LE SSERAFIM “KAZUHA”の表現と美声

私、Didier Merahは3月12日から14日まで、思い出の地 箱根に小旅行に出掛けていた。SNS用のプロフィール写真を1枚でも撮影出来ればと思いきや、現地は物凄い花粉の渦‥。
度重なるくしゃみの影響で、遂に二泊目の夜にこともあろうにギックリ腰を発症し、今日に至る(笑)。
 
まぁ箱根の旅について書きたいことは一旦棚上げし、昨夜YouTubeで聴いたばかりのLE SSERAFIMのKAZUHAの上品な表現と歌声に、私は完全に痺れている。
ここ数年はNewJeansを色々な方法で応援していたが、一連の事件が日に日に表面化して来る毎に彼女たちの人間性にも活動形態にも強く失望し、付け加え私の予知ではKポップ産業全体が近い将来衰退するだろうと察知しており、そろそろKポの推し活も潮時だろうと思っている。
そんな私を、Kポ産業で活躍している日本人女性の歌声の火球が直撃した🌠
 

 
YouTubeでコンスタントに配信されている『リムジンサービス』は、キャスターのイ・ムジンが好きで時々視ているが、今回のKAZUHA特集には痺れた。
 

 
何より選曲が良い。
冒頭の『Impurities』をピアノ一本でキメて来る辺り、KAZUHAの音楽性と教養の高さをモロに見せ付けて来るではないか。楽曲の大半を裏声を使って表現して行く様は、歌曲アリアを歌う手法に寄せており、動画後半でイ・ムジンがその旨を突っ込んで解説している。
そもそもKAZUHAがバレリーナを志していた女性と言うこともあり、クラシック音楽に精通していたことは当初から感じて居たが、彼女の、特に「声」の表現が身体表現を楽に超えて来た辺りは同じ日本人として心から誇りに思う。
 
楽曲が進み、私を完全に痺れさせたのが『Angel』27:11~ だった。
これは韓国ドラマ『ボーイフレンド』の劇中歌として数年前に流行ったそうだが、丁度私は自身の音楽活動が過熱して来たタイミングと重なりこのドラマを未だ視ていないが、原曲も良曲だ。
 

 
勿論原曲『Angel』も最高だが、KAZUHAのカバーが原曲を超えて来たところが圧巻だ。
彼女がもしも日本からデビューしていたら、彼女本来の能力はここまで発揮 (評価) されなかっただろう。そう思うと、日本の音楽文化水準の低さに腹立たしさを感じずには居られないが、やはり神はKAZUHAを放ってはおかなかった。
 
ただ、残念なことに今回のLE SSERAFIMのカムバック曲Come Over他‥ が何ともチープで情けなくて、音声を切った状態で映像だけを観ているとどこかストリップ性の高い下品な内容に見えて来る。そこに今回の『リムジンサービス』が体当たりでバッティングして来たことで、聴衆がどちら側の現象を真実として吸収して行くか、或いはKAZUHAの真の才能はどちら側の側面に潜んでいるのか‥、その辺りの評価の分断に対しては幾ばくかの危機感も感じてはいるが‥。
 

音楽的なことを付け加えるならば、『Angel』はどこかEnnio Morricone (エンニオ・モリコーネ) の名曲『シネマ・パラダイス』にも通ずるテイストを持つ楽曲だ。
名曲へのリスペクトがさらなる名曲を生み出したと言っても、過言ではないだろう。
 

 
何れもクラシック音楽のエッセンスを存分に含んだ楽曲を、バレリーナを志していた女性 KAZUHAがヴォーカルでカバーして行く流れは、偶然を超えた必然だ。
複数の奇跡が同時進行で動いて行くこの瞬間瞬間の出来事を、多くの人たちがありふれた出来事として見過ごして行くのが、音楽家である私にはただただ悔やまれる‥。
 

この記事の最後に、LE SSERAFIMのレパートリーの中で最も私が好きな曲『Impurities』のMVを貼っておきたい。
動画は原曲のバージョンにアクティブな映像がくっついているが、むしろ本記事の冒頭に貼ったKAZUHAのセルフカバーの方が音楽的に優れている。
 

 

ここからはほんの余談である。
私の法律に携わる家系に生まれているが最近、YouTubeチャンネル進撃のコ弁を運営する、コ・サンロク弁護士の活動に強く触発されている。
両者は方向性も手法も勿論全く異なるが、意図するところがとても近い。そして何より法解釈の緻密さに於いては、右に出る者は居ないだろう。
 
私は法の専門家ではないので適切な表記からは外れるかもしれないが、コ・サンロク弁護士の法解釈は既存の解釈は判例を法の解釈によって覆して行く可能性を感じており、それが私の音楽活動に大きな (ポジティブな意味で) 打撃を与えてくれる。
辛うじて両者が同じ星に同時に存在している事も、ただの偶然とは思えない。

正義と法 – NewJeansの件に対する所見メモ

私は今日、泥の様に眠っていた。‥と言うのも私が当てた光があちらこちらで化学反応を起こし始めたので、それが私の霊体に疲労としてフィードバックを開始したからである。

先ず韓国の音楽団体が共同で声明を出す会見があったこと。
次にNJZ (旧 NewJeans) が『公式アカウント』を名乗り各SNSに独自チャンネルを開設したこと、その他色々。

 
世論や法律を悪用したり抜け穴を利用して脱法的な行動を起こす、その様な人々を私は個人的に容認出来ない。 特にNewJeansに関しては本人たちやご両親等が『奴隷契約』を叫んでいる様だが、あなたたち一体幾ら貰ったんだよ!と言いたい。
 
仮に (NewJeans側) 奴隷契約に関して正当な理由で世に訴えたいならば、自身の活動でこれまで得た収入を全額返金してから物申すべきだ。
 

奴隷とは自身の労働や仕事に対価を得られない身分を指す言葉であり、かれこれNewJeansの場合は契約金だけでも5億円を下らないとも言われている韓流アイドルグループであり、おそらくきっちり給料も得ている筈。


本当の自由とは、意外に不自由である。だがその不自由さの中でも知名度や信頼度を得て、成功を収めた音楽家やタレントは実在する。
NewJeansがそうした自由度の高い活動を切望するのであれば先ず、必要最低限誰の資本にも頼らず自身の収入の中で活動費用を捻出し、その能力を世に問うべきだ。
 
勿論スタッフや作曲・作詞等・サウンドメーカー~振付師等を雇うことその他、全てに於いて自力で得た収入の中で行うことが原則である。
自由とはつまり、そういうことを指す。


タンパリングに関しては、私にとっては未知の領域なので法的な解釈は出来ない状況である。
だが通常の状態であれば、自身の存在を拡大拡張してくれた事務所や企業に対するリスペクトの精神は絶対必須であり、不満ならば正当な手順を踏んで契約解除ないしは独立すれば良いだけの話だ。
今回、NewJeans本人たちは「正当な手順を踏んでADORとの契約解除に至った」とは言うものの、聞くところによればADORとの一切の話し合いをNewJeansが拒んだとの声も伝わって来ており、その状況で一方的な会見を開催する形での契約解除は、誰が見ても「不当」と言わざるを得ない。
 
ADORとNewJeans間で話し合いのテーブルが設けられなかった理由の一つとして、ミン・ヒジン元ADOR代表の強い洗脳或いはNewJeansの5人のミン・ヒジン信仰のような状況も挙げられるかもしれない。
だが、何れにせよADORが公式のSNSを通じてNewJeansの5人へ何度も対話を持ち掛けていた状況がある限り、その要求を無視した状態に於いて発動された「是正要求」が果たして法的かつ論理的に通用するかどうかは、甚だ疑わしい。
 
私が個人的に最も許せないと思うことは、Team Bunniesやらtokkisを名乗るファンダムが彼らの気に入らない個人や企業の悪評を流布し、法の悪用をもってSNS等で通報誘導 (教唆) 等を行う悪質なマインドだ。
 

さらに付け加えるならば、「郷に入れば郷に従え」の精神は芸能活動に於いても適用されるものだと、個人的には考える。
K-Pop産業に身を置いたその瞬間からその人物 (歌手やクリエイター等の表現者全般を含む) たちは、良くも悪くもK-Popと言う「郷」に所属する身分である。その郷が仮に闇の要素をふんだんに孕んだ領域だとしても、アーティスト自身が契約書に署名した段階で既に「郷」の一員であることを忘れてはならない。
 

勿論法の闇、法の網等の盲点は日々更新され続けるべき問題であり、その点に於いては企画会社やHYBEやADOR等の大企業に於いても日々の企業のあり方を綿密に精査し、改善して行く努力を怠ってはいけないだろう。
‥だとしても、NewJeansの一連の事件は行き過ぎだ。
 
特にファンダム (或いはファンダムを名乗る火消し的な存在も含む) の質の低下、及び悪化は看過出来ない。
何よりファンダムと言う団体が特定のアーティストの応援・支援の枠を超えた (例えばそのアーティストに不利益になる他の個人や企業を名指しし、世論に悪評を働きかけたり、該当のユーザーが所有するSNSのアカウントに関する通報教唆を行う等) 悪質な活動に、手を染めてはならない。
 

私は今日、泥の様に眠っていた。‥と言うのも私が当てた光があちらこちらで化学反応を起こし始めたので、それが私の霊体に疲労としてフィードバックを開始したからである。先ず韓国の音楽団体が共同で声明を出す会見があったこと。次に #NJZ が『公式』を名乗り各SNSに独自チャンネルを開設したこと、その他色々。世論や法律を悪用したり抜け穴を利用して脱法的な行動を起こす、その様な人々を私は個人的に容認出来ない。特に #NewJeans に関しては本人たちやご両親等が『奴隷契約』を叫んでいる様だが、あなたたち一体幾ら貰ったんだよと言いたい。

Didier Merah (ディディエ・メラ) (@didiermerah.bsky.social) 2025-02-27T13:37:19.747Z


私のXのメインアカウントがある日突然機能不全 (つまり凍結) に陥った、ほぼ数日後に、それまで順調に運行していた [@AespannJeans] のアカウントが削除された。
NewJeans側の視点からの意見では、上記ユーザーはNewJeansの活動に不利益な情報を大量に発信していたと言う話だが、私が [@AespannJeans] のポストを読んでいる限りそのような状況ではなかった。
一連のポストは極めて法的・論理的な解釈に基づいてNewJeansの一連の事象に於ける見解を綴っており、明確でとても分かりやすい内容でまとめられていた。
 
だが後日、Team Bunniesの活動報告として、Xのアカウント [@AespannJeans] が削除 (凍結) された件に対して武勇伝のようにその現象を拡散していた点には、遺憾と違和感を感じずには居られなかった。
 

 
某YouTubeでも取り上げられていたが、NewJeansの楽曲をヒットチャートから除外する件の密談があったとかなかったとか‥。
 
これは私の個人的な主観だが、私の周辺のtokkisの複数から『Apple MusicやSpotify等を就寝中も稼働させ、NewJeansのアルバムを音量ゼロの状態で視聴の状態にして再生回数を稼いで応援している』と言う実話を、実際に聞いている。
私にもそうしろと言わんばかりにオススメされたが、そんな状況で維持されているヒットチャートのランクは消えてなくなるべきだと私も思う。
 
確かにADORやHYBEにも問題は山積みかもしれないが、少なくともHYBEの巨額な投資があってこそのNewJeansの成果である点は絶対に無視してはいけないだろう。
勿論ミン・ヒジンの才能も私は個人的に高く買ってはいるものの、人間性に問題があり過ぎる。K-Popに於ける全てのオーパーツを自分の手によるものだと言う豪語を止められないのはひとえに、彼女の病的な承認欲求が原因だ。
 
作品は発信者の手を離れた段階で、受信者の内面的な資産となるものだと私は常々感じている。
その観点をミン・ヒジンは完全に放棄しており、それがこの一連のNewJeansの乱‥ 『ニュジの乱』及び『ヒジンの乱』の発端だ。
 
元々K-Popが闇の産物、闇の産業である件は、今に始まった話ではないだろう。それをNewJeans 対 ADOR (HYBE) の件だけが特別ブラックな出来事のように取り沙汰すNewJeans及びその関係者の弁は、ただの詭弁に過ぎない。
 

良質な作品を初期のNewJeansやミン・ヒジンが輩出していただけに個人的にはとても残念な一件だが、「社会性やルール、モラルを無視しても有名人ならば許される」等と言う前例が生み出されてはならない。
 

※あくまでもこれは個人的な主観であり、一個の人間や企業の誹謗中傷や人格否定を一切含まない。