「ラヴ・スコール (峰不二子のテーマ)」 と作詞者・槙小奈帆

このところ、80~90年代のCity Popsのカバー曲のサブスク配信が盛んだ。つい先日も何とも懐かしい今井優子の『真夜中のドア』のカバーを聴きながら、一人昭和の街並みを妄想しながらその世界観に歓喜したばかりだった。
 


思えば昭和の後期に、軒を連ねるように名曲のリリースが相次いだ。この作品『真夜中のドア』もその一曲だ。

そもそもこの作品をインドネシアの歌手 Rainych が2020年にカバーしたことでアジアに真夜中熱が再燃し、焚き付けられたと言う話も伝わって来る。Rainychの声質はどことなく、日本で言うところの「初音ミク」のような感じの無機質なオモチャボイスで、正直私は余り好きではない。
だが、こういう声質が流行る理由は何となく理解は出来る。
 


その後日本ではTokimeki Recordsがゲストボーカルにひかりを招き、この作品をカバーしたが、これがなかなか夜の歌舞伎町のスナック色の強いさびれた感じがして良いのだ(笑)。
 

 
同じ曲を2019年に中森明菜もカバーしている。此方は完全にサルサのビートに編曲がしっかりと為されていて、私は好きだ。

こういう挑戦には賛否両論のレビューが付き纏うものだが、元曲通りが良いと言うのであれば原曲だけを聴けば良い。原曲にいかに寄り添いながらもどれだけ跳ね除けて再編して行くのか、それがカバー・ミュージックの妙味でもあるのだから、こういう機会を与えられた歌手や編曲家には思う存分遊んで欲しいところである。
 

 
さて、話を槙小奈帆 (まきさなほ) の「ラブ・スコール」に戻さなければならない。
 
「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」、このタイトルを聞く度に私は作詞者である槙小奈帆の陰影を思い出す。かつて私がシャンソン界で伴奏者としてトップに君臨していた頃は、大っ嫌いな歌手のTop3.に名前を挙げても良い程の人物だった。
センス、性格、演歌さながらの歌唱法‥ どれを取っても良いところ等一つもない人だと言っても過言ではない。

知名度のない新人歌手やピアニスト等、槙小奈帆に運悪く共演の出番が当たってしまうと、兎に角とことん虐め尽くされて帰されたものだった。だが伴奏者とは因果な商売であり、一度歌手に気に入られようものならその後の共演の出番にお断りを入れること等、けっして許されない分際だった。
だが、私は最後までこの歌手との共演に断りを入れ続け、どこかでうっかり遭遇しても無視し続けた(笑)。

そんな私が日本のシャンソン界にうんざりして2011年に業界を撤退し、その後偶然Facebookで「槙小奈帆」の名前を見掛けた時には即座に彼女のアカウントをアクセスブロックにした。
色々と面倒臭い人なので、金輪際関わりを持ちたくなかったからだ。

だが、そんな折も折、最近になって「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」を多くの歌手等がカバーしており、その度に作詞者欄に「Sanaho」とか「槙小奈帆」の名前を見掛けるようになり、私の音楽評論家魂がゾワゾワと疼いたのだ。
既に私は和製シャンソン界を撤退しており、今や槙小奈帆とは上下や同業者のしがらみも無い。ならば音楽評論家として大胆なジャッジメントを加えたところで、双方に何らリスクも無いだろうと判断し、つい最近になって槙小奈帆のCD「ネレイス」を中古で購入した。
 


作詞者自らが歌う「ラヴ・スコール (峰不二子のテーマ)」は恐らくこのアルバムの目玉と思いきや、どことなく捨て曲のような状態でアルバムの冒頭に収録されている。
彼女自身の日本語詞は封印され、全編フランス語で槙小奈帆は堂々と歌い切っている。バックを務めるピアニストはおそらく美野春樹氏だろう。どうりで饒舌を超えてお喋りで、うるさい。

しかも肝心の最後の最後のコードがミスタッチによるディスコードになっており、ベースの音がFから半音ズレて「E」を押している。これは明らかなミスタッチだと誰もが分かるのに訂正が為されなかったのは、多分‥ だが槙小奈帆に「この為」だけに二度歌わせ、録り直しをさせるわけには行かなかった業界特有の忖度だったのではないかと思う。

本来のコードとは全く異なるディスコードでラストに突っ込んだままの楽曲は、何とも後味が悪過ぎる。‥だがこういうところにも人柄や音楽のセンスが露骨に出てしまう辺り、本当に怖い。

同アルバムの2曲目以降はもう、聴くに値しないレベルだ。これが演歌のアルバムだと言うならば歌唱力が圧倒的に足りないし、これがシャンソンのアルバムだと言うなら喉にこぶしを込めたような歌唱法に大きな支障を感じざるを得ない。
正規のボイス・トレーニングもおそらく為されておらず、良く言えば「ハスキー」でかすれた本当に耳障りな発声が延々と続いて行くので途中でディスクを止めた。これ以上このアルバムを聴き続けることは、流石に無理だった。
 

 
良い表現とは「過剰な情念を挟まない、客観的かつクールな表現」を指す。その意味で、槙小奈帆の表現は聴き手の自由度を著しく阻害した、カッカとした熱さだけが粘着いた炎のように吹き出すだけで、ただただ風通しが悪いものだと私は感じてならない。
 
アルバム「ネレイス」の冒頭のフランス語の「ラヴ・スコール (峰不二子のテーマ)」の、どこか「他所様の言語を拝借させて頂きます」‥ 的な引きの表現の方に彼女がもっと磨きをかけることが出来たなら、きっともっと多くのリスナーに愛されたに違いない槙小奈帆の名作(作詞)、「ラブ・スコール (峰不二子のテーマ)」の別バージョンをこの記事の〆に貼っておくことにしよう。

同じ演歌でも、石川さゆりの演歌はどこか爽やかだ。槙小奈帆の重苦しいシャンソン・ド・演歌の声の怨霊を綺麗さっぱり忘れて、和装モンマルトルの世界に浸って頂ければ幸いである。
 


※バックのピアノがやたら煩い。本当に上手なピアニストは、歌手が歌っている後ろで「オレ、めっちゃ弾けるんだぞ」とは言わない。
さらに付け加えるならば、どことなく息を吸いながら鼻腔で発声しているようなこの歌い方は、リスナーをただただ不快な気分にさせる。勿論ご本人はそう思ってはいないようだが‥。
 

※本記事はnote記事から此方に移動しました。

音楽から読み解く世界情勢 [2022.04.26]

どこか緊迫感を高めながら世界中が一進一退する2022年、春。
地球はどこに向かって加速しているのか、それとも失速しているのか‥。数年前のシリアに続いて、再び瓦礫の国が増えて行く。
 

音楽は全てを物語る。
毎週末に世界中から配信されるあらゆるジャンルの新譜を追っていると、誰もが不安を抱えながらその場でフリーズしかけているように見える。
相変わらず今週も単曲での新譜が多く、次いでミニアルバム・スタイルの新譜が続いて行く。Lofiの新譜のクオリティーが先週よりも若干落ちているのが気になりつつ、その一方でやはりダブ・ステップの新譜が先週より増えているように感じる。
 

私がコレクションしているメインのプレイリストには、ダブ・ステップのようなある種、戦争の音声を意識させるような音楽をあえてリストインしていない。音楽はあくまで心の癒しの役割を果たすべきであり、尚且つ私は音楽の中に「祈り」の有無を強く求めたいと願っている。だからダブ・ステップやDeep House系の音楽をコレクションしない方向で、PLを作成している。
 

今シーズンのメインのPLは此方。
 

 
今週の更新は、M-45 “About Love” – The Soultrend Orchestra · Papik · Alan Scaffardi から。
 

About Love · The Soultrend Orchestra · Papik · Alan Scaffardi

 

各ジャンル、各アーティスト等の新譜からアルバムを辿り、実際に紹介されているアルバムリードの楽曲とは異なる別の楽曲をPLにコレクションする事も度ある。

先週末、一人Sufiの大物が過去アルバムのリマスター版をサブスクから再配信していたので、それをここにご紹介しておきたい。

Omar Faruk Tekbilek のアルバムSound of the Sultans (Remaster)である。
 

 
アルバムタイトルに『Remaster』と書かれてあるが、最初のリリースは私の記憶だと10年近くは過去の遡るだろう。だが正確な最初のリリース年月日がいくら調べても見つからないので、明言は避けておく。
 
Sufiについて、又、Omar Faruk Tekbilek氏についての記載はあらためて、別記事で触れることにしよう。本記事は私が編集しているPL(プレイリスト)についてと、ここ数週間の世界から配信される音楽の傾向と世界情勢との関係性について、内容を集約したいので。

 
もう一人、イタリアはカンツォーネ歌手、ロッサナ・カサーレの新譜Trialogoも良い。この作品はアルバム全体を通して聴く方が、印象が良いかもしれない。
 

 

このアルバムの中でも、特にオススメ作品を挙げるとしたらアルバム・タイトルの『Trialogo』だ。

歌手、ロッサナ・カサーレとの出会いは当時渋谷にあった大型CDショップ「HMV」の試聴コーナーだった。アルバムタイトルはLo Stato Naturale。ジャケ写が何とも色っぽく、仕事の合間にその写真を見てしまった後暫く私は、現実の世界から意識が遠退いてしまったことを今でも忘れない。

 

Lo Stato Naturale – Rossana Casale


度々私が書いている「メインのプレイリスト」の他に、ジャンル別に仕分けしている専用のPL(プレイリスト)が複数あり、特に今年の3月以降は若干コレクションのジャンル分けのスタイルを変えている。

リズム主体で主メロが曖昧なチルアウト系やLofi系の新譜は、メインのPLではなくBGM用のPL『⛪️New Chillout Times 2022′ ②』の方にコレクションする用、仕分けを変更している。

 

 
とは言え音楽のカテゴライズとはとても難しく、又各楽曲が単一のジャンルに仕分け出来ない場合も多々ある為随所に例外は発生するが、全体が一つのまとまったラジオ・ステーションとして成立するよう、毎週のコレクションにはこれでも苦労しているのが現状だ。
勿論リスナーとは何の関係もない話しと言ってしまえば身も蓋も無いが、自身が音楽家・作曲家でありながらこれ程までに他のアーティストの作品を大量に紹介している音楽家も珍しいだろう(笑)。
 

そうこうしながら先週は、私自身の次のアルバムに収録したい新曲のモチーフを幾つも五線紙にメモしており、そろそろ手の負傷と向き合いながら鍵盤練習の復帰を狙って行きたい気持ちも山々だが、兎に角無理は出来ない。

プライベートの大きな変化も続いている為、身体以上にメンタルのコンディションを度々大きく崩している事にも注意を払いながら、少しスローペースで音楽と関わって行くことが今はベターだ。

 

Kim Oki

 
さて、この記事の最後を飾るのは、最近私が注目している韓国のオルタナティブ・ジャズ系のサックス奏者 & 作曲者のKim Okiのアルバム『Greeting』からMoonlightともう一曲、韓国はパンソリ歌手のLee Hee MoonとKim Okiが共演しているPV『어랑브루지』の2作品で締めくくりたい。

 

 

 

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クラシック界の新進気鋭・藤田真央を分析する

このところ何かとクラシック音楽界を賑わせているこの人、藤田真央と言う名前を頻繁に見掛けるので遂にYouTube~Spotifyの音源を聴いてみた。

先ず率直に聴いた感想を述べてみると、一言で言うと音楽表現が幼稚だ‥ と言う一点に尽きる。
まさかこの人がまだ幼気な子供だったらと言う懸念もあり慌てて藤田真央氏のプロフィールを捲ってみたが、どうやら成人式を迎えたばかりの年齢には到達している事が判明。ならば一人の大人の演奏家・表現者としてのジャッジメントを加えても良かろうと言う判断に至り、この記事を書いている。
 

音楽ライター・高坂はる香と言う人がTwitterでやたら藤田真央を褒めちぎっていたので、どうにも気になったことが切っ掛けで色々私まで彼の音源を追い掛ける羽目に陥ってしまったが、正直時間の無駄だったかな‥ と後悔している(笑)。
 

  
やはり人の言葉はアテにならない。‥と言うより、高坂はる香が「音楽ライター」であって「音楽評論家」ではなかった‥ と言う点をうっかり見落としていた私がいけなかったのだ。
こういうところはしっかりと、見落とし・抜かりなく精査しなければならない。

高坂はる香のTwitterのTLで紹介されていたのが、以下のYouTube。どうやら2022年1月19日(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホールで開催された藤田真央のピアノリサイタルのダイジェストから、ショパンのバラード 第三番の一部だ。
 

 

良く言えば「個性的」だが、裏を返せば身勝手で作曲者: ショパンを全く無視した浅はかな亜流解釈のショパンと言っても良いだろう。
コメント欄にも「賛否が分かれるだろう‥」と言ったような内容のコメントが散見されるが、こういう遠慮がちなコメントではなくはっきりと「これはショパンでも音楽でも何でもない!」と言えないのは、受け身体質の強い日本人の弱さでもあるだろう。

(藤田真央の楽曲の)解釈が断片的で、一個の音楽として楽曲を俯瞰出来ていないし、しかもそのくせやったりげな表情で人格者を演じているのが余りにも滑稽で、絵的にも見ているのが辛くなる。
これはクラシックの演奏家に多いパターンで、なぜかドヤ顔でやったりげで崇高な人格者を顔芸で演じてしまう人達が多いのは、何を隠そう彼らの知性と自信の無さの顕れなのだと私は思っている。

そもそも作曲者の意図や感性を超えた演奏家(再演者)自身の個性等、全く以て不要である。
この点を勘違いし、「自己の新たな解釈」を無謀に加えたがる再演家が、まだまだクラシック音楽界に蔓延しているのが現状とも言えるが、この傾向は出来れば全てのクラシック音楽の演奏家達が早々に脱却しなければならない大きな課題の一つである。

付け加え、高坂はる香のような安易に勝ち馬に乗りたがるタイプの音楽ライターが、表現の稚拙な若い表現者をやたら持ち上げるこの状況にも大いに問題を感じる。
あくまで業界関係者や世論が今誰に注目しているか‥ と言う流れに上手く乗って、自分自身の感性とは全く関係のない、あくまで売れ線演奏者のCDやコンサートチケットの売り上げに貢献することだけを目的とした音楽評論もどきを見抜けない、一般のリスナーの罪も深い。
 

 
話しを藤田真央に戻そう。

藤田真央のWikipediaに掲載されている略歴を見るかぎり、多数のコンクール受賞歴があり、日本国内のTV番組にも多数出演する等、年齢と職歴が反比例するような状況だ。

だが気を付けなくてはならない点は、あくまで藤田真央は未だ演奏者としては未開の地であり、尚且つそうした学習を要しない程の突出した才能に恵まれているわけではないと言う現実を彼が抱えていることだ。
藤田真央はあくまで平凡な商品であり、それ以上でも以下でもないと言う点を的確に見抜く音楽評論家やマネージャーが付かない限り、あっと言う間に天狗になり、あっと言う間にこの世から消されることにもなりかねない。

余生は一部の熱狂的なファンに囲まれ、それなりに幸せな演奏家生活は全う出来るだろう。勿論それだけで満足であれば言うこと等何も無いが、そんな状況をみすみす放置しているだけでは、日本から音楽史や世界史に名を刻む芸術家は生まれないだろう。
 

普遍の表現、圧倒的なまでの音楽解釈力、美しい音色、そしてそれが音楽であることすら忘れさせるような圧倒的な演奏能力、最低でもこの4つの才能を持たなければ歴史に爪痕は残せないだろう。
尚且つ演奏家の宿命は、「再演を続ける」ことだけに忙殺され、没後50年も経過すれば殆どの演奏家はこの世から消えて行く運命を背負っていることである。

やはり歴史に名を刻む為には、演奏者(表現者)自らが音楽を生み出すことが必須である。身も蓋も無い話しだが、これは真理と言っても過言ではないだろう。

 
このところ私自身が公私共に多忙になり、今日はここで執筆を終わりにしたい。この記事の最後に正直言って「何てことをしてくれたんだ!」と怒りキレそうなまでに、私の大好きなこの作品(『亡き王女のためのパヴァーヌ』)を穏やかに崩壊させてくれた、藤田真央のこの音源を貼っておきたい。
 

 

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シャトーブリアン

堰を切ったようにこのところ、物事が上手く行き始めたような気がします。それもこれも、長年私を押し潰して来た「圧」の根源が一先ず、この世界から消えたことによる影響なのでしょう。
ずっと「圧」には悩まされ続けて来ました。今治療途中の「ばね指」も「圧」による弊害の一つですが、少しずつ、薄皮を剥ぐように治っています。
 

勿論亡くなった母だけではなく弟(故)の嫁も含め、私を良く思わない人達全てが居なくなった訳ではないのですが‥、例えば弟・大輔(故)の嫁・りえさん(仮名)が(管理費の高い)同じマンション別階からひっそりと消えて転居せざるを得なくなったように、これまで私の前途を平然と押し潰して来た人達にそのツケが全て跳ね返って行く事になると思います。

母が亡くなる約三ヶ月半前の夏のある日、大きな霊団の手筈により(母が)霊体を剥奪された瞬間の音を聴きました。あの、妙な鈍く重い音はこの先一生、記憶から消えることはないでしょう。
その三ヶ月半後に、母は永眠しました。
生命と霊体との繋がりを、あの時程身近に感じたことは今までなかったと思います。
 
全ては母自身のこれまでの言動が引き寄せたこと。同情の余地はありません。彼女が招いた最期だったと、私は思っています。
 

近い将来、私は母が逝った後に残された実家をリフォームし直して、そこから第三の人生をスタートする予定です。
因みに実家マンションの管理費は、およそ一軒で15,000円/月ぐらいになります。我が家(実家の両親)は二軒分を一軒として最初に購入している為、物件の維持費は倍になります。そこに毎月積み立て修繕費がさらに管理費と同等額乗って来ます。

つまり部屋の維持費だけでも毎月数万円には上るので、流石に中医学関連店舗のバイト代を主な収入源に生計を立てている弟(故)の嫁・りえさん(仮名)一人では、このマンションの家賃の支払いの継続は無理だったと思います。
 

 
まだまだ前途多難ではあるものの、第三の人生に向けた一つ一つが一気に進み始めています。それもこれも、法破りな方法ではなく一個ずつを誠実に、何より私が肝に銘じるように人と正直に向き合っているからこそもたらされる、「神様からのご褒美」ではないかと私は感じています。
 

そんな私と夫の現実的な一歩(いえ、二歩から三歩‥)を祝し、昨夜は美味しいシャトーブリアンをたっぷりと堪能して来ました。
若干疲れが出ていた私も珍しく赤ワインを頂き、ライスは省いてその代わりに野菜サラダを多めに摂取し、栄養価を考えつつも味覚を大いに揺さぶってくれる内容の良い食事を堪能しました。
 

 
美味しい料理は「何を食べたか」に加え、「誰と食べたか‥」がとても大切な記憶として積み重なって行きます。さしずめ今の私は、夫と食卓を囲む時間に幸せを感じています。
 

昨夜夫と二人で、シャトーブリアンを食べながら思いました。
もしも弟・大輔(故)の嫁・りえさん(仮名)が最初から私に誠意を尽くしこれまでの詳細を全て正直に話し、尚且つ私の目を見て心から私に詫びを入れていたなら、共にシャトーブリアンを食べる未来があったかもしれないと‥。
 
亡くなった母は頻繁にりえさん(仮名)を呼び出しては、近くのレストランや和食のお店等でリーズナブルな洋食やお蕎麦などを食べに出掛けていたようです。私なんかよりしっかりとお金を貯め込んでいた筈の母でも、流石に気兼ねなくシャトーブリアンを、りえさん(仮名)と共に食べるようなことは無かったようです。
なぜならば母は自分には高価なものを、他者にはそうでないものを恩着せながら差し向ける人でしたから。
 
母はあくまで亡くなった大輔の身代わりとしてのりえさん(仮名)と、接していたのではないでしょうか。一人の人間としてではなく、あくまで彼女・りえさん(仮名)は弟(故)・大輔の身代わりでしかなかったと思うと、それはそれで何ともやりきれない気持ちになります。
  

 
かつて若かりし頃に少しだけ料理人もどきを仕事にしたことがあり、私の味覚はかなり冴えています。細かい調味料を全部言い当てるには至りませんが、食すことで多くの料理の情報を舌の上で吟味分析することが出来ます。
 
食べることが大好きだった母(故)や弟・大輔(故)はそれぞれ食の好みは違いましたが、もしも私を味方にしていれば、もっと多くの楽しい食卓を共有出来たことでしょう。
同様に、大輔(故)の奥様のりえさん(仮名)も、接し方次第では私から多くのものを引き出せた筈です。私は根っこは、ケチでも意地悪でもないので。
本当に残念です‥ としか言いようがありません。全ては因果応報、自身が発したものや心掛けは全て未来の自分に返って行きますから。
 

さて、この記事に貼り切れない写真が数枚あるので、そちらはサクっとInstagramに掲載しておきます。
 
57年目の私の春は、なんと解放的なのでしょう。美しい桜の花々を何度も愛で、そして木々たちと静かに会話を楽しむことも出来ました。
 

 

でも私の本当の春は、これから訪れます。
 

MinakoとPonta、そして”Town” (2002)

今日は楽曲ではなく一個のLive映像にフォーカスして、記事を書き進めて行きたい。

昭和生まれの私の青春は、この人‥ 吉田美奈子と共にあったと言っても過言ではない。その吉田美奈子と同世代に大貫妙子やユーミン、坂本龍一等が居て、この年代はミュージシャンラッシュだと言っても良いだろう。

だが私はユーミンでも大貫妙子でも尾崎亜美でもなく、やはり吉田美奈子の声を力強さを常に追い求め続けたが、遂に今日まで彼女のLiveに行くことが出来なかった。
忙しかったとかお金がなかったとか、色んな言い訳を並べ立ててももう時は戻らず、あの黄金時代の吉田美奈子に会うことは叶わなくなってしまった。
 

 

名曲『Town』は1981年11月21日にリリースされた吉田美奈子のアルバム、『MONSTERS IN TOWN』のオープニングを飾ってお目見えした作品だ。その後「ここぞ!」と言う時に吉田美奈子は必ずこの曲をリストアップし、多くのライブハウスをブイブイ賑わせて来た。

問題の「名演奏」は、吉田美奈子のLive DVDにも収録されているが、今回はYouTubeに個人がアップした映像のリンクを貼っておきたい。
  

 
これは2002年12月25日、クリスマスに行われたLive映像だが、もう兎に角凄まじいとしか言いようがない。
丁度この頃の私は前職・シャンソンの伴奏とその合間にアイドルグループのマネージメントのアシスタントに追われている最中で、吉田美奈子のLiveのスケジュールを追い掛ける暇もエネルギーもない状態で忙殺されていた。
 

オープニングのファンキーなギターはまさしくギターの神・土方隆行のソロでスタートし、その後から村上 “ポンタ” 秀一がバスドラでギターをグイグイと追い詰めながら、長いイントロの途中辺りから吉田美奈子が歌舞伎ソウルのように長いカーリーヘアを振り乱し、彼女のトレードマークの肘鉄ダンスで客席とステージの両方を湧かせて行く。
 

 
このLive映像の凄いところは吉田美奈子、そして各メンバーの競演は勿論のこと、全員が一体となって音楽を形成している点にある。
 
日本のPopsにこれが見られるのはきわめて稀なことであり、現在のJ-Popの多くがヴォーカリスト主導・その他のメンバーはエキストラの扱いを受けるのが主流であり、各パートが完全に孤立した状態で音楽として成り立っていないものが大半だ。

動画3:12辺りからいきなり始まるキーボーディスト・倉田信雄のロング・ソロは見事で、所々アドリブの粗さは見えるものの兎に角42kmマラソンを堂々完走して行くように楽曲の最後までアドリブの手を緩めない。そして休みなく、隙のないパッセージを繰り広げて行く。
その後から「オレの出番だぞ!」と言わんばかりに、土方隆行の長いギターソロが後を追う。

それは音のネヴァー・エンディング・ストーリーを生で視るような規模で、一糸乱れぬ正確かつクールで獰猛さをにじませたファンクギターで土方式 “Town” がステージを疾走して行く。

そして絡み付くような倉田信雄のアドリブと野太い村上 “ポンタ” 秀一のドラミングが、その野太さを控え目に控え目に抑えつつも楽曲の軸をしっかりと支えて行く。
 

 

残念ながら村上 “ポンタ” 秀一は、2021年3月9日に脳出血で逝去した。なのでもうこの偉大なメンバーで音の饗宴を聴くことは一生出来ない。

他のアーティストとの共演では特に感じることがなかったのだが、特に吉田美奈子と村上 “ポンタ” 秀一とのステージ上の掛け合いは見事である。
 
見た目のオーラのバランスは勿論、互いに見えない何かで深く繋がっているのを私はずっと感じていた。吉田美奈子にとって彼以外のドラマーは居ないだろう‥ と言う私の予感通り、最近の彼女はまるで生気が抜けたイワシのように声を振り絞って歌う姿が悲しげで、色々な意味でこのパワフルな音楽がこの先永遠に現れないことは残念としか言いようがない。
 

 

だが、全ての生は栄枯盛衰。どんなに華やいで見えても、いつかは乾いて枯れてこの世を去って行く。きっと私にもいつかその日は訪れる。
 
最近の吉田美奈子はジャズ系のピアノ・デュオとのコラボ・セッションをメインとし、日本の北から南を移動しながら細々と音楽活動を続けているようだ。勿論以前のようなパワフルな声は立ち消えてしまい、いわゆる老後の生涯教育のような歌を歌って生きているように見える。

動画Town (Live)が2002年の収録、と言うことは、吉田美奈子が49歳の時のライブ映像と言うことになる。女性特有の色々な物事が発生しつつも、桜で言うところの満開を過ぎて散り始めた頃に相当するだろう。

油が充満した後に揮発し始めた時のように、女性で言い替えると最もキツい香りを放ちまくる世代がこの、40代後半から50代後半と言える。私が今丁度その時期に差し掛かっているが、私の場合はどうなるのだろうか‥ と言う思いを抱きながらこの動画Town (Live)を、今日は何度も観て良い時間をじっくりと楽しんだ。
 

 

さて、この記事の最後に、多分上の動画と同じ頃に収録されたと思われる吉田美奈子の、この動画を貼ってお別れしよう。
この猛々しく、かつ神々しい吉田美奈子とその仲間たちの素晴らしいセッションを、とくとご覧あれ!
 

 

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音楽から読み解く世界情勢 [2022.04.04]

東京の桜は前半晴天に恵まれ、後半は雨に祟られながらも何とか小枝にしがみつくように花びらをまとわりつかせ、耐えているように見える。
一方世界は少しずつ混迷の雲行きを深め、それはここのところ配信される多くの音楽の傾向にも現れているように見える。

特に2022年3月25日から同年4月1日の両金曜日の、各サブスクリプションの新譜チェックは何とも陰鬱な気持ちで進んで行った。
特徴としては以下の状況が挙げられる。

ダブステップの楽曲、及びLo-Fi系の作品がとても多かった。
②単曲配信が予想以上に増えていた。(アルバムのような曲数の多い音楽の配信が少なかった。)
③一曲のタイムの短い作品が増えていた。

 

上に挙げた①のダブステップの楽曲が増える時は、世界が混迷の谷底に突き進んでいた前回のシリア内線の頃を思い出させる。無謀な理由で多くの人々が命を落とし、シリアが壊滅状態に追い込まれたのが前回の、ダブステップが世界的に流行した時期であり、現在もそれと似た状況がウクライナで見られるのは皮肉としか言いようがない。

人の気持ちがどこか、言いようのない臨戦態勢に陥っている証拠のようで、この状況をこんなに立て続けに見るとは想像していなかっただけに心が不安で大きく乱れて行く。
  

日本経済新聞より、現在のウクライナの光景の一部

 
穏やかで尚且つ心が晴れやかになるような音楽が聴きたいのに、特にこの二週間の中で更新された音楽の大半が重く、暗く、どんよりとした空気に満ちていた。
それでも何故かそのような重苦しい音楽が聴きたくなるのは、恐らく人間の本能のようなものが作用しているからに違いないとさえ思えて来る。

 

 
コロナ禍、ウィルス・パンデミックが塗り替えて行った世界をその上からさらに異常気象が襲い掛かり、そこに戦争が折り重なって行く、この時代に受け入れられる音楽を真剣に考えている人達はほんの一握りであり、多くの音楽家たちは「目先の金銭を得ながら生き延びる為の音楽」や「自己実現の為の音楽」を生み出すことで手一杯に見える。
 
それを作者自らの、或いは楽曲のPRを任された広告担当者等が美しい言葉で言い替えながら、各サブスクリプションから配信されるどこかうつろなメロディーは、瞬時的に世界の空を流れては行くが、殆どの音楽が人々の心に着地することなく上空でひと夏の花を咲かせ、枯れて行く運命にあるように、私には見えて仕方がない。
 

上に少しだけ触れた「ダブステップ(Dub Step)」の他にもう一つ、「ダブ(dub)」と言うジャンルがあり、此方は比較的コンスタントに様々なアーティスト(DJ系がメイン)が作品を配信しているようだ。

ダブ(dub)は、レゲエから派生した音楽制作手法、及び音楽ジャンルである。ダブワイズ(dubwise)とも呼ぶ。ダブ制作に携わる音楽エンジニアのことを特にダブ・エンジニアという。語源はダビング(dubbing)であるとされている。
Wikipediaより引用

 

だが最近流行っているダブ(Dub)は上記のダブとも異なっており、ワンパターンのリズム、ほぼワンコード & ワンベースの上に黒玉で言うところの「ドミソ」のような3音で形成されるブロックコードが団子状態で延々と継続しながら、レゲエでも何でもない単調かつエレクトロニックなリズム帯で構成された音楽の事である。
 

 
 

 
そんな薄暗い地上の真ん中に一組だけ、何とも言えず鮮やかな色彩を放つアルバムを見つけた。
La Isla Centenoと言う、多分コロンビアないしはメキシコ発祥のユニットがリリースしたアルバムCanciones Para El Volcánだ。
 
このご時世の悪い現象が幻覚なのではないかと思わされるような、この甘くて太陽の匂いのする音楽の花束をふと胸の中に抱きしめたらもう、現実には戻れなくなりそうで怖くなるほどの多幸感で満たされて行く。
 

 
 
根が南国の血を引いているせいなのか、こういう南の島に咲く花のような音楽を聴くと、どうしても血が騒ぐ。もう黙っていられないのだ。
同系統のユニットでもう一組、私が大好きなユニット「Monsieur Periné」からも丁度3週間前に、『Nada』がリリースされている。

 

 

このPVの内容がとても怪しげで美しいので、楽曲最優先の私がどうしても画像に目を惹かれながらこのPVを何度も何度も凝視し続けている。

この地域に見られる独特の宗教観と性認識の在り方が私は好きで、この種のPVを見つけるととことん堪能し尽くすまで貪ってしまうのはやはり、芸術家の性(さが)なのかもしれないが。
 

 
世界はこれからどこに向かって突き進んで行くのだろうか‥。
ここでタイミング良く「ウクライナのポップス」をご紹介出来れば良かったのだが、色々聴いてみたものの私があえて紹介する程の作品が一曲も見当たらなかったのはきわめて残念だ。
勿論音楽は好みに左右されるところが大きいとは言え、「これぞ!」と言う作品が結局一曲も無かった。

と言うわけで、この記事の最後は若干変わり種ではあるが、アラビックモード満載なこの一曲の動画を貼って記事を〆たい。
Jovanotti と Enzo Avitabile、両者共にイタリア人なのに醸し出て来る音楽はアラビックモード満載‥ と言う不思議な作品『Corpo a corpo』を、最後にお一つどうぞ。
 
※先週更新したばかりのDidier Merah監修のプレイリストMiracle of Spring 2022. ③の103曲目にも収録しています。
  


※歌詞は コチラ から読むことが出来ます。

 

内容を限定し、お仕事の依頼を受け付けております。
音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは 📨[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。

音楽評論に関しては、世界中(演歌とヘヴィメタル以外)の音楽を分析・検証し、語り尽くします。
オーダーを遥かに上回るクールで奇想天外な記事を、筆者の豊富な脳内データから導き出して綴ります!

私と桜と神様と

久々にスピリチュアル系の記事を書いています。‥と言うのも、ここ数日間の桜の花々が余りにも美しく、ずっと見上げているとこれまでの全ての苦悩や悲しみが一斉に洗い流されて行くような感覚になったからです。
 

40代前半、現在の夫と結婚するまでの私は、とある理由により、大の「桜嫌い」でした。
かれこれ20代前半に私は実家を出ていますが、それまでは毎年春になると家族で「お花見」と言う名の過酷な修行が控えていました。
私にとって、家族の行事は常に虐待と隣り合わせでした。
 

ここ最近のブログ記事にも綴っているように、私は生まれ付き顔に刻まれた大きな傷跡(呼吸器障害と連結していますが‥)が理由で、両親に「みっともない女児」として扱われ、家族や親族の行事からは常に排除され続けて来ました。
冠婚葬祭は愚か、夏の旅行や春のお花見その他の全ての行事の直前になると、私は決まって母の謂れのない暴力を受けていました。理由は何でも良かったのです、母にとっては。
私が良からぬ行動を起こし、「こんな状態では旅行になど行けないわね。」と言う理由を母は毎年無理矢理作り出し、人前に出られない程の青い痣が顔じゅうに広がるまで彼女は私を殴り続けました。
 

当然そんな状況ではお花見どころではなくなり、家族がお花見に行っている間私は否応なく自宅で留守番をせざるを得ない状況になり、毎年春のこの時期になると、(24歳で実家を出た後でも)私はそのトラウマと格闘しなければなりませんでした。
その影響で、春の鬱は私が現在の夫と結婚するまで付き纏いました。

 

 
ですがそれは、ある事を機に改善されて行きます。

記憶にある限りで書くと、2010年3月にKono Hana Sakuyaを録音した時が最初でした。

 


そして二度目が、2018年にリリースしたアルバムWa Jazzの中で、天照大神(あまてらすおおみかみ)を描いた時でした。
 

 

これはこのブログのこの記事で初めて書くことですが、アルバムWa Jazzのアートワークの「和」を久々の書道で描いた直後に私は、天照大神と或る約束を交わしました。
それは、「より強く天照大神と私とのパイプを深める意味も含め、毎年神様の頬を撫でるような優しい思いを心に、桜の花々を愛でること」です。
 
この約束はどこか私自身のマインドのブロックを開放させてくれるような意味合いを持っており、それから私は毎年、何れかのSNSやInstagram、時にはFacebookの個人アカウント(現在は執筆停止しています)等に、その年の桜を沢山撮影し、収めて来ました。
勿論デジカメを未だ持っていないので、これまで掲載して来た桜の写真は全てスマートフォンで撮影したものになります。
 

 
これはこの記事に書こうかどうか迷ったのですが、お姫様(天照大神を私は普段、こう呼んでいます)に「書きなさい」と言われたので、そのままここに書きますが‥。
 

最近よく言われる「低級霊」と言う言葉について。
この言葉に表されている「低級霊」は現実的には、存在しないとのことです。お姫様(天照大神)の直々の言葉なので、これは間違いないでしょう。
 
※よく「低級霊」を動物霊のようなものとくっつけて考えているヒーラー未満の人達の話しを聞きますが、土台動物や人間以外の生き物の言葉や思い等を理解出来ない人間に、動物霊を語る資格はありません。なので、以後動物霊や低級霊等を引き合いに特定の個人の霊格を貶めるような文言を見掛けたら、それは全て、その言葉を発した人から特定の人物への個人攻撃或いは嫉妬心の代弁だと思った方がベターです。※
 
理屈は至ってシンプルです。
ものの「霊」とは、生前の所業によって決定されます。つまりその生命が生き物として生きていた時分にどのような功績を残したのか‥ が、死後の霊格の基盤になると言うのが一つの仮説。
もう一つの仮説は、その「生」がそれまで歩んで来た命と振舞いの変遷(例えば陰徳をどれだけ積んでいるか‥等)が、死後の霊格の基盤になると言うものです。
 

私の場合はリラ星に巫女として生きた時代からの長い月日とその間の陰徳を霊体が積んでいる為、上記の両方を跨いでいると言うのが神々の共通認識としてあるようです。
 
但し私の霊体の基盤が人間離れしている為、私がその現世現世各々でどれだけ普通に振る舞っても、そこには既に「高い霊格」が付いて回ります。
つまり私が人間としてだけではなく、仮にその他の生き物に生まれ付いたとしても、降臨した段階で既に高い霊格を持っている為、なかなか普通の世界に馴染みにくいと言うデメリットを併せ持っているとも言えるかもしれません。
逆にそのデメリットの裏返しとして、私がどんなジャンルで何を行ったとしても「普通」の枠をあっさり超えてしまう為、余り庶民的な人との関わりを持たない方が物事が上手く行くと言う、何とも言えない特徴もあるようです。
 

人と馴染めないことには色々な理由がありますが、「私の場合はそもそも庶民的な現世世界が私の馴染むべき世界ではない為、無理に馴染む必要がない」と言うのが、これまで密かに関わって来た神々の共通の回答として弾き出されています。
 
この「馴染めない」を強引に「価値のないもの」とか「低級霊に取り憑かれている」‥等と言う現象と結び付けようとする人が一部居るようですが、そもそも「低級霊」と言う実在しないものを引き合いに持って来る段階で、ナンセンスとしか言いようがありません(笑)。
 

 
私は常に孤独であり、孤高です。
過去と現在と未来を同時に見据え、その世界に何をもたらせば最も良い世の中になるのか‥ と言う事を常に考えて生きています。
それは個人的に関わっている誰かに特別なクーポンをもたらすようなものとは全く異なる為、至って表面的には地味に見えます。現世的には「何もしていない人」のように見られることも多々あるようですが、私は別に構いません。
 

今日、実は生まれて初めてモンブランの高額な万年筆を購入し、今その感触を堪能したところです。
本物に触れると、それまで触れて来た本物未満との大きな差に気が付きます。勿論本物未満にはそれはそれの良さがありますが、本物に触れた後にはもう、それ以前には戻れなくなります。
本物以外を必要としなくなるのです。

 
スピリチュアルもそれと同じです。
他者の、私に対する評価も同様です。実際に私と深く関わった人の中に、私を悪く言う人は居ません。(勿論、マウント目当てで最初っから私に対し、いつかマウントを取ってやろう‥ と目論んで近づいて来た人については、これには当てはまりません。)
 
確かに私はとても難解な人間であることは重々承知ですが、芸術家なのだから当然の事です。むしろ、いっつもペコペコ人に頭を下げて身の丈よりも小さくまとまっている方が、余程不自然です。
 

 
この記事の最後に、2018年にリリースしたアルバム『Wa Jazz』から、天照大神(あまてらすおおみかみ)の威厳と慈愛を余すところなく表現した『Miyabi』(YouTubeのDidier Merahのトピックからの引用)を掲載します。


【予告】
近日中に、亡くなった私の弟・大輔との思い出話と近況を綴ります。

 

謎の韓流天才アーティスト Tae Yoon Kim!

人生の大きな転機を迎えた私。そんな私が今、自身の半生を自分の中で集大成する為の音楽の整理を続けている。
特に旧作 J-Pop に良作が多く、絶版間近のCD等の音源を一気に手中に収めるべく、古い中古CDを買い集めている最中だ。
 

今日は山下達郎の旧作を中心に、Amazonでポチ、ポチ‥ と5枚のCDを購入したところだった。
アルバム中に一曲だけ欲しい作品がある場合には、YouTubeやSoundCloudから音源を探してストックしている最中の出来事だった。
謎のアーティスト、Tae Yoon Kim の恐ろしく凄まじくお洒落な音源を見つけて歓喜している。

オリジナル作品はなく、多くがAOR系の楽曲のカバーだが、ビックリしたのがこれ、山下達郎の「Sparkle」のカバー動画だ。
 

 
冒頭から自身のギター演奏でブイブイ、兎に角何の迷いもないこのカンペキなカバーに驚いた。しかもスムーズであり奇跡性をほのめかすでもなく、ただただ無表情に奏でるのみ‥ と言う、この独特のクールさにロックオン!

さらにはこれがただの完璧なカバー動画であるにとどまらず、後半に向けてグイグイと自身の感性でアレンジを加えながら完全疾走して行く、このエネルギーは圧巻だ。
 

 
一体この人は何者ぞ!と思い色々調べてみたが、似たような面立ちの別の俳優のプロフィールが見つかるだけで、この人 Tae Yoon Kim 本人のプロフィールになかなか遭遇出来ずに居る。
似た人とこの人とが同じ人物にはどうしても見えなかったので、ここは調査未遂と言うことで掲載は控えたい(‥が、もしかすると俳優 Tae Yoon Kim と音楽を奏っている Tae Yoon Kim が同一人物である可能性も捨て切れない‥)。
 

性別は男性、出身は恐らく韓国であろう、それ以外は全く伏せられた謎のアーティストのYouTubeチャンネルには、なぜか日本のAOR系のポップスのカバーが多く、動画説明にも流暢な日本語が韓国語と一緒に書かれてある。

多くの日本の歌手やミュージシャン等のパフォーマンスはどこかニヤけており、最初は良いが段々とそれが鼻に付いて来るが、この人 Tae Yoon Kim は良くも悪くも徹底的にクールで不愛想でめちゃめちゃ上手いので、それが大きな吸引力となって楽曲(動画)の後半に急激に勢いが加速するような印象をリスナーに与えるのかもしれない。

特にこの山下達郎(Tatsuro Yamashita) – Sparkle(スパークル) Cover by T.Y.Kimは、本当にヤバいのだ。
よくよく聴くと、ヴォーカルは完全に自分の表現で歌い切っており、コーラスだけがご本家 山下達郎の裏声を完コピしているように聴こえる。

確かご本家の録音のコーラスの一部を吉田美奈子さんが担当していた筈で、彼女の持つうねり(唸り)の周波数が Tae Yoon Kim のコーラスワークでは省かれてはいるものの、耳コピが余りにも上手く行き過ぎているのでぼんやり聴いているとその事すら気付かないまま一曲を歌い切られてしまう。

そのご本家 山下達郎の『Sparkle』も、下に貼っておく。
 

 
格付けクイズで黙ってこの作品を出題したら、恐らくGACKT以外誰もが Tae Yoon Kim のコピーの方が本物か、ご本家 山下達郎の原曲の方がコピーなのか分からなくなって、大いに混乱するに違いない。
 

 
‥さて、話題を Tae Yoon Kim に戻して。
アップテンポの『Sparkle』だけでは検証としてはツメがアマいので、他の作品も漁ってみたところ、これまたバラードも泣かせてくれるではないか!
あたしの涙腺を壊さないで下さいな、Tae Yoon Kim さん‥(号泣)。

その、問題のバラードの動画が此方。
 

 
ついついヴォーカルの表現力だけに意識を奪われそうになるが、よ~く編曲を聴いて頂きたい。
細かいピアノのリフ、コードプログレッションの緻密さにコーラスの厚み、音の取り方に至るまで兎に角隙が無いのだ。

下がオリジナル 山下達郎の『TOUCH ME LIGHTLY』だ。⇩
 

 
Tae Yoon Kim と比べると声質が断然ご本家の方が柔らかいが、ある意味物真似に寄せることなく堂々と自身の声で勝負を賭けて来た Tae Yoon Kim のある種の自信と度胸が凄まじいばかりに、ずっと聴いているとどちらがご本家か一瞬分からなくなる。
まさに Tae Yoon Kim のカバーは、もはやカバーを越えたカバー、原曲を超えるカバーであると言っても良いだろう。
 

さて、この記事の〆の曲には、良い意味でかなり迷った。最終的にこの楽曲『PAPER DOLL』に軍配が上がった。
ご本家 山下達郎のナンバーの中では比較的マイナーではあるが、Tae Yoon Kim の解釈 & 表現がこの曲に関しては完全に原作を超えたとすら思わせる、兎に角この恐るべき表現(解釈・アレンジその他を含む)スキルをとくとご覧あれ!

※動画(上)が Tae Yoon Kim のカバー、(下)にご本家 山下達郎の原作を掲載して、この記事を〆たい。
 

 

 
※山下達郎さんの動画は著作権の事情で、時々いきなり削除されます。その時は別の動画を探して可能な限りリンクを貼るようにします。
 

本記事はnoteより此方へ移動しました。(https://note.com/didiermerah/n/n010555b326af)

八神純子を味わい尽くす – 表現分析

勿論私にとって彼女・八神純子はリアルタイムに推して来たシンガー・ソングライターだ。
1978年、20歳でデビュー後、「みずいろの雨」を始め多くのヒット曲を生み出す。1986年、2歳年上の音楽プロデューサーのジョン・スタンレー氏(現在は弁護士)と結婚後、二児に恵まれる。
 
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件から数年間、活動を停止した後、2011年3月11日の東日本大震災を機に活動を再開。
この11年間、彼女の活動を停止させた理由は、(2001年に起きたアメリカ同時多発テロの後から「飛行機に乗れなくなったこと」だったと言う話しが聴こえて来る。
 
天性のベルベットヴォイスを武器に、枯れ始めた今も尚美しい声を余すところなく披露し続けている彼女だが、個人的な主観として書かせて頂くと私は、若い頃~活動中盤期の彼女の声と表現が最も好きだった。
 
活動第一期の作品の中で特に印象深い作品はと言えば、この曲「Two Note Samba」だろう。YAMAHAに在籍していた時期ではあるが、この作品はYAMAHAの小さな鳥かごからの脱出をささやかに求め、外界に微かな希望を見い出す彼女の心情が強く感じ取れる。
 


同じ作品を八神氏は『ヤガ祭り 2017』の中でも再演しているが、若い頃の表現に比べると脂っこくてリズムの頭打ちがルーズで、声のアタックが後に後にズレているからどこか演歌に聴こえて気分がムズくなって来る。
 

 
人には「枯れてなお良くなって行くパターン」と、「枯れると表現がくどく、しつこく粘り気を帯びて悪くなって行くパターン」とに分かれるようだ。
彼女・八神純子の場合は後者にあてはまる。確かに声量は若い頃よりは伸びており、彼女の持ち味である肺活量にまかせて規定量以上の声量が出ているかもしれない。
だが、表現が大雑把になっており、全ての表現が声量任せに転じてしまい、繊細な表現の質が確実に落ちてしまったのは、ファンとしてはとても残念だ。
 

私が最も好きな彼女のアルバムは、恐らくコレ、1985年2月にリリースされたCommunicationだ。このアルバムのサウンド・プロデュースを務めているのが、彼女の現在の夫であるジョン・スタンレー氏だ。
アルバムCommunicationリリースの翌年に、二人は結婚している。
 

 
Communicationをアルバム全編通して聴くとよく分かるが、八神純子の声質に力強さと母性が新たに加わっており、それがジョン・スタンレー氏(当時の)が得意とするコンピューター・プログラミングの音色と絶妙にマッチしている。
だがこのアルバムがリリースされた当時は、それまでのYAMAHA時代の八神純子の世界観に慣れていたリスナー層からのブーイングがかなり多く、あちらこちらのレビューに容赦なく投稿されるダウン・タンブル的な酷評が彼女の評判をこれでもかと言う程、急激に低下させて行った。

だがアルバムCommunicationは今聴いても垢抜けてさっぱりとしており、表現の切れ味が鋭い。無駄なロングトーンも無ければ、余分なスキャット等も徹底的に抑え込まれており、後味がとても良いアルバムだ。
又、ジョハナスバーグの歌詞に見られる、ある種社会風刺的な歌詞も印象的だ。

 


 


売れて行った多くの歌手達が陥るのは、誰からも愛される歌手になろうと言う欲の沼に堕ちて行くことだろうか。
思えば渡辺美里、中島美嘉、槇原敬之、華原朋美等、どこか突っ張っていたり毒を持ち味としていた歌手の多くがこの沼に足を取られ、結果的に毒にも薬にもならない歌を歌い始める。それこそが歌手としてのポピュラリティーの在り方なのだと、誰かが彼女たちの耳元で悪魔の声を囁くのだろう。
 
結果的にはカスッカスの音楽こそが「万人に愛される作品だ」と言う妄信に取り付かれ、自分にしかない持ち味を根こそぎ奪い取られて枯れ始める。
八神純子も今、その沼の一員として片足と半分を突っ込みかけているように見える。
 

長きのインターバルを経て2012年にリリースしたアルバムVREATH~My Favorite Cocky Pop~の中で、彼女はデビュー曲思い出は美しすぎてを再収録しているが、これが脂っこく粘って粘ってどうにも気持ちが良くない(笑)。
 


やはりこの曲に関しては、デビュー当時のさっぱりとした表現の方が断然聴きやすい。
興味のある方は是非、比較して聴いてみて頂きたい。
 

特に歌手は老い始めた頃に、若かりし頃に無駄にして来た声量や肺活量に強く固執する傾向に陥るようだが、必ずしも声量が伸びたからと言って「良い表現に到達出来るのか」と言われると、そうでもないようだ。
 
特に最近の華原朋美を見てもその点は共通しているが、華原の場合はむしろ音程がふらついていた若い頃の方が表現が冴えていた。
それもこれも恋のなせるワザだと言われたらそれも要因の一つかもしれないが、良くも悪くもこれは表現に於ける「初心」を手放してしまうことによる表現の劣化であると言う点は、見逃してはいけないだろう。
 

さて、この記事の最後にどの楽曲を〆に貼り付けようかと、先程からずっと迷っている。なかなか良い曲が見つからない(笑)。
出来れば比較的最近の楽曲で評論記事の〆を飾りたいので、苦肉の策の末に選んだ曲がこの作品「月に書いたラブレター」だった。だが、やはり一番好きなMy Favorite Yagamiと言えば「夜間飛行」だろう。

と言うことで、両方2曲を最後に貼ってこの記事を〆たいと思う。
※両楽曲共にレコーディング版ではなく、Live版の方が断然良かったので、そちらを貼っておきます。
 

 

私の半生と苦痛 – ⑥遺産横取り計画の全貌

 

弟(故)・山田大輔の妻「りえさん(仮名)」について、少し触れてみます。
これは実家の遺品整理中に発掘した「身上書」からの引用です。
 

弟(故)・山田大輔の妻「りえさん(仮名)」 経歴

千葉県某所出身。開業医の長女として生まれる。
慶應義塾大学 薬剤部卒業。
職業は薬剤師。
「大学病院では主に抗がん剤治療に携わっていた」と、勤務先のウェブサイトに記載されています。
 
家族関係は両親と妹が一人。多数の親族に恵まれている様子。
ある時期を機に西洋医学から中医学に魅了され、漢方の世界に入り、現在に至る。
 

弟に結婚を勧めたのは、姉の私でした

弟(故)「山田大輔(本名)」とのなれそめを私は知らないのですが、2012年に私が父の遺産整理の過程で実家に帰った時に、大輔本人から聞いた話しによればその時点で「りえさん(仮名)」とは既に10年強の交際期間があったとのこと。
その会話の中で大輔に結婚を勧めたのは、姉である私でした。

「そんなに良い人が居るんだったら、モタモタしてないで早く結婚してもいいのでは?」と言った会話を、今も忘れません。
その会話から数時間後に大輔の携帯電話に「りえさん(仮名)」から連絡があり、その電話で大輔が「今、姉が帰って来てるから詳しいことは後で‥」と言ってリビングを出て内緒話しをしていたので、「りえさん(仮名)」が私に2021年12月26日の電話で私について「全く存じ上げませんでした。」と言った言葉は明らかに嘘です。
 
弟(故)・大輔と私が実際に目を見て話しをしたのは結局、2012年の晩秋が最後になりました。その後大輔とは何通かのメールの末にふとしたことが原因で文字の口論になり、それが切っ掛けで疎遠になりました。
そのまま大輔は私に対して憤慨感情を継続させ、姉の私を招待しない方向で一世一代の晴れ舞台である結婚式へと突入して行きますが、死後の大輔本人から聞いた話しには伏線がありました。
 
結婚式直前で、「やはりこのままでは良くないのではないか‥」と母や「りえさん(仮名)」、数人の親戚或いは友人に相談をしたようですが、そこで「精神薄弱児をそのようなおめでたい席に招くのは如何なものか‥」と釘を刺されたとのこと。
そのまま押し切られるように、姉である私に秘密のまま2014年秋に大輔と「りえさん(仮名)」の結婚式は開催され、その一年後に大輔は持病の悪化と急変により、亡くなりました。
  

弟・大輔逝去後の「りえさん(仮名)」の変遷

大輔が亡くなった後、「りえさん(仮名)」と母・山田雅枝との関係性は大輔の生前にも増して深くなり、双方共に色々と心に思惑を抱いた状態で交流が続いて行きます。
※これは母の遺品から見つかった複数のメモの他、(生前に)母が誤って一斉送信したメールの原文等からその様子を推しはかることが出来ました。
 
母の毎年の手帳メモには、毎年年末に訪れる「りえさん(仮名)」の誕生日プレゼントのメモ書きが詳細に記録されており、未遂に終わった2021年・年末の「りえさん(仮名)」へのプレゼント予定は、どうやら「ローストビーフ」だったと言うことも分かっています。

 
又、両親の親戚関係のイベントの中にも母は悉く「りえさん(仮名)」を連れ回していた形跡があり、その中の一つが以下のように写真に残されていました。
 


左から「りえさん(仮名)」母・山田雅枝、従妹(A家)の「なみさん(仮名)」、一番右が同じく従妹の「えみさん(仮名)」です。

 

この記事のタイトルになっている「遺産横取り計画の全貌」の主役として、従妹(A家)のえみさん(仮名)」「りえさん(仮名)」と連盟でS弁護士に「山田雅枝様相続の件」で相談依頼を持ち掛けていますが、二人共に山田雅枝の遺産を相続する権利はありません。
あくまで私に内密に、私を阻害しさえすれば山田家の遺産を相続出来るかもしれない‥ と言う安直な欲深さが、彼女等を急き立てた結果の暴挙と言えるでしょう。
 

「遺産横取り計画書」と思われるメモの中に、母が度々「自宅をりえさん(仮名)とえみさん(仮名)に譲りたいと思っている。」‥ と言っていたとかいなかったとか、そのような記載がされていましたが、自分の過去の経歴(母自身の離婚歴その他)を隠し通す為に娘を長年虐待し続け弟にさえその事実を隠して来た人。

そして母自身がかなり大きな財産を隠し持っており、兎にも角にも「大輔、大輔のため」と言う理由で私の人権を奪い続けて来た人が、いざ、大輔が心臓に爆弾を抱え大きな手術をした時に大輔の入院費や治療費を一銭も出さなかった人です。
そのような人が自分以外の他人に本気で財産を譲ること等、絶対にあり得ません。
 
※結果的に大輔は母の虚言を最後まで信じ通し、母にはお金がなくてとても辛い思いをしている‥ と思い続け、それが実は全くの嘘だったことを死後に知ることとなった大輔の心情を思うと、流石に姉として私の方が辛くなりました。
母、山田家の全てが嘘の上に建てられた虚像の城だったわけですから。
 
又そのような戯言を真に受け、欲の皮を突っ張らせた上、依存するような「りえさん(仮名)」や従妹の「えみさん(仮名)」にも、問題大ありです。
 
母はどうやら「りえさん(仮名)」に母名義の携帯電話を渡し、その電話料金を母名義のクレジットカードで支払っていた形跡が見られ、さらには毎月「りえさん(仮名)」にお小遣いまで渡していた‥ とのメモ書きも、母の遺品から見つかっています。
ですがそれは自宅を譲りたい云々とは関係のない言動であり、「本物の娘=精神薄弱児」と言う偽造の設定が生み出したもの。
母は人生の復讐を遂げるかのように偽物の娘に依存し続けながら、自身が孤独に陥ることのないよう身を守っていただけのことだと私は見ています。
 

遺産横取り計画の全貌

さて、前置きはこのくらいにして、領収書と一緒に見つかった「遺産横取り計画書」とでも言うべきもののコピーを、この記事の最後に公開します。
 
母の亡くなった家に入り、母のバッグや持ち物、通帳等を丹念に家探しした上、親族でもないあかの他人が法定相続人を出し抜いて弟が懇意にしていたS弁護士と共にこのメモを作成し、それに対して「実費預り金: 50,000円」を受け取った上で弁護士も相談依頼を受けていました。
この写真を見て、誰の言うことが真実なのかどうか、是非ともご自身の目でご確認下さい。