は、一度出会った後はもうそれ以前に戻ることが出来ない。するとどんなことになって行くのだろう…。
最初は刺激が歓びを生み、虹色バラ色の浮遊感・多幸感に満たされる(相手が)が、次第に「慣れ」にそれは変わってしまう。やがて慣れは目の前の相手である私の粗探しへの欲求へと変化し、相手の悪いところを探してそれを矯正してあげよう…と言う偽善を生み出す。

 

あなただって同じ人間でしょう?

(その思いにはなぜか憎しみが籠もっている。私の才を相手は、自分の才と天秤に掛けて、ジャンルの異なる「優れた人」を豪語し始める。)

何度このセリフを言われただろう…。仮にそう相手が言わなくても心の中の声が私には全て聴こえて来る。
随分高飛車な人ね、たかだか音楽の才能だけが人よりちょっと進んでるだけでしょう?それが何だって言うの?みんな何かしらの才能を持って生まれているのだから、プラマイゼロでしょ(嘲笑)…。

 

この世界に使命を授かって何度も何度も生まれ直し、その使命を達成するまでしぶとく何百年・何千年も生き続け、古い記憶を全て保有している人はどのくらい居るのだろうか?
少なくとも私は未だそういう相手とは、夫以外誰とも会って居ない。

いつかそんな人が夫以外に、私の前に現れてくれるだろうか…。

 

先日、未だリアルでは全く逢ったことのない人と、私の音楽観について少しだけチャットで話をした。そう、ツムツム関連のグループチャットの中でのこと。

多くのミュージシャンは人気者になりたくて、音楽を始めたままやめられなくなる…。その結果音楽を仕事として成立させて行く過程で色々な境遇に振り回され、気付くと無謀な発注を黙々とこなすだけの専業作家になって居た…と言う話。

 

私は自己愛が殆どない。

━ 音楽活動や創作活動は、私にとって現世の修行みたいなもの。奉仕の精神で続けています。

そんな言葉がふと、気付いた時にはチャットのTLに乗っかって居た。意外にその相手はそんな私の、ともすると「コノヤロ!」と相手を奮い立たせそうな言葉をすんなりと受け入れてくれたのが、逆に私には意外だった。

 

私の直前の過去世はイタリア人だった。音楽家を目指す過程で料理に目覚め、気付くと料理人になる為の修行を積んで居た。
それは運命を司る「Brain」から見た場合には完全に「軌道を外れた状態」であり、ある日私はトスカーナの或る場所でトラックに撥ねられて命を落とす。

 

空を飛べない筈の私はその後、再び空の上に居た。それは丁度プールの飛び込み台の上に居るような状況に似て、真っ青な水面の在る場所には霞む陸地とそこで妊娠を控えた「母」の存在が在った。
私は「Brain」なる存在によってその母体に一気に押し込まれ、元々そこに居た未だ小さな弟を弾き飛ばした。

 

同じ悪夢を何度も何度も見る理由が分かった今でも、その悪夢に魘されて目が覚めた後の私の心臓はこれでもかと言う速さで波打っている。
ああ、又同じ夢を繰り返し彷徨ってしまったわ…。

 

今朝も私は、再び空の上に居た。

 

 

この記事を書きながら聴いていた今日のBGMは此方 ⇩

 

 

若干内容を更新しました。
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静寂と共に

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木曜日。
知人と約束の場所へ向かおうとするとLINEにメッセージが届き、そのお店が今日に限ってお休みだと言うので、急遽予定を変更して和洋折衷の餃子のお店でちんまりとランチを頂くことに。
餃子と言う料理は難しい。大衆的過ぎても大手の他の餃子ストアと差が付いてしまうし、お洒落過ぎても餃子の大衆的な好さが消されてしまう。今日は後者のパターンで、一体何を食べているのか殆ど分からないような状況で、口の中で餃子と他の料理が完全に喧嘩してしまっていた。

そもそも餃子には中華スープか或いはお味噌汁、お吸い物が合うと思うが、付け合わせの汁物がミネストローネだったのには少々驚いた。一言で言うと、餃子に全く合わない(笑)。

付け添えがチーズのフライ、そしてレタスと枝豆のフレンチサラダ。嗚呼どうしよう… と言う混乱ぶりで、「こういうのは一度だけにしておいた方がいいわね。」と知人と顔を見合わせる。だけど会計は極めてスマートに、上品さを心掛け退店。

 

知人がその後のティータイムに同席したそうに私の目をパチパチと瞬きを増やしながら見つめていたが、私はどうにもこうにも今日は一人で音楽が聴きたくて仕方がなかったので、正直のその旨を伝えてそこで別れた。
なんて不愛想な芸術家なの…。この猛暑の中わざわざ私を誘ってくれたにも関わらず、私は一人になりたいと言う衝動を抑えることが出来なくなってしまった。

 

考えたいことが山のようにある。どんなに考えたところで思考がまとまるわけもなく、気付くと最寄り駅のビルに隣接している大型の書店の雑誌コーナーでぼんやり、予定外の雑誌を捲っていた。
傍から見たら、少し呆けた中年女性に視えたかもしれない。だが至って私は真面目に、本当に真面目に自分の音楽人生について考え込んでいた(「天然生活」を捲りながら)…。

 

 

 

家を出る時に満タンに入れておいたマイ水筒のミネラルウォーターは既に底尽きたので、タリーズコーヒーに入ってそこに抹茶ラテを注いで貰う。
丁度ショートサイズの割引チケットを持っていたので、差額でグランデサイズの抹茶ラテ。好く飲む女だ、私は。

そして目を閉じて、久し振りに自分自身の音の世界に浸る。

 

今年に入ってから私は、自身を「ピアニスト」ではなく「芸術家・作曲家」と頑固に名乗っている。
私の中でピアニストとは「与えられた誰の楽曲でも気持ち好く引き受け、それを演奏する職に在る人」だとカテゴライズしており、私はそれとは全く違う人だと言う自覚がざわざわと目覚め、次第に強烈になって行った。それにともない、自身をもう「ピアニスト」と名乗ることに強い違和感を感じるようになり、「ピアノが弾ける作曲家・芸術家」と位置付けることにした。

 

私の作曲は鍵盤の上で完成する。いわゆる既存の作曲家たちが「真っ白な五線紙の上に黒玉を書くことで楽曲を完成させて行く」のとは違うスタイルを取る作曲家であるだけで、私は紛れもない作曲家の一人であることには変わりない。

 

目を閉じて、大地・地球の心を描いた作品に耳を澄ますと、音楽の彼方で蝉が鳴き、トンボが風を切って飛んで行く。時折車やバイクが横行する通り沿いに面したカフェが、瞬く間に異国の夏の世界に変わって行く。
私は地球の心と同期し始め、まだ見ぬアマゾン河の光景や水と木々の匂いが私を包み込んで行く。こんなことなら抹茶ラテではなく、ケニア(コーヒーの種類)をオーダーすれば好かったかしら…。

 

 

MeandresdufleuveAmazoneautourdeManaus

 

日常と音楽の隙間に聳え立つアマゾンの深い森林は、私を強引に引き寄せようとする。微かに…、嗅いだことのない種類のコーヒーの初々しい香りを感じ、振り返ると私の中に共に棲んでいる御神木の精霊のオリジンが空に枝を大きく広げて泣いている。

物理的に今直ぐにアマゾンに飛ぶことが出来ないから、魂だけでも共に、旅を…。

 

丁度上に添付した写真のように、深い緑の水面に青い空が映り込み、これでもかと言う程の高い湿度で迫って来るけれど、なぜかその中に呑み込まれてしまいたいと言う不可思議な衝動が湧いて来る。
そう、これは私の感覚ではなく、精霊 オリジンの記憶に触れたから発生しているもう一つの記憶のように、私を知らない過去へと引きずり込んで行った。

だけど私は相変わらず普通の生活の中に在り、今まさにカフェの隣の席に初老のご夫婦が談笑しながら海外旅行の計画を練って居る。真横に居る私がアマゾンの森の香りと映像に包まれているとも知らずに隣からは、シンガポール七泊八日の旅のパンフレットを読み上げている女性の声が抹茶ラテの中へと溶け込んで行く。

 

日常と、非日常。私はその、視えない境界線を常に往復しながら、一見普通の人のように暮らしている。

 

さぁ。そろそろ夕食の買い物をして、帰らなきゃね。
そう言うとオリジンが緑色の大きな羽根を、少しだけ畳んだ。最近は私を上手に日常に送り届けてくれるようになり、私の精神状態を徹底的に穏やかにキープしてくれるようになった。

 

お盆。色々な元・人や、亡くなった知り合いが此方の世界に帰って来て居る。でも私は毎日がお盆のようなものなので、特別何かをする… と言うことはない。
過ぎ去る時、過ぎ去る毎日を大切に過ごすこと。それが此方の世界に生きる者の使命であると常に感じ、その感覚の中にシンプルに生きている。