Tokimeki Recordsのひかりさんが、中谷美紀さん1996年にリリースしたアルバム「食物連鎖」からの「MIND CIRCUS」をカバーしました。
ひかりさんも中谷美紀さんも両者共に甲乙付け難い表現力を持った歌手ですが、こういう時何を基準に音楽や歌を楽しめば良いのかといつも、私なりに苦心惨憺します。
そもそも人の声が余り好きではないのになまじ「歌」に関わる仕事に30年近く携わって来ると、言いたくもないのにうんちくを垂れてしまうのが嫌~な意味での不治の病的な職業病にも思えて来て、正直自分でも笑ってしまいます(笑)。
いつも思うのですが名曲をカバーしたがる人達のマインドには、個人的に興味と疑問の両方が湧き起こります。
音楽はその時、その季節、その時の素材、そしてその時に関わる作曲家の全部の軸が揃った瞬間に命を授かります。なのでカバーや再演時には、「あの瞬間」の鮮度は既に失われていると言っても良いでしょう。
極論、作品をレコーディングした時が頂点で、それ以後は日増しに劣化が進み、音楽は思い出の中で有限の命を持つことしか出来ません。なので出来れば名曲をカバーするのはやめて欲しいなと、個人的には思うわけです。
その意味ではこの「MIND CIRCUS」にも同じことが言えるかもしれません。
やっぱり頂点は1996年、坂本龍一さん(作曲 / 編曲)に売野雅勇さん(作詞)の繊細な世界観が折り重なり、そこにガラスのナイフのような感性を持った当時の中谷美紀さんの声が乗って、原Key(F-Maj)で不愛想に繰り広げられるどこか抜け殻のような彼女の声質がこの作品にはピタっとハマっていたように思います。
但し。表現力の豊かさ、厚みと言う点ではおそらく ひかりさんが 一も二も上手を行っていることは周知の事実です。
これは皮肉としか言いようのない現象ですが、こと「歌」の世界ではこのような皮肉な現象が頻繁に起きているのが現実です。
加齢や声の状況によってKeyを上げ下げする歌手を私は多く見て来ましたが、基本として音楽は原Key(その曲が最初に誕生・歌唱された時のKayの意味)で歌い続けることが理想です。そのKey自体に既に命やDNAの原型が完成していて、それを壊してしまうと楽曲本来のラインが完全に崩れてしまうからです。
同じ洋服をサイズ違いで年月を越えて着続けるぐらいならば、いっそ新品を新調した方が身の為です。音楽の場合は絶対に、そうすべきです。
そして、「もう歌わない」「歌うことをやめる」「この作品を手放そう」と決断を下せるのは、何を隠そう歌手自身です。ズタボロになってから否応なくその決断に至るよりは、未だ輝いている時に撤退することが望ましいと思います。
余談ですが中谷美紀さんが1996年にリリースしたアルバム『食物連鎖』には、名曲が多数収録されています。中でも私が今聴いても良い作品だと思った一曲が「LUNAR FEVER」。作曲は高野宏さん、作詞は森俊彦さんです。
歌詞もなかなか素晴らしいです。
興味のある方は⇨ コチラ ⇦で読んでみて下さい。ゾクっとするような言葉の断片が聴き手を瞬殺してくれること、間違いなしです。
本題のひかりさんの歌唱力や表現については、特に加筆することはありません。良くも悪くも「可もなく不可もなく」と言った感じで、私個人的には「声質が好き」「原曲よりは表現が若干豊かである」と言う意外に特筆すべきことが見つからなかったのです。
上手なのに特に心に残らない歌と言っても過言ではなく、これはもしかすると歌手としては大きく損なタイプかもしれません。下手でも人の心にインパクトを与える歌を持っていた方が、長い目で見た場合には「得をしている」とも言えますから。
ま、私は作曲家タイプの芸術家ですから、表現よりも楽曲がどうなのか‥ に目が行ってしまうのかもしれません。その意味ではこの作品『MIND CIRCUS』はその名曲ぶりから、多くの女性歌手を泣かせ続けながら現在に至るのかもしれません。
良くも悪くも、メロディーセンスの点では「無類の色男」の素質を存分に秘めています。私がもしも歌手を続けていたとしたら、きっとこの強烈な毒牙にハマり込んでカバーを試みて自滅していたでしょう。それ程魅力的な楽曲が坂本龍一氏から連続して放たれていた時代も、もう遠い昔の話です。
少しだけ胸をキュンキュンさせながら、そのWaveに溺れないように私は遠くから、坂本龍一氏の今後とこの作品の行く末を静かに見守りたいと思います。
この記事の最後に、そんな最近の坂本龍一氏の作品の中で気になった作品『andata』をワンオートリックス・ポイント・ネヴァーがカバーした方のYouTubeを貼っておきます。
原作よりも ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー のカバーテイクの方が、精度が高い気がせずにはいられません。感性の問題か、民族的なルーツの問題か或いはその両方の要因が、完全に原曲を押し潰した格好になっています。
特に途中から断続的に加わって来るスチールドラムの音色と若干のオルガンのバックがこの曲に不似合いな分、聴き手に強烈なインパクトを与えて来ます。
なにせ一周も二周も、或いはそれ以上も軌道を巡りながら結果的に全ての要素がバッハに回帰して来る彼等の活動が、過去世バッハの私をゾクゾクさせてくれます。
思わず「お帰りなさい」と呟いてしまいました(笑)。
音楽とは本当に不思議な生き物だと思わざるを得ません。