音楽探索 “Black Earth” (Composed by Fazıl Say)

昨日 2023/12/01は2021/12/01に先だった実母の三回目の命日でしたが、母の葬儀が亡くなった実弟の奥様により私には徹底的に内密にとり行われた為、私はじっと母の毒気だらけの圧から身を潜めて静かに家の中で過ごしていました。
 
周辺でざわざわと親戚等の吐息を(霊感のようなもので)感じ取ってはいましたが、兎に角家から出ないよう静かに、本当に静かに過ごしました。
 
一方私の音楽熱はかなり過熱傾向にあり、現在色々なラテンのクラシックから特に最近ハマって聴いているFazil Say(ファジル・サイ)のピアノ曲を注意深く片っ端から聴いています。

Fazilのピアノ作品の中でも特に、“Black Earth” が群を抜いて秀作と言えるでしょう。
勿論作曲者自身が奏でる “Black Earth” も素晴らしいですが、個人的にはウクライナ出身の現役音楽教師 Nataliya Tkachenko(ナタリア・トカチェンコ)が奏でる同曲の表現がとても美しいので、そのバージョンを何度も何度も聴いています。
 
 

 
名曲 “Black Earth” の中には数カ所プリペイド・ピアノで演奏しなければならない箇所があるのですが、自宅に生ピアノを持っていないので私はその箇所を通常の奏法で演奏することに決めて、昨日楽譜を取り寄せたところです。
 
短い記事ですがこの記事の最後に、Nataliya Tkachenkoが奏でる “Black Earth” の音源のリンクを貼っておきます。
この作品を聴いていると、まさに今の地球の悲鳴が随所に散りばめられているようで、少し苦しさも感じます。ですがそれより何より楽曲の美しさが、悲しみや悲痛さを凌駕して行きます。
名曲中の名曲だと思いますので、是非興味のある方は聴いてみて下さい🎵
 
 

 
折角ですので、原作者 Fazıl Say の同曲の最近のパフォーマンス動画も掲載しておきます。
此方は此方で物凄い迫力があり、個人的な好き嫌いなど挟む余地のない素晴らしい表現です。
 
 

 
“X” (旧Twitter) の埋め込みがどういうわけか反映されないので、リンクのみ貼っておきます。
ポスト内容は多岐に渡りますが、是非フォローして下さるとありがたいです。
 
📎 https://twitter.com/DidierMerah

揺らぎ世代と “揺らぐ表現” との関連性 – arabesque Choche

男女ユニットのChouchouから作曲家(男性の方)、arabesque Chocheのニューアルバム “eclogue” がリリースされたと言うので聴いてみた。

最近流行りのアップライトの蓋を全開にして、ハンマーのカタカタ音を入れた音質で全編レコーディングされている。
最新の「世界の音楽」のピアノ部門にも最近見られる、要は流行に乗った形の安易な構成だ。
これは言わばこの音質にさえセットしておけばリスナーを、往々にして「思い出」の世界観の中に誘導出来るので、余り作曲ないしは演奏が得意ではないピアニストが最近こぞって乱用している。
印象としては「過去は素晴らしかったが、今の世界は余りに絶望的だ。」と言う、陰鬱な後味が残る感じで私は好きではないし、この「思い出カタカタピアノ」が冒頭に現れた瞬間曲を変えたくなる(笑)。
 
簡単に言うところの「ピアノのLo-Fi化」であり、要はフォーマルな演奏技術を持たない演奏家の最後の砦とでも言った方が適切だろう。
その中でも例えば Stephan Moccio の新作 “The Sound of Snow” のように、楽曲スタイル自体がLo-Fi化していないしっかりした楽曲もあるが、ならば何故Stephanはこの作品を「思い出カタカタピアノ」の音質で表現しなければ居られなかったのか、わたし的には謎である‥。
 


さてarabesque氏のニューアルバムに話を戻す。
 
楽曲的には目新しいところはなく、全体的に夢の中にぼんやり佇んで居るような印象。
それにしても何故このアーティストは毎度毎度手法を変えるのだろうかと言う疑問と同時に、やはり決定的な欠点は作曲者(演奏者)自身の華の無さだろう。
やはりarabesqueが最も光って見えるのは、相方であるjuliet Heberleがヴォーカルとして参加した時の方だと言える。
     
そもそもゆとり世代の側に近いアーティストだと言うことも、arabesqueの表現や手法の揺らぎの大きな要因かもしれない。要は作風が安定せず、それが作風の一貫性の欠落に直結していると言うことに尽きる。
前作は “no go” のラインでアルバム “Dialogue / Daydreaming” をJulietのヴォーカル入りでリリースしているが、このアルバムの企画は完全に “Lo-Fi” 一択だった。
 


気になったのはJuliet Heberleの声の劣化だ。自身の音域にはない高音を無理矢理絞り出そうとするが余り(恐らくこれはarabesqueの希望によるものだろう‥)に、声が持つ本来の色艶がかなしいまでに損なわれた結果なのだろう。
作曲家とヴォーカリストが夫婦であるばかりに起こる「あるある」な現象の一つとも言えるが、それも企画者或いは作曲者がその観点をしっかり踏んでいれば未然に防げる事故とも言えるだろう。
 
彼等のリスナーを見ていると自分のコメント等を取り上げて欲しい‥ 的な欲求の強い人が多く、Chouchouの二人がウケるようなコメントが多い。ある時は詩的なコメント(レビュー)をわざと投稿したり、又ある時は若干スパイシーでarabesqueやjulietの二人が涙しそうな言葉を選んでSNSにポスティングして行く‥ と言うような。
なのでChouchouの両者は半ば反射的にそんな言葉のマジックに引っ掛かり、それらをさらにリポストして行く間に「ミイラ取りがミイラになる」と言う状況に陥っているようにも見える。

 
先日YouTubeでarabesque氏は新作『eclogue』に因んだLIVE配信を終えたようだが、ざっと見たところ楽曲の説明が大半でさらにはarabesqueはアルコールを飲みながら収録に臨んでいる。
ガチの表現者であればこういう場面で飲酒は避ける。つまり「ほろ酔い」なarabesqueのぐだぐだトークが好きなリスナーしか周りに居ないとも言える、見ていてとても怖くなるような、もしくはとてもつまらないLIVE配信だった。
 


私が最初に彼等 Chouchouを知ったのは、another dawnだった。
原曲バージョンは別にあるがそのバージョンよりも、此方のピアノ一本(ピアノの多重録音かもしれない)とjulietのヴォーカルが織りなす世界はこの世のものとも言えない程の美しさで、尚且つ哀愁漂う歌詞はまるで3.11大地震そのままの描写とも思える箇所が随所に散りばめられ、彼等がこの先大きく日本を代表するユニットになってくれたら良い‥ と心から祈ったものだった。
 


だが彼等にも段々と欲が出て来たことその他彼等の始まりとも言えるセカンドライフの色を払拭したいと言う願いが強くなり、少しずつ彼等本来の軌道をそれて行った感は拭えない。
その後リリースされたChouchouとしてのアルバム『最果のダリア』はarabesqueのメロディーセンスを上手くjulietが際立たせる好い形が反映され、透明感溢れる美しいアルバムだった。
 


だがその後の作品はarabesqueが迷走するような状況が続き、子育て期間中のjulietの露出も少なくなった。
 
arabesque Chocheも自身をクラシックピアノの演奏家に仕立て上げてみたかと思えば、突然EDMのようなダンサブルな作品を放ってみる‥ 等のどっちつかずな状況が続いており、最近は実験音楽がそのまま新作としてリリースされるような状況が続いている。
 
如何なるスタイルであっても作風が壊れない、これが名作曲家には絶対必須だ。
その意味ではarabesqueは色々な条件を変え過ぎており、その変化に作曲者 (arabesque) 自身が追い付いていない感が拭えない。
さらには「ここぞ」と言う時に必ず何かしらアルコールを比較的大量に体内に取り込む悪い癖は、もう断ち切るに断ち切れないところまで来てしまったようだ。酔っ払いのグダ巻きほど、聞くに堪えないものはない(笑)。
それはトークに於いても楽曲に於いても同様だ。真夜中に書いた手紙を翌朝読まされる読者の気持ちに立てば分かると思うが、そのような思いを絶対にリスナーにさせてはいけない。
 

新作 “eclogue” はさながら、arabesque Chocheが綴った真夜中の手紙を翌朝素面(しらふ)の受信者が読むような感じで、一度は目を通しても二度までは読みたくない‥ と言っても良い出来栄えだ。
それでもiTunesの部門チャートでは瞬時的に首位になるわけだから、彼等には相当我慢強いファンが付いているのだろう。勿論それはarabesque Chocheと言う男性ピアノ・アイドルに対するファンであり、楽曲や表現手法等を余り理解していない、かつ比較的身近に遭遇する確率の高さを逆手に利用する類いの、質の良くない方のファン層に取り囲まれているようにも見えて来る。
 
ある意味羨ましく、尚且つとても危うい現象だ。
 

藤井 風 – 花 (Official Video) – 藤井風の死生観

最近多々問題の動画を配信し続けている藤井 風が、新曲花 (Official Video) 』をリリースした。
そもそもサイババの信者ではないかと噂されている藤井 風が放つ新作動画だが、個人的にこの世界観は嫌いではない。

勿論動画全体にお線香とか「黄泉の国」の匂いが充満しているが、見方を変えると今っぽいとも言える。
よくよく考えてみれば現在の世界情勢はどうだろうか?
世界中のメディアやエンタメ業界が「俺たちゃ健在だぜ」と言う主張を色濃くしているのが現状だが、どう見てもそれが嘘臭いことは誰が見ても明白だ。
ディズニー映画等も大赤字を叩き出し続けているし、アメリカの長期ストライキで俳優たちも最近仕事を再開したかどうか‥ と言うタイミングだ。

世界は確実に破滅に向かって進んでいる。それはもう疑いようのない事実だ。
その「事実感」を堂々と臆することなく、しかもライトタッチで表現した一つの例がこのMVではないだろうか。
 


このPVを見ていたらふと、藤原 新也が1983年にリリースした写真エッセイ集『メメント・モリ』を思い出した。
 

 
書籍中身にはそれと思われるショッキングな写真も多いのであえて此方には掲載を控えさせて戴くが、今このご時世、生と死は当たり前に隣り合わせていると多くの人々がそれを感じているに違いない。
 


そう言えば遡ること2011年3月11日、忘れることの出来ない東北地方太平洋沖地震の直後に私もシュールな感性が全開になり、長い期間これに似た光景を夢にも現実にも見せ付けられ続けた。
別名で綴っていた当時のブログにもいわゆる「亡骸」を思われる写真等を掲載したこともあり、その時は多くの見知らぬ人たちに叩かれたものだったが、私の中では全てが現実であり目を伏せては通り抜けることの許されない出来事だと言う認識が強かった。
 

藤井 風の「花(Official Video)」の中でも、ある種それに似た描写がふんだんに為されているのに彼は叩かれない。
知名度と認知度の差とは言え、そういうことがあって良いと言う気にはなれない。‥と言うより、「生と死」も表現の一つと捉えるべきで、視聴者の機嫌によって表現手法を変えるような姑息な表現者の方がむしろ偽善的だと私は思っている。
 


動画中盤では棺桶に入った亡骸風の藤井 風が目を閉じたまま蘇り、花の紋様を纏った衣服で軽やかに自由に踊り始める。
時間が移動し夜間の設定に移り、遺影をバックに焚火を焚いてダンサー4人を従えて藤井が舞う。
まるで、生きている時よりも肉体を脱ぎ捨てた今の方が何もかもが自由だと言わんばかりに、観ている側にもそれが伝わって来る。
 
メメント・モリの書籍の帯に書かれてあるこの言葉が、ふと脳裏に浮かんで来る。
 

本当の死が見えないと、本当の生も生きられない。

 
人が宗教を思う時、それは自身の中の何かしらの迷い、その迷いとの葛藤の逃げ場所としてそこへ向かって行くような気もするが、往々にして人間は宗教以外の目的地を生きる為の焦点に定めることを案外許されていないのかもしれない。
それが両親であったり友人であったり、何れにせよ逃げ場所が「人」である場合程かえって逃げ場所が絶たれて行くようにも思える。少なくとも私の場合はそうだった。
哲学を得よ‥ と言われても皆小難しいことばかりをのたまう書籍や人が多く、私もそこで外側に哲学の理想を求めることには挫折した。
 

たかがJ-Popのたかだか藤井 風。
最近は少々いやらしい表現が鼻に付いていたきらいもあったが、この動画『花 (Official Video)』には好感が持てる。
但し楽曲のクオリティーは?と問われたら、「可もなく不可もないフツーのポップスですね」と迷わず回答する出来栄えだ(笑)。
 
K-Pop界隈もここ数年間は出口を失い、右往左往しながら新作のリリース(カムバック?)の淵を彷徨っている状況で、あっと人の意識を変えて行くような新作を下手に待ち望んで期待し続けると逆にメンタルがヤラれかねない。
期待も希望もほどほどに、今はこのコロナ禍(新型コロナワクチン薬害)の荒波を如何に上手く渡り抜いて行くか‥と言うところに、全人類はフォーカスすることがベターだろう。
 

「最高の安らぎが死の向こう側にしか存在しない」と藤井 風は心のどこかで感じているのかもしれないが、それはあくまで表現の極論に過ぎないと言う観点は捨てるべきではない。
生きて高みに到達する方法を知っているのは人類のごく一握りかもしれないが、それは何かしらの情報を「知る」のではなく精霊が指し示す希望地図を感じ取れるか否かの問題。
 
私もそんな、精霊と近しい人類の一人であるように‥👼
 

予言のメカニズムについて

 
予言について、多方面からご質問を頂きます。
大方の場合「あたるもはっけ あたらぬもはっけ」と言う考え方をする人たちが多く、占いと同様の扱いを受けることもしばしばあります。
ですが私が考える「予言」はそれとは全く、メカニズムが異なります。
 

先ず予言について。
私の思う予言とはしいて言えば、過去のスケジュール帳を捲って過去に起きた事実を掘り起こし、それを過去に遡りその時代に人たちに伝えることを指します。
その状態に至る過程として「預言」と言うスキルを私は使っており、情報源を間違えないよう日々探索/ 確認の努力は怠っていません。

 
如何なる生命に於いても、これは科学や証明同様 [100%] 等と言うことはあり得ません。よって同じ人が同じ内容の事柄をテレパシーを用いて私に送信して来たとしても、そこには大小含め誤差が生じることが多々あります。
これは私たちが生命体であれば、致し方ないことだと言えます。相手が宇宙の高次の存在であっても、相手がプレアデス星団のセムヤーゼであったとしても、或いは相手がライトグレイ種のグレン氏であったとしてもその同様に情報の誤差は生じます。
 
 
「未来から転生して来た人」が語る予言と、未来から時空を移動して来た人の語る予言は似て非なるものだと言っても過言ではないでしょう。
両者は全く別のプロセスに在る存在だからです。
 
私もそうですが、過去世の記憶を持ち越すことはとても難しい問題が生じるので、自力で今世以前の正確な記憶を引き出すことはとても困難です。
よって「未来から転生して来た人」の語る未来像も同様に、実際のその人が語るその人の記憶がその状況と同じである確証に乏しく、情報発信者の主観が多数描写の中に入り混じることが多いので、彼等の話しを鵜呑みにすることはとても危険です。
 
但し時空を移動して未来から過去に遡ってその場所に存在する人の語る予言は、上記の場合よりも正確性(精度)が増すと言えるでしょう。(勿論個人差は何れの場合にも生じます。)
この場合予言者がエゴを捨て、その時その場に居る人々に献身的に接することが条件であり、そうではなく予言者自身が宗教的指導者に成り上がらんと画策する場合も多々ある為、受信者側にむしろ「相手を見抜く目」が必要になって来ます。
 

 
私の場合は予言する内容と相手は選びます。
世界情勢の視点から放つ予言の場合、送信先は不特定多数に設定します。
ですがとても個人的な予言を放つ時は、送信先である相手にも私同様のミッションを持っている場合に発信を制限しています。
不特定多数の人々が多大な重責を負うような予言を知る必要はないと、私は思っているからです。

 
上記でも触れたように、私が放つ「予言」は高次的存在から受信した「預言」と連動している場合が多い為、私はあくまで機材(アンテナ)に徹しています。
そうすることで自らを律し、エゴを持たない為でもありますが、そもそも私は素の場合でもエゴ自体殆ど持たない生き物ですので、仮に私から特定の個人に予言が放たれた場合でも私が先方の思考や行動を制約したり呪縛で閉じ込めたり‥ 等と言うことが起きる確率は極めて低いとだけ申し上げておきましょう。
 

以上「予言」ないしは「預言」に対する多くの質問をこの記事にまとめました。
参考になれば幸いです。
 
 

宇宙考古学者 セムヤーゼが語る「未来の素晴らしい世界」とは

「誰」とは言いませんが、先方と私の発信を見比べながら意識を改めようと試みる人が複数居ることを、ここに記しておきます。
私はあくまで預言者でありテレパシストでもあるので、ここで私が発信する著述内容の主語はあくまで「先方」であり、私はただの機材に過ぎません。
 
ですが機材もアップデートを重ねて行く過程で、機材本来の能力を上回ることもあり得ます。
機材が「生きた人間」であれば機能のみならず感受性や直感力等も同時に鍛えられることになりますから、それが人智を超えた力を発揮することも十分にあり得ます。
勿論「機材」である私が事の詳細を正確にキャッチし、かつそれらの情報を改編したり脚色せずに世に放つことが必須条件となりますが。
 

 
昨日私が日本の明け方頃にアップしたブログ記事を読んだ人の中に、上記の二人の近くに居る(あくまでその方の文字情報にすぎませんが‥)方がおられるようです。
勿論お一人ではなく複数の人たちから私にアクセスを頂いていますが、私が主に先方をある程度信用して直接返信を試みているのは現在「2人」とだけ申し上げておきます。
 
現在も、そして300年後も、プレアデス星団及びその周辺で活動している地球外生命体はある程度限られており、彼等(エレナ・ダナーン/ マイケル・サラ博士界隈)が言う「光側」や「闇側」の両者共に明確な定義は存在していません。
勿論彼等両者共に300歳を超えてはいないので、どちらにせよ物理的に300年後の未来の地球情勢或いは宇宙情勢が如何なるものか‥ と言う証明は、誰にも出来ません。
それは証明する側とされる側の両者の寿命が、圧倒的に短か過ぎるからです。
 
例えば「メドベッド」と言う最先端医療機器の話などもエレナ・ダナーン界隈から頻繁に出ているようですが、それが最先端医療機器でヒトの寿命を圧倒的に延長させる器具であると言う証明は、少なくともその実験の検体となるヒトの300年前と320歳 (少なくとも0歳時点の記録は参考にならないので) の両時点の検体の数値や実物、実物写真やそれが実物であると証明出来る物証が必要になります。
 
まさか上記の両者が、実は未来の話をしていた‥ 等と言うことになれば問題外ですが、彼等が聴衆から金銭を取ってご自身の体験談を話し持論展開をして彼等の狂信的な信者として人々を獲得するのであれば、そのくらいの責任は負うべきでしょう。
 
 

 
さて、ここで一つ(勿論セムヤーゼ女史の許可を得たので)重大な情報をお伝えします。
 

①エレナ・ダナーンが特使として語る「やがて訪れる素晴らしい世界」は、正確には訪れません。
仮に「素晴らしい世界」が訪れるとしたら、そこに地球環境の完全回復と言う観点を無視することは絶対にあってはなりません。

②「素晴らしい世界」を知る存在が、地球上に2種類存在します。それは「象」「ミツバチ」です。
それぞれ各々周波帯は異なりますが、彼等は特定の情報を特定の仲間同士でシェアする能力を持っています。簡単に言えばそれは「テレパシー」と言えるでしょう。
中の一個の個体に偶発的に予知能力を発揮する個体が現れ、その個体が幻視出来る未来をテレパシーを用いて複数の個体でシェアする方法を、彼等は自然のうちに身に着けています。
 
③現地球人の平均寿命は女性で80~86歳程度、男性はマイナス5歳から8歳程度になりますが、その寿命を段階的に延長して行く方法は既に地球上に存在するようです。
残念ながら長生きそのものが現段階では検証期間中であり、メドベッドを始めその他の方法全てのエビデンスが出揃う時期は短く見積もって今から150年から200年を要します。
 
④ [①] で触れた「やがて訪れる素晴らしい世界」が実際に訪れる可能性があるとしたら現時点から約10,000年後になるとの事ですが、それすらセムヤーゼ女史の今の能力と寿命では憶測が難しいとの話でした。
一つだけその状況を確認する方法があるとしたら、今生きて私のブログを読まれている多くの読者と私が10,000年後の同時期に高度な文明社会を持つ世界に転生し、その旨を確認し合うことしかありません。
 
⑤一部で声高に言われている「銀河連合」は、現段階では発足すらされていません。
仮にそう言った団体が発足(設立)されると想定している段階で、300年後の未来には未だその具体的なグループや団体が発足していないこれは、とても重要な証拠になるのでここに書き記しておきます。

 
 

[English translation (by Google translation)]

Now, I would like to share one important piece of information (with Ms. Semjase’s permission, of course).

①The “wonderful world that will come soon” that Elena Danaan talks about as a special envoy will not exactly arrive.
If a wonderful world’ ever comes, we must never ignore the perspective of a complete recovery of the global environment.

②There are two types of beings on earth who know about the “wonderful world.” They are “elephant” and “bee”.
Although each frequency range is different, they have the ability to share specific information with specific companions. Simply put, it can be called “telepathy.”
They have naturally learned how to share the vision of the future with multiple “individuals” using telepathy when one of them suddenly appears with the ability to predict the future.
 
③The average lifespan of people on earth today is about 80 to 86 years for women, and about -5 to 8 years for men, but it seems that there is already a method on earth to extend that lifespan in stages.
Unfortunately, the method of living longer is still under verification at this stage, and it is estimated that it will take 150 to 200 years from now for all the evidence for Medbed and other methods to be available.
 
④ [①] If there is a possibility that the “wonderful world that will come soon” mentioned in ① actually comes, it seems that it will be about 10,000 years from now.
However, Ms. Semjase says that it is difficult to speculate based on her current abilities and longevity.

If there is only one way to confirm the situation, it would be if many of the readers of my blog and I were reincarnated in a world with an advanced civilization at the same time 10,000 years from now.
When that time comes, and if we can carry over the memories of this life, we may be able to confirm whether the rumors on Earth in 2023 are true.
 

⑤The “Galactic Federation”, which is being talked about loudly in some quarters, has not even been established at this stage.

Even if we are assuming that such a group will be established (established), this story is very important evidence that 300 years from now, that specific group or organization has not yet been established. Therefore I’ll write it down here.

 
 
予言(預言)のメカニズムについて繋げようと思ったのですが、記事の内容が判然としなくなる可能性を考慮し、短稿で別記事に繋げます。

To be Continued another page…

「銀河で起きている真実」と言う真実ではない話

現在Didier Merahは音楽探索と音楽史の軌道修正に必要な情報の探索に多くの時間を費やしており、なかなかSNSやブログの発信のタイミングが掴めない日が続いています。
そんな中で可能な限り一日に一回から二回は、このブログのPVの推移をチェックしに管理ページに潜り込んで読者の出入りを確認しています。
 
特に昨日特定の記事への人の出入りが確認出来た為、その記事に関わりのある某YouTubeチャンネルを見に行ったところ、やはり該当チャンネルが新しい動画を更新していました。
個人に対する誹謗中傷が目的ではないのですが、一つだけ要注意ポイントを書いておきましょう。
 

実際には物理として存在しないもの、実際には起きていない現象を証明することは難しい。
同時に何がどのような状況で起こっているのか、起きたのか、或いはその根拠となる情報源は何なのか‥。それについて不鮮明な表現で発信している人の言うことは、妄想の域を出ません。
これが真実です。

 

相手が宇宙人であれ霊魂であれ、それが過去であれ未来であれ、或いはそれが仮に300年後の未来に話であればなおさらのこと、その時どこで何が起きていてその現象を誰が先導して引き寄せているのか‥等の具体的な名称や変化等が提示されていない、人を過剰に期待させるだけで具体例を曖昧にしている情報源は信じるに値しません。
ましてやそうした不確定要素だらけのイベントで多額なお金を取ってイベントを開催して世界中を歩いているような人種を、私はこれまでにも大勢見て(実際に会って)いますが、それらの多くは新興宗教やネズミ講等とほぼ同じものだと思って間違いないでしょう。
 

だからと言って「無料だから好きなことを言って信者を増やして良い」と言う話はそれ又論外ですが、特に宇宙系スピリチュアルやら「銀河間連合の特使」を名乗っているエレナ・ダナーン及びエレナ・ダナーンに貼り付いている通訳を含め、彼等の話しを酒の肴として聞くならまだしも、もしもあなたが彼等の話しに強い好奇心を駆り立てられているのだとしたらそれは、エレナ・ダナーンや通訳者/ 佐野美代子の洗脳にハマり始めている証拠です。
 

自身の信仰は自由ですが、その信仰を他者に強く勧めるようなことだけはくれぐれもなさらないよう、気を付けて下さい。
 

 
複数、エレナ・ダナーンのことを日本語で通訳し発信している動画についての質問が寄せられていますが、質問者の実体が分からない場合には直接の返信を控えています。
 
人にものを質問する際、自身のことは必要最低限名乗るべきではないでしょうか。これは対 人間であれ相手が宇宙人であれ、共通するマナーです。
 
私の元に頻繁にアクセスを下さるグレイ星人(ライトグレイ種)のグレン氏には最初、名前がありませんでした。彼等には「名前」と言う概念がそもそも無いので、グレード(階級のようなもの)を名前として名乗っていたようです。それでは会話が出来ないと私が申し上げ、双方で相談し合った結果双方合意の音声を持つ言葉を名前として決めました。
 
 

 
私が主に関わっているのは二人のグレイ星人の他、こうした宇宙情報系に精通している人たちならば誰もが知っているであろう、プレアデス星人の次期Topと言われる現Topの長女/ セムヤーゼ女史です。
 
セムヤーゼ女史は宇宙考古学者の一人ですが、彼女に未来のプレアデス星の状況や政治体制等について質問してみたところ、「ソーハン・エレディオンも、300年後の未来のプレアデス星に存在するとデマが流れているエレナ・ダナーンも共に、セムヤーゼの宇宙史の中には名前がラインナップされていない」とのことでした。
勿論多くの情報や未来予知には不確定要素が多いので、セムヤーゼ女史はそれらが全て嘘である‥ と言うような表現をあえて避けていたと思いますが、彼等(ソーハン・エレディオン/ エレナ・ダナーン)が300年後から地球を訪問している人物だと言う話が本物であれば、セムヤーゼがその二人を知らない方が不自然な話です。
 

プレアデス星団の政治体制は良くも悪くも「世襲制」のような状況であり、それを覆す方法があるとしたらクーデター或いはお家断絶のようななにがしかの圧が加えられる以外の方法は今のところ考えられない‥ と言うのがセムヤーゼ女史の説明。
つまりソーハン・エレディオン或いはエレナ・ダナーンが300年後のプレアデス星団の政治的上層部に君臨しているとするならば、セムヤーゼは既に失墜させられたことになるでしょう。
ですがその事実は無いどころか、セムヤーゼの妹/ プレアもプレアデス星団の政治的新体制に加わっていると言う話を、私は常々聞いています。
おそらく今のプレアデス星団の政治体制を見ても、セムヤーゼから聞く話の方が自然の流れのように思えますし、辻褄が合います。
 

In addition to the two Gray aliens, I am mainly involved with Ms. Semjase, the eldest daughter of the current Top, who is said to be the next Top of the Pleiades, which everyone who is familiar with space information systems knows. 
 
Ms. Semjase is one of the space archaeologists.
When she asked her questions about the future situation and political system of the Pleiades, Both Sohan Eredion and Elena Danaan are not named in the history of the universe 300 years from now as seen by Semjase.”, Semjase replied. 
 
Of course, there are many uncertainties in a lot of information and predictions of the future, so I think Ms. Semyadze deliberately avoided expressions such as saying that all of this is a lie.
And if the story that they (Sohan Eredion/Elena Danaan) are people who have been visiting Earth for 300 years is true, it would be unnatural for Semjase not to know them.
 
For better or worse, the political system in the Pleiades is a system of hereditary system, and if there is any way to overturn it, the only way to overturn it is through some kind of pressure such as a coup d’état or family annihilation. It’s unthinkable… is Ms. Semjase’s explanation.
In other words, if Sohan Eredion or Elena Danaan were to reign in the political upper echelons of the Pleiades 300 years from now, Semjase would have already been overthrown. 

However, not only is this not true, but I keep hearing that Semjase’s sister Pleah is also joining the new political system of the Pleiades.
Perhaps looking at the current political system in the Pleiades, the story we hear from Semjase seems to be a more natural progression, and it makes sense, I think.

 

 
このブログではコメント欄を設けていません。この様な記事が増えて来れば当然コメントを荒らしに来る読者も現れると想定し、最初にそう決めた上で夫がブログページを開設してくれました。
ですので皆さん、私と直接繋がれそうなSNS等を渡り歩きながら、恐る恐る私にDMを送っていらっしゃいます。
殆どのDMに対し私は直接の返信を避けていますが、実名や社会活動上の連絡先等を記載して下さる方に対してはその方がご本人であるか否かを直接確認させて頂いた上で、メールの送受信を開始しています。
そうではない、あくまで匿名で好き勝手話して来る人への直接返信は避けています。
 
勿論私もテレパシストですから、100%の確率ではないですが大体相手の心の中、思考の中身を読むことは可能です。それでも時々不正確な情報を読み取ってしまい、失敗することも起きてしまいます。
 

人間が相手でも、宇宙人が相手でも、仮に死者の魂や霊体が相手であったとしても、相手の思考を読み取る術パターンは類似しています。
勿論中には私と敵対する思考を持ちながら、私を持ち上げてご自身が私の味方であるかのような錯覚を引き起こそうとする思考の持ち主も現れますが、よく落ち着いて相手を見ていれば自ずと真実の側が私を引き寄せてくれるものです。
 

最近、主にグレイ星人についての情報を私から引き出そうとする輩が増えていますが、相手が誰であれ情報には守秘義務が発生するものだと心得ていますので、それこそその相手が300年後の銀河間連合の本物の特使である‥ と言った既成事実の確認が出来る場合以外に、未来の情報の全てを明け透けにすることは現段階では考えていません。
多くの情報を私は既に、自身の音楽アルバムの中に投影し配信していますので、その中から未来の地球及びプレアデス星団その他の状況をご自身の力で探って下さい。
その上でどうしても分からないこと、どうしても知りたいことがあれば、その内容と相手によっては情報の一部をお教えすることも検討します。
 
質問者自身にミッションがある場合のみ、ご質問に回答します。
 

当方、普段は作曲家だったり選曲家、或いは音楽評論家だったりもしますので、丁度先程作成したフラメンコばかりを集めたSpotifyのプレイリストを下に貼っておきます。
是非フォローして沢山聴いて楽しんで下さい🎵
 
 

変わり果てた歌 [MIRACLE SHIP (LIVE 2023) – 吉田美奈子/ 井上鑑

恒例の「世界の新譜」チェックを粛々と進めているが、今週はやたらEPサイズの新譜が多いなぁ‥ 等と思いながらもうそろそろ休もうかと思っていたところにこれが飛び出して来た。
私は如何なる作品であっても差別感情や偏見を持たぬことに決めており、勿論先入観も全てかなぐり捨てて新譜に向き合うと決めている。だからこそ時に、衝撃を受けるような作品に遭遇することも多々起こり得る。

まさに今がその瞬間だったと言っても過言ではないだろう。
 

この人、吉田美奈子さん。
既に私が17歳の頃からの密かなファンだった。
勿論私にも活動の過渡期や転換期等も多々訪れ、美奈子さんがavexに所属していた頃の作品にはリアルタイムで触れることが出来なかった。

そして私がアーティストとしての別名を引っ提げて活動を始めた2008年頃からは歌の音楽から少し遠ざかり、器楽作品の方を主に聴くようになって行く。
吉田美奈子さんがジャズ歌手に転身したことをある日風の便りに聞いた時は、正直かなりショックだった‥。
 
話を戻してこの作品『MIRACLE SHIP (LIVE 2023)』の評論へ。
 


そもそも『MIRACLE SHIP』は美奈子さんが1996年にリリースしたアルバムKeyに収録された作品であり、私も大好きな曲だ。
それが2023年にどのような状況に進化したのかと半ばワクワクしながらSpotifyのボタンを押したが、そこに現れたのは最早老婆の声質に変わり果てた歌声のその曲だった。
 
彼女の持つうねり声は「唸り声」へと変わり、どこか能の発声にも通ずる迫力が足されているが、それは私が愛した吉田美奈子の声とは最早別物だ。
ある種の振り切れっぷりが王者の貫禄をも醸し出しているようにも聴こえなくもないが、これこそが「ジャパニーズ・ソウル」の末路だとしたらそれはそれで圧巻で、尚且つ悲しい。
 

このところ日本発信のアニメやコミックやそのテーマ曲等が世界の音楽シーンを大きくリードしており、吉田美奈子さんもその波に乗った‥ と言う考え方にシフトすることも不可能ではないが、やはり原曲をかなりの回数聴いた後に今回の『MIRACLE SHIP (LIVE 2023)』に触れると衝撃が大きすぎる。
 


丁度二ヶ月前頃に聴いた『細野晴臣ストレンジ・ソング・ブック Tribute to Haruomi Hosono 2(2CD+DVD) [CD]』に収録されている、「ガラスの林檎」の吉田美奈子さんの圧巻の仕上がりには感動もしたが、やはりその頃から彼女の質の劣化には薄々気が付いていた。
勿論美奈子さんのバックを完璧以上のクオリティーで支えているオルガン奏者 河合代介氏のPlayの迫力も、彼女の表現にこれでもかと言う程の華を添えていることは分かり切っているが、何より松田聖子の世界観を完全にぶち壊してしまった吉田美奈子さんの感性にはある種リスナーの私の方が完敗だった。
 
その感動の記憶が脳内に今も渦巻いている最中での、今回の『MIRACLE SHIP (LIVE 2023)』はネガティブな意味で私の美奈子氏への落胆の方を更新した形となってしまったようだ。
 

吉田美奈子さんの作品の多くは物理CD販売がメインで、YouTube等から個人が配信した音源等の大半が削除されている状況だ。
あえて若い頃の音源をwebから削除することで彼女は「現在の自身」へのフォーカスを促しているとも解釈出来るが、結果的に不特定多数の目に触れる場所から活動の痕跡を消してしまえば、そのアーティストがこの世界から別の世界へ旅立ってしまった後に残るものは何も無くなってしまうだろう。
 
既にマイケル・ジャクソンやプリンスでさえ影が薄くなり始めていることを考えると、今活動している多くの日本の歌手やミュージシャンの足跡が消えてしまうのはきっとあっと言う間のことだろう。
全ては泡沫(うたかた)‥。
 
吉田美奈子さんの全盛期の歌声や作品は、出来れば長くこの世に残って欲しいと私は願ってやまないのだが、当の本人がそれを望んでいないのだから私がどれだけその旨を望んでも仕方がない。
 

この記事の最後に吉田美奈子 & 井上鑑のコラボ作品、『MIRACLE SHIP (LIVE 2023)』のYouTubeリンクを貼っておく。
井上鑑さんもかなり枯れて来たように見えるが、編曲も音もまだまだ衰えではなさそうだ。この作品の解釈は、私個人的にはツボだった。
 

音楽と毒と‥

Vaidoso No. 2” (composed by Radamés Gnattali)

 
この曲を習得したくてこの二ヶ月間楽譜を探し回ったのですが、どうやら出版されていないことが判明。
‥となれば書き取る以外に無さそう。
耳コピで書き取ります✒
 
今年旧宅の家仕舞いの際に使い込んだ文房具等も(カビ被害で)全て処分したので、又振り出しから文房具品の購入からリスタートです(笑)。
 

それにしても先日某ホテル内の中国料理店で提供されたカサゴが毒処理されてなかった可能性がかなり濃厚と分かり、毒が回りその後遺症から体調不良からなかなか回復せず(特に夫が酷かった‥)。
オマケにその件ホテルの支配人にクレームを出したら、「それはあなたがたの体調不良が原因でうちの店舗には何の問題もない。」とまで言われ、間接的に出禁になりました(笑)。
 
おかしな話です。
実際に現地で提供された料理を食べている最中に人が気を失って倒れたのに、その件に於ける可能性を全て否定し事の重大性を訴えた私たちの側が「モンスター・クレイマー」の扱いを受け、オマケに出禁になるなどもっての外です💢
 
保健所への報告も考えましたが時間も経過している為、それ以上にもっと効果的な方法で対応しようと思います。
親しい知人には勿論SNSやその他のメッセージアプリを通じて、該当のホテル及び店舗へ行くことはリスクが大きい旨、そして問題が起きても先方に一切の責任を負う意思も無いこと等を含め伝えるつもりです。
 
これは各自の「命を守る行動」に該当するので、関係者には文句は一切言わせませんよ。

光を当てる、光を外す – Shine light on, Remove light on

前回の当ブログの更新は、2023年10月15日まで遡ります。そこから今日に至るまで私たち夫婦の周辺では色々な出来事がありました。
 

 
直近で最も大きなトラブルは、某所に位置するホテル内の中国料理店で提供された魚料理「カサゴ」と野菜の強火蒸し)で夫が強烈なカサゴの毒にアタった可能性があり、一時的に気を失い食事の最中に倒れた事でした。
翌日から私の体調にも異変が生じ、十日間近く視界がユラユラと動く様な不安定な状態が続きました。
 
事故とは概ね、想像だにしない状況が突発的に起きるもので、その当日も同様でした。
そういう時は被害に遭った当事者ではない第三者の手厚いサポートが必須ですが、該当のホテルでは充分なサポートが為されませんでした。
それまでとても好い時間を過ごさせて頂いただけに、先方の‥ まるで私たちを「敵」と見なしたような対応にはかなり失望しました。
 
後日先方に好都合な状況で「検証」のようなことが行われたと言う電話連絡を総料理長より受けたのですが、果たしてこの事態に於ける事後対応として「電話連絡」が適切だったのか‥。
少なくとも私には、そうは思えません。きっと夫も同様に感じたでしょう。
 
 

 
心身不調に見舞われながらも2023年11月3日、何とか私は59回目の誕生日を迎えることが出来ました。
その日は今年一番私たち夫婦に好くして下さったお二人のスタッフが常駐する店舗で、地味に地味に、だけどとても温かいバースデーパーティーを開催して頂くことが出来ました。
 
Facebookの個人アカウントには(見る人が見ればきっとお分かりになると思いますが)、スピ系ではかなり著名な人物からのバースデーメッセージが私のTLに寄せられていました。
すぴこん世代ど真ん中の方々であればきっと、「あ!!!っ」‥と声を上げるような人物です。勿論私とその著名な人とはリアルな面識は全く無いのですが、きっと先方も何かしら私には感じることがあるのでしょう。
毎年一日遅れで私のTLに、バースデーメッセージを寄せて下さいます🎂
 

一見何も無さそうな静かな日々が過ぎていますが、私たちの中にも巷にも多々不穏な動きは見られます。
この記事にその旨を取り上げようかとも思ったのですが、一先ずそれは止めておくことにしました。
 

私には「暴きの星」ともう一つ、「スポットライト」の性質があります。
その性質は扱い方がとても難しいのですが、単刀直入に言えばこうなります。
私がその人物に光を当てればその人物はそれなりの力を得て大衆の羨望の的になり、逆に私がその対象を完全に目隠しした場合には該当人物は社会から静かに消えて行く運命を辿ります。

 
その力が私に何時の頃から備わっていたのか‥。それを辿ると恐らく私がリラ星最期の巫女として生きた頃まで、きっと時代を遡ることになりそうなので、この記事ではあえて触れずにおきますが。
 
 

 
例えばこの人、エレナ・ダナーンがライトグレイ星人を敵視した発言をYouTubeを経由して発信している‥ と言う現象に於いても、そこに私がスポットを当てることでエレナ・ダナーンの潜在的なマイナス・エネルギーに私が新たなエネルギーをチャージするようなことになっては本末転倒です。
 
なので今私がエレナ・ダナーンの暴走や虚言発信を効率的に止める方法があるとすれば、シュールな意味で私のスポットライトの性質を逆利用することが望ましいでしょう。
つまり私の意識の中で彼女の存在を消すことにより、それを転写させて現実に置き換えると言えば分かりやすいと思います。
 
この方法は先程ライトグレイ星人のグレン氏から直接メッセージでガイドして貰った内容とも酷似していますが、危険人物を相手にする時の奥義とも言えます。
 
 

 
上記の記事 エレナ・ダナーンを突き動かしている高次悪 “ブラック・ガーネット” の正体 – The identity of the high-order evil “Black Garnet” that drives Elena Danaann でも触れている悪しき鉱物霊体 “ブラック・ガーネット” についての続報を補足しますと、霊質学者である夫/ 天野玄斎氏が神獣たちと力を合わせてかなりの個体数退治しています。
逆説すればそれにより、エレナ・ダナーンの能力及び存在感も減衰傾向にあると言っても良いでしょう。
 
ライトグレイ種のグレン氏は本来、とても友好的で温厚で、尚且つ知的な存在です。よって「ディープ・ステート=グレイ星人」みたいな考え方はあくまでフィクションの映画に描かれた世界観の域を出ませんし、何よりエレナ・ダナーンの対話相手である「ソーハン・エレディオン」自体がエレナ・ダナーンのイマジナリー・フレンドである限り、エレナの言う「銀河連合の特使」と言う肩書きはあくまで彼女の空想世界上のキャラクター設定であると言う方が全ての辻褄が合います。
 
地上でこれだけ新型コロナワクチンの接種被害が継続的に増えており、超過死亡数が右肩上がりに増えている現在も尚、正体不明の艦隊が木星付近に集結している‥ 等と言う話が真実である筈がありません。
目覚めるべきは人類より、エレナ・ダナーンの側です。
 

但し、だからと言って人類も長きの平和呆けから目覚める時は、既に来ています。
でもそれは存在するかしないかも分からない宇宙に意識を向けることではなく、目前の危機的状況に対し迅速に各々が行動を起こすことの方です。
 
各々が各々に出来る人生スキル或いは職業スキルを駆使し、先ずはこの地球環境を極限まで理想的な状況に改善する努力をすべきです。
そこに軍隊も地上アライアンスの力も、ましてやエレナ・ダナーンと言う意味不明な「特使」の看板も必要ありません。人間に元々備わっている善意と祈りの力を実際の行動に移し替え、それを具現化させれば良いだけの話です。
 

 
私は音楽家なので、それを先ず音楽のジャンルの中で継続的に実践して行くのみ。
医者ならば医療面で、料理人ならば料理で人々を力づけて行けば良いですし、教育者ならば偽善を捨て徹底的な善意で後輩育成に臨めば良し。
こんな簡単なことがなかなか実現出来ないのは、多くの人類の霊質欠乏が原因です。この霊質欠乏の原因は地球上に人類が増え過ぎたことです。
 
なのでどっちみち地球上の人間の数は、減らす必要が生じており、それがたまたま現在かなり非道な状況で進んでいる‥ と言うのが実情なのでしょう。
 

これはかなしい現実ではありますが、人類はこの「人口削減」を避けては通れないところに来ています。仮に生き延びる方法があるとすれば、それはまさしく「地球の霊体に寄り添うこと」以外にはありません。
 

私に出来ることその②として、「地球の霊体そのものにスポットを当てること」が挙げられます。(但しこの行為には副作用もあり、霊体「地球」が思いのまま自己発信することの妨げとなる妨害壁を除去することで、人類側に犠牲が生じる現象も起こり得ます。)
当面私は霊体「地球」に寄り添った観点から言葉を発信して行くことになりそうなので、時に人間目線から見ればかなり冷酷な言葉を放つこともあるかもしれません。
でもこれが私の、リラ星最期の巫女として生きた霊体が持つミッションです。
 
ブレずに突き進んで行きます。
 

[音楽評論] “一夜のペーソス” – Lamp

何やらLampと言う日本のグループが、アルバム「一夜のペーソス」を世界に放ったのだとか。
知人界隈でもSNS上でもかなり噂に上っていたので聴いてみたのだけど、本音を言うと‥ 何が良いのか分からない。
各曲毎にふわふわと夕方の都心を彷徨い歩く遊び人の如く登場する女性ヴォーカルの、「平たい顔族」的な平面的な発声も表現もBadだし、何より音楽が上っ面でしょ。

彼等が売れてるとか人気があるとか、そういう「空気」に騙される人たちがこういう音楽を持て囃す以外は、真の音楽を知る人ならばこの種の安直系ポップスは要らないと思う(断言する!)。
正直なところ、暇人が聴く音楽。それ以外の形容詞すら見つからないようなアルバムだ。楽曲も構成も編曲も全てがガッチャガチャで、メロディーとしての形態そのものを保持出来ていない。

世の中にはもっと切羽詰まった事情で音楽を世に放つ人たちが他に居る筈で、私は音楽評論家としてそういう「切羽詰まった」事情を胸に抱え込んで生きている音楽家たちに、確実にスポットを当てて行きたいと思う。
勿論社会派ソングや宗教めいた音楽自体を私は好きではないが、もっと深刻な事情があるとすれば美しく甘美なメロディーに作家自身の壮絶な人生や、或いは超能力を使える人だけが知る大切な情報を神話のようにそこに埋めて発信せざるを得ない、そんな人たちの音楽は崇高であり貴重な音源だ。

 

 
価値のあるものと無いもの、それは専門家として明記して行く必要を痛感している今日この頃。

勿論私は売れる音楽とそうでもない音楽との「商業ベース」としての見分けも付けられるが、そんなことは音楽評論の最低ライン。音楽史と言う観点と「商業音楽」の視点とは全く別物であり、その境界線を混ぜこぜにした上に著者自身の好みだけで文字を叩き出す、最近の「音楽ライター」と言う存在は音楽シーンの害虫的存在でしかない。
現在の音楽シーンの底辺に暗躍し、カネにものを言わせて音楽の聴き方を混乱させている彼等のような存在そのものも、私はジャッジメントしなければならないと思っている。
 

色々な意味を含め、このアルバム「一夜のペーソス」のどこにペーソスが表現されているのかと言う疑問すら掻き消えてしまう程、このアルバムはかなりお粗末だと言っても過言ではない。全てが余りに安っぽい。

表現したいものを持たない人たち、又は音楽のアカデミックな基礎教育を受けたことのないような人たちは元来、音楽家だとかミュージシャンを名乗るべきではない。
司法試験を通過出来なかった人がその職には就けないのと同様に、音楽家も同じ様に扱われるべきではなかろうか。
茨の道を短絡的に、かつふわふわと病的にステップしているようなミュージシャンを見ると、ただただ虫唾が走る。

 

まぁこのブログのオーナー自身が音楽のエリート教育をきっちり受けた作曲家(兼 表現者)でもあるわけだから、このブログに書かれる記事の大半がその視点で描かれることは最早必然。
ものの善悪。誰かがそれを公言しなければ、ただただコマーシャリズムの為すがまま。言ったもん勝ち。
そんなことではいけないんです、音楽も音楽シーンも。