週末の度に私は‥

3月半ばから長期的な風邪に見舞われており、5月に入った現在も未だ微熱が引かない。そんな体調の中でもブログを更新したい日もあるので、最近は時々スマホからSNSサイズの記事を投稿することが増えているが、この記事はPCから書いている。
 

毎週末に音楽の各サブスクリプション上で更新される新曲を欠かさず聴き、チェックし、良曲だけをSpotifyに作成したプレイリストにスクラップしている。
自身が音楽家であり作曲もするのになぜ他の人の音楽にここまで夢中になるのか‥ と時折抗議のDMも頂くが、私にとって今の地上の良曲をコレクションすることは「祈り」の一環である。自分の作品だけを宣伝したり販売している音楽家は大勢居るが、仲間でも同業者でもない第三者とも言うべき他の音楽家の作品をここまで数多く紹介している芸術家は稀だ。

サブブログディディエメラの音楽倉庫にも綴ったように、今週末は良曲が酷く少ない週だった。

今や多くの音楽家が職業として音楽をやっており、食べる目的で新作をリリースしているようにも見える。納期に間に合わせなければならないのに、聞くところによると各々のミュージシャンは手持ちのストックが少ないとの話もちらほら‥。
世の中の流れが速すぎるのだ。あくせくと働いてただ、ひたすら稼ぐ。音楽家になろうと思い立った最初の自分にもはや戻ることすら出来なくなってしまったミュージシャンも、きっと大勢居ることだろう。
 


クラシック音楽は既に、予定されていた音楽の歴史から脱輪した。
ロマン派の時代は戦争によって破滅し、その後に近現代音楽の歴史が始まった。そうなると地上で最も美しかったロマン派の音楽は過去の産物となり、2025年の今でも現代音楽の時代が細々と続いているようだ。
音楽界は現在二分しており、「クラシック音楽現代音楽」と言う構図になっている。それぞれの音楽には欠陥があり、多くのクラシック音楽の中にはその時代の空気が丸ごと封印されている為、クラシック音楽を好きになれないリスナーもまだまだ多い。
一方で現代音楽は理論体系自体が崩壊しており、各作曲家の衝動とその場の思い付きと「奇をてらう」精神で作曲されている為、映画音楽等の特定のシーンに音楽を当てる以外の使い道が存在しない。勿論現代音楽を食事中に聴くことも不可能だから、普及する筈もない。
 

私 (Didier Merah) は上記のどちらでもない音楽を生み出している。
戦争や時代の事情で破滅した、この世で最も美しいロマン派のエレメントを継承しており、私の多くの楽曲は、どの時代にも存在し得ないオーパーツをふんだんに内包している。
 


最近早朝に目が覚めることが増えている。気が向くとSNS (Xのサブアカウント, Threads等) に文字を書き込んで放ったりする、そのついでにここに来て、Threadsから投稿した記事をリライトして短文投稿することもあり、そのちょっとした時間が私にとっては癒しの一つになりつつある。
 
今朝は悪夢で目が覚めた。悪夢が多いのもきっと長引く微熱の影響だと思うけど、この連休中はあの世からの来訪者も多い。
実母は現自宅からそう遠くない合祀墓に眠っているが、母は私を酷く嫌い、殺意さえ持っていただろうと見られる多くのメモが母の死後、遺品整理の際実家から見つかっている。
 
今日は起き抜けに頭痛もあった。だがいつもの頭痛とは質が違っていて、今朝の頭痛は頭部の右側と右目の上辺りに痛みが集中していた。丁度母が、私の幼少期から大人になるまで日夜殴っていた箇所と重なっており、母の念が近くを徘徊しているのを感じた。
私は日々当たり前のように母の暴力を受け入れて、思春期を生き延びて来た。彼女は毎日何かと理由をつけては私の右側から彼女自身の利き手を使って殴りかかり、私の顔や体は常に痣だらけだったが誰も助けてはくれなかった。
 

30代で渡米した後に脳に詳しい医者に出会い、医師の診断を仰いだことがあった。それによると現在私を悩ませている乱視の要因の一つが、母の暴力だった可能性が浮上した。
悪いのは目ではなく、脳に障害があるのでは‥ と言うのが彼の見立てだった。それは年々後遺症として体に現れる可能性はあるが、改善する見込みはないとの話。
還暦になった私は、マンションや駅の階段さえも手すりにつかまらなければ歩くことが出来ない。遠近感がおかしい。既に30年も前にそのことは医者に忠告されていたので、今はそんな体調とも向き合いながら何とか生活をやり繰りしているが‥。
 


現在私たち夫婦は富士山の見える場所への移住 (正確には東京と別宅の二拠点生活になるが‥) を予定しており、その為の人脈作りと住宅探しを開始した。‥その途端に微熱の引かない風邪に見舞われたわけだが、それもこれも「圧」だと認識し、体に過剰な負担を掛けないような生活サイクルの中で出来ることを出来るだけ消化するよう努めている。
 

何度も書いているが、私はリラ星最後の巫女だった。リラ星が自爆したことを知る人は、多分私以外には存在しない。これは記憶を持っている人でもその記憶に触れることが難しく、私もその記憶を10年前頃に復活させたばかりだ。
その後色んな「人」として私は地上に転生を繰り返し、現在に至る。
 

数時間かなりの分量の音楽を聴いたり整理したり‥ 色々やっていたので、もっと文字を書きたい気持ちは山々だが体力的には限界だ。
更新したプレイリストは冒頭のサブブログのリンクからも辿れるので、この記事の最後は自分の音楽で締めくくる。活動初期に古い楽器で演奏しているので音質には若干問題はあるが、この作品は私自身の葬儀を棺の中から見上げている時の風景を音楽にした一曲だ。
 

我が家の連休初日

昨日は前半張り切って音楽を聴いたり選んだり‥ 色々作業をしていたのに、途中から中弛み。
それもその筈で、今週末の『世界の音楽』の新譜に良曲が少なかったのだ。

朝食を朝6時に頂いたので、正午を過ぎた辺りから空腹が訪れる🕛️
夫も隣で何となく疲れて来たらしく、『昼でも食べるか‥』と言う事になり、思い切って昼食をUber Eatsからオーダーする。

私の朝の検温結果はやはり、37.2℃をマーク。なかなか微熱が下がらないので、食事の分量が減っている。
だが今より食事量を増やさない方が体への負担も軽くてすむので、夫は『もっと食べなさい。』と言うけどそれには唯一従わない私。

夫は豚カツが食べたいと言うので私も便乗するが、やはり後半胃が重くなるので1/4は残す。
多分今の自分にはこの分量が丁度いい。

デザートはなし、代わりに甘くしたコーヒーを飲む。
我が家のコーヒーが最も美味しい。なぜならば水にも豆にもこだわって淹れてるからね。
以前ほどケーキのような甘いデザートには、興味がなくなって来た。少しウェイトを落としたい私には丁度いい。

やっと私の傍に、ダイエットの神が降臨した。 

(スマホから投稿 📱)

17回目の結婚記念日

2025年4月25日は、17回目の結婚記念日だった。

前日からお風呂場の換気扇が通電しなくなるわ私の微熱が若干ぶり返すわで、何やら色々重なった。

夫婦で『おめでとう』も言えないまま追い打ちを掛けるように早朝から私は偏頭痛にまで悩まされ、起き上がれなくなるレベルで辛かった。

諸々の業務連絡を終えてふと隣を見ると、私への心配で気苦労が絶えなかったであろう夫がすやすや眠りに就いたらしい。穏やかな寝息を立てている。

ランチの時間を逃してしまうけど、ここで昼食‥ はかなり無理があるだろう。再び私も入眠。

さて、ようやく夕食の時間だと言う時になって、再び私が偏頭痛を再発。昨日二度目の偏頭痛はかなり酷く、あっと言う間に強い吐き気に襲われた。仕方なく頭痛薬を服用し、再度眠りに就く。

明けて翌日の未明に何とか起き上がり、サプリメントやらフルボ酸を胃に流し込む。

Uberからオーダーしておいたお寿司を冷蔵庫に冷やしてあるのだが、なかなか食べるところまでたどり着けない。一つ一つの動作の合間に休憩が必要で、既に何度も寝室とリビングを往復している。

還暦の結婚記念日はこれまでの結婚生活の中で最悪な状況であったが、幸い私たち夫婦の波長は絶好調である。

これを愛でたいと言わずして、他にどんな形容詞があると言うのか。前日に夫が、マットレスや枕を高級感満載のエジプト綿仕上げのカバーに付け替えた。

包み込まれるような眠りを得た春。これこそ最高の贈り物だ。

最悪な体調だったけど、最高の結婚記念日だった🎂

※現在4月26日、3:28am 🕞️

(スマホから投稿 📱)

理解の外側

昨日は人間関係で、二つも落石を浴びた。
聞くところによると多くの人は常に未来の友人探しをしたり、仕事に有益な人たちとの出会いを模索しているらしいが、私は全く違う。

人生のことも仕事のことも、それ以外も全部まとめて夫と二人で解決して行く。それだけで良いと本気で考えている。

家庭のことを第三者に相談することもないし、何より『リラ星最後の巫女』と言う私が抱えている霊質の経緯を理解するには、雑談とか愚痴話や会食で繋がるだけの人間関係では素材も資質も何もかもが足りな過ぎる。

人と簡単に友達になろう‥ そして理解し合おう等と言う考えも夢も、とうの昔に綺麗さっぱり洗い流した。それは諦めでも絶望でもなく私にとっては内観と希望であり、見事なまでに快適だ。 

20代、30代頃の私を知るかつての知人や同業者等が最近の私を見て、『引き籠もりだ』とか『本当は喉から手が出るほど仕事が欲しいくせに無理しちゃってない?』だとか、全く歪んだ認識に及んでいるようだけど、そもそも音楽を生み出す作業に人の手は必要ない。

静かに祈りを致し、夫が組み立てた課題やテーマをさらにとことん突き詰め、それを音楽に置き換えて行く。シンプルなプロセスだからこそ生み出せる世界観があるのは、音楽も評論も文字執筆も全てに共通する。

そもそも日本のシャンソン業界やカンツォーネ業界なんて、正確には盗っ人の集まりでしかないのが実情だ。他人の作った異国の音楽の歌詞だけを原作者に許可も取らず勝手に日本語に書き換え、それを再演することでギャラを得ているわけだから、法の観点で言えば脱法行為に該当する。

某国の女プロデューサー (旧 CEO) だったら、『全部物まねでしょ!』と喚く類いの代物。そんな業界に今の私が関わりたい筈が無いでしょ、笑。

いい加減にして下さい。

 

それより何より、昨日のシンガポール男性も先週突如FacebookからDMを送って来たウクライナ国籍を名乗る男性も、揃って嘘吐きだった。私をマウントしながら自らの言葉で自らが吐いた嘘を紐解きながら、最後にはDMの最初で自身が吐いた嘘を忘れて (先方と出会おうとしない私に) 挑みかかって来るのだから、たちが悪い。

 

骨の髄まで人間嫌いを染み渡らせた人間がどのような魂 (過去世) の変遷を経て来たのか、何度も転生して経験を積んで学んでから来て下さいね🧚‍♂️

最低でも10万年を要するかもしれません。

(スマホから投稿 📱)

音楽と祈りと‥ (Music and Prayer to Me)

特にこの半年間の私が表舞台から一歩引いた状態でどこに向かっていたのか、‥それはこのブログの記事を追っている読者の皆様であれば薄々感じておられることでしょう。
諸々には相手が居て、相手のプライバシーとも深く関わることなので、詳細を深く掘り下げることが出来ません。ですが最近の私の体調と然る現象を照らし合わせれば、おのずと私が何を照らし、何を祈り続けているのかについては概ね察しがつくことと思います。
 
「大いなる仕事には大いなる責任と代償が付きまとう」とは、夫 天野玄斎の言葉です。
それについては同感ですし、実際に私も心身共に傷を負いました。勿論公的な活動の一部にも傷が入り、支障が出ています。でもそれも含めて「祈り」だと肝に銘じていますので、受け入れて突き進んで行きます。
 

今年で結婚してから15年が経過します。
15年前の私はと言えば日々スピリチュアルなことに精力を注いではいたのですが、どこか違和感や不自然さも感じていました。最近になって自分自身 (生身/ 霊体/ 感覚) をようやく統合出来るようになり、やたらに「スピリチュアル」等と言う言葉を使わずに自身を表現し、社会生活の中に上手く立たせられるようになったと思います。
なので時々SNSのDM等に寄せられるメールにも、余り熱心に返信が出来なくなりました。
 
全ては実在です。自分も魂も、そして神々も精霊も含め、全ては実在します。なので「見えない世界が見える」‥ 等と言うまやかしの言葉が、今の私にはとてもうすら寒く感じてなりません。
なぜならば私には「見えない世界を見ている (見える)」と言う感覚が、元々なかったからです。巷のその種族を凄いとは思わないですし、むしろ「見えない世界」とは何を以てそう言えるのかと言う彼らの説明を聞いてみたい好奇心にも駆られます。
でも、おそらくそれは時間の無駄、徒労に終わることでしょう。
 

私には実在する神々との約束や契約があり、その為の祈りに集中しなければなりません。
 
私は「見えない世界」は語りません。私の語ることは全て、私には見えている世界や世界観であり、それを形にする手段が音楽や音楽評論、執筆と言うことになるのでしょう。
とても普通のことで、とても自然に全てが営まれる感覚。その一部が霊界だったり神界で起きていることだったりします。
 


今年の春、一生にたった一度しかない還暦の春の桜を私は見ることが出来ませんでした。一年の中で最も美しい、そして一生に一度の還暦の春、私は一ヵ月近く高熱と微熱の目まぐるしい往復にうなされている間に、春は駆け足で去って行きました。
これほど酷い風邪を引いたのは、おそらく人生で初めてかもしれません。

親しくしている神々が私を気遣い、天界の美しい春を見せてくれたことはとても感動的でしたけど、還暦の桜が見られなかったことが何か‥ 私の遠い将来を暗示しているようにも思えて恐々としていることも又事実です。
リラ星最後の巫女だった私が今世、リラ星最後の巫女の妹とニアミスし、半ば敵対関係に押し込まれたのも又因果としか言いようがありません。
 
闇に光をあてることを第二のミッションとし、今それを実行している最中です。既にその仕事が形になり始めていることは、私のブログを遠巻きに読んでいる方々であればご理解頂けると思います。ですが私はその旨を、自分の言葉で放つことが出来ません。相手にもプライバシーがあるからです。
なので粛々と「祈り」と「照らし」を継続し、この世界が正しい方向に向かって進んで行けるよう、ささやかにお手伝い出来れば良いと思っています。
 


今日は一ヵ月ぶりに骨身にしみる程、音楽を堪能しています。まだ微熱でゆらゆらしている体とは言え、生活から音楽を抜くことは私にとって、酸素を奪われるに等しいこと‥。
最近の「世界の音楽」の新譜チェックは、以前より内容が薄くなって来たせいか、ときめきが薄れています。
でも考えてみればそういう感覚 (ときめきとか、感動とか‥) を私は、自ら生み出して世に放つ側の人間。それを自分自身にも言い聞かせ、受け身で音楽を聴くのではなく攻めの姿勢で世界中の音楽を聴くことにしています。
すると意外に色々な発見があり、色んな楽しみ方が見つかります。
 

音楽はまだまだ発展途上です。どこかの時点で音楽がマスコミの餌になり果て、地球上の音楽は今呼吸困難な状態に陥っています。
似たような音楽をその時々の流行りに従って、多くのミュージシャンが先を争うように生み出して行くものの、全ては商品。それを私は「音楽」とは呼びません。でも「音楽」とは呼べない音楽が今の大多数であり、真の音楽や音楽家たちがメディアの靴底に踏まれて地下に潜り込んでいるのが現状です。

そうこうしている間に段々と本物は自身の仕事や夢に絶望を感じ、諦めを感じ、本来進むべき道を後退しているのが分かります。
私はそこに光を当てています。それが私が毎週末放つSpotifyのプレイリストだったり、音楽評論エッセイだったりします。なのでもっと多くの方々にそれをシェアして頂きたいと思うのですが、こういうことは双方のタイミングもありますし、なかなか同時進行して行くことは難しいです。

以下のリンクは、Didier Merahが放つ最新のプレイリストになります。
皆さまへ、是非今年叶わなかった春の余韻を一緒に楽しんで頂ければありがたいです。
 

 

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表現者は作品だけで勝負しなさい

昔から油絵が大好きで絵画の個展にもよく出掛けたものだったが、最近それをピタリとやめた。『在廊』している画家の質 (人間性) が酷く低下したからだ。
※他界した画家の名画は素晴らしいが、存命中の画家の精神性が緩すぎる。

そもそも画家の在廊を、私は求めていない。むしろ居なくていい。
画家は絵だけで勝負しなさい、と思う。同様に、音楽家は音楽だけで勝負しろ、とも言いたい。

作品と関係ないものをチラつかせて客やファンの同情を煽る行為。

(或る画家の例だが) SNS等で、個展を控えて精神的に酷く混乱している大芝居を打って行く。
だが‥、客に会場に来させた途端に、『ありがとう!』『涙が出ました』等と言って態度を激変させる偽物の表現者たちを見ていると、心から虫唾が走る。
仮にそれをメンヘラだとして、メンヘラを売りにしてはいけないですよ。それは病いなのだから。

 

‥とは言え世の大半の表現者等がこの体たらくだから、現在活躍していると言われる多くの音楽家、舞踏家やら画家の作品も五百年後には殆ど消えているだろう。

それを確かめる為に私も、五百年後のこの世に戻って来ようと思っているが‥。

(スマホから投稿 📱)

https://www.threads.net/@didiermerah/post/DIstyx1yVLZ?xmt=AQGz35a3CINa8HZD_VptMlc2EGV8nfyklDcNn7xbEzafXw

長引く風邪

昨晩いきなり (再び) 熱が上がったので、寝しなにネッククーラーを巻いてキンキンに首を冷やして就寝したが、今起きてみるとやはり体内に熱がくすぶっている感じ。

一方、北川景子さんも風邪で、今日の生放送の予定を全てキャンセルしたとか。
ロング・コビットによく似た風邪を引きずっている知人も数名いる。
私もこの症状にやや似ているのかもしれないが、COVID-19に感染したことは無い。
 
一応念のため、フルボ酸を服用して様子をみている。
熱が34℃台から37℃台を一日の中で容赦なく上下する、この症状は一体何?

 

温かいモカジャワが飲みたい。

(スマホから投稿 📱)

誰も本当の私を知らない

そう言えば昔々、かれこれ45年近く前、京王線は仙川の裏路地にひっそり佇むカフェがあった。
そこはコーヒーが当時230円 (ほぼ学生価格) で、他にはカレーライスとチーズケーキしか置いていなかった。
店主の気まぐれで時々それ以外にもフードが用意されている日もあったが、少なくとも私が通う平日の午後はカレーすら残っていない事も度々‥。

店内は薄暗く、BGMはジャズか吉田美奈子と山下達郎と決まっており、定休日の前日になるとほぼ吉田美奈子しか店内に流れない。

母校の音楽科や演劇科の学生に多くの常連も居たが、店内の薄暗さとBGMが客を決めてしまうようなところがあり、ワイルド系の女性と演劇科の学生の溜まり場になっていた。

 

どういうわけか私がそこにある日吸い寄せられてしまい、店内が若干異世界に染まった。品行方正な身なりの音大生は絶対、そういう店を選ばないからねぇ(笑)

私は当時母 (母は今で言う毒親) に洋服を買い与えてさえ貰えず、年中殆ど同じ服を来ていた。ある種の制服化に成功してはいたが私は歴とした私服で通学していたつもりだった。

そんなある日、ジーンズにTシャツ、フラッパーヘアーの上級生に『貴女も私たちとおんなじね』と言われた。

 

 

‥その瞬間は彼女の言う意味が全く分からなかったが、その後上級生の彼女との付き合いは暫く続いた。
ロックシンガーのジョニー・ミッチェルと吉田美奈子とヨモギ餅を足して4で割ったような女性で、言われなければ音大生とは気付かない風貌だ。

卒業式の日、彼女はあいも変わらずジーンズとTシャツに革ジャンをまとって現れ、途中通学路で私をピックアップするとそのまま、さっきのカフェよりもさらにダークなカフェに私を連れ込んだ。そのまま彼女は卒業式には行かなかった。

私たちはそこから数時間話し込み、先の謎が解けて行く。

『貴女も私たちとおんなじね。‥』
つまり私も彼女も、どこに居てもどこにも馴染めないと言うのが彼女の答えだった。

どうにもそれが腑に落ちなくて私はその日を境に、自分をその場のテーマや雰囲気に合わせてカスタムしながら生きる術を習得しようと決めて、それは現在に至る。

 

その後私は経路の異なる複数の仕事に就き、その場所の世界に自分を合わせて演じて生きるようになった。

シャンソンの伴奏者としての私、アイドルグループの裏方としての私、ピアノ教師風ないでたちで小さな子供にピアノを教える私、音楽事務所の情報収集をする為に事務員と言う肩書きで業界に潜入する私、スピリチュアルの世界で霊能者の真似事みたいなことをして有名人になった私、音楽とは全く関係のない‥ かなり身に危険の迫る仕事の補佐をする私‥ 等々ここには出せないことも沢山やって来た。

その世界毎に自分を作り替えて行くうちに各々の世界にそれぞれの人間関係が生まれた。ある時その話をシャンソン系の同業者に話した時に私は彼に酷い嘘吐き呼ばわりをされ、心から傷つき、失望した。

その日を機に私は、誰にも自分の本性について語らなくなった。

 

今でも誰一人、私の全貌を知らない。

数百年後のソメイヨシノは

ソメイヨシノは接ぎ木によってここまで増えて、栄えて来た種。
このところ老木や倒木、病気にかかる木が増えて、数百年後の未来にはこの世から消えるかもしれないと言われている。
そう思うと何とも寂しくなる。

 

今年は体調不良でお花見が出来ず。
来年こそは是非とも、美しい桜を拝めますように‥🌸
 

私が私らしく居られる条件

一人で居たい日もあれば誰かと話したい日もあって、そうかと思えば馴染んだ相手にだけ心を開きたい日もある。
この世にもあの世にも、いつも同じ様に居られる存在は無いと言う事は、日々神々と接していればよく分かる⛩️

但しどんな時であっても、『相手は実在する』事だけは忘れてはならないと思う。相手はけっしてバーチャルでも架空の存在でもなく、リアルに実在すると言う事は忘れてはいけないと思う。
そのルールを逸脱したい時は、第三者が関わらずに済む空間で、表現に徹すれば良いと思う。
むしろ私は他者不介在の場所で、一人粛々と表現している方が向いている。

ブログとか、noteとか、そういう場所で他者の目や評価を一切意識しないで、浮き世から離れてものを書く、音楽に没頭するとか。