「マツケンサンバⅡ」はサンバか否か‥

「マツケンサンバⅡ」が厳密には「サンバ」ではなくマンボかルンバ‥ と言う音楽評論を目にしました。⇩
(残念ながら該当記事は2025年6月11日現在、別記事として再アップされていました。🔗画像をタップして下さい。)
 

 
音楽には色々な解釈がありますが、上記の説に於いては半分が正解であり、半分は不正解と言えます。

サンバ論或いはサンバの解釈をする際に、度々持ち出されるのが「リオのカーニバル」です。リオのカーニバルが「サンバ論」のベースとなるサンバ解釈は方々で展開されていますが、「リオのカーニバルこそがサンバである」‥ と言う視点も、あくまで規模の問題です。

基本的にリオのカーニバルの音楽(主にリズム体)の特徴として、大所帯の打楽器「バトゥカーダ」が主として16ビートの3、7、11、そして15の箇所にアクセントを感じるリズム体をキープしながら演奏されるのが特徴です。
バトゥカーダ」は本来ヴォーカルのない音楽演奏形態を指し、主にスルド、アゴゴ、カウベル、カイシャ、アビート(ホイッスル)等と言った多くの楽器で編成が組まれ、リオのカーニバルではダンサーの後ろに大きな台車が組まれチームを鼓舞しながら会場を練り歩きます。
 


確かに「マツケンサンバⅡ」の原曲にはバトゥカーダ が入っていません。
 


元記事【マツケンサンバⅡ、正確には「マツケンマンボ」か「マツケンルンバ」?音楽学者が解説】⇦ では《マツケンサンバⅡはマンボかルンバ、ないしはキューバの音楽「モントゥーノ」かもしれない》‥ と書かれていますが、どれも正解ではありません。

ざっくりとこの音楽はシンプルに、「ラテン音楽」である‥ と言う認識の方が正しいと言えます。

少し視点を変えて、さらに説明を加えましょう。
「マツケンサンバⅡ」には複数のトラックが存在し、それぞれ個性的なアレンジが施されています。
その中で同曲が見事にサンバ・チルアウトに編曲されているのが、以下のトラックです。⇩
 


上記のトラックでは若干ですがリズムセクションが増幅されており、リオのカーニバルのバトゥカーダ 程ではないですが、ブラジルのサンバにかなり近づいている箇所が数カ所あります。
リズムの刻みが16ビートから、さらにかなり細かく刻む別の打楽器が背後にミックスされていて、若干付点がかった「Swing(オンダ)」を入れて打楽器がミックスされている為、リズムに空気感と躍動感が感じられます。

time 2:36 辺りから段々とSwing(オンダ)がきつくなっており、そこに「オーレ!」がリピートされている為、かなり強いサンバ感を感じることが出来ます。
よ~く聴くと、バスドラが増幅されてミックスされているので、低音部に重厚感も感じられますね。

これは「マツケンサンバⅡ」のシングルバージョンには無いアレンジになっているので、エレクトリック・サンバとして聴いたり踊ったりすることが可能です。
まぁどんなに背後に強力なリズムが来ても、上様にとっては最早どうでもいいことのようにも見えます。楽しけりゃーいいんですから、上様は!(笑)
 


音楽、特に『舞曲』やダンス・ミュージック、リズム・ミュージックを解釈する時に必要なことは、知識よりも感性です。
ドラムの何々が何ビートを刻んでいるから「これはサンバである」と言う数学のドリルの回答を導き出すような杓子定規な解釈は、私から見ればとても短絡的に見えます。

特に民族音楽はリズムだけではなく、そこに発祥地の「モード」や言語の特徴等が折り重なって一個の世界観を形成して行きます。なので、正しいか否か‥ を超えた音楽分析力が求められます。

元記事マツケンサンバⅡ、正確には「マツケンマンボ」か「マツケンルンバ」?音楽学者が解説⇦ ではどこか、マツケンブームに乗って何かしらアンチテーゼのような一家言を叩き出すことで筆者が音楽評論界に二次的な旋風を巻き起こそうとしているようにも見えます。
ですがどこか筆者の音楽解釈のツメの甘さが目立ち、多くの音楽を複合的に解釈しようとすることを拒絶しているような意図が見え隠れしている点に、個人的には問題を感じてなりません。

音楽解釈の自由性を許さない、或いは音楽を感じるマインドに余計なバイアスを掛けて行くような音楽評論は、リスナーの自由性を大きく阻害することになりますので、そのような文献にうっかり遭遇した時は出来れば余り真剣に読まずに通過することをオススメします(笑)。


さて、この記事で折角「バトゥカーダ」に触れたので、今私が個人的にイチオシのAAINJAAのバトゥカーダの動画を最後に置いて、記事を終わりにします。
 

 

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本記事は『note』より移動しました。

作業と音楽と、グレイ星人と – “Ryuichi Sakamoto + Alva Noto — The Glass House”

こんなにも心を落ち着かせてくれる音楽を夢中で求めるのは、今、私が人生57年の中で最も大きな転機を迎えているからだと思う。
 
私を除く実家の最後の家族が2021年12月初旬に突然この世を去り、彼等の歴史の最後を私が見取ることになった。特に母の壮絶な最期を目の当たりにし、この家の一員として私が生まれた理由や家族や親戚が徹底的に私一人を家族・親戚の輪から排除しに掛かった本当の理由は何なのか‥ 等、これからの第三の人生をリスタートする上で私は、今起きていることの全てを一度まとめたいと思っている。
 
‥こんな時に聞きたくなるもの、そして私の音楽評論家一年目、2021年の音楽評論記事の最後を飾るに相応しい人、相応しい音楽はやはりこの作品だと感じた。
 

 

過去の私を知る人はなぜ、私が彼・坂本龍一氏の作品を私自身の人生の節目の音楽評論の素材としてセレクトしたのか、それをきっと薄々感じ取ってくれるだろう。
 

ここのところアンビエント・ミュージックの大半が模造品の様相を呈しており、これと言って目立つ作品に出会えてはいなかった。
だからこの作品 “Ryuichi Sakamoto + Alva Noto — The Glass House” が唯一無二の作品かと問われると、即座に「Yes!」とは言い難い側面もあるが、2020年から2021年の、この混沌とした時代に静かに、そして不穏なまでに冷静に寄り添ってくれる不思議なアンビエント・ミュージックだ。
 

 

冒頭近くの「A」の音から物語は始まり、途中から “Glass House” に静かな雨が降り始める。これが必然なのか偶然なのかは最早神のみぞ知る事実だが、兎に角全てが厳かに美しく、尚且つ無機的な一面を孕んで進んで行く。
 

冒頭の「A」を起点とした各々の音の断片は次第にコード「Dm」として形になり、それが楽曲全体をワンコードとして包囲し始める。
坂本、Alva Noto等の音の断片に雨音が混ざり合い、やがて坂本が “Glass House” 自体をマレットで鳴らし始める頃には時間の感覚が麻痺して来る。
 

 

地上で奏でられている音楽にも関わらず、空間自体は既に「酸素を持つ宇宙空間」と化している。極力露骨な電子音を叩き出さないよう用心に用心を重ねながら、坂本が “Glass House” にマレットを当てて行くと画面上ではそれが若干「作業」に見えて来る点が、少々残念ではあるが‥。
やはり音楽は純粋に、「音楽」として感じ取りたい。
 

 

たとえ瞬時的にでもそこにパソコン画面やApple(🍎)のマークが視えてしまうと若干集中力が疎外され、我に返った瞬間に彼等の「作業」を感じ取ることになり、正直しらけてしまうのだ(笑)。
 

だがそれはそれとして、この作品 “Ryuichi Sakamoto + Alva Noto — The Glass House” がアンビエント界の中でも秀逸な音楽であることには変わらない。
勿論とても不定形であり機材や環境の偶発性に依存しなければならない点は、音楽として見ればとても不安定であり普遍性の域には到達していないだろう。だが、アンビエント・ミュージックのそれが良さであり欠点でもあると言う点を踏まえながら、この作品に関してはその不安定要素を私はポジティブに解釈し、受け止めたいと思った。
 

心が不安定な時には、むしろ不安定要素(不確定要素)の高い音楽の方が精神を気持ち好く揺さぶってくれるし、不安定な精神状態にむしろ安心材料を与えてくれるから不思議だ。
 

 
ところで‥。
 
坂本が何度か Glass House の窓を連打した後に一瞬写り込んだこの「グレイ星人」と思われる映像は、意図的なものだろうか。
芸術家でありながらもコンタクティーでもある私としては、この画像がとても気になって仕方がないのだが‥。⇩
 

グレイ星人らしきもの‥

 
特にYouTubeの記録を観ていると、坂本が “Glass House” 自体を連打する音声が「異星から忍び寄る足音」のようにも聴こえて来る。
もしもそれを意図したものだとすれば、この作品自体が別の意味を持つ。

文字に書けば「陰謀論」として片付けられ、良くない意味で差別されるであろう何かしらのメッセージ性をこの音楽が存分に含んでいるとしたら、これはまさに「未知との遭遇」の音楽版と言えるだろう。
坂本龍一Alva Noto がタッグを組んで繰り広げられる音楽だ。そのぐらいのことは簡単にやってのけるだろう。
 

 

アンビエント・ミュージックの制作現場を視える化することが、必ずしも良いことばかりとは言い切れない。機材や多くのコンセントやコード、場合によっては波形や楽譜、手元の様子等が視えてしまうことで夢が失われる。
それを「クールでカッコいい」と思う人も多々居るのは知っているが、私はこういう「作業現場」をあまり見たいとは思わない。
出来れば音楽は作業現場を可視化せずに、聴力や聴覚だけで感じ取りたい派である。
 

さて、この記事の最後に一応Spotify版の Ryuichi Sakamoto + Alva Noto — [Glass] を貼っておく。
視ないで聴くか、視て聴くか‥、その両方から視えて来る各々のアンビエント・ミュージックがきっとあるだろう。
 

廃屋の音色 [“Old Friends New Friends” – Nils Frahm]

かつて私が「ヴォーカルの伴奏」に従事していた頃は、日本の端から端、そしてL.A.やN.Y. ~ 一度だけベトナムを含む海外の多くの演奏旅行に恵まれた。だが一方で、その度に現地や現場の楽器には悩まされ、調律時に鍵盤をやたら重く設定してあるピアノにも度々遭遇したものだった。
中でも印象的だったのは、到着してみたら「楽器が無かった」沖縄の現場だった(笑)。

ピアニストがピアノごと現場まで持って来るものだと主催者は完全に勘違いしており、空港から車で30分走行して現地に着いたらすかさず、ヴォーカルマイクとかすかな照明だけがセッティングされた小部屋に通された。
「あの、ピアノはどれになるでしょうか?」と思わず質問すると、「えっとご持参されるんですよね?」と返された。

私は大道具さんじゃないですよ‥。
暫しの沈黙‥。

結局この仕事をどう切り抜けたかと思い出す度に今でも肩が凝る。
そう、近くの小学校から足踏み式のオルガンを借りて来て、それでソロ曲を弾けだカンツォーネを弾けだ、挙げ句の果てには「川の流れのように」の伴奏までやらされ、喧々諤々になりながら私はそのイベントの打ち上げを欠席した。
流石に気前よく「お疲れさまー!🍻」等とビールで乾杯出来る気分ではなかったし、出来れば出演料を10倍に上げて欲しかった(笑)。
 

 
或るシャンソン歌手と大分県の宝珠山近くの小学校の理科室で小さなコンサートに呼ばれた時の話しだが、楽屋で私は高熱を出した。

意外に九州は暖かい‥ と思われているようだが、特に福岡や大分の山沿い等で雪に見舞われるとほぼ極寒の地と化す。
前日に一応現場の気温を調べて行ったが、いざ現地に到着してみるといきなり雪が降り始め、やがてコンサートが開始する18時頃になるまでに大雪に変わり、現地に手慣れた観客の中にも大勢遅れて到着する人たちが現れた。

私たちは広い図工室を楽屋としてあてがわれ、-3℃のその部屋には小さな石油ストーブ以外の暖房器具がなかった。
余りの寒さで気が遠くなりそうな中、ようやく防災用の毛布と体育館で使用する一枚のマットが到着した頃には、私は酷い悪寒で木材質の椅子の上で足と背中をガタガタ震わせながらうずくまっていた。

お粥と田舎汁が出され、何とか震えながらそれを胃袋に放り込んだ。持参していた風邪薬と熱冷ましも、殆ど役に立たなくなっていたが、そのまま本番へ。
兎に角全身が震えていると言うのに、どういうわけか地元のお酒の熱燗が振る舞われ、それも殆ど役に立たないまま私の震えが段々過熱し、演奏の合間にそれが打楽器みたいに大きな音を立てて‥、それを見た観客たちに笑いが起きた。

(中略)‥‥‥
 

 
この話しをする為にこの記事を書き始めたわけではなくて、最近アンビエント系ピアノの一部で流行っている「壊れたピアノ」で演奏しているようなピアノ曲が流行っている‥ と言う話しの導入が長くなってしまった(笑)。
恐らくピアノをこういう感じで加工すると、もうそれだけで音楽になる‥ と思い込んでいるアンビエント・ピアノ系のアーティストが多いのだろう。だが、それは単に音質の奇をてらった域を出ないので、音楽や作品としては完成することがない。

ジャズでもクラシックでもないし、かと言ってアンビエント・ミュージックとも異なる、例えれば「廃屋にふらりと現れた亡霊がうっかり演奏している」ような音楽とでも言えば良いだろうか。演奏している人が「幽霊」だから、その気になって聴く人も居る‥ と言うような感じの、とても危うい音楽が最近流行っている。

一種の「再起不能なノスタルジー」をしみじみ味わいたい人によっては、この音色はツボかもしれない。だがそれは時折うんと田舎の料理がいきなり食べたくなる時の食欲に似て、お腹が一杯になった後には必要なくなる音楽だ。

そんな「再起不能なノスタルジー」にカテゴライズされそうな音楽の中にも時に良質なものがあり、それが Nils Frahm が2021年の冬にリリースした Old Friends New Friends と言うアルバムだった。
 

Nils Frahm (ニルス・フラーム) は、ベルリンを拠点とするドイツのミュージシャン、作曲家、レコードプロデューサーである。
彼はクラシックとエレクトロニックミュージックを組み合わせ、グランドピアノ、アップライトピアノ、ローランドジュノ-60、ローズピアノ、ドラムマシン、モーグベースをミックスするという型破りなアプローチで知られていまる。

(Wikipedia より)

 
John Cageへのトリビュート曲4:33から始まるこのアルバムは全編に渡って虚無的なピアノの音色が主役であり、ミニマルともアンビエント・ミュージックともジャズともつかない、言うなれば全てが「幽霊が奏でる音楽」と言った方が適切と思えるぐらいに危うい。
 

 

ジョン・ミルトン・ケージ・ジュニアは、アメリカ合衆国の音楽家、作曲家、詩人、思想家、キノコ研究家。実験音楽家として、前衛芸術全体に影響を与えている。独特の音楽論や表現によって音楽の定義をひろげた。「沈黙」を含めたさまざまな素材を作品や演奏に用いており、代表的な作品に『4分33秒』がある。
 
(Wikipedia より)

 

因みに John Cage『4:33』については、以下の動画を参照頂きたい。特筆事項なし。
 

 
話しを Nils Frahm に戻そう。

アルバムOld Friends New Friendsでは大半の楽曲がマイナーコードを基本コードとして収録されており、全編が映画のサウンドトラックのように個性も普遍性も持たないSE(サウンドエフェクト)の要素を持つ楽曲で埋め尽くされている。
なので「音楽」として聴くにはどこか物足りなく、どうしても映像を想像するか意図的に別の映像を足して音楽を聴く‥ と言った「ながら聴き」の必要性に迫られる。

あくまで「壊れたピアノ」の音色に意識が集中し、そのサウンドエフェクトの方にリスナーの集中力を奪われる為、良くも悪くも「何度も聴ける」アルバムに仕上がっている。
だがそこはあくまで仮想空間。映画の中の廃屋のシーンに潜り込んでいることには変わりないので、一個のアルバムを存分に聴き込んで行ったと言うような充足感は得られない。
ただとてつもなく、際限のない寂しさだけが後に残る。これはおそらく「壊れたピアノ」の後遺症のようなものだろう。


「壊れたピアノ」ではないが、あえてアップライト・ピアノで楽曲配信を続けている別のアーティストにFKJ (French Kiwi Juice)」が居る。
 

フランスのキウイジュースまたは略語FKJとして専門的に知られているVincentFentonは、Toursのフランスのマルチ楽器奏者、歌手、ミュージシャンである。彼はソロライブパフォーマンスで知られており、Abletonを介してライブループを行う‥。

(Wikipedia より)

 

 
又日本国内で「壊れたピアノ」をモチーフにして楽曲配信を続けているアーティストとして、小瀬村昌橋本秀行 等が挙げられる。
興味のある人は是非、Spotifyなどで検索して聴いて下さい。
 

小瀬村昌のSpotify
橋本秀行のSpotify

 
個人的にはけっして好きなテイストではないのにも関わらず、何度も聴いてしまう音色は存在する。その一人が Nils Frahm だ。時折病的にハマってしまう辛い食べ物のように、満足感が得られないと分かっているのに足げく通う四川料理の店のようなものだろうか。

2020~2021年、多くの人々がこの世を後にした。彼等の多くはその最期すら看取られることなく、静かに人知れずあの世に旅立って行った。
その後悔の念は未だ、今もこの地上を彷徨い続けているのかもしれない。
だから私は、「廃屋の音色」に触れる時にはいつも以上に最大の防備で身を守りながら、なおかつ彼等に祈りを捧げるような気持ちでその音色に接することに決めている。

ふと気づいたら自分までもが「廃屋の一人」になっている、なんてことのないように‥。
 

追記:
この記事を書きながら色々なものを検索している最中に、うっかりマツケンサンバⅡ 振り付け完全マニュアル 松平健編をクリックして観てしまった。これがいけなかった。
真面目な記事を書く時は絶対に、笑える動画を見つけても絶対にそのボタンをクリックしてはいけません。

 

 

本記事はnoteで配信した同タイトル記事 (https://note.com/didiermerah/n/n349906a97ca2) より移動しました。

情熱のソングライター “Alejandro Sanz”

日本ではおそらく余り馴染がないだろう。だが、私はアジアの片隅からずっと注目し続けているのがこの人、スペインのシンガー・ソングライターのAlejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)だ。
 

先ずスペインのポップスを語る時に必要になるのが、フラメンコと言うジャンルだ。
日本人にとってフラメンコと言うと「オレーイっ」等と掛け声を掛けながら歌ったり踊ったりする、むしろ商業フラメンコの方だ。だがフラメンコと言っても奥が深い。
近年では音楽のジャンルとしては珍しいケースで、2010年にはユネスコによってスペインの無形文化遺産に登録されている。
 

『フラメンコの歴史と発展にはヒターノ(スペインにおけるロマ、いわゆるジプシー)が重要な役割を果たしている。』とWikipediaにも記載されているように、主にこのジャンルはロマによって演奏されたり歌唱されることが多く、そのロードムーヴィーとして有名な作品をあえて挙げるとすれば、映画監督 トニー・ガトリフ が監督を務めたラッチョ・ドロームを私はここに挙げたい。
 

 
さて本当ならばここでフラメンコについての記述をもっと突き進めるよう、我が社「Didier Merah Japan」の社長から通達があったのだが、フラメンコのうんちくを書き始めるとフラメンコの紹介なのかそれともこの記事の主役である Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)の紹介なのかが本当に分からなくなるので、やはり悩んだ末ここは主役を Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)に譲り渡し、内容をシンプル化したいと思う。
 

一つだけ書き添えるとしたら、民族音楽的なフラメンコの源流は楽器「ギター」に始まる。大元はクラシックギターに民族的なモードが合わさったもの、それがいわゆる「フラメンコ」の原点であり、今多くの人たちがそのジャンルの名前を聴いて連想する「ダンス主体」「リズム主体」のフラメンコは観光産業を発展させる過程で商業的に発展を遂げた形の、一種の商業フラメンコであり、そもそものこのジャンルの源流に在ったテイストとは異なるジャンルと言っても良いだろう。
 

さらに元を辿れば、フラメンコの発祥は「アラブ地域」とする説がある。


『複数の移民同士が旅の途中で出会い触れ合い‥寝食を共にし、モード色の強いアラビック音楽とクラシックギターの奏でる和声(コード進行)が見事なまでに合体した音楽がフラメンコの発祥である‥』、とは誰も言っていない(笑)。
だがなぜか私はその源流発祥の光景をまるで昨日見て来たことのように知っている。

まぁ余りシュールなことを書き過ぎると古いタイプの音楽学者に呪われそうなので、この話しの文字起こしはここで一旦止めておく。
 

 
さて、肝心要のこの記事の主役 Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)が2021年冬に、アルバムSanzを世に放った。
彼の場合はもともとスペインの民族的なモードを起点としたメロディーメーカなので、正確には彼の音楽を王道「フラメンコ」と呼ぶことは出来ない。だがしいて言うならば「ネオ・フラメンコ」と言った方がそれに近いだろう。

1968年12月18日生まれの Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)は、今年で52歳になる。まさに油の乗り切った世代の、王道の音楽を生み出す音楽家である。

 

 
アルバムSanzでは「ネオ・フラメンコ」的なテイストを持つ作品の他に、やはりここは営業を兼ねた意味合いなのか、M-2 “Iba のようなアメリカンテイストを持つ楽曲等も登場する。
正直アメリカに迎合するタイプの音楽をこのようなアルバムの中に見る度に、私は少しだけモチベーションが落ちてしまうのだ(笑)。

そもそもその民族にしか持ち得ないものを何故手放してまで、アメリカ万歳型の「売れ線」を狙わなければならないのかと、情けなくなるからね‥。
  

だがその次 M-3 “Yo No Quiero Suerte で、まるでいきなり目が覚めたみたいに Alejandro が拳を振り上げて立ち上がる。
王道のフラメンコのテイストの楽曲と歌唱表現の奥に、これまた王道クラシックの失われた歴史の中の「ロマン派」のコード進行の断片が浮かび上がると、多くのリスナーの中にその当時の微かな記憶が呼び覚まされ、胸をかきむしられるようなノスタルジーに身も心も包囲されて、きっと誰もがそこから一歩も動けなくなるに違いない。
 
M-4 “Rosa ではアフリカ音楽にも通ずるリズムを刻んだ打楽器とコーラスに始まり、それはまるで人々が互いに行き交う旅の途中の光景のように次第にスペインのコードやモードと折り重なりながら、そこにしか生まれ得ない一個の音楽を形成し、成長して行く。
そして歌手 Alejandro はけっして、他の経験値の浅い歌手たちのようにヒステリックに絶叫するような愚かな歌唱表現には及ばず、朝起きてシャツを着てズボンのベルトをしめて歯を磨く為に洗面台に立つかのように、きわめて普通に生活するように楽曲を最後まで歌い切って行く。
 
そして M-6 でようやく、アルバムリードのMares De Miel がお目見えする。まるでアルバム全体が舞台を見ているような鮮やかな構成になっており、この曲がアルバムの中心をしっかりと支えているのがよく分かる。
 

 

上手く日本語翻訳に至ることは難しいが、歌詞も印象的だ。
 
人は何度も行き来し、生まれ変わり再びここに戻って来る。
私はあなたに戻り、あなたになった私は再び出会う。
それは輝きの瞬間。
僕は毎日美しい女性と出会い、その中に魂の友を見つけて歓喜するだろう。
あなたが私を導き、昨日までの私を変えて行くに違いない‥。

 

ま、ざっと言えばこんなことが綴られている。それが上のPVを見てもよく分かる。

このアルバムSanzの中で最もフラメンコらしい一曲は、おそらく M-10 に収録されいるGeometríaだろう。
勿論冒頭に書いたような「オレ~イっ」等と掛け声を掛けるようなリズム体ではなく、いわゆる「バラード・フラメンコ」と言ってもよい素晴らしい一曲だ。

そしてこのアルバムのオオトリは、フルオーケストラが楽曲全編を包み込んで抱きしめて行くY Ya Te Quería。この曲で、アルバムSanzが静かに幕を下ろす。
 

M-10Y Ya Te Queríaを翻訳にかけてみると、まるで神々の人類への愛を感じさせる内容であることに気付く。
タイトルは「そして、私はすでにあなたを愛していた」と言う意味。
「わたしたちの中に、既に神々は種として宿っている、私は既に愛されていたのだ‥」と言う意味のセンテンスがリフレインで繰り返され、これは人類への新たな目覚めを呼び掛ける内容のバラードの大作だと言わざるを得ない。

 

 

既に目覚めた人たち、既に覚醒を始めた人たちが音楽家の中にこうして存在することに、私は歓びの涙を流さずにはいられない。
日々の小さなことに腹を立てている暇はないのだ。地球を想い、自然神を想い、地球の外の生命体に思いを馳せ、彼等と心から繋がる為の方法を模索し、その傍らで私も私自身の音楽を完成させて行く為の旅を止めてはならないと、今あらためて神に誓いを立てた。

 

アルバムSanzを聴き終えた時、思わず感謝の念があふれ出る‥。それは深いため息とともに全身を下から上に駆け上がり、太陽を目指して放たれて行った。
 
私の心の深い場所と幾つもの惑星や、星々の自然神等との繋がりを得る度に、私は自身が音楽家であることを心から祝福する。そして小さな自分の存在の全てを、いつまでも愛し続けたいと願って止まない。
 

🎀 🎀 🎀

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情熱のソングライター “Alejandro Sanz”

日本ではおそらく余り馴染がないだろう。だが、私はアジアの片隅からずっと注目し続けているのがこの人、スペインのシンガー・ソングライターのAlejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)だ。

先ずスペインのポップスを語る時に必要になるのが、フラメンコと言うジャンルだ。
日本人にとってフラメンコと言うと「オレーイっ」等と掛け声を掛けながら歌ったり踊ったりする、むしろ商業フラメンコの方だ。だがフラメンコと言っても奥が深い。
近年では音楽のジャンルとしては珍しいケースで、2010年にはユネスコによってスペインの無形文化遺産に登録されている。

『フラメンコの歴史と発展にはヒターノ(スペインにおけるロマ、いわゆるジプシー)が重要な役割を果たしている。』とWikipediaにも記載されているように、主にこのジャンルはロマによって演奏されたり歌唱されることが多く、そのロードムーヴィーとして有名な作品をあえて挙げるとすれば、映画監督 トニー・ガトリフ が監督を務めたラッチョ・ドロームを私はここに挙げたい。
 


さて本当ならばここでフラメンコについての記述をもっと突き進めるよう、我が社「Didier Merah Japan」の社長から通達があったのだが、フラメンコのうんちくを書き始めるとフラメンコの紹介なのかそれともこの記事の主役である Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)の紹介なのかが本当に分からなくなるので、やはり悩んだ末ここは主役を Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)に譲り渡し、内容をシンプル化したいと思う。

一つだけ書き添えるとしたら、民族音楽的なフラメンコの源流は楽器「ギター」に始まる。大元はクラシックギターに民族的なモードが合わさったもの、それがいわゆる「フラメンコ」の原点であり、今多くの人たちがそのジャンルの名前を聴いて連想する「ダンス主体」「リズム主体」のフラメンコは観光産業を発展させる過程で商業的に発展を遂げた形の、一種の商業フラメンコであり、そもそものこのジャンルの源流に在ったテイストとは異なるジャンルと言っても良いだろう。

さらに元を辿れば、フラメンコの発祥は「アラブ地域」とする説がある。
『複数の移民同士が旅の途中で出会い触れ合い‥寝食を共にし、モード色の強いアラビック音楽とクラシックギターの奏でる和声(コード進行)が見事なまでに合体した音楽がフラメンコの発祥である‥』、とは誰も言っていない(笑)。
だがなぜか私はその源流発祥の光景をまるで昨日見て来たことのように知っている。

まぁ余りシュールなことを書き過ぎると古いタイプの音楽学者に呪われそうなので、この話しの文字起こしはここで一旦止めておく。
 


さて、肝心要のこの記事の主役 Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)が2021年冬に、アルバムSanzを世に放った。
彼の場合はもともとスペインの民族的なモードを起点としたメロディーメーカなので、正確には彼の音楽を王道「フラメンコ」と呼ぶことは出来ない。だがしいて言うならば「ネオ・フラメンコ」と言った方がそれに近いだろう。

1968年12月18日生まれの Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)は、今年で52歳になる。まさに油の乗り切った世代の、王道の音楽を生み出す音楽家である。
 


アルバムSanzでは「ネオ・フラメンコ」的なテイストを持つ作品の他に、やはりここは営業を兼ねた意味合いなのか、M-2 “Iba のようなアメリカンテイストを持つ楽曲等も登場する。
正直アメリカに迎合するタイプの音楽をこのようなアルバムの中に見る度に、私は少しだけモチベーションが落ちてしまうのだ(笑)。

そもそもその民族にしか持ち得ないものを何故手放してまで、アメリカ万歳型の「売れ線」を狙わなければならないのかと、情けなくなるからね‥。

だがその次 M-3 “Yo No Quiero Suerte で、まるでいきなり目が覚めたみたいに Alejandro が拳を振り上げて立ち上がる。
王道のフラメンコのテイストの楽曲と歌唱表現の奥に、これまた王道クラシックの失われた歴史の中の「ロマン派」のコード進行の断片が浮かび上がると、多くのリスナーの中にその当時の微かな記憶が呼び覚まされ、胸をかきむしられるようなノスタルジーに身も心も包囲されて、きっと誰もがそこから一歩も動けなくなるに違いない。

M-4 “Rosa ではアフリカ音楽にも通ずるリズムを刻んだ打楽器とコーラスに始まり、それはまるで人々が互いに行き交う旅の途中の光景のように次第にスペインのコードやモードと折り重なりながら、そこにしか生まれ得ない一個の音楽を形成し、成長して行く。
そして歌手 Alejandro はけっして、他の経験値の浅い歌手たちのようにヒステリックに絶叫するような愚かな歌唱表現には及ばず、朝起きてシャツを着てズボンのベルトをしめて歯を磨く為に洗面台に立つかのように、きわめて普通に生活するように楽曲を最後まで歌い切って行く。

そして M-6 でようやく、アルバムリードのMares De Miel がお目見えする。まるでアルバム全体が舞台を見ているような鮮やかな構成になっており、この曲がアルバムの中心をしっかりと支えているのがよく分かる。
 


上手く日本語翻訳に至ることは難しいが、歌詞も印象的だ。
 

人は何度も行き来し、生まれ変わり再びここに戻って来る。
私はあなたに戻り、あなたになった私は再び出会う。
それは輝きの瞬間。
僕は毎日美しい女性と出会い、その中に魂の友を見つけて歓喜するだろう。
あなたが私を導き、昨日までの私を変えて行くに違いない‥。

 
ま、ざっと言えばこんなことが綴られている。それが上のPVを見てもよく分かる。

このアルバムSanzの中で最もフラメンコらしい一曲は、おそらく M-10 に収録されいるGeometríaだろう。
勿論冒頭に書いたような「オレ~イっ」等と掛け声を掛けるようなリズム体ではなく、いわゆる「バラード・フラメンコ」と言ってもよい素晴らしい一曲だ。

そしてこのアルバムのオオトリは、フルオーケストラが楽曲全編を包み込んで抱きしめて行く『Y Ya Te Quería』。この曲で、アルバムSanzが静かに幕を下ろす。

M-10『Y Ya Te Quería』を翻訳にかけてみると、まるで神々の人類への愛を感じさせる内容であることに気付く。
タイトルは「そして、私はすでにあなたを愛していた」と言う意味。
「わたしたちの中に、既に神々は種として宿っている、私は既に愛されていたのだ‥」と言う意味のセンテンスがリフレインで繰り返され、これは人類への新たな目覚めを呼び掛ける内容のバラードの大作だと言わざるを得ない。
 


既に目覚めた人たち、既に覚醒を始めた人たちが音楽家の中にこうして存在することに、私は歓びの涙を流さずにはいられない。
日々の小さなことに腹を立てている暇はないのだ。地球を想い、自然神を想い、地球の外の生命体に思いを馳せ、彼等と心から繋がる為の方法を模索し、その傍らで私も私自身の音楽を完成させて行く為の旅を止めてはならないと、今あらためて神に誓いを立てた。

アルバムSanzを聴き終えた時、思わず感謝の念があふれ出る‥。それは深いため息とともに全身を下から上に駆け上がり、太陽を目指して放たれて行った。

私の心の深い場所と幾つもの惑星や、星々の自然神等との繋がりを得る度に、私は自身が音楽家であることを心から祝福する。そして小さな自分の存在の全てを、いつまでも愛し続けたいと願って止まない。
 

(この記事はnoteより本ブログに移動しました。)

Chouchou(シュシュ)と最果ての女神

かねてから私が個人的に注目している日本の男女(夫婦)のユニット Chouchou が、2年振りにニューアルバム最果のダリアをリリースした。
 

 

アルバムタイトル『最果のダリア』の「最果て」の「て」をあえて抜いている理由について、彼等は一言も語っていないが、日本語として「最果て」から「て」が抜けていると若干違和感を感じる。
私が実はコテッコテの日本人だからなのか、それとも否か‥。おそらく「最果て」から「て」を抜いたことには何か、彼等なりの理由があるのだろう。そう思うことにしよう。

今回のアルバムで注目すべき点は、さっと要約すると以下の3点に集約される。
 
juliet Heberle のヴォーカルが穏やかに、尚且つ無理のない発声になったこと。そして彼女の歌唱表現から承認欲求が、完全に抜け落ちた点。
 
②何より arabesque Choche のメロディーメイクがシンプル化し、これまでのアルバムに見られる過剰で不要な冒険欲が一切削ぎ落とされた点。
このことによってメロディー自体が普遍性を帯びたことは、他のJ-Pop系のライター陣の域を一歩二歩飛び出て、楽曲全体のクオリティーが格段に向上した。
 
③ゲストプレイヤーとしてギタリスト maya Kawadias が参加したことにより、これまでの「俺って凄いぞ!」的な、Chouchouの楽曲全般に横たわっていた嫌味が全て抜け落ちた点。
そのことにより、むしろユニット Chouchou のカラーが際立って来たことは皮肉とも言えるが、私は良いことだと捉えている。

 

juliet Heberle の真骨頂は「声」ともう一つ、独特な「詞」の世界。本作品最果のダリアでもそれは引き続き健在であるが、むしろ以前よりもシンプルで歌詞表現が控え目になった分、楽曲に詞が乗った時の音速が飛躍的に向上した点は見逃せない。
それでいて、歌詞だからゴロ合わせでしょ?と思われそうな随所随所であっても、その作品自体を散文詩としても読ませてしまおうと言うこれまでの意気込みは変わらない。
つまり完成した歌詞であると同時に、未完成(楽曲の余地を残したと言う意味)な散文詩として完成されている。
 

あえて一曲一曲の詳細の解説は、私自身の作品ではないのでここでは割愛するが、このアルバム全編を聴いた後にふと、岩崎良美の過去のアルバム『月夜にGOOD LUCK』の冒頭の『夏の扉』が心の中に現れた。

 

 

岩崎良美はこのアルバムをリリースした直後に或ることが理由で声を失い、一度芸能界から身を引いている。
この曲夏の扉(作詞: 長谷川孝水 / 作曲: Bobby Watson)で、岩崎良美はそれまでの楽曲全般に見られた、生まれ付きの「美声張り上げ系」の歌唱スタイルをガラリを変えて、出来る限り静かに静かに、静寂を壊さぬ声量と表現スタイルをキープしている。
今にして思えばこの頃から彼女のメンタル或いは体のどこかに変化があり、こういう歌い方になったのかもしれない‥ と憶測することも出来る。あくまで憶測の域を出ないが。
 

一方Chouchouのアルバム最果のダリアでヴォーカルと詞を担当している juliet Heberle の場合も声質の変化を私は見逃さなかった。
ここではあえて理由詳細の記載はしないでおくが、以前のアルバムと比べると彼女の声のホワイトノイズ系の成分が増している。
それが理由で、それまでの彼女が持っていた高音域のツヤ感が消えたことによりむしろ、彼女の声質の少女性から女性性への、声の変貌を感じ取ることが出来る。

聴く人によっては、それを「母性」と感じる場合もあるようだ。私の場合は「母性」と言うよりもっと広い意味での「女性性」を、彼女の声から感じて仕方がない。
 

彼等は自身の音楽を「エレクトロニック」とカテゴライズしているが、本来ならばもっと広いカテゴリーである「J-Pop」に分類しても良さそうだ。だがそのカテゴリーでは上に上がつっかえており、色々ブランディングの観点からもやりにくいのだろう。

だが arabesque Choche  の才能あふれるメロディーメイクの才能を、「エレクトロニック」や「ポスト・エレクトロニック」等のマイナー・ジャンルに閉じ込めてしまうことにより、そのジャンル・カテゴリーでは確かに首位に駆け上がれるのかもしれない。だとしても、arabesque Choche 自身の持つメロディーセンスがこの、地味なジャンルの彼方に追い遣られるのは、ただただ勿体なく感じてならない。
 

今回のアルバムで特に印象に残った作品は、『Sapphire』『Flashback』。そしてもう一曲、Orionである。本音を言えば、私が今現在「歌もの」のメロディーメーカーを辞めていて良かったと、胸を撫で下ろした。
楽曲Flashbackでは arabesque Choche のサブドミナント発車のメロディーに、 juliet Heberleのシンプルで洗練された言の葉ワールドが控え目なのに、大胆に炸裂して行く。

 

 
そしてM-7Orionを聴いた時、 juliet Heberle の背後に突如中森明菜が現れた。彼女なら、この曲を違う視点で見事に歌い込むだろう‥ と。
当時私が芸能界で何をやっていたかについては触れないが、ふと、中森明菜のJEALOUS CANDLEが蘇った。
 

 

名曲は時空を超える。私はそう確信している。
勿論両曲を比較することなど馬鹿げているが、名曲を論評する時はその対象として名曲を持ち込んで比較することが望ましい。

又、 arabesque Choche の編曲の随所に、どこか坂本龍一氏の「耳」の片鱗を感じるのだ。もしもこの楽曲に maya Kawadias が参戦していなかったら、もっとそれが露骨に感じられただろう。だがことある毎に maya KawadiasがChouchouの空間に茶々を入れるので、 サウンド全体が丸みを帯びて深みが増して行く。言ってみれば maya Kawadias はChouchou邸の座敷童のような存在に近いかもしれない。
上手に上手に二人を邪魔しながら、幸運の種を蒔いて行く不思議な人だ。
 

楽曲Lovers & Cigarettesの冒頭から、 juliet Heberle の声の背後にうっすらと男性のヴォーカルがかぶっている。この手法が妙に坂本龍一氏の「耳」を彷彿とさせ、何やら私は懐かしい。
そしてM-5Girlの中サビの、男性ヴォーカルがうっすらと顔を覗かせる瞬間、arabesque Choche の背後霊のように坂本龍一の「耳」が金粉を撒き散らす。

 

 
このアルバムの音楽評論を書くにあたり、私はこれまでの数十年間の新旧J-Popを引っ張り出して彼等のテイストと何が異なるかについて、丹念に紐解いて調べて行った。
そして何を比較対照として並べて行くべきかについても色々考えあぐねたが、殆どのJ-Popが Chouchou のその輝きに惨敗した。

佐野元春、松任谷由実、中島みゆき、椎名林檎、宇多田ヒカル、藤井風…、雑魚ではなく良質・売れている作家を比較してもっとゴリゴリ語り潰したかったが、Chouchouの音楽がそれを許さなかった。

音楽評論をする時、何が良くて何がいけないのか‥ を綴ることは必要最低限のルールである。なのでその為の音楽資料を探したが、むしろ比較することが罪であるかのように、arabesque Chochejuliet Heberleの二人の睨みに評論する側の私が推し潰されそうだった。
 

最近の多くのメロディーメイクは、佳境に差し掛かるとラップに逃げる傾向が強い。殆どのJ-Pop、K-Popを含むアジアのポップス全般にそれは見られ、全体を一個の音楽として魅せて行く音楽が激減した。
だが未だ、Chouchou が残っているではないか!
 

心に残る音楽、記憶に残るメロディーの最大の武器は、旋律の帯である。

ヴォーカルの癖に逃げ込むことなく、何があってもヴォーカルが最後の壁一枚で音楽や楽曲を守り抜かなければならない。その力が Chouchou にだけ備わっているのは、一体何故なのか。

常に音楽を「声」と言う壁一枚で守り抜く juliet Heberleの歌声には、何かとてつもない大きな悲しみや痛みが宿っている。それがどの楽曲であっても脈々と音楽を溶かし込み、聴き手にその一部を悲しみのトリガーとして刻み付けて行く。
だがそれはやがて、愛、優しさを湛えながら大河となって聴き手の心を上から下へと滑り落ちて行き、体や魂のど真ん中の「心」へと激しくたたみかける。
 

日本のメロディーメイカーがこぞって失ってしまったもの(大自然にも通じる何か)が、ここ Chouchou の世界には未だ、ほぼ手つかずのまま残っている。
フランスの名水Volvicが遂に今年、地球から姿を消してしまったがそういう事態にならないように、是非とも透明で澄んだまま Chouchou には生き続けて欲しいと願わずにはいられない。

 

 

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オーダーを遥かに上回るクールで奇想天外な記事を、筆者の豊富な脳内データから導き出して綴ります!

Chouchou(シュシュ)と最果ての女神

かねてから私が個人的に注目している日本の男女(夫婦)のユニット Chouchou が、2年振りにニューアルバム最果のダリアをリリースした。
 


アルバムタイトル『最果のダリア』の「最果て」の「て」をあえて抜いている理由について、彼等は一言も語っていないが、日本語として「最果て」から「て」が抜けていると若干違和感を感じる。
私が実はコテッコテの日本人だからなのか、それとも否か‥。おそらく「最果て」から「て」を抜いたことには何か、彼等なりの理由があるのだろう。そう思うことにしよう。

今回のアルバムで注目すべき点は、さっと要約すると以下の3点に集約される。
 

juliet Heberle のヴォーカルが穏やかに、尚且つ無理のない発声になったこと。そして彼女の歌唱表現から承認欲求が、完全に抜け落ちた点。
 
②何より arabesque Choche のメロディーメイクがシンプル化し、これまでのアルバムに見られる過剰で不要な冒険欲が一切削ぎ落とされた点。
このことによってメロディー自体が普遍性を帯びたことは、他のJ-Pop系のライター陣の域を一歩二歩飛び出て、楽曲全体のクオリティーが格段に向上した。
 
③ゲストプレイヤーとしてギタリスト maya Kawadias が参加したことにより、これまでの「俺って凄いぞ!」的な、Chouchouの楽曲全般に横たわっていた嫌味が全て抜け落ちた点。
そのことにより、むしろユニット Chouchou のカラーが際立って来たことは皮肉とも言えるが、私は良いことだと捉えている。

 

juliet Heberle の真骨頂は「声」ともう一つ、独特な「詞」の世界。本作品最果のダリアでもそれは引き続き健在であるが、むしろ以前よりもシンプルで歌詞表現が控え目になった分、楽曲に詞が乗った時の音速が飛躍的に向上した点は見逃せない。
それでいて、歌詞だからゴロ合わせでしょ?と思われそうな随所随所であっても、その作品自体を散文詩としても読ませてしまおうと言うこれまでの意気込みは変わらない。
つまり完成した歌詞であると同時に、未完成(楽曲の余地を残したと言う意味)な散文詩として完成されている。

あえて一曲一曲の詳細の解説は、私自身の作品ではないのでここでは割愛するが、このアルバム全編を聴いた後にふと、岩崎良美の過去のアルバム『月夜にGOOD LUCK』の冒頭の『夏の扉』が心の中に現れた。
 


岩崎良美はこのアルバムをリリースした直後に或ることが理由で声を失い、一度芸能界から身を引いている。
この曲夏の扉(作詞: 長谷川孝水 / 作曲: Bobby Watson)で、岩崎良美はそれまでの楽曲全般に見られた、生まれ付きの「美声張り上げ系」の歌唱スタイルをガラリを変えて、出来る限り静かに静かに、静寂を壊さぬ声量と表現スタイルをキープしている。
今にして思えばこの頃から彼女のメンタル或いは体のどこかに変化があり、こういう歌い方になったのかもしれない‥ と憶測することも出来る。あくまで憶測の域を出ないが。

一方Chouchouのアルバム最果のダリアでヴォーカルと詞を担当している juliet Heberleの場合も声質の変化を私は見逃さなかった。
ここではあえて理由詳細の記載はしないでおくが、以前のアルバムと比べると彼女の声のホワイトノイズ系の成分が増している。
それが理由で、それまでの彼女が持っていた高音域のツヤ感が消えたことによりむしろ、彼女の声質の少女性から女性性への、声の変貌を感じ取ることが出来る。
聴く人によっては、それを「母性」と感じる場合もあるようだ。私の場合は「母性」と言うよりもっと広い意味での「女性性」を、彼女の声から感じて仕方がない。
 

彼等は自身の音楽を「エレクトロニック」とカテゴライズしているが、本来ならばもっと広いカテゴリーである「J-Pop」に分類しても良さそうだ。だがそのカテゴリーでは上に上がつっかえており、色々ブランディングの観点からもやりにくいのだろう。
だが arabesque Chocheの才能あふれるメロディーメイクの才能を、「エレクトロニック」や「ポスト・エレクトロニック」等のマイナー・ジャンルに閉じ込めてしまうことにより、そのジャンル・カテゴリーでは確かに首位に駆け上がれるのかもしれない。だとしても、arabesque Choche 自身の持つメロディーセンスがこの、地味なジャンルの彼方に追い遣られるのは、ただただ勿体なく感じてならない。

今回のアルバムで特に印象に残った作品は、『Sapphire』『Flashback』。そしてもう一曲、Orionである。本音を言えば、私が今現在「歌もの」のメロディーメーカーを辞めていて良かったと、胸を撫で下ろした。
楽曲Flashbackでは arabesque Choche のサブドミナント発車のメロディーに、 juliet Heberleのシンプルで洗練された言の葉ワールドが控え目なのに、大胆に炸裂して行く。
 


そしてM-7Orionを聴いた時、 juliet Heberleの背後に突如中森明菜が現れた。彼女なら、この曲を違う視点で見事に歌い込むだろう‥ と。
当時私が芸能界で何をやっていたかについては触れないが、ふと、中森明菜のJEALOUS CANDLEが蘇った。
 


名曲は時空を超える。私はそう確信している。
勿論両曲を比較することなど馬鹿げているが、名曲を論評する時はその対象として名曲を持ち込んで比較することが望ましい。

又、 arabesque Chocheの編曲の随所に、どこか坂本龍一氏の「耳」の片鱗を感じるのだ。もしもこの楽曲にmaya Kawadiasが参戦していなかったら、もっとそれが露骨に感じられただろう。だがことある毎に maya KawadiasがChouchouの空間に茶々を入れるので、 サウンド全体が丸みを帯びて深みが増して行く。言ってみれば maya KawadiasはChouchou邸の座敷童のような存在に近いかもしれない。
上手に上手に二人を邪魔しながら、幸運の種を蒔いて行く不思議な人だ。

楽曲Lovers & Cigarettesの冒頭から、 juliet Heberleの声の背後にうっすらと男性のヴォーカルがかぶっている。この手法が妙に坂本龍一氏の「耳」を彷彿とさせ、何やら私は懐かしい。
そしてM-5Girlの中サビの、男性ヴォーカルがうっすらと顔を覗かせる瞬間、 arabesque Choche の背後霊のように坂本龍一の「耳」が金粉を撒き散らす。
 


このアルバムの音楽評論を書くにあたり、私はこれまでの数十年間の新旧J-Popを引っ張り出して彼等のテイストと何が異なるかについて、丹念に紐解いて調べて行った。
そして何を比較対照として並べて行くべきかについても色々考えあぐねたが、殆どのJ-Popが Chouchou のその輝きに惨敗した。

佐野元春、松任谷由実、中島みゆき、椎名林檎、宇多田ヒカル、藤井風…、雑魚ではなく良質・売れている作家を比較してもっとゴリゴリ語り潰したかったが、Chouchouの音楽がそれを許さなかった。

音楽評論をする時、何が良くて何がいけないのか‥ を綴ることは必要最低限のルールである。なのでその為の音楽資料を探したが、むしろ比較することが罪であるかのように、 arabesque Chochejuliet Heberleの二人の睨みに評論する側の私が推し潰されそうだった。

最近の多くのメロディーメイクは、佳境に差し掛かるとラップに逃げる傾向が強い。殆どのJ-Pop、K-Popを含むアジアのポップス全般にそれは見られ、全体を一個の音楽として魅せて行く音楽が激減した。
だが未だ、Chouchou が残っているではないか!
 

心に残る音楽、記憶に残るメロディーの最大の武器は、旋律の帯である。

ヴォーカルの癖に逃げ込むことなく、何があってもヴォーカルが最後の壁一枚で音楽や楽曲を守り抜かなければならない。その力が Chouchou にだけ備わっているのは、一体何故なのか。

常に音楽を「声」と言う壁一枚で守り抜く juliet Heberleの歌声には、何かとてつもない大きな悲しみや痛みが宿っている。それがどの楽曲であっても脈々と音楽を溶かし込み、聴き手にその一部を悲しみのトリガーとして刻み付けて行く。
だがそれはやがて、愛、優しさを湛えながら大河となって聴き手の心を上から下へと滑り落ちて行き、体や魂のど真ん中の「心」へと激しくたたみかける。

日本のメロディーメイカーがこぞって失ってしまったもの(大自然にも通じる何か)が、ここ Chouchou の世界には未だ、ほぼ手つかずのまま残っている。
フランスの名水Volvicが遂に今年、地球から姿を消してしまったがそういう事態にならないように、是非とも透明で澄んだまま Chouchou には生き続けて欲しいと願わずにはいられない。
 

 

 

本記事はnoteに執筆した同名の過去記事より、移動しました。

 

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タイ・ポップスの超新星 – Millie Snow

タイ・ポップスの若きミューズ、Millie Snow(通称: ミンリー)が満を持して、เดี๋ยวคุย (Talk Later) でソロデビューを果たした。

Song Writers: Janpat Montrelerdrasme / Jirapat Chanjang

 


Millieのこれまでの主な活動は此方。⇩

愛称: ミンリー(現在 21歳)の職業はジャズ・キーボード奏者、ジャズダンサー、作詞作曲も手掛ける。タイの人気TV番組『I Can See Your Voice』で超絶的な美声を放つ。

2017年末から2018年前半にかけて人気爆発したタイの国民的大人気アイドルグループ、BNK48の第二期生オーディションで、一万人超の応募者の中からファイナリストの94名に進み、デジタルライブスタジオ(水槽)でのパフォーマンスで審査に臨んだが、残念ながらその後のステップには進んでいない。

 
彼女はピアノやクラシックバレエを学ぶ、どちらかと言うとアカデミック色の強い歌手 兼 ダンサーであり、作曲や楽器演奏も行う。(その様子はミンリーの [Instagram] でも存分に紹介されているので、興味のある人は是非。)
 


ミンリーは広音域の声と多種類の声色を持つ歌手としてタイ・ポップス界でも若い頃から頭角を現し、最近では竹内まりやのPlastic Loveのカバー動画で世界の注目を一手に集めた。
 


上の動画の彼女の歌唱表現は既に原作(原曲)のクオリティーを優に超えており、その感動冷めやらぬ実況ブログを私も短文評論でしたためた程だった (on note)。
 
んなタイ・ポップスの超新星 Millie Snow がこのコロナ禍の隙間をぬってじわじわと準備を進め、遂にソロ・デビューを果たしたと言うニュースをFacebook越しに知った時は何やら自分のことのように嬉しく、意気揚々と彼女のYouTubeをクリックした。
‥‥が。。

ここからはデビューあるあるの話しに一気にネタが移動する。
 


カバー曲が良いのにソロ曲が今一つと言えば、日本では miwa徳永英明等がそのカテゴリーに入るだろう。

miwa は職業を「シンガー・ソングライター」と明記しているようだが、残念ながら肝心のオリジナル曲が良くない。同時にオリジナル曲を歌う時の表現がカバー時のそれを下回り、未だ草彅剛さんが司会を務めていた頃の「僕等の音楽」や「FNS歌謡祭」等では彼女のオリジナル曲よりも、カバー曲のデュエットで出演することの方が多かったように記憶している。

又、徳永英明 も同様に、カバー曲だけを厳選して歌い継いだ時期があり、中でも「Wの悲劇」の乾き切った不愛想な歌唱表現はむしろ良い意味でリスナーの期待を裏切った。
 

 
編曲も素晴らしい。ある種の徳永のヴォーカルのもともとの声が持つ濡れ感を完全に消し去った「乾いたストリングス」が、楽曲の背景の隙間をしっかりと押さえ込み、けっして過剰な表現にならないよう支えて行く。
エンディングの最後にトニックに回帰せず、サブコードのような別Keyにシフトしてギターのスパニッシュテイスト的な、緩やかなアルペジオで終結させる辺り、なかなか魅せてくれるではないか。
 

話しを Millie Snow に戻すと、上にも書いた miwa のタイ・ポップス版のように見えて来る‥ と言う話しがしたかったわけだが、それよりもミンリーの場合ソロ・デビュー曲เดี๋ยวคุย (Talk Later) で余りにもメジャーウケを狙い過ぎた感が強く、表情も表現もジャンキーさ満載で兎に角汚さが目立つ。
老舗の洋食屋のビーフシチューの仕上げに化学調味料をガンガン振りかけた時のような違和感が動画全体を覆い尽くしており、兎に角後味が良くない。
 

 
顔をクシャクシャにして様になる人とならない人との境界線は、おそらく育ちにあると私は解釈する。
宮家の愛子さまがジーンズよりもローブデコルテのような、上品ないで立ちが似合うように、ミンリーにも同じことが言える。彼女がグランドピアノの前にセミフォーマルのドレスを着て着席した時の色香は、そもそもミンリーが持って生まれた天性のものであり、それはけっして誰かが作って取って付けたものではない。⇩
 


そのドレッシーかつ上品なテイストをもっと大切にしたところのプロモーションをすべきところが、「売る」為「ウケる」為のとてつもなく下品なプロモーションになってしまったことは、ファンとしてただただ残念で仕方がない。
 

 
⇧ この動画は中国のカウンターテナー歌手 周深(ジョウシェン)のBig Fishの弾き語りのカバーだが、此方も素晴らしい歌声と解釈を余すところなく、ミンリー個人の表現解釈を添えて大胆に披露している。
特に後半のベルカントすれすれのミンリーの裏声は、ただただ聴き惚れる。

デビュー目前でこれだけクオリティーの高いカバーを連発された後にはさぞ、華々しいソロ・デビューを放ってくれるに違いない‥ と、際限なく期待値も高まると言うものだ。だが蓋を開けてみると、何とも俗世間擦れした稚拙なプロモーションによって、一人の若い歌手がめっちゃくちゃにジャンキーな状態で世に送り出される形となった。

音楽も料理も、作り込み過ぎるとろくなことにはならない。究極、素材と塩だけで煮込むことが無難かつ最高の料理に仕上がるコツだ。

このルールを無作為に逸脱すると、Millie Snowことミンリーのデビュー曲เดี๋ยวคุย (Talk Later) のような悲惨な状況になると言う、確たる見本を公式に見せ付けられたようで、兎に角気が滅入るばかりである。
Talk Later‥ と言うタイトル通り、「ちょ、後で来いや」と言いたくなる程、楽曲も動画やプロモーションの内容共々問題山積としか言いようがない。
 

 
折角の超新星の名が聞いて呆れる程の、これは最悪の出来栄えだと言っても過言ではないだろう。

 
さて、この記事の最後に何を出そうかと迷ったが、数年前の過去ログ動画の中にミンリー作詞・作曲の作品があり、それが気に入っているのでこの記事の〆に貼っておきたい。
まだまだ粗削りではあるが、その粗削り感が天然の真珠のように初々しくて、私は作り過ぎたデビュー作よりも此方の方が断然気に行っている。
何でも素の良さをいかに引き出して行けるか‥、そこは出会ったプロデューサーの腕力が試される。
 


ふと、デビューアルバムが最も冴えていた 飯島真理 の、アルバム「Rose」の冒頭の作品Blueberry Jam(作詞・作曲: 飯島真理 / 編曲: 坂本龍一)と記憶が重なり、とても切なくなったのは私だけではないのかもしれない。
 

 

เหงาพอแล้ว [Enough] – Millie Snow
Lyrics : Millie Snow
Music : Millie Snow

 

(本記事はnoteより移動した記事となります。)

未完成の楽器 – ハンドパン

サムネイルの写真は空飛ぶ円盤ではなく、ハンドパン

 
楽器としての完成は2000年頃であり、この楽器はスティール・パンを原形とした応用バージョンと言えるだろう。
 

※楽器の生い立ちその他はWikipediaを参照頂きたい。

 
私は1997年初夏に最初の渡米しており、そこでこの楽器を演奏するストリート・ミュージシャンとカリフォルニアで出会い、音色に惹かれた。この段階では未だ「ハンドパン」が楽器として確立しておらず、私が出会ったストリート・ミュージシャンも「あくまで新型スティール・パンのサンプルだよ。」と言いながら、この楽器を演奏していたが、単旋律しか演奏出来ないこの楽器の構造上が理由とは言い難い程メロディーが断片的であり、どこか子供が鉄筋を叩いて遊んでいるようにしか聴こえないような短調でランダムな旋律が延々続いたのを覚えている。

演奏方法は手のひらで叩く手弾きの他、マレットで叩いて音を出す方法等があるようだ。如何せん楽器の原型としては完成しているが、未だこの楽器を「音楽」「楽曲として演奏する」には至らず、発展途上中と言えるだろう。

最近では主にヒーリング目的で使用する人たちが増えており、都内各所では実際にワークショップ等が盛んに行われているようだ。
 

 
1997年の渡米から帰国し、その後何度かカリフォリニアと東京を往復しながら全く別の目的で私は渡米していたので、段々とこの楽器のあれこれから心が離れて行った。

そんな折り、再びハンドパンと再会したのはおそらく2011年の冬頃だった。丁度私がそれまで続けて来た「シャンソンの歌手の伴奏者 & 編曲者」を完全撤退し今の Didier Merah の活動に専念し始めた頃で、再婚してから生まれて初めてパソコンを相方に与えられ、際限なくYouTubeを聴ける環境が整った時期と符合する。

音楽探索の血が再燃し、世界中の音楽をとことん聴き漁って行く過程でハンドパンと再会した切っ掛けは、確かこの楽器の原型とも言われる『スティールパン』の楽曲だったかもしれない。
 

 
ハンドパンスティールパン」は凹凸の構造が真逆であり、スティールパンは真ん中に向かって窪んで行くのに対し、ハンドパンは真ん中に向かって形が膨らんでいる。
だが音質はとてもよく似ている。

さて話をハンドパンに戻して‥。

音楽的には発展途上の楽器ハンドパンをそれなりに昇華させて来た、ハンドパンのユニットも存在する。その一つがHang Massiveと言うユニットだ。
メンバーは [Danny Cudd] と [Markus Offbeat] の男性二人で構成される。ジャンルとしては「ワールドミュージックからアンビエントミュージック」と表記されているが、そのように説明されないとジャンルの特定が難しい微妙な立ち位置のまま彼等の活動は現在に至る。
 

 
上の動画は2018年頃に収録されたものだが、やはりどこか楽器の偶発性に依存して演奏している感じが拭えない。
二人で演奏していても、最高4音以上の音色が叩き出せないのがこの楽器の難点と言えるだろう。

Hang Massive』ではないが、私が好きなハングドラムの演奏動画の一つが此方だ。⇩
 

 
[Kabeção] はポルトガル出身のマルチ楽器奏者、作曲家、サウンドヒーラーであり、旅行家でもある。ハンドパン一個で多くの国を演奏旅行しながら動画を作成し、それはYouTubeの彼のチャンネルでも楽しむことが出来る。
 

 
彼のハンドパンもかなり即興性に富んでおり、殆どの楽曲が確固たるメロディーやハーモニー等を持たない。残響やその時々のマインド・コンディションに左右され、演奏や表現スタイルが大きく変化する辺りはこの楽器奏者の特徴であり、マイナス要素であると言えよう。

ただ、このシリーズBell Cave Sessionはとても貴重な録音であり、私も好きで時々聴いている。
 

 
最近になってハンドパンを伴奏 & SE楽器として利用しながら、Topにヴォーカルを乗せて一個のヴォーカル音楽としてオリジナル曲を発信しているハンドパン奏者が現れた。
それが Marco Selvaggio である。
 

 
Marco Selvaggio はイタリアはシチリア島、カターニア出身のハンドパン奏者である。ハングドラムの他にジェンベバスドラム等も演奏し、アフリカ音楽に深く精通している。

だが彼も段々と活動のクオリティーが落ちて来ており、最近はアメリカンポップスに迎合したような楽曲が数曲リリースされている以外、目立った活動は見られない。

‥とまぁこのように、音色の美しいハンドパンはやはり打楽器であり、打楽器と言う楽器の特性上どんなにもがいても人間が一度に出せる音の数の上限を考えた場合、音楽或いは楽曲としての完成度はピアノに比べると今一つと言えるだろう。
ならばフルオーケストラのゲスト・プレイヤーとして演奏出来る程の、優れた楽曲の出現をあとは待つのみである。
 

 

 

本記事はnoteの過去記事より、当ブログに移動しました。

 

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Coldiac – “Beautiful Day”(私とインドネシアの音楽)

私にとって「インドネシア」は切っても切れない国の一つだ。勿論一度も足を運んだこと等無いのだけど、かつて私が唯一立ち上げたアジアの音楽ばかりを演奏する為のユニット「mocha」発足の切っ掛け‥、それがインドネシアの音楽だった。

当時の私は「インドネシア歌謡」と「マレイ歌謡」の区別が付いていなかった。そんな折、記憶では1997年の秋だったか‥、島田歌穂のレア・アルバム『Malacca』の中のDenpasar Moonが私の脳天を突き抜けた時の、あの痺れた感覚を今も忘れることが出来ない。
 

 
このアルバムが切っ掛けで私はミュージシャン 久保田真琴 氏を知り、その後彼がプロデュースする多くのアルバムを買い漁った。その経過でその他のインドネシアのアルバムとも遭遇し、中でも ‘Jalan Jalan’ と言うユニットがリリースしたアルバムBali DuaはCD盤が(なぜか)傷だらけになる程聴き込んだ。

未だデジタル音源等と言うものがこの世に存在すらしない時代のお話しである。
 

 
2021年12月4日、ジャワ島東部にある国内第2の都市スラバヤから南に約130キロ離れたスメル山が噴火した。
動画を視る限りでは人が住む場所でのいきなり噴火らしく、噴煙を背に逃げ惑う人々の姿が映し出され、ただただ胸が痛んだ。
 

 

こういう時、音楽家に一体何が出来るだろうかと私はいつも考える。その結果、現実的には何も出来ない自分の無力さに落胆する。
唯一出来ることがあるとすれば、それはただ「祈る」ことのみである。何もしないよりは未だましだと言い聞かせながら、ただただ非力な祈りを手向けること、それが音楽家の私に出来るただ一つの応援だ。

日本には多くのインドネシア音楽の愛好家たちが存在するが、その約半数が「踊りながら音楽を聴く人たち」で、残りの約半数が「無言で音楽を聴く人たち」である。

応援は声に出し、文字にして世に送り出さなければ何の力も持たない。

私も自身が音楽家であるから、是非私のリスナーの方々にもそうして欲しいと願うのだが、それはなかなか実現しない。皆、無言で音楽を聴き、アーティスト本人にリスニングの感想を寄せて来るが、そのプロセスをSNSやブログに書く人が少ないので「陰ながらの応援」はなかなか功を奏さないのが現状だ。
残念ながら「陰からの応援」は、社会そのものを揺るがす力にはならない。

その音楽、推しのアーティストに触れていること、ただそれだけを文字に書き起こすだけ‥、それが彼等~ファンにとってままならないのは何故なのか。
 

・単に照れ臭いから?
・それとも不特定多数のリスナーを持たない、きわめて個人的なスタンスで活動をしている音楽や音楽家をシェアすると異端児っぽくなって目立つから?
・或いは周囲の目を気にして、「音楽を愛好する」自分自身を世間に極力晒したくないから?

 
個人的な事情或いは社会の一員として、音楽と言う娯楽に触れている自身の様を世に晒すことによるリスクを恐れているのか‥。
その意味では私は自身が音楽家であること、そしてその伏線として音楽評論を開始して本当に良かったと思っている。なぜならこうして、推しの音楽や推しのミュージシャンを上から目線で紹介し、評論する機会を得られたからだ(笑)。
 

 
そんな折、一見むさ苦しそうな男所帯の4人組のユニットの、この見掛けからは想像も付かない垢抜けた楽曲を見つけた。

Beautiful Day

楽曲は全編、英語で歌われている。
 

 
個人的には英語よりもインドネシア語で歌われるインドネシアポップスの方が私は好きだが、この作品はそこはかとなくインドネシアのテイストが入り混じった、程好く垢抜けた、そして程好く田舎臭い音楽と言えるだろう。
その中途半端にインドネシアな感じが又気持ち好い。
 

 
インドネシアポップスは日本で言うところの昭和感がまだまだ満載で、どこか完全に周回遅れなのだ。その周回遅れ感が、私のような昭和生まれの芸術家の琴線に熱く触れて来る。

そんな Coldiac の中で、私が最近とても気に入っている作品を一曲ここに貼っておきたい。⇩
 

 
これも又周回遅れのひと昔前のR & Bテイスト満載の一曲である。

そして上記の曲を含む「インドネシア・ポップス」ばかりを集めた [Didier Merah 作] のプレイリストがあるので、そちらをこの記事の最後に置いて行く。
余り曲順やテイストを気にせず、兎に角インドネシア産の音楽を片っ端から集めただけのプレイリストになっているので、曲順が練られていないある種の無頓着感については何卒ご容赦・ご理解願えればありがたい。
 

 

本記事はnoteに綴った過去記事より此方に移動しました。