[アラサーだって踊りたい。] Dance Cover – XG – MASCARA

Hip Hopとフォーメーション・ダンスは最早、若者とイケメン(イケジョ)の特権ではなくなったと言う比較検証記事。
この肉付きの良い「モリモリ食べる」系のアラサー男子が音楽が始まるや否や豹変する、ある種の「野生の証明」は圧巻だ。

扱う楽曲(本記事では)は韓国に本拠を置く、実は日本のHip Hopグループ [XG] がこの夏にリリースした「MASCARA」。
 

XG

 

“泣きたい時に泣く – Cry when I want to – “
“私のマスカラをいじらないで – Don’t mess with nt nascara – “

MASCARA

 
この部分がサビでキャッチーに響いて来るが、むしろ元のPVよりもアラサーだって踊りたい。の肉付きの良いオトコたちが容赦なく気の強そうな女を演じているからこそ、どういうわけか彼等の目元にマスカラが光っているのではないかと言う錯覚を誘発させるのは何とも不思議である。

その衝撃的でいとをかし‥ な動画が此方。⇩
 

 

私の記憶が間違ってなければ彼等「アラサーだって踊りたい。」の面々は日中は各々が会社勤め等をして、終業後にスタジオに集まって練習を重ねているようだ。
その為動画配信の間隔が約一ヶ月スパン‥ と長めではあるが、今回の「MASCARA」では遡ること一ヶ月前に公開したLE SSERAFIMの ‘FEARLESS’ のダンスカバーより明らかに、フォーメーションの位置もダンスのキレも質が向上していることにお気付きだろう。

最早ダンスはイケメン・イケジョの所有物を逸脱し、万物に平等の娯楽なのだと彼等「アラサーだって踊りたい。」の肉付きのすこぶる良い野獣たちがそれを主張する。
 

同じ音楽、同じダンスの元を超えられるのは、それらを扱う条件の良い素材に限られる‥ と言う常識や前説を呆気なく蹴っ飛ばし、野獣演じるダンスカバーの方が原作かもと言う錯覚を視聴者の脳内に引き起こし、最早放映事故スレスレの映像を奇跡に転じて行く様は人種・職種・価値観を超えて圧巻だ。
 

  
上の動画は原作の方(笑)。
確かによく見るとスラリと足の長い、そして容姿端麗な麗しき(しかも目つきの悪そうな)女性たちが歌って踊っているが、不運にも私は先に「アラサーだって踊りたい。」の動画を視てしまったので、何回元の [XG] のダンス振り付け動画を視ても全く内容が頭に入って来なくなった。
 
これは最早事故であり、しかも [XG] にとっては計算外の不具合が起きてしまったと言っても過言ではないだろう。
 
「アラサーだって踊りたい。」が2022年6月28日に公開した動画 ‘FEARLESS’ でも、似たような現象が起きているが、明らかにその一ヶ月後の「MASCARA」の方が不具合のクオリティーが増している。

 
と言うわけで、この記事の最後に「アラサーだって踊りたい。」のダンスカバーが元のダンス動画をまつ毛一本分リードし始めた問題の動画 ‘FEARLESS’ を、この記事の最後に貼っておく。

何度も言うが、ダンスは動いている間のキレやスピードより、静止する時のキレがものを言う。その点を頭の片隅に留めながら、各々の動画を楽しんで頂ければ幸いである。
 

[音楽評論] NewJeans (뉴진스) – ‘Attention’

韓国から又、とんでもない女性グループがデビューした。

彼女たちはNewJeans。韓国人4人、ベトナム人1人の多国籍女性アイドルグループで、事務所である『ADOR』の後ろ盾にあの巨大事務所『HYBE』が聳え立つ。

一見ただのアイドルとしてお披露目されているが彼女等のパフォーマンス能力はかなり高く、ともすると背後の事務所『HYBE』から今年初春にデビューした先輩格の『LE SSERAFIM』の実力を総合的に遥かに上回ると、私は見ている。
 

LE SSERAFIM

 
売りとしては『LE SSERAFIM』の方が「計算し尽くされたミドルエイジの女性たち』。化粧からファッション、そして表現~楽曲に至る全てがこなれており、全体を通じて「かどわかす」演出を主軸に置いている。
一方『NewJeans』はそのネーミングの通り、極力「素」であり無計算で素朴さを前面に押し出しており、ノーメイクに見えるすっぴん感覚+「太陽の似合うティーンエイジ」の演出を主軸に置いている。

‥とは私個人の見解で、ひょっとしたら事務所は違う計算をしているかもしれないが、傍から見ると恐らくそう見えるように全てが念入りに意図されたように見える。
 
皮肉にも『LE SSERAFIM』はどのパフォーマンスに置いても「脚」の露出が多いのに対し、若手の『NewJeans』はむしろ体の線を隠すように演出されていることに気付くだろう。
 

NewJeans

  
NewJeansのデビュー曲Attention、これがかなり凝ったコードプログレッションで書かれており、途中ディスコードの上をコードをあえて外したメロディーラインが這って行く辺りに、NewJeansをプロデュースしている運営の強い拘りと音楽に対する英知の結集を感じてならない。

歌詞は英語と韓国語の両方をラップ形式で織り交ぜる感じで出来ており、楽曲としては古き良きブラック・コンテンポラリーの、どことなくジャネット・ジャクソンが好んで歌いそうな印象の楽曲に仕上がっている。
 

因みに『Attention』のクレジットは、以下のようになっている。

作詞 : 서지음
作曲 : Justin Reinstein・이우민 ‘Collapsedone’・Anna Timgren

 

 

‥と、凄いのはここから先だ。
この難易度の高い楽曲『Attention』をNewJeansがLiveチャンネル『it’s Live』で、生バンド(ベースは原曲の打ち込み)に乗せて歌唱している。
原曲のディスコードになっている箇所を見事に、ディスコードのまま音程を外さずに歌い切っているところがおそらく、事務所も認める彼女たちの本領に違いない。

確かに全員が両耳にインカムのイヤホンを装着して歌唱に臨んでいるが、それだとしても普通はこのメロディーを正確に、しかもしっかりと表現をそえて歌唱することはかなり難しい。
だがNewJeansの5人にとってはこんなことは、きっと朝飯前なのだと言わんばかりに皆が笑顔を崩さない。

殆どすっぴんに見える5人が全員ロングヘアーをなびかせ、原曲とは異なるバンドアレンジでしかも振り付けを封印して「演奏」に集中している様は、ただただ圧巻だ。

その圧巻の『it’s Live』での彼女たちのパフォーマンスともう一つ、『HYBE』が満を持して世に送り出した先輩格の『LE SSERAFIM』のデビュー曲『FEARLESS』のLiveの様子を、この記事の最後に貼っておきたい。
 

※『LE SSERAFIM』は最初メンバー6人でデビューしたが、途中でキム・ガラムが脱退に至った(2022.07.20)。
 

追記として、両者のパフォーマンスよりも楽曲の出来栄えに注目して聴いて頂きたい。
事務所の力の入れ方としては『LE SSERAFIM』が胴体一個分リードしているように見えるが、楽曲はその逆かもしれない。
その辺りも含めて是非、両方共にお楽しみ頂ければ幸いである。

 

 

[音楽評論] INI – “Password” / 衰退を始めたK-Popとそれを真似るJ-Pop

かねてから超絶なダンス力で日本国内をブイブイ言わせていた男性韓流式EDMユニット「INI」が、3rd シングルPasswordをリリースした。

既に2022年4月にリリースされているCALL 119で圧倒的なパフィーマンスに次いで、優れた楽曲(勿論音楽陣営の力)に注目していた私は半ば楽しみに3rd シングル「Password」のPVを拾いに行ったが、正直なところお話しにならないぐらい表現が緩く怠く、アウトラインがブレたようなような印象を持った。
 

 

どうしても韓流EDMユニットと言えば思い付くのが東方神起。
印象的な一曲を挙げるとすればやはり、Why? [Keep Your Head Down]一択だろう。この作品については楽曲・構成・速度・振り付けから演出まで全てが秀逸で、ブレがない。
 

  
勿論両者は見比べるものではないことなど重々承知だが、楽曲やコンセプトがかなり類似しているので、プロジェクトとしては「どうぞ見比べて下さい。」と言う暗黙のメッセージ(企業戦略)が込められているように見えて仕方がない。
むしろそうやって「INI」と言うユニットのイメージを東方神起のパワーにあやかって印象操作をし、視聴者やファン層に混線を引き起こすことを「INI」のブランディングに利用したかったと見て間違いない。
 

だが如何せん、東方神起は韓流男性EDMユニットの中で超越している。ダンスを例に取れば、動きが止まった時のストップモーションのBodyのアウトラインは、マイケル・ジャクソンに引けを取らない。
ダンスに於いて最も難しいのがこの、ストップモーションのポージングだ‥ と言うことは、私がかつて深く関わっていた5人組のダンス・レッスンでも滾々と聞かされたので今でも忘れることが出来ない。

その意味では「INI」は全てに於いて、緩すぎる。と言うよりだらしがない印象が強い。
生活自体が恐らく緩慢で、普段の動作に於ける注意力が散漫なのかもしれない。それがダンスやヴォーカル力、全体の印象に悪い意味で見事に反映しており、楽曲のシャープさが冴えれば冴える程露骨に欠点として表れてしまう。

プロデュース陣はこの事に、おそらく気が付いていないだろう。もし気が付いているとしたら3rd シングルPasswordは明らかに選曲・企画ミスであり、万が一この楽曲をシングル化・PV化するのであればもっと彼等の全てをシェイプアップする必要が生じた筈だ。
 

  
この、何をやっても何処を見ても、何処から切り取っても「ポワン」とした線の緩さを修正しない限り、「INI」がどんなにアクロバティックなダンスを今後披露したとしても売れ線には乗っては来れないだろう。
メンバーの誰一人がけして肥っているわけではないのに、正直これは見ている側が頭を抱え込む程の残念感・倦怠感しか印象に残らない。

売れたいから歌を歌い、ダンスを踊る。これではダメなのだ。
 
何に向かって語り掛け、何に問題意識を感じ、何を祈りながらその課題に取り組むべきか、何よりがむしゃらさが「INI」から全く感じられないのに背景だけをシャカリキに作り上げたところで、全ては逆効果だ。
 

何より彼等は生粋の日本人であり、韓流風に寄せて真似て作り上げているところが大問題だ(笑)。
そうでもしなければ今の日本のポップスでは勝負が出来ないのか、むしろ韓流に企画や演出を寄せれば寄せる程日本の音楽シーン或いは芸能界自体の劣化を世界に露出することになりかねないので、運営陣はその辺りにもかなり注意を払って今後の企業戦略を練る必要があるだろう。
 

とは言え、そもそもが韓国のオーディションで開拓された日本人による韓流風男性EDMユニットなわけだから、最初っから「物マネ」を使命に背負って生み出された模造品には違いない‥。
 
 

IVE Rei

  
若干話題から脱線するが、最近私が注目しているのが韓流女性グループ「IVE」のラップを担当しているReiさんだ。
彼女も生粋の日本人だが、日本語は勿論韓国語と英語の合わせて三ヶ国語で華麗な今どきのラップを披露してくれる。そのラップのリズム感がシャープでタイトでよどみがなく、ラップに合わせた体の線や動きが悉く美しい。

この記事の〆に、彼女のラップのショート動画「Hiiigh (English ver.)」と、同じ曲の三ヶ国語バージョンの両方を貼っておく。
 

  

K-Pop “Heize”と音楽のソコヂカラ

以前から大好きでウォッチしていた韓国のシンガー・ソングライター “Heize” が、新曲『일로 (Undo)』をリリースした。
『일로 (Undo)』シングル曲アルバムタイトルの両方で更新され、特にシングル曲の『일로 (Undo)』は楽曲として秀逸と言っても過言ではないだろう。
 
タイトル『일로 (Undo)』は和訳すると、どうやら「なかったことに」と言うような意味になるようだ。
偶然アメブロに和訳を見つけたので、歌詞の意味を日本語で読みたい方は是非そちらを参考にして頂けたらと思う。
 

https://ameblo.jp/sullun114/entry-12751060771.html
 

 
PVを見ると一瞬「ルックス主義」のカワイ子ちゃん系韓流歌手かと勘違いしそうになるが、それは間違いだ。
さり気なく正確な音程に依存せず、細やかな表現を随所で巧みに使い分けながら、尚且つそれをけっして売りにはしないのは彼女がそれ以上の潜在的な能力を秘めているからだ。
 

多くの歌手や表現者が現れては消えて行くその境界線は、「自ら作品を生み出せる者」と「既に誰かの手によって生み出された作品を再現する者」。そこには大きな段差があり、後世に自身の名と作品を共に残せるのは前者一択と言って良いだろう。
 

私が度々「ライブ」を否定している理由も、ここにある。
勿論「生み出せる人」が奏でる再現音楽は、「生み出さない人」の再現音楽とは全く質が違う。なので私は前者「生み出せる人」があえて挑む再現音楽に於いては、一切否定も拒絶もするつもりはない。
だが作品が生まれるエネルギーは出産時の赤子同様に、羊水から空気の世界に旅立つ瞬間にのみ放たれる特別な力を持つ。なので厳密には作品がレコーディングされた時のエネルギーを、後のライブが超えることはほぼ皆無と私は思っている。

その意味で「ライブ」、いわゆる再現音楽を私は特殊な例を除き、殆ど否定し、拒絶するスタンスを今も変えていない。
 

 
Heizeは新曲『일로 (Undo)』と言うある種のダンス系要素の高い作品を、マイク一本「歌のみ」で勝負に挑むように様々な番組で歌唱している。
勿論バックバンドは打ち込みだが、声は生声で、その都度都度でエフェクトも演出も変えてパフォーマンスに挑んでいる。
 
ダンス・ミュージックをあえてダンスで魅せない、ある種の勝負心を彼女の中に感じる度に、私の評論家魂に呆気なく火が着いて行くのを感じる。
 

 
「生み出せる人」は表現に於いて、いつも限りなく自由で居ることが出来る。
何が正解で何が不正解なのか‥ と言う枠にがんじがらめに囚われることが無いから、いつ、どのタイミングでアドリブを仕掛けようが全ては自分自身の気分でどうにでも料理が可能だから。
 
さながらモーツァルトがコンツェルトの最後の「カデンツァ」の音列を楽譜上では指定しなかったように、モーツァルトは常にその時々の気分や状況に応じて内容の異なるカデンツァを自由に演奏していた。
‥つまりそれこそが即興演奏の醍醐味であり、そうした完成度(創作性も失わない)と即興性の高いライブこそが価値のあるライブだと言うのが、私のライブ美学だ。
つまり完成度も即興性も、まして創作性のどれもが全く当てはまらないライブは、存在価値すらないと言っても過言ではない。
 

 
誤解して欲しくないのは、ここで私がある種「ライブ」の存在価値の有無を説いている真の理由についてである。
 
最近「音楽とビールは生が一番だ」等と言う人達が増えており、どんなにアレンジが悪くても、どれだけ歌唱力が酷くても、それが「生演奏(Live)」であると言うだけで視聴者が勝手に脳内変換で目の前の質の良くないパフォーマンスのグレードを過大評価してしまう。
そういう視聴者の脳内誤動作を出来る限り少なくする為、良いものとそうではないものの理由と境界線を明示する必要を私は強く感じて、こうした記事を書き続けているわけだ。
 

 
さて、この記事の最後に、私が大好きなHeizeの2017年リリースの作品You, Clouds, Rainの美しいLive動画を貼っておきたい。
動画冒頭がその作品である。

どこか小田和正にも通ずるノスタルジーを感じさせる、とても美しいメロディーラインとパフォーマンスを是非ご堪能頂ければ幸いだ。
 

 

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音楽から読み解く世界情勢 [2022.01.19]

かれこれ私は10代半ばから音楽の仕事に携わっているが、これ程までに音楽界全体が迷走している様を見たのは人生初かもしれない。
1991年に勃発した湾岸戦争や、2011年の春に始まったシリア内戦の時でさえ、ここまで音楽界全体が衰退しなかった。だが、今一連の世界的なコロナ・パンデミックがこの世の全ての流れをせき止め、人々の精神や文化の発展を大きく阻害している。
 

こんな時でさえ、あれほど「地球を救済しに行くぞ」と息巻いていたとされるプレアデス星人等の地球への救済は為されず、人類は最早自力でこの難局を乗り越えて行く他の全ての道を絶たれた状態に在る。

特に2021年から現在に至る音楽情勢は危機的であり、世界的に多くの音楽家達が活動の場を追われている。主に舞台表現を得意とするミュージシャン達の前途は暗い。
例えば韓流女性ユニットの IZ*ONE は2021年4月29日で約3年間の活動を終了し、同じ韓国では最強のユニット 東方神起 も2019年以降の目だった活動は無い。
 

 

イタリアはカンツォーネ歌手の Andrea Sanninoオルネラ・ヴァノーニ が比較的インターネット配信での活動に華が見られる他は、全体的に活動や配信に翳りが見られる。
 

フランスはシャンソン歌手の Patricia Kaas(パトリシア・カース) も最近のアクティビティーは無く、唯一 Danny Brillant が昨年 Charles Aznavour(シャルル・アズナブール) の楽曲ばかりをセレクトしたフルアルバムを一枚リリースしている‥ と言う具合に、全体的に見ると一部の、インターネット配信に強いアーティストだけが断続的に楽曲を配信している印象が強く、音楽界全体としてはエネルギーがかなり弱まっている感が否めない。
 

 

フランスで私が長年注目している女性歌手 Enzo Enzo(エンゾ・エンゾ)が2021年に、久々にアルバムEau calmeをリリースしている。アルバム全体がヴォーカル+ギターのみで構成されており、一見シンプル・シャンソンにも視えるが全体を通して聴くとかなり地味で楽曲も冴えない印象だけが後に残る。
 

 

南米でアクティブな活動が見られるのは、意外にもメレンゲ (Merengue) 業界界隈ではあるものの、ラテン全般で見ると以前程の華が見られない。

中でも Elvis Crespo(エルヴィス・クレスポ) 辺りがブイブイ言わせながらメレンゲ界隈の華やかさを高めているようにも見えるが、楽曲の配信数に見合わず作品の質が明らかに落ちている。
 

 

そして最も私が気掛かりだったのは、Sufi(スーフィー)界隈のアーティストの活動が殆ど見られなくなった点だ。

Omer Faruk Tekbilek(オマール・ファルク・ テクビレクMercan Dede(メルジャン・デデ)Burhan Ocal(ブルハン・オチャル)、‥等、Sufiを代表する多くのアーティスト等の活動が2019年以降止まっているように見える。
 

 (⇧の動画、舞台中央の白髪の男性がオマール・ファルク・テレビレク。)
 

カッワーリ界隈からの音も途切れており、Fareed Ayaz(ファリード・アヤズ)Sabri Brothers(サビール兄弟)Rahat Fateh Ali Khan が2021年にかなり音質の悪いアルバムが2枚リリースされる以外のアクティビティーが見られない‥ 等、全体的に活動が低迷している様は否定出来ない。
 

 

クラシック音楽に視点を動かすと、2021年はかのショパン国際ピアノコンクールが1年遅れで開催されたことで若干賑わいを取り戻したものの、入賞した演奏家等のアクティビティーも然程目立っているとは言えず、それもその筈で彼等はオリジナルの作品を生み出して演奏する音楽家ではないので、結局のところは「舞台表現型」の表現手法以外の活動手段を持たないのだからそれも致し方ないのだろう。

ショパン好きはショパンと言う作曲家の音楽を聴きたいのであり演奏家と言う肩書きのパフォーマーに寄り付きたいわけではないのだから、「コンクール」と言うお祭り事が終わった後にはそこに静寂しか残らないわけだ。
 

それ以外のクラシック音楽は、主流を未だに現代音楽から動かしていない。
この物騒な時代にガチョーン!ガビーン!‥ 等と言う破壊芸術的な意味合いを多く含む、激しく痛々しい無調の音楽はもはや無用の長物であるだけに、ほぼ「見向きもされなくなっている」と言っても過言ではない。
クラシック音楽の専門家である私自身がそもそも現代音楽が嫌いなので、一部の現代音楽関係者以外はほぼノータッチと思って間違いないだろう。
 

 

現代音楽からは少し外れるが、私はこの人 Samuel Barber(サミュエル・バーバー)“Adagio for Strings” が大好きで、ベネズエラの指揮者 Gustavo Dudamel(グスターボ・ドゥダメル)の指揮で演奏される以下のトラックを時々聴いている。
 

 

話題が多岐に渡り過ぎるとかえって混乱するので、これでもかなりセーヴしながら記事を書いているが、やはりここのところ活動が活発に見えるのは台湾のポップス関連と、一部の(ジャンルとしての)ブラジル音楽界隈かもしれない。

特に台湾ポップスは全体的に粒が揃っており、業界全体の質が底上げされている感じに視えて来る。
 

 

 

一方ブラジル出身ではないがブラジル音楽にかなり近い表現スタイルをキープしているこの人 Didier Sustrac(ディディエ・シュストラック)[フランス人] も2021年9月に、愛娘をゲストに招いて新作PVを出しており、音楽のクオリティーも比較的高い状態で維持されている。
 

 

フランスから少し視点を動かして「スペイン」の音楽情勢を観てみるが、此方も余り目立った動きが見られない。

女性フラメンコ歌手 Argentina がキューバン・サルサとフラメンコを見事に融合させた新作IDILIOを2020年2月にリリースしている。この作品を中心としたアルバムが近くリリースされると言う噂があったので心待ちにしていたが、結局今日現在までアルバムはリリースされていない。
 

 

こうして全体を見渡してみると多くの「舞台表現型」のミュージシャン達が息を潜めており、諸々の事情で活動自体を停止しながら次の機会を狙っているようにも見えて来る。
 

そんな中、あえてヴィジュアルを出さずに音楽だけをサブスクリプション等から粛々と配信し、ある種の凄みを見せているジャンルの一つとしてLo-Fiミュージックが挙げられる。

 

「Lo-Fi」とは音像をあえてクリアにせず、若干の汚しを入れた音楽作品を指す。ジーンズで言うところの「ウォッシュド」の状態に近く、ある種のヴィンテージ感を出すことで楽曲に古めかしさ等を添え、アナログ感をもたせた作品が多い。

以下は私がSpotifyにスクラップした昨年版の「Lo-Fi」のプレイリストになる。
 

 

書こうと思えばまだまだ多くのジャンルに跨って行くことも可能だが恐らく私が地上ほぼ全体の音楽ジャンルを網羅しているだけに、読む方々の中に混乱が生じる懸念もあるので、本記事はこの辺りで一旦記事をお開きにしようと思う。

本記事の最後に、わたくし Didier Merah の作品を一つ添えておきます。
 

 

 

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KWON EUN BI “Door” レコーディング風景と解説

2021年4月下旬に予定通り活動を終了したIZ*ONEのセンターだったクォン・ウンビが、ソロ活動を開始しました。
その皮切りとなるシングル「Door」は好調な滑り出しで、韓国各メディアの注目度も高いようです。

 


今回この記事のTopに添付したのは、シングル曲Doorのレコーディング風景です。


完成形だけを紹介してああだこうだと論じている記事は他にも複数ありますが、私が注目したのはむしろバックステージで行われていた非常に繊細なレコーディングのプロセスの方でした。

昔々私が未だ業界にひっそりと出入りし暗躍していた頃から歌手のレコーディング風景をかなり多く見て来ましたが、正直なところここまで繊細で表情豊かで尚且つとても穏やかな作業を余り目にしたことがありませんでした。

特に日本の歌謡曲やPopsの歌手の多くが偽善的であり、本編の仕事よりも「気遣い」や「腰の低さ」の方がスタッフのポイントが高く、実際の作業はと言えばさしてパっとしない普通以上でも以下でもないクオリティーである場合も多いのが現状です。
中には熱心さを売りにしている歌手も居ましたが、どこか「何度も何度も果敢に挑戦する(或いは録り直す)姿勢はあくまでポーズで、実際には今もさっきも一つ後のテイクも殆ど仕事としては変化が視られない‥ なんてことも多々ありました。

ですがクォン・ウンビの上の動画を観る限り、全ての同じ個所‥ 例えば3テイク録り直した場合の全てのテイクが違う表現で歌われているところが凄いです。



IZ*ONEでセンターを努めていた頃は正直余り冴えた印象が無かったのですが、ウンビはソロで光るタイプの歌手かもしれません。

よく居るのです。例えばAKN48の前田敦子のように、グループのセンターと言うポジションだと光輝いて見えたのにソロになった途端焦点が定まらなくなってしまったような類いの歌手が。
その点、ウンビの場合は逆で、おそらく今後良い楽曲と良い振り付けに恵まれ続けることが出来れば益々、彼女は華やいで光輝く存在になるに違いないと私は予想しています。

因みに「Door」の作詞・作曲者は以下のようにクレジットされています。

作詞︰권은비、황현(MonoTree)、정호현(e.one)
作曲編曲︰정호현(e.one)、황현(MonoTree)


アルバムOPENを全曲私は試聴していますが、本音を言いますとシングル曲Door以外の作品は余りパっとしません。
恐らくミニアルバムはアリバイであり、シングル曲一本に全てを集約したのでしょう。どっちに転がってもいいように、こういう作戦はままあるので余り驚きません。

振り付けで印象的なのは、途中で猫のような振りが三段階に分割しながら、その合間に爪を立てながら「シっ」と言ってお茶目な顔をする箇所。

 

 

⇧の動画の丁度タイムで0:45から0:51辺り(2コーラス目にも同じ個所が出て来ます)になりますが、この振り付けを考えた人はきっと天才です。

 

 

最後に「Door」のPVらしき動画を貼っておきます。


PVらしき‥ と書いたのは正式なPVが公開されておらず、動画サイトの会社らしきアカウントからのムーヴィーしか出ていなかった為です。
こういう時韓国語が理解出来たら、もっと色々すんなりと調べられるのでしょう。

と言うわけで、この記事は文字発信型SNS「note」新着記事と同期で掲載しています。
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記事: https://note.com/didiermerah/n/n106e478321d4