約束と祈り (Promises and prayers)

来月に相方の誕生日を控えているので、その辺りに箱根への旅を予定している。道中は相方の運転で現地に向かう予定だ🚙
自分で作成した色んなPL (音楽プレイリスト) を用意しつつも、やはり故 サビノ神父 (現 Hana) との思い出が心を優先するので、BGMはイタリアの音楽に。
 

 

記憶とか思い出は微妙にトラウマと重なり合うもので、サビノ神父を思う時にはどうしても実母の影が折り重なって来る。
 

実母が最後の最後まで執念深くサビノ神父との思い出の写真を隠した本当の理由は、一体何だったのか‥。遺品整理業者がとても良い業者だったので、段ボール何個分にも及ぶ分量の写真と言う写真を一枚残らず全て保管して私に渡してくれたが、見るからに古い段ボールの中にサビノ神父と私が最後に撮った写真がひっそりと隠れていた。
その場所がどこだったのか、数十年もの間分からなかった。どうしても思い出したい記憶だけがぼんやりと霞が掛かったように思い出せなくなっていたが、それもこれも実母が仕向けた圧のようなものの一種だったように思えてならない。
 
限られた時間の中での遺品整理の中で私はどうしてもその写真を探し出したかったから、念を込めるように一枚一枚捲って行くと、とある束の中に笑顔のサビノ神父が目を覚ました。
幾度かの交霊の末に、最後の写真を撮影した場所をサビノ神父の霊体から聞き出すことが出来た。
箱根のとあるホテル内のレストランだと分かった。そこに辿り着くまでに、40数年を要した。
 

 
思えば私と神父との出会いは既に過去世に在り、そこ (トスカーナの山中の車道の事故現場) で私たちは忘れ得ぬ固い約束を交わしたのだろう。仮にサビノ神父が “Hana” として転生した今でもその記憶を抜きに全てを語ること等出来なくて、その時を思い出す度に心臓辺りがしくしく痛んで仕方がない。
 
コーヒーとワインとパスタが大好きなサビノ神父のことを、私が家を飛び出た24歳の時から片時も忘れたことなどなかった。だが如何せん、当時の私の心は壊れていた。私を壊したのは紛れもなく、山田家とその親戚全員だった。
私は壊れながらもどうにか平常心を保つことに一生懸命だったが、今にして思えばやはり壊れていたのだろう。
実家の遺品整理の時に見つけ出した写真の中には、下の写真のようなサビノ神父が何かの目的で撮ったと思われるブロマイドのような写真が複数あった。
 
きっと母はサビノ神父を個人的に好きだったのだろう。だからなおさらのこと、神父の気持ちが私に向くことのないよう、神父から私を遠ざけることに必死になったのかもしれない‥。
 

 
故 サビノ神父が神父としての霊体を今よりも強く保持していた時に、相方 (天野玄斎) が神父の霊体の心臓に張り付いた真っ赤な炎症を取り除いてくれた。その瞬間故 サビノ神父は本物の自由を得て、それまで固く凝り固まったようになっていた霊体がひときわ大きくなったように私には見えた。
わずかな母の霊体が神父の霊体の周囲を鎖のように縛っているのが見えたけど、相方のヒーリングの後にその呪詛 (呪縛) も解けて、故 サビノ神父はそこで何度目かの転生の機会をようやく得ることが出来たと後から聞いた。

生まれ変わった故 サビノ神父 (現 Hana) とは未だ現世での再会は果たせていないけど、その時はいつか必ず訪れると私は確信している。私が確信したことで、これまで叶わなかったことは一つもない。

念じることはいずれ祈りとなり、それが正しい祈りならば願いはいつの日か必ず叶う。

過去世で交わした幾つかの約束は、一つずつ現世 (現在の私) で叶って来た。リラ星の妹との再会もじきに果たせるだろう。
リラ星の妹は今某業界の第一線で活躍している。彼女は今回も、彼女が作り出した新しい作品の中にふんだんに、私たちの最期の約束の合図でもある “光” を散りばめている。
同じ記憶を持つ人にとって、その “光” は特別な意味を持つ。
彼女が送って来る “光” に返す新しい作品が今は未だ手元にはないけれど、私が毎週欠かさず作っている音楽のプレイリストを通じて彼女には必要にて最大限のアンサーを送っている。
 

音楽は私たちにとって、手紙のようなものだ。
喜びたい時、泣きたい時、抱きしめたい時、‥その時々に応じて私のPLには必要な音楽を詰めて解き放っている。そのシグナルに彼女も応えてくれる。
静かなやり取りは地球全土の人々に向け、各々に必要な形や響きとなり届くと信じて、手の負傷の緩やかな改善と共に数年以内に私は新作をレコーディングする予定を立てている。

 

桜と私

暫く体調を壊して休養していました。
その間に世の中が粛々と変化して行く様を、寝室の中で感じながら悶々としていました。
通りをひっきりなしに疾走する救急車の数が日増しに増えるその度に、世界から一つまた一つと消えそうな命の叫びが聴こえるようで、胸が痛みます。
 

ずっと桜の季節が嫌いでした。それは毒親の影響が大きいのでしょう。
毎年お花見とは名ばかりのイベントが計画され、その時その前日になる度に私は母親の不当な暴力を受けました。
目や腕の皮膚を母親の握り拳が激しく殴打し続け、お花見当日の朝になる度に私は全身痣だらけになりました。当然そんな姿でお花見など行ける筈もなく、否応なく私は留守番をすることに‥。
それが私以外の三人の家族にとって、ベストな状態だったのです。
 
毎年そんな状況が続き、私は最初から家族の中に存在しなかったように私以外の家族三人が、何食わぬ顔でお花見を楽しんで帰って来ます。
千円程度のお金がテーブルの上に置かれ、それで何か食べてね‥ とにこやかな顔で母に言われ、マクドナルドでハンバーガーセットを買ったり松屋で牛めしを買って、家で一人で食べました。
 
私は家族の中で、最初から存在を許されない人でした。
 
 

 
そもそも大のカメラ好きだった父の趣味を奪うように、私が家を出る頃になると母は (本来ならばそんなお金など無い筈なのに) どこかからか資金を捻出して高額のカメラを買い始めたことを、今でも覚えています。
特に桜が好きと言うわけでもないのに、このシーズンになると母は井の頭公園に行っては桜を撮って楽しんでいました。そしてマウントするのです、私や父に対して。
母は人に「先生」とか「アーティスト」等と呼ばれたかったのではなかったかと、今になるとそう感じるのです。
 
私が大学を卒業し24歳で家を出る頃には、すっかり桜が嫌いになりました。桜と母の虐待が記憶の中でセットになり、私を苦しめるからでした。
そんな私が今では大の桜好きに変貌し、それもこれも最愛の夫のお陰だと感謝しています。
 

2022年に前の家から転居し、それまで一人で桜を撮っていた隠れスポットを離れてしまったので、去年は殆ど桜の写真を撮ることが出来ず今年。
掲載している写真の桜は各々とても細く花付きもそれほど豊かではないのですが、構図次第では大木の桜の樹のようにも見せることが出来るところがカメラの不思議なトリックです。
上達したのは私の腕ではなくて、スマートフォンのカメラの性能(笑)。文明の利器を利用しない手はありません。
 
 

 
昨年実家を売却する際に遺品の整理をし、その最中に母が撮った花の写真を大量に見つけましたが、どの写真も焦点のぼやけたものばかり。写真と呼ぶに相応しくないものでした。
結局全部処分しました。
忌わしい記憶や思い出と完全に決別しなければ一歩も前進出来ないと思い、母自身が写っている写真も殆ど処分しました。でも、だからと言って私の中に在る辛い記憶と決別出来るかと言われたらそうではなくて、私の中には未だ両親や弟からの虐待や嫌がらせの記憶が息づいているのが苦しいです。
 
四方八方が敵だらけだった私の半生。
夫に「私は間違っているのかな?」と訊ねてみたのですが、彼は頑として「一つも間違ってないよ。」と言います。それは恐らく彼の本心であり、真実だと私も確信しています。
 
私がこのブログで、亡くなった弟の奥方 (Eri Y.さん) を含め親族の過ちについて綴り始めると、すぐさま Eri Y.さんの知人を名乗る誰かしらからInstagramにメールが寄せられました。その人物は私に、自分は知っているけれど私が知らない多くのことがある‥ と告げて来ましたが、実家の真実の最も近くに居たのは私であると言う確信は物理的な証拠として手元に今も在ります。
家族も親族も、私に知られては困る何かを私に探られることを懸念したから、私を実家から早々に追い出し一歩たりとも実家に近づけさせぬようにして、徹底的に親族の輪から排除したのでしょう。
 
 

 
上記の書類も、その証拠の一つと言えます。
 
今このタイミングでこのメモを読むと、母の話していた「家にはお金がないのよ。」と言う口癖が全くの嘘であることは明白です。
ですが母はどういう訳か清貧思想を深く心に持っていて、音楽高校に進学した私が経済的には豊かではない人を友人に持つように仕向けられました。それが私はたまらなく嫌で仕方がなかったので、その頃から私は親に内緒の収入を得る為にレコード会社にデモテープを持ち込むようになりました。
その夢さえも折に触れ母は妨害し、当時爆発的に売れた「爆風スランプ」のディレクターに無理矢理私を会わせましたが、感性の合わない人とは上手くやって行ける筈がありません。
 
[ 中略 ]
 

私は「暴きの星」を持っています。多くの虚偽が私を捉え、虚偽の側からそれを私にを暴いて欲しいと嘆く時、私の「暴きの星」が疼きます。
遠い過去世で私はジャンヌ・ダルクとして生きました。最終的にジャンヌは異端審問にかけられ、火あぶりの刑に処せられて最期を迎えています。その時周囲はほぼ敵だらけだったと記憶しています。
でもそんな中にも時折影の助っ人が現れ、彼等は自身が私の助っ人だとはバレないように私を何度も助けてくれました。
 

色々な記憶が渦巻き、それが自分の過去世だと分かるまでには数十年の月日を要しました。そして私自身を知る旅は困難を極めましたが、現在の夫が私を私自身に引き合わせてくれたのだと思っています。
 
今年はそう遠くない場所の桜のスポットでお花見を二人で楽しんで来ましたけど、いつかもう少し田舎に出向いて桜のシーズンを満喫したいと思っています。
 
桜と言えば、私の中では「木花咲耶」を連想します。何故かは分からないのですが、今日のお花見の最中も天界からずっと私たち夫婦を見守っていて下さいました。そして天照大神も‥。
自然神と大の仲良しの私は、日々の折々で彼等にとても救われているように感じます。
 
穏やかな日々がこれからも続きますように。そう祈らずには居られません。
 
 

Equinox 2024′

大袈裟に聞こえるかもしれませんがこの数週間、宇宙からの圧、亡くなった家族からの呪詛の欠片など、私は色々なものに襲撃されて体調を壊していました。
幸い夫が神がかったヒーラーなので、かなり救われました。
 
家系的に関節が弱いので、私はどうやらそこを付け狙われます。無理は禁物ですが、何も表現しない日々は逆に私を窒息させます‥。
 
 

 
明日、3月20日は春分の日。イクイノックスです。
CD Password に収録した “Equinox” はサブスクでは公開されていいませんが、その元となった初演の “Equinox” をここに置きたいと思います。
 
虹の橋の向こう側にも幸せが、きっと在るでしょう。
魂がしばしの眠りに就き、再び此方側の世界に戻って来れるように祈りを込めて🙏
 
 

[音楽評論] 藤井風 – 満ちてゆく (Michi Teyu Ku/Overflowing)

SNSその他YouTube等で「感動した」とか「泣いた」‥等のレビューが複数上がっているので、何度か藤井風の新作満ちてゆくの動画を視てみた。
 
私は藤井風の推しでもファンでもなく、自身が音楽や音楽表現の専門家であり尚且つ音楽評論家と言う立場で各自の作品を分析することが仕事ゆえ、ここでは客観的な視点で楽曲『満ちてゆく (by 藤井風) 』を分析して行く。
 


先ず一つ目の疑問はこのMVで、何故藤井風が老け役に扮したのかと言う点。
他の人のレビューは一切読んでいないのでその上で言えば、老け役 藤井風の大方の (私目線の) 想定はこうである。
 

彼は画家の父とそのモデルとなった女性の間に生まれたご子息であり、そこそこ裕福な生活をしていた。
だが運命の悪戯で両親が離婚し、母親の手一つで育てられた。だがその母親を水難事故で亡くし (あくまで私の憶測に過ぎないが) 、彼は孤独を強いられた。唯一母の墓を訪れることだけが彼の救いであり、そこへ行く時だけは人間も大人も忘れて自分に還ることが出来た。
 
誰かを愛することもなく、誰かに愛されることもなかった。なぜならば『母』と言う理想の女性以上のその人に巡り合えなかったからだろう。
老け役 藤井風の中で次第に母は理想を超えた理想の人となり、亡くなった筈の『母』が時折彼の目に映り込むが、それは実体のない亡霊としての『理想の人』だった。
 

たった一枚、美術館に飾られた『母』の写真は、画家だった父が遺した絵。
老け役 藤井風は遂に絵筆を取ることはないまま時が過ぎ、失った時間が彼を押し潰して行く。
彼 (老け役 藤井風) に残された時間はあと僅か。思い出も色褪せ始め、老け役 藤井風は時折現れる『母』の為にそれまでの人生のありったけを手帖に書き記す‥。
 


このMVには明かされた筋書きが既に存在しているような、そんな記述を走らせている人たちの文献も見かけたが、それは公式に開示されているものではないようだ。
なのでMVを視る人によって捉え方や解釈が違っても、それはそれで良いと私は思う。
 
それにしても『不在の愛』や藤井風の死生観をこれでもかとこの動画に詰め込み過ぎて、ややストーリーに無理のあるMVではないだろうか‥。
特に老け役 藤井風のそもそもの年齢が現在26歳だと考えると、彼の老け役がかなり薄っぺらく視えたとしても致し方ないようにも感じる‥。
 
藤井風が盛んにMVに持ち込む彼の死生観は、前作のMVの中にも随所に見られた。
 


全体的に共通しているのは、彼/ 藤井風がその時思ったことが彼自身の人生そのものであり、それが妙に血生臭さを帯びていることに藤井風自身が無頓着だと言うこと。
このご時世、特に2020年以降の私たちは生と死の境界線上に否応なく立たされている。そして身近に、多くの死者が実際に急増している、そんな状況に見舞われながらその現実をなるべく見ないようにして生きていると言っても過言ではない。
 
おそらく生身の藤井風は、どこか自身を宗教者、求道者に置き換えながら生きているように見えるが、それを音楽表現に挟み込んで行くには彼の霊体はまだまだ未熟だ。人生経験も浅い。
一説には彼がサイババの信者だと言う噂もあるが、描いているものを見る限りどこかあっちの宗教こっちの神様‥ と言う雑居概念が彼を取り巻いているように見えるが、実際はどうなのだろう。
 


これは余談だが、毎回藤井風の映像を観ていると、彼の視界がどこか四隅が歪んでいるか切れているか或いはぼやけて視えているのではないか‥ と私は思えてならない。
特にその印象が強かったのが、藤井風の旧作graceだった。
 


どこか視点が合わない印象が強く、段々とMVを視ている私の視界が狭くなって行く。それが何故かは未だに分からないが、藤井風の新作『満ちてゆく』の中で老人たちが集まって歓談するシーンを視た時も似た印象を持ち、正直心臓が縮み上がりそうになった。
これは私が持つ独特の映像記憶ともリンクしている何かの要因が悪さをしている可能性も大だが、何だか彼の映像を視る度に同じ感覚に落とし込まれるので最近藤井風の映像をなるべく私は視ないよう努めている‥。
 

話が大きく脱線したが、若干26歳にして世の求道者を切望しているようにしか見えない藤井風の『満ちてゆく』を聴いても視ても、涙ひとつ出て来ない私は人間としてどうかしているのだろうか‥?
それとも「涙した」‥ と言うメディアの印象操作が私には全く通用しないだけなのか。
 
何れにしても、藤井風のやったりげな小芝居が不自然にしか見えない『満ちてゆく』の唯一の取り得は、理想の女性『母』を演じたモデルの高橋マリ子さんが清楚で美しかったことだ。
 


メディアの印象操作は恐ろしいもので、結果的にこれだけ多くの人々に治験すら行われていない新型コロナワクチンを接種して行った。多くの薬害事例も出ており、ワクチン接種が原因と思われる死者も右肩上がりに増えている。
 
音楽や漫才等のTV番組も雑誌も政治も、その他多くのことがメディアの印象操作の末に暴走し、それらにともなう事件も後を絶たない。
何を信じて何を疑うべきか‥、そこに一個の正解がない以上全てを疑ってかかると同時に、自身の感性や直感、判断力を日々磨き込んで行くことで自分を危険から守ることが出来ると私は思っている。
 
有名だから、有名人が作り出したものだからその作品が素晴らしいとは限らない。ありとあらゆるものが印象操作の末にこの世に放たれているとしたら、その奥には必ず「大衆を洗脳している特定の人物」が存在する筈。
 
藤井風ブームもそんな「民衆を洗脳に落とし込む現象」の一つと、私はみている。
 

 

関連記事:

希望の転生 – reincarnation of hope

2024年2月29日、12:30pm⏱
大切な人 (旧 故人) が生まれ変わり、地上に還って来た⛪

勿論彼は過去世の記憶を持ち越して、少女の新しい居所を得たようだ。前世と身体の事情も違うので、色々驚きながら産声を上げている。
 
誕生、心からおめでとう🕊
次は私が貴女を待ち受ける番ですね。
 

宇宙精霊ザール氏との対話記録 2024/02/11

ほんの数分間でしたが先ほどまで、Norg (宇宙評議会) の議長であるザール氏と交信していました。
私の視界を通じて地球上で起きていることの一部がザール氏に送信され、それを見聞きしたザール氏が私に彼の思いを返信して来ます。
 

多くの #スピ系 の面々がSNSを通じて自己発信して行くのが今では当たり前のことですが、ザール氏はそれを見てこう言います。
 
 

生きた存在の全てが「空気」と「影」を持ち、必ずその痕跡をこの世の何処かに残します。その痕跡を残さないのは「実体のない存在」の証しであり、そこには明確な線引きがあります。
その人物がどんなに実体を隠し名前を変えようと、その人に特殊(特異)な能力が備わっていれば必ずその痕跡は実生活の中、社会の中に残ります。
 
どのような生活(職種/ 特技)でも良い。技術者、保育士、料理人、画家、芸術家、スポーツ選手~その他色々な職業があったり無かったり、何れにせよその人の能力が本物であれば必ず社会生活の中にその痕跡は後を残します。
 
もしもHNを変え姿かたちを偽っただけでその人の生きた痕跡が何一つ社会生活の中に残らないのだとしたら、それはその人物が「生きていない」か、或いは「ただ呼吸をしているだけ」で何の能力も持たない物体にすぎないことを意味します。

 
by ザール

 

ザール氏は創造主「クリエイション」に最も近い、宇宙精霊と言うべき存在です。
私がリラ星に生き、リラ星最期の巫女として尽きた時には既に傍に居ました。勿論物理的な生命を身近に感じたわけではなく、ザール氏は既に宇宙の高次精霊のような存在として常に身近に在りました。
 

高次の存在を感じた時、相手が自分自身に語り掛けて来るのを待っていてはいけないのです。 求めない者には、先方は何も応えてはくれないからです。
真剣に関わりを持ちたければ、自分の方からアクションを起こすことが必須。それがもしも間違った認識であれば、その間違いも含めて必ずそこには答えが導き出されます。
進化はその過程で起こり得ます。
 
その瞬間を繰り返すことが即ち進化であり、何もしない人に話し掛けて来る暇な高次の存在など皆無です。
 
 

中断したセムヤーゼとのコンタクト (Interrupted contact with Semjase)

ふと気づけば2024年1月1日以来、ここに足を運んでいなかった。と言うより地球内での様々な出来事が発する「念」や「圧」による影響で、私は酷く体調を壊していた。
特にブラックガーネットの残片が方々に散らばっており、それらが私の体やメンタルに強い負荷を掛けて来るので、彼等をどのようにして追い払うべきかについて私も夫(天野玄斎)もかなり労力を使い込み、正直ゆっくりと新年を楽しみ味わう時間さえも膨大に奪い取られた。
 
 

参考記事: エレナ・ダナーンを突き動かしている高次悪 “ブラック・ガーネット” の正体 – The identity of the high-order evil “Black Garnet” that drives Elena Danaann

 
一方で私は自身の本来のミッションである音楽活動を活発に再開しており、新しいアルバムの構成や断片の作曲にも精魂を込めている。その過程でまだまだ知られていない北欧のトラッドやクラシック音楽を研究すべく、楽譜等を入手して実際にそれらを奏でてみたり‥ と、兎に角時間は幾らあっても足りない。
 
芸術家の中にも作曲家と音楽評論家の両輪があり、その両輪を同時並行的に動かして行くことは人の想像を超える難しさがある。私はその難しい作業を日々欠かさず継続させ、現在に至る。
 
 

 
2024年1月31日、諸事情によりこれまで断続的に続いて来た私とセムヤーゼ女史 (プレアデス星団 次期Top) との情報交換等を一旦止めることとなった。
思えばその切っ掛けは私のリラ星時代の過去世の妹との現世での再会だったが、セムヤーゼにとってそれはとても都合の好くない出来事だったようだ。その一件の直後から少しずつセムヤーゼが私の活動から距離を置くようになり、昨日私が行った創造神的存在でもある「クリエイション」とその派閥の一人である高次の存在とのコンタクトが最後の切っ掛けとなり、私はセムヤーゼとの交信を一時的に停止することを決断した。
 

そもそもプレアデス星団は政治体制として世襲制を継続しており、セムヤーゼは次期Topの呼び声も高いことで知られた存在だ。
だがそこにリラ星最期の巫女だった私と、現世にほぼ同時期に転生して来たリラ星最期の巫女の妹の存在が明らかとなったことで、それがセムヤーゼの一党独裁の地位に大きな影を落とし始めたのではないかと言うのが私の憶測だが、その辺りに対するセムヤーゼの本心は遂に今日まで私に対して彼女が明らかにすることはなかった。
 
 

創造神 クリエイションはこう語る。
【真のもののトップに立つ存在はものの真ん中に在るべきで、集団の上位に君臨してはならない。つまりそこはスポットであり、誰からも視えない場所に居続けることに等しく、その状況に使命感を感じられる人材がそれを為す必要がある。】

 
私はこの、クリエイションの意図に深く感銘を受けた。そしてその通りだと思った。
この観点で言えばセムヤーゼは常に自身を政治体制の「主」「唯一上位の存在」であるべきだと認識しており、他にその候補者を感じる度にその相手を要領よく自身の支配下に据えようと言う心情が都度都度見て取れた。
正直常に自身を上位互換しようと必死になるセムヤーゼに対し、これ以上リラ星最期の巫女である私が関わり続けることは双方にとって余り良い結果をもたらさないのではないかと私も気付き、これまで表向きは円滑に続いて来たセムヤーゼとの情報交換を止める決断に至った。
 

後記:
先週から私は酷い胃腸炎に悩まされており、ようやく体調が回復して来た矢先のこの出来事で私はさらに疲労し、本記事はここで一旦〆。
グレイ星人(ライトグレイ星人種)のグレン氏とのコンタクトは随時継続しているので、又新しい情報があった時、それを公開出来る場合にはここで放ちたい。
 

 

 
[ Partial English translation ]
 
On January 31, 2024, due to various circumstances, I decided to temporarily stop exchanging information between myself and Ms. Semjase, which had continued on and off until now.
Now that I think about it, the trigger for this was my reunion in this world with my sister from my past life when I was on the planet Lyra Star. But that seems that this was a very inconvenient event for Semyadze.
Immediately after that incident, Semjase gradually began to distance himself from my activities.
And yesterday, my contact with “Creation,” which is also a creator god, and a higher being who is one of its sects was the final trigger, and I decided to temporarily stop communicating with Semjase.
 
In the first place, the Pleiades Cluster continues to have a hereditary system as its political system, and Semjase is known to be highly sought after as the next top leader.
However, it was revealed that I, who was the last shrine maiden on the planet Lyra Star, was in contact with the younger sister of the last shrine maiden on the planet Lyra Star, who was reincarnated at the same time in this world.
This may have begun to cast a large shadow on Semjase’s one-party dictatorship. That’s just speculation on my part, but it’s also true that there were communications with Semjase that made me think so.
However, Semjase’s true feelings regarding this matter were never revealed to me until today.
 

The creator god Creation who was named by us says this.
[The being who stands at the top of the real thing should be in the middle of things, not reigning above the group. In other words, it is a space there, and it is equivalent to staying in a place where no one can see you. Human resources who can feel a sense of mission in the situation must carry out that mission. ]

 
I was deeply impressed by the intent of this “creation.” And I thought that all right.
In this point of view, Semjase always recognized himself as the “master” or “sole superior” of the political system. And each time she sensed another candidate about it, I could see that she wanted to bring that other person under her control in a precise manner.

Honestly, I felt that if I, the last shrine maiden of the planet Lyra, continued to be involved with Semjase, who was always trying to make herself more compatible with her, it wouldn’t be very good for either of us.
I have come to the decision to stop exchanging information with Semjase, which has continued smoothly on the surface.

 
PS: I’ve been suffering from a severe case of gastroenteritis since last week, and just when I was finally feeling better, this incident made me even more tired, so I’ll end this article for now.
I’m constantly in contact with Mr. Glen of the Gray Alien (Light Gray Star Race), so if we have new information and can make it public, we would like to release it here.

 

Christmas 2023′ (ジャンヌ・ダルクから今の私まで)

2021年12月26日を起点とすると、怒涛のような2年間が経過したように感じます。
私がかつてジャンヌ・ダルクとして生きた時、私の周囲の人々の大半が敵でした。火あぶりになる私を微笑みながら見つめていた人々の顔を私も又、見返していたように記憶しています。
その中の人々の多くが転生を繰り返し、私の実母も実父も弟も「敵」側の人たちの生まれ変わりだったと感じます。
 
世界の全てが敵ならば、どんなに心からの救いや平穏を求めても味方が現れなかった、この半生にも納得が行きます。
過去の記憶はそのまま魂に引き継がれますから、私が現世に於いても孤独である理由にも整合性が見て取れます。
 
 

 
2023年、クリスマス。
世界は光と闇に分断しているように見えますが、光のある所には同時に闇も存在します。「光だけ、闇だけのどちらか片方の世界だけが在ることの方が不可能である」‥ とは、宇宙のクリエイションからのメッセージ。
常に両者は共存する、それが宇宙の法則です。
 
争いを起こすのは常に闇の分子を多く持つエレメントだと言われますが、そうとも言えない場合もあるようです。
だから私は「闇側」「光側」と言う分類を好みません。
 
今日までに私を怪訝に感じた人たちに伝えることがあるとすれば、私が私に至るには様々な人生の変遷を経て来たと言うことです。

私が仮にジャンヌ・ダルクの生まれ変わりであると言う仮説を肯定すれば、私が朱に染まらない理由をきっとご理解頂けると思います。
黒を白と言い替えないのが私であり、悪を(その相手と親しいからと言う理由で)善に引っ繰り返さない。‥それがジャンヌ・ダルクの生き方でした。
 

‥ジャンヌ・ダルク時代の多くの魂たちがどっちみち私と関係性を当時とは全く変えたがらないのであれば、私は私の生き方を貫くのみです。
当時と異なることがあるとすれば、それは現・夫と出会ったことでしょう。
夫はそもそも人/ 属性の魂ではないので、むしろ私の人間性や霊性を客観的に理解してくれますし、私が何故こうなるのかと言う理由についても理詰めで熟知しているように感じます。
 
勿論人間と言う温かい皮膚を持つ友人が欲しくないと言うわけではないですが、それは私が妥協や癒着等と言うだらしのない価値観を許容したり、‥特に親しい人が悪人であっても「善人だ」と価値観を引っ繰り返さなければ永遠に難しいのかもしれません。
魂を悪魔に売り渡すことは、私はこの先永遠に無いでしょう。それはこの先、私のようなタイプの後輩が苦しまないように私がバイブルとなることで、少しでも歴史に貢献出来ればと言うささやかな祈りにも通じていますので。
 
何も悪いことをしていないのに「悪人だ」「嘘吐きだ」と言われた私の苦しみを私は、やり返すのではなくもっと別の方法で返して行くべきだと感じているので。
 
 

 
‥これでも私は社会性を手放してはいません。
むしろ中途半端に社会性を身につけてしまったことで、誤解が生じているのかもしれません。
なので最近はみだりに人と関わらないよう、人と親しくならないよう細心の注意を払いながら生きています。
 
2023年12月24日。
この記事を読まれている皆様にこの曲を贈ります🎄
 
 

 

恩師; 遠藤郁子さんの新譜について

私が遠藤郁子さんの弟子だったことを、未だ殆ど誰にも話してはいません。何故ならば私が遠藤先生の弟子になった年齢が、小学校2年~3年頃の約一年程だったからです。
実母があのような人だったので、私と師が急接近した頃合いを見計らって私と演奏先生を母が引き裂いたような格好に‥。
 
そうやって私はこれまで何人もの心惹かれる人たちとの別れを経験し、現在に至ります。
 
 

 
そんな恩師 遠藤郁子さんの新譜が、何と近日中にリリースされることに気付きました。いわゆる「風の便り」のように、誰かが私に天上界から知らせてくれたのです。
今さっき、Amazonで予約購入をして来ました。

 
💿 “ショパン、哀しみのジャル~2015年リサイタル・ライヴ』 遠藤郁子” : ショパン (1810-1849)
 

 
相変わらず私への霊的な圧(つまり呪詛、呪いのようなもの)は尽きず、間もなく某所へ慰霊を兼ねた旅行を控えていると言うのに奴等(高次悪)は私の内臓を直撃して来ます。
何とか夫のヒーリング施術で事なきを得ていますが、食欲が激落ちしていて油断が出来ません。
 
昨日も練習をお休みしたのですが、今日も(明日からの旅行の為)もしかすると練習は休むかもしれません。
今丁度ピアソラの「天使のミロンガ」の譜読みを開始したところなので、出来れば全身に、指先に音符を叩き込んで行きたいのですが、体調的には難しそうです。
 
戦わず、ここは慎重に行くしかありません。
 

※遠藤先生へ、是非ひと目お目にかかりたいです。
この記事をもしも読んでいて下さったならば、私の Facebookの個人アカウント ないしは “X” (旧 Twitter) からでも良いので、ご連絡をお待ちしております。

 

 

https://www.facebook.com/didier.merah.2019 

予言のメカニズムについて

 
予言について、多方面からご質問を頂きます。
大方の場合「あたるもはっけ あたらぬもはっけ」と言う考え方をする人たちが多く、占いと同様の扱いを受けることもしばしばあります。
ですが私が考える「予言」はそれとは全く、メカニズムが異なります。
 

先ず予言について。
私の思う予言とはしいて言えば、過去のスケジュール帳を捲って過去に起きた事実を掘り起こし、それを過去に遡りその時代に人たちに伝えることを指します。
その状態に至る過程として「預言」と言うスキルを私は使っており、情報源を間違えないよう日々探索/ 確認の努力は怠っていません。

 
如何なる生命に於いても、これは科学や証明同様 [100%] 等と言うことはあり得ません。よって同じ人が同じ内容の事柄をテレパシーを用いて私に送信して来たとしても、そこには大小含め誤差が生じることが多々あります。
これは私たちが生命体であれば、致し方ないことだと言えます。相手が宇宙の高次の存在であっても、相手がプレアデス星団のセムヤーゼであったとしても、或いは相手がライトグレイ種のグレン氏であったとしてもその同様に情報の誤差は生じます。
 
 
「未来から転生して来た人」が語る予言と、未来から時空を移動して来た人の語る予言は似て非なるものだと言っても過言ではないでしょう。
両者は全く別のプロセスに在る存在だからです。
 
私もそうですが、過去世の記憶を持ち越すことはとても難しい問題が生じるので、自力で今世以前の正確な記憶を引き出すことはとても困難です。
よって「未来から転生して来た人」の語る未来像も同様に、実際のその人が語るその人の記憶がその状況と同じである確証に乏しく、情報発信者の主観が多数描写の中に入り混じることが多いので、彼等の話しを鵜呑みにすることはとても危険です。
 
但し時空を移動して未来から過去に遡ってその場所に存在する人の語る予言は、上記の場合よりも正確性(精度)が増すと言えるでしょう。(勿論個人差は何れの場合にも生じます。)
この場合予言者がエゴを捨て、その時その場に居る人々に献身的に接することが条件であり、そうではなく予言者自身が宗教的指導者に成り上がらんと画策する場合も多々ある為、受信者側にむしろ「相手を見抜く目」が必要になって来ます。
 

 
私の場合は予言する内容と相手は選びます。
世界情勢の視点から放つ予言の場合、送信先は不特定多数に設定します。
ですがとても個人的な予言を放つ時は、送信先である相手にも私同様のミッションを持っている場合に発信を制限しています。
不特定多数の人々が多大な重責を負うような予言を知る必要はないと、私は思っているからです。

 
上記でも触れたように、私が放つ「予言」は高次的存在から受信した「預言」と連動している場合が多い為、私はあくまで機材(アンテナ)に徹しています。
そうすることで自らを律し、エゴを持たない為でもありますが、そもそも私は素の場合でもエゴ自体殆ど持たない生き物ですので、仮に私から特定の個人に予言が放たれた場合でも私が先方の思考や行動を制約したり呪縛で閉じ込めたり‥ 等と言うことが起きる確率は極めて低いとだけ申し上げておきましょう。
 

以上「予言」ないしは「預言」に対する多くの質問をこの記事にまとめました。
参考になれば幸いです。