微熱と闇と

Threads にちょっとした短文を置いて帰ろうと思う度、書いてるうちに段々長文になって行く。文字数制限ギリギリまで書いて枠を跨いで‥ となるくらいだったらブログから放とうと思いそこでブログに移動すると結局、更新したブログのリンクを貼って終わってしまう。
日々、その繰り返しである。

今朝再び微熱がぶり返したので、Threadsもブログも後回しにしてスマホを閉じた。
私は活字中毒なのだろうか?一度文字を読み始めると際限がない。兎に角気が済むまで読み続けるのが悪い癖だ。

ほら、今もそう。
読み続けるか、書き続けるのかの二択。
落ち着け自分。貴女は今微熱で疲れているのよ。病人だと言うことを忘れちゃ駄目! (心の声)

 

 
さて、再びNJ (NJZ) が騒がしい今朝。どうやら今日はミンジの誕生日らしいが、本当にしつこい女の子たちである。

あなた達は今、裁判の真っ最中の身よ!世の中に出て来てはいけない人たち。多分、未来永劫‥。

このところ光をセーブしていたが、再度彼女たちの闇に光を当てなければいけないのかな。
兎に角徹底的に消す必要がありそうだ。このミッションはもはや祈りを越えて、呪詛の域に到達するのか。


私はリラ星最後の巫女ではあったが、怨み屋とか呪詛系シャーマンではなかった筈だ‥。致し方ない。

‥どうやら今朝の微熱のぶり返しとNewJeansの右往左往とは、無関係ではなさそうだ。

活動再開!皆んな、よろしく。

(スマホから投稿 📱)

私が孤独を愛する理由

連休中の騒ぎも過ぎ去り、今朝の雨にはどこかホッとしている。

最近人との繋がりとかご縁だとか、そういうことを異様なまでに誇張する風潮があるようだが、個人間に生じる人の縁ほどあてにならないものはないと私は思っている。

何かを為す時為したい時、自分に足りないスキルに必ず悩まされるものだが、そういう時に個人間の『ご縁』で乗り切ろうとすると必ず後から大きなしっぺ返しを喰らう。

稀に利他的な精神の持ち主が現れるが、それは奇跡に他ならない。
多くの人たちは利己的で、ご利益や報酬を求めたがる傾向にある。ならばそういう人たちと個人的な縁で繋がったりあてにするよりは、仕事と割り切って先方のスキルをお金で買う方が後 (のち) の後腐れが生じる確率をかなり軽減出来るだろう。

世の中が人間関係によって成り立っている‥ と言う説が今のところ有力ではあるが、個人的にそれは妄想の域を出ないと思っている。
むしろ私は大勢が口にする『繋がり』や『人の縁』に、散々振り回されたクチだ。

 

必ずしも人間は対等ではない。凸凹があったり、私の様に23万年前のリラ星の巫女だった頃からの記憶を持っている場合もある。身体的な年齢は現在60才ではあるものの、霊体年齢はと言われたら、230,060才 (23万60才) だと言っても過言ではない。

霊体に限って言えば、私は既にこの世の全ての人々の実年齢を軽く越えている。それを『人類平等説』で一括りにされては、身の丈に合わない(笑)。

だから私は一人で居ることを選び、その状況を好み、己の視点から辛辣な言葉を世に放つ。

 

かつてリラ星最後の巫女として生きたリラ星人が現在の地球に転生していることを踏まえれば、とても自然な話である。

むしろこれほど自然な実話をありのまま受け入れる段階に、今の人類が到達していないことの方が致命的だと私は常々感じている。

 

(スマホから投稿 📱)

私が病院に行かない理由

かれこれ一ヶ月以上~二ヶ月近く、微熱と向き合っている。

最初は風邪の症状に似て、39℃近くの高熱に加えこれまで経験したことのない喉の痛みに見舞われた。その後徐々に喉の激痛も緩和し熱も下がって来たが、体温が37℃~37.2℃辺りをウロウロし始めたまま微熱が引かない。

時々思い出したように36℃台をマークするものの、又直ぐに37.0℃まで戻る。

その様子を時々SNSでつぶやくと一定数、「病院には行きましたか?」とか「検査はしましたか?」等のリプライが来る。

基本的に私は他人の人生に口は挟まない。どんなに親しい間柄であったとしても、相手の人生の責任を負う関係性が生じない限り、他人の人生に口出しはしない主義だ。つまり今の私は夫のこと以外、関心を持たないことに決めている。 

 

何を隠そう、私は新型コロナワクチンを接種していない。これからも接種するつもりはない。

あれは人口削減計画を具現化する為のワクチンであり、生物兵器と同類であることを私は、2021年のワクチン接種が強制され始めた頃から知っていた。それは各メディアや医療従事者の発信やブログからではなく、カビの自然神から直接聞いて内情を把握していたからだ。

だから製薬会社の派出所もどきの現在の医療機関にも、当然足は運ばない。自分の体に何を打たれるか分からないような場所へは、自ら出向かないことに決めている。

代替案として、今は漢方薬で体調を調整している。当然新薬よりは改善までの道のりは長くなるが、副作用はかなり軽減されるし何より成分説明が明瞭だ。

 

SNSは自由空間の筈。誰がいつ、何をつぶやこうが双方が現実的な知り合いでもない限り、匿名名乗りの何者かが他人に深く干渉するのはルール違反だ。‥が、ここ数日複数ヶ所で、私の微熱発言に苦言を呈する人たちが現れて困っていた。

あなた方は土台私に会ったことも話したこともないわけで、私の日々の何を知っているの?無責任なことを言わないで欲しい。病院に行って万が一ナノグラフェンやらmRNA某が混入された注射を打たれたら、私は確実に数年以内で死にます。

遠隔操作で私を殺す気ですか?

 

ふと、「微熱が引かない‥」とつぶやいた私のポストを見掛けた時に限って、親切そうに「検査だけでも‥、ダメですか?」などと、どの口が言うの?!

ハッキリ言って、あなたはただの偽善者です。

人の病気にかこつけて口出しして来る人って、そういうネタを普段から探し歩いている人だと言うことを私は知っている。なぜって、それは困ってそうな第三者に恩を売って感謝の言葉を生涯に渡り引き出す為だ。

一種のマウンティングとでも言うべきだろう。彼らはこぞって教祖様になりたい人たち。匿名教祖だから、まったくタチが悪い。

二度と現れないで頂きたい。

 

(スマホから投稿 📱)

週末の度に私は‥

3月半ばから長期的な風邪に見舞われており、5月に入った現在も未だ微熱が引かない。そんな体調の中でもブログを更新したい日もあるので、最近は時々スマホからSNSサイズの記事を投稿することが増えているが、この記事はPCから書いている。
 

毎週末に音楽の各サブスクリプション上で更新される新曲を欠かさず聴き、チェックし、良曲だけをSpotifyに作成したプレイリストにスクラップしている。
自身が音楽家であり作曲もするのになぜ他の人の音楽にここまで夢中になるのか‥ と時折抗議のDMも頂くが、私にとって今の地上の良曲をコレクションすることは「祈り」の一環である。自分の作品だけを宣伝したり販売している音楽家は大勢居るが、仲間でも同業者でもない第三者とも言うべき他の音楽家の作品をここまで数多く紹介している芸術家は稀だ。

サブブログディディエメラの音楽倉庫にも綴ったように、今週末は良曲が酷く少ない週だった。

今や多くの音楽家が職業として音楽をやっており、食べる目的で新作をリリースしているようにも見える。納期に間に合わせなければならないのに、聞くところによると各々のミュージシャンは手持ちのストックが少ないとの話もちらほら‥。
世の中の流れが速すぎるのだ。あくせくと働いてただ、ひたすら稼ぐ。音楽家になろうと思い立った最初の自分にもはや戻ることすら出来なくなってしまったミュージシャンも、きっと大勢居ることだろう。
 


クラシック音楽は既に、予定されていた音楽の歴史から脱輪した。
ロマン派の時代は戦争によって破滅し、その後に近現代音楽の歴史が始まった。そうなると地上で最も美しかったロマン派の音楽は過去の産物となり、2025年の今でも現代音楽の時代が細々と続いているようだ。
音楽界は現在二分しており、「クラシック音楽現代音楽」と言う構図になっている。それぞれの音楽には欠陥があり、多くのクラシック音楽の中にはその時代の空気が丸ごと封印されている為、クラシック音楽を好きになれないリスナーもまだまだ多い。
一方で現代音楽は理論体系自体が崩壊しており、各作曲家の衝動とその場の思い付きと「奇をてらう」精神で作曲されている為、映画音楽等の特定のシーンに音楽を当てる以外の使い道が存在しない。勿論現代音楽を食事中に聴くことも不可能だから、普及する筈もない。
 

私 (Didier Merah) は上記のどちらでもない音楽を生み出している。
戦争や時代の事情で破滅した、この世で最も美しいロマン派のエレメントを継承しており、私の多くの楽曲は、どの時代にも存在し得ないオーパーツをふんだんに内包している。
 


最近早朝に目が覚めることが増えている。気が向くとSNS (Xのサブアカウント, Threads等) に文字を書き込んで放ったりする、そのついでにここに来て、Threadsから投稿した記事をリライトして短文投稿することもあり、そのちょっとした時間が私にとっては癒しの一つになりつつある。
 
今朝は悪夢で目が覚めた。悪夢が多いのもきっと長引く微熱の影響だと思うけど、この連休中はあの世からの来訪者も多い。
実母は現自宅からそう遠くない合祀墓に眠っているが、母は私を酷く嫌い、殺意さえ持っていただろうと見られる多くのメモが母の死後、遺品整理の際実家から見つかっている。
 
今日は起き抜けに頭痛もあった。だがいつもの頭痛とは質が違っていて、今朝の頭痛は頭部の右側と右目の上辺りに痛みが集中していた。丁度母が、私の幼少期から大人になるまで日夜殴っていた箇所と重なっており、母の念が近くを徘徊しているのを感じた。
私は日々当たり前のように母の暴力を受け入れて、思春期を生き延びて来た。彼女は毎日何かと理由をつけては私の右側から彼女自身の利き手を使って殴りかかり、私の顔や体は常に痣だらけだったが誰も助けてはくれなかった。
 

30代で渡米した後に脳に詳しい医者に出会い、医師の診断を仰いだことがあった。それによると現在私を悩ませている乱視の要因の一つが、母の暴力だった可能性が浮上した。
悪いのは目ではなく、脳に障害があるのでは‥ と言うのが彼の見立てだった。それは年々後遺症として体に現れる可能性はあるが、改善する見込みはないとの話。
還暦になった私は、マンションや駅の階段さえも手すりにつかまらなければ歩くことが出来ない。遠近感がおかしい。既に30年も前にそのことは医者に忠告されていたので、今はそんな体調とも向き合いながら何とか生活をやり繰りしているが‥。
 


現在私たち夫婦は富士山の見える場所への移住 (正確には東京と別宅の二拠点生活になるが‥) を予定しており、その為の人脈作りと住宅探しを開始した。‥その途端に微熱の引かない風邪に見舞われたわけだが、それもこれも「圧」だと認識し、体に過剰な負担を掛けないような生活サイクルの中で出来ることを出来るだけ消化するよう努めている。
 

何度も書いているが、私はリラ星最後の巫女だった。リラ星が自爆したことを知る人は、多分私以外には存在しない。これは記憶を持っている人でもその記憶に触れることが難しく、私もその記憶を10年前頃に復活させたばかりだ。
その後色んな「人」として私は地上に転生を繰り返し、現在に至る。
 

数時間かなりの分量の音楽を聴いたり整理したり‥ 色々やっていたので、もっと文字を書きたい気持ちは山々だが体力的には限界だ。
更新したプレイリストは冒頭のサブブログのリンクからも辿れるので、この記事の最後は自分の音楽で締めくくる。活動初期に古い楽器で演奏しているので音質には若干問題はあるが、この作品は私自身の葬儀を棺の中から見上げている時の風景を音楽にした一曲だ。
 

我が家の連休初日

昨日は前半張り切って音楽を聴いたり選んだり‥ 色々作業をしていたのに、途中から中弛み。
それもその筈で、今週末の『世界の音楽』の新譜に良曲が少なかったのだ。

朝食を朝6時に頂いたので、正午を過ぎた辺りから空腹が訪れる🕛️
夫も隣で何となく疲れて来たらしく、『昼でも食べるか‥』と言う事になり、思い切って昼食をUber Eatsからオーダーする。

私の朝の検温結果はやはり、37.2℃をマーク。なかなか微熱が下がらないので、食事の分量が減っている。
だが今より食事量を増やさない方が体への負担も軽くてすむので、夫は『もっと食べなさい。』と言うけどそれには唯一従わない私。

夫は豚カツが食べたいと言うので私も便乗するが、やはり後半胃が重くなるので1/4は残す。
多分今の自分にはこの分量が丁度いい。

デザートはなし、代わりに甘くしたコーヒーを飲む。
我が家のコーヒーが最も美味しい。なぜならば水にも豆にもこだわって淹れてるからね。
以前ほどケーキのような甘いデザートには、興味がなくなって来た。少しウェイトを落としたい私には丁度いい。

やっと私の傍に、ダイエットの神が降臨した。 

(スマホから投稿 📱)