重苦しい低気圧の真昼。出来ることなら家の中に引き籠っていたい筈なのに、雨に呼ばれて屋外へと飛び出した。
雨が呼んだのは私ではなく、多分私の中の樹、オリジン。アルバム『Sacred Forest』を手掛けた直後から私の中に、一本の古木の精霊が棲んでいる。それは古い古いオリーヴの木、その精霊だ。
私は『彼』を「オリジン」と名づけた。そして毎日必ずその名を一度は声に出し、可愛いうさぎの額を撫でるように優しく優しく自分自身の声帯を愛撫する。すると丁度そこがオリジンの心臓部分にあたるのか、本当に気持ちよさそうにオリジンが呼応するのが分かる。
私の中に棲むもう一人の私。リアルネームに『樹』がある私に相応しい、偉大な同居人が今も私の中に息をしている。
雨音激しい木曜日の午後。勿論自転車など乗ることが出来ない程の大雨だったので大き目の傘をさして、数日前にPARCOで買ったフェルト地の中折れ帽子をかぶって、颯爽と豪雨の街へと繰り出した。
行きたい場所は既に決まっていた。そこは雑居ビルの最上階で、窓から自然の光の差し込むコジャレたアジアン・カフェ。気が向く時には足を運ぶようになり、時々親しい仲間ともそこで密談を重ねている。
まるで私とオリジンの為の舞台のように、雨が激しく降り続く。こんな低気圧の日は頭痛が辛い筈なのに、そういう日に限ってランチのコーヒーが大量に余って余って仕方がないと言って、お店のママが残ったコーヒーを全部私のカップに継ぎ足して行く。
コーヒーもものによっては3杯目になると流石に苦味が増して来るけれど、最近はシュガーもミルクも入れずに飲むスタイルがすっかり板について来て、昨日もそのまま最後の一滴まで飲み干した。
いつもは余り長居をしないアジアン・カフェに、気付くと3時間近く、尾てい骨に根っこが生えた大木のようにそこにしがみついて、湿度の高い木曜の午後を堪能した私。「ランチコーヒー」と書かれた棚にはまだカップ数杯分のコーヒーがしんしんと温まっていたけれど、胃袋にリミッターがかかったようにそれ以上はもう口に入らなくなった。
再び私は雨に呼ばれた。帰宅したら、夫の為の新しいブレスレットを編まなきゃ‥。
ここのところ我が家の色々なものがよく壊れ、先日夫のブレスレットがプスンと切れてバラバラになった天然石をひとまとめにして包み紙にくるんで、メイソンジャーの中にまとめてある。足りない石の部品がそろそろポストに届いている頃だろう。
やらなきゃいけないことのない日に限って、呆気ない程の高速で時が過ぎて行く。