転身し続ける歌手 – 羽根田征子(はねだゆきこ)

シティーポップ・シンガーだった羽根田征子さんの過去アルバムが先月末にサブスク解禁されたので、懐かしくなって聴いていました。
 

 

そのついでに最近の彼女はどんな活動をしているのかと思い調べてみたところ、何とファド歌手に転身していた (2010年頃) ことに、さらに驚きました。
本場ポルトガル仕込みと言うよりは、完全に「和製ファド」と言うべき仕上がりのアルバムに、正直意気消沈しました。
 
個人的に私は本場のファドが好きです。但し古めかしいファドではなく、最近のファドに限定して。
羽根田征子さんのアルバム「Fadista」には古めかしいファドがラインナップされる中、私の記憶が正しければラスト曲の「Tears」は本場ファド歌手「Mariza」のオリジナル曲ではなかったかと‥。
※誰かご存じの方はコメント欄で教えて下さい。
 
アマリア・ロドリゲスの名曲ファド「暗い艀」に関して言えば、訳詞も余り響いて来ないし歌唱法も「Mariza」そっくりと言う感じで、今さらあえて彼女がファドを歌わなければならない理由が見つからない。

 

 

私は長く日本のシャンソン・カンツォーネ・ファド~ラテン業界に身を置いていた一人であるが、この業界に流れ着く人たちの大半が上に書いたジャンルの音楽を本当は愛して等いない。
だが日本で歌手として活動して行くにあたり、年齢的にも「演歌」や「ムード歌謡」以外に楽曲をあてがわれるのが関の山である。それを回避し、尚且つ歌手活動を突き進めて行くには海外でポピュラーと言われる何かしら王道のジャンルを選ぶ必要に迫られる。
 
そこで日本の中年以降の歌手は、シャンソン、カンツォーネ、ジャズ、ラテン等の、既に誰かによって歌い尽くされた楽曲が集まる業界の選択に迫られる。
そこで大概は「ジャズ」か「シャンソン」にジャンルを絞って行く。特にシャンソンやカンツォーネ等の場合、楽曲を大胆にいじくり倒してもまかり通ってしまうので、脱アイドルを狙う中高年の歌手達にとてつもなく愛されている。
 
ファドの場合若干特殊なジャンルとされているものの、ある程度「ポルトガル節」「ファド節」に慣れて来ると体がすんなり楽曲を受け容れてくれるが、やはり基礎知識が足りない人がファドを扱うとどうしても「演歌」的歌唱法に寄ってしまうのが難点だ。
羽根田征子さんの場合、残念ながらこの例に当てはまるだろう。
 
そうまでしてでも歌の世界に身を置いていたいと言うご本人の執念だけが伝わって来るものの、肝心のファド、ファド愛は殆ど伝わって来なかったのが残念だ。
 
仕事でこのアルバムの編曲に関わった編曲者の仕事も非常に月並みであり、わざわざこのアルバムを「新譜」として接する必然性を全く感じない。
古い楽曲の焼き直しを聴く程、私も暇ではないのでね‥(笑)。

  

 
そして続けて最近の羽根田征子さんの活動を追って行くと、どうやら「瞑想」「禅」「マインドフルネス」‥関連のボイスヒーリングの方面へ、さらに転身していることが分かってもっとびっくりした私です(笑)。

 
作品を聴いてみたのですが、喉の奥をガッツリ絞めた発声法がカンに障ります。
勿論「ボイスヒーリング」を深く追求した結果ならばそれに対しては私もきっと共感しただろう。だが、どういう角度で聴いても彼女が何かを探求したようには見えず、声の端々から「アタシって良い人でしょ?」と言う周囲への強い共感を求める偽善願望がチラチラして、長く聴いていられない(笑)。
しかも全体を通して「嘘っぽさ」だけが滾々と響いて来るので、1分以上聴くことが出来なかった。

 
ま、音楽はあくまで個人の趣味嗜好に左右されるので、こういうタイプが好きなリスナーはどっぷり浸かってみるのも良いだろう。

 

 

※最新の情報だと、羽根田征子さんは『Johanna Yukiko Haneda』を公式に名前を再々変更している。