目次
・26/09/28 Mon. 『大黄(ダイオウ)』
・26/09/30 Wed. 『ぶり返す』
・26/10/01 Tues. 『逃す』
・26/10/01 Tues. 『逃す』
・26/10/02 Fri. 『補充』
・26/10/04 Sun. 『風邪っ引き』
26/09/28 Mon. 『大黄(ダイオウ)』
お腹の不調を改善したくて服用していた漢方薬が、逆にお腹に負担を掛けていた‥と言う話。
或る漢方薬を飲んだ後に毎回お腹を壊すので調べてみたら、案の定その漢方薬に含まれている「大黄(ダイオウ)」が悪さをしていたと分かり、先ずは問題解決。
効き目の弱い、「大黄」の入っていないタイプの漢方薬に変えてみることにした。
そんなこんなで調べ物をしていたら、グラグラと。しかもBlueskyが結構長時間ダウンしていて、何も表示されないトラブルまで2点。
ホント次から次へ色々あるな最近。
風邪も完治していない身重な(笑)身体ゆえ、引き続き食べて寝るだけの一日だった。食べて寝て、揺れて歯を磨いて少し歌を詠んだ、そんな月曜日。
他にもう一つ大きな珍事があったのだけど居住地区が割れると色々セキュリティ上危険なので、ここには書かない。最近何かと物騒よ。
エッセイストの伊藤亜和さん、結婚したらしい。よかった‥。

26/09/30 Wed. 『ぶり返す』
ぶり返す、と言えば風邪。それに喘息。
昼間銀行の担当者と話をしていた時も、ふとした風が通過する毎にケホケホと咳のソロコンサート。‥辛かった。
夕方、前日Xにポストした「昏睡のパラダイス」に、加藤治郎氏ご本人よりリプを頂いた。加藤氏とお話し出来るって、奇跡みたいな話しだと思う。
他の歌集も順次読みたい。
が、その前に風邪を治ス。
10月は結社の移動や句会の整理等、身辺整理に追われる予感。予感と言うより既に行動してるわけだから、それが形になるだけの話しよね。
あたしは真ん中を歩きたい。
音楽でもプロデュースでも、私がそこを歩く時は大概誰も居ないから。一番見晴らしが良くて目的地に最も近い道を、なぜか殆どの人たちが歩かない。
不思議よね。
気遣いだ根回しだ、そんなことに気を取られずに済むサイコーの道なのにね。
26/10/01 Tues. 『逃す』
誰にも出詠経緯を話していなかった『或る賞』の結果が発表され、当然のこと賞に漏れた。直ぐに入賞者の傾向を探って行くと、前回とはかなり様子が違った。
日常の他愛のないことに少しだけ飾りを足したような、言ってみれば薄~い作品が選ばれている印象だった。となれば、私の出品作はかなり濃すぎた。
おそらく私と他の多くの人たちとでは、そもそも日常の濃度が圧倒的に異なる。祈る人と祈らない人の差は大きい。しかも私は霊能者であり、預言者でもあるわけだし。
選者に期待し過ぎたのかもしれない。だとしても、私はわざわざ選者に合わせて作品をカスタムする方が身の丈に合わない。勿論出来ない訳ではないが、うっかりそちらが入選した時のリスクを考えると、入選や入賞をゴールに定めて作風を変える方が危険だ。
上記のケース、芸能界で散々見て来た。企画に採用される為のカスタムで運良く競作に勝てた後に、作風を元に戻そうとすると周囲がそれを許さない。そうやって多くのカスタムライター達はその後、音を立てずに没落して行った。
私は商業歌人を目指してはいないので、ここは一切カスタムなしで挑む。その代わりに今後は、私が選者を選び抜く力量が求められることになる。
コンテストと言う名の、これはギャンブルに似ている。ギャンブルは嫌いだが、こういう時だけは山師と化すのも又宿命。
26/10/02 Fri. 『補充』
前日の某コンテストの落選を受けて、お疲れ様~の意味合いも込めて相方と焼き肉を食べに出掛けた。丁度マイナカードのデータの更新を控えていたので、ついでにそちらも済ませた。
焼き肉がメインでマイナカードのデータ更新は、あくまでそのついで‥ と言うスタンス(笑)
ダイエット中の体を少しだけ甘やかして、ケーキも食べた。シャインマスカットもそろそろ終盤だろうか。
前夜は徹夜だった。
数年後に俳柳句集の出版を予定しており、その作句に着手。同時に別のコンテストへの出詠に向けた作歌も開始。連作を得意とするので、帯を開始するとその他の活動は必然的にせーヴすることになるが、これは致し方ない。
然り気無く黙る。
一体幾つ詠んだかな、メモ書き一杯に一気に歌詞が埋まって行ったようなこの充足感。
作詞家だった頃を思い出す(ゴーストライターだったけど派手に飛んだ詞を幾つも書いた、無謀な時代のかつての私‥)。

26/10/04 Sun. 『風邪っ引き』
七澤銀河を脱ぎ捨てて、毎週末の決まったルーティーンに入る。
一定サイクルで音の鬼と化す私。土日の二日間は短歌からも川柳からも離れて、ほぼ半日以上音楽のトラックを淡々と走り込む。
どこか二部制で終末だけ開店するバーのようだがどちらも本業なので、手は抜かない。
カンツォーネもルンバ・フラメンコもアルジェリア付近からアフリカに到る殆どの音楽が案の定品薄で、今週末も完全に良曲に見放された。慣れっこになったとは言え、地上の音の楽園が段階的に狭くなっていることを肌身にしみて噛みしめた土曜日。
嗚呼又か‥。
体調が好くない。相方とふとしたことが理由で大喧嘩になり、張り手と張り手でぶつかり合う本気の喧嘩に発展し、そのまま朝を迎える。
どうやら両者共に発熱していたらしい。
先日諸用で市役所に出向いた際に、何か良からぬものを貰って来てしまったようだ。私は口に裂を持っており、そこから簡単に菌だのウィルスだのが出入りするので気を付けてはいたが、やはり何かに感染したのだろう。
頓服を飲んで、気になっていた句会への投句を済ませて布団に潜る。
あとがき
エッセイ『サウダージ(Saudade)』
海の上では未だ、台風が矢継ぎ早に生まれては消えて、秋の訪れを拒絶する子どものような表情で次に来る風を見ている。暴力的な夏の陽射しを逃げ切った人々の背に、往生際の悪い夏が横たわる。
高熱の引かない身体を抱きしめて、地球は何を想うのだろう‥。
私は歌を聴いている、
南の国で生まれた静かな歌を。
夏が嫌いなわけではないけれど、私が母の胎内に宿った季節を今でも心から愛せない自分がこうして生きている。
サウダージ(Saudade)‥ 何と美しい響きだろう。何度も何度も声にして、その遥か彼方に拡がる森を想う。その森も今、いのちの境界線に立たされていて、多くの人々はそのことを知らない。
上空を鉄の塊が横行し、それらが散りばめるノイズが森の聴覚を狂わせて行く。
森は火を噴きをのことを人々に知らせようとしているが、ヒトはその音色を捉えられない。森の放つ声は余りにもか細く、風に似た響きで空を回り続けている。知っているのは鳥だけだろう。南国の鳥たち‥。
南国の彼らのあの、鮮やかな羽の下に畳まれたものが透けて見える時、私が今の命に着床するまでの短くて長い飛行の時間を思い出す。
魂が空から母体に降りるまでのあの、独特の浮遊感を記憶したたままでいることが、時々とても辛くなる。体ひとつで空から地上へと落ちて行く、それは風に吹かれるままでもなければ自分でコントロール出来ることもなく、神が定めた母体へと突き動かされて届いて行くまでの永遠の悪夢。
私は種である。森の始まりと同じように私も又、ヒトの中へと飛んで行く。鳥のような羽を持たずにただ、真っ直ぐに。


