巫女の声明(リラ星最後の巫女として)

リラ星が自爆を遂げる数年前に、星全体で未知の疫病が大流行したことを思い出す。
当時リラ星は政治体制が混沌とし始め、善悪の判断基準が何者かによってねじ曲げられたように記憶している。
いわゆる陰謀論と真実の区別がつきにくい状況になり、多くの人々が『多勢』の尾っぽにしがみつく形に‥。

『正義は権利である。』とは地球ではマルクスが放った言葉だったように記憶しているが、まさにその状況だった。

一旦『闇』の勢力が正義の権利を手中に収めたら最後、そこから秩序が一気に乱れて行くことになる。
闇側が正義の袈裟を着て先に放つ『偽正義論』が多くの民衆を扇動し、そのタイミングで未知の薬品ともタブレットとも付かない錠剤が人々を魅了した。

それは『永遠の命』とでも名付けられた錠剤で、それを飲めば誰もが生き延びる為の日々の努力をせずに長寿を得られると謳われた、とても危険な薬品だった。

現在高次と化している科学者『モズレン』が当時のデータを持っており、その薬品は劇薬にカテゴライズされるものだと話していた。
だが結局その後リラ星が自爆を遂げた段階で、偽薬品『永遠の命』の成分は宇宙の闇に散ったまま現在に至る。

『ヨハネの黙示録』の中では『獣の刻印』がおそらく現在の『新型コロナワクチン』を指しているであろうと言うことは、誰が読んでも想像に及ぶだろう。
『獣の刻印』の扇動したのは紛れもない政府全体だが、黒幕は別に居る。


私は現世では芸術家・音楽家としてのミッションの途にあり、巫女・予言者(預言者)としての正式な名乗りを挙げていない為、私が日頃どんなに正確な預言を文字に託して放っても多くの人々の目に留まることが叶わなかったが、自然神からすればその方が好ましいとさえ思っているようだ。

自然神にとって、人類は駆逐対象だからだ。
残念ながら今は、私も同様の感覚の中に在る。

正しい生き方、正しい道を選択する感覚を持つ人間だけが、この星に生き残るべきだと‥。
 

 

本記事は『note』より移動しました。

近況報告、そして霊界司法について

暫くブログの更新が途絶えていましたが、その間にも沢山の方々が色々な方法でこのブログに辿り着いて下さったことを知っています。
どのような心情で私のブログを読んで頂けているのか、少し不安もありますが私は常に等身大、ありのままを生きているので、誰に何をどう思われたとしても自分自身の生き方に私は自信と誇りを持っています。
 

数か月間、夫: 天野玄斎の活動のサポートの意味も込めて宇宙関連やスピリチュアル系、霊能者関連などの発信が増えていました。
ですが私の根っこは音楽家であり、現在は音楽評論家: 花島ダリアとしての仕事も抱えています。なので活動の軸足から極力脱線しないように努めるべく、ここからは自分自身に光を当てて行くことを今は第一に考えています。
 

 
ご周知の通り私は一昨年の実母の他界を機に、母が(実は家族誰にも内緒で)一人でひっそりと抱え込んでいた色々な資産を承継し、現在は夫共々「生活をする為の収入」を得る必要が全くなくなりました。
 
本来母は(彼女の談によれば)某王室の資産の一部を継承している筈なので、私も弟もここまでの金銭の苦労をしなくて済んだ筈でした。
ですが母は自分が所持していた資産の大半を、父を含む母以外の家族全員に一切伏せていました。
 
いつの頃からか、我が家は「清貧思想」に彩られて行きました。
そんなある日、桐朋学園音楽高校の私の学費が捻出出来ないと言う母の言葉を真に受け、実際に教務課に「奨学金」の申請用紙を取りに行ったことがありました。
ところがその用紙を持って家に帰るや否や、母に頬を何度も殴打され、「こんなものを貰いに行ったら恥ずかしいったらありゃしない!」と言われ、実際には当時の我が家の収入が奨学金を申請する条件には満たないことがうっすらと発覚しました。
 
紆余曲折があり、私は人生の折り返しを経た時にようやく自分自身の等身大の人生を得ることが出来ました。
それまでの幾つかの過去世で積んだ陰徳には全く気が付かず、現在の私には金銭的な資産以上の魂の巨額な陰徳が備わっているようです。
「少しは使ったら?」と度々夫には言われますが、それはいざと言う時の為に取っておきたいと思っています。
 

 
未だ多くを口外出来ない状況ですが、記事『Reset – 2023.02.24』でも少しだけ綴った「霊界司法」の担当者(人間ではありません)とは度々コンタクトしています。

と言うより、山田家全員及び弟: 山田大輔(故)関連の霊界裁判は現在も継続中で、それにともなう弟の奥様の件では未だ調査が続いています。
その調査に一つの区切りが付いたようです。
 

 
現世では弟の方が法律の道を目指しており、東大の法律科(文Ⅰ)を卒業しているのは私ではなく弟の方でした。
勿論私は六法全書を丸飲みする程の記憶力はありませんが、法の何たるかの基礎のようなものが霊体に備わっているようです。固有名詞の記憶の苦労さえなければそれなりにその道を進むことも、きっと出来たでしょう。
 
私には音楽のミッションがあるので当然の如く「法律」の道は選択しませんでしたが、一連の霊界裁判を通じ霊界司法の担当者から色々な話を聞く間に、少し血が騒ぐような感覚が度々発生します。
 
話を戻して。
弟: 山田大輔(故)の奥様の山田りえ(仮名)」は薬剤師(現在は中医学の薬剤師)の職に在る人物ですが、彼女が晩年の母に対し何をやったのか‥ と言う調書のようなものが作成されたとのこと。
勿論霊界裁判とは現実社会では裁けないことを、霊や魂の視点で裁いて行く手段なので、そこに進展が見られたからと言ってすぐさま現実生活に異変が起きるわけではありません。
 
ですが実際に母: 山田雅枝が2021年の8月のお盆期間中に某霊団によって霊体を抜き取られ、そこから約三か月後に亡くなっていると言う現実を私は目の当たりに見ています。
その状況にかなり近い審判が近日中に下され、晩年の弟: 山田大輔(故)及び母の最も近くに居た人にも晩年の母同様の処遇が下されるとの知らせがあったので、慎重にその経緯を今後見守ることになるかもしれません。
 
勿論決定日時などについては、直接私には告知されません。ですが雲を見ていれば、おのずとその兆候は私には分かります。
 
弟、そして母の死に関しては、私は私なりの「或る推理」に到達しています。その推理は現実世界で起きている案件に役立てることはとても難しく、尚且つ現実世界の司法を以て裁くことも困難でしょう。
でも霊界司法ならば、各々の魂や霊体の記憶を彼等には引き出すことが可能ですから、個別の情報を突き合わせて行けばおのずと真実に辿り着くことが出来るそうです。

私が抱いていた二人の家族の死の裏に在る「或る推理」が、あたらずと雖も遠からず‥ と言う連絡を昨日霊界司法の担当者から得ることが出来ました。
それによれば母も弟も、双方の死因はただの病死ではないようです。どうりで母の骨壺から「火葬許可証」もしくは「死亡診断書」が抜き取られていたわけです。そこに少なくとも、母の死因が明記されていた筈でしょうから。

 
ここ数日間、当ブログの山田家関連の記事に読者が多く来られているようです。
先方は先方の事情で、山田家関連の記事を読まなければならない必要に駆られているようです。
 
このブログには真実だけを綴っていますので、少なくとも私の家族二人(弟と母)に間接的にでも手をかけた人物については、各記事を追って頂ければとても詳細に綴っています。そして読まれた方々の思い込みや誤解も、私の綴ったものによって解けるのではないでしょうか。
 

彼女は善悪のどちら側にいたのでしょうか。

答えはとても近い将来、霊界の司法がきっと提示してくれる筈です。
「彼女」や生前の弟に関わった人たちの一部も「共犯者」として、おそらく霊界司法の手で裁かれることになるでしょう。

私はその成り行きを遠くから、じっと凝視しながら見守りたいと思います。

 
さて、暫くの期間私は「音楽評論家: 花島ダリア」としての活動の方に注力しようと思います。
それは数年後にリリースを予定している新しいアルバムの為の肉付けにもなるでしょうし、この数年で大幅人口削減が進んだ後の世の中に、私が今とは違うスタンスで存在する為の準備になると思っています。
 

音楽の何が正しくて何が間違っているのか。

先ずはそのベーシックを訂正しながら、未来の音楽の所在地を作って行かなければなりません。さしずめ鉄管工事とでも言うべき、それを黙々と「花島ダリア」として進めて行くつもりです。

ブログ『花島ダリアの音楽評論』: https://dahliahanashima.wordpress.com/


先ほど作ったSpotifyの新しいプレイリストには、世界の新譜を中心とした美しい音楽をスクラップしています。
与えられた才能は世の為、人の為にとことん使い込みたいと思います。

 

🌎New Chillout Times 2023′ vol.4

近況報告

このところブログの更新が少し止まっているが、私は至って元気である‥ と言えるような、言えないような‥。
諸々あるが、近況の一部を以下に列挙しておく。
 

  1. 身近な友人知人の急な体調不良や訃報が増えているので、メンタルが落ち込んでいる。
  2. Twitterでの発信力を高める為に、特に今年は「相互フォロー」でFFの拡張に注力して行きたい。
  3. 音楽評論家「花島ダリア」の活動の認知度を高めるべく、noteとブログ「花島ダリアの音楽評論」の更新頻度を上げている。

花島ダリアの音楽評論: https://dahliahanashima.wordpress.com/

 
他にも色々やるべき事はあるが、当面はこの優先順位で行動が制限されそうだ。
 

それにしても特に今年に入ってから、私は度々のシェディングに悩まされている。
特に私は胃腸が余りタフではないので、拾って来てしまったスパイクタンパクの粒子がそこを攻めて来るので、外食のお約束は余りしないよう努めている。

今日も胃腸はガタガタである。だからと言って空腹にならないわけではないので、遠慮がちに、用心しながらぼそぼそと食事は摂っている。
 

 
墓じまいから家じまい(売却含む)を済ませ、ずっと手つかずだった旧宅の清掃にそろそろ入らなければいけないのだが、恐らく次の更新のタイミングには間に合わないだろう。
なので更新料を支払って、旧宅の家じまいはゆっくりと進めて行くことにした。

その間、少しばかり得たもので資産運用を試みながら、若干でも増やせたら良いと思って毎日日経平均株価のサイトには必ず足を運ぶようになった。
2年前までの自分とは、今は全く違う生き物みたいに美味しいフランス料理を頻繁に食べて、そして100グラム18,000円もするシャトーブリアンを提供してくれる肉料理店にも月一程度通ったりしながら命を温存させている。
 

 
虫は食べない。魚も産地を選んで食べている。
水は絶対ミネラルウォーターで、最近は大好きだった炭酸水から心も体も離れて日々リンゴジュースだけは欠かさない。
コーヒーや紅茶などの飲み過ぎにも注意し、ティータイムの1/3を健康茶ないしは野草茶に代えて飲んでいる。
 
本当に何もかもが様変わりした我が家だが、それでもどこかしらに慎ましさを残しながら少しだけ華やかな物を足して新居をじっくり作り上げている。
欲しかったWedgwoodのマグカップも先日違うバージョンを足したところだ。プレートや茶器を変えるだけで、気持ちも上がる。
 
創作活動や日々の著述の質も俄然向上したし、これまでの57年間の私の人生や前途が毒親・毒家族毒親族たちに妨害され続けていたことを今さらながら痛感している。

ようやく得られた等身大の自分や暮らしを先ずは大切にしつつ、これまで散々苦労を掛けて来っぱなしだった夫にもゆったりと寛ぎながら日々を穏やかに過ごして欲しいと願っている。
 

メモ書き、ラフ書きのスタイルであればDidier Merahと花島ダリアの両方のTwitterアカウントからの発信も日々続けているので、両者の日常を覗きたい方は是非そちらにも目を向けて頂ければありがたい。
 
拙いながらもフラワーアレンジメントも亜流で磨きを掛けているので、そんな他愛ない日常の断片も発信している。
 

 

幻のような人 – 坂本龍一さん

私にとってとても大切な人が、あの世に旅立ちました。
色々ありましたが、私の人生に多くの宝ものを遺してくれた人でした。
 
彼と共に今日まで生きて来たわけではありませんが、先方は何を思いながら過ごして来たのでしょう‥。
 
先日某方よりご連絡を頂き、彼がアメリカを引き払い杉並に越して来たことを知りました。
私も相続した実家に住まえばとても近く居られる距離でしたが、西荻の実家はさながら幽霊屋敷の様相を呈しており、もはや人手に渡す以外の選択肢がありませんでした。
 

 
Twitterには日々、質問形式でそれに彼が回答するようなツイートが、脈々と投稿されていました。
誰かが投稿しているのではないか‥等とも、感じていました。
 
ユキヒロさんの次は‥。
それを思わない日はありませんでした。

私にとって、サカモト氏は美しい幻のような存在でした。実音が無い部屋に木霊す残響とでも言った方が、きっと相応しいでしょう。
幻には残像がありません。私にとって、サカモト氏はそういう存在です。
 

この日が良くも悪くも、私にとって大きな転換期になると私自身は既に知っていました。勿論、クラシックの音楽業界にとっても、大きな変革の鐘が鳴り響くことになると言うことも。
 

今日まで長い闘病の日々を、本当にお疲れ様でした。
安らかに眠って下さい。

坂本龍一さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
 

芸術家の日常 2023.03.29

歯の検診の前日は決まって眠れない。やることが分かっているのに、心の何処かで「何をされるか分からない」‥的な恐怖が渦巻く。
結局昨日の前日の月曜日の夜も殆ど眠れず、ヨロヨロになりながら歯医者に行くと案の定の検診結果だ(笑)🦷
 

気分を変えたかったので検診の帰り、車からは完全に降りて夫としばしお花見を楽しむことに。
 

 
時間差で咲き誇る桜の花の半分以上が散り始めていて、それはそれで圧巻だ。
新居の近くにこんなに素敵な桜スポットがあるとは驚きで、勿論旧宅の一本桜も魅力だが今年はもういいかな‥ と言う気になった。
 
さらにその帰りに新しい花を買った。
昨年旅立った愛兎 マイケルが私に遺してくれた、尊い趣味の置き土産。次にマイケルが此方に転生して来た時に「ママ、頑張ったよ」と言えるように、亜流でフラワーアレンジメントみたいなことを研究中である。
 
とは言えあくまで趣味、あくまで下手の横好き。極めようとすると眉間に皺が寄って楽しめなくなりそうなので、兎に角趣味以上にシフトしないように気を付けている。
 
体も心も「紫」を欲しているのには、何か理由があるのだろうか‥。
わちゃわちゃしているが、その時々の気分を先ずは優先。タイトルは「尊い瞬間」
 

 
なかなか新居のレイアウトが完成せず、未だ楽器も入れてないのでトレーニング不足は否めないが、どっちみちこんなに不穏なご時世の中のんびり練習も出来まい。
先ずは執筆と音楽評論のスキルを極めたい。
 
一日の大半をTwitterやらブログやら、音楽鑑賞等に費やしている。段々と心惹かれる音楽が減っている‥。
先日epoの古いCDを再購入したので、今日はそれを聴いて過ごそうか‥。
 

 
音楽の中にロンドンの風景を感じる。ブックレットを読むと、最後のページに「U.K」の文字が浮き上がる。やはりそうだよね‥ と、自分自身のカンの良さを再認識する瞬間。
この頃(1980年代の後半から1993年の辺り)のepoが、一番好きだ。その後の彼女は中途半端にスピリチュアルを齧りセミナーの開催をする為に必要な資格等を取得して行ったが、それと同時に彼女の音楽性が崩壊したから‥。
 

最近やたらと予言とか預言を公言出来なくなった。的中率が上がっており、私が口にすると現実がその通りに動くからだ。
やはり私はリラ星最期の巫女なんだと、他のヒーラーやスピリチュアリストと同じように行動してはいけないのだと、あらためて己の中で悟りを極める。
 
音楽家の大半のメンタルから「ガチ感」が消えている今日この頃。先日とある歌手のLive(彼女は最早Live活動しかしなくなったので)を拝聴したが、声の衰えと感性に付いた「汚れ」が歌手の全体像を完全に覆い尽くしてしまった感は否めない。
 
かなしいけどこれが現実。
もっと早い段階で「歌手」が私のアドバイスを素直に受け入れていれば、結果は変わっていたのかもしれない。
だが今現在の「歌手」を見る限り、私が光を当てたとしても芸術の方向に舵を切ったかどうかは定かではない。だからこそ私は梯子を外したのだろう。
 
自身の持つ「光」を、自分自身に当てることはなぜか出来ない。だから私は夫の放つ未知の光に、全てを託して信頼している。
私が本物を捨てない限り、自身の持つ光と夫の持つ未知の光が必ず合わさる瞬間が訪れる。だから私は絶対に、ぶれてはいけないのだ。
 

芸術家の日常 2023.03.14

このブログに私の日常を書き留めることが段々と難しくなって来たように感じているが、やはり私にとっての「普通」の日々をコンスタントにここに書きたいとも思う。
普段人とのコミュニケーションが殆ど無い私だが、そうは言うものの近くのホテルのレストランに足を運べば直ぐに私のテーブルが人だかりになるし、代わる代わる奥の厨房から専属のシェフが現れてしばしの雑談にも花が咲く。
 
性格をカスタムすれば、ある程度のことは上手く行く。だがしょせんカスタムはカスタム。
人間だから、どこかで本音が爆発するのは致し方ない。
 

 
遡ること一か月前辺りから、実はハイドロカルチャーの水耕栽培でスペアミントの種を蒔いておいた。だが二回トライして、二回とも失敗に終わった。
どうしてもハイドロカルチャーにカビが生えてしまったり、発芽後の間引きのタイミング等が分からなかったり‥で二度発芽をダメにしてしまうと流石に落ち込んだ。
 
もうここはプロの手を借りるしかないので、Amazonでスペアミントの土栽培の苗を購入してそれを水耕栽培に切り替えたところ、上の写真みたいに先端が一週間でにょきにょき伸びて来た。
そろそろ剪定のタイミングに差し掛かっている。
茎も太くしっかりしているので、上から10~12センチぐらいを切って新たに水耕してみる予定だ。
 
私が大の虫嫌いなので、新居には土を一切持ち込まないことに決めている。
本来ならば土栽培の方が良さそうな色々な花も「鉢」ではなく生花で購入し、それを一定期間飾っては楽しんでいる。

私が大の生花好きになったのは、昨年の夏にあちらへ旅立った愛兎のマイケルからのギフトだった。
 

 
マイケルは大きなギフトを、他にも沢山私に残してくれた。もはや神獣間際のところを、天照大神が必死で引き留めている状況だ。
未だ新居のレイアウトが完成していないので、生まれ変わったマイケルの居場所を確保出来ていない。早くしなければ‥。
 
折角マイケルが私に「生花の楽しみ」を置いてってくれたので、最近の私はもっぱら生花のアレンジメントに夢中になっている。
流石に今このご時世、音楽になかなか集中出来ない。と言うのも私の音楽アルバムの大半が「予言」や「預言」を収録した預言集みたいな作りになっている為、これ以上未来の負の預言(予言)は余り形にしたくないと言う思いが強い。
 
なので当面は花島ダリアの名前で音楽評論や表現分析活動にシフトしつつ、実は次のアルバムの構成も若干形になりつつある状況だ。
 

 
人間はとかく嘘が多い上に、偽善者が後を絶たない。私はそういう人間の薄汚い闇を見る度に、心の底から腹が立って仕方がない。
その度にその汚い何かの発信源が頼んでもないのに私に刃を向けて抗議を始めることも多々あるが、あくまでそれは彼等の現実逃避に過ぎない。
 
私は鏡である自分自身の性格も含め、戦士気質の自分を悉く愛している。
汚いものは掃除するのみ。「引っ込め!」と激しく念じながらも言葉の上ではこれでも、穏やかに振る舞っているとは思うのだけど。
 
その反面、花は嘘を吐かない。勿論愛しい生き物たちだって同様に。
 

今日は3月14日、ホワイトデーだ。
我が家は毎日がバレンタインデーなので、特に「今日」の為のイベントは必要ない。いつも通りに過ごすだけである。
 
そう言えばこれはプレアデス人は「セムヤーゼ」との会話の中でも頻繁に出て来る話題だが、人間の基礎体温が高すぎることにより人類が短命になっている‥と言う話。
無駄な運動で汗をかいて代謝量を上げたり、そのことで心拍数を無駄に増やして体力を消耗させるのは何故なのか‥ と、いつもセムヤーゼは私に問い掛けて来る。
 

長寿の秘訣の一つとして、先ず基礎体温を最低でも35度台に下げて極力無駄な汗をかかないよう、注意することが挙げられる。

 
健康志向だと言う人間の多くが、これとは逆のことをやっている。だからどんなに運動して基礎代謝を上げたり筋肉を付けたとて、有限の心拍数を結果的に増やしているわけだからその分寿命も縮まって当然だと、セムヤーゼは語る。
 
我が家ではことさら「睡眠」に多くの時間を費やしている。その間内臓も心拍数も休まるので、私も夫も平均体温は35.3~35.5度辺りをキープしている。むしろその体温の時が最も体調が良い。
 
‥とまぁこの記事のタイトルは「芸術家の日常」等と付けてはみたが、よくよく読んでみると余り日常的な内容でも無さそうな‥(笑)。
世で言う日常はむしろ私たち夫婦にとっての非日常で、一つ屋根の下に二人の予言者が仲良く暮らしていることも含め、あくまで私たちにとっての「日常」をこれからも淡々と楽しんで行けたら良いと思う。
 

そう言えば久々にSpotifyにプレイリストを作ってみたので、よろしければ家事やお仕事、ドライブのお供に是非🚘
 

🌎New Chillout Times 2023′ vol.2

Oversoul – Didier Merah feat. MJ

誰の為でもない音楽が、この世に在っても良いと思う。
目的を持たない音楽は、同時に普遍の力を得るだろうから。
 
この作品Oversoulのアートワークは夫・天野玄斎の手によるもの。この絵から何を感じ取るかは、各々の感性に委ねたいからこそ私はこの曲の由来を未だ明かさずに居る。
 

 
砂丘の彼方、あなたには何が視えますか?

この作品は恐怖と絶望の最中に降りて来たM.Jの御霊のインスピレーションをそのまま音楽に替えたものだから、本来ならばM.Jとの共作にしたかった。
だが現世には著作権と言う縛りがあるので、「共作」には出来なかった。
 

 
「現世は不自由だね。」とM.Jがささやいた。本当にそうだと思った。

黒い春は今も続いている。だが多くの魂たちが、いつしか静かな眠りに就いた。ならばもう彼等を揺さ振ることなくそっとしておいて欲しいと思う。
 

黙祷も祈祷もせずに、生き残った人たちの心からもそっと彼等を消し去ることの方が、黙祷よりも余程尊いことのように思えてならない。
 

怒りと祈り

私の中に怒りが湧き上がる時は、その怒りがどこから来る感覚なのかを先ず探る。
 
最近の怒りの特徴の一つが、まるで他人から借りて来たような怒りが内側に発生しているような感覚があること。対外この種の怒りの感情は「呪詛」にも似た何等かの可能性が高いので、そういう時は会話もSNSもその他の趣味も全ての手を休め、外側の現象を追跡することに決めている。
 
勿論音楽を聴いたりライトなムーヴィーを観て気を紛らわすこともあるが、その多くは徒労に終わる場合が殆どだ。
 
我が家に数人の神が棲んでいることを、他者には話さないよう気を付けている。
これはいち個人にもプライバシーがあるのと同様で、神々にもそれはあるからだ。仮に著名な「神が居る」とされるパワースポットから神が逃亡を図ったとしても、それは迂闊に口外すべきことではない。だから私たち夫婦はパワースポットや神社等から逃走した神々については、一切外側には語らない。
 
その代わりに私たちのSNSを追って頂ければ、真実の神々に少しだけ接近することが出来る筈。でもあくまで発信はとても上品に厳かに、何より自然な日常のひとコマであるように私たちは神々を語る。
 

 
私は預言者であり、予言者でもある。
直近の予言や預言の多くは既に、私自身のピアノアルバムの中に放出して来た。だが多くのリスナーがそのことに全く気付いていない。就寝前に私のアルバムを聴くと「よく眠れる」等と言うリスナーも多いが、それはある意味とても自然な心理の顕れかもしれないと最近思う。
 
多くの私のアルバムのストーリーが「人としての死」からスタートし、長い時を経てインターセルフを経験し、その後生まれ変わりの希望の灯を見つけたところでアルバムが終わって行く。
転生の可能性を秘めながら決して人の転生までを描かない、あくまで可能性を感じたところでアルバムが終わって行くのだ。
 
インターセルフでは多くの場合、魂は眠る。そこは天井の低い病室に似たところで、ベッドが無限に連なった大部屋のようなイメージだ。
だが不思議なことに隣り合うベッド同士が視界に入ることはなく、その大部屋を傍観している別の管理人のような存在だけが、大部屋のどこに誰が眠っているのかについて知るのみである。
 
私のアルバムを聴くリスナーが「よく眠れる」理由は、ただ一つ。殆どの楽曲が人間の意識を抜け出た後の霊体の追体験を描いているからだ。
 
そんな感じのアルバムを数年掛かりで複数枚、サブスクリプションから配信し尽くした感がある。丁度腱鞘炎の悪化にともない、そこに私の家族全員の死~遺産相続、そして新型コロナウィルスのパンデミック等が折り重なり、少しの期間自身の音楽(創作)活動を止めている。
その代わりに新たな仕事である「音楽評論」に磨きを掛ける為、個別の芸名を持ち、こことは違う別のブログやSNS等で活動を開始して数か月が経過した。

自分自身を捨て去ると、ものの輪郭が鮮明に見えて来る。これがつまり「エゴを捨てる」と言うことだと痛感し、それが今のクールな私のベースになっていると思う。
最近は事あるごとに私は私ではない「もう一人の自分」の姿と名前を借りて、本体とは違う視点からSNSを通じてメッセージを発信している。
「もう一人の自分」の耳で聴く音楽は本体の自分とは少し異なる聴こえ方をする分、口調も辛辣軽快に飛んで行くから面白い。
 


3月ももう直ぐ半周を迎えようとしている。3月21日は「春分の日」、その日に向けて天界から多くの魂や神々が地上に降り立つ支度を始めたようだ。
我が家にも幾人かの神々が、毎度のことのように直ぐ傍まで来ている。
 
神人共食は常日頃の出来事であるが、昨夜のそれはいつもと少し様子が違った。
或る神の怒りが木霊のように、食卓周辺を徘徊していた。それは私たちに向けられた怒りではなく、私たち周辺に群れる良くない噂の出所に向けられた怒りだと気付いた。
 
このところ、私にも夫にも各々色々な人との多数のやり取りがあった。穏やかに事を進めようとすると決まって起きる馴れやマウント等、私たちの当たり前は他者にとっては少しも当たり前なことではないと、各々の出来事を見る度に愕然とする。
昨日もそれに類する出来事が、重なり合うように起きている‥。
 
業種ごとに、その業種のキャラクターに自分を寄せてカスタムすれば済むことだが、もうそんなことに労力を使いたくはない。理解すべきは私たちではなく、相手の側だから。
 

私たちは既に、世界の終わりを知っている。それがいつか‥ については神々が決定するとしても、このままではいつかその日が必ず来るだろう。

巷では予言だ遠隔ヒーリングだなんだかんだと言い、遊び半分でなにがしかのイニシエーションもどきを実施する偽物施術者が横行している。多くの依頼者が施術者や霊能者を目掛け、開運の方法や未来リーディング等を要求し、依頼者自身の希望に副わないリーディングの内容が此方の口から出た途端に怪訝なリアクションを返して来る。

偽物に慣れた人々は、偽物以外を受け入れようとしない。‥そのような一人一人を地球の外に摘まみ出してやりたい気持ちは山々だが、それよりは未来の地球の平和を祈ることの方が今の地球を幾分癒すことが出来るかもしれない。
 
読書をしていても料理をする時でも、或いはコーヒーを飲みながら外のマンションの窓に映る夕日の跡を見つめるながら‥、いかなる時でも祈りは私の心を解きほぐしてくれる。
昨夜は食卓の花や水耕栽培中のスペアミントに触れながら、この先地球の最期を一日でも一秒でも先に引き延ばせるよう祈りながら私は、三つの花瓶の水をゆっくりと取り替えた。
 

無重力の空間で聴きたい音楽とは

早朝の朗らかな光で目が覚めると、異星人との会話と言う日課が私を待ち構えていた。
このところ研究とコンタクト(宇宙人や亡くなった神父その他)に時間もエネルギーも割いており、それ以外の活動が殆ど手つかずになっていた。

時間は有限、命も有限。だからと言ってせわしく時間を進むのは苦手なので、何をするにものんびりゆったり厳かに‥、所作そのものが一年前までとは明らかに変わったように思う。
 
私だけではなく夫までも押し寄せる様々な変化をつぶさに感じ取っていて、その影響なのか若干睡眠不足に陥っているようにも見えて心配している。
『新居のレイアウトだけ済ませたら暫く遊んで暮らしていいからね‥。』とは言ったものの、遅々として新居のレイアウトが進んでいない(笑)。余りに色々なことが昨年中続いた為、私たち夫婦は常に疲労を引きずりながら逆風に向かって進んでいるような感覚で、ずっと暮らしている。
 

久々にクラシック音楽なんぞを聴いているのは、Twitterのトレンドに「ラフマニノフ」が浮上して来たからだった。
別名で開始した音楽評論が思いの他好調で、未だフォロワーも少ないのに各記事のPVがフォロワーの数を遥かに超えているのが不思議で仕方がない。どこかから湧いて来る閲覧者たちは、何を合図に私のページに足を運んで下さるのだろうか。
 

 
次のアルバムの企画も未だ固まらない中、今朝は唐突にこの方、プレアデス人はセムヤーゼ女史が「無重力の空間で聴きたい音楽」について喋り始めた。
結局私とセムヤーゼ女史は未だ、現実的に会うことが出来ていない。それもその筈で、現在の地球は異星間との国交(星交)が樹立していないので、地球は他の星からの来訪者を受け入れることが出来ないのだ。
 
一部のどこぞのYouTubeでは「銀河連合なる世界から地球はアメリカのどこぞの秘密基地で、米軍を指揮している銀河連合の存在が在る」等と言われているようだが、彼等の話が真実だとすればそれは紛れもなく「侵略」であり、情報発信源とされるエレナ・ダナーンも含め地上の反逆者としてむしろ侵略幇助で裁判で裁かれることになるだろう。
だが現在の地球人の多くがそうした政治的な観点を持たず、半ば夢を見ながら生きており、地球外生命体と言う存在に異様なまでの憧れだけを秘めている。
なので目の前に侵略者が出現しても、多分気付くことはないだろう。ある意味非常に危険な状況だ。
 

 
つまりエレナ・ダナーンや他の発信源でもあるジャン・シャールズ氏の話はあくまで空想科学の域を出ない作り話であると認識する方が、全ての辻褄が合って来る。

憧れの世界と現実とは、しかと切り離して考え認識すべきである。

 
セムヤーゼの話によれば、昔地球を訪れた時に大好きになったビートルズやベイシティー・ローラーズ辺りのロックンロールを無重力空間で聴くと、音が歪んで聴こえるそうだ。
特に重低音であるドラムとベースがヴォーカルよりも遅れて聴こえるから、聴いていて苛々すると話していた。
 
地球上の音楽の大半が「縦」を合わせる概念で作られており、その風潮は近年極端に過熱しているように感じる。
複数の音声が「縦」を合わせられるのは、地球上の重力の条件と密接な関係があるとセムヤーゼは言う。私には科学の知識がほぼ皆無なので、この辺りの話はもっぱら「聞き役」に徹する以外に返す言葉を持たない。
 
現状「縦」の一致を気にせずに済む音楽は地球上の音楽の中には殆ど見当たらないが、唯一私・Didier Merahの音楽だけが「縦」を意識せずに聴くことが出来るのではないかとセムヤーゼは言う。
私の音楽をどこでどのようにして入手したかについては彼女は一切語らないが、セムヤーゼは知っているのだ、Didier Merahの音楽を。
 
私は「宇宙に持ち出せる音楽」を目指しており、その願いと祈りが現在のDidier Merahの音楽の創作のベースになっている。
 

縦を殆ど意識せず、最初の残響のさらにその上に一音ずつ音を重ね合わせ、そこで多重に折り重なった残響にさらに残響を意識した音をそっと重ねて行く‥。

この概念で音楽を生み出している作曲家は現在、私が視る限りでは一人も存在しない。
殆どの音楽が「縦」とリズムとハイスピードで息の短いセンテンスをいかに正確に再現するか‥ と言う観点で書かれており、それを無重力の空間で聴くと音が歪にズレたり途切れたりすると、セムヤーゼは話していた。
唯一レコーディングされたものを再現する時であれば、辛うじて縦のズレ感を最小限に食い止めることが不可能ではないが、音の大小のバランスがかなり破壊されるのは避けられないそうだ。
 
コード進行の問題もそこに合わさる。
現在の地上の大半の音楽はコード(旋律)が目まぐるしく変化するので、地球外の感覚や体調には対応出来ないことを何故か私は知っている。
恐らくリラ星の最期を見届けた後に私自身の霊体が長い時間を掛けて宇宙空間を旅した時の記憶が、今になって感覚の記憶として息を吹き返した可能性が濃厚だ。
 

 
付け加えるならば、Didier Merahの音楽は殆どが2コード或いは1コードで形成されており、それがGrave辺りのかなりゆったりとした速度を持ちながら、残響同士を響き合わせる形で進行して行くので、音楽の中にどれだけサウンドの濁りが発生しても速度設定が音の濁りを(ほぼ)完全に回避する作りになっている。

通常ならば互いに響き合わさる筈のないコードを隣り合わせに用いているにも関わらず旋律がグチャっと潰れずに済むのは、Didier Merah作品の真骨頂でもある緩やかな速度設定が大きく関係している。


そして「縦」合わせを殆ど意識せずコードを残響の中に重ね合わせて作っているので、時間の概念を完全に逸脱した音楽がオーパーツのように幾つも出来上がっていると言っても過言ではないだろう。
 

  
2023年2月11日、土曜日。
これまでにない緩やかな時間が我が家には流れており、世の中全体が抱え込んでいる不安な空気がこの家の中にだけ流れていない。
勿論新型コロナワクチンを一度も接種していないと言うベースが、私たち夫婦を深い「安心感」で包み込んでいることには違いない。
 
だとしても‥。通りではひっきりなしに救急車のサイレンが鳴り響いており、サイレンとサイレンが遠くで残響となって私の鼓膜に不穏な揺さぶりを頻繁に掛けて来る為、どこか精神的に圧力を掛けられているような圧迫感が絶えない。
 
丁度Twitterのトレンドに「ラフマニノフ」が挙がって来たので、ピアノ・コンツェルトNo.2を聴いている。
 

1973年09月10日 ベルリンフィルハーモニーホール
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
ピアノ:アレクシス・ワイセンベルク

https://www.youtube.com/watch?v=4TF2unP74tc&t=11s

 
やはりこの組み合わせ以外には考えられない高貴さ、優雅さと、そこはかとない上品さの中にも愛とかなしみを存分に秘めているのは、指揮者がヘルベルト・フォン・カラヤンだから。
 
だとしてもやはりこの作品も「縦」と速度を意識せずには再演が出来ない楽曲なので、地球外に持ち出して聴くことはかなり難しいかもしれない。
今度セムヤーゼにコンタクトする機会があれば一度、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を(無重力の空間で)聴いた時の彼女の感想を、是非聞いてみたいと思っている。
 

鬼が潜む場所 – Where Demons Hide

2月3日は「節分の日」ですが、私たちはこの数年間ほぼ毎日「邪悪な存在」と戦う日々を送っています。
特に私の肩書に「預言者」を足してからと言うもの、攻防は激化していると言っても過言ではありません。
 
多くの預言者を名乗る人たちがこの世界に暗躍していますが、私(& 夫)の預言は運命圧との闘いを回避出来なくなるところに到達している為、日々「圧」が強まっています。
最近では先方の側が此方の攻めどころを見失っている為なのか、体調不良にそれは露骨に顕れます。

そんな中の折角の「節分の日」なのでこんな日こそ、穏やかにディナーを堪能することぐらいは私たちに許されても良いと思います。
 

 
このご時世、右にも左にも鬼が潜んでいます。特に新型コロナワクチンを接種した人が発する独特の異臭と特殊な物質は、未接種者の体をも蝕んで行きます。
これを鬼と言わずして、何を鬼と呼ぶべきか‥。
 
こんなことを書くから人が離れて行くのでしょうけど、私の預言の精度は人の意見に惑わされない分向上し続けています。
既に私の音楽アルバムにその一部を封印して配信しているので、是非一度でも良いので聴いてみて下さい。

 

“World of Nature” – Didier Merah

 
特にこの「Eternal Pain」は人間の目線から聴く時と、大自然の精霊の視点で聴く時とでは音楽の意味が全く変わります。
変わらないものがあるとすれば、それは双方にとっての「永遠の痛み」が描かれている点でしょうか。
 
特に私(Didier Merah)の音楽を聴く時、タイムの表の縦の音や音粒のアタックを聴くのではなく、もっと後方の残像に意識を向けて聴くことを是非お勧めします。
そこには人智を超えた存在や、彼等の祈りが大きく横たわっています。そして彼等の思いにもう少し早く気付いて欲しかったと言う自然神の嘆きが渦となり、音楽の表層へと溢れ落ちて行きます。