Twitterに私の遠い過去世のことを書いたら、何やら周辺がざわついたようだ。
中には「自称巫女」などと言い私を罵る人や、本当は罵りたいが我慢している人たちの気配もつぶさに感じている。
多くのスピリチュアル系や霊能者などがSNS上の私の周囲にたむろしているが、その大半がとてもコンビニエンスなメンタルで特殊な能力を習得したいと願っており、それによって自分自身にツキが回って来たり唐突に幸福を掴めるのだ‥ などと信じて疑わない人たちも多いようだ。
だが現実はそんなに甘くはない。
その、けっして甘くはない現実を真っ向から受け止め受け入れられる、とても限られた人だけがスピリチュアルな限界のその向こう側へと突き抜けて行くことが出来る。その事実を先ず、私は多くの人たちに知って欲しいと願ってやまない。

私はリラ星最期の巫女だった。
私が最期と言うことは、私の他に誰もリラ星の終焉間近の光景を見た人物が居ないことを意味する。
そして私には、会いたい人が居る。それは同じタイミングでリラ星の最期に寄り添い、共にリラ星の爆発間近まで星の思いを受け止めてそれを見届けられる限り傍に居ようとする4人の中の、一人の医者だ。
彼は先ず先に私以外の二人のサイキックな力を持つ星の有力者たちに薬剤を打ち、彼等の遺言と最後の旅立ちとその寝顔を見届けた。
リラ星は自らの意思で、爆発の準備を始めた。色々な場所で噴火が始まり、その度に大地が激しく揺れて至るところに亀裂が生じて行った。
段々と温度が増して行くリラ星の真ん中にある砂丘に残された私と医者は、体力と気力の限界間近で同時に残りの薬剤を打ち、次いで双方共に苦痛を味わうことのないよう念には念を入れて錠剤と粉薬の全てを飲み込んだ。
どちらが先だったのかはもう記憶していない。
私が今生きて喋っている言葉とはまるで異なる響きだが、当時の記憶の最後の声は医者である彼が放った「そろそろだ」と言うような一言だったと思う。それは声になる寸前の小動物の唸り声にも似ており、私は既にそれに応える為の気力も意識も遠くなり始めていただろう。
見届けたのが私だったのか医者だったのかは、もう定かではない。
だがその後気付くと、果てしない空間の中にぽつんと一人取り残されたように、私の目なのか意識だけなのか、そこだけが息を吹き返したように生きていた。
何度も気を失っては又自分を取り戻したような感覚があり、それが果てしなく続いたような気がする。その度に私は医者を思い出しては、また忘れて‥ それを繰り返した。

ふと気が付くと、あれから色々な時代を私は「人間」として生きているようだ。
時にはジプシーであったり、時には宮廷や教会に召し抱えられた音楽家であったり、又時には某国の舞い手或いは詩人だったりもした‥。
その時々が真剣勝負で、命がけで戦火の中に自ら飛び込んで生きて来た。そのどれ一つを取っても各々すべてが戦いだったが、幸運なことに幾つかの過去世で私は歴史にその名と功績を遺すことが出来たようだ。
現世も波瀾続きである。
霊感があろうと予知能力があろうと、それは現実生活の中に活かされる機会など殆ど得られない。どれだけ「引き寄せ」などを手繰ってみたところで、甘い運命などそう簡単に引き寄せられたことは一度もなかった。
今世でも私はずっと戦って生きている。その過程で時折神様が私に置いて行ってくれたギフトを、素直に受け取って行く。
神様からのそれが本当のギフトだとするならば、そのギフトには「もたらされること」の理由と意味があり、そこには神様からの宿題がひっそりと書かれてある筈だ。
だがそれは文字で神様から命令されるものではなく、自ら望んで神々からの課題に向き合うこと。それそのものが神々からのギフトの真の課題であり、その課題はこの命が尽きるその瞬間まで半永久的に続いて行くものだと私は思っている。
巷には多くのスピリチュアル好きな人たちが、生半可では得られない能力やスキル、そうしたシュールな人生そのものを得んとばかりにたむろしている。
それはまるでコンビニの狭い駐車場に群がる「帰る場所を失ってぐれた若者」のように、そこに居れば棚から牡丹餅式に余りものの幸運が舞い込んで来ると言う期待だけを胸に、何の行動も起こさずにただその場所に流れ着いたまま群がっている。
そういう人間どもを見ていると、ただただ腹が立つ。
なめんなよ!と思う。

最近、リレ(リラ星人の総称)時代の医者のことを頻繁に思い出す。思い出すと言うより、あの瞬間に似た彼の声を確かに聴いたのだ。
それが夢や妄想でなければ、医者は今とても近くに居るかもしれない。此方側の世界に転生を試みそれが成功したとすれば、未だ成人していないような気もする。
若くて感性がキレる人が傍に来た時に、その人の腕をしっかりと掴めるような私がそういう人間であると先方に確実に認識させられるよう、私は地球の、日本人の、社会人としての良識と常識の線を踏み越えないよう気を付けて生きなければならない。
むしろ「不思議系」や軟なスピリチュアルに浮かれているような人間を、転生した医者の方が全く受け付けなくなっている可能性も無きにしも非ず。
音楽家として芸術家として、そしてリレの巫女として全ての感覚を磨き抜き、意識や感覚の切れ味を維持しながら、当面はリレ最後の医者であり、リラ星の最期を共に見届けた仲間の一人である彼の再来を祈り、今の「私」と言う箱を一日でも長く温存出来るよう努めたい。