神の目が開かぬように‥

‥リラ時代の記憶を辿る。
リラの混乱を最初に引き起こしたのは一部の政治家と科学者たちだった。彼等は最初に子供たちを利用し、世の真実の白と黒を逆転させることに成功した。
正当防衛を暴力だと表現し、最初に暴力を行使した人物の隠蔽に成功した。

物事が反転する瞬間を巫女の私は見逃さなかったが、それを証拠として当時の世に突き付けることには成功しなかった‥。
 

闇の科学者たちは『 (あえてここではそう呼ぶことにする)』 の勢力を反逆的な「反対勢力」だと位置づけ印象操作を施し、噂の拡散に多くの子供たちが駆り出された。
まるで現在のパレスチナ問題に似過ぎているように思えてならない。
 

宗教は人々を混乱させ、波乱を引き起こす。
パレスチナの子供たちもその犠牲者かもしれないが、多くの子供たちは「大人になったら一人でも多くのイスラエル人を殺すこと」を夢 (悲願) だと思うように、宗教洗脳が施されている。
遠くリラ時代に既に似たような状況があり、それが現在も脈々と引き継がれていることの伏線としてプレアデス星人の「ヤハウェ制度」が挙げられる。

※「ヤハウェ」を名乗るプレアデス星人は今も存続しており、折に触れ地球に深く干渉して来た歴史がある。彼等は地球を「流刑の地」と認識しており、地球或いは地球人等の進化をこれまでありとあらゆる手を使って妨害し続けて来た経緯がある。
複数の宗教の種を蒔き人類に戦争を持ち掛けて来たのも彼等であり、双方の教義では異教徒の殺戮こそが神への忠誠であると説いている。

 
プレアデス星団の「ヤハウェ」職に在る一部の選民思想を持つ星人等は洗脳と戦争のマッチポンプで地球人が互いに殺戮し合うよう、複数の相反する宗教思想の種を同じ人物が撒き散らしたと言えるだろう。
 

絶対にあってはならないことが双方で起きており、その状況を今でも遠い場所で監視しながら地球の破滅を心待ちにしている、それが現在のプレアデス星人の「ヤハウェ」職の人たちの実体だ。
 
 

  
或る妨害が原因で今日まで一時的に宇宙評議会 “Norg” を休眠させていたが、先程からざわざわと空間が騒がしくなった。
未だメンバーの一部の体調が不完全な状態ではあるが、遠隔からのテレパシーで評議会程度は開催出来ると踏んだ代表 “ザール氏” が立ち上がった。
 
とは言え私たちが今出来ることは限られている。大々的な旗振りは出来ない状況だが、少なくとも祈ることは出来る。
 

祈りは一種の念であり、正しく使うことが出来れば大衆や世の流れを変える大きな力にもなり得る。
今その力を使わずして、いつ使うのか‥。
 

パレスチナにもイスラエルにも双方各々の宗教観があるが、両者とも間違いだらけだ。
民族や国家の対立を克服する為には先ず地球そのものを一つに束ねる必要が生じるが、現状では何れかを抹消しない限りそれは実現しない。でもそのやり方は間違っている。
 

互いの相違をシェアし、共存しながら地球を一個の倫理観で包括するには先ず、必要最低限「宗教の根絶」を実現する必要が生じる。それが先ず最優先課題だ。
その為には先ず、共通言語を統一する必要がある。細やかな表現に長けた言語があるとすれば、それは日本語だろう。緩い速度で子音と母音が絶妙なバランスで組み合わさっており、なにより発音や会話の速度がとても緩やかで聴き取りやすいと、Norgの代表『ザール氏』やもう一人の非正式メンバーもそれを感じ取っていると言う。
 

『神の目が開く時世界が滅びる』‥ と言う説があり、私の中のリラ星の記憶の一部が紐解かれたことがとても怖い。
 
 

巫女の声明(リラ星最後の巫女として)

リラ星が自爆を遂げる数年前に、星全体で未知の疫病が大流行したことを思い出す。
当時リラ星は政治体制が混沌とし始め、善悪の判断基準が何者かによってねじ曲げられたように記憶している。
いわゆる陰謀論と真実の区別がつきにくい状況になり、多くの人々が『多勢』の尾っぽにしがみつく形に‥。

『正義は権利である。』とは地球ではマルクスが放った言葉だったように記憶しているが、まさにその状況だった。

一旦『闇』の勢力が正義の権利を手中に収めたら最後、そこから秩序が一気に乱れて行くことになる。
闇側が正義の袈裟を着て先に放つ『偽正義論』が多くの民衆を扇動し、そのタイミングで未知の薬品ともタブレットとも付かない錠剤が人々を魅了した。

それは『永遠の命』とでも名付けられた錠剤で、それを飲めば誰もが生き延びる為の日々の努力をせずに長寿を得られると謳われた、とても危険な薬品だった。

現在高次と化している科学者『モズレン』が当時のデータを持っており、その薬品は劇薬にカテゴライズされるものだと話していた。
だが結局その後リラ星が自爆を遂げた段階で、偽薬品『永遠の命』の成分は宇宙の闇に散ったまま現在に至る。

『ヨハネの黙示録』の中では『獣の刻印』がおそらく現在の『新型コロナワクチン』を指しているであろうと言うことは、誰が読んでも想像に及ぶだろう。
『獣の刻印』の扇動したのは紛れもない政府全体だが、黒幕は別に居る。


私は現世では芸術家・音楽家としてのミッションの途にあり、巫女・予言者(預言者)としての正式な名乗りを挙げていない為、私が日頃どんなに正確な預言を文字に託して放っても多くの人々の目に留まることが叶わなかったが、自然神からすればその方が好ましいとさえ思っているようだ。

自然神にとって、人類は駆逐対象だからだ。
残念ながら今は、私も同様の感覚の中に在る。

正しい生き方、正しい道を選択する感覚を持つ人間だけが、この星に生き残るべきだと‥。
 

 

本記事は『note』より移動しました。

会いたい人 – Memories of Lyra

Twitterに私の遠い過去世のことを書いたら、何やら周辺がざわついたようだ。
中には「自称巫女」などと言い私を罵る人や、本当は罵りたいが我慢している人たちの気配もつぶさに感じている。
 

 
多くのスピリチュアル系や霊能者などがSNS上の私の周囲にたむろしているが、その大半がとてもコンビニエンスなメンタルで特殊な能力を習得したいと願っており、それによって自分自身にツキが回って来たり唐突に幸福を掴めるのだ‥ などと信じて疑わない人たちも多いようだ。
だが現実はそんなに甘くはない。

その、けっして甘くはない現実を真っ向から受け止め受け入れられる、とても限られた人だけがスピリチュアルな限界のその向こう側へと突き抜けて行くことが出来る。その事実を先ず、私は多くの人たちに知って欲しいと願ってやまない。
 

 
私はリラ星最期の巫女だった。

私が最期と言うことは、私の他に誰もリラ星の終焉間近の光景を見た人物が居ないことを意味する。

そして私には、会いたい人が居る。それは同じタイミングでリラ星の最期に寄り添い、共にリラ星の爆発間近まで星の思いを受け止めてそれを見届けられる限り傍に居ようとする4人の中の、一人の医者だ。
 
彼は先ず先に私以外の二人のサイキックな力を持つ星の有力者たちに薬剤を打ち、彼等の遺言と最後の旅立ちとその寝顔を見届けた。
リラ星は自らの意思で、爆発の準備を始めた。色々な場所で噴火が始まり、その度に大地が激しく揺れて至るところに亀裂が生じて行った。

 
段々と温度が増して行くリラ星の真ん中にある砂丘に残された私と医者は、体力と気力の限界間近で同時に残りの薬剤を打ち、次いで双方共に苦痛を味わうことのないよう念には念を入れて錠剤と粉薬の全てを飲み込んだ。
 
どちらが先だったのかはもう記憶していない。
私が今生きて喋っている言葉とはまるで異なる響きだが、当時の記憶の最後の声は医者である彼が放った「そろそろだ」と言うような一言だったと思う。それは声になる寸前の小動物の唸り声にも似ており、私は既にそれに応える為の気力も意識も遠くなり始めていただろう。
 
見届けたのが私だったのか医者だったのかは、もう定かではない。
だがその後気付くと、果てしない空間の中にぽつんと一人取り残されたように、私の目なのか意識だけなのか、そこだけが息を吹き返したように生きていた。

 
何度も気を失っては又自分を取り戻したような感覚があり、それが果てしなく続いたような気がする。その度に私は医者を思い出しては、また忘れて‥ それを繰り返した。
 

 
ふと気が付くと、あれから色々な時代を私は「人間」として生きているようだ。
時にはジプシーであったり、時には宮廷や教会に召し抱えられた音楽家であったり、又時には某国の舞い手或いは詩人だったりもした‥。
 
その時々が真剣勝負で、命がけで戦火の中に自ら飛び込んで生きて来た。そのどれ一つを取っても各々すべてが戦いだったが、幸運なことに幾つかの過去世で私は歴史にその名と功績を遺すことが出来たようだ。
 

現世も波瀾続きである。
霊感があろうと予知能力があろうと、それは現実生活の中に活かされる機会など殆ど得られない。どれだけ「引き寄せ」などを手繰ってみたところで、甘い運命などそう簡単に引き寄せられたことは一度もなかった。
 
今世でも私はずっと戦って生きている。その過程で時折神様が私に置いて行ってくれたギフトを、素直に受け取って行く。
神様からのそれが本当のギフトだとするならば、そのギフトには「もたらされること」の理由と意味があり、そこには神様からの宿題がひっそりと書かれてある筈だ。
だがそれは文字で神様から命令されるものではなく、自ら望んで神々からの課題に向き合うこと。それそのものが神々からのギフトの真の課題であり、その課題はこの命が尽きるその瞬間まで半永久的に続いて行くものだと私は思っている。
 

巷には多くのスピリチュアル好きな人たちが、生半可では得られない能力やスキル、そうしたシュールな人生そのものを得んとばかりにたむろしている。
それはまるでコンビニの狭い駐車場に群がる「帰る場所を失ってぐれた若者」のように、そこに居れば棚から牡丹餅式に余りものの幸運が舞い込んで来ると言う期待だけを胸に、何の行動も起こさずにただその場所に流れ着いたまま群がっている。
 
そういう人間どもを見ていると、ただただ腹が立つ。
なめんなよ!と思う。
 
 

 
最近、リレ(リラ星人の総称)時代の医者のことを頻繁に思い出す。思い出すと言うより、あの瞬間に似た彼の声を確かに聴いたのだ。
それが夢や妄想でなければ、医者は今とても近くに居るかもしれない。此方側の世界に転生を試みそれが成功したとすれば、未だ成人していないような気もする。
 

若くて感性がキレる人が傍に来た時に、その人の腕をしっかりと掴めるような私がそういう人間であると先方に確実に認識させられるよう、私は地球の、日本人の、社会人としての良識と常識の線を踏み越えないよう気を付けて生きなければならない。
むしろ「不思議系」や軟なスピリチュアルに浮かれているような人間を、転生した医者の方が全く受け付けなくなっている可能性も無きにしも非ず。
 
音楽家として芸術家として、そしてリレの巫女として全ての感覚を磨き抜き、意識や感覚の切れ味を維持しながら、当面はリレ最後の医者であり、リラ星の最期を共に見届けた仲間の一人である彼の再来を祈り、今の「私」と言う箱を一日でも長く温存出来るよう努めたい。