[Pit Stop] – 歴史を照らし、歴史を消す

かれこれ二週間近くにもなるだろうか、私と相方は酷い風邪を引いている。
相方がひとあし早く風邪の症状を発症したので、私は数日遅れで相方の不調を追い掛けた格好になった。それが物凄い状況で、こんなに長期間胃に物が入らなくなったのはわたし史上初めてではないかと言う感じだ。
 
丁度相方が症状を発症したのが東京に物凄い黄砂が舞った日だったので、あくまで憶測の域を出ないがこの風邪はともすると黄砂を介して上陸した未知のウィルスではなかろうか‥ と、あくまで私たちは睨んでいる。
ただでさえ隣国のガールズグループ NewJeans 関連のトドメの作業を神々等と担っている最中とあり、心身かなり酷使していた時にいきなり来たこの風邪は兎に角悪寒との闘いに明け暮れる日々が続き、先の見えない状況に心が折れた。
 

 
これまで私は世の中に平穏をもたらすもの、華を宿し時代を輝かせてくれる対象に限定して光を当てて来た。だが今回の活動は、それとは完全に逆の現象を引き起こすことを目的としている。
当初この話は表に出すつもりはなかったが、一個一個の現象が私や共に活動をしている神々の想定通りに事が運び始めたので、私たちが何をしているかについての情報の一部に関しては外側に出した方がよりわかりやすいだろう‥ と言う見解に至った。
その途端に私と相方がほぼ同時に、体調を崩した。

私も相方も共に、大きな代償を背負った。それは私の活動にも大きな影響を及ぼすには至ったが、よく考えてみれば色々な物事が大きな分岐点を迎えるとはこのような状況ともリンクしていることは当たり前と言えば当たり前なので、私も夫も途中で視点を切り替えることに決めた。
 

闇に光を当て、その物の持つ闇をさらに白日の下に晒す。闇は血しぶきを上げながら毒を陽の光の中に撒き散らし、それまで隠れていたこと、隠しておいたことを全て隠しきれなくなる。
今回私や相方、そして某法の神が標的としたのがNewJeans (+ミン・ヒジン) であり、今や私たち (少なくとも私と、法の精霊と) は手を組んでこの世から一つの大きな闇とその歴史を葬り去ることに於いて協力関係を結んでいる。
 
かなしいかな、誰が何を思おうが願おうが、彼女たちは一人残らず歴史の表舞台から消え去ることになるだろう。
ここに来て多額の違約金或いは損害金の支払い能力云々を理由に未成年者の両親間で遂に仲間割れが起きたとも報道されているが、何れにせよ彼らは一人残らず消え去る運命なのだ。
あとはその方法論が如何に‥ と言う点が最後に残される。
 

 
思えば2021年12月に実母が他界し、弟 (故) の嫁 山田えり が私にそのことが絶対に発覚しないよう周囲と手を組んで実母を火葬した一件の後ぐらいから、私の中に「法律」と言う大きな命題は既にのしかかっていたように思う。
勿論私にはその時代を法の人として生きた記憶が全く抜け落ちているので、自分がその当時一体何者だったのかについては分からないが、私の中に法を犯す者への一方ならぬ強い怒りや憎悪が渦巻いていることには違いがなかった。
 
その後「霊界司法」と言う別次元の役職を持つ人たち数名が私の元に現れ、実際に私の母、父、弟 (叔母等も含む) 等のその後の霊体の処遇について伝え聞いた時には、背筋が凍り付いた。
だが、法を犯すとはそういうことであり、彼らは霊体を完全に粉砕されることをあえて免れ、この世に霊体を法的に分散されることにより生まれ変わりを未来永劫果たせないまま長い長い時を過ごして行くことが課せられるとのことだった。
 

私の周辺にはそういう類の悪事をはたらく人たちが本当に多いが、少なくとも私がそちらの悪の側に立つことのないよう気を付けたいと思うのみである。
 

どういう経緯だったのか、この風邪の熱にうなされていてよく覚えていないが、気が付くとコンプレックスコン香港で初演されたNewJeansの新曲 “Pit Stop” の比較的綺麗な音源が手元にあるではないか(笑)。
こうやってあらためて聴くと、この楽曲が如何に音楽になっていないかと言う点を含め、粗や欠点等はツッコミどころ満載過ぎて泣けて来る。
 
記念すべき音源なので、幾つかの方法を手元に保存しておこうと思う。
読み返すことのないK-Popの黒歴史の栄えある1ページをここに。
 

 

 

“PIT STOP” (NewJeans) at ComplexCon 20250323

昨日は一日、重苦しい時間を過ごした。
私の視界を介して、そこで見た物事に於ける判断が別の世界へと渡り、その世界からの英断が振るわれる‥。
これまで私は光輝く可能性を察知した時だけ対象物にスポットを当てていたが、今回は逆の力を初めて発動したことになる。
 
闇にあえて光を当てることで、現世的には見えにくい現象を具現化すること。これは想像以上に過酷であり、連日気力体力共に膨大に消耗している。
しかも昨日は (どこの誰かは特定出来ないが‥) どうやら専業の呪術師の存在を感じたので、相方に撃退をお願いした。そのお陰で今、こうして、この記事を書けるところまで気力体力が復活させることが出来た。
 

2025年3月23日、NewJeansが本来ならば新たな活動の出発となるべくNJZとして新曲を発表する筈だったが、そうではなくNewJeansとしての一時活動休止の区切りとして新曲 “PIT STOP” を発表した。
この新曲がかなり悲惨な状況だったことは、音楽やダンス、舞踏等の文化的知識をわきまえた人であれば多かれ少なかれ感じただろう。
 


楽曲的にもかなり散々な出来栄えだ。
[C Maj ⇨ D♭Maj ] ⇦ 大まかにはこの循環コードでトラックが組まれており、その上にはメロディーのないラップだけが滑り落ちて行くような構成になっている。
勿論初演が “Complexcon Hong Kong” と言う大会場でのライブであれば、元のトラックを知らない殆どのリスナーには何を言っているのか等聴き取れる筈もない。
ボイストレーニングの不足は明らかに、大舞台の歌唱に影響を及ぼしている。声がお腹の底まで降りていない為、メンバー全員の発声が上 (うわ) ずっている。
 
メンバーが交互にモゴモゴ何かしらラップらしき言葉をつぶやき、その前後左右をブレイクダンスで埋めている。
ダンス構成も全くどうにもならない状態で、これまでNewJeansがリリースして来た、特にダンス系の楽曲の振付けを寄せ集めたような印象だったが、現実はどうなのだろうか‥。
 

「私たちは何の制約も受けずに自由に活動したい。」と豪語していた結果がこの状況で、つまり彼女たちは表現者でもクリエイターでもない、ただのアイコン・タレントに過ぎないことが明確に露呈した形となったようだ。
ヘアメイクも付けていなかったのか、衣装にも統一感が見られないし、特に各自のヘアの乱れがかなり露骨に現れた形に見えた。ヘインはロングヘアーを無造作に後ろに束ねただけの状態で、セットも何もしていないように見えた。むしろ疲れ切った印象が色濃く漂っていたが、きっとそうだったと思う。
 


昨夜の “Complexcon Hong Kong” のNewJeansの部分だけの全体の動画も運よく観ることが出来たが、恐らくショー全体の衣装合わせやライティングのリハーサルが完成していなかったのか、照明構成の不備が随所に見られたし、兎に角全体的に暗い印象しか残らない。
 
ショーの最初に各メンバーのソロが続くが、それも前回の東京ドームの時とは別人のように未完成のままステージに上がって来た状態ではなかったか。
その中でも意外にヘリンのソロが良かったが‥ (曲目が分からないが、何かのカバーソングだと思われる‥) 。
 


だがそれ以外のメンバーのソロは散々だ。
やはり事務所の力は偉大だと思わざるを得ない。その意味で、ADORはNewJeansとの仕事の区切りの最終日の2025年1月4日まで、本当に優れたサポートをして来たと感じずには居られない。
 

そして2025日3月23日をもってNewJeansは当分の期間活動を停止るつことが、ライブの最後に各メンバーの口から伝えられた。当然のことだ。
裁判は未だ序の口だ。これが始まりであり、ここからさらなる過酷な法の罰が課せられることになるだろう。私が、民衆が‥ ではなく、法の神 (霊界司法を含む) の面々が彼女たちをけっして許さない。
私もそう在ることを切望している。
 
最初は私もバニーズ (Bunnies) 以上にNewJeansのみならずミン・ヒジンの活動を応援して来たが、そういう善意の応援者を敵に回すと後に何が待ち受けているのか‥。それを存分に彼女たちは味わうべきだと、心から願ってやまない。
 
そして私は今後の状況についても、その背後に在る存在や現象に於いてもくまなく見つけ出して光を当てて行くと決めている。
私が見たことは、必ず現実の世界で実を結ぶ。良いことも、悪いことも全て含め、私はそれらを記録して神界に伝達して行く。
リラ星最後の巫女の仕事を今世にまで引き継ぐことになるとは、当の私も思ってもみなかったが、それも私のミッション。出来る限り務め上げる所存だ。

 

 

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LE SSERAFIM “KAZUHA”の表現と美声

私、Didier Merahは3月12日から14日まで、思い出の地 箱根に小旅行に出掛けていた。SNS用のプロフィール写真を1枚でも撮影出来ればと思いきや、現地は物凄い花粉の渦‥。
度重なるくしゃみの影響で、遂に二泊目の夜にこともあろうにギックリ腰を発症し、今日に至る(笑)。
 
まぁ箱根の旅について書きたいことは一旦棚上げし、昨夜YouTubeで聴いたばかりのLE SSERAFIMのKAZUHAの上品な表現と歌声に、私は完全に痺れている。
ここ数年はNewJeansを色々な方法で応援していたが、一連の事件が日に日に表面化して来る毎に彼女たちの人間性にも活動形態にも強く失望し、付け加え私の予知ではKポップ産業全体が近い将来衰退するだろうと察知しており、そろそろKポの推し活も潮時だろうと思っている。
そんな私を、Kポ産業で活躍している日本人女性の歌声の火球が直撃した🌠
 

 
YouTubeでコンスタントに配信されている『リムジンサービス』は、キャスターのイ・ムジンが好きで時々視ているが、今回のKAZUHA特集には痺れた。
 

 
何より選曲が良い。
冒頭の『Impurities』をピアノ一本でキメて来る辺り、KAZUHAの音楽性と教養の高さをモロに見せ付けて来るではないか。楽曲の大半を裏声を使って表現して行く様は、歌曲アリアを歌う手法に寄せており、動画後半でイ・ムジンがその旨を突っ込んで解説している。
そもそもKAZUHAがバレリーナを志していた女性と言うこともあり、クラシック音楽に精通していたことは当初から感じて居たが、彼女の、特に「声」の表現が身体表現を楽に超えて来た辺りは同じ日本人として心から誇りに思う。
 
楽曲が進み、私を完全に痺れさせたのが『Angel』27:11~ だった。
これは韓国ドラマ『ボーイフレンド』の劇中歌として数年前に流行ったそうだが、丁度私は自身の音楽活動が過熱して来たタイミングと重なりこのドラマを未だ視ていないが、原曲も良曲だ。
 

 
勿論原曲『Angel』も最高だが、KAZUHAのカバーが原曲を超えて来たところが圧巻だ。
彼女がもしも日本からデビューしていたら、彼女本来の能力はここまで発揮 (評価) されなかっただろう。そう思うと、日本の音楽文化水準の低さに腹立たしさを感じずには居られないが、やはり神はKAZUHAを放ってはおかなかった。
 
ただ、残念なことに今回のLE SSERAFIMのカムバック曲Come Over他‥ が何ともチープで情けなくて、音声を切った状態で映像だけを観ているとどこかストリップ性の高い下品な内容に見えて来る。そこに今回の『リムジンサービス』が体当たりでバッティングして来たことで、聴衆がどちら側の現象を真実として吸収して行くか、或いはKAZUHAの真の才能はどちら側の側面に潜んでいるのか‥、その辺りの評価の分断に対しては幾ばくかの危機感も感じてはいるが‥。
 

音楽的なことを付け加えるならば、『Angel』はどこかEnnio Morricone (エンニオ・モリコーネ) の名曲『シネマ・パラダイス』にも通ずるテイストを持つ楽曲だ。
名曲へのリスペクトがさらなる名曲を生み出したと言っても、過言ではないだろう。
 

 
何れもクラシック音楽のエッセンスを存分に含んだ楽曲を、バレリーナを志していた女性 KAZUHAがヴォーカルでカバーして行く流れは、偶然を超えた必然だ。
複数の奇跡が同時進行で動いて行くこの瞬間瞬間の出来事を、多くの人たちがありふれた出来事として見過ごして行くのが、音楽家である私にはただただ悔やまれる‥。
 

この記事の最後に、LE SSERAFIMのレパートリーの中で最も私が好きな曲『Impurities』のMVを貼っておきたい。
動画は原曲のバージョンにアクティブな映像がくっついているが、むしろ本記事の冒頭に貼ったKAZUHAのセルフカバーの方が音楽的に優れている。
 

 

ここからはほんの余談である。
私の法律に携わる家系に生まれているが最近、YouTubeチャンネル進撃のコ弁を運営する、コ・サンロク弁護士の活動に強く触発されている。
両者は方向性も手法も勿論全く異なるが、意図するところがとても近い。そして何より法解釈の緻密さに於いては、右に出る者は居ないだろう。
 
私は法の専門家ではないので適切な表記からは外れるかもしれないが、コ・サンロク弁護士の法解釈は既存の解釈は判例を法の解釈によって覆して行く可能性を感じており、それが私の音楽活動に大きな (ポジティブな意味で) 打撃を与えてくれる。
辛うじて両者が同じ星に同時に存在している事も、ただの偶然とは思えない。

黒い闇 (The dark fog that shrouds music culture)

ブログの更新は滞ってはいたが私自身の活動は順調で、自身の創作活動の下準備を始めとする毎週末の『世界の音楽』の新譜チェックはコンスタントに進めていた。
現在、その様子は毎週末に一斉に更新している新しいブログディディエ・メラの音楽倉庫に収めている。
 
余り良いニュースではないが先月中旬、(恐らくKポ絡みの事情と思われるが‥) Xの私のメインアカウントがいきなり凍結された。それまでXのメインで進めて来た『世界の音楽』、新譜チェック ⇨ 音楽評論メモが出来ない状況に陥ったが私は転んでもただでは起きない(笑)。
直ぐに音楽紹介/ 音楽評論を発信する新しいブログで仕切り直しを図り、そのブログを一望するだけで私の脳内の音楽倉庫の厚みがよく分かるだろう。
 

https://didiermerahbox.wordpress.com/
 
ここ最近の世界の新譜を一望しながら、あらためて気付いたことがある。

それは地球の人口が過剰に増えすぎたことだ。

これは音楽文化の衰退とも関連付けて考えなければいけないことだし、もっと別の側面を挙げるとしたら人と人との出会いやコミュニケーションの質の劣化とも深く関わっているかもしれない。
 

先週、タイの若手女性シンガーソングライター “Millie Snow” の新譜『You are the star (Japanese Ver.) (君は星)』を聴いた時にも痛感したが、今地球上には人で溢れ返るほど人口が増え過ぎたことの影響で、本来出会うべき人同士が互いを見失ったまますれ違ってしまう現象があちらこちらで起きているように思う。
余程神経を研ぎ澄まさなければソウルメイトの気配に気付けない状況になっており、かと言って人間の感性の芯はそう長期的に研ぎ澄ませ続けることも難しい。
 


その時の思い付きや直感を脳や記憶に鮮明に保管しておくには技術 (スキル) が絶対的に必要であり、日々の労働のルーティーンに押し潰されながらそのスキルを磨き込むことは、思った以上に難しい。
 

思うに一種類の生き物、生物、生命体が過剰繁殖することと、その種が暴徒化/ 狂暴化することとは無関係ではないだろう。これはものの例えではあるが、スズメバチも女王バチ単体ではただの一匹の蜂に過ぎない。だが、仲間を増やし徒党を組んだ状態で一個の仮想敵或いは外敵を定めた段階でそもそもの性質を逸脱し、狂暴になり、仮想敵に攻撃を仕掛ける別の集団に変質する。
特に狂暴の想念は温厚なそれとは異なり、仲間を募って狂暴の先にあるネガティブな目的を持った時に異様なエネルギーを放ち、同種でそのエネルギーを共有し、目的の達成を悲願として目論む歪んだ性質やマインドが暴走する。
人類が今、その状態に変質を遂げる寸前に来たのではないかと、私はシュールな存在からもその旨に於ける警告を受け取っている。
 

一見全く関係のない作業のように見えるかもしれないが、最近の私の『世界の音楽』の毎週末の新譜評論は、上記にも触れた地球上の異変とも深く関連している。
溢れかえる人々、溢れかえる音楽、溢れかえる物質や様々な現象の中で誰かが大きな代償を背負い正解を唱えなければいけない。
余りに物が溢れかえってしまったことで、正しい答えを探そうとしている一部の人々は自力で正解に辿り着けなくなってしまった‥。私にはそんな風に見えて仕方がない。
 

 
その時々の世界中の音楽を聴いて、それらを集めてプレイリストを作って世に放つ。
文字に書くとそれを「自分の好きな世界観を他人に押し付けたいだけでしょ?」と歪んだ解釈に走る人たちが必ず現れるが、別にそう思われても私は一向に構わない。

どこぞの国で私の真似をしてプレイリストを必死に作ってSNSに放っている某著名人の噂も漏れ伝わって来るが、私と彼らの違いは音楽の発信者であるか否かと言う点だ。
多くの音楽家は自分の宣伝だけを行い、仕事で絡まない限り他者の作品を称賛することもなければ評論もしない。
「精査をする」ことで自身の評判を貶めたくはないだろうし、むしろ精査を加えず無暗に (手放しで) 相手の作品を褒めたふりをしながら、その動作を自身の高評価に転じることだけを必死で考えている。
 

或る人物に質問された。『あなたはなぜ、他の人の作品をピックアップして論評し、それをコレクションしたチャンネルをSNSやブログで紹介しているのですか?』と。
理由を正確に伝えるには、多くの人たちが私のことを余りにも知らなさすぎるし、理解しようとも思わなさ過ぎる。
一行の質問に数分で回答出来るほど、私の人生は薄くない。
一つはっきりしていることは、私が一連の作業を「神々との密約」の元に継続していることだ。
今話せるのは、一先ずここまでだ。
 

音楽文化が明らかに衰退を始めた。

私はその現象をことさら止めたいとは思っていない。なぜならば今、この地球上には「どうでもいいもの」や「要らないもの」が溢れかえってしまったからだ。
特に、商品としての音楽が多すぎる。地上の商業音楽は、いつか一掃しなければいけなくなるだろう。それを流れ行く時間に託すかマンパワーに託すか、或いはその両輪で音楽文化の一掃を試みるか。
答えは神のみぞ、知る。
 

私は予言者であるが、どちらかと言うと「預言者」と呼ぶ方が相応しい。
人々はそれをシャーマンと言ったり霊能者等と例えてみたりもするようだが、どの単語にも私は当てはまらない。
ただ「私」と言う霊体が肉体を纏って数十年間の生をまっとうし、その生命が終わっても又私はここに戻って来るだろう。それもこれも全て、神々との密約なのだから。
 

 
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尖がって生きる (例えばDJ. Hiroko Yamamuraのように)

DJ. Hiroko Yamamura

2025年1月18日 早朝。私のメインのXのアカウントがいきなり制御不能になりました。アカウント復活を祈る思いで何度か異議申し立てをしていますが、おそらく今後の復活は厳しいかもしれません。
アカウント凍結の当初の理由は『偽装行為によりAIが自動的にアカウントを凍結した』と言うものでしたが、全く身に覚えがありません。その後Topページの表示が変わり、『厳正な審査の結果‥ 云々』と言うメッセージに変化。

正直少し凹んだことは事実でしたが、その後私が『隣国の或る団体』の標的にされていた (私のアカウントを通報するよう呼び掛けていた) 事等を知り、私のような尖がった人間はSNSの枠を必然的にはみ出してしまうのだと気付かされました。
 

普段はとても穏やかな音楽を生み出している私 Didier Merah (ディディエ・メラ) ですが、外装と内面はかなり異なります。
それもそのはず、そもそもがリラ星最後の巫女 (シャーマンとも言う) だったわけですから、普通である筈がありません。その記憶と複数の転生の経験の蓄積を現世に持ち越していれば、一般的な『普通の人』のそれと私の『普通』の概念に差があっても致し方ないでしょう。
 

実はひっそりと、世界の音楽のデータベースのようなブログを立ち上げました。
題してディディエ・メラの音楽倉庫
 

 
世界中の音楽をここ一カ所に集めて行く為の、いわば音楽のAmazonのようなルームです。
Xのアカウント凍結が切っ掛けでそれまでXで行っていた『世界の音楽』の新譜紹介が出来なくなったので、‥だったら人と関わらなくても済む自由空間をweb上に立ち上げようと思い立ち、現在音楽を粛々と集めている最中です。
 

 
さて話をDJ. Hiroko Yamamura に戻して。
現在以下のトラックをリスニング中🎧
 


上の動画はDJ会場の記録とは違うみたいですが、選曲を聴くとDJ名がなくてもHiroko Yamamuraのセレクトだと分かります。
いわゆるテクノ、或いはアッパーテクノと呼ばれる楽曲が静かにグラデーションしながら繋がって行く構成ですが、これが意外に私の癒しになっています。
 
私自身が生み出す音楽とはまさに180度違う経路のジャンルですが、それが良い。展開が読めないところがツボで、Hiroko Yamamuraの脳内を旅しているような一種のトランス感覚が心地好いのですよ。

Hiroko氏の選曲は一見ガツガツに攻めているように見えますが、実は手堅さも感じ取れます。楽曲のつなぎ目にクセがあり、一旦低音を抜きながら次の曲へ、次の曲へと楽曲が移って行くあたり、めちゃめちゃ好きです。
でも全体を繋ぐと「かなり攻めた作り」になっていて、それが一定時間のリスニングを超えたところでほぼ音楽から環境自体に定着して行く辺りは、まさにHirokoマジックと言っても過言ではないです。
 

真に尖がって生きている人って、実は手堅く足元を固めているものです。だからちょっとやそっとじゃ崩れ落ちない。
確かにメンタルの落ち込みが激しい日もありますが、それは単純に「にわか雨」みたいなものだと分かっているから、兎に角やり過ごす方法を心得ている。
私もそういう生き方を突き進んで行きたいと、最近思っています。
 

いい人、優しい人はこの際返上します。


あなた方の前に居る私は、もはや昔とは別人だと思って下さい。黒は黒、白には引っくり返さない。黒は黒と言い、闇を暴いて生きて行く所存です。
但しモラルや法の観点も捨てません。その上で、言葉や思考の刃物の先端をさらに磨き込んで行きたいと思います⚔️
 

 

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燃える火、消えゆく灯、そして祈り

あけましておめでとうございます🎍

今年もよろしくお願い致します。

 
我が家はいたって普通通りの年末年始を迎え、明けて1月3日に今年最初の神人共食の儀を執り行いました。
神界の神々の多くは古い時代に人として生きており、その当時の食生活は今と比べてとても質素で、少ない食材の中で工夫を凝らしていたようです。なので私たちが日常的に食しているお料理の大半が神々にとってはとても珍しく、そして貴重だと話しています。

2025年1月3日の神人共食の献立は、イタリア料理でした。
我が家では殆ど毎日神人共食を執り行っており、時にはジャンクフードもあり、時にはファミレスのステーキもあり‥ とバラエティーに富んでいます。古い神様方は最初こそ難色を示されたものの、最近は私たち夫婦が味わう多くの料理に興味を示されますし、少しずつ味覚のアップデートが進んでいる様子が伝わって来ます。

ですがそのような状況を快く思わない原理主義的な価値観を持つ神々や宇宙自然神等も存在するらしく、昨夜の神人共食時には私たち人間のみならず神々にも圧がかかり、特に食事中盤で夫が強い倦怠感を示す等、過酷な状況下で儀式は進んで行きました。
 

 
私がことさらイタリア料理に拘るには理由があります。
勿論既にご存じの方々もおられると思いますが、私の直前の過去世はイタリア人でした。その時の私は交通事故で命を落としています。その交通事故で私は大型トラックに轢かれて死んだわけですが、そのトラックの助手席に乗車していたのがサビノ神父でした。
サビノ神父はその件が切っ掛けで後に聖職者の道を選んだと、彼の御霊から最近その事実を聞きました。

私が日本人の血を引く両親から生まれた時、彼はそれが私とは知らずに言い様のない感覚の痺れを感じたそうです。なぜそのような感覚に襲われるのかについては、最近まで、‥夫がサビノ神父の霊体の患部を治療するまでは気付くことが出来なかったようです。

サビノ神父の霊体の患部を夫 天野玄斎 が治療して取り除いた時、彼の意識がようやく明確になり、それまで起きた色々な出来事を思い出して整理する状況に至ったそうです。
私に、私とサビノ神父が最後に会った場所を彼の霊体から直接聞くことが出来たのも、夫のヒーリングのお陰です。
 

 
話を戻して‥。

上の写真ですが、母が写り込んでいなければまるで、父と娘の写真のように私とサビノ神父の雰囲気がとても似ているように見えます。そして時々ご質問頂くのですが、後ろに写っている人形の中には、リラ星時代の私の (当時の第二巫女候補だった) 妹の魂が完全に入り込んでいます。

当時から私は両親に「顔の傷のせいで人前に出せない子」だと言われていたのですが、この写真を見る限りそのようには見えません。勿論若干の傷跡のようなものが顔にはあるのかもしれませんが、この写真の少女のどこが「人前に出せない子」なのでしょうか‥。
でもそんな両親の言葉を真に受けて私を遠ざけた人が他にも複数いたのは、完全に毒親であった父母の洗脳がネガティブな意味で周囲に行き届いたからと言わざるを得ません。

私がサビノ神父に最後に会ったのが、私が18歳の誕生日でした。なのでこの写真を母の遺品から発掘するまでには、42年もの月日が経過したことになります。

でも、祈りは必ず通じます。勿論サビノ神父はこの世を既に去ってしまいましたけど、彼の霊体は実在し、私たちは再会を果たすことが叶いました。そして2024年の2月末日に、サビノ神父は次の生を得てこの世に転生しています。
今度は私が、現世のサビノ神父との再会を待つ番だと思っています。

 
思えば色んな事が起きた2024年。深めたい親睦が上手く深まらず、黒を絶対に白にひっくり返さない私の性格が全てを叩き割ったような一年が経過しました。
せっかく今世で再会を目前に控えていたリラ星時代の妹を見つけたにも関わらず、彼女は心に大きな混乱を来たし、実際の再会は叶わず現在に至ります。

黒を白にひっくり返さない私の性格が災いしたのか、多くの人たちが私や夫の傍から離れて行きました。妥協と虚偽にまみれた人間関係を築くことは私の哲学に反するので、それも致し方ないのでしょう。
 

 
文字通り、私は音楽家・芸術家でありながらもやはり、巫女のような人生をこれからも歩んで行くことになるでしょう。それが人々から理解されない生き方・生きざまだとしても、それをする為に私はここに戻って来た自負があります。

今年は自身の新しいアルバムの企画に着手し、早ければ今年末~来年頃には制作に入るつもりで居ます。
並行して音楽評論と音楽研究にも集中し、特にイタリア音楽 (カンツォーネやイタリアンポップス) をさらに極めたいと思っています。私の魂には今でも強いイタリアが流れており、その強烈な引力に今は流されていたいと願ってやみません。

又音楽やクリエイトと言う観点で、企業戦略的なアドバイス業も担って行けたら‥ と、予定はびっしり詰まっています。法律や社会学、社会心理学等も勉強し、豊かな精神性を培って行かなければなりません。

この記事の最後に、未だ作りかけではありますが、『Collection “SABINO” Ⅴ (2025′)』と題したプレイリスト (on Spotify) のリンクを貼っておきます。
私の中に流れるイタリアを、共にシェア出来たら嬉しいです。
 

神々と共に見つめ続ける (I continue to look at the world with the gods)

幸せとは、何も起きない世界であり続ける事だと私は思っている。だがその思いとは逆に、世界は良くない方向へ転がり続けているように見える。
私の2024年は、色々な意味で激変だった。だが私はその事を殆ど口外しなかった。私が向く方向には必ず、良くも悪くも光が当たる。その光を向けられた人たちは殆どの場合、自分を見失う。だから私はひっそりと世界を静観し続けるしか、他に方法を思いつかなかった。

音楽の世界も大きく揺れ動いた。それは私が (ほぼ直感に従って) ある場所に架けていた梯子を外した途端に始まり、現在も続いている。

今年は相方、天野玄斎神代開き(かみよびらき)を執り行った辺り (2023年11月10日) から私たちを取り巻く状況が大きく変わり、突発的な敵意や憎悪が物理的な現象「圧」となり何度も身体やメンタルに異変を来たす現象が絶えなかった。
その度に相方がヒーリングで対応してくれたことで、今日まで無事で来られたと言っても過言ではない。本記事中ではその状況の詳細の記述は省略するが、ある時期から私は心身をミュートし始めたのか、今年後半はとても眠い日が多かったように思う。心身をミュートすることで若干ではあるが感覚を麻痺させることが出来るので、見なくて済むものをなるべく見ないようにしているのかもしれない。
 


2024年12月初旬、実に14年ぶりに私たち夫婦は大洗に二泊三日の旅に出た。神・武甕槌神 (タケミカヅチ) が愛した場所をもう一度、この目で確かめたかった。
思えば私と夫を引き合わせて下さったのも、そして以前住んでいた時の住居に私たち夫婦をそっと逃がして下さったのも武甕槌神だった。

(まるで夜逃げみたいにして私たち夫婦が引っ越しをしたのは、当時私のアンチと思われる人物に私たちが住んでいた住所を突き止められ、それをとあるSNSに航空写真で晒されたからだった。あの時、武甕槌神の伝言に従って私たちはかなり強引で無理のある転居に踏み切った経緯がある。)


最初に私が武甕槌神と出会ったのは私がタンゴ歌手の伴奏で茨城県を訪れた時だったが、当時の私はその人 (神) が武甕槌神だとは気付かなかった。後に夫と色々話して行く中で徐々に感覚が鮮明になって行き、いつも傍に居て見守っていてくれた存在がその神だと言うことに気が付いた。

2011年3月11日の半年前の2010年8月に初めて大洗を訪ねた時には、その半年後に起きるかもしれない大地震の断片を私に見せてくれた。その時の感覚を私は音楽に残している。
 

 
2010年8月から半年後の3月の大震災以降、暫くの間私は海を遠ざけていた。どうにも海底で起きている霊的な映像が日夜私を苛み、ただ‥ 被災者の御霊に祈りを捧げることしか出来なかった。
二度と海に行くことはないだろう‥ と、相方が神代開きを執り行うまではそう思っていた。そんな私の心境が、ある時から変わった。

2024年12月、大洗に行く途中で鹿島神宮に立ち寄り、武甕槌神と神人共食を試みた。湧き水を使用したお料理はとても清らかな味がして、私をさらに覚醒させてくれた。
だが覚醒は良いことばかりではなく、少しだけ未来が視える私にとってはその折々で見えたことが心身に支障を来たすこともある。

悲しい時間が増えて、それを上手く言葉に出来なくて苦しいことが多くなった。相方にそれを吐き出したくても、きっと彼も似たような心情にあるのではないかと思うと、おいそれと自分勝手に自身の感情ばかりを言葉に乗せることにも躊躇いが生じた。
だけど何故か、病むほどに自分を見失うことはなかった。それは私が「リラ星最後の巫女だ」と言う自覚と自負が、きっとそうさせている。
弱いからこそ強くなり、強いからこそ弱点はさらに脆さを増して行く。その揺り返しを繰り返しながら、霊体が少しずつ鍛えられて行くのを最近感じている。
 

 
我が家にはもうお一方、神が棲んでおられる。名前こそ出せないが、私たち夫婦はその神にも大いに助けられている。今風に言えば「少し口の悪い」神様ではあるが、心根はとても優しい。「少し口の悪い」‥ と言う辺りが自分に似ているので、神を悪く言うことも思うことも出来ないと思っているが‥。

私は神を通じて世界を見るし、神は私や相方を通じて食べ物の味を堪能する。
神人共食とは生きた人間が神に味覚を提供し、共に料理を味わう所作を言う。私たち夫婦は殆ど毎日、神々と神人共食を続けている。そうすることで私の味覚が覚醒し、覚醒した味覚はさらに細かく料理を味わい尽くし、その感覚を神々と共有することで神々を喜ばせることが出来る。

世界が向かう先を、既に私たちは神々から聞いて知っている。それは地上の神々に限らず、宇宙に存在する宇宙自然神ともシンクロする時があり、小さな人間に過ぎない私の感覚が際限なく覚醒して行くところに私は、奇跡とロマンすら感じてやまない。
 

今年は色々な場所に旅行に出掛けたが、暫く私たち夫婦の「旅」は続きそうだ。同様に「祈り」の時間も止まることはないだろう。
世界の混乱が少しでも鎮まることを、ただ、願うばかりだ。
 

還暦 (60 ans), 私と『Mother』

2024年11月3日、私は還暦を迎えた。単語に書いてしまえば何とも呆気ない二文字だが、とても孤独でエキセントリックで、尚且つ少し苛々するような不思議な感覚を覚えている。
誕生日付近に旅行を計画し某所に向かったが、案の定私の雨オンナパワーが炸裂した。三泊四日の旅に出たものの中二日目で滝のような大雨に見舞われ、室内で滝の音を聴きながら過ごすことと相成ったが、私たち夫婦はそれでも一向に構わなかった。
 
滝のような雨音は音楽だった。自然音と言う最高の恵みに鼓膜はむしろ癒され、少し疲れた心身を温泉に浸して空を見上げるだけの何ってことのない時間はただただ至福のひと時だった。
 

50代最後の年、私は神々に多くのミッションを授かることとなった。元・人の神も在ればそうではない、宇宙自然神のような存在も在る。各々の神々が私に少しだけハードルの高い課題を提示して来たが、それが私の得意分野ならばただ続けて行けば良いだけだ。
リラ星の頃から、自然神と音楽は私の最高の友だった。今でもそれは何一つ変わらないのだから、後は私の魂や霊体にその旨を余すところなく刻印し、私の死後に神々にそれを手渡すだけだ。
 
気付けばブログも前回の更新から三か月近くが経過した。幸いなことに私がここを留守にしている間にも沢山の来訪者があり、何かしらの記事を捲って読んでいる。それが好意か悪意かなんてことはこの際どうでもいいことだ。
私の部屋を訪ねて来た人たちには各々それなりの理由や動機がある。ただそれだけのことだから。
 

 
ブログの更新が空いてしまった唯一の理由を挙げるとしたら、私に話せることに制約が増えてしまったことだろう。
人や神々との繋がり全てに於いて、私はMAXレベルの秘密主義者だ。それもこれも仕方のないことで、かつてジャンヌダルクとして生きた時代を含め記憶にある中で私は二度、火炙りで死んでいる。もう火炙りは懲り懲りだ(笑)。
ダークサイドは私の食、財布、生命導線のありとあらゆるところを狙って突いて来るから、私は多くを隠して行動しなければならない。幸いなことに夫が召喚してくれた心優しきガーディアンズたちも頑張ってくれるので、こうして何とか無事に還暦を迎えることが出来た。
 
心優しき夫にも、ただただ感謝の一念しかない。
 

書きたいことが山のようにあるにはあるが、いざ書き始めたらおそらく一冊分の本になるだろう。それだけ私のこの10年は余りに濃厚だった。だからと言って「濃厚だ、濃厚だ」と言えばただの安っぽい嫌味みたくなり兼ねないので、無数の思いを霊体に封印した。
 

人として色々な心配事も絶えないが、その内容さえもここには書けないのがもどかしい。相手もあることが大半なので、これも又致し方ないと諦める。
 

 
音楽のみならずスピリチュアルなことその他に於いては、実は随時追跡や調査を続けている。
声高に「不思議だ不思議だ」と言われることの大半が、私にとっては然程不思議でも何でもない実に他愛のない出来事だったりする。
 

いずれ地球の半分以上が廃墟となること。
いずれヨーロッパの大地の一部が水没したり、人が消えていなくなったりすること。
いずれ地球の公式言語の一つが日本語になること。
霊質文明の最初の樹立が地球時間で数百年後に控えていること。

 
知っていることは他にも多々あるが、現在の「有名人にしか関心を寄せない考えの人々が主流」の地球上で預言の全貌を明かすには未だ早過ぎる。
リラ星の時代から23万年以上が経過したが、地球もプレアデス星も或いは双方の関係性も余り変わっていない。リラ星人とて一枚岩ではないわけだから、善人と悪人の両方が混然一体と共存する。当然虚偽もまん延して行くが、私一人の預言の力でそれを止めることなど出来ないし、止める必要もなさそうだ。
その前に地球が一度空っぽになるから。
 

空っぽの世界に残り続ける残響のような音楽を、私はどの世界に在ってもせっせと放ち続けて行くのみだ。その目的の為に私は日々神々や自然神、精霊たちと対話を続けており、その過程で地球や宇宙の未来の一部をそっと覗かせて頂き、それを預言として音楽の中に封印して解き放っている。
人の為の音楽ではなく、もっとそれ以外の目的を持つ音楽だから、人々の琴線に刺さらなくても余り心配はしていない。それより何より私は、自身の中の『Mother (マザー)』の存在を今は大切にしたいと思って生きている。
 

職歴追加 (企業戦略アドバイザー)

今日はインフォメーションが2件あります。

①音楽評論家として表示して来た「遠矢美樹」を、アーティストネーム「Didier Merah (ディディエ・メラ)」に統一します。

②これまで好意で行っていた企業戦略のアドバイスを、職業として再スタートしました。

この2年間、本当に色々な仕事に携わって来ました。最初は好意で始めたことであったり、各業界に対する危機意識で始めたことであったり‥、色々な思いが複雑に絡んで行く過程で私の仕事の形態も多くの変遷を経て行く形となりました。
吉と出ることがある一方で、凶と出ることも多々ありました。その度に私も疲弊し、最近は仕事の一部が痛み分けのような状況で裏目に出ることが増えていました。
 
反省すべき点があることを強く認識する一方で、今後は思いだとか好意で行動することは極力セーヴする方向で気持ちが固まりました。
唯一無二のアイディアや企業戦略の伝授の部分を有料化することで、痛み分けのような状況が少しで回避出来れば良いと願っています。
 
音楽評論家 “ディディエ・メラ” としての再スタートについても、リラ星最後の巫女が現世に於いて何を為すのか‥と言う動機や変遷と同期させるところに、私の存在意義があるのではないかと考えるようになりました。

変化し続ける身辺の状況に臆することなく、これからはさらに、さらに尖がりながら邁進して行きたいと思います。
 

嘘と誠

暫く当ブログの更新が出来ませんでした。
理由の一つには音楽評論活動と創作活動、及びスピリチュアルな活動全般の活動ペース配分の見直し等、諸々の再編に時間を要していること。もう一つの理由として、霊的な圧が異常に活発になるこの時期の体調不良 (圧除去等を含む) が挙げられます。

今年は旅の予定を複数入れていますが、それもこれも長引くコロナ禍の合間を縫って継続しており、都度都度霊的な『圧』に見舞われ体調を壊しながら何とかこなしています。
宇宙評議会 “Norg” に於いては諸般の事情で、現在は休止中です。とは言え、各惑星の各々のメンバーの活動スタンスの見直し等が随時行われているので、会議自体は休止中とは言え通信は継続しています。
 

方々の宇宙情報の状況等、目を離せないことも多々ありますが、正直なところ99.7%が虚偽にまみれているのが現状です。
個々の虚偽を羅列することは可能ですがそれですと私が虚偽発信者の側に光をあてることになりかねないので、この記事にその旨を記載することは控えます。
長く私のブログを読まれている方であれば、私の言わんとすることを既に察知していると思います。
 
現実的には何も起きていない状況下で、例えばわくわくすることが起きるだとか、ネガティブで宇宙規模の出来事が近未来に起こるだとか、そのような情報を目にしたり耳にした場合には、都度都度疑ってかかった方が賢明です。
特に宇宙情報関連のわくわく系情報の大半がまやかしであることは、意外にご自身の中でそれを感じている場合が殆どでしょう。プレアデス人が救済に来ることもなければ、グレイ星人が悪者である‥ 等の情報も疑ってかかって下さい。
勿論グレイ星人全てが善でも悪でもない点は、人々にそれを置き換えれば直ぐに理解出来ることです。
 

 
一つ注意すべき点は、何者かの影響で地球全体がディストピア世界に向かい始めていることです。首謀者を確定することは現状では不可能ですが、背後には少なくともプレアデス星人等の過干渉が在ることだけは分かっています。
勿論ソーハン・エレディオンなる人物も存在しませんし、存在しないソーハン・エレディオンの300年後の妻がエレナ・ダナーンだ‥ 等と言う事実もありません。
知名度だけしか取り柄のない何者かの妄想に振り回されることのないよう、ご自身の直感や感覚を磨いて下さい。
 
私たち個々の感性を磨き込んで行くことで、宇宙的な支配者の台頭を未然に防ぐことは十分に可能です。ディストピア世界に地球が向かうことのないように各々注意しながら、当たり前の日常を当たり前に消化して行くことに軸足を付け、冷静に、落ち着いてこの時代を生き抜いて欲しいと思います。
 

私自身の最近の活動は、音楽に於けるミッションに集中しています。
複数のミッションがのしかかる身ではありますが、私にしか出来ない仕事がその中には多々含まれています。その一つが『音楽保管』です。
何れ地球上から複数の大陸が消えること、それにともない多くの民族音楽が消滅することその他、既に私は色々な未来を知っています。その時に備え、私一人で抱えきれるだけの分量の音楽の知識、ジャンルや成分表等を脳内に保管し、現世の私がこの世を旅立った後に一旦神界にその情報を全て保管しに行くことになります。
そしてしばしのインターバル (インターセルフ) を経た後に再び私は、音楽のミッションを続ける為にこの地球上に戻って来ることを決めています。
 

現世でミッションをどの段階まで運び進めることが出来るかは全く分かりませんが、少なくとも私は既にDidier Merahの名前でピアノによるオーパーツ作品を複数配信しています。数年以内に、その中から楽曲を選出して楽譜を出版する予定を立てています。
その前に、先に予定している企画のアルバムの新譜のリリースをしなければなりません。録り貯めてある楽曲も複数あるので、幾分時代が落ち着いた頃合いを見計らって新譜を一気にレコーディングして行きたいと思っています。
 

これは自慢話でも何でもない話として書きます。
私はリラ星最後の巫女でした。そしてその後複数の生を経て現在に至りますが、自身の霊体の大きさに私自身が驚いていますし、社会生活に於いてその霊体を持て余しているような感覚が常にあります。
多くの人々に理解されないこと、その為生涯に渡る友人を持てないことその他色々ありますが、何より私自身の意思で神上がりを拒否し、音楽文化の向上の為にこの先何度も人間として生き直すことを決めています。
 
一説によればそういう人のことを、「観音」と言うのだと話す人も居ます。
考えてみれば言い得て妙で、「音を観る」と書いて「観音」と読むわけですから、その響きはもしかすると今の私のような状況の人を指しているのではないかとも思うわけです。
利他的な精神を大切に、この先も粛々と祈りを致し、音楽や霊質学文明への案内人として心静かに在りたいと願ってやみません。

noteに2020年から配信していた預言集 自然神から見た [COVID-19] とその全貌 へのブログ記事の移動も、ゆっくりと行って参ります。
各記事はnoteから記事を更新したのと同じ日付で転載して行きますので、新着記事には載りません。転載が完了した際には X にてその告知を行いますので、是非わたくしの “X をフォローして情報を拾って下さい。
 

 
 
当記事で私のミッションの一つである『音楽保管』の話題が出たので、せっかくですので最近私がSpotifyで作成した音楽リストをここに幾つか貼っておきます。
毎週毎週欠かすことなく私が自分の作品でもない、他の人の作品を何故各プレイリストにスクラップしているのか、その理由と情熱の断片を少しでも感じて頂けたら幸いです。
 
 

⇧ 主にヴォーカルのない音楽をジャンルレスに集めたプレイリストです。

 

⇧ 新旧含めた『イタリア』な音楽ばかりを集めたプレイリストです。

 

⇧ 2024年8月19日、現時点で最も新しい世界の新譜をジャンルレス、ボーダレスにスクラップした雑食系のプレイリストです。

 

⇧ 2024年を華やかに彩るK-Popばかりを集めたプレイリストです。(K-Popの台頭にも既に、陰りが見え始めています。)