日記まとめ 2026/08/24 ⇨ 2026/08/28

目次

  • 26/08/24(月)『辿り着く』
  • 26/08/25(火)『星とアスパラ』
  • 26/08/26(水)『句会を過ぎて』
  • 26/08/27(木)『苔むす廃墟』
  • 26/08/28(金)『アフタヌーンティー』

 
【26/08/24(月)『辿り着く』】

 

【26/08/25(火)『星とアスパラ』】

 久々の皮膚科通院へ。やはり患部は専門家に診て頂くことがベストで、巻き爪の再発箇所に化膿はなしと言う診断。ならばどのようにしてその患部の痛みを取り除くのか‥ と言うドクターのアドバイスが絶妙だった。
 テーピングの一択。しかも患部を押し上げている肉の部分をテープで巻き込んでしまうと言う遣り方は、目から鱗だった。
 ‥そして痛みは治まる。これで爪が完全に皮膚を押し上げ切るまで様子を見て、そこでワイヤー治療の有無を判断すると言う流れになるのだそう。

 この夏は痛みのパレードを練り歩いた。患部箇所はここでは控えるが、年齢的にはとても不安が生じる箇所に複数。でもその痛みは今日の段階では完全に引いており、代わりに胃痛が出たり消えたり‥。
 加齢とはこういうことなのかと時々我が身を疑いたくなるが、アンチエイジングは逆に上手く行っており更年期の戻り症状があちらこちらに。

 夜、先に購入しておいた歌集「星とアスパラ」を読み始める。
 スっと書いておくが最近SNS/XのTLの大半を非表示にしている。なので相互フォローはしているが私は、殆どのフォロワーのポストを見ていない。愚にも付かないものがTLを埋め尽くしている‥ と感じ始めたのは、今年の6月辺りだったか、一度そう感じ始めるともう色々なことが単純に煩わしいし、多分私自身の表現スキルが向上したのだろうと思っている。

 音楽も短歌も川柳も、本物だけを目にしたい。なので私はそれを自分で決めて、取り入れるものとそうではないものとを振り分けて行くようになった。
 川柳に関しては投句のステージと個数を、そろそろ整理して行く時期に差し掛かって来たように感じている。そして重要なことはそのスタンスだ。
 「如何でしょうか?」とか、「よろしくお願い致します。」と言う姿勢を先ずやめようと思う。本物に「お伺い」は不要だと思うから。これまでXに投句していたものの一部を、noteの「川柳まとめ記事」として格納して行くのが良いだろうと考えている。そして軸足を「ゆに」に固定して行くのが良さそうだ。「ゆに」は私の表現の意図にかなり近い解釈をして頂けるので、頂く評が妙に心に落ちる。
 それ以外は「頼まれたら投句する」スタンスでも支障はないだろうと、今のところは考えている。或いは毎週毎回投句をしない、この高飛車なスタンスに切り替えて行くならばタイミングは今かもしれない。

 さて、「星とアスパラ」をゆっくり捲って行こう‥。
 

 

【26/08/26(水)『句会を過ぎて』】

 今日、21時より某川柳社の句会があった模様。私の句が一つ抜かれているのは知っていたが、何よりプライベートのメールアドレスに招待状が来るので句会に参加が出来ない。
 以前主催者に招待状を送って頂く時のメアドの変更をお願いした筈だが、その後改善が見られない。短歌/川柳用に使用しているメアドに句会の招待状が来るまでは、一先ず沈黙。
 昨日も招待状のメアドがメンバーから丸見えの状態で、しかもそのGoogleアカウントは商品の購入等に使用している個人使用の用途に限定しているので、とても困っている。
 
 まぁつまりは「君は句会には来なくてもいいよ。」と言う事なのだろうと解釈し、何となく句会には顔を出していない。中に立っている選者ともウマが合わなそうで、2026年の9月以降は該当句会への出詠をお休みしようと思っている。

 出詠した人同士が点を付け合う句会のシステムにも、前回辺りから疑問を感じていた。自分が相手に点をあげたらその分、自分の持ち点が減るだけだ。つまり何もしない方が結果が良くなる現在の句会の採点方法は正直、精神衛生上あまりよろしくない。

 音楽をはじめ短歌も川柳も、そして俳柳も、表現したい世界観が決まっている。私が選者に合わせるのではなく、選者が此方のエレメントを読んでくれそうなスペースを今後は選んで行くのがベターだろう。そうじゃなきゃ、余りにも無駄な消耗が増えるだけだから。

 極力捨て句、没句は抑えたい。なので乱射は避ける。日の目を見ない作品は生まない、これは今後の自分の課題の一つになりそうである。
 

【26/08/27(木)『苔むす廃墟』】

 最近廃墟写真の魅力にすっかりハマってしまい、今月は多くの写真集を買って読んだ‥と言うか、眺めた。
 無に向かう廃墟や廃屋には、そこに確かにかつて存在した人びとの生活の痕跡があり、その痕跡があるからこその「退廃」が美しい。

 長年私は幽閉されながら生きて来て、24歳の冬に幽閉生活から飛び出した。顔の一部に亀裂がある状態で生まれて来た私は、その顔の事で親族の輪から外された。両親は私を気狂いだと言い日夜私に暴力をふるい続け、私は誰かに助けて欲しかったからわざと周囲の人たちにそれを気付かせる為に毎晩大声で喚くように泣いた。
 だが当時の法の壁が厚過ぎて、結果誰も私を助けには来てくれなかった。

 私を幽閉に追い込んだ私以外の家族の全員が亡くなり、私は一人生き残った。私を気狂い扱いし冠婚葬祭からも外して最後に母を勝手に火葬した弟の嫁と二人の従妹は未だ生きているようだが、おそらくろくな死に方はしないだろう。むしろそう在るべきだと私は思っている。

 実家の最後はまさに廃墟だった。母が最後は一人で暮らしていたらしいが、家じまいに向かった先の実家は凄まじい状態になっていた。その、廃墟同然の実家のリビングの片隅に、弟(故)の嫁が火葬した母の遺骨の骨壺を置き去りにして行った。それもその筈で、法的には彼女にはそれ以上の事が出来なかったから。

 母の死後間もなく私は、亡くなった母の携帯電話に出た弟(故)の嫁と話をしているが、その時彼女はその後の件について、「静かに弔いたいので後の事は年が明けてから弁護士を通じて‥。」等と言い、その時既に母の遺骨は廃墟と化した実家に起き去られていたことを後から知った。
 勿論母は母で自業自得だとは言え、散々信じた弟の嫁にあんな目に遭わされるとはこれっぽっちも思ってなかっただろうね。

 家じまいを終えた実家には冬の陽が射して、何だか美しい最後を見た気がする。あの時の光景を私は今でも忘れない。余りの荷物の分量にどの部屋も薄暗く、重く、言いようのない罪の痕跡が渦巻いていた。
 家族から私一人を徹底的に排除し続けたあの家の最後を私が看取る事になるとは、父も母も弟も想定外だっただろう。勿論、実家の資産強奪計画を粛々と企てていた弟(故)の嫁の「えり」さんも。

 だがある意味、廃墟は美しい。特にそれが生前を知る人が遺したものの最終章ならばなおさらの事、そこに生命と生存の時間と痕跡を垣間見るから。

 そんな事をひとしきり、思い致した木曜日だった。日付が変われば、楽しみにしていたアフタヌーンティーが待っている。

 

【26/08/28(金)『アフタヌーンティー』】

 今年の春に酷い風邪を引いてから、私は次々と嫌な体調不良に見舞われた。当然予定していた旅行等も全てキャンセルして、自宅での療養に励んで今日に到る。
 人に話せばビョーインに行け行けと言われるのがオチで、あれだけ危険なワクチンを平気で打ちまくるような医療機関に等行けたいものではないので、自分の身体は自分で治すように心掛けている。

 多くの「検査」には盲点があり、医者や病院が儲かる為のステップに過ぎない。患者の身体のあちこちに負荷やらストレスをかけることでそこに病状を発生させ、「さぁ切りましょうね。」と言って医者がメスを握り患者から多額な医療費をせしめる仕組みにすぎない。

 8月最後の金曜日。無事に都内某所のアフタヌーンティーに行けた事がとても嬉しかった。だが、皮肉なことに今度は相方が体調を壊した。日々の祈りの蓄積、それによる睡眠障害からの昼夜逆転で、本当は朝からかなり眠くて疲れていたようだ。お茶を飲んでいる最中も瞼が完全にオチていて、いつものアフタヌーンティーよりは若干早めにホテルを後にした。
 そのままホテルに急遽一泊した方が良いかも‥と思い、相方が席を立っている隙に銀行のサブ口座に手持ちのお金の一部を移動しておいたが、結局そのまま帰宅することとなった。

 色々アクシデントは続いている中のささやかなイベントではあったが、アフタヌーンティーの内容は素晴らしかった。私は胃が弱いので、兎に角頭に「ミルク」が付く飲み物で胃を守りながら攻めのアフタヌーンティーを楽しんだ。塩味の効いた前菜からフルーツ系(桃とレモン)のプチケーキ等、合計4皿を堪能。最後にホテル自家製のトリュフをまぶしたフライドポテトが提供され、何とも言えない味わい深さに泣きそうな喜びを噛みしめた。
 途中から空にも少しだけ晴れ間が見えて、海を見ながらのアフタヌーンティーを楽しむ事が出来た。

 夫にも、そして全てのシチュエーションにも、心から感謝。

 

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note版: https://note.com/didiermerah/n/n5a67896a56b1