Vanoni, 私は貴女を忘れない (Vanoni, I won’t forget you)

サブのブログディディエ・メラの音楽倉庫に今年最後の世界の音楽、新譜チェックの記事を仕込んで居る最中に偶然出くわした曲、Procuro Olvidarte を深堀りして行く過程で私は、往年のカンツォーネ歌手/ Ornella Vanoni (オルネラ・ヴァノーニ) が2025年11月21日に心停止でこの世を去ったことを知った。
 

 
ヴァノーニが健康的な生活を心掛けていたことをYouTubeのインタビュー動画等で見聞きしていただけに、2025年の最後の最後で私はただただ深い悲しみに暮れた。
 

 
私にとってイタリアは過去世に生きた土地。最近になって過去世の記憶はかなり鮮明に復活し、そこで起こった出来事を知ることも出来た。
イタリアやカンツォーネをこんなに愛している私は現実的には往年のカンツォーネ歌手とは殆ど会うことが叶わなかったが、インターネットの時代の手助けもあり、実は数名のカンツォーネ歌手 (ここでは名前は伏せたい‥) とメールでのやり取りがある。
 
だが、その中の誰からもヴァノーニの近況についての知らせはなかったし、以下のブログを執筆している最中に某カンツォーネ歌手 (勿論イタリア人) にも連絡を取ったが、先方の方がヴァノーニの訃報に驚いていた。
 

 
冒頭に触れた曲 Procuro Olvidarte を歌っていたのが、フラメンコ歌手 (70歳) の José Mercé (ホセ・メルセ) であるが、上の曲はヴァノーニが Perduto (邦題: 失われた月日) と言う曲でカバーしており、私が大好きなカンツォーネ Top 10に入る一曲だ。
 

 
ヴァノーニは丁度私の母親の年齢にあたるが、親の死よりも悲しい報せをこのような形で受け取ることになるとは流石に耐え難い。だが、ヴァノーニが死の直前までこうして美しい歌声を響かせ続けて居たことが、何よりの救いだと思いたい。
 
実は2025年の11月中旬から12月の25日頃まで私は、久しぶりに短歌を編んでいた。たった一ヵ月強の期間ではあったが、300首近くの句を編んだ。
思えば1998年に一度、そして2003年にもう一度、幾つかの出版社から短歌集の出版のお声がけを頂いた。だが私はその当時心の病いの治療と音楽の仕事の多忙に挟まれ、歌集の出版には気乗りがしなかった。
三度目がどうなるかは予想もしなかったが、今回も句を読み始めて数日で二社の出版社から出版の打診のメールを頂いたが、やはり今回も三度目の正直で私はあっさり出版をお断りした。
 
私は自分が最も光る場所、そして私以外に誰も到達し得ない場所を既に知っている。私はそこから動くべきではないと言う神々のメッセージを同時に受け取り、その助言に私は喜んで従った。
同時にクリスマスの当日私は、短歌詠みをきっぱりと停止した。

https://note.com/didiermerah/n/nc1cd9e55ad45?app_launch=false

 
これでようやく音楽活動に集中出来ると思った矢先の、オルネラ・ヴァノーニの遅ればせながらの訃報は立ち上がれない程辛い。
だが、私は前を向いて進まなければならない。
 

 
以下は私が2025年12月、クリスマスに読んだ句である。

 

クリスマス‥
僕はいつでも脇役だから
オルガニストは真夜中に泣く

 
/筆名: 七澤銀河 (お題: 「クリスマス」)

 
色々な事が節目を迎える。そののろしは既に上がっており、私たちはその中を進んで行かなければならないだろう。
多くの別れも目にすることになるかもしれない。
 
幾多の思いを閉じ込めながらサビノ神父の名前を掲げたPLも更新したので、ここに貼っておきたい。
 

 
今年最高に悲しく、そして最高に美しく旅立って逝ったオルネラ・ヴァノーニのご冥福を、心よりお祈りします。R.I.P Vanoni 🌈
 

 

“Mi Historia Entre Tus Dedos” by Matteo Bocelli & Gianluca Grignani

お盆期間中、酷い圧に見舞われた。その為予定していた作業も外出も殆どを中止して、ひたすら自宅で休んでいた。
とは言え山のように音楽を聴き、そして自らのオリジナル曲のブラッシュアップも増やし、過去作品の複数を現在の私の感性で再演出来るよう、再々編曲に取り組んでいる。
 
毎週末の音楽探索の状況は別ブログディディエ・メラの音楽倉庫に綴っているが、この作品だけはメインのこのブログに綴っておきたい。
 

“Mi Historia Entre Tus Dedos” (La mia storia tra le dita)を、Andrea Bocelliのご子息、Matteo Bocelli (マッテオ・ボチェッリ) がカバーして世に放った。
最初この作品を私は、Ornella Vanoniのアルバムで知った。
 

 
ヴァノーニの印象が余りにも強すぎて、この曲の原作者がGianluca Grignani (ジャンルーカ・グリニャーニ) であることを調べることなく、今日に至った。

今回MatteoのPVを見ながら本作品がGianluca Grignani (ジャンルーカ・グリニャーニ) のオリジナル作品であることを知るが、原曲の歌詞はスペイン語で書かれているようだ。
(歌詞は以下のYouTubeの概要欄に記載されている。)
 

 
Andrea Bocelliのご子息、Matteo Bocelliは兎に角イケメンだ。まるで古代の彫刻の、人が手で彫ったような顔立ちをしている。

 
Matteoの声質はどこか父・Andrea Bocelliに似ているが、低音/ 中音域/ 高音域の各音域の声質がかなり異なるのが特徴であり、デメリットでもあるように思う。
つまり声質の不安定さを、これは意味する。
 
低音域が最も声質が落ち着いていて安定しており、一種の個性と色気を感じるが、商品としては高音域を売りにしなければならない課題も背負っているのか、どうしても高音域を聴かせたがるプロデューサーサイドの意図を感じざるを得ない。
だが残念ながらMatteoの高音域はトーンが落ちてしまい、光を放たない。
 
原作者はやはり強い。MVでは前半を主にMatteoが先導して行くが、後半の最初とコーラスの一部に原作者/ ジャンルーカ・グリニャーニが声を発する。
そこだけ時間が止まり、完全にジャンルーカの音楽に戻る。
 
ジャンルーカは53歳、Matteoは27歳。ほぼ親子程の年の差の二人だが、容姿を除けば音楽性や表現力の点ではジャンルーカの圧勝だ。
MVの後半ではそっとジャンルーカがMatteoに、主導権を譲り渡すように動画が編集されていてカッコいいのだ。
 

 
是非、X JapanのYOSHIKIにも見習って欲しいと思いながら、何度もこの動画を見入っている。
 
 
編曲の観点で言えばやはり私は、オルネラ・ヴァノーニのバージョンがダントツで好きだ。
 

 
ヴァノーニ・バージョンの編曲が素晴らしいのでCDを購入しようと思ったのだが、物凄い価格だ。しかも日本国内では購入が難しい状況なので、海外から購入するには万が一のトラブルを考えるとかなりハイリスクなので、やめておく。
 

 
それにしてもBocelli家には一体、どんな血が流れていると言うのだろう‥。

イタリア人に生まれなくて、本当に良かったと思う。私がもしもこんな男性に惚れ込んだら、一生を棒に振ったに違いないから(笑)。
 
本記事の最後に、タイトル通りのYouTubeのリンクを貼っておく。美男と野獣の競演をとくとご覧あれ。