Info. (固定記事用)

おすすめ

氏名: Didier Merah (ディディエ・メラ)
職業: 芸術家, 作曲家, 音楽評論家, 企業戦略アドバイザー、預言者, コンタクティー, テレパシスト 他。祈る人
音楽家/ 芸術家としてこの星の転生した、リラ星最後の巫女。

芸術家 Didier Merahとして活動。ネット配信を主軸とし、自作曲を多数配信。
自身のポリシーによりコンサートやライブ活動は一切行っていませんが、近い将来生演奏の機会が訪れるかもしれません。
数年以内に自作曲をまとめた楽譜を出版する予定あり。書き譜曲の出版も予定しています。
 

コンタクティーとしては主にプレアデス星人やグレイ星人達と、交流を深めています。コンタクトの過程で知り得た情報は非公開だが、文字の代わりに音楽で預言を多数残しています。
Spotify/ 各サブスク~YouTubeのアーティストチャンネルより、私の音楽を辿って下さい。

YouTube: https://www.youtube.com/@Didier-merahJp
Spotify: https://open.spotify.com/intl-ja/artist/6bOxfoX8SPLsgRYFAVRlbQ?si=g3fFX0ueRFC632SXBhh0Hw
YouTube Music: https://music.youtube.com/channel/UCZGzoyz82MP6QKhpV8oFnrg?si=QriCpKH80ouGUGpq

 

ディディエ・メラへのお仕事依頼は、info@didier-merah.jp 迄お寄せ下さい。
仕事内容はラジオ番組等の「選曲」を始め、音楽評論、コラムやライナーノートの執筆等多岐に渡ります。
尚、飲食店舗用のプレイリストの作成にも応じます。プレイリスト作成価格に関しましては、メンテナンス等を含み月額制とします。
各ご相談は上記メールアドレス迄お寄せ下さい。

『X』のメインアカウントが凍結された為、現在稼働中のSNSは、以下になります 。(Facebookは連絡用に稼働しており、現在投稿は停止中。)

Threads: https://www.threads.com/@didiermerah
note: https://note.com/didiermerah
Facebook: https://www.facebook.com/didier.merah.2019

 

2026年7月後半の日記まとめ

【26/07/19(日) 『カフェオレ』】
 特にこの半年間やたら頻繁にお腹を壊すようになり、その原因究明の果てに、どうやら浅煎り豆のコーヒーに含まれるクロロゲン酸が原因である事を遂に突き止めた。深煎りコーヒーは胃に良くないと思ってずっと避けて来たのだけど、それがむしろ腸に負担を掛けていた、とは‥。

 先週ようやく深煎りコーヒー豆を入手したので、それでカフェオレを作って飲んでみたところ、腸への干渉は全くないことが判明した。浅煎りコーヒーを飲んでいた間は就寝中でも30分から一時間間隔でトイレに起きていたのだが、それもピタリと止んだ。多少便通には支障はあるものの、許容範囲内である。しかも仕事も捗るし。

 スマホゲームの最中に度々見掛ける『コーヒーダイエット』、あれは結局クロロゲン酸で大腸に強く干渉し排便を促す飲み物だった訳だね。ダイエット中とは言え、うっかり手を出さなくて本当に良かった。
 この半年間水下〇がホント続いて続いて辛かったけど、これで一つ答えが出たので安心した。
 

【26/07/21(火)】
 昨夜遅くに又もやお腹を壊す‥ が、これが何だかおかしい。下りそうで下らない、出る物自体は通常の腹痛。『圧』かもしれない。
 予定していたシャワーやら入浴やらスキンケアを全部すっ飛ばして、兎に角布団に入る。とは言えなかなか寝付けずに途中何度もトイレに立ち上がり、ぼやけたような夜が終わる。

 明けて26/07/21 朝。朝活とも言える歌詠みと川柳/俳柳の作句を済ませる。まるでパンにバターを塗るように、最近はこのルーティーンが完全に染み付いた。
 音楽家なのに一日の半分以上を文字の海で過ごし、残りを音の大地で過ごして行く。言ってみれば両生類か私は。出来れば来世以降も人間のまま転生したいものである。

 はっ!!!ふと結社『かばん』の締切日を過ぎたことに気付く‥ が、未だ大丈夫だった。あと1ヶ月間の猶予が残されていた。
 ふぅ焦ったぞまったく。それで無くてもSNS『X』の仕様変更で、この連休中はあたふたと過ぎてしまったと言うありさまだ。
 タイムラインの表示も不安定で、何度ポストしても絶対に表示してくれない短歌が一首。流石に諦めたよ。うっかり何度もポストしたことで、シャドーバンとかなってしまったらメインアカウントと同じ末路を辿るだけ。
 
 とは言えXがこんな状態なのにみんな、Blueskyには来たがらない。頑なにクオリティの低いXにしがみつくあの根性は、一体どこで培ったのだろうか?と疑問に思う。
 お一人だけ昨日川柳関連からBlueskyのアカウントにフォローを頂き先方からご挨拶があったが、スタンプだけ置いてコメレスは回避した。ベチャクチャお喋りをするアカウントにはしたくないので、先方の熱意を推測して対応を都度都度考えるようにしているので悪しからず。
 

【26/07/22(水)『NewJeansと株価の大荒れ』】

 7/22、ダニエルを除くNewJeans、4名の動画がいきなり公開されて驚いた。進捗かとも思ったが、最近ふくよかになったハニが余りにも細すぎる。
ネット上では「おそらくこれは過去に撮り貯めておいたVを編集し、ダニエルのヵ所だけを切り取ったものではないか?」との憶測がささやかれている。
私も同感。

 それより株価が大荒れ状態だ。今日一日で物凄い額の変動があり、今月もあまり増収は期待出来ない。ま、マイナスにならなければOKと言うことで納得する。

 昨夜は長時間短歌やら川柳/俳柳の投句記録を整理して、その合間に川柳の新しい結社を探したり川柳関連の投句をササっと片付けたりで、かなりの長丁場だった。腰痛来たる。そのまま朝を迎え、一睡もしないでお昼まで覚醒しっ放しだったので、ランチに味噌ラーメンを啜ってそろそろ本格的な睡眠を摂らなくてはいけない。

 目がショボショボで頭が全く回らない。あぁいつものことか(笑)
 

【26/07/23(木)『F/F整理』】
 数年前にXの、雑談専用サブアカウントの「相互フォロー」で繋がったユーザーを、片っ端からフォロ解している。
おそらくどの「相互フォローアプリ」が現在は全く機能停止になっているので、多くのフォロワーは未だ私のフォロワーと繋がったままになっている。フォロー/350強に対してフォロワー/4,000人強の状態。

 Xの状況が刻一刻と変わって行く。SNSに日々の活動を依存してはいけないし、そういう過去の私を少しだけ叱ってみる。
 反省点は山積しているけど、当時はそうしなきゃSNSで自分を自立させる方法も思い付かなかった。闇雲に相互フォローを増やした時代の、あの空気がこのところ一気に変わった。
 相方も数千人の相互フォローを一気にフォロ解し、現在は私の雑談専用アカウントと、七澤銀河の二人だけをフォローしている。ちょっとした人気者の風情をXでは漂わせているから面白い。

 私のメインアカウントは現在も凍結路されたままになっていて、きっと将来的にその状況が改善されることはなさそうだ。
 無人SNS。AIに全ての判断を一任しているSNSのなれの果てが、最近のXかもしれない。

 そう言えば少し前にXにポストしたXの近況を詠んだ川柳を解説した方が現れて、その解説の内容にはちょっとビックリした。好きな柳人のお一人から頂いたレビューと解説文だったのでワクワクしなから読み進めては行ったけど、何やら先方の分析がトンチンカンでかなり吹いた。

 現代川柳ヤバいんじゃないかな。古典と基礎を踏まずに現代川柳界隈に流れ込んで来た人たちが柳人を名乗り「選」なんかヤっちゃうもんだから、後から来る人たちがそれを真似て荒れているように見える。
 幾つか結社とか川柳社のような場所に潜り込んで様子を見てはいるのだけど、自分の感性が毒されないように気を付けなければいけないと最近ピリピリしながら周囲を伺って色々詠んでいる。

 Xの雑談専用(兼 時々音楽関連)アカウントのF/F整理は、あと少してテコ入れを要するかな。本当に私を好きな人たちだけを、最終的には残して行く予定。
 片思いは徹底的に無くす方向で、バッサバッサと斬って行きますぞ。
 

【26/07/24(金)『無気力な人たち on SNS』】
 川柳関連で繋がった人の中に数名一歩先に進んで話してみたいと思った方々が居たので、先日試験的に話し掛けてみたところ、数回に渡って「ありがとうございます。」とだけリプがあり、それ以上の話題に進展するには壁が冷たかった。

 相手は人間だよね?
 多くのSNSのリプを見ていると、人が書いたものには見えない。まるでAIからのリプを読んでるみたいで、正直萎えました。

 ご挨拶とお礼だけでは会話にならないのよね。先方の方々は無難に、文字上での失敗を回避しているつもりだとは思うけど、それでは上っ面以上の何ものにもなれないと個人的には思うのよ。
 でもきっと怖いんだろうね。
 一度得た人気を、弾みで失いたくないんだろうね。

 イエスマンにも満たない、何もしない人々。戦うこともなければ疑問を感じることもなく、本気で人と向き合うこともせず、ニソラニソラと薄ら笑いを浮かべて当たり障りのない言葉だけを放つアンドロイドのような人たちが、最近本当に増えたと思う。
 そういう人たちとはソリが合わないので、話をサクサク切り上げるに越した事は無さそうね。
 

【26/07/25(金) 『「Milonga del Angel by Pablo Woiz」を聴く』】

 夏になるとタンゴを聴きたくなるのは何故だろう。
 昔々は毎日のようにタンゴを弾いていた時期もあったけど、あくまでそれは伴奏者としてのことだった。ピアノソロでタンゴを弾くことは、当時の日々の活動の中ではなかなか困難だった。何故ならば、ゲスト歌手のレパートリーを奪ってはいけない縛りがあったから。
 
 久々にピアノソロのタンゴを聴く。Pablo Woizはタンゴはご本家、アルゼンチンのピアニスト。肝心のアルバムは‥ と言えば色々と、私の個人的な感性からすると言いたいこと満載だ。
 例えば一番美味しい盛り上がりの場面でピアノの打鍵が強すぎて乱暴になってしまうだとか、ピアノの粒の立ち上がりに意識過剰な印象を受けたりだとか‥、まあその辺りはやはり音楽家/音楽評論家としては辛口評論にならざるを得ない。
 
 話は変わり、どうやら葛のイソフラボンのサプリが合わないらしい。ホルモンバランスが崩れるのか、肝心な箇所に時折痛みが発生する。そもそもダイエット目的で始めたサプリメントだったが、この辺りで止めた方が良さそうだと直感した。
 何を食べても付きやすいので、本当に困る。最近は日に一食半をKeepしており、その状態でようやく体重を維持している。だが正直、スタミナが足りていないので、起き抜けのシャワータイムの後に立ち眩みが頻発する。水分補給で何とか生き延びているが、何か対策を考える必要がありそうだ。
 
 週末土曜日は音楽の作業に追われた為、休歌日と相成った。
 

【26/07/28(火) 『預言』】
 朝からシャキッと作業に入るが、身体の妙な場所に神経痛が出て精神的にかなり負担が。
考え過ぎてもアレなので、川柳社「満天の星」より依頼されていた原稿を仕上げて提出する。

 短歌/川柳共に複数の結社に参加しているが、早くも離脱を決めた結社がある。それについては公に出来ないが、その結社の冊子やwebページに魅力を感じられなかったりTopが古いタイプの人だったり‥ と言うスペースからは、早々に退去を決めた。
 会費が発生しているものだから躊躇もあるが、余り複雑な人間関係が発生する前に早めに行動するのがわたし流。可能な限り捨て句を出したくないので、その辺りは徹底してサスティナブルを心掛けて行きたい。

 夕方、熊本県で大きな地震があった。周辺もかなり揺れたらしいが、神界は既に別のあの場所に注視している。
 今は夏休み。人々は「騒がない日々」を送れない。連日遠距離を移動して、容赦なく地球を汚す。地球はそれを嫌がっているので、もしかするとそれなりのブーメランが返って来る可能性を否定出来ない。

 こんなことは堂々と口には出来ないので、そっとメモ程度の予言に収めておくこととする。
 

※この記事はSNS/noteと同期投稿にて。
https://note.com/didiermerah/n/n2d5984438034?app_launch=false


関連記事:

新表現形式「俳柳」30句公開 【七澤銀河】

HR.001 神々と夜更けに燻す初鰹

HR.002 千年の都市伝説を覆う藤

HR.003 星々はミサイルの尾を絡ませる

HR.004 霊魂を分け合いながら手を繋ぐ

HR.005 南国の小鳥の歌が止んだ朝

HR.006 綿雲を積み上げ眠る世界地図

HR.007 どこからが夏風邪なのか星に訊く

HR.008 神棚に月を飾った丑の刻

HR.009 釣り鐘を空に仕舞ったピアニスト

HR.010 黒海を駆け抜けて行くアラベスク

HR.011 亡霊を追いつめて行くワンコイン

HR.012 体内に火星時刻を持つ少女

HR.013 僕たちはアンビバレンスを認め合う

HR.014 純白の手紙を燃して埋めた午后

HR.015 鞄から虹がこぼれる音階で

HR.016 月に蒔くポトスの蔓で埋まる壁

HR.017 押し黙る羽《はね》を捥がれたアゲハ蝶

HR.018 回らない観覧車みたいなベッド

HR.019 水の星 雨を産卵する地球

HR.020 フラジャイル 人は仮病と言うけれど

HR.021 サーカディアンリズムが消える月曜日

HR.022 風が鳴る 南南西の上手《かみて》から

HR.023 ダンサーは輪舞しながら降りて行く

HR.024 エスターテ日時計をまた巻き戻す

HR.025 咳をする夢の残りを燃すような

HR.026 雨おんな前世の君は雪だった

HR.027 エミューの背 牛蒡の風が立ち上《のぼ》る

HR.028 神獣《しんじゅう》の役目を担うコハクチョウ

HR.029 ギターラの渇いた土を削る音

HR.028 神獣の役目を担うコハクチョウ

HR.029 ギターラの渇いた土を削る音

HR.030 恍惚と手首を伝う麝香鹿《ジャコウシカ》
 

**** 七澤銀河 ****

上記俳柳は先にSNS: に公開したポストをまとめたものです。noteで読まれる方の為に、同じ記事をnoteにも同期掲載しておきます。

 

関連記事:

 

note版:
https://note.com/didiermerah/n/n2f5b59502076?app_launch=false

2026年7月前半の日記まとめ

【26/07/09 (木)】
或る短歌コンテストへの出詠を済ませたのが7月1日、そこからやや燃え尽き症候群のような状態に陥る。
そりゃそうでしょ、半年強温めて育てて途中何十回も推敲を重ねてようやく仕上がった50首だから。

体調不良がなかなかに長引いていて、その不調の箇所が若干嫌な場所なので精神的にオチている。
でもこういう時こそ気丈さも必要。
余り深く大袈裟に考えないことも大切なので、睡眠の力を借りて思考をリセットして行くことに決めた。

友利新さんの美容チャンネルが面白いので時々視ていると、そこで紹介されたローション等が欲しくなる。
でも顔は一つしかないわけだから、今使っているローションと美容液を一先ず使い切るまで我慢我慢。

今年に入ってからはエンビロン推しに転じた私。兎に角肌質が劇的に変わる。
レチノールが肌に合っているのだろう。
エンビロンの製品は他社製品を混ぜない方が効果が出やすいので、朝/晩にスキンケア商品を二分して使っている。
朝は主にSK-Ⅱ、夜にエンビロンその他少々。

眠る前に歌を詠まないことに決めてから、少し寝付きも良くなりつつある。
やはり歌詠みは緊張を強いられるからだろうか、眠れなくなるので、作歌や作句は朝が良い。

 

【26/07/10 (金)】
月一、歯の定期健診。歯では幼少期から悩まされ歯並びに障害を抱えている為、年々具合が悪くなる。
それでも今の担当医の粘り強さで救われている部分もあり、いつかはどうにかなることを踏まえた上で日々徹底的に磨き込んでいるので、悪いなりに成果が出ている。

担当医が私のストイックな性格を最近はよく理解してくれるので、まあまあ‥ いい感じですよと宥めてくれる。

体調不良は真っ先に歯を攻めて来るから、最近は兎に角無理はしないと決めている。
ちょっとでも不調を感じたら、直ちに布団に潜り込む。

健診の帰りに久々の空腹が訪れたので、最寄りの焼き肉店に寄って肉を焼く。
味も香りもたまらない。想定以上は食べただろうか。
ついでにケーキもお腹に放り込む。
完璧な一日であった。

 

【26/07/12 (日)】
予定していた作業の2/3を済ませたところで、残り1/3の予定を変更して川柳家/八木千代さんの「椿抄」を読み進めて行く。
最近手の感触からの読書にハマっているので、鍵ブログに同時に書写をする。

黙読、音読、そして書写。この連携で自身の中に独特の感覚が備わって行く。これは作詞も訳詞も同じで、書いてみたものが歌ってみた時に壊れてしまうことも多々あり、その残骸を拾い集めながら再構築される歌もある。
同じことが短歌や川柳にも言える。

八木千代さんの句は、先に触れた鈴木節子さんの句集とはまた違った趣きと破壊力があり、両者各々潔く美しく高貴な印象を受けた。

ここ半月程続いている体の一部の痛みが、衣服の接触によって引き起こされている可能性に付け加え、サプリメントの一部が体内でバグを引き起こしている可能性を何となく突き止める。
一先ず一時的にそのサプリの服用を止めることに決めた。

 

【26/07/14 『居ない人』】
7月13日はフランス革命記念日だが、私の過去職の同業者たちは間もなく始まる「パリ祭」のリハーサル真っ最中だ。
今年は例年になく革命記念日の当日から少し経った7月22日/7月23日に、文京区で開催されるとの話。
日本のシャンソン界を牽引して来た大御所たちは皆あちら側に旅立ち、和シャンソン二世が頂点に君臨する今のシャンソン業界には華々しさと威厳が欠けているように見える。

友人の高木椋太氏もパリ祭の常連歌手だったが、今年はあちらの世界からそっとコーラスで参加しているのだろうか。
連日私の夢枕で歌っている彼も、お盆を過ぎたら再び眠りに就くのかもしれない。それまでの短く熱い夏を存分にこちらの世界で謳歌して欲しい。

彼の為に詠んだ歌は正直何のひねりもない歌になったが、祈りとは本来そういうものだ。
直球で心を込めて世に放った。
川柳「満天の星」のweb句会、今回はスルーする予定だったが或る人のアドバイスもあり、用意しておいた歌を放流した。
此方も何のひねりもない句だが、分かる人には分かる川柳にはなっていると思う。
 

 

【26/07/16 『霊能者と歌人の両輪を動かずことについて』】
真夜中にふと火星をモチーフにした歌を詠みながら思う。
七澤銀河のプロフィールにあえて「霊能者」と「祈る人」を持ち出したことの理由について、あらためて考察する。
そういう人種を忌み嫌う人たちが一部存在することを知りながら、あえてその経歴を歌人のプロフィールに付け足すことの理由について。

私に出来ることがあるとすれば、その一つとして霊的な世界やその世界観を可視化して伝えることが挙げられるだろう。
宇宙観や心霊世界を「視る側」ではなく『視せる側」の視点で歌う短歌や川柳、そういうものがこの世に一つぐらいあってもいいのではないか?

私はあらゆる宗教を否定はしないが、その宗教の根幹に在るものは見極めるし見逃さない。
テロリストを増産している宗教にはそれなりの認識と危機意識を持たなければいけないし、表向き「緩さ」を謳っていても心臓部分には何が潜んでいるのか?等の分析も含めて、直感と理論或いは思考や分析の全輪を働かせたところに本物の霊感が初めて作動すると思っている。

この観点は絶対に外さない、だからこそ持てる視点で歌を紡ぎたい。
それは七澤銀河にしか出来ないことだと、正直自負しています。
 

 

関連記事:

https://note.com/didiermerah/n/n93192e5b1071?app_launch=false

基本と破壊、そしてジャッジメント

この頃は、短歌や川柳の作句や出詠の締め切りにかなり追われているわたくしです。当ブログの更新がなかなか進まず、申し訳ありません。

早速今週末の「世界の音楽」、新譜チェックを進めている最中ですが、最近「壊れた音楽」が異常なまでに増えた気がします。
ここで言う「壊れた音楽」とは、基本を踏まずに破壊行為に走ったものを意味します。これは短歌や現代川柳にも同じことが言えるかもしれません。
勿論現代音楽はその最たるものと言えるでしょう。様式美を逸脱したのではなく、そもそも様式も基本も無視した表現ですから、概ね冒頭に「現代〇〇」‥ と付くものに触れる時には注意が必要です。

基本を踏まずに壊れたものは、ただのガラクタだと私は思っています。ガラクタにはガラクタの価値があると言う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。
利用価値がなくなったものを「ガラクタ」と言うのであり、この世にガラクタ同様に生み出されたものには悲壮感と絶望しか感じない、これは正常な感覚ではないでしょうか。生まれた時に既にガラクタである状態が、完成形なのですから‥。
 

 
言ってみれば、SNSはガラクタの温床と言っても過言ではないでしょう。そんなSNSにかつては私も埋没し、情報の多くをSNSで受信し、その真偽を確認することもせずに勢いにまかせてシェアや発信をし続けて居たことを思えば、人の事は言えません。
 
ですがその危険性に気付いた今だからこそ、過去からの学びを発信するのも又責任と言うものでしょう。
自身の過去の反省点は、必ずあるべき形に戻す為の回収をする、これが私のポリシーです。
 

スピリチュアルも音楽も政治も、そして短歌や川柳のみならず現代詩の世界も美術家界隈に渡る隅々までガラクタは蔓延しており、それもこれも各業界に於ける評論家が激減したことも大きな要因かもしれません。
医療業界や美容業界を見てもこれは同様で、法整備に抜け穴だらけの法や薬機法等に縛られた専門医が自由に発信出来ない反面、美容ライターのような存在が「好みと合うもの」を良品として紹介する記事を書いている状況があります。
 
勿論音楽業界でも同じことが多発しており、発信者自身の好みを問わず目の前の作品を虎視眈々と評価する行為に及んでいるようには見えない、虚実混交とも言える情報が蔓延しています。
多くの人たちは真実を知りたいと思うが余りにヒステリックに、或いは衝動的に目前の情報にうっかり同調したり反撃や罵詈雑言に及んだり、そういう状況が当たり前に私の視界に広がって行きます。
 
最近は現代川柳の句会等を頻繁に覗いてみたりもしているのですが、川柳の原点とも言える「粋さ」の無いただのダジャレの文字列合わせに奔走している柳人(川柳作家)がやたら目に付きます。
ですが彼らの多くは、それが川柳としての基本を踏んでいないことを知りません。上手に言葉を捻っておけばその句は成功だと言う勘違いをしており、そういう自称柳人(比較的若い層に多いかもしれません)が「選」を担当し、句会に出詠された多くの句に点数を付けて良質な句を捨て句に追いやって行く現象に、私はある意味失望を感じています。
 
音楽も同様、美術界隈も舞踏も皆一緒かもしれません。本物とガラクタの見分けが付かない人たちが、ふとした弾みで「プロ」や「専門家」を名乗れてしまう時代が、まさに今の悪しき状況でしょう。
 
今週末はリリースされた音楽の質が低いものが多く、各々が自力で良質な作品に出会う道筋をガラクタ作品が完全に塞いでいるように感じました。
なので私はなるべく、そのガラクタをどけた良い状態に整地した音楽環境を各プレイリストに提示しています。
自作品でもないのにここまで力を入れて活動しているには私なりの理由と、リラ星最後の巫女としての責任を感じていることの両方がその理由です。

SNSやこのブログ、そしてサブブログディディエ・メラの音楽倉庫からの進捗がなかなか捗らない現状ではありますが、水面下で私は実生活の充実と立て直し(転居等を含む)を試みている最中です。

未だ作成段階で温めている最中のPLを、下に貼っておきます。今週末の更新は終わっていないので、時々PLを覗いてみて下さい。
 


New Life, Next Life

前記事の更新から早くも一ヵ月弱が経過したことになりますがその間、私は第二の生活の準備を慎重に進めていました。
頻繁に体調を壊し高熱と微熱の乱高下に悩まされながら今日に至りますが、その理由がシュールな(つまり霊的な)ものが要因だと今朝判明し、むしろ少し気持ちが楽になりました。
 
既に実家の家族全員がこの世を去り、私の旧姓でもある「山田家」は私一人がこの世に生きていることになります。それを快く思わない人たちが親戚や実母や実弟に関わった人たちの中にも複数いることは重々承知していますが、それは私の非ではなく先方の大いなる誤解に基づいた行動と歪んだ判断、排除意識の側にあったと私は認識しています。
私の今の人生の運行を考えると、それらはさして大きな問題でも障害でもないと感じています。それはこの数年間で私が、少しだけ成長した証しかもしれません。
 
最愛の夫、そして愛する神々や神獣たちに囲まれた日々は、人に話すには突飛なことも多々ありますがとても穏やかで豊かで、何よりスピリチュアルな観点で様々な学びを得られることが本当に幸せです。
 

 
新居への引っ越しの準備は少しずつ、少しずつ進んでいる最中ですが、なにせこの戦争、このご時世の中での挑戦的な行動は慎重にならざるを得ません。
 
特に今年は短歌、俳柳、そして現代川柳界への進出に忙しくしています。
「詠む」と言う名の執筆、その数は日々膨大です。一句、一首を生み出すにあたり数十から数百の言葉の帯を叩き出し、それを数日間寝かせてから放って行きます。
特にこの夏には50首連作の出詠を控えているので、殆どの時間を書斎で過ごしています。
 
某所からのご質問のメールを頂戴していますのでこの記事に、あえて記しておきます。
 
私は「予言(預言)」の大半を既に自作のピアノアルバムに録音の上配信している為、今後当面の期間の新譜のレコーディングを予定していません。
自分が放った予言の流れ、その結果の片鱗を先ずはこの目で確認したいと考えているので、世界の次の大きな転換期に差し掛かるまでは音楽作品を作らない方向性で気持ちが固まっています。
それ程に、世界は今後混沌とした時代に入って行くので、その過程で起きる様々な(時代の)闇を音楽に残すことには余り乗り気ではないからです。
 

・世界の混乱、それにともなう異常気象による人口減少、さらには国家の消滅等(一部欧米文化の衰退を含む)。
・既に当ブログでも告知していたK-Popの衰退(これは現行で形になりつつあるようですが)。
・宇宙系陰謀論に関連する嘘が暴かれ、その一部が実世界に刻まれること(これについては某銀河連合の特使を名乗る人物の、ある意味いい加減なでっち上げが形になりつつあります)。
 
そして何より私が自身のアルバムに収録した曲『Empty Throne』、つまり『空(から)の玉座』が複数個所で近い将来、現実のものとなるでしょう。
此方は余り喜ばしいこととも言えないので当記事でのこれ以上の言及は控えますが、上記に記載しただけでも推測した段階では全く影も形もなかった現象が現在では、誰でも見えるニュースとしてこの地球上で確認することが出来るようになりました。
 

 
人の世界を動かして行くのは、マンパワー以外には考えられません。
ですがそのマンパワーの原動力として、スピリチュアルな感覚が絶対必須です。
スピリチュアルは現実と必ず同期して現象として表れることが「正確性」の条件であり、そこに「たら」「れば」を挟む余地等ありません。
逆説すればそれは「祈り」に形を変えた念とも言えるわけで、こうなって欲しい、こう在るべきだと思うこと、それを祈り続けることで現実をそこに近付けることが可能だと言えます。
なので、祈る人自身の重責は計り知れず重いのです。
 
多くの現在のスピリチュアルやスピリチュアリストの言葉や発信は、上記の「正確性」「現実性」の条件を満たしていないのも又現状です。
現実の現象と無関係な観点で「どう思うのか、どう感じるのか‥」 に固執し依存しているから、むしろ目の前に示されているサインや暗示を個々が完全に見逃しているとも言えるでしょう。
 
多くのスピリチュアル関連の人たちは、現実と感覚を切り離して考えているのかもしれません。スピリチュアルなことが現実であってはいけない‥ と言うような歪んだ空想に強く固執している原因は、人生スキルの取得やその厳格なプロセスを回避したことに他なりません。
職業スキルや学歴等、何一つ取得した経験すらない人にスピリチュアルを語れるはずがありません。ましてや人の人生に干渉するなど、もっての外です。
現実は過酷です。何をするにも人の目、人の審査を経る必要性が生じます。もしも人の審査を経ずにその先を急ぐのであれば、それは生まれつきの天才か或いは複数の過去世の経験から成る陰徳を積み重ねて持っていることが、条件として求められると私は思っています。
 

私は上記の条件の両方を持って生まれて来た為に、今世の半生は散々な目に遭い人の世界を排除され、実際に死を考えたこともありました。
ですが持って生まれた才能とも言える「音楽」が形を変え手を変え、私を常に助けてくれました。さり気ない形で私の前途に道を切り開いてくれただけでなく、親族の家庭外排除の期間中ずっと私を支えてくれたのが「音楽」だったと言っても良いでしょう。
そしてもう一つ、夫に出会うまでの私を支えてくれたのは「言葉を持たない動物」の存在でした。カラスのミーナ、猫の「ともや」を始め最近ではウサギの一代目「桃樹」、そして二代目の「マイケル」とそれは続きました。
 
二代目のマイケルの最期は実母の不自然死の時期とも重なり、元々神経症を持って生まれて来たマイケルに私はむしろ普通のウサギであるように自然に育てて来たつもりが、最後の最後で母の霊体が私の宿敵であることをマイケルが察知し、母の霊体を粉々に粉砕した直後にマイケルは永眠しました。
 

 
私に出来ることは何か‥。それは何も音楽に限定することはないと、最近感じています。
作詞家として、訳詞家としてのやり残しもあり、今のところはそのエネルギーを短歌や現代川柳、そして自ら立ち上げた新ジャンルである「俳柳」に全振りで注ぎ込んでいます。
最初はSNSをその主な発信媒体と考えて毎日かなりの分量の短歌や川柳をX等に放って来たのですが、やはりそのままでは先には行けないことをある時から痛感し、そろそろネット歌人/ネット柳人を終了しなければいけない時期が到来しているのを背中にひしひしと感じています。
 
私は人の審査を好まないので、これまでの音楽活動同様に私特有の路をここからさらに歩んで行くことになると思います。
私の霊体が持っている情報、知っていることや経験値と同じだけの経験を積んだ人は、他に居るとは思えないからです。
 

今後暫くはSNSでの発信は激減すると思います。
ただでさえXのメインアカウントが凍結されたまま現状も改善されないので、当面のメインのSNSはBlueskyに限定して活かして行くことになります。

音楽家・芸術家/ディディエ・メラ、そして歌人・柳人/七澤銀河共にBlueskyで検索出来ますので、興味のある方は是非そちらまで足を運んで下さい。

ディディエ・メラ: https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social
七澤銀河(短歌/俳柳/川柳): https://bsky.app/profile/ginga-nanasawa.bsky.social
 

最近作業用BGMにブラジル音楽を聴くことが多く、自身のPLにそのカテゴリーを追加しました。
まだ現在育てている最中のPLにはなりますが、よろしければ是非使ってみて下さい。
 
『🌴Saudade 2026’』:

LE SSERAFIM 新譜 ‘BOOMPALA’ OFFICIAL MV に潜む危険な状況

2026年5月22日に公開されたLE SSERAFIM の新譜 ‘BOOMPALA’ には、非常に危険なシグナルを感じずにはいられなかったので、その旨今回は本ブログに執筆したいと思う。

先ず、音楽評論ブログ「ディディエ・メラの音楽倉庫」にて、2026年5月22日の記事LE SSERAFIM (르세라핌) ‘BOOMPALA’ MV TEASERでも少し触れたように、LE SSERAFIMの新譜 ‘BOOMPALA’ の作詞/作曲両方のクレジットが判然としない点は、実際にMV及び楽曲が公開されたことによりむしろ明確になったようだ。
 

 
ル・セラフィムの新譜 ‘BOOMPALA’ とLos Del Rioの ‘Macarena’ のクレジット欄を実際に確認したところ、以下のようになっている。
 

Macarena’ (Los Del Rio) :
Antonio Romero Momge / Rafael Ruiz Perdigones:作詞 / 作曲
出典元: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%8B%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%8A

‘BOOMPALA’ (LE SSERAFIM) :
Writers:Thom Bridges, Justin Tranter, Eren Cannata, SCORE(13), Megatone(13), “hitman” bang, JBACH, Celine Polenghi, Orion Meshorer & BLD
出典元: https://www.kkbox.com/tw/tc/song/4o9ECx-KtWt5m6OSoa

 

 
‘BOOMPALA’ の楽曲冒頭及び後半では明らかに Los Del Rio の ‘Macarena’ の楽曲をそのまま歌唱している箇所があるところを見れば、同曲(‘BOOMPALA’)のクレジット欄に当然のこと ‘Macarena’ の原作者である [Antonio Romero Momge / Rafael Ruiz Perdigones] 両者の氏名が記載されていなければならない筈だが、その記載は現在 (2026年5月23日) のところ見られない。
 

 

 
次いで気になった点が二点あったので、以下に列挙する。
 
・一点目は動画の随所に現れるヨガのポージングの映像と、それにともなう他の映像が、先に別のアーティストである藤井風の楽曲及びPV『It’s Alright』のテイストとかなり似ている点。
・二点目は歌詞に、「瞑想」「チャクラ」‥等のスピ系用語とも重なる、ある種の宗教性を想起させる用語が乱用されている点。

上記両方の点を重ねて見ると、やはり藤井風の『It’s Alright』の影響を強く受けた関係者がル・セラフィムの新譜 ‘BOOMPALA’ の楽曲の制作に、かなり深く関わっていると疑わざるを得ない。
 

【’BOOMPALA’ 歌詞より抜粋の和訳】

引き波に揺れる波みたいな気分
「永遠」なんてものは もう手放すの
私はちゃんと 解き放たれたの
どんどん 夢中になっていく
これ以上ないくらい 本当の自分と向き合ってるの
自己愛がママなら 私はその子ども
毎日 心を無にして瞑想するの
 
(中略)
 
胸の奥 心を叩くようにリズムを刻んでる
自分自身を愛しながら 私は進んでいくの
私の魂のチャクラは 眩しいくらい輝いてる
ナマステ ナマステ 私はこのまま目覚め続けるの
 
胸の奥 心を叩くようにリズムを刻んでる
信じるのは自分だけ 私が切り開いていくの
私の魂のチャクラは 眩しいくらい輝いてる
ワン・ツー・スリー さよなら
 
Boompala boompala boompala yeah ‥‥
 
https://mizuki87.net/k-pop/le-sserafim-boompala-lyrics/

  

【It’s Alright(藤井風)/ 歌詞】

母なる大地は私の愛し子
父なる太陽は私のまなこ
この世は私の思わく通りに
今日とて可愛く回っています
 
Come, cry ur heart, cry ur heart out
Here in my arms, in my arms like
Ah ah ah ah ah ah ah ah
God is inside, is inside us
This is our time, is our time, thus
Sooner or later, we better know that
Everything is gonna be alright

It’s alright…

It’s all, right
Give it up, kama
Bring it on, Prema
 
(英語部分 和訳)⇩
 
さあ、思いっきり泣いて、泣き尽くして
私の腕の中で、私の腕の中で
ああああああああああ
神は私たちの中にいる
これは私たちの時間、私たちの時間、だから
遅かれ早かれ、私たちはそれを知っておくべきだ
すべてはうまくいく
大丈夫… すべて大丈夫
諦めて、カーマ
さあ、プレマ
https://www.uta-net.com/song/390656/

 
藤井風と言えばサイババ二世のステルス布教で現在かなり騒ぎの元になっているが、藤井風の『It’s Alright』では実際にかなり気持ちの悪い映像が続く。
その宗教性をリスナーに強引に洗脳して行くようなテイストの映像がそのまま、ル・セラフィムの新曲 ‘BOOMPALA’ に引用されていると感じたのは、おそらく私だけではないだろう。
 
これは両楽曲共に共通して意図的に、作為的に仕組まれた「特定宗教」に於ける集団洗脳の可能性を(私は)疑わずにはいられない。
 

 
ル・セラフィムの ‘BOOMPALA’ と藤井風の『It’s Alright』、これがほぼ同時に世に放たれた現象に私は強い危機感を感じると共に、この件、藤井風がやれば大勢のアンチが同時に声を荒げて「ステルス布教」だと騒ぎ、ル・セラフィムが同じようなことをしたらファンダムが喜びKpop界が沸き立つ‥ と言うような状況をまかり通して良いのかと、個人的にはこの類似する現象に対しても大いに警鐘を鳴らさなければいけないと危機感を募らせているが、皆さまはどうお考えだろうか?
 

世界の音楽プレイリスト更新に関する雑感

毎週末欠かさず世界の音楽の各PLを更新していますが、このところの戦争の影響もあるのか‥ 大作が少なくなったような気がします。
これは日本国内も世界的にも両方共に‥ と言う意味で。
 
先週末は南米、特にブラジルからの新譜のリリースがめざましい印象がありましたが、どういうわけかブラジル音楽は飽和状態から今ひとつ抜け出せないような印象があります。
 

 
あくまでこれは憶測の域かもしれませんが、アマゾン河流域の火事の頻発その他河自体の枯渇状態が進んでいることも、音楽文化の停滞の大きな要因になっているのではないかと私は見ています。
 
そう言えば私は2020年に『Amazon River』と言う曲を配信していますが、この作品はまさしく私が当時感じ取ったアマゾン河流域ないしはブラジル全体~地球全体の水と自然の枯渇を予知した作品でした。
 


 

2026年5月、第三週目の「世界の音楽」の新譜にはブラジルからの新作がかなりの数並んでいたにも関わらず、全体的に音楽性の硬直を強く感じ、躍動に欠けるような印象を強く受けました。
 
又、とても楽しみにしていたイタリアのSSW/Monica Saenelli(モニカ・サルネリ)の新譜『Duemilaventisei』(邦題: 2026年)に見られるモニカの声質の劣化には、かなり落胆を感じずにはいられませんでした。
おそらく女性特有の要因が重なった末の状況だとは思いますが、であればもう少しミックスに工夫を凝らすか或いは声質の劣化が目立たないような楽曲構成や歌唱表現を誰かが提案する等、対策の可能性は幾つかあったようにも感じますが‥。
 

比較的安定しているのがスペイン勢。
勿論音楽的な躍進は見られないものの、彼らの中で存分に温まったものが必然的に外側に出て来たような印象を受ける楽曲が多く、此方は安心して聴いていられます。
 

 

 
日本からはChouchouの作曲担当であるArabesque Chocheの新譜Three Quiet Peices、或いはRakiaのInner Feelings等の積極的なEPやアルバムのリリースもありましたが、何れも小品が小奇麗に並んでいる印象を越えることはなく、プレイリストにスクラップするには至りませんでした。
 

最近私は「七澤銀河」と言う筆名で色々な短歌や川柳(現代川柳)を編みながら過ごしていますが、それも含めて一つ強く感じていることがあるとすれば、現代の人たちの多くが「悩む」「苦悩する」ことから上手に逃げて生きている点かもしれません。
度々巷で見られる「ポジティブシンキング」の捉え方を間違えているのか、痛みや苦悩、苦痛を「なかったこと」にしようとしているような節が見られ又、そういう現実逃避術を助長するような文言を多く発信している一部のインフルエンサーの悪影響をここに見て取ることも出来ます。
 
文筆面で言えば特にそれは現代川柳の領域に多く見られ、人生を深く感じる前に目の前の何ってことのない題材をあげつらってそれを面白おかしく17文字に斬って行く‥ と言うような、駄洒落でも句でもない日記メモのような状況で比較的安易にネット上に放ってしまうような状況がそこに在るように思えてなりません。
 

これはこの記事に書くべきかどうか、とても悩んだのですが、折角なので書籍のご紹介がてら書き残しておきたいと思います。

先日、卒寿記念に出版された川柳家、鈴木節子さんの句集『無重力圏』を読ませて頂きました。
  

 
これが凄まじく、節子さんのご年齢だからこそ詠むことの出来る迫力の句が当然のような顔で(適切な表現が見当たりませんでした‥)、ぞろぞろと軒を連ねて詠まれているのです。
 
その日まで駄洒落とも、或いは俳句なのか無季俳句なのか或いは川柳なのか現代川柳なのかが判然としない句に多く触れて来たので、私が青春期に参加していたクラブ「川柳部」の、あの「粋さ」ともどこか違うピンボケしたような句に紋々としていた私の視界がようやく正常値に戻ったような、ある種の呼吸と躍動感に触れて、この句集に出会えて本当に良かったと思っています。
(この句集をするりと入手に漕ぎ付けて下さった川柳社「満天の星」月波与生には、この場をお借りして心より深く感謝を申し上げます。)
 

あたかも音楽とスピリチュアル、スピリチュアルと地球環境、或いは地球環境と文字世界が無関係に動いているように一見見えますが、人の営みに無関係なものなど一つもありません。
全てが同期して、連携して成り立っていることを最近痛感しています。
なのでまるで音楽の作業を蔑ろにして文屋の世界に埋没しているように一見、見られている私かもしれませんが、文字の中にも音楽があり、音楽の中には歌(ことば)と生命があり、歌のセンテンスの中には節があり、その節の中には祈りがある‥、全ては私の中で連携しています。
 

さて、世界の音楽の今後の予測ですが、KPopの衰退~敗退もさることながら、フランスをはじめとする色々な音楽文化が一時的に衰退の道を辿ることになりそうです。
世界的な「あの」ワクチン強制接種の遅効性の後遺症等もその要因の一つでしょうし、それによる人口減少が今後の一時的な文化の衰退に拍車をかけて行くことにもなるでしょう。
 
その側面で、例えば私のように「世界の音楽」の紹介や分析、さらには音楽評論と言う形で無形文化財の記録を日夜更新しているような人材は、今後何かしらの切っ掛けで要の人材になるように感じています。
 

先週末に更新した世界の音楽の各ジャンル別のPL(プレイリスト)については、音楽評論ブログ『ディディエ・メラの音楽倉庫』の以下の記事に掲載していますので是非、最新の良質な音楽に触れてみる切っ掛けとして聴いてみて下さい。
 

 
 
※現在「X」のメインアカウントの凍結状態が続いている為、日々のつぶやき及び音楽関連の発信はSNS/Blueskyをメインの公式SNSとして稼働しています。
 

https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social

 

関連記事:

https://note.com/didiermerah/n/n3e9cd4a3bb0d?app_launch=false


【七澤銀河】新ジャンル『俳柳』立ち上げ

かねてから無季俳句と現代川柳の明確な線引きについてかなり調べていたのですが、結局この半年間を費やした結果一人としてその明確な定義をご提示頂けませんでした。
将来的な展望等も兼ね備え、ここに新しいジャンル【俳柳】(はいりゅう)を正式に立ち上げることに致しました。

これには日本神界の面々の意志も加味されており、これは天照大神をはじめとする日本神界が関わった意思表明として捉えて頂きたいと思います。
 

【俳柳】の定義について。
1. 地球環境の変化にともない四季が乱れ、そのことにより俳句のルールとも言われている「季語」が殆ど通用しない時代になりました。【俳柳】の新ジャンル立ち上げにより、季語の存在しない混沌とした現象や物体を用いた表現に対する自由度の拡張を目指します。
──例えば古い時代の季節感が現代に於いてはほぼ通用しなくなっており、加えて現代的な物体(コンビニ/スマートフォン/パソコン etc.)を表現言語に加えて行く際に、かつて誰かが決めたであろう「季語縛り」が俳句の表現を著しく狭めている点に対するルール改善の可能性を、新ジャンル名【俳柳】に込めて行きます。

2. 古川柳と現代川柳に共通するシニカルな表現、或いは社会風刺以外の表現手法の自由度を拡張します。
──川柳独特の感性である社会風刺や、各現象等を斜に構えたような皮肉めいた表現手法ではない、心象描写と川柳独自の表現手法のハイブリッド化の可能性に対し、新ジャンル名【俳柳】はそれを可能にして行く意志を込めています。
 
3. 新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】とは、無季俳句の持つ禅的或いは心の静寂を表現するスタイルに川柳の持つシニカルな表現の断片をハイブリッド化した、多くの表現者が実は必要としている表現手法です。
このジャンルの明確化により、俳句と同時に「現代川柳」と言われている混沌とした表現手法をさらに昇華させ、整理出来るようになります。

 

これまで個人的に調査/言及等を行って来た「無季俳句」と「現代川柳」の相違について、結局明言化されていないと判断し、付け加え俳句のルールとされている「季語」縛りに対し多くの俳人或いは川柳作家が困惑している点は、いち文化人として看過出来ない現象だと思いました。

さらには本件について別途、個別に言及している俳人及び歌人も見られず、漫然と現状に甘んじて表現を狭めている多くの表現者の姿勢に強く疑問を感じ、先ず最初に私が新ジャンル【俳柳(はいりゅう)】を立ち上げることが望ましいと言う見解に至りました。
 
勿論新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】の発起人は私/七澤銀河であることには変わりませんが、SNS等でこの名称を拡散、ハッシュタグ化して行くことで表現者と読み手の見識や視野が広がって行くことを私は、強く望んでいます。
ですので「#俳柳」等はふんだんに使用して頂いて構いません。
 

歌人【七澤銀河】始動!

私には多々の職歴があるので、このブログにどこまでその断片を露出させて行くべきかについては少し考える期間が必要でした。
ですがようやく、機が熟したようです。
 
2025年の10月、25年間封印していた短歌を再開しました。
それまでも作詞、訳詞(主にフランス語/スペイン語のヴォーカル曲)、勿論編曲から伴奏者としてのステージ・パフォーマンスからアイドル歌手(グループ)の選曲は衣装の選定、デモテープからのシングル曲のセレクト‥etc. と、かえって記載する程混乱するような職歴を私は歩んで来ました。
 

そして歌人【七澤銀河】として最初の紙面デビューが、ずっと好きで読んでいた短歌冊子「西瓜」の「ともに」欄となりました。
七澤銀河の本体が音楽家である辺りをフルに活かして連作五首/タイトル『マルシュ・フュネーブル』を既に投句していたのですが、それが冊子「西瓜」第20号に遂に掲載されました。
※『マルシュ・フュネーブル』とは、葬送行進曲のフランス語読みになります。
 

 この恋が成就するのは夜明けまで 光が互いを世界から消す
 死ぬことは催眠術に揺られてる それに似た感覚の反転
 どこからか花が吹雪いてあふれ出す 甘い香りの棺になるまで
 段々と人から物に移り変わるそれが乾かぬ夢であるように
 銀髪がハープみたいにたなびいて「葬送行進曲」を奏でる


           ──冊子『西瓜』/「ともに」欄 47.


 

 
七澤銀河は「永遠の少年」がコンセプトのキャラクターに徹して行くつもりでしたが、段々とそうも行かなくなりそうです。
何かの折には露出も余儀なくされるでしょうから、いつかは「僕」をやめて「私」「わたくし」と自分を呼ぶことになるでしょう。でも暫くの間は、SNSでは男の子でいたいと思っています(笑)。
 
今後短歌及び現代川柳/現代俳句関連の更新は、このブログから発信して参ります。
カテゴリーに七澤銀河を足したので、そこから作品等も追って行けるよう頑張って更新します。
 
音楽面での新しいレコーディングの予定は今のところありませんが、音楽評論等の執筆活動は止めていませんので、そちらは「ディディエ・メラの音楽倉庫」より放ちます🕊️
 

今後ともディディエ・メラ、七澤銀河共々よろしくお願い致します。
 
記事の最後に、先週末に新しく更新したSpotifyのプレイリストのリンクを貼っておきます。
これ一つで「良い音楽とは、良い音楽の聴き方とは何か」と言う問いに、比較的クリアに応えて行けるPLに仕上がっています。
 

 
⇩に、ヴォーカルレスの楽曲だけを集めたPLのリンクも貼っておきます。
 

戦争が終わらない理由 (Why wars never end on Earth)

前記事プレアデス星団と地球との今後の関係性を予測するを更新してから、あっと言う間に三月が過ぎて、ようやく訪れた四月も前半を通過しようとしています。
 

 
多くの人たちが「戦争反対」を声にしたりSNSで発信したり、某政治家の思惑とは真逆の思いが国民の総意であることは明白で、私もその心情に同調しています。
でも、残念なことにもっと根本的なことがこの星に抜け落ちている以上、民族紛争や宗教戦争が終結を見るまでには多くの困難とプロセスを経なければならないことも又然り。
何故ならば一連の民族紛争や宗教戦争をもたらしているものが、プレアデス星団の(古い時代の)「ヤハウェ」を名乗る者の仕業だからです。
 
彼らはある時期の地球に同時多発的に異なる宗教を普及させ、人々が永続的に戦争を止めることがないように「宗教」或いはその「教義」の中に紛争を褒美として書き連ね、異なる宗教者同士が未来永劫紛争を止めることがないように、今でも遠くプレアデス星団のどこかからこの星を監視しています。
 
彼らは度重なるマッチポンプを施し、一方では「光側」や「光の戦士」等と自分たちを形容して持ち上げ、地球の人々にあたかも困難に陥った時にはいつでも地球を救済する‥ と言った内容の書籍を一部のコンタクティーに執筆させ、人々の行動や思考を徹底的に停止させるよう働きかけて来た経緯があります。
 
その一部として、例えばエレナ・ダナーンの動画を翻訳動画として新たに起こして日本語で発信しているYouTubeチャンネル「Miyoko Angel 2」のようなものが存在し、翻訳者/ 佐野美代子は「いつもワクワク、ポジティブな気持ちでいることが大切」‥ と言うような言葉を多用し、人々の懐疑心の矛先をグレイ星人や彼女の言うところの「闇側の人たち」と言う呼び方で外敵を作り出し、事実とは異なる内容の動画を多数発信しています。
 
ですが現実はどうでしょうか。
実際にプレアデス星人を含む地球外生命体の誰かが、地球の人々を救済に来たでしょうか?
勿論地球はプレアデス星団とは国交(星交)を結んでいませんから、プレアデス星団の誰かが地上に降り立つことも許可されていないのが現状です。
 

 
私は政治家でも軍事評論家でもないのでその辺りの詳しい内情については不正確かもしれませんが、音楽から世界を見通すこと、そして祈りを通じた「圧」やテレパシーによる情報で世界を知ることが出来ます。
 
先日、私の中に長い間閉じていた「或る記憶」が開いた途端、私は酷く体調を崩しています。
記憶を辿ろうとした矢先のこの体調不良は然程深刻を極めるものではないにせよ、日常の作業や健康状態にそれなりの支障を来たしていることは事実です。
それでも私の祈りは続きます。
最早「祈りを止めること」の機能を自発的に喪失したような私のマインド、そして身体が、私を祈りから引き離すことを拒否します。
 
これだけ多くの人々が祈るところの「平和」とは真逆の想念も、実在します。
それは某政治家の言動を見ても、一目瞭然でしょう。その人は今だからこそそれを「絶好の機会」と捉え、何としてでも戦争に巻き込まれに行こうとしています。ですが日本の国民の総意は、それとは全く逆の想念を発していることも又事実です。
 
ですが根本的には、戦争は暫く終わりを見ないかもしれません。
何故ならば一連の紛争を巻き起こしているものの背景には宗教があり、その宗教が言うところの「第三の神殿」の建設を目指して複数の宗教の始点がある一点に注がれ、それが現在の戦争の火種になっていることは火を見るよりも明らかです。

 
全ての元凶は、古くはリラ星の自爆の直前にリラ星から逃亡した科学者集団の「或る策略」に行き当たります。
現在騒がれている「Y染色体」問題も、彼ら‥ リラ星と激しく揉めた科学者集団がその発端だったと言っても過言ではないでしょう。
ですが地球の人々がその問題を自力で解決するには、霊質劣化が大きな障害壁となっていることも又事実であり、その為には地球上の人口がさらに激減しない以上地球の霊質の改善が臨めません。
 
こういう時だからこそ、私たちはどこぞの誰かが言うような「ワクワク、ポジティブなマインド」で居るべきではないのです。
身辺外界を疑い、全ての現象に疑い深さを持ち、その疑いの根源に一歩でも歩を進めて考えなければいけない時です。
 
一人でもその歩みに同調し、合流し、祈りの力を強化して行けることを私は心から願ってやみません。