黒い闇 (The dark fog that shrouds music culture)

ブログの更新は滞ってはいたが私自身の活動は順調で、自身の創作活動の下準備を始めとする毎週末の『世界の音楽』の新譜チェックはコンスタントに進めていた。
現在、その様子は毎週末に一斉に更新している新しいブログディディエ・メラの音楽倉庫に収めている。
 
余り良いニュースではないが先月中旬、(恐らくKポ絡みの事情と思われるが‥) Xの私のメインアカウントがいきなり凍結された。それまでXのメインで進めて来た『世界の音楽』、新譜チェック ⇨ 音楽評論メモが出来ない状況に陥ったが私は転んでもただでは起きない(笑)。
直ぐに音楽紹介/ 音楽評論を発信する新しいブログで仕切り直しを図り、そのブログを一望するだけで私の脳内の音楽倉庫の厚みがよく分かるだろう。
 

https://didiermerahbox.wordpress.com/
 
ここ最近の世界の新譜を一望しながら、あらためて気付いたことがある。

それは地球の人口が過剰に増えすぎたことだ。

これは音楽文化の衰退とも関連付けて考えなければいけないことだし、もっと別の側面を挙げるとしたら人と人との出会いやコミュニケーションの質の劣化とも深く関わっているかもしれない。
 

先週、タイの若手女性シンガーソングライター “Millie Snow” の新譜『You are the star (Japanese Ver.) (君は星)』を聴いた時にも痛感したが、今地球上には人で溢れ返るほど人口が増え過ぎたことの影響で、本来出会うべき人同士が互いを見失ったまますれ違ってしまう現象があちらこちらで起きているように思う。
余程神経を研ぎ澄まさなければソウルメイトの気配に気付けない状況になっており、かと言って人間の感性の芯はそう長期的に研ぎ澄ませ続けることも難しい。
 


その時の思い付きや直感を脳や記憶に鮮明に保管しておくには技術 (スキル) が絶対的に必要であり、日々の労働のルーティーンに押し潰されながらそのスキルを磨き込むことは、思った以上に難しい。
 

思うに一種類の生き物、生物、生命体が過剰繁殖することと、その種が暴徒化/ 狂暴化することとは無関係ではないだろう。これはものの例えではあるが、スズメバチも女王バチ単体ではただの一匹の蜂に過ぎない。だが、仲間を増やし徒党を組んだ状態で一個の仮想敵或いは外敵を定めた段階でそもそもの性質を逸脱し、狂暴になり、仮想敵に攻撃を仕掛ける別の集団に変質する。
特に狂暴の想念は温厚なそれとは異なり、仲間を募って狂暴の先にあるネガティブな目的を持った時に異様なエネルギーを放ち、同種でそのエネルギーを共有し、目的の達成を悲願として目論む歪んだ性質やマインドが暴走する。
人類が今、その状態に変質を遂げる寸前に来たのではないかと、私はシュールな存在からもその旨に於ける警告を受け取っている。
 

一見全く関係のない作業のように見えるかもしれないが、最近の私の『世界の音楽』の毎週末の新譜評論は、上記にも触れた地球上の異変とも深く関連している。
溢れかえる人々、溢れかえる音楽、溢れかえる物質や様々な現象の中で誰かが大きな代償を背負い正解を唱えなければいけない。
余りに物が溢れかえってしまったことで、正しい答えを探そうとしている一部の人々は自力で正解に辿り着けなくなってしまった‥。私にはそんな風に見えて仕方がない。
 

 
その時々の世界中の音楽を聴いて、それらを集めてプレイリストを作って世に放つ。
文字に書くとそれを「自分の好きな世界観を他人に押し付けたいだけでしょ?」と歪んだ解釈に走る人たちが必ず現れるが、別にそう思われても私は一向に構わない。

どこぞの国で私の真似をしてプレイリストを必死に作ってSNSに放っている某著名人の噂も漏れ伝わって来るが、私と彼らの違いは音楽の発信者であるか否かと言う点だ。
多くの音楽家は自分の宣伝だけを行い、仕事で絡まない限り他者の作品を称賛することもなければ評論もしない。
「精査をする」ことで自身の評判を貶めたくはないだろうし、むしろ精査を加えず無暗に (手放しで) 相手の作品を褒めたふりをしながら、その動作を自身の高評価に転じることだけを必死で考えている。
 

或る人物に質問された。『あなたはなぜ、他の人の作品をピックアップして論評し、それをコレクションしたチャンネルをSNSやブログで紹介しているのですか?』と。
理由を正確に伝えるには、多くの人たちが私のことを余りにも知らなさすぎるし、理解しようとも思わなさ過ぎる。
一行の質問に数分で回答出来るほど、私の人生は薄くない。
一つはっきりしていることは、私が一連の作業を「神々との密約」の元に継続していることだ。
今話せるのは、一先ずここまでだ。
 

音楽文化が明らかに衰退を始めた。

私はその現象をことさら止めたいとは思っていない。なぜならば今、この地球上には「どうでもいいもの」や「要らないもの」が溢れかえってしまったからだ。
特に、商品としての音楽が多すぎる。地上の商業音楽は、いつか一掃しなければいけなくなるだろう。それを流れ行く時間に託すかマンパワーに託すか、或いはその両輪で音楽文化の一掃を試みるか。
答えは神のみぞ、知る。
 

私は予言者であるが、どちらかと言うと「預言者」と呼ぶ方が相応しい。
人々はそれをシャーマンと言ったり霊能者等と例えてみたりもするようだが、どの単語にも私は当てはまらない。
ただ「私」と言う霊体が肉体を纏って数十年間の生をまっとうし、その生命が終わっても又私はここに戻って来るだろう。それもこれも全て、神々との密約なのだから。
 

 
関連記事:

[インフォメーション] 2Blog 統合 – Spiritual to 音楽評論

これまでスピリチュアルと音楽評論とをブログを分けて書いて来ましたが、色々思うところがあり、この度全ての活動を当ブログに統合する運びとなりました。
 
昨年まで別ブログ『ディディエ・メラの音楽評論』で綴って来た主な記事を抜粋し、現在順次当ブログに移動している最中です。
各記事は当ブログ『Didier Merah Blog』上より、カテゴリー『03. 音楽評論 / 音楽紹介から読むことが出来ます。
又、探している音楽記事等があれば、ブログ最上部、右先端の虫メガネマーク 🔎 ⇦ にワードを書き込むことで、該当記事を探すことも可能です。

リラ星最後の巫女が予言として発信する音楽評論と言う視点も、さらに新しい評論の試みだと思います。この機会に是非、購読して頂ければ幸いです。

以下に主な記事、人気のある記事のリンクを貼っておきます。
 

 

 

 

 

 

 

 

追記:
2025年1月17日、早朝より “X” のメインアカウントがいきなり凍結された為、現在SNSの発信拠点を一時的に移動しています。事態が好転する迄の期間メインのSNSを変更し、臨時でSNSを増設しています。
Facebook上からの発信も一時的に再開していますので、以下にそちらのリンクも貼っておきます。

文字をタップすると、各SNSのDidier Merahのページに移動出来ます。

 

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毎週末にSpotifyより発信している『世界の音楽』の新譜 プレイリストも合わせて、お気に入りにご登録頂けたら幸いです。
今後ともディディエ・メラをよろしくお願いいたします。
 

近況報告 2023/10/10

少しずつ体調が安定して来たので、意外に徹夜しながら鍵盤練習も音楽鑑賞も復活させている今日この頃‥。
私の体調不良は概ね亡くなった実母の怨霊の「圧」‥ それとブラックガーネット(知っている人は未だ極僅かですが‥)からの進路妨害によるもので、基本的には健康上の理由によるものではないようです。
 

 
当ブログの更新が暫く止まっていましたが、その間私は色んな楽曲の演奏のブラッシュアップや見聞を拡げる為の自己学習に集中しています。とは言え昨夜も天照大神との対話に数十分間を費やしていたので、思っているよりは脳が焼け付いて結構フラフラになります(笑)。

そんな中、たまたまアニメ『SPY×FAMILY』Season 2 のエンディングテーマのPVに遭遇し、音楽も演者も演出も良いな~と思い何度もリピートで聴いていました。
 
 

  
この曲を作っているのは Vaundy と言う若干23歳の男性。声質も、無駄な捻りのない素直な表現も、音楽の構成力も含めなかなか良いですね。

普段はアニメ等殆ど見ない私ですが、こういう素材を抜擢している制作陣が作るものならば観てみても良いかなと思い、先程Amazon Primeで「お気に入り」登録したところでした。

その前に韓流時代劇のホン・チョンギ、そして韓流ドラマ誘惑の2本を観てしまいたいので、その後かその合間に鑑賞することになるかもしれませんけど、たまたま或ることから現在私も時々K-Pop界隈に少しだけ関わっているので、自身の感性の肉付けと言う意味でも美しいものには果敢に手を出して行きたいと思っています。

 
先日ブラックガーネットの残党を何体か夫に消去して貰い、私の体調はその瞬間を機にかなり回復しています。
母の怨霊を利用して時々襲撃を仕掛けて来るのは、その方が私のメンタルや霊体に侵入しやすいからなのでしょうか‥。今この瞬間私を遠くから狙っている実質人間の気配を何となく感じてはいますが、私をこの世から抹消出来たとしてもあなたがたの人生が好転することはありません‥ とだけ言っておきましょう。
 
 

Air bubbles in Clear Blue sea water in ocean with sunbeams

 
先月はリラ星で苦楽を共にした妹の存在を突き止めることが出来たものの、やはり先方が当時の記憶や感覚の大半を喪失している為、良好な関係性を持続することは困難だったようです。
先方から静かに私の手を離してしまったので、彼女の気持ちを尊重して私もそのままにしてあります。
今世で何人も過去世の繋がりを見つけたり失ったり(先方の逝去を含め)一喜一憂しながらも、兎に角私は前進し続けなければなりません。勿論自身の表現活動及び著述活動はもとより、音楽シーンや音楽史のベースアップを見込んだ人生設計を概ね立てたので、今はただそのタイムラインに則って日々をがむしゃらに突き進むのみです。
 

預言(予言)についても色々ご質問を頂くのですが、回答出来ないものも多いので、出来れば既に音楽作品として封印してある私の音楽を聴いて頂けたら概ねの預言(予言)の真相には辿り着くことが出来ると思います。
 
 

 

 
 

[ライブ評論] V ‘Love Me Again’ Band Session

BTSはテテこと “V” の “Love Me Again” のセッション動画が配信された。Twitterには既に簡易版音楽評論をポストしたが、何と私がパソコンの作業を開始する5分前に公開された動画だ。
とても期待しながら動画に耳を澄ましていたが正直な感想を言わせて貰うと、完全に期待を裏切られた。

原曲の繊細さが全く削れ、いわゆるニューヨークの街角のジャズを匂わせる演出が余り上手く行っていない。勿論バックバンドのクオリティーにもかなり問題はありそうだが、要はフロントに立っている “V” がこのセッションに対して消極的とも言えるマインドが表現の壁になってしまった感が否めない。
 


今自分は何をしに、何の為にこの音楽、この状況に遭遇しているのかと言う表現者としての軸を、この動画からは殆ど感じられない。
同時にサポートを務めるミュージシャン等もマネーで雇われた感がハンパなくて、アドリブにせよコードプログレッションにせよ彼等から愛情の微塵も感じ取れない。
 
兎に角目まぐるしく場所と環境を変えてリスナーの目新しさをそそってはみるが、Vの、この一種の無感情な表現がライブやセッションには全く不向きである点に果たして彼のプロデューサーは気付いているのか、否か‥。
 

“V” の別の曲 “Slow Dancing” を何と、NewJeansHYEIN(ヘイン)がカバーしているが、むしろそちらの方が原曲とは異なる別の世界観を創造しているように私は感じた。
移調したKeyが原曲の “E♭” に対して “G♭” に移行したことが吉と出たのか、若干15歳のヘインのカバーの方が原曲のもの悲しさを上手く表現しているような気がする。
 


二人に共通している欠点が一つある。それは楽曲後半の時間の使い方だ。
双方共に楽曲後半の楽器アドリブが入った途端に無言になり、楽曲終盤までインストの終わりをただじっと待っている‥ と言う動作に入って行くが、本当はそこが歌手の見せ所。
 
カバーならば尚更後半に、原曲には無いスキャットなどを入れることを再演する際に考えた方が、リスナーをもっと楽しませられると私ならば考える。
無駄なことをしないのも一つの策ではあるが、それならば原曲(レコーディングされた記録)を超えることは不可能だ。だったら再演自体、一切やらない方が良いだろう。
 

但し一個の楽曲を様々な切り口で魅せると言う意味では、一つの実験音楽/ 実験演出と言っても良さそうな企画かもしれない。 (如何せん個人的には、この解釈はあんまりだなーと思う。 )

 
テテはいつも通りに作業をし、周囲はテテのヴォーカルが抜けた隙間で悪戯を仕掛ける感じ。 作業とアドリブのバッドなせめぎ合いがリスナーの心を、むしろ締め付けて来る。
歌手本人がクールにキメている分、音楽的には虚しさが後を引く。
 
ズッコケ覚悟で「生きた人間」として再演に臨まないのであれば、この曲は再演すればする程鮮度を失って行く。
音楽が演りたいのか、それとも音楽を道具として扱う歌手のヴィジュアルを見せたいだけなのか、その辺りについて総括プロデューサーはもう少し真剣に考えた方が良いのではないか。
 
まだまだ問題山積の状態だ‥。
ヴィジュアルで音楽は成立しないと言う、この動画は非常に分かりやすい例だ。
 

音楽と現実とスピリチュアルと

シュールな感覚が日々覚醒して行く中で、やはり私は人間ですからもっともっと現実生活の精度と質の両方を高めて行くことを考えざるを得ません。
人間が人間に生まれる(或いは生まれ変わる)ことの本質は、神々には出来ない現実的なスキルで社会貢献することに在るのだと、私は確信しています。
 
現在のスピリチュアル界にたむろをしている人達には、その基本的な感覚が完全に抜け落ちているように見えて仕方がありません。
仮に神々や精霊、もしくはその他の高次の存在等からどんなに優れたインスピレーションを授かったとしても、受信者に彼等の意図する人生スキルがともなっていない場合には、その人には何一つ高次の存在からの貴重なメッセージを現実の物に置き換えることが出来ません。
 
神々や高次の存在は、人間に伝書鳩の役割など一切求めていません。
彼等の言葉らしき何かを何の人生(職業)スキルすら持たない人々の間でシェアしたところで、それは妄想日記を書いたり読んだりすることと何ら変わらないのです。
 
あなたが本当に神々や精霊或いは高次の存在等の思いと繋がり、それを形にしながら現実世界との接点を強く持ちたいのであれば、先ず何かしらの専門スキルを身に着けるべきです。
それに次いで必要なシュールなスキルがあるとすれば、それは生物や人間同士で言葉を介さず意思の疎通をする手段です。
さしずめ簡単に言い替えるならば、それは「テレパシー」と言うことになるでしょう。
 
神々だ精霊だ、或いは心霊の何がしかと繋がる以前に、目の前の人の心を見通す力を習得した方が近道です。
目の前の猫やカラスやハムスター、或いは象や馬等と会話が出来ない人に、神々や高次の存在と繋がることなど出来ません。
とてもシンプルなことです。先ず、そのシンプルな動作を完璧に自分のスキルとして高めずして、宇宙人とのコンタクトや霊や神々との会話など論外です。
 
 

 
さしずめ私は音楽を通じて、先ずこの世界に変革をもたらすべく地道な作業を着々とこなしています。
その一環として先日、AKGの最高品質のヘッドホンを購入しました。
正直世界が一変しました。
 
勿論昨日までの音楽環境も「それなり」に良質ではあったのですが、その思い込みがこのヘッドホンであっさりと覆されました。
鼓膜が10倍に膨れ上がったみたいに音の粒や残響が細かく折り重なり、まるでレコーディングスタジオで生の音源を聴いているような臨場感はたまりません✨
 
昨日まで主に自分が好きなジャンルの音楽に偏って音楽探索をしていましたが、先程から私は新らしい土地、新しいジャンルに新しい感覚で開拓を挑んでいます。
それは私が普段生み出している音楽のジャンルとは全く異なりますが、私は音楽評論家のみならず近い将来プロデューサーとして新たな一歩を歩み出す予定がそこはかとなく在り、その最初の一歩が私の将来に大きな影響を及ぼすことを直感しています。
 
霊的な意味でも、世の中的な意味合いも含み、特にこの春まで私を散々悩ませて来た「圧」の多くを夫が取り払ってくれたことで、私の頭上の大きな重石がほぼ全て取り除かれたことを感じています。
そして私はクラシック音楽をはじめとする(ほぼ)全てのジャンルに跨り世界中の音楽を知り尽くし、それらの点を線で繋ぐ構成分析のスキルを網羅しています。
いちジャンルのみを分析し語り尽くす人はこれまでも大勢居たと思いますが、私の場合は一人で全てのジャンルの音楽を語り尽くすことが出来ます。さらにはそれをコードネームと黒玉の音符で書き換えながら、異なるジャンルの音楽を楽譜化して繋ぐことも可能です。
 
分かりやすく言えば、「オールインワン」と言うことになるでしょう。
 

Spotify内に作成した世界の音楽のプレイリストが、何と158個になりました。
この記事の最後に、先程一気に数時間で下ごしらえを済ませた新しいプレイリストを貼っておきます。
私の脳内の音楽ジャンルと保管内容(保管数)が人間の通常のそれを完全に超えたことを、きっと感じて頂けると思います。
 

音楽家/ 芸術家のみならず、音楽評論家/ 選曲家/ ‥比較音楽学者として、ここからがようやく真剣勝負です。
これまで以上にガンガン疾走しますよ🏇
 
 

近況 その他(宇宙情報の補足等)

ブログの更新が少しの期間止まっていますが、現在私は自身の創作活動に必要な体力的 & 精神的な準備(ブラッシュアップ)に入っています。
既に私はアルバムHeavenまでの自身のこれまでの作品の中に、多くの未来予知を梱包しています。特にアルバム『Heaven』に於いては、地球の消滅までのタイムラインを描いています。
 
 


 

日々通りをひっきりなしに救急車や消防車等が走り抜けて行く今、この時期に流石に、アルバム『Heaven』以降の未来予知を音楽に閉じ込めて行くことは、精神的に持ちこたえられなくなりそうです。
 
当ブログの日々の訪問者の推移を細かく観察していますが、どのブログ記事にどのタイミングで訪問者が増えているか‥ を見るだけで、それらは常に正直に世情を反映してくれるので分かりやすいです。
ここ最近は「宇宙情報」関連、或いは「プレアデス情報」関連に、多くの訪問者が訪れています。それを見るだけでむしろ私は今、どこで何が起きており、どれだけの人たちがその現象に興味を持ち、彼等は自身の関心事の確証を得る為にこのブログ記事の何れかここに足を運んでいること等も知っています。
 
暫く配信が止まっていたYouTubeの某チャンネルから、あのエレナ・ダナーンが再度奇妙な交信に至っており、それがフランス語で配信されていることも知っていますが、既に私が過去記事エレナ・ダナーンと複数人格の可能性について (About Elena Danaan and the Possibility of Multiple Personalities)にも綴った通り、彼女の中に複数の人格が潜んでいる点に留意して一連の動画を観ている方々は、エレナ・ダナーンが動画のような言動に及ぶ理由もプロセスも既に理解されていることと思います。
 

 
虚言者に対する強い警戒心と免疫が既に備わっている私にしか、分かり得ないことが多々あります。それは一言で言葉で説明することがとても難しいのですが、エレナ・ダナーンの会見(セミナー?)の中に映し出される彼女の目の動き、手の動きや口の動きから察知出来ることが複数ありました。
 
該当の 動画 の中に登場した「ソーハン・エレディオン」も「アヌンナキ」も、その名称を語る彼女 エレナ・ダナーンの第二、第三の別人格であると考えると、その二人が自由自在に彼女の中を出入りしあたかもエレナ・ダナーンが高次の存在と交信している様な演技が、エレナの中では演技ではない‥ と言う確信に到達する理由やプロセスについても、何も私がここで力説せずとも動画をご覧になられた方々の中に既にエレナ・ダナーンの多重人格説を裏付けることは容易だと思います。
 
 

 
きっと来る、きっと現れる‥ と彼等疑似チャネラーや疑似コンタクティー等が語る現象の何一つ、実際には起きていません。
注意すべき点は「既に起きていることに気付いていない。」とか、「あなたは目覚めていない。」等と言う暗示に呑み込まれてはいけないと言うことです。
 
大方人は夢と現実の見分けは付く筈です。時折それが混とんと曖昧になる瞬間も無きにしも非ずですが、夢は必ず覚めます。そこで真実がどちらの世界なのか、人は必ず気が付きます。
それを「あなたは未だ眠っている。」等の暗示をロマンティックな目をした女性に囁かれる内に、その暗示の方を真実だと勘違いさせることこそ、疑似コンタクティーや偽物チャネラー、或いは教祖願望の強い宇宙崇拝者の思うツボです。
 
自分自身の皮膚感覚の方を信じてみては如何でしょうか。

 
さて現在私は自身の創作活動の肉付けをする為、「花島ダリア」と言う別名を用いて音楽評論活動を続けています。未だ活動期間は浅いですがそれはあくまで「音楽評論家」の看板を実社会に掲げてからの時間の問題であり、既に私は9歳で自分自身のミッションを認識して今日に至ります。

前職期間中も私は前進を止めることなく、その時の仕事に必要な音楽以外のもっと大切な音楽に触れる時間の方を優先して生きて来ました。その積み重ねが現在の私です。
準備期間は十分に経て来たので、これからはそれを現実世界に刻印して行く段階に在ります。

 
私はとても多面的な人間で、そのことが原因で家族や親族からも長年排除され続けて来たわけですが、今は彼等の多くが土の中。ようやく私はやりたいように自由にやれる人生を、取り戻しました。
本当の自由を取り戻すまでに、58年近くを要しました。
  
渡米した時にその足でメキシコに渡り、私は三人の姉妹の占星術師から幾つかの予言をされました。
その内容についてはここでは省略しますが、概ね彼女たちの言うヴィジョンが今現実になっていると言っても過言ではありません。
私にとってもとても印象深い三姉妹の占い師たちだったので、彼女たちのアドバイスはとても大切に心に刻んで今この時を生きています🔮
 

少し話題が脱線しますが‥。
今年の半分を実は、私は或るガールズグループのアドバイザーとして時間も労力も費やしていました。お陰様で彼女たちは今や飛ぶ鳥を落とす勢いで大ヒットしていますが、その状況に至るまでの私の仕事を先方の所属事務所関係者数名に過小評価されたことが理由で、今年の5月に私はそれらの仕事から全撤退しています。
そもそも一連の作業に於いては仕事として始めたことではなく、とても個人的な繋がりの中で生まれた一連の流れだっただけに、仕事で受けた痛い代償よりも心の傷が深く残ったようにも感じています。
 
‥そのまま立ち止まっている暇すらなくて、その足で転居後から約一年間放置していた旧宅の大掃除に入り、それもあと少しで一段落するところです。
 
現在の私は一日の半分以上を音楽の試聴や音楽評論の素材探しに費やしており、その他は主にSNSを通じたメッセージのやり取り(あくまで個人的なことが最優先)に集中し、世の中の状況をそっと静観している状態です。
 

今一番の癒しは、相方と美味しいご飯を食べに出かけること。本当にそれだけが続いて行けば、自分も相方も共に人生が穏やかに進んで行くと信じています。
 

 
相方と話して行く内に、過去世の私の一人がフランスはセーヌ川に眠っていることが分かりました。その話を最初に聞いた時何故か私の中に違和感が全く芽生えず、むしろ今の自分自身の性格や言動と見事に符合する人物だと言う安堵感がありました。
恐らくそれは世界中誰でも知っている人ですが、この記事ではその人物名には触れずに居たいと思います。
 
当面私は『花島ダリア』として、ブログ花島ダリアの音楽評論の執筆や他のアーティストの音楽を聴くことに集中することになりそうです。
TwitterはDidier Merahと花島ダリアの両輪で、運転を継続して行きます。
 
日々の二つの私を覗きたい方は是非、両Twitterをフォローして静かに私の言動を眺めていて下さい✨
 

 
 

[解説] “Whiteout” – Didier Merah

丁度先ほどTwitter越しにどういう風の吹き回しか、ジャズピアニストの上原ひろみ「Whiteout」と言う曲を「世界にはこんなに素晴らしい曲が沢山ありますよ。」等と言って唐突にポスティングして来た人が居た(笑)。

折角ご紹介頂いたので、一巡して聴いてみたが‥。
 

 
先方は私に対して何かの当てつけでこの曲のリンクを送って来た‥ それ以外の動機は考えられないが、作曲者同士を比較して何が楽しいのか。と言うよりDM送信者は盛んに私の「知名度」と「企業努力のなさ」等を訴えて来る。

同じDM送信者(らしき人物)はアカウントを乗り換えながら、さも多くのリスナーが私に対し上記に述べたような同様の印象を持っている‥ かのように書いておられるが、正直なところ私は、今現在の音楽シーンを下支えしている、ある種リスナーとして面を露出している人々には一切用がない(笑)。
そういうリスナーの大半がライブやコンサートの為ならば平然と飛行機にも乗り、爆音型高速鉄道にも乗車して移動を辞さないような人たちなのだから、きっとあの危険なワクチン等も接種している種族だと思われる。

何れその種の人々は、段階を追って地球からは姿を消すことになるだろう。
私はむしろその後に、それまでそっと息を潜めて生き延びて来た「静かな人々」に接近し、地球及び地球外に持ち出せる静かな音楽でそれまでの地球の音楽史を塗り替えて行きたい。
私はその為に、この困難な時代の中で一時的に活動を止めて今日に至る。
 

問題のアカウントとはその後も少しだけメールのやり取りがあり、段々と先方の嫌味が増して来たのでそこでメールを止めた。私が平伏し、客商売に徹する他のミュージシャンのように振る舞わないから、きっと不満が堰を切ったのだろう。

その後その流れでツイートした長文を、この記事にも転載しておきたい。
(以下Twitter本文より)
 

 
この作品は2021年にリリースしたアルバムHeavenに収録されている。
 
実はこの曲のタイトルがバグの影響だったのか、末字の「t」が抜け落ちたまま全てのサブスクに配信されている。
夫が最終チェックをした時は確かに「t」は抜け落ちてはいなかった。私も目視しているので、これは明らかにバグだが、それも含めてこの作品の「Whiteout」の絶妙に暗示めいたものを感じてならない。
 

ここで描いた「Whiteout」は、人類のホワイトアウトを表現したものだ。つまり「今」現在の状況を予言した作品と言える。

希望と絶望、前の見えない未来‥、まさしくホワイトアウトがこの作品で脈々と描かれている。

 
音楽的には音色の繊細さと、あるべき音やハーモニーを限界ぎりぎりまで温存させる為の長いペダリングに注目頂きたい。

楽器のアタック音のうるさい動作を一切用いずに、聴く人の心拍数を穏やかに下げて行く速度感は、この時代の音楽に相応しいだけではなく未来のクラシック音楽として長期間残り続け、そしていつか宇宙からの来訪者に向けた音のギフトとしても最適だろう。

何もかもが消え行く吹雪の風景になぞらえた、実は「消え行く人類」についての預言(予言)をそっと綴じ込んだこの一曲は、音の未来予知と言っても過言ではない。
 
本文はここまで。
最後に私 Didier Merahの「Whiteout(サブスクでは全て表記の “t” が抜けている)」を掲載しておく。
 

 

Silvia Pérez Cruz – Nombrar es imposible (Mov.5: Renacimiento)

シルビア・ペレス・クルスは、現代カタルーニャ音楽を代表する歌姫だ。職歴欄には「40才の歌手・女優」と書かれてある。

どういうわけか私は歌手が歌う歌よりも、女優が描く音楽の世界が昔から好きだった。

女優と言う生き物はどのような世界に居る場合に於いても、どこか一歩引いた俯瞰目線を持っているように思う。その「一歩引いた感覚」が歌手にありがちな強引でエゴイスティックな表現からうんと遠ざかり、「いつでもこの世界から私は逃げ出せるのよ‥」とでも言うような、ポジティブな意味合いでの「引き」の表現がきっと私にとっては心地好いのだろう。

そんな彼女 Silvia Pérez Cruz(シルビア・ペレス・クルス)が2023年3月3日に配信した動画 『Nombrar es imposible』 がとても美しい。
  

 
『Nombrar es imposible』 のMVは、ハバナ(キューバの首都)を舞台に繰り広げられる。
忙(せわ)しさとは一線を画したこの動画の中の時の流れが、兎に角心地好い。少しノスタルジックにカラグレされた動画の彼方には今ではない、どこか過去の思い出の中にしか存在しないような海や街の風景が広がって行く。

それらはもうどんなに頑張ってもあがいても手に入れることの叶わない、遠い時代の夢を見ているように美しく居心地が好いのだ。

シルビアはスペイン出身の歌手だが、よく聴いているとどこかフォルクローレとかアルゼンチン・タンゴ等のエッセンスを感じてならない。
この曲では分からないが彼女の過去作品を捲ってみると、特にフォルクローレ色の強さを感じる幾つかの作品に出会うことが出来る。
 

 
音楽は、極力先入観を捨てて聴くことが望ましい。

例えばこの歌手 シルビア・ペレス・クルス の生い立ち等を含む人物情報を先に頭に叩き込んでから彼女の作品に接すれば、どうしても先に文字で読んだことが脳裏をもたげるから彼女の作品はリスナーの中で頑固に「スペイン音楽」と言うフィルターの執念に、結局のところ振り回され続けるに違いない。

私は彼女の生い立ちについての情報を、この記事を書き始めるまでは一切読まずにいた。勿論シルビアの音楽に触れるのは今日が初めてだったので、それが出来たのかもしれない。

だとしてもどこどこの国の何と言うジャンルを演る人‥ 等と言う先入観が時として、音楽を正確に把握する上では仇となることが多いわけで、私は音楽評論家として知識よりも感覚を重視しながら評論する数少ない音楽評論家の一人で在りたいので、したり顔で知識人ぶらないことに決めた上で、今日に至る。
 

 
今私は上に掲載した彼女の過去アルバム『Farsa』を聴きながらこの記事を執筆しているが、M-12intemparieはどこか美しい表現に凄まじさが加わって激しい。
バックは何と、フレームドラムだけ。そこに彼女のヴォーカルが淡々と乗って行く。

不意に、メソポタミア文明時代の神殿が目の前に広がって来て、時間の感覚が喪失して行く‥。

歌詞に興味のある人の為に、Linkを貼っておくので、是非和訳にトライしてみては如何だろうか‥。
神話のような内容の歌詞が私に、メソポタミア文明時代の過去世の記憶をインプレッションした可能性を捨て切れない。

https://genius.com/Silvia-perez-cruz-intemperie-lyrics

 
この一人の音楽家を語るには、まだまだ時間が足りない。だが私はこの後にもう一つ用事を抱えているので、そろそろ執筆をお開きにしたい。

この記事の最後に記事タイトルの曲Nombrar es imposibleのMVを掲載しておく。
タイトルを英訳すると「naming is impossible」と翻訳される。「名前を付けるなんて無理」と和訳すれば良いだろうか‥。
 

表現分析 [対比: 藤井風 対 Luxid]

この秋、藤井風の「死ぬのがいいわ」が世界的なヒットを見せている、そんな話をあちらこちらで聞くようになった。
確かに私も一時このミュージシャンにスポットを当てていた時期もあったが、言葉にならない違和感と私自身の事情も折り重なり、暫くの期間、藤井風から意図的に遠ざかっていた。
 
※私が対象を決めてその対象に光を当てた時、対象は実力以上の世のスポットを浴びることがこれまでにも多々起きている。
若かりし頃は私の、そんな自身の特性(特技)を乱用していた時期もあったが、今は自分自身の感性に集中する時だと感じたので、ずっと継続していたSpotifyの「世界の新譜」チェックも止めている。

 

 
そんな中2022年の秋、藤井風が立て続けに自作曲のPVを世に放った。一曲はgrace、もう一曲は死ぬのがいいわのビジュアル版YouTubeだ。
 
正直graceがリリースされた時点で私は藤井風の動画評論を出す予定だったが、どうしてもその内容に「書いてはいけないもの」が含まれていた為、公開を見送った。
※上に綴った「書いてはけないもの」は人の運命や未来(予知)に触れる内容を意味し、流石に音楽家として放ちたくても放てない場合も出て来るのは致し方ないのだが‥。

 
藤井風のメロディーメイクには一つの個性(藤井らしさ)があり、それは彼の基礎教育にきちんと裏打ちされているので、聴いていて伸びやかで華がある。
だが初期の藤井風と最近の彼とでは表現にかなり差があり、私が好きだったのは藤井風と言うキャラクターが商品として確立する前の、活動初期の風通しの良かった頃の藤井風の方だ。
 

 
藤井風の死ぬのがいいわのヴィジュアル版YouTubeを見た時、個人的にはこの動画がこの世にあってもなくても良い、つまりどうでも良いものと言う印象しか持たなかった。
むしろこのモノクロームで彩られ「毒」感満載な演出はある意味、今の世情をよく表している。
どこかダークサイドに身も心も乗っ取られたようなこの演出が、健全に生きようとしている若者に悪さを仕掛けなければ良い‥ と言うある種の危機感を感じた私の感覚は、あながち間違ってはいないような気がしている。
 
藤井風の、どこかしこに「death」な臭いをプンプン臭わせながらのこの動画のカムバックの背景には、一体どんな意図が込められているのか‥。
そしてこの動画を見た藤井ファンの熱いレビューをTwitterの中で数多く見かけたが、今の日本で問題視されている「教祖化」に似たカリスマ性の強化を狙ったものだとしたら、手口が余りにも巧妙過ぎて薄気味悪い。
 

 
そんな風通しの悪さをいとも簡単に吹き飛ばしてくれたのが、この人 Luxid と言う青年の藤井風のカバーYouTubeだ。
彼のInstagramのプロフィールには、こんな一文が添えられている以外は正体が分からない。

I wish to make music that carries true emotion.
 


Luxid がカバーした藤井風の「死ぬのがいいわ」の動画が、上の動画。冒頭のピアノの演奏が上品で、音色に華がある。
そしてヴォーカルが上に乗っかってからもバックはかなり控え目で、計算や作為が一切施されていない Luxid の歌唱表現が、言葉にならないくらい風通しが良いのだ。
 

恐らくこの風通しの良さは、Luxidの「引きの表現」或いは「足さない表現」が生み出しているものであり、これが維持出来るのは彼が「営業」や「マネタイズ」に対する欲求を間に挟んでいないからだと言えるだろう。
 
プロの手が全く加わっていない為時折日本語の発音ミスも見られるが、そんなものはどうでもいいのよ‥ とリスナーを説き伏せてしまう、Luxidの「素」の見せ方が初々しく眩しい。
藤井風も活動前半にはこの「初々しさの美」を持っていた筈だが、「きらり」で一気にメジャーの舞台に躍り出た後から様子が一変し、現在益々ある種の悪の技巧に磨きが掛かって来た感じは否めない。
 
体に毒だと分かっていても時々無性に食べたくなるなんとかチキンとか(笑)、なんとかバーガーは一個食べれば十分だ。最近の藤井風の表現にも、同様のことが当てはまるだろう。
なので初々しさ全開の Luxid の藤井風カバーに触れた時、正直初恋の味がして泣きそうになった。
 
本記事は藤井風 対 Luxid の表現分析の対比に焦点を当てて書いているので、Luxidのオリジナルのピアノアルバムについての評論は割愛させて頂くとして‥。
 

 
この記事の最後に、やはり藤井風と言えば「コレ!」的な「きらり」の両者の動画を貼っておきたい。
藤井の動画には、あえてLive動画を選ばせて頂いた。その方が比較がし易いと思うので。
 

計算され尽くした「商品美」と、とことん無計算の自然体の美。さて、あなたはどちらがお好みですか‥❓
 

 

音楽評論メモ: 山下達郎(Tatsuro Yamashita) – Loveland, Island Cover by T.Y.Kim

実はずっと待っていた、韓国在住のTae Yoon Kimさんのカバー曲の更新。
やっぱり山下達郎で来たか!と言う感じで、特にこの作品は原作者の達郎よりも清々しく風通しが良い感じが私は好きです。

夏全開!と言うより、秋の始まりを思わせる新たな解釈がノスタルジックで美しいです。
どうしても原作者が演ると、どことなく暑っ苦しく鬱陶しくなって行くので、Taeさんの萌えネジを一個減らしたようなマイナス感は私のツボでした。
 

出来れば早くTae氏のオリジナルの音源が聴きたいところですが、彼の「Japanese Cityポップ愛」が深すぎて、なかなかオリジナル作品に舵が切れないでいるのでしょうか。
ちょっともどかしい‥。
 

 
実は‥。
さっき久々に藤井風の新譜damnを聴いて、何とも言えない「汚し」感が楽曲全体を不潔に染め上げてしまっていたので愕然としたばかり。
Tae Yoon Kimさんが同じ道を辿らぬようにと、ただただ祈りを捧げたくなります。
 

Taeさんには、永遠の青年で居て欲しい。
そして早くTaeさんが自身のオリジナル作品に辿り着くよう、とにもかくにも手を合わせずにはいられません。
 

 
TaeさんのYouTube: https://www.youtube.com/c/TaeYoonKim/featured