2026年 始まる

あけましておめでとうございます🐎 

今年もよろしくお願いいたします🎍
 

 
2026年元旦、私たち夫婦はイタリア料理を堪能して来ました。文字通り、神人共食の幕開けです。
昨年某自然神を介して新しく出会うことが出来た古い自然神お二柱も参加され、私たち夫婦それぞれの霊団も交えて和やかで厳かなひと時を堪能しました。
 

 
昨年末にSNSを大幅縮小したこと。
筆名「七澤銀河」で短歌詠みを再開したこと。
手の負傷が落ち着いて来た頃合いを見計らって、鍵盤練習を再開したこと。
そして何より昨年年女の2025年に、とても懇意にさせて頂いている某所で私の音楽が物理的に鳴り響いたこと、その他諸々。
振り返れば2025年は、私にとっては怪我や圧等の障害を除けばとても良い一年でした。
 
今年はどうでしょうか‥。
予想としてはかなり波乱の年になると感じていますが、私個人の歩みはとても穏やかになるものと予測しています。
 
未だ本格的なレコーディング迄には時間を要しますが、その間に新たな音のエッセンスを熟成させ、次回作では私の新しい一面を音楽に代えてお届け出来ると思っています。
 

 
より良い神人共食を堪能するには、健康面の管理は必須です。
二年前頃から若干甘いものに体が反応するようになり、特に糖質の高いフードを食した後に神経痛を発症するようになりました。
恐らく成人病の前兆と思わしき状態なので、自発的に糖分を注意深くコントロールするよう気を付けています。
 
年がら年中、神人共食をしている訳ではないので、それ以外の日は大好きな果物のジュースを徹底的にカットし、ペリエ等の無糖の炭酸水や、逆に体を温めるハーブティー等を積極的に取り入れるようにしています。
 
霊的な面では特に昨年は複数個所からの「圧」(呪詛とも言う) に見舞われ、その対応に追われたことが印象的でした。
ですが、感覚のアンテナは以前にも増して冴え渡っており、それと並行して段々と言えないことが増えて来ました。
別に誰彼構わず人の注目を集めたいわけではないので、秘密は徹底的に守りながらその隙間の情報だけを拾って当ブログ上に発信して行くことになりそうです。2026年は私の感覚の「可視化」が、さらに顕著になるものと思われます。
 
私にとっての「見える化」は逆に、人々にとっては逆の現象を指します。何を知り、何を伏せているのかと言う事自体を、人の目から遠ざけると言う、これはそういう意味です。
 

 
さて余談ですが、SNSの公式アカウントをBlueskyに決めました。⇩ ⇧

https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social


XからもThreadsからも一旦半撤退し (アカウントは温存し、一旦そのまま放置します‥)、ブログやSpotifyのプレイリストの更新通知は全て上記のBlueskyより放ちます🦋
是非、Blueskyをフォローして下さい。
──尚、上記アカウントは「公式のSNS」として利用する為、質問事項以外の雑談には応じません。その旨何卒ご理解下さい。
 
日常的な言葉は別の場所に既に用意し、そこでの発信活動も再開していますが、タイムラインを見て立ち去るだけの方々へは扉を解放しないことにしました。
創作活動及び音楽評論等の著述活動を加速させ、質を向上させる為の措置であることを是非ともご了承下されば幸いです。
 

2026年も、皆さまにとって良い一年になりますよう、お祈り申し上げます🙏🏻
 

Vanoni, 私は貴女を忘れない (Vanoni, I won’t forget you)

サブのブログディディエ・メラの音楽倉庫に今年最後の世界の音楽、新譜チェックの記事を仕込んで居る最中に偶然出くわした曲、Procuro Olvidarte を深堀りして行く過程で私は、往年のカンツォーネ歌手/ Ornella Vanoni (オルネラ・ヴァノーニ) が2025年11月21日に心停止でこの世を去ったことを知った。
 

 
ヴァノーニが健康的な生活を心掛けていたことをYouTubeのインタビュー動画等で見聞きしていただけに、2025年の最後の最後で私はただただ深い悲しみに暮れた。
 

 
私にとってイタリアは過去世に生きた土地。最近になって過去世の記憶はかなり鮮明に復活し、そこで起こった出来事を知ることも出来た。
イタリアやカンツォーネをこんなに愛している私は現実的には往年のカンツォーネ歌手とは殆ど会うことが叶わなかったが、インターネットの時代の手助けもあり、実は数名のカンツォーネ歌手 (ここでは名前は伏せたい‥) とメールでのやり取りがある。
 
だが、その中の誰からもヴァノーニの近況についての知らせはなかったし、以下のブログを執筆している最中に某カンツォーネ歌手 (勿論イタリア人) にも連絡を取ったが、先方の方がヴァノーニの訃報に驚いていた。
 

 
冒頭に触れた曲 Procuro Olvidarte を歌っていたのが、フラメンコ歌手 (70歳) の José Mercé (ホセ・メルセ) であるが、上の曲はヴァノーニが Perduto (邦題: 失われた月日) と言う曲でカバーしており、私が大好きなカンツォーネ Top 10に入る一曲だ。
 

 
ヴァノーニは丁度私の母親の年齢にあたるが、親の死よりも悲しい報せをこのような形で受け取ることになるとは流石に耐え難い。だが、ヴァノーニが死の直前までこうして美しい歌声を響かせ続けて居たことが、何よりの救いだと思いたい。
 
実は2025年の11月中旬から12月の25日頃まで私は、久しぶりに短歌を編んでいた。たった一ヵ月強の期間ではあったが、300首近くの句を編んだ。
思えば1998年に一度、そして2003年にもう一度、幾つかの出版社から短歌集の出版のお声がけを頂いた。だが私はその当時心の病いの治療と音楽の仕事の多忙に挟まれ、歌集の出版には気乗りがしなかった。
三度目がどうなるかは予想もしなかったが、今回も句を読み始めて数日で二社の出版社から出版の打診のメールを頂いたが、やはり今回も三度目の正直で私はあっさり出版をお断りした。
 
私は自分が最も光る場所、そして私以外に誰も到達し得ない場所を既に知っている。私はそこから動くべきではないと言う神々のメッセージを同時に受け取り、その助言に私は喜んで従った。
同時にクリスマスの当日私は、短歌詠みをきっぱりと停止した。

https://note.com/didiermerah/n/nc1cd9e55ad45?app_launch=false

 
これでようやく音楽活動に集中出来ると思った矢先の、オルネラ・ヴァノーニの遅ればせながらの訃報は立ち上がれない程辛い。
だが、私は前を向いて進まなければならない。
 

 
以下は私が2025年12月、クリスマスに読んだ句である。

 

クリスマス‥
僕はいつでも脇役だから
オルガニストは真夜中に泣く

 
/筆名: 七澤銀河 (お題: 「クリスマス」)

 
色々な事が節目を迎える。そののろしは既に上がっており、私たちはその中を進んで行かなければならないだろう。
多くの別れも目にすることになるかもしれない。
 
幾多の思いを閉じ込めながらサビノ神父の名前を掲げたPLも更新したので、ここに貼っておきたい。
 

 
今年最高に悲しく、そして最高に美しく旅立って逝ったオルネラ・ヴァノーニのご冥福を、心よりお祈りします。R.I.P Vanoni 🌈
 

 

‘Eternal Pain’が意味を持つ時

私のような「祈り手」にとっては、クリスマスも平日もやることは余り変わらない。一心不乱に祈り続ける、ただそれだけである。
昨日は相方と霊質学について、一歩考察を深めることが出来た。
 
「上」と繋がると、膨大に気力と体力を消耗する。「上」と言う漠然とした単語は余り好まないが、やはりここでは「上」と言う、あえて漠然とした言葉を用いる方が適切だと感じる。
「上」にも個人情報は存在し、守らなければならない秘密も同時に在る。私がそれを守り抜く限り、「上」の存在は多くのことを語ってくれると信じている。
私はそこから得た情報を自分自身、そして夫と共にさらに考察し、噛み砕き、それをまとめて死後に神界に提出し保管する。その情報を自身の霊体にも格納し、さらにあらためて現世に立ち返って人生を再出発させる‥。
 
私の周りには既に神上がりした存在が複数在るが、私はあえてその道を選ばずに今後も何度となく此方の世界に帰って来るだろう。
 

 
かれこれ2011年の冬までの約24年間強もの間、私は毎年この時期を都心のシャンソニエやライブハウスで過ごして居た。
讃美歌を歌った時もあり、オルガン等も弾いて居た。クリスマス期間の絶頂期は概ね12月24日のクリスマス・イヴであり、翌12月25日はどこか掃き捨てられたような街並みの侘しさが苦しかった。
散々クリスマスソングを演奏し、23時半過ぎに都心を離れる際に見た光景はそれまでの楽しい時間がなかったことのように渇いて、寂しかった。
何もかもがかりそめの世界。イベントを支える職業人の性が、常に付いて回った‥。
 

私は12月25日の深夜から翌年元旦までの数日間を、いつも抜け殻のようにやり過ごして居た。
何もやる気が起きないが、高波のように押し寄せて来る仕事だけはきっちりこなして、おせち料理を買う資金を調達した。
 

今の夫と2008年に出会い、それまでの仕事を2011年の冬に全て辞めた。
和シャンソンの世界なんぞ、結局カバーソングのなれの果て。盗っ人が善人面をして、他人の作品を堂々と盗み合う業界。
「そんな業界に居たところで、まともな音楽家としては誰も扱ってはくれないよ。」と言う手厳しいアドバイスは、悔しかったけれど的を得ていた。
丁度2011年3月に大きな地震を経験し、和シャンソン業界はあのタイタニック号の如く業界ごと沈みかけていたタイミングとも重なった。そのタイミングを狙って、そしてそこに様々な要因も重なって、かなりの無礼を重ねながら私は和シャンソンの伴奏者と言う職から足を洗った。
 
スピリチュアルとか、霊的な、そしてコンタクティーとしての活動が興に乗って来たタイミングでいわゆる「荒らし」が身辺を嗅ぎ回るようにもなっていたし、丁度良いタイミングだった。
 
和シャンソン業界から撤退する時、同業者たちは口々に頓珍漢な助言を私に投げつけた。それは暴力さながらの偽善であり、それまで24年と少しの期間業界に世話になった私の胸をチクチクと痛めつけたが、私は振り返らなかった。

思えば私は、誰にも育てられては来なかった。勿論親や親族にも同様に。
食事だけは与えられたが、家庭に人権はなかった。
家族も親族も、私を排除することで団結し、それは私を除く三人の家族全員がこの世を去るまで続いた。
勿論和シャンソン業界の誰彼に、私は育てられたこともなかった。だが同業者は口々に自分が私を育てた‥ と言い、私に執拗に感謝を求めたがそれにも私は一切応じなかった。

 

元々私はジャンヌダルクであり、バッハでありファン・ジニでもあり、そして忍び‥等と色々変遷を経て来た。遠い過去ではリラ星最後の巫女であり、リラ星の自爆を見届けた最後の四人の中の一人として炎の中で星の最期に寄り添った。
 

現世、私は無事に還暦を越えて、61歳の芸術家として今を生きている。
そしてこれからも、誰よりも長く生きてこの星の行く末を見届けながら、クリエイション (宇宙の創造神) からの音楽のZipを一個一個紐解いて、新しい音楽を産み出して行くだろう。
 

2026年は大きな節目の年になり、既にのろしが上がったようだ。
どこぞの誰かが言うような、ポジティブな時代は当面訪れることはない。人類は多くの苦悩と苦痛の変遷を辿り、霊的に優れた人々がまるで何者かに選ばれるように長寿の種を手にするだろう。
だがその種がどこで、誰がこの世界にもたらすのかは今は未だ話せない。
 
 
緩い時代がそろそろ終わりを迎え、暴きと淘汰の新年が間もなく明ける。
 

河口湖の旅

2025年12月11日から13日までの二泊三日を利用して、私たち夫婦は念願の河口湖旅行を楽しんで来た。
今回の旅行は四か月前から予約して予定しておいたにも関わらず、何と言うことか前々日の夕方から、それまで快方に向かっていた左足親指の巻き爪の患部からいきなり出血があり、化膿も見られ、旅行の前日にかかりつけの皮膚科に駆け込んだ。
 
幹部が重症ではなかったものの、今回の旅の目的の一つである温泉へは (感染症の懸念がある為) 浸かってはいけないとの医師の診断があり、右半身のみ温泉に30秒浸かるだけとなった。
確か前回河口湖を訪れた時も同じような状態だったので、これはもうどう見ても「圧」だろうと思わずには居られなかった。
 

 
‥そんな私を気遣ってくれたのかと思いたくなる程、富士山は圧巻の傘雲を見せてくれた。
スマホしか撮影機材を持ち合わせていなかったことが悔やまれたが、何より心に刻むことの方が写真を撮影することよりも重要だ。
甘んじてスマホで撮影した写真が、上の写真。それでも良い風景を残すことが出来たと思う。
 
夜間の二回の神人共食に関することは、ここにはおいそれと書けない。それ程ハードで、そしてとても重要な宴となった‥ と言うことだけここに記録しておきたい。
 

 
何冊か読みたい本があったので持参して行ったが、一頁たりとも捲ることが出来なかった。
私たち夫婦には有り余るほどの会話があり、そして神人共食を終えた初日の晩から疲労は既にピークを越えていた。
私の爪の炎症の悪化に加え、夫も最近体調が安定しないので、室内から河口湖を眺めたり休んだりコーヒーを飲んだりしながら日中は兎に角体力気力を使わないよう心掛けて過ごした。
 
最近のクマ問題が常に脳裏を過っていたので、夕食の時にお料理を担当してくれた料理長に質問してみたところ、河口湖周辺にもクマは居るとは聞くが人里に (クマが) 降りて来る必要がない程自然には事欠かないし、夜間の外出さえ気を付ければ然程危険ではない‥ との話だった。
一時は (クマ問題の懸念を感じたので) 二拠点生活は諦めた方が良いのではないかと思っていたが、やはり圧巻の富士山を目の当たりにし、夢に向かってさらに前進して行こうと決めた。
 

 
上の写真は、帰りの車窓から見た富士山。間近に見る富士山の大きさに感動し、ひたすらスマホのシャッターを切りまくった中のこれは一枚。
前方の車の屋根と比較すると、富士山の豪快さが伝わりやすいのではないだろうか‥。
 
既に私は日常の生活サイクルに戻っては居るものの、先週末の「世界の音楽」の新譜チェックは若干ライトに、ブログ『ディディエ・メラの音楽倉庫』の更新は控え目にSpotifyのプレイリストだけを更新している。
そちらもよろしければ是非、お気に入り登録の上ご試聴頂ければありがたい。
 

 

発電するような熱量で‥

毎年10月から年末にかけては、どう足掻いても足掻ききれないような時間が続く。
特に実母の死後にその状況が悪化し、そのシーズン中に私の誕生日がうっかり挟まっているので最近、毎年誕生月付近に体調を壊す。
そこに来て今年はKポの騒動がさらにサンドイッチで挟まり、想定外の状況に見舞われている。
だがそんな中にも安らぎがあり、これでも今までの人生の中で今が一番幸せだと言い切る自信だけは失っていない。
 
スピリチュアルやら心霊やら、そんなことがどうでも良くなる程膨大な音楽の作業に追われている。
勿論随所随所の神人共食は欠かせないが、先日はちょっとしたアクシデントに見舞われた。その内容についてはここでは明かせないが、幾ばくかの油断と隙が私の中にあったのだと思う。
やはり驕りは危険だ。(猛省中。)
 

 
3I/ATLASの接近と共に、若干めまいと空気圧のような感覚が負荷のように体にのしかかっているのを感じている。
どこぞの誰かが言うような‥ 3I/ATLASの生命体説に関しては私は一切肯定していないが、鉱物の特性である「情報の搭載」の性質については概ね肯定している。
鉱物にも性格や性質があり、3I/ATLASが好奇心旺盛な性質を持つ彗星の一つであることは、私の感覚がそれを裏付けていると言っても良いだろう。その辺りの線引きはとても難しく、尚且つ未だ分からないことが沢山あるので結論は保留と言うことにしておきたい。
 
 
話は変わって‥ 特にこの一年間、私はどれだけの音楽に触れただろう。まさしく世界中の音楽に当たり前のように触れており、それもこれも私が死後に一旦神界に立ち寄ってそれらの情報を神界に渡すミッションを持っているからこそ、音楽の作業は一瞬たりとも止めることが出来ない。
 
このところこのブログの訪問者も落ち着きを見せているが、逆に音楽評論ブログディディエ・メラの音楽倉庫の方に読者が若干移動しているようだ。
これはとても喜ばしいことでもあり、両輪を上手く動かしながら私らしい音楽 (スピリチュアル含む) 活動が今後も継続し、さらに活発化して行くことをただただ祈るのみだ。
 
もう一つ、今年は私の音楽作品が現実世界で響き渡ると言う現象があり、それがのろしとなってその後私の身に色々良いことが起きている。感覚的にも、現実的な意味合いに於いても、これまでのような亡霊にとことん活動を妨害され続けるような現象もこの辺りで止まってくれると信じている。
 
一方SNSライフに付いて補足すると、現在稼働しているXのサブアカウントへの投稿を少しずつ Bluesky‘ 🦋 に移動したいと思っている。
理由はXのアルゴリズムがとても不安定かつ不鮮明であり、私の思うようなポストのスタイルがアカウントを危険に晒す行為に直結する可能性を危惧しているからである。
現在noteや ‘Threads‘ 等にもXの焼き回しのようなものを書いて更新しているが、そもそも私は交流下手なので余り多くのSNSに手を広げ過ぎない方が良いように思っている。
‘note’ はあくまでメインのブログ2誌の更新通知を兼ねたメモとして運用し、チャットはLINEのみとし、SNS上では雑談を控えようと考えている。
 

昨日~今日とでドッサリ新曲を足したPLはコチラ🎧
 

 

 
最近XのDM経由で仕事の打診のメール等を頂くが、事のついでみたいなオーダーには対応出来ないので、私へのお仕事の依頼は是非、以下のメールアドレスを通して頂きたい。

📧info@didier-merah.jp

音楽の洪水

体調は今一つスッキリしないが、そんなことも言っていられない。
時代は刻一刻と移り変わり、3I/ATLASもグイグイ地球に迫り来る。嫌な噂も深々と大気中を蠢くし、それにともない私の周辺も何かと騒がしい。

こんな時ウィスキーの一杯でも引っ掛けて仕事したいところだが、もう昔のようには呑めなくなった。
私は祈りに集中し、それを音楽や音楽評論、時には詞等に託して世に放たなければならない。

 
ところで、「明け方の夢は正夢になる」と言う言い伝えがある。
今朝、数年前に私たちの転居と入れ替わるようにこの世を去った愛兎/マイケルが、夢に現れた。どうやらマイケルは神獣になったようだ。ずっと私たち夫婦を、天から見ていると言う。
何となくそんな気はしていた‥。

夢に現れたマイケルは、人の言葉を話し始めている。何を話したのかについては、あえてここには書かずに居たい。長い時間をかけて、とても大切な話をしたから。
 

 
今朝早くから開始した毎週末の『世界の音楽』の新譜チェック中に、ふと‥ 見つけた友成空のフルアルバム『文明開化 (East West)』を珍しく二週した。
中でも『ベッドルーム』『ベルガモット』、そして『メトロ・ブルー』がツボだった。和もののアルバムを何週も聴くことは珍しいので、別ブログディディエ・メラの音楽倉庫に別途記事を書いた。

藤井風のファンをやめられなくてさ迷っているJPopリスナーの皆様へ、刺さる記事ではないだろうか✨
 


『メトロ・ブルー』 by 友成空 🎤

 
このブログにはテレパシーだとかスピリチュアルだとか、世に言われる「怪しげ」なネタを取り上げた記事も多数あるが、私にとっては至って普通のことだし誰にも迷惑は掛けていない。
誰かを犠牲にしたり金銭を頂いたりもしていないので、とやかく言われる覚えもない(笑)。

ショパンを聴いたかと思えばスクリャービンオリヴィエ・メシアンを聴いたり、かと思えばYMOも聴くしイタリアの古いカンツォーネやナポリ民謡からトルコの音楽やHip Hopやダブステップ等も聴く。
 

 
ふと‥ 私のもう一人の恩師/藤井一興氏は最近どうされているのか‥ と調べてみるまで、私は知らなかった。藤井一興氏まであの世へ旅立ってしまったことを‥。
藤井氏と言えばオリヴィエ・メシアンを美しく演奏する人だと私は思っていたのだが、サブスクにもYouTubeにも藤井氏のメシアンはなかった。と言うより彼自身の作曲による作品を、殆どレコーディングで遺していなかったのがただただ残念でたまらない。
 
色々ショックなことが最近続いているが、今日は12時間以上音楽の洪水にほぼ溺れていた私はもう限界。
この記事の〆に、最初想定していた曲とは全く異なるが、藤井一興氏の『水の戯れ』(Maurice Ravel) のYouTubeのリンクを貼っておく。
 
この曲は私が、藤井師に最後のレッスンで見て頂いた曲だった。中学二年生だったと記憶しているが、当時の私の十八番だった。そして藤井師に大きな花丸を頂いた一曲でもあった。
その後間もなく私は、桐朋大学音楽大学の当時の学長/三善晃氏と出会うことになり、それ以外の何もかもが全く目に入らなくなった‥。
 
私と三善晃氏の話は、私と師にとっては至って普通のことなのに人はそうは受け取らないようだ。私が普通に話すことが、聞く人によっては誇張だとか嘘めいた話に聴こえるらしい。
 
実は私のピアノの師は、もう一人居る。それは遠藤郁子さんだ。
 


遠藤先生に師事したのは、かれこれ私が小学2年~3年生辺りだった。本当に短い期間だったが急に親の教育方針が変わり、小学3年生の夏に桐朋学園音楽大学附属『子供のための音楽教室』に受験することになり、受験のプロフェッショナルの元に移動せざるを得なくなったことその他色々な要因が重なり、気付いたら遠藤郁子先生のレッスンをやめさせられていた。
 
まぁこの辺りの話はもう過去のことなのでもう何も言わずに、この辺りで記事を〆ようと思う。
 

 

アレクサンドル・スクリャービンに関する考察

そもそもの発端はSNSのXでの雑談であったが、折角の機会なのでスクリャービン (Alexandre Scriàbine) について色々深堀りしている。
書籍でも企画等でもそうであるが、一人よりは二人、二人よりは複数での研究の方が勢いづくことが多いと思うが、時に二人が一人になってしまう事故が起きる。今朝の一件がまさしく、それであった。
 
話をスクリャービンに戻して、先ほどから色々な演奏者のスクリャービンを聴いている。
思い起こせば私は中学生からスクリャービンを弾き始め、大学生になった頃にはクラシック界が現代音楽一色に染まりかけていた。猫も杓子も現代音楽 (特に作曲科界隈で‥) に傾倒し、調性音楽等書いている学生はどこか馬鹿にされるような空気があった。
私は破壊芸術側の現代音楽よりも、実は調性音楽側のロマン派辺りの作曲家を好んだが、周囲にそれを話したことは一度もなかった。そもそも人目に付かぬように日本のポップス界のど真ん中に陣を敷いたわけだが、それすらかなり特殊な方法で私はレコード会社各社を跨いで駆けずり回ったものだった。
 
話をスクリャービンに戻そう‥。
新旧色々なスクリャービンを聴いているが、どれもしっくり来ない。多くのピアニストがピアノと言う楽器の根本を、分かっていない。ピアノの打鍵の瞬間の繰り返しを音楽だと思っており、音を出さない空間を音楽として捉えていないからだろう。
だが、ピアノと言う楽器はペダリングこそがピアノらしさであり、ペダリングを制覇しなければピアノを制覇したことにはならないと、私は思っている。
 

 
特にスクリャービンの音楽はロマン派から近代音楽に跨っている為、奥底に神秘の宝がふんだんに眠っている。それはモーリス・ラヴェルクロード・ドビュッシー、或いはセルゲイ・ラフマニノフとも異なる、もっと曖昧な雲やガスのような色合いに近い不透明性とも折り重なる感性だ。
その不透明性を表現せずして、スクリャービンを演奏することは出来ないだろう。
 
だが多くのピアニストに見られるのは、胸をピーーンと張って「我こそが世界最高のピアニストなり!」と聴衆を威嚇しまくるような解釈だ。
ハキハキと打鍵し、スクリャービンの持つガス感や霞のような神秘性とは真逆の表現をして、寝た子を起こすような華やかな演奏をしているように思える。リストやブラームス、ベートーヴェンじゃあるまいし、寝た子はそのまま寝かせておけば良いものを、それらの暖かなヴェールを剥がしてしまったらそれは最早スクリャービンでも何でもない別の音楽だ。
 

 
誰彼の演奏が良い/良くない‥ と言う話のテーブルのベーシックすら完成していない状態で、音楽のネタを私に振って来ること自体どうかしている(笑)。
 
最近のクラシック音楽界は二極化しており、かたや古典やロマン派のオーソドックスな音楽を好むリスナーと、もう片方では破壊芸術やノイズ音楽にほど近い現代音楽の側を推すリスナーとに完全に二分している。
私はそのどちらでもないからこそ、自身の音楽を生み出しているわけだが、この「どちらでもないスタンス」の方が本来の音楽の進化の方向性だった点については多くの音楽家や音楽評論家が認識していないのが現状だ。
 
クラシック音楽に蔓延している「聴き比べ」の文化とでも言うべきか、そこを離脱しない限り、クラシック音楽界の成長や進化は望めないだろう。
 

 
数十年も前の音源を取り沙汰してああだこうだと言ったところで、録音技術も未熟だし、何よりクラシック音楽家の権威主義が厚く業界に根を張っているような世界で、新しい価値観が芽を出す隙など無くても当然だ。
 
古い演奏者の音源を論評するよりも、もっと空間音響の知識を身に着けたり、クラシック音楽の分析や解釈の底板を厚くすることに注力して欲しいと願わずには居られない。
 
色々なスクリャービンの音源を聴いて感じることは、スクリャービン自身が望む音楽や音楽性を再現している演奏家が殆ど見当たらないことだ。
楽譜を見れば一目瞭然、スクリャービンが何を思い、どの世界観を心に持ち、その高みをどのような心境で目指していたのか‥ 等、手に取るように分かる筈。だが、そこまでの推察を施している演奏者が現状殆ど見られないことが、ただただ残念で胸が痛く、そして切ないばかりだ。
 
現代のクラシック音楽界の「コンクール主義」や「タレント活動」体質、或いはクラシック音楽のアンバサダー主義が演奏者及び業界の見識を完全に歪めてしまっているのだろう。
そこに付け加え、クラシック音楽愛好家の「聴き比べ主義」が業界や文化そのものを衰退させていると、私は思っている。
 

もしも私に弟子と言う存在があったら、何を伝えられるだろうか‥。
勿論クラシック音楽界で生き残れる手段は伝授するだろうし、既存のコンテストにも出場させることがあるかもしれない。
だがピアニストとして長く生き残るには、それだけでは足りない。
先ずは作曲を教えなければならない。そして音楽の解釈、分析をきっちりと教え込んで、最終的にはオーケストラ全体をまとめる為の手法を伝授すると思う。
 
その上で、自分自身の世界を持つ方法を、きっと弟子には伝授することになるだろう。
 

 
肝心のスクリャービンであるが、私は上記のミハイル・プレトニョフの演奏解釈と、本記事の最後にリンクを貼るウラディーミル・アシュケナージの解釈が好みだった。
 

全く余談ではあるが、スクリャービン探索の最中に色々な音楽に遭遇した。
その中で、ピダルソ (𝗣𝗶𝗱𝗮𝗹𝘀𝗼) と言うピアニストが奏でる坂本龍一の作品『A Flower is not a Flower』に息を呑んだ。
坂本龍一氏の作品の中では最も美しい曲だと、個人的に好んで色々なバージョンを聴いてもいる。

ピダルソは多分韓国のピアニスト (兼 作曲家) と思われるが、情報詳細は未だ掴み切れていない。
その動画を補足として、このブログの最後の〆に貼っておきたい。
 

音楽は全て繋がっている。そして時間も時空も超えて行く、とても不可思議な生命体である。
 

 

関連記事:

 

最後にこの記事を書く切っ掛けを与えて下さった某人へ、感謝の意を表したい。
もう二度と関わることはないかもしれないが、このような良い機会を得られたことはとても貴重な宝だったと思う。

自然神が語る熊の異変 – The God of Nature tells us about the strange behavior of bears

体調不良が続いているさ中、ずっと気になっていた熊のことをさらに深く考察している。
勿論私は熊でも豹でもないし、ましてや麒麟でもない。だからこそ、このところ日本の各所に頻繁に現れる熊のことを知りたいと思った。
 
それよりこの熊騒動の件が、妙に心に引っ掛かっていた。一連の現象が人災であることの他に、背景に地球の自然神の息を感じてならなかった。

だからと言って私に出来ることなど限られているのだから、他の生き物の霊的な領域に首を突っ込むつもりはない‥ としても、兎に角気になったので、間にずっとお世話になっているカビの自然神を挟んだ形でセッティングをお願いした。
 

 
簡略化して書くと、どうやらこういうことらしい。

  1. 太陽光が変質し始めたことで、生態系にも異変が生じている。熊の場合に限定して言うと、熊の気質や本能等に異変が現れた可能性が高い。
    これまで餌とは認識し得なかった対象を、餌と認識してしまった可能性がある。
  2. 人間が地球上の環境破壊を止めないことに対し、一部の自然神の強い怒りを買ってしまった。
    自然神にも穏健派と過激派が実在し、互いにけん制し合っているようだ。‥全ての自然神がヒトの絶滅を望んでいるわけではない。
  3. [1. の理由により] 一部の生き物の性質に異変が生じ、今後熊以外にもヒトを敵或いは餌と認識し始める生き物が現れるだろう。(例えば鷹、鹿、イノシシや豚等。)
  4. 熊騒動の場合、人災が半分、残りの半分は地球の意識の異変や生理的な現象によるところが大きい。これは最早自然神の意思では変えようがない。


まとめるとこうなる。

付け加え、祈りについての自然神の考察を訊いてみた。
自然神曰く、祈りは数ではなく質である。実際自然神に祈りを届けられる人の数は少なく、祈りに対する自然神等のレスポンスを受け取る際にその人たちにも大きな負荷が掛かるとのこと。

自然神はさらにこう、付け加えた。

限られた祈り人に、多大な負荷を掛ける気は毛頭ない。但し、届いた祈りに対してのレスポンスは必ず返すことになっている。これは自然神界の法のようなものであり、その強弱や高低を不必要にコントロールすることは出来ない。
 

私に出来ることはただ一つ、祈ることだけである。失われた森林を何等かの方法で復活させ、乱開発された地球の土地の一部を森に返すこと。そうなるように、祈ることしか私には出来ない。
 
一つだけそれ以外の方法があるとすれば、数名の自然神等を通して直接熊の神獣に語り掛ける方法が挙げられるが、それはしないでおくつもりだ。
熊の気質を考えるとその方法はとてつもなく危険であり、むしろ熊全体の闘争本能に火をつけてしまいかねないので。

 
思えば私はこんな曲を、既に配信している。

 
環境破壊への警告と、既に始まってしまったであろう自然神等の人類への警告と復讐のマインドを私は早々に感じ取っており、2020年にリリースしたアルバムWorld of Natureにそれを記録している。
録音日時は、2019年12月1日。
 
まさに地球は、「イマココ」だ。
 

Can’t say, Can’t write‥

足の爪が巻いて巻いて、どうにもならなくなったので巻き爪外来に向かったら、思いっきり液体窒素で皮膚を焼き取られて泣いている。
爪が皮膚に食い込む痛みに比べればそれよりは痛みはかなり軽いのに、いざ処置が終わって数時間もしないうちに違う痛みが押し寄せた。まるで奇襲のレベル。

抗生剤と鎮痛剤を服用しながら、数日間が経過した。
それと同時並行で、隣国の騒動が一転した。
それについてはこの記事では一先ず省略、今は余り色々なことを考えたくない心境なので。
 

毎週末のサウンドチェックは今週末も進んでいるが、良い音楽は日に日に減って行く。
兎に角良い音楽を食べたい私にとって、これはとても辛い。きっと日本各地に出没しているクマたちも、似たような心境だろう。
音楽の激減も、そしてクマにとっての住処と食糧の激減も、どちらも人災に他ならない。
剥ぎ取られて行く自然環境と並行して、音楽も人も退化して行く。私はそれが、とても辛い。
 

 
抗生剤の疲労と眠気が交互に押し寄せる中、最近数名の詩人や音楽家たちとチャットを楽しんでいる。‥と言うより、先方にしてみれば私の厄介な会話の襲撃に付き合わされているのだろう。
だがそのお陰で、色々な詩集を購入したり自らも散文詩のようなものを書いたり‥ と、少し楽しい時間を過ごすことが出来ている。
 
今日はフラメンコの神/ ビセンテ・アミーゴのギターにも久しぶりに触れることが出来たし、若い中国のアーティスト/ DEN (邓杰) のアルバムを聴くことも出来た。
体調不良は良くないが、必ずしも悪いことばかりでもないようだ。
 

 
それよりもNewJeansはHaerin (ヘリン)Hyein (ヘイン) のADOR復帰にともなう障害壁の方が、とても気掛かりである。
HYBEが彼女たちを脅して復帰させただ何だ‥ と言う嫌な噂を流す人たちも複数居るようだが、それは無いだろうと私は見ている。むしろ上記二人以外の残りのメンバーの執着の方が、余程危険かもしれない。
 
悪い情報を見てばかり居ると心が荒むばかりなので、音楽で邪念を払拭したいものだと思う。
 

 

 
今週末からPL (プレイリスト) も刷新したので、是非🎧
 

3I/ATLASと体調の異変、そして祈り

特に今年の9月辺りから、色々な宇宙情報を収集しています。
日常生活の端々に突如現れる異変と最近の体調の異変とがあながち無関係とは思えず、‥だから、直ぐに病院に行くと言う段取りとは異なるもっと別のプロセスの過程に (私たち夫婦は現在) 在ります。
 

私の体調の異変に関しては、やはりめまいとそれに同期するように現れる頭痛。
おかしなことに頭痛とめまいはそれぞれ異なる周期を持っていて、めまいと頭痛は入れ替わるように体調に現れます。
頭痛にも段階があり、どうやら私自身が何かしらの信号を感知している可能性も否定出来ません。
症状の詳細については、ここでは伏せておきます。
 
以下に、とても気になる動画を見付けたので、そのリンクと動画途中の音声の切り抜きだけを貼って、今日のところは一旦そこでブログを閉じます。
 

 

以下、部分的な文字起こしにて ⇩
 

── 35:41 ⇨ 36:58 付近 ─── ⇩
 
人類は観測されている
そして、試されている
次の段階に進む準備が出来ているかどうかを。

次の段階とは何か。
それは宇宙文明の一員として認められること。
地球と言う小さな惑星の中だけで生きる存在から、
銀河規模で活動する存在へ、
その転換点が、今、訪れているのかもしれません。
 
でも、そこには条件があります。

人類が、争いを超えられるかどうか
資源を奪い合うのではなく、共有できるかどうか
自分たちの利益だけを追求するのではなく、全体の調和を考えられるかどうか。
もし、これらの条件をクリアできなければ、接触は許されない。
もし、クリアできたなら、新しい時代が始まる。
 
(中略)
 
そして今、人類は選択を迫られている。
恐怖に戻るのか
それとも、祈りを選ぶのか
見えないものを否定するのか
それとも、見えないものに心を開くのか

その選択が、人類の未来を決める‥

これは、仮説です。

 

【追記】
『祈り』は、法則性、規則性、情念力学、このどれにも当てはまりません。ただ、そこに『祈り』と言う動機と動作があるのみです。
 
光と闇、そのどちらにも従属しない『祈り』はこれまでは、光側からも闇側からも標的にされて来ました。
時間を掛けて作用する薬草の効能は『効能』としての定義を確立していません。ですが、時間の制約を外せば必ずと言ってよい確率で、心身に作用して来ました。
 
祈りは全ての定義を超えます。
ご利益やリターンを一切求めない祈りが今、宇宙に暗躍する何かしらのエネルギー体の標的になっていると言う仮説を立てた場合、私 (夫も含む) たちの体調の異変にも納得が行きます。