かがやき(吉田美奈子さん)

 月が変わって9月。決まっていたところに、先に出詠した諸々が順次掲載されて行く。「選」が立たないところには煙も立たない。誰からの評もない代わりにとても穏やかに物事が進んで行く。
 
 昔から「審査」だとか「選」のシステムが嫌いだった。往々にして無駄に技巧に走る人が上に立ち、表現世界よりも技巧の隅をネチネチといじくり回し始め、結果表現者の思考を徹底的に彼らはかき乱そうとする。それを楽しみとしている人が「選」に立つと、段々と流れは悪い方向へと向かい始め挙句の果てには、そもそもその企画が立ち上がった元の形を変質させて行く。多くの歌会や句会が現状、その状態になりつつあるように私には見えて仕方がない。
 
 そもそも表現を見る目とは、教養と知識、深い思慮や豊富な経験値が求められる。多くの歌会や句会等を見ているととかく承認欲求の強い人が「選」をやりたがり、自己顕示欲をむき出しにしながら参加者の頂点に他党とする姿は見ていて辛くなる。
 あなたにそれだけの審美眼がありますか?と言いたくなるのをグっと堪える代わりに、この秋からは句会や歌会、それにともなうイベントを私が選び抜かなければいけないと感じている。当然出詠数は減るだろうが、その分没句や没歌を極力抑え込む手法を磨いて行くことになるだろう。
 
 好きな選者が立たない句会には、出詠(投句)をしない。この姿勢をさらに強化することになるだろう。
 

 
 そう言えば深夜、キーボーディストの森俊之さんのCDが無事手元に到着した。聴きたかったのは吉田美奈子さんの「悲しみが停まる街」(ラスト曲)だった。最近ジャズに転向した美奈子さんの新譜をSpotifyで見つけ、勿論今回は作曲が森俊之さんではあるものの吉田美奈子さんの「節」が帰って来た。
 
 私は彼女に、SNS上ではアクセスブロックされている(笑)。自分でも理由がよく分からないのだけど、私の言動が彼女の逆鱗に触れたのだろう。そう思っている。私のこの性格と吉田美奈子さんの性格がぶつかり合えば当然起こり得ることだと分かっているので、特に恨んでも憎んでも居ない。

 私には彼女に対する揺らがぬ愛があり、彼女自身の音楽を尊敬している。美奈子さんにもきっと色んな変遷があり、多くのご苦労もあったことだろう。私が辛かったことがあるとすれば、吉田美奈子さんが一時的にでもご自身の音楽を完全に棚に仕舞ってしまったことだった。ジャズとはわたし的には「使い回しの音楽」であり、そこにオリジナリティの期待は皆無。ダラダラとミュージシャンの「回し」と言う名のアドリブが続き、それはこの世の終わり以上に退屈で体たらくだ。私はそういう「ジャズ」と言うジャンルが好きではない、その好きではないジャンルに美奈子さんが転向したことが辛かったが、先日やっと彼女の古巣とも言える彼女のバラードが聴けたことが心から嬉しかった。

 今週は色々ざわつきながらのスタートではあるが、粛々と私は私を生きて行く。
 

 
 
 記事の最後に、今月の短歌冊子うたそらに掲載されているわたくし、七澤銀河の歌/計8首のスクショを貼っておく。
 

 
同記事 note版:
https://note.com/didiermerah/n/n50b0db04afc4