堰を切ったようにこのところ、物事が上手く行き始めたような気がします。それもこれも、長年私を押し潰して来た「圧」の根源が一先ず、この世界から消えたことによる影響なのでしょう。
ずっと「圧」には悩まされ続けて来ました。今治療途中の「ばね指」も「圧」による弊害の一つですが、少しずつ、薄皮を剥ぐように治っています。
勿論亡くなった母だけではなく弟(故)の嫁も含め、私を良く思わない人達全てが居なくなった訳ではないのですが‥、例えば弟・大輔(故)の嫁・りえさん(仮名)が(管理費の高い)同じマンション別階からひっそりと消えて転居せざるを得なくなったように、これまで私の前途を平然と押し潰して来た人達にそのツケが全て跳ね返って行く事になると思います。
母が亡くなる約三ヶ月半前の夏のある日、大きな霊団の手筈により(母が)霊体を剥奪された瞬間の音を聴きました。あの、妙な鈍く重い音はこの先一生、記憶から消えることはないでしょう。
その三ヶ月半後に、母は永眠しました。
生命と霊体との繋がりを、あの時程身近に感じたことは今までなかったと思います。
全ては母自身のこれまでの言動が引き寄せたこと。同情の余地はありません。彼女が招いた最期だったと、私は思っています。
近い将来、私は母が逝った後に残された実家をリフォームし直して、そこから第三の人生をスタートする予定です。
因みに実家マンションの管理費は、およそ一軒で15,000円/月ぐらいになります。我が家(実家の両親)は二軒分を一軒として最初に購入している為、物件の維持費は倍になります。そこに毎月積み立て修繕費がさらに管理費と同等額乗って来ます。
つまり部屋の維持費だけでも毎月数万円には上るので、流石に中医学関連店舗のバイト代を主な収入源に生計を立てている弟(故)の嫁・りえさん(仮名)一人では、このマンションの家賃の支払いの継続は無理だったと思います。

まだまだ前途多難ではあるものの、第三の人生に向けた一つ一つが一気に進み始めています。それもこれも、法破りな方法ではなく一個ずつを誠実に、何より私が肝に銘じるように人と正直に向き合っているからこそもたらされる、「神様からのご褒美」ではないかと私は感じています。
そんな私と夫の現実的な一歩(いえ、二歩から三歩‥)を祝し、昨夜は美味しいシャトーブリアンをたっぷりと堪能して来ました。
若干疲れが出ていた私も珍しく赤ワインを頂き、ライスは省いてその代わりに野菜サラダを多めに摂取し、栄養価を考えつつも味覚を大いに揺さぶってくれる内容の良い食事を堪能しました。

美味しい料理は「何を食べたか」に加え、「誰と食べたか‥」がとても大切な記憶として積み重なって行きます。さしずめ今の私は、夫と食卓を囲む時間に幸せを感じています。
昨夜夫と二人で、シャトーブリアンを食べながら思いました。
もしも弟・大輔(故)の嫁・りえさん(仮名)が最初から私に誠意を尽くしこれまでの詳細を全て正直に話し、尚且つ私の目を見て心から私に詫びを入れていたなら、共にシャトーブリアンを食べる未来があったかもしれないと‥。
亡くなった母は頻繁にりえさん(仮名)を呼び出しては、近くのレストランや和食のお店等でリーズナブルな洋食やお蕎麦などを食べに出掛けていたようです。私なんかよりしっかりとお金を貯め込んでいた筈の母でも、流石に気兼ねなくシャトーブリアンを、りえさん(仮名)と共に食べるようなことは無かったようです。
なぜならば母は自分には高価なものを、他者にはそうでないものを恩着せながら差し向ける人でしたから。
母はあくまで亡くなった大輔の身代わりとしてのりえさん(仮名)と、接していたのではないでしょうか。一人の人間としてではなく、あくまで彼女・りえさん(仮名)は弟(故)・大輔の身代わりでしかなかったと思うと、それはそれで何ともやりきれない気持ちになります。

かつて若かりし頃に少しだけ料理人もどきを仕事にしたことがあり、私の味覚はかなり冴えています。細かい調味料を全部言い当てるには至りませんが、食すことで多くの料理の情報を舌の上で吟味分析することが出来ます。
食べることが大好きだった母(故)や弟・大輔(故)はそれぞれ食の好みは違いましたが、もしも私を味方にしていれば、もっと多くの楽しい食卓を共有出来たことでしょう。
同様に、大輔(故)の奥様のりえさん(仮名)も、接し方次第では私から多くのものを引き出せた筈です。私は根っこは、ケチでも意地悪でもないので。
本当に残念です‥ としか言いようがありません。全ては因果応報、自身が発したものや心掛けは全て未来の自分に返って行きますから。
さて、この記事に貼り切れない写真が数枚あるので、そちらはサクっとInstagramに掲載しておきます。
57年目の私の春は、なんと解放的なのでしょう。美しい桜の花々を何度も愛で、そして木々たちと静かに会話を楽しむことも出来ました。

でも私の本当の春は、これから訪れます。