Laufey from Iceland

今日は良いニュースが一つと、そうではないニュースが早朝から世界を駆け巡り、さらに私も体調が今一つだったところに加えとても重要な打ち合わせを一つ控えており、気持ちの浮き沈みがとても激しい一日だった。
 
巷のいずこでは「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」の最終選考で賑わっており、私も参加者の演奏を一つだけ聴いてみたが、兎に角つまらないと思いYouTubeをそそくさと閉じたところだった。
何が面白くないかって言えばそれは決まっており、自身の作ったものでもない音楽をただ完成度だけを追い求めながらどれだけ汗をかいて演奏したところで、結局再演者のエゴだけが音楽を埋め尽くすだけの愚行にうんざりして疲れてしまうだけ。

そんなことを言ってしまったら世界中から殆どの演奏家が消えてなくなってしまうかもしれないが、再演音楽は余程再解釈が美しいか或いは斬新であるか‥ でもない限り、消えてなくなってしまって良いと私は思っている。
 

Laufey
 

そんな私のか弱い日常の憂鬱を払拭するように、YouTubeのサイドバーに久し振りに彼女‥ Laufey(ラウフィー)の新譜Fragileが現れた時はもう、どうにもこうにも救いの女神が現れたような感動で涙腺がウルウル緩んでしまった。
 

 
Laufey(現在23歳)はアイスランドのシンガー・ソングライターであり、自身の音楽のルーツは古いジャズに由来するとインタビューでも話している。
 

  
最近のポップス系のシンガー・ソングライターは何かと扱いが簡単なジャズ系~ボサノヴァ系に作風を逃げ込ませる風潮が強いように感じるが、彼女の場合は仮に楽曲の構成がジャズ & ボサノヴァ系だったとしても他のアーティスト等と同じように捉えるべきではないかもしれない。

一つには彼女の表現手法、特にヴォーカルの声の緩急の付け方にとてつもないケルトを感じさせる。さらに地声と裏声(時々微かに挟まるヨーデル含み)の両方を微弱な声量で動き回る点が、他の同ジャンルの歌唱法とは大きく異なること。
 
もう一つの要因として、メロディーラインがとてもクラシカルでオーソドックスな流れを踏んでおり、ともすると旋律の無休感(長い旋律が連続しており、間に呼吸を挟まないで歌い切る歌唱法等)がオペラやフランス歌曲にも通ずる揺らぎを含んでいる点。
その揺らぎがボサノヴァ(或いはジャズ)系のバッキングに乗ってしまうと、一見するとごま油で一度炒めてしまえばどんな野菜や肉類であっても全て「中華料理」に括られてしまうように勘違いしそうになるが、実はそうではない。


なのでむしろ彼女 Laufeyには余り自身の音楽ジャンルを「古いジャズに影響された何か」だとか、「ボサノヴァ的な何かである」‥等と限定して自身の音楽の器を狭めて欲しくないと、他人事ながらとても気になった。
 

 
その人が本物であるかどうか、真の表現を志している人であるかどうかを見極める時に、私はそのアーティストに先ずオーソドックスなスタンダード作品を演奏(カバー)させたり歌わせたりすることに決めている。
その意味では、彼女の歌うカバー曲「I Wish You Love」の表現はもはや、Laufeyの若さを超越している。
 
この作品は日本国内でもジャズ系やシャンソン系シンガーの多くがカバーしたくなる曲・第一位に選ばれる曲だが、殆どの歌手が「オレオレ」「あたしあたし」‥のエゴが全面に出てしまい、正直音楽にも作品もなる前に沈没してしまう。
その意味でLaufeyのような、ある種の「自分」の大部分を消しゴムで消しながら彼女の持ち味である声質とロングトーンだけをしっかりと残しただけの、ある意味利他的とでも言うべき音楽解釈は、長年音楽を書き続けて来た私でもただただ脱帽の域だ。
 

  
ここでは彼女の学歴にはあえて触れなかったが、ご覧の通りLaufeyは色々な楽器を操りながら各々の楽器の音色からさらに新たな構成や表現に挑んでいる。
楽器によって表現手法を変えて来るところが彼女の特技或いは魅力とも言えるが、最終的には外界の情報に惑わされることのないLaufey自身の音楽に到達して行ってくれることを、いち音楽評論家としては期待したいところである。
 

さて、この記事の〆はそんな多彩なLaufeyの最新作「Fragile」の、彼女自身のギターの弾き語りの動画を貼っておきたい。
 
若干ヘッドフォンのボリュームを上げながら、時折今にも消えそうになるLaufeyの地声と裏声の狭間のケルトを感じながら、まさに今雨季に差し掛かった日本の湿っぽい夜に新たな清涼感を添えられれば幸いだ。
 

 

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祝杯とターニングポイント

もし弟・山田大輔(故)が存命ならば、一昨日(6月2日)が彼の誕生日だった筈。でも、彼はもうこの世には居ません。
身内のみならず知人や友人にも、これでもかと言う程弟・大輔(故)はありとあらゆる嘘を吐き、偽りの経歴で自身を塗り固めた結果、そうした言動のストレスが大輔(故)の持病をますます悪化させて行ったように思います。
 

2012年の冬、父の遺産整理の件で十年ぶりぐらいで実家に帰った時、弟(故)は既に大病を患い、大きな手術を終えた後で彼の体はボロボロでした。
その時に彼は私に「自分は某大学にてハンドルネームで教鞭を執っている。」‥と話していましたが、それが全くの嘘だったことが後から薄々発覚しました。

大学で教鞭を執る際には、その人が既に芸名やペンネーム等で著名人になっている人物でもない限り、ハンドルネームで教壇に立つことは通常出来ません。ですが弟・大輔(故)は私に「匿名でW大学の社会科学科で教鞭を執っているんだよ。」と、堂々とそう言い切りました。
 

私は生まれ付いて、「暴きの星」を持っています。それは過去世からの私の宿命として、魂に刻印された習性でもあります。ですから怪しいと感じたことや不審に思ったことは、徹底的に調べ尽くします。
その結果、弟が私に当時話していた大学の「社会科学」の科目で教鞭等を執っていた形跡がなかっただろうと言うことまで、私は知っていました。

その辺りの経緯は後日、又あらためて綴ろうと思います。
 

  
それより今週は、この半年間の色々な出来事に一つ大きな区切りを付ける大きな出来事がありました。
それはとてもおめでたいことではありますが、余り明け透けに書くと嫌味にも響いてしまいかねないので、ここでは省略します。

ですが私達夫婦でひっそりと、都内某所で「幻の古代牛」と言われている原種の牛肉のサーロイン・ステーキを堪能して来ました。
これまでに味わったことのない、本当に素晴らしいお味と感触。
 

見栄を張るのではなく、本当に心から美味しいものを口にすることの歓びをようやく、50代半ば(夫は40代後半)で夫婦でこうして堪能出来る、この幸せが長く続きますように。

そして私達の新たな門出に、静かに祝杯を上げました。

 

※ここから下は、Instagramには綴っていない部分になります。⇩
 

私は幼少時代から高校生時代まで、実母に常にみすぼらしい格好をさせられて通学していました。一年に一着のピンクのジャンパーと紺色のスカート、せめても‥ と言う感じでトレーナーだけは二着買い与えられ、Tシャツも多分二着程度しか持っていなかったと記憶しています。

実際には母の方が資産家だったにも関わらずそれは家族全員の誰も知らず、「うちは貧乏でお金がないの。」と彼女は常に言い続け、外食も近所のお蕎麦屋さんか皿うどん等で、その中でも一番価格の低いメニューを私は選ばされていました。
ですがいざ母が亡くなり、蓋を開けてみると、内情は私がそれまで知っていたものとは全く違っていました。実際母は、司法書士も驚いて目を丸くするほどの資産家だったと言っても過言ではありませんでした。

それらの資産を彼女は家族には絶対に発覚されては困る為、家の中に仮想敵の形で私にその役を与え、彼女の預金通帳に何かある毎にそれが父にバレないよう、家の中に揉め事をでっち上げ、深夜まで父に私をお説教させる‥ と言うドラマを長年仕組み続けました。
 
人間疲労すれば、必然的にその他のことには目配りしなくなります。ただ疲れて眠るだけです。なので母は、父(或いは父が亡くなった後の弟にも)に疲労と言うギフトを与えながら、自分自身だけの資産を箪笥の中に仕舞い込み、それを頑なに守り続けてこの世を去って行きました。
 

結果的に私はそれらの全財産を相続することになったわけで、ある意味幸運だったと言えるでしょう。法定相続人が唯一私一人だったと言うこともあり、誰とも争うことなく、母が何十年間もの間(私を虐待しながら秘密を死守し続けて)守り続けて来た彼女自身の資産を全て私が相続することが出来ました。
 
近日中に我が家は転居等も控えている為、ここから色々な準備が目白押しのスケジュールになるでしょう。
私が引き継いだ遺産を「人生57年間の虐待と家族間排除の慰謝料」と思うと、まだまだこの程度では(相続した遺産の額は)正直足りません。ですがここは「足る事を知る」精神を持ち、私はようやく夫と二人で私自身の人生を思うように自由に前向きに歩み出せると思っています。
 

 
こういう言い方はどうなのかな‥ とも思いますが、あえて書きますと、2021年からのウィルス・パンデミック中のドタバタに翻弄され、多くの人たちが危険なワクチンを接種したことの後遺症で今後バタバタと命を落とすことになるかもしれません。

幸い私たち夫婦は、危険な未知のワクチンを一度も接種していません。
夫の計算計画通りに私たちは免疫向上の為のサプリメントを複数服用し続けて、かれこれ10年近くが経過しました。勿論油断大敵ですが、少なくとも新型コロナワクチンを接種していない分、既に接種してしまった多くの人たちのように「自己免疫力の喪失(低下)」と言う最悪の事態は免れられると確信しています。

 

これから町は新型コロナワクチン接種で免疫力を劇的に低下させた人たちで溢れかえり、尚且つその弱った体を別のウィルスが攻撃すると言う酷い事態が折り重なって行くと思います。
既にワクチンを接種してしまった人たちは夜も昼も不安に苛まれるだけで、そこに救いはありません。不安から逃げる為に、ワクチンを接種していない人たちに対する憎悪も彼らの心中には生まれるでしょうし、何より誤って未知のワクチンを打ってしまった彼ら自身の不安を解消する為に現実逃避のような行動を取る人たちも、今後増えて行くでしょう。
 

昨日も私のTwitterの「或るツイート」が、見事に炎上しました(笑)。
多くの反論や捨て台詞等が投下されましたが、私は出来る限りの範囲でそれらに珍しく打ち返してみました。私が何を言い、どう反論するのか‥、それを私の知らない人たちが私には悟られぬように見ていることでしょう。
それを意識しながらの私のTwitter上の変化球は、恐らくワクチンを既に接種してしまった人たちには濁った爆弾のように、心身に歪みながら突き刺さって行ったかもしれません。
 

私にも人情はあります。なので正論で他者を論破するだけが正しいやり方だとは、思っていません。そうしてはいけない人たちも居ると言うことを、私も又学んで知っていますから。
 
そして何より今後、昨日まで元気そうに見えていた人が突然‥ と言う事態も増えて行くでしょうから、正しい言葉の針だけを相手に突き立てることも少し控えなくてはいけないと思っています。
 

まだまだ書きたいことがありますが明日も予定がある為、ここは筆を分けようと思います。
近日中に弟・山田大輔(故)の真実について、綴ろうと思っています。
 

音楽から読み解く世界情勢 [2022.05.28]

毎週末の新譜チェックが少し負担に感じていた5月半ば。考えてみれば「五月病」と言う言葉があるように、5月とはそういうシーズンだと言うことをふと思い出した。
そんなことならば少しだけ休息を挟みながらのんびりやろうかと思っていたが、どうやらそうも行かない状況だ。

恐らく今月のどこかで私は、日本国内では「大御所」と言われている「或る人」からTwitterのアカウントをブロックされたようだ(笑)。
そんな大御所からご丁寧にブロックされるのは、ある意味では芸術家冥利に尽きる。私もそろそろ(先方から見たところの)大御所の仲間入りを果たす前兆かもしれず、これはきっと名誉なことだと思って良いだろう。

箸にも棒にもかからない人間をわざわざブロックする大御所など居ないだろうから、この記念すべき年に私は新たな勲章を得たと思い、堂々と今後の芸術家・音楽評論家人生に踏み出そうと思う。
 

一日遅れたがさっき、世界の新譜チェックが無事終了した。今回はSpotifyとAmazon Musicの両方に新しいプレイリストを開設し、公開した。
両サブスクリプションの使いやすいのがSpotify、でも音質の点ではやはりAmazon Musicに軍配が上がる。

 


‥と、折角音質の良いAmazon Musicの方のプレイリストの埋め込みを期待したが、どうやらこのブログでは表示出来ない仕様らしいので、Twitterのリンクを貼っておくことにする。

 


今週のサブスク新譜情報も、やはり単曲ないしはEPサイズの配信が目立って多かった。
だが中には久々の楽曲配信の大御所の作品も点在し、ワールド・ミュージック・フリークとしてはとても嬉しい週末となった。

特にGérald Totoの新譜 Dérivé Larel La、さらにはDori CaymmiがMônica Salmasoと組んでリリースした新譜 Canto Sedutor には嬉しさを通り越して泣かされた。

 

 

今週は日本勢はJ-Pop界隈も頑張っている。
良い曲は国籍・ジャンルを問わずガシガシ紹介して行くのが、私・Didier Merah流だ。
ただの音楽好きとは異なり私は芸術家としての教育の基盤を持ち、尚且つ世界中の多くのジャンルの音の構成分析を得意とする。付け加え、そのどのジャンルにも無い新たな音楽を生み出す、私は稀有な存在だ。

そんな私が紹介する音楽に国境などもはや存在しない。良いものは良い!と言う信念に加え超越した感性とジャッジメントの上に厳選した楽曲に、良くないものなどある筈がない。
要は自信満々でセレクトして行く毎週末の新譜は、他の誰のプレイリストにもない面白い選曲だと言いたいわけだ。
 
J-Popあり、Tangoあり、アフロ・ミュージックもあればアルメニアのポップスもある楽しいプレイリストを聴いていると、何故世界から戦争が絶えないのだろうか‥ と言うふとした落胆が胸を過る。
音楽の力が及ばないのだとしたら、私達音楽家の責任重大だ。だから私は世界を変える為に、自身の創作活動だけではなく音楽評論家、比較音楽学者としての厳しい表現力にさらに磨きを掛けたいと思っている。
 

 
そう言えば2022年春に晴れて6人でデビューを果たした、宮脇咲良も参加する韓流女性グループのLE SSERAFIMからいきなり一人脱退した形で、5人で活動を再開したようだ。
理由詳細は不明なので(噂の域なので)、ここではその理由については省略するが、6人よりは5人の方が確かに見た目にも残念ながらスッキリした感じに見える。

人生には色々なことが急遽降り掛かる。だから良からぬことをしたり、思ったりしない方が身の為である。
 

 
さて、この記事のラストを何の曲で飾ろうかと十数分迷ったが、先週分のPlayListの更新分から、私の大好きなTitiyoが久し振りにVocalを放ったこの作品を貼っておきたい。
自然と体が動き出す曲‥ と言うだけでなく、楽曲としての出来栄えも高い一曲だ。

ご堪能あれ!💛
 

 

音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは 📨[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。

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魂の負債

魂について、霊体について、そして宇宙やマザーアースである地球について、昨日からパラレルワールドに同時に生息する自分自身や夫との対話が続いています。
一見無駄なように視える時間の全てが有意義で、そして私達夫婦にとって、とてつもなく愛おしい時間です。
 

 
数か月以内に転居を控え、色々な意味で具体的な将来が見えて来ました。
新天地での暮らしは一体、どんな風になるのでしょうか‥。

これまで私をがんじがらめに抑圧して来た全ての「圧」から解放され、途端に物事が円滑に進み始めています。
これまでと同じ努力の分量で、その数倍の前進が叶って行きます。

特に人間関係。出来れば母が亡くなる以前の人間関係を一度まっさらにして、大切なものだけを小脇に抱えて身軽にその先へと進んで行けたら良いです✨

 

 
魂に大きな負債を抱え込んでいる人達との関わりを、ここで全て手放したいと思っています。
※ここで言う「魂の負債」とは、生まれる前の過去世に背負った魂の「負の財産」‥、言い方を変えると「カルマ」とも言いますが、そのようなものを指します。
 
そういう魂の負債を背負っている人達はどうしても、私の持つ魂のパワーを利用してご自身の魂の大きな負債を返済しようとする為、良い人間関係が築けなくなります。
そして頃合いを見計らって「共依存」のような関係性にシフトしようとするので、その瞬間に人間関係に大きな亀裂が生じます。
 

私に対して「やって当たり前」の感情が湧いて来るのも、魂に大きな負債を抱えて生きている人達の特徴と言えるでしょう。
そういう人に光やパワーを貸したり与えたりすることを、私も又完全に止めなければなりません。

冷たいようですが、そうしなければ彼ら自身が魂の負債を返済し終えることが出来なくなるからです。
なので私はそういう人に対し、心を鬼にして冷たくあしらうことにしました。
だって、彼らが背負っている魂の負債と私の人生とは何の関係も無いわけですし。
 

 
明日は友人と、夫を交えての静かな時間を過ごす予定です。
彼女の好きなものを食べて頂き、話したいことを話して欲しいな~と思います🌹
 

以下のブログも是非、お読み下さい。ブログ記事のコメント欄を開放していますので、コメント等お寄せ下さい。
 


 

現在のプレアデス星団とプターの現状について

前回セムヤーゼとのコンタクトに綴ったのが昨年2021年12月12日の、以下の記事になります。
 


その後間もなく私の母の逝去から、それに因んだ色々な現状整理の期間に入り、現在に至ります。
その間セムヤーゼとのコンタクトが全く止まっていたわけではなく、外側に出せる情報に強い制限があった為、諸々の情報の公開が出来ずにいました。
 

又プレアデス星団以外の別の星系の法律家(兼 医師)であるM氏とのコンタクトも継続していましたが、此方も先方の星系内の法律に則り、公開出来る情報が殆ど見つかりませんでした。
ですが少しずつ私自身のテレパシー能力に向上があったことや、それにともない先方との円滑なコミュニケーションが進み、今回は特にこれまで気になっていたプレアデス星団・本星の政治的トップと言われている「プター(Ptaah)」の現状について、ここに書き記して行きます。
 


先ず、私は2016年の夏、アルバム『Eden』のラスト曲Ragnarokをレコーディングした直後の秋に、プレアデス星団が所持する(であろう)テクノロジーを介した呪詛に遭いました。
理由は私が『Ragnarok』の楽曲を直接、宇宙的存在とも言われるクリエイションから受け取ったことが原因でした。
 

 

地球人はそもそもプレアデス人よりは色々な意味で能力が低いと言われているようですが、彼らが言う「地球人如き」が宇宙の絶対的存在であるコアのクリエイションから音楽など受け取れる筈もない‥ と言う概念を逸脱した現象が実際に起こり、それが彼らプレアデス人の頂点である「プター(Ptaah)」の逆鱗に触れました。

その直後にプレアデス星団からの機械的な呪詛が私に向けて発せられ、それにより私は霊体の脳の広い範囲に火傷を負い、一時は今世ではその再生が不可能かもしれない状態に追い込まれました。
 

It seems that earthlings are said to be less capable than Pleiades in many ways. However, a phenomenon that deviated from their concept that the “stupid earthlings” they think should not be able to receive music etc. from the core “creation” that is the absolute existence of the universe actually occurred. ..
It touched the wrath of Ptaah, the pinnacle of the Pleiades.

Shortly thereafter, a mechanical curse from the Pleiades cluster was fired at me, causing burns to a large area of my Spiritual Body’s brain, for a time pushing it into a state that might not be reproducible in this world.

 
私の症状については、ここでは一旦省いて話を「プター(Ptaah)」自身の状況に集約します。
 

実際にプターが私に向け発した呪詛は、どうやらプレアデス星団内の法律に抵触したらしく、プターはその後間もなく囚われの身となり、さらに間もなくプレアデス星団の法律によりプターは「無期昏睡の刑」に処せられたと聞いています。

ですがその状況が今日まで口外されることはなく、某国某所のコンタクティー某人によると現在も該当のコンタクティーと「プター(Ptaah)」との会話が継続している様子が、ウェブサイトから発信されています。
誰かが「プター(Ptaah)」になり代わり、コンタクティー某人との会話にスライドしているものと思われますが、その詳細は不鮮明です。

 

The curse that Ptaah actually cast on me seemed to violate the law within the Pleiades star-cluster, and Ptaah was soon taken prisoner.
Soon after, I’ve heard that Ptaah was sentenced to “punishment of indefinite coma” by the law of the Pleiades star-cluster.


But to this day, no one has spoken about his situation.
Contactees in a certain country According to a certain person, it seems that the conversation between the contactee and “Ptaah” is still ongoing. The situation is transmitted from certain web site.
It seems that someone has become a “Ptaah” and is sliding into a conversation with a contactee, but the details are unclear.

 

 
一方「プター(Ptaah)」の家族(娘)であり、プターに次ぐ次期の絶対的指導者となる可能性のあるセムヤーゼの消息も、現状は非公開のままとなっています。
勿論私は彼女の現状も彼女の近未来等の様子についても薄々知っていますが、彼女の情報をあからさまに公開することでセムヤーゼの身に危険が及ぶ可能性が大なので、公開は出来ません。

又、私のコンタクトはその他に(記事の冒頭でも少し触れたように)、別の星系の法律家(兼 医師)のM氏とも続いています。
セムヤーゼ ⇨ 別星系のM氏 ⇨ 私‥ とは複雑に絡んでいますが、これを話し出すとこの記事の主軸から大きく話が脱線してしまう為、あらためて別記事にて綴る予定です。
  


現在地球は多くの困難を抱え込み、その袋小路へと追い詰められています。
かねてから別星系から援軍が来るだとか、大量のUFO等が飛来し地球人を他の惑星に誘導して救済する‥ 等の噂レベルの噂がひっきりなしにささやかれていますが、どうやらそれは実現しないと私は読んでいます。
‥と言うより、セムヤーゼにもその意思が無いことを言われて今日に至ります。

ですのでそうしたまことしやかな救済情報を真剣に信じてしまうと、あなた自身が精神的にも金銭的にも追い詰められてしまうだけですので、そのような噂は陰謀論の一部だと認識し、自分自身に出来る生き方を粛々と模索し実践し、地道に生きて行くことを考えて下さい。

回り始めた人生の輪

時々、物事が思うように行かない時は、ゆったり、まったりと優雅な気分に浸れる場所で美味しいお料理を堪能するに限ります。
日曜日もそんな感じで、美味しいフレンチのカジュアル・フルコースを頂いて来ました。

とにもかくにも母(故)や弟(故)の念もかなり薄まり、彼らの呪いのような圧が無いだけでも物事が順調に捗り始めていることは確かです。
 
唯一弟(故)の嫁の「りえさん(仮名)」が未だ、母の死亡診断書のコピーすら法定相続人の私に開示しない辺りは何とも釈然としません。
彼女には、色々な物事の引継ぎを、きちんと最後まで執り行う義務があると私は思っています。
ですので、弟(故)の嫁がそうした重要な書類を持ったまま私から逃げ回り続けていると言う、‥彼女のそういう言動が長期的にまかり通る筈がありません。

 

 
私は既に夫の家に嫁いでいるわけですが、夫の霊団がかなり強力なので、天照大神を始め夫の巨大な霊団が私達夫婦の前途をサポートしてくれると信じています。
その意味でも、弟(故)の嫁の今後のことは各霊団の判断と英断に託すことがベストでしょう。
因みに。某霊団を怒らせたことにより母の霊体は彼らに抜き取られ、その三か月後に母は他界しています。
 
因果応報。人の行いは必ず、自分自身に返って来るのですから。

 

 

私は次の人生に向けて、粛々と準備を進めて行きます。
 
幸い私を巡る新たな人間関係はとても良好で、皆さん本当に良くして下さっています。
Instagramで弟の嫁の「りえさん(仮名)の知人」の体(てい)で現れ、私にDMを送って来られた方が言うような、私を「危険人物」のように言う人は、私の親戚・親族と「りえさん(仮名)」ご本人やその周辺の人達だけです。
 
個性的な生き方をしている人と、言動が危険極まりない人との区別は付けなければいけません。さしずめ私は前者の側の人間です。
だって、芸術家ですから(笑)。
 
芸術家を名乗る人、しかも私はJ.S.Bach(バッハ)の生まれ変わりですから、凡庸な生き方をする筈がありません。
その辺りは是非、ご理解頂きたいものです。

 

祝いの席

劇中の刑事・杉下右京氏が言うように、必ずしも正義が勝つとは限りません。ですが悪が勝利して良い世の中など、まかり通ってもいけない。
仮に悪が優勢な状況が現実的にまかり通る場合には、非現実的な方法で悪は悪としての報いを受けることが望ましいと私は思います。

だからと言って私が悪を成敗することは出来ないので、そういう時は高次の方々の判断と英断に全てを委ねることが必須になります。

 

 
今日は色々な意味も含め、夫婦で(某所で)静かな祝いの席を設けました。
これまで滅多に味わうことの出来なかったシャトーブリアン(300g)をほおばり、その他の美味しいフードや店主の饒舌な会話に舌鼓を打ちながらのあっと言う間の数時間は、とても味わい深い貴重な体験でした。
 
今日はその他にも多々進展があり、数日前に私が下した「或る決断」についてもお世話になっている司法書士さんにお話ししたところです。

 

 
どうやらリアルの私の親戚界隈で、私は「指定危険人物」のように言われていますが、現在(特に今年知り合った‥)の人間関係の中で私をそのように言う人は一人も居ません。
 
先入観とは本当に恐ろしいものだと、言わざるを得ません。
そして容姿の欠落等なんのそのと言う様に外形的な情報をあっさり吹き飛ばし、物事を客観的に判断してくれる人との関わりを今後は優先したいと思います。
 
人間には誰しも大なり小なり「テレパシー」のようなものが備わっている筈。
その能力を以てその人の人となりを正確に判断し合える、そんな人間関係を今後は構築しなければならないと思っています。
 

 
数ではなく、質。良質な人間関係は、良質な未来を引き寄せると信じて、これからの人生を歩んで行きたいです。

勿論その代わり、これまでの私に排他的であったり不幸をもたらそうとしたり虚偽を述べたり、私からのアクションに対して悪意で無視した人達には、それなりの報いがもたらされると思います。
それは私の力ではなく私をこれまでサポートして下さった霊的な力を持つ方々によって、もたらされることです。
 
これは予告として受け止めて、その時がもしもあなた方に訪れた時には各々がその報いから逃れることは、絶対的な確率で出来なくなると思って下さい。
その意味で、正義は必ず勝利すると私は確信しています。

 

混迷と崩壊へと向かう地球

日付と曜日を照合すると、今日はまさに『13日の金曜日』と言うことになります。⁡

このところ個人的なイベントや会食等が増えており、一昨日も一つ大きな山場の打ち合わせに出掛けて来ました。⁡
正直良い収穫はなかったのですが、そんな折りに昨年私や夫・天野玄斎氏が予言していた事が地味に地味にニュースになり始めました。⁡
 

  
私たちはその事を既に昨年の同じ時期には察知していたので、かなり大きなタイムラグの後‥ と言う印象を持って捉えています。⁡
⁡ 
この半年間のきわめて個人的な出来事に忙殺され、私達夫婦は予言或いは預言から遠ざからざるを得なかったのですが、私達をそういう状況に誘導したのもおそらく『圧』或いは『高次悪』の仕業だと捉えた方が適切でしょう。⁡
⁡ 
神人共食だけは日々続けてはいたものの、少しだけ幻視や予言からは距離を置いて世界を俯瞰するしか出来ない状況でした。⁡
とは言え私達二人がどれだけ予言(預言)をSNSから発信しても、私達が『予言者(預言者)』を職業として明示して活動していない以上、他の方々にそれを信じなさい‥ とは言えません。⁡
⁡ 
但し。⁡
新型コロナウィルスワクチンを既に接種してしまった人たちは自己免疫力をワクチンによって駆逐されている為、今後新型コロナウィルス以外の危険に晒され、そこから逃げられない袋小路に追い込まれて行くことになるでしょう。⁡
 

ジオ・コスモス

 
予言者達である私達は少なくともその活動を続けて行く為の、諸々の準備はして来ました。⁡
ですからこの先はただただ、急速に崩れ行く地球とそこから立ち上がって生き延びて行く人たちの両方に向けたメッセージを、それとなく発信し続けるしかありません。⁡
⁡ 
地球の未来の予言(預言)に関心のある方は是非、私(Didier Merah)、そして夫・天野玄斎氏のTwitter等をフォローして下さい。⁡
諸事情により大々的な発信形態は取りませんが、日々の生活の一部としてそっと予言を滑り込ませて発信しています。⁡
感覚を研ぎ澄ませて、各々の文字を追って下さい。⁡
 

心の傷(あれから五ヶ月が経過し‥)

昨夜は、士気を高める為の大切な和会食を、夫と堪能しました🥢
たらの芽をとことん味わう為の和のお料理の数々に感動し、料理長ともお話しする事が出来ました。
 

 
このところ色々な方面で会食が続いていますが、初めてお会いする方々からも私はとても愛され、大切にされているのを強く感じ、それを深く噛みしめています。
特に先日夫の会社の方々が開いて下さった夫の退職の送別会では、その会社の社長や会長とも和やかにお食事を楽しむことが出来ました。勿論皆さんとても親切でしたし、私に対してとても優しく接して下さいました。
 

本来私は社交的な性格だった筈。57年もの間、親族には「やれ危険人物だ」とか「やれ、秘密にしておきたいことを見境いなく白日の下に晒す怖い人だ」‥ 等と言う風に私は扱われ続けて来たのですが、そんな親族等の私に対する認識や接し方が大きな間違いである事を親族ではない他人の関係性の方々が一つ一つ、丁寧に証明して下さいます。
 

本来の自分に戻る事、本来の自分を取り戻す為のプロセスはきわめて順調です。後は今日まで私を排除疎外し続けて来た親族・親戚及び弟・大輔(故)の関係者達に対し、どう対処・対応して行くべきか‥。
 
私個人の力量の壁がある事は重々分かっているので、この辺りは専門家の力をお借りする事がベターなのでしょう。
 

 
差別、虐待、謂れのない排除‥、私に対するそのような状況に何の疑いも持たないどころか、私に一度も会ったことのない人達にそのような状況を肯定され続ける事に対し、私はそれを受け容れるわけには行きません。
今日はその辺りの状況や心情等を夫と共に再認識し、その後に備えた諸々に対する思いと覚悟を新たにする為の会食を執り行いました。
 

InstagramのDMで弟・大輔(故)や母・山田雅枝(故)と深く関わりのあった「他人」と言う体(てい)で綴られたメッセージを再度読み返し、仮にそれが弟(故)の奥様ではない第三者だったとしたならば、書かれてある内容はそれはそれで大きな問題が山積しています。

弟・大輔(故)の奥様が会ったこともない私を陰で「危険人物」だ‥ 等と特定し、他の人とその認識を共有しているとしたら私も、そうした状況へと至った経緯や事の真相を是非、追及しなければなりません。
 

 
今日まで時間は十分にありました。
母が亡くなったのが昨年の2021年12月1日でしたから、それから5ヶ月は経過したことになります。
その間に彼らの誰一人として私に対し一度の謝罪もなく今日まで時を経て来た事や、その間弟・大輔(故)の奥様が未だに私から逃げ回っている事や‥。

その他、我が家の遺産強奪について弟・大輔(故)の奥様である「りえさん(仮名)」が某弁護士に相談を持ち掛けた件まで、ここで一旦事の流れを整理し、私達夫婦はその次のプロセスに進まなければなりません。
 

本来の私がどんな人間であり(根は温厚で社交的な人間であるにも関わらず)、それをどのように(誰に)捻じ曲げられ、事実とは異なる事を私の知らない親族やその関係者の隅々にまで吹聴され、長い時間をかけてその諸々の連鎖の過程で得た私の心の傷は、客観的に見ると私が思っているよりもうんと深くえぐれているようにも見えます。
その深くえぐれた傷口にさらに塩を塗りたくるような言動に平然と及んで行った人達には是非ともそれが間違いであるだけでなく、大きな罪だと言う事に気付いて頂きたいと願っています。

 

「ラヴ・スコール (峰不二子のテーマ)」と作詞者・槙小奈帆

このところ、80~90年代のCity Popsのカバー曲のサブスク配信が盛んだ。つい先日も何とも懐かしい今井優子の『真夜中のドア』のカバーを聴きながら、一人昭和の街並みを妄想しつつその世界観に歓喜したばかりだった。
 

  

思えば昭和の後期に、軒を連ねるように名曲のリリースが相次いだ。この作品『真夜中のドア』もその一曲だ。

そもそもこの作品をインドネシアの歌手 Rainych が2020年にカバーしたことでアジアに真夜中熱が再燃し、大ヒットの狼煙が焚き付けられたと言う話も伝わって来る。Rainychの声質はどことなく、日本で言うところの「初音ミク」のような感じの無機質なオモチャボイスで、正直私は余り好きではない。
だが、こういう声質が流行る理由は何となく理解は出来る。

 

 
その後日本ではTokimeki Recordsがゲストボーカルにひかりを招き、この作品をカバーしたが、これがなかなか夜の歌舞伎町のスナック色の強いさびれた感じがして良いのだ(笑)。

 

 
同じ曲を2019年に中森明菜もカバーしている。此方は完全にサルサのビートに編曲がしっかりと為されていて、私は好きだ。
 
こういう挑戦には賛否両論のレビューが付き纏うものだが、元曲通りが良いと言うのであれば原曲だけを聴けば良い。原曲にいかに寄り添いながらもどれだけ跳ね除けて再編して行くのか、それがカバー・ミュージックの妙味でもあるのだから、こういう機会を与えられた歌手や編曲家には思う存分遊んで欲しいところである。
 

 
さて、話を「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」に戻さなければならない。
 

「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」、このタイトルを聞く度に私は作詞者である槙小奈帆の陰影を思い出す。かつて私がシャンソン界で伴奏者としてトップに君臨していた頃は、大っ嫌いな歌手のTop3.に名前を挙げても良い程の人物だった。
センス、性格、演歌さながらの歌唱法‥ どれを取っても良いところ等一つもない人だと言っても過言ではない。

知名度のない新人歌手やピアニスト等、槙小奈帆に運悪く共演の出番が当たってしまうと、兎に角とことん虐め尽くされて帰されたものだった。だが伴奏者とは因果な商売であり、一度歌手に気に入られようものならその後の共演の出番にお断りを入れること等、けっして許されない分際だった。
だが、私は最後までこの歌手との共演に断りを入れ続け、どこかでうっかり遭遇しても無視し続けた(笑)。

 
そんな私が日本のシャンソン界にうんざりして2011年に業界を撤退し、その後偶然Facebookで「槙小奈帆」の名前を見掛けた時には即座に彼女のアカウントをアクセスブロックに処した。
色々と面倒臭い人なので、金輪際関わりを持ちたくなかったからだ。

だが、そんな折も折、最近になって「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」を多くの歌手等がカバーしており、その度に作詞者欄に「Sanaho」とか「槙小奈帆」の名前を見掛けるようになり、私の音楽評論家魂がゾワゾワと疼いたのだ。
既に私は和製シャンソン界を撤退しており、今や槙小奈帆とは上下や同業者のしがらみも無い。ならば音楽評論家として大胆なジャッジメントを加えたところで、双方に何らリスクも無いだろうと判断し、つい最近になって槙小奈帆のCD「ネレイス」を中古で購入した。

 

CD「ネレイス」: 槙 小奈帆

 
作詞者自らが歌う「ラヴ・スコール (峰不二子のテーマ)」は恐らくこのアルバムの目玉と思いきや、どことなく捨て曲のような状態でアルバムの冒頭に収録されている。
彼女自身の日本語詞は封印され、全編フランス語で槙小奈帆は堂々と歌い切っている。バックを務めるピアニストはおそらく美野春樹氏だろう。どうりで饒舌を超えてお喋りで、うるさい。
 
しかも肝心の最後の最後のコードがミスタッチによるディスコードになっており、ベースの音がFから半音ズレて「E」を押している。これは明らかなミスタッチだと誰もが分かるのに訂正が為されなかったのは、多分‥ だが槙小奈帆に「この為」だけに二度歌わせ、録り直しをさせるわけには行かなかった業界特有の忖度だったのではないかと思う。
本来のコードとは全く異なるディスコードでラストに突っ込んだままの楽曲は、何とも後味が悪過ぎる。‥だがこういうところにも人柄や音楽のセンスが露骨に出てしまう辺り、本当に怖い。
 

同アルバムの2曲目以降はもう、聴くに値しないレベルだ。これが演歌のアルバムだと言うならば歌唱力が圧倒的に足りないし、これがシャンソンのアルバムだと言うなら喉にこぶしを込めたような歌唱法に大きな支障を感じざるを得ない。

正規のボイス・トレーニングもおそらく為されておらず、良く言えば「ハスキー」でかすれた本当に耳障りな発声が延々と続いて行くので途中でディスクを止めた。これ以上このアルバムを聴き続けることは、流石に無理だった。
 

 
良い表現とは「過剰な情念を挟まない、客観的かつクールな表現」を指す。その意味で、槙小奈帆の表現は聴き手の自由度を著しく阻害した、カッカとした熱さだけが粘着いた炎のように吹き出すだけで、ただただ風通しが悪いものだと私は感じてならない。
 
アルバム「ネレイス」の冒頭のフランス語の「ラヴ・スコール (峰不二子のテーマ)」の、どこか「他所様の言語を拝借させて頂きます」‥ 的な引きの表現の方に彼女がもっと磨きをかけることが出来たなら、きっともっと多くのリスナーに愛されたに違いない槙小奈帆の名作(作詞)、「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」の別バージョンをこの記事の〆に貼っておくことにしよう。
 

同じ演歌でも、石川さゆりの演歌はどこか爽やかだ。槙小奈帆の重苦しいシャンソン・ド・演歌の声の怨霊を綺麗さっぱり忘れて、和装モンマルトルの世界に浸って頂ければ幸いである。
(※歌手とは、声優さながらその作品に応じた歌い分け、声の使い分けを怠らない人を指す。)
 

 

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