戦争が終わらない理由 (Why wars never end on Earth)

前記事プレアデス星団と地球との今後の関係性を予測するを更新してから、あっと言う間に三月が過ぎて、ようやく訪れた四月も前半を通過しようとしています。
 

 
多くの人たちが「戦争反対」を声にしたりSNSで発信したり、某政治家の思惑とは真逆の思いが国民の総意であることは明白で、私もその心情に同調しています。
でも、残念なことにもっと根本的なことがこの星に抜け落ちている以上、民族紛争や宗教戦争が終結を見るまでには多くの困難とプロセスを経なければならないことも又然り。
何故ならば一連の民族紛争や宗教戦争をもたらしているものが、プレアデス星団の(古い時代の)「ヤハウェ」を名乗る者の仕業だからです。
 
彼らはある時期の地球に同時多発的に異なる宗教を普及させ、人々が永続的に戦争を止めることがないように「宗教」或いはその「教義」の中に紛争を褒美として書き連ね、異なる宗教者同士が未来永劫紛争を止めることがないように、今でも遠くプレアデス星団のどこかからこの星を監視しています。
 
彼らは度重なるマッチポンプを施し、一方では「光側」や「光の戦士」等と自分たちを形容して持ち上げ、地球の人々にあたかも困難に陥った時にはいつでも地球を救済する‥ と言った内容の書籍を一部のコンタクティーに執筆させ、人々の行動や思考を徹底的に停止させるよう働きかけて来た経緯があります。
 
その一部として、例えばエレナ・ダナーンの動画を翻訳動画として新たに起こして日本語で発信しているYouTubeチャンネル「Miyoko Angel 2」のようなものが存在し、翻訳者/ 佐野美代子は「いつもワクワク、ポジティブな気持ちでいることが大切」‥ と言うような言葉を多用し、人々の懐疑心の矛先をグレイ星人や彼女の言うところの「闇側の人たち」と言う呼び方で外敵を作り出し、事実とは異なる内容の動画を多数発信しています。
 
ですが現実はどうでしょうか。
実際にプレアデス星人を含む地球外生命体の誰かが、地球の人々を救済に来たでしょうか?
勿論地球はプレアデス星団とは国交(星交)を結んでいませんから、プレアデス星団の誰かが地上に降り立つことも許可されていないのが現状です。
 

 
私は政治家でも軍事評論家でもないのでその辺りの詳しい内情については不正確かもしれませんが、音楽から世界を見通すこと、そして祈りを通じた「圧」やテレパシーによる情報で世界を知ることが出来ます。
 
先日、私の中に長い間閉じていた「或る記憶」が開いた途端、私は酷く体調を崩しています。
記憶を辿ろうとした矢先のこの体調不良は然程深刻を極めるものではないにせよ、日常の作業や健康状態にそれなりの支障を来たしていることは事実です。
それでも私の祈りは続きます。
最早「祈りを止めること」の機能を自発的に喪失したような私のマインド、そして身体が、私を祈りから引き離すことを拒否します。
 
これだけ多くの人々が祈るところの「平和」とは真逆の想念も、実在します。
それは某政治家の言動を見ても、一目瞭然でしょう。その人は今だからこそそれを「絶好の機会」と捉え、何としてでも戦争に巻き込まれに行こうとしています。ですが日本の国民の総意は、それとは全く逆の想念を発していることも又事実です。
 
ですが根本的には、戦争は暫く終わりを見ないかもしれません。
何故ならば一連の紛争を巻き起こしているものの背景には宗教があり、その宗教が言うところの「第三の神殿」の建設を目指して複数の宗教の始点がある一点に注がれ、それが現在の戦争の火種になっていることは火を見るよりも明らかです。

 
全ての元凶は、古くはリラ星の自爆の直前にリラ星から逃亡した科学者集団の「或る策略」に行き当たります。
現在騒がれている「Y染色体」問題も、彼ら‥ リラ星と激しく揉めた科学者集団がその発端だったと言っても過言ではないでしょう。
ですが地球の人々がその問題を自力で解決するには、霊質劣化が大きな障害壁となっていることも又事実であり、その為には地球上の人口がさらに激減しない以上地球の霊質の改善が臨めません。
 
こういう時だからこそ、私たちはどこぞの誰かが言うような「ワクワク、ポジティブなマインド」で居るべきではないのです。
身辺外界を疑い、全ての現象に疑い深さを持ち、その疑いの根源に一歩でも歩を進めて考えなければいけない時です。
 
一人でもその歩みに同調し、合流し、祈りの力を強化して行けることを私は心から願ってやみません。
 

霊質学と祈りと

このところ表側は静かに振る舞っていますが、実は内側 (裏側) の私はこれまでになく多忙になりつつあります。
諸々の個人的なメールや相談の案件に加え、祈りや夫と共に霊質学について考察する時間が増えているからです。
 
又先の記事でも少しだけ触れたように、短歌を再開した為に膨大な時間とエネルギーを吸い取られていますが、最近の業界の流れを未だ完全に把握出来ていないことがその要因の一つと考えています。
何事も経験、勉強あるのみです。ですが、闇雲にそれを行うのでは私には体力も時間も足りないので、ある程度は過去の経験則に基づいた行動でリカバーしなければなりません。
 

昨日から今日にかけては、音楽のことを進めていました。
日々の練習に加え、昨日は2フレーズ程の新曲のメモを取ったり、週末恒例の「世界の音楽」の新譜チェック~プレイリストの更新等に集中しており、あっと言う間に数時間が経過。

時間は飛ぶように進んで行きますね🕊️
 

余り何度も言うとくどくなってしまうのですが、それでも私のGMailやSNSのDM (チャット) 宛に質問や問い合わせが届くので、インフォメーションは意外にくどいぐらいに繰り返さないといけないのかもしれません。
現在私は、メインのDidier MerahのSNS全般を「Bluesky🦋」に移動しました。

https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social

これ、何度もXにもブログその他の場所にも書いているのですが、届いていないようで不思議です。
昨年の一月にXのメインアカウントがいきなり凍結 (いわゆるアカBAN)し、何度も異議申し立てを行っているにも関わらずメインアカウントは現在生きていません。

現在サブのアカウントを動かしていますが、そこはメインと同じようなポストが出来ません。その為、アーティストSNS全般をBluesky🦋」に移動せざるを得なくなりました。

現行のXのアカウントをじーーっと待っていても、音楽情報の更新はしませんので、以後お見知りおき下さればありがたいです。
よろしくお願いいたします。
 

 
最近の私は日本の古い神様方との対話の機会が多く、それゆえこれからの日本の行く末に一抹の不安を感じながら生きています。
祈りは時に強い念となり、現実に干渉することも出来ますが、なるべく私はそういう種類の「念」は使いたくないと思います。
 
音楽の力を祈りに転じることで、私にも出来ることがあるかもしれません。
それゆえ私は興行活動を一切行っていませんが、求められるものの質や種類によっては変更もあり得ます。
その為の準備を現在進めているところですが、こんな偏屈な私に仕事を依頼する方もさぞ、大変でしょう。

但し、通常のお仕事としての演奏には出向いていませんので、その上で何かしら私の音色が必要な時には然る方法でお声を掛けて下さい。
ネットサーフィンのついでみたいな案件には、勿論応じられませんので、その旨ご理解の程よろしくお願いいたします🙏🏻
 

 

神々への想い (My Mind for My Gods)

目覚めの良くない朝のような、2026年の始まりは私にとってそんな幕開けとなった。だが良くないことばかりではなく、本来私個人的な今年の流れは穏やかになる‥ と言う女神からの伝言も受け取っている。
 
オルネラ・ヴァノーニの逝去の知らせを聞いた直後から、心が塞いでいる。
直前の過去世の記憶はあやふやで不鮮明ではあるが、昨年暮れまでの色々な経緯を見ると私が彼女を悼む気持ちにはきっと、現世的なこと以外の理由がそこに挟まっているように思えてならない。
それはサビノ神父が死後にようやく私に語り掛けて来た時の、あの感覚に似ている。
 
生きていると視えないことが、肉体を離脱することで視えるようになる、喩えて言うならばそんな感じかもしれない。
 

 
ヨーロッパのクリスマスは、日本のそれよりも少しだけ長くシーズンが続く。
なのであろうことかSpotifyが今頃になって、Mina (ミーナ・マッツィーニ) のクリスマス・アルバムを私に見せつけて来た。
勿論Minaは未だ存命だが、彼女の歌声の彼方にふと‥ オルネラ・ヴァノーニの面影が横切って行く。逃さず私はその後ろ姿を捉えて掴もうとするけど、ヴァノーニは足早にどこかに消えてしまった。
 

I’ll be home for Christmas を英語で歌うMinaの、針金のような歌声が余りに凛々しくて、彼女の声を聴いていると生き残って行く者の輝きと重責の両方を私も又背負っていることを、ひしひしと痛感する。
 

 
2026年について、一部ではワクワクするようなポジティブな一年になるだろう‥ 等と言う話をしている人たちもいるようだが、私は昨年暮れの当ブログ記事の中でもそれとは逆の預言を綴って来た。
 

 
出来れば形になって欲しくないことを事前に察知し、それが現実になった時の心の重圧がどれほどのものなのか、実際に予知の精度がアマい人には到底理解出来ないだろう。
 
私に出来ることは限られている。
だからこそ、私は昼夜を問わず夢中で祈る。ただそれだけである。
 

2025年秋から、筆名「七澤銀河」として短歌を詠み始めた (実際には再開であるが‥) 。
短歌界の事情等も考慮し、最初はBlueskyだけで一人で句を詠んで行こうと思ってはいたのだが、なかなかそうも行かずXに「七澤銀河」名義のアカウントを開設した。
https://x.com/Ginga_Nanasawa
 

(⇧ 最近このブログ上にXの埋め込みが表示されない不具合が発生しているので、一先ずこのまま掲載しておく。)

 
古い神々に直に聞いた話だと、彼らは現代に伝わる和歌や短歌の多くを理解出来ないそうだ。
勿論言語の問題もあるが、何より「祈り」が乗らない言葉は神々には届かない。

短歌を詠んだり他の歌人の短歌に触れて思うことは、キラキラした言葉の技巧だけで句を編む歌人が多いと言う印象だろうか。
 
かつて作詞業界に携わっていた時にもこの傾向の作詞家が数名いて、ヒットチャートに幾つも楽曲を飛ばして行ったものだったが、あれから数十年が経過して彼らの詞を読むと「時代の言葉」がそこに在るだけで、何も心に刺さって来ない。
短歌界にも似たような状況が起きており、スマートフォンアプリで繰り広げられる「イイネ」巡りとフォロワーの数が、日々の人気歌人のバロメーターになって行く辺りに文化の低迷に加えて、人の霊質劣化の現状を目の当たりにする。
 
私は「七澤銀河」を通じて、霊的視点から詠む短歌を少しでも普及させて行けたら良いと思っている。勿論日々の人気投票の為の「イイネ」巡り等、私にはやっている時間はない。
毎日のトレーニングや音楽鑑賞、その他評論の著述等、仕事は山積みだ。
 

 

 

 
 

 

自然神が語る熊の異変 – The God of Nature tells us about the strange behavior of bears

体調不良が続いているさ中、ずっと気になっていた熊のことをさらに深く考察している。
勿論私は熊でも豹でもないし、ましてや麒麟でもない。だからこそ、このところ日本の各所に頻繁に現れる熊のことを知りたいと思った。
 
それよりこの熊騒動の件が、妙に心に引っ掛かっていた。一連の現象が人災であることの他に、背景に地球の自然神の息を感じてならなかった。

だからと言って私に出来ることなど限られているのだから、他の生き物の霊的な領域に首を突っ込むつもりはない‥ としても、兎に角気になったので、間にずっとお世話になっているカビの自然神を挟んだ形でセッティングをお願いした。
 

 
簡略化して書くと、どうやらこういうことらしい。

  1. 太陽光が変質し始めたことで、生態系にも異変が生じている。熊の場合に限定して言うと、熊の気質や本能等に異変が現れた可能性が高い。
    これまで餌とは認識し得なかった対象を、餌と認識してしまった可能性がある。
  2. 人間が地球上の環境破壊を止めないことに対し、一部の自然神の強い怒りを買ってしまった。
    自然神にも穏健派と過激派が実在し、互いにけん制し合っているようだ。‥全ての自然神がヒトの絶滅を望んでいるわけではない。
  3. [1. の理由により] 一部の生き物の性質に異変が生じ、今後熊以外にもヒトを敵或いは餌と認識し始める生き物が現れるだろう。(例えば鷹、鹿、イノシシや豚等。)
  4. 熊騒動の場合、人災が半分、残りの半分は地球の意識の異変や生理的な現象によるところが大きい。これは最早自然神の意思では変えようがない。


まとめるとこうなる。

付け加え、祈りについての自然神の考察を訊いてみた。
自然神曰く、祈りは数ではなく質である。実際自然神に祈りを届けられる人の数は少なく、祈りに対する自然神等のレスポンスを受け取る際にその人たちにも大きな負荷が掛かるとのこと。

自然神はさらにこう、付け加えた。

限られた祈り人に、多大な負荷を掛ける気は毛頭ない。但し、届いた祈りに対してのレスポンスは必ず返すことになっている。これは自然神界の法のようなものであり、その強弱や高低を不必要にコントロールすることは出来ない。
 

私に出来ることはただ一つ、祈ることだけである。失われた森林を何等かの方法で復活させ、乱開発された地球の土地の一部を森に返すこと。そうなるように、祈ることしか私には出来ない。
 
一つだけそれ以外の方法があるとすれば、数名の自然神等を通して直接熊の神獣に語り掛ける方法が挙げられるが、それはしないでおくつもりだ。
熊の気質を考えるとその方法はとてつもなく危険であり、むしろ熊全体の闘争本能に火をつけてしまいかねないので。

 
思えば私はこんな曲を、既に配信している。

 
環境破壊への警告と、既に始まってしまったであろう自然神等の人類への警告と復讐のマインドを私は早々に感じ取っており、2020年にリリースしたアルバムWorld of Natureにそれを記録している。
録音日時は、2019年12月1日。
 
まさに地球は、「イマココ」だ。
 

3I/ATLASと体調の異変、そして祈り

特に今年の9月辺りから、色々な宇宙情報を収集しています。
日常生活の端々に突如現れる異変と最近の体調の異変とがあながち無関係とは思えず、‥だから、直ぐに病院に行くと言う段取りとは異なるもっと別のプロセスの過程に (私たち夫婦は現在) 在ります。
 

私の体調の異変に関しては、やはりめまいとそれに同期するように現れる頭痛。
おかしなことに頭痛とめまいはそれぞれ異なる周期を持っていて、めまいと頭痛は入れ替わるように体調に現れます。
頭痛にも段階があり、どうやら私自身が何かしらの信号を感知している可能性も否定出来ません。
症状の詳細については、ここでは伏せておきます。
 
以下に、とても気になる動画を見付けたので、そのリンクと動画途中の音声の切り抜きだけを貼って、今日のところは一旦そこでブログを閉じます。
 

 

以下、部分的な文字起こしにて ⇩
 

── 35:41 ⇨ 36:58 付近 ─── ⇩
 
人類は観測されている
そして、試されている
次の段階に進む準備が出来ているかどうかを。

次の段階とは何か。
それは宇宙文明の一員として認められること。
地球と言う小さな惑星の中だけで生きる存在から、
銀河規模で活動する存在へ、
その転換点が、今、訪れているのかもしれません。
 
でも、そこには条件があります。

人類が、争いを超えられるかどうか
資源を奪い合うのではなく、共有できるかどうか
自分たちの利益だけを追求するのではなく、全体の調和を考えられるかどうか。
もし、これらの条件をクリアできなければ、接触は許されない。
もし、クリアできたなら、新しい時代が始まる。
 
(中略)
 
そして今、人類は選択を迫られている。
恐怖に戻るのか
それとも、祈りを選ぶのか
見えないものを否定するのか
それとも、見えないものに心を開くのか

その選択が、人類の未来を決める‥

これは、仮説です。

 

【追記】
『祈り』は、法則性、規則性、情念力学、このどれにも当てはまりません。ただ、そこに『祈り』と言う動機と動作があるのみです。
 
光と闇、そのどちらにも従属しない『祈り』はこれまでは、光側からも闇側からも標的にされて来ました。
時間を掛けて作用する薬草の効能は『効能』としての定義を確立していません。ですが、時間の制約を外せば必ずと言ってよい確率で、心身に作用して来ました。
 
祈りは全ての定義を超えます。
ご利益やリターンを一切求めない祈りが今、宇宙に暗躍する何かしらのエネルギー体の標的になっていると言う仮説を立てた場合、私 (夫も含む) たちの体調の異変にも納得が行きます。

地球の怒り

10日ほど前から続いていた目眩は、ベッドで眠っている最中にも頻繁に起こっていた。 それが今朝の地震の後にピタっと止んだ。
並行して続いていた頭痛はむしろ重くなって、今もズキズキと前頭部で、まるで秒針を動かしているようだ。

2025年7月30日 早朝、カムチャッカ半島を震源とする大きな地震があった。丁度その最中、私は案の定悪夢に魘されていた。
昔深く関わっていた男性アイドルの一人が、凄まじい謝罪を繰り返す夢。その夢に対し私は、厳しい説教をたたみかけて行く。

自身の謝罪を相手に受け入れて欲しければ、大切な何かを引き換えに失うことになる‥ と言う話。
夢とは言え、これは実体験に基づく私の哲学だ。
男性アイドルは目にいっぱいの涙を浮かべて、元通りになりたい‥ と言う。
そんな虫のいい話はないのよ‥ と私が返す。
 

その押し問答の最中に、どうやら地震はあったらしい。
 

震源が遠かったので、今回はウーパールーパーの足音は聞こえなかった。だが前兆はあった。
その前兆が何を意味するのかについて考えることを、私が完全に忘れていた。
 


地球が怒りを露わにしている。
それはどこかへ向かう怒りとは違う、もっと内向的で力強いものだ。

地球は失望と絶望を感じている。
それをどうにかして欲しいと言う願望よりも、一刻も早く自身に起きた火のような違和感を鎮めたいと願っており、祈りのような念の一部が私の体を通り抜けて行く。

騒音と臭いで気がおかしくなりそうだと、地球の意識が私に訴えかけて来る。

ふと、「Requiem 311」を書いた頃を思い出す。
今私が感じているこの感覚は、あの時とよく似ている。収まりようのない怒りと不安と失望と‥、それをどこへもぶつけるあてもなく胸の中に抱え続けたあの時の感覚に。
 

色々なことがあった水曜日。
頭痛は止まないが、少なくとも音楽で祈りを形にすることは出来た。

理解し合えない怒りと苦悩を、地球も又抱え込みながら覚醒している。

明日がどんな一日になるかなんて、誰にも分からない。そして地球の営みを、いち人間が制することなど出来る筈がない。

[世の霊能者や予言者未満の某等は、驕りや承認欲求等の一切合切を捨てて欲しい (祈) 。]
 
 

 

予言と祈り

2025年7月5日問題は、どうやら大きな災害もなく回避された模様だ。
だが一つだけ引っ掛かった (ポジティブな意味で) 事があったとすればそれは、相方のバースデーパーティーの途中辺りから降り出した大雨かもしれない。

 

眉唾な記述をするつもりは毛頭無いのだが、地震や噴火等の自然災害を神々や精霊等が回避してくれる時、そこに大雨や台風などが発生する事は、私がリラ星に生きていた頃から言われて来た話である。


昨夜がそれだったとも、それではなかったとも言うつもりは無いが、感覚的には前者だったと感じていたりする。

集まった神々の面々を見ると、おそらくそうであろうと言うのが私のカン。
とりま2025年7月5日は護られたことにはなるが、地球の営みは壮大なものであり、いち人間の当てずっぽうな予言など悠然とはねのける。

 

夫は夫の力を、私は私の力を各々が駆使し、ここ数年間は特に祈りに集中している。祈りはやり方によっては悪にも善にも傾いて行く気質を持っているから、私たちは細心の注意を払いながら日々のミッションに取り組んでいる。
そしてその旨を他者には言えなくなった。なぜならば、我々が取り組んで来た多くの祈りが現実世界の中で形になって来たからだ。

 

夫は「不運、暴露、崩壊」の視点を持ち、皆々様が既に目撃されている通り世の中も政治も変化し始めている。
私は「虚像の破壊と封印」にフォーカスし、世の中の化けの皮を剥がす作業に取り組んでいる。

 

たつき諒」なる人物がコミックネタとして描いた2025年7月5日の滅亡説を多くのスピリチュアル界隈の人物が取り上げ、何が起きる、起きないで論争もあったようだが、人類は小さなサイクルで生きているわけだからそのような茶番は一過性の寸劇に過ぎず、地球はもっと広大な意識と意志で回り続けている。ただそれだけのことだ。
私たちはそちら、つまり地球やそれ以上の意識と意志、しいては精霊としての存在の側にフォーカスしている。

 
 
人間の世界に暦 (こよみ) があれば、宇宙や精霊等の世界にもそれに似たようなものがあるが、それをいち人間が読み解くことはとても困難だ。
仮にそれが可能だとしても、もっと重要なことはその感覚を随時的確に受信し、尚且つ宇宙規模に拡張、覚醒させることの方。その為には人間の寿命の延長が絶対必須である。

私の場合はそれを霊体寿命で補っており、かれこれ10万年近くの経験の多くを霊体が経験則の記憶として保有しているので、他の人たちよりは少しだけ感覚が開いているのだろう。

 

 

昨夜はそんなこんなで、私たち夫婦にとってはとても大切な或る女性の御霊をお招きした神人共食 (しんじんきょうしょく) の儀が無事執り行われ、そして暖かな余韻に存分に浸った一夜を過ごすことが出来た。

何より相方が健康に、この日を迎えられて本当に嬉しかった🎂

消失の理論

偶然、今朝ブログ記事に書いた事とも繋がる話を少々‥。

 

 
以前少しだけ通っていた都内某所のオセアニアスタイルのカフェが閉業していたと言うニュースが、コミュニティー経由で私の耳に入る。

発端は客同士の口論から~ 先方の私への差別発言に及び、それをカフェ店主が事なかれで処理した件。
本来先方に注意喚起すべきところをカフェ店主が怠ったので、その日を機に私はカフェへの怒りを念じ続けた‥。
若干時を要したものの、あるべき答えが出たようだ。

「意図をもって視界から消したものは、実社会からも必ず消える」と言う私の消失の理論は、あながち思い込みではなさそうだ。

 

関連する話を今朝はもう一つ得られた。


もう一件は夫が、数年前料理に含まれていたオニカサゴの毒に当たって倒れた件。その料理を提供したホテル内の店舗の料理長が、曰わくつきの退職を余儀なくされたと言う話。 

当時この件で私たち夫婦は該当ホテルの支配人含む数名に状況説明をしたのだが、ホテルの総支配人から「これ以上は弁護士を立てて話し合いに応じます。」と言われ、実際にはホテル側からの謝罪を撤回された形となった。

 

納得が行かなかったので問題の件を保健所に持ち込む事も視野にはあったが、夫と何度も話し合い、諸々の状況を考えた末、実社会的なことではない別の方法で圧を加え続ける方法に転じた。

あれから今年で約3年が経過した。

 

祈りが通じたのか、或いはこれも既にシュールな意味での「決定事項」だったのかは定かではないが、私の祈りと怒りの一部が形にはなった。

 
後はこの店舗が入っているホテルそのものを実際に消失させなくてはならないが、此方も時間の問題だと思っている。

 

(スマホから投稿 📱)

怒りと祈り

私の中に怒りが湧き上がる時は、その怒りがどこから来る感覚なのかを先ず探る。
 
最近の怒りの特徴の一つが、まるで他人から借りて来たような怒りが内側に発生しているような感覚があること。対外この種の怒りの感情は「呪詛」にも似た何等かの可能性が高いので、そういう時は会話もSNSもその他の趣味も全ての手を休め、外側の現象を追跡することに決めている。
 
勿論音楽を聴いたりライトなムーヴィーを観て気を紛らわすこともあるが、その多くは徒労に終わる場合が殆どだ。
 
我が家に数人の神が棲んでいることを、他者には話さないよう気を付けている。
これはいち個人にもプライバシーがあるのと同様で、神々にもそれはあるからだ。仮に著名な「神が居る」とされるパワースポットから神が逃亡を図ったとしても、それは迂闊に口外すべきことではない。だから私たち夫婦はパワースポットや神社等から逃走した神々については、一切外側には語らない。
 
その代わりに私たちのSNSを追って頂ければ、真実の神々に少しだけ接近することが出来る筈。でもあくまで発信はとても上品に厳かに、何より自然な日常のひとコマであるように私たちは神々を語る。
 

 
私は預言者であり、予言者でもある。
直近の予言や預言の多くは既に、私自身のピアノアルバムの中に放出して来た。だが多くのリスナーがそのことに全く気付いていない。就寝前に私のアルバムを聴くと「よく眠れる」等と言うリスナーも多いが、それはある意味とても自然な心理の顕れかもしれないと最近思う。
 
多くの私のアルバムのストーリーが「人としての死」からスタートし、長い時を経てインターセルフを経験し、その後生まれ変わりの希望の灯を見つけたところでアルバムが終わって行く。
転生の可能性を秘めながら決して人の転生までを描かない、あくまで可能性を感じたところでアルバムが終わって行くのだ。
 
インターセルフでは多くの場合、魂は眠る。そこは天井の低い病室に似たところで、ベッドが無限に連なった大部屋のようなイメージだ。
だが不思議なことに隣り合うベッド同士が視界に入ることはなく、その大部屋を傍観している別の管理人のような存在だけが、大部屋のどこに誰が眠っているのかについて知るのみである。
 
私のアルバムを聴くリスナーが「よく眠れる」理由は、ただ一つ。殆どの楽曲が人間の意識を抜け出た後の霊体の追体験を描いているからだ。
 
そんな感じのアルバムを数年掛かりで複数枚、サブスクリプションから配信し尽くした感がある。丁度腱鞘炎の悪化にともない、そこに私の家族全員の死~遺産相続、そして新型コロナウィルスのパンデミック等が折り重なり、少しの期間自身の音楽(創作)活動を止めている。
その代わりに新たな仕事である「音楽評論」に磨きを掛ける為、個別の芸名を持ち、こことは違う別のブログやSNS等で活動を開始して数か月が経過した。

自分自身を捨て去ると、ものの輪郭が鮮明に見えて来る。これがつまり「エゴを捨てる」と言うことだと痛感し、それが今のクールな私のベースになっていると思う。
最近は事あるごとに私は私ではない「もう一人の自分」の姿と名前を借りて、本体とは違う視点からSNSを通じてメッセージを発信している。
「もう一人の自分」の耳で聴く音楽は本体の自分とは少し異なる聴こえ方をする分、口調も辛辣軽快に飛んで行くから面白い。
 


3月ももう直ぐ半周を迎えようとしている。3月21日は「春分の日」、その日に向けて天界から多くの魂や神々が地上に降り立つ支度を始めたようだ。
我が家にも幾人かの神々が、毎度のことのように直ぐ傍まで来ている。
 
神人共食は常日頃の出来事であるが、昨夜のそれはいつもと少し様子が違った。
或る神の怒りが木霊のように、食卓周辺を徘徊していた。それは私たちに向けられた怒りではなく、私たち周辺に群れる良くない噂の出所に向けられた怒りだと気付いた。
 
このところ、私にも夫にも各々色々な人との多数のやり取りがあった。穏やかに事を進めようとすると決まって起きる馴れやマウント等、私たちの当たり前は他者にとっては少しも当たり前なことではないと、各々の出来事を見る度に愕然とする。
昨日もそれに類する出来事が、重なり合うように起きている‥。
 
業種ごとに、その業種のキャラクターに自分を寄せてカスタムすれば済むことだが、もうそんなことに労力を使いたくはない。理解すべきは私たちではなく、相手の側だから。
 

私たちは既に、世界の終わりを知っている。それがいつか‥ については神々が決定するとしても、このままではいつかその日が必ず来るだろう。

巷では予言だ遠隔ヒーリングだなんだかんだと言い、遊び半分でなにがしかのイニシエーションもどきを実施する偽物施術者が横行している。多くの依頼者が施術者や霊能者を目掛け、開運の方法や未来リーディング等を要求し、依頼者自身の希望に副わないリーディングの内容が此方の口から出た途端に怪訝なリアクションを返して来る。

偽物に慣れた人々は、偽物以外を受け入れようとしない。‥そのような一人一人を地球の外に摘まみ出してやりたい気持ちは山々だが、それよりは未来の地球の平和を祈ることの方が今の地球を幾分癒すことが出来るかもしれない。
 
読書をしていても料理をする時でも、或いはコーヒーを飲みながら外のマンションの窓に映る夕日の跡を見つめるながら‥、いかなる時でも祈りは私の心を解きほぐしてくれる。
昨夜は食卓の花や水耕栽培中のスペアミントに触れながら、この先地球の最期を一日でも一秒でも先に引き延ばせるよう祈りながら私は、三つの花瓶の水をゆっくりと取り替えた。
 

鬼が潜む場所 – Where Demons Hide

2月3日は「節分の日」ですが、私たちはこの数年間ほぼ毎日「邪悪な存在」と戦う日々を送っています。
特に私の肩書に「預言者」を足してからと言うもの、攻防は激化していると言っても過言ではありません。
 
多くの預言者を名乗る人たちがこの世界に暗躍していますが、私(& 夫)の預言は運命圧との闘いを回避出来なくなるところに到達している為、日々「圧」が強まっています。
最近では先方の側が此方の攻めどころを見失っている為なのか、体調不良にそれは露骨に顕れます。

そんな中の折角の「節分の日」なのでこんな日こそ、穏やかにディナーを堪能することぐらいは私たちに許されても良いと思います。
 

 
このご時世、右にも左にも鬼が潜んでいます。特に新型コロナワクチンを接種した人が発する独特の異臭と特殊な物質は、未接種者の体をも蝕んで行きます。
これを鬼と言わずして、何を鬼と呼ぶべきか‥。
 
こんなことを書くから人が離れて行くのでしょうけど、私の預言の精度は人の意見に惑わされない分向上し続けています。
既に私の音楽アルバムにその一部を封印して配信しているので、是非一度でも良いので聴いてみて下さい。

 

“World of Nature” – Didier Merah

 
特にこの「Eternal Pain」は人間の目線から聴く時と、大自然の精霊の視点で聴く時とでは音楽の意味が全く変わります。
変わらないものがあるとすれば、それは双方にとっての「永遠の痛み」が描かれている点でしょうか。
 
特に私(Didier Merah)の音楽を聴く時、タイムの表の縦の音や音粒のアタックを聴くのではなく、もっと後方の残像に意識を向けて聴くことを是非お勧めします。
そこには人智を超えた存在や、彼等の祈りが大きく横たわっています。そして彼等の思いにもう少し早く気付いて欲しかったと言う自然神の嘆きが渦となり、音楽の表層へと溢れ落ちて行きます。