音楽と現実とスピリチュアルと

シュールな感覚が日々覚醒して行く中で、やはり私は人間ですからもっともっと現実生活の精度と質の両方を高めて行くことを考えざるを得ません。
人間が人間に生まれる(或いは生まれ変わる)ことの本質は、神々には出来ない現実的なスキルで社会貢献することに在るのだと、私は確信しています。
 
現在のスピリチュアル界にたむろをしている人達には、その基本的な感覚が完全に抜け落ちているように見えて仕方がありません。
仮に神々や精霊、もしくはその他の高次の存在等からどんなに優れたインスピレーションを授かったとしても、受信者に彼等の意図する人生スキルがともなっていない場合には、その人には何一つ高次の存在からの貴重なメッセージを現実の物に置き換えることが出来ません。
 
神々や高次の存在は、人間に伝書鳩の役割など一切求めていません。
彼等の言葉らしき何かを何の人生(職業)スキルすら持たない人々の間でシェアしたところで、それは妄想日記を書いたり読んだりすることと何ら変わらないのです。
 
あなたが本当に神々や精霊或いは高次の存在等の思いと繋がり、それを形にしながら現実世界との接点を強く持ちたいのであれば、先ず何かしらの専門スキルを身に着けるべきです。
それに次いで必要なシュールなスキルがあるとすれば、それは生物や人間同士で言葉を介さず意思の疎通をする手段です。
さしずめ簡単に言い替えるならば、それは「テレパシー」と言うことになるでしょう。
 
神々だ精霊だ、或いは心霊の何がしかと繋がる以前に、目の前の人の心を見通す力を習得した方が近道です。
目の前の猫やカラスやハムスター、或いは象や馬等と会話が出来ない人に、神々や高次の存在と繋がることなど出来ません。
とてもシンプルなことです。先ず、そのシンプルな動作を完璧に自分のスキルとして高めずして、宇宙人とのコンタクトや霊や神々との会話など論外です。
 
 

 
さしずめ私は音楽を通じて、先ずこの世界に変革をもたらすべく地道な作業を着々とこなしています。
その一環として先日、AKGの最高品質のヘッドホンを購入しました。
正直世界が一変しました。
 
勿論昨日までの音楽環境も「それなり」に良質ではあったのですが、その思い込みがこのヘッドホンであっさりと覆されました。
鼓膜が10倍に膨れ上がったみたいに音の粒や残響が細かく折り重なり、まるでレコーディングスタジオで生の音源を聴いているような臨場感はたまりません✨
 
昨日まで主に自分が好きなジャンルの音楽に偏って音楽探索をしていましたが、先程から私は新らしい土地、新しいジャンルに新しい感覚で開拓を挑んでいます。
それは私が普段生み出している音楽のジャンルとは全く異なりますが、私は音楽評論家のみならず近い将来プロデューサーとして新たな一歩を歩み出す予定がそこはかとなく在り、その最初の一歩が私の将来に大きな影響を及ぼすことを直感しています。
 
霊的な意味でも、世の中的な意味合いも含み、特にこの春まで私を散々悩ませて来た「圧」の多くを夫が取り払ってくれたことで、私の頭上の大きな重石がほぼ全て取り除かれたことを感じています。
そして私はクラシック音楽をはじめとする(ほぼ)全てのジャンルに跨り世界中の音楽を知り尽くし、それらの点を線で繋ぐ構成分析のスキルを網羅しています。
いちジャンルのみを分析し語り尽くす人はこれまでも大勢居たと思いますが、私の場合は一人で全てのジャンルの音楽を語り尽くすことが出来ます。さらにはそれをコードネームと黒玉の音符で書き換えながら、異なるジャンルの音楽を楽譜化して繋ぐことも可能です。
 
分かりやすく言えば、「オールインワン」と言うことになるでしょう。
 

Spotify内に作成した世界の音楽のプレイリストが、何と158個になりました。
この記事の最後に、先程一気に数時間で下ごしらえを済ませた新しいプレイリストを貼っておきます。
私の脳内の音楽ジャンルと保管内容(保管数)が人間の通常のそれを完全に超えたことを、きっと感じて頂けると思います。
 

音楽家/ 芸術家のみならず、音楽評論家/ 選曲家/ ‥比較音楽学者として、ここからがようやく真剣勝負です。
これまで以上にガンガン疾走しますよ🏇
 
 

近況 その他(宇宙情報の補足等)

ブログの更新が少しの期間止まっていますが、現在私は自身の創作活動に必要な体力的 & 精神的な準備(ブラッシュアップ)に入っています。
既に私はアルバムHeavenまでの自身のこれまでの作品の中に、多くの未来予知を梱包しています。特にアルバム『Heaven』に於いては、地球の消滅までのタイムラインを描いています。
 
 


 

日々通りをひっきりなしに救急車や消防車等が走り抜けて行く今、この時期に流石に、アルバム『Heaven』以降の未来予知を音楽に閉じ込めて行くことは、精神的に持ちこたえられなくなりそうです。
 
当ブログの日々の訪問者の推移を細かく観察していますが、どのブログ記事にどのタイミングで訪問者が増えているか‥ を見るだけで、それらは常に正直に世情を反映してくれるので分かりやすいです。
ここ最近は「宇宙情報」関連、或いは「プレアデス情報」関連に、多くの訪問者が訪れています。それを見るだけでむしろ私は今、どこで何が起きており、どれだけの人たちがその現象に興味を持ち、彼等は自身の関心事の確証を得る為にこのブログ記事の何れかここに足を運んでいること等も知っています。
 
暫く配信が止まっていたYouTubeの某チャンネルから、あのエレナ・ダナーンが再度奇妙な交信に至っており、それがフランス語で配信されていることも知っていますが、既に私が過去記事エレナ・ダナーンと複数人格の可能性について (About Elena Danaan and the Possibility of Multiple Personalities)にも綴った通り、彼女の中に複数の人格が潜んでいる点に留意して一連の動画を観ている方々は、エレナ・ダナーンが動画のような言動に及ぶ理由もプロセスも既に理解されていることと思います。
 

 
虚言者に対する強い警戒心と免疫が既に備わっている私にしか、分かり得ないことが多々あります。それは一言で言葉で説明することがとても難しいのですが、エレナ・ダナーンの会見(セミナー?)の中に映し出される彼女の目の動き、手の動きや口の動きから察知出来ることが複数ありました。
 
該当の 動画 の中に登場した「ソーハン・エレディオン」も「アヌンナキ」も、その名称を語る彼女 エレナ・ダナーンの第二、第三の別人格であると考えると、その二人が自由自在に彼女の中を出入りしあたかもエレナ・ダナーンが高次の存在と交信している様な演技が、エレナの中では演技ではない‥ と言う確信に到達する理由やプロセスについても、何も私がここで力説せずとも動画をご覧になられた方々の中に既にエレナ・ダナーンの多重人格説を裏付けることは容易だと思います。
 
 

 
きっと来る、きっと現れる‥ と彼等疑似チャネラーや疑似コンタクティー等が語る現象の何一つ、実際には起きていません。
注意すべき点は「既に起きていることに気付いていない。」とか、「あなたは目覚めていない。」等と言う暗示に呑み込まれてはいけないと言うことです。
 
大方人は夢と現実の見分けは付く筈です。時折それが混とんと曖昧になる瞬間も無きにしも非ずですが、夢は必ず覚めます。そこで真実がどちらの世界なのか、人は必ず気が付きます。
それを「あなたは未だ眠っている。」等の暗示をロマンティックな目をした女性に囁かれる内に、その暗示の方を真実だと勘違いさせることこそ、疑似コンタクティーや偽物チャネラー、或いは教祖願望の強い宇宙崇拝者の思うツボです。
 
自分自身の皮膚感覚の方を信じてみては如何でしょうか。

 
さて現在私は自身の創作活動の肉付けをする為、「花島ダリア」と言う別名を用いて音楽評論活動を続けています。未だ活動期間は浅いですがそれはあくまで「音楽評論家」の看板を実社会に掲げてからの時間の問題であり、既に私は9歳で自分自身のミッションを認識して今日に至ります。

前職期間中も私は前進を止めることなく、その時の仕事に必要な音楽以外のもっと大切な音楽に触れる時間の方を優先して生きて来ました。その積み重ねが現在の私です。
準備期間は十分に経て来たので、これからはそれを現実世界に刻印して行く段階に在ります。

 
私はとても多面的な人間で、そのことが原因で家族や親族からも長年排除され続けて来たわけですが、今は彼等の多くが土の中。ようやく私はやりたいように自由にやれる人生を、取り戻しました。
本当の自由を取り戻すまでに、58年近くを要しました。
  
渡米した時にその足でメキシコに渡り、私は三人の姉妹の占星術師から幾つかの予言をされました。
その内容についてはここでは省略しますが、概ね彼女たちの言うヴィジョンが今現実になっていると言っても過言ではありません。
私にとってもとても印象深い三姉妹の占い師たちだったので、彼女たちのアドバイスはとても大切に心に刻んで今この時を生きています🔮
 

少し話題が脱線しますが‥。
今年の半分を実は、私は或るガールズグループのアドバイザーとして時間も労力も費やしていました。お陰様で彼女たちは今や飛ぶ鳥を落とす勢いで大ヒットしていますが、その状況に至るまでの私の仕事を先方の所属事務所関係者数名に過小評価されたことが理由で、今年の5月に私はそれらの仕事から全撤退しています。
そもそも一連の作業に於いては仕事として始めたことではなく、とても個人的な繋がりの中で生まれた一連の流れだっただけに、仕事で受けた痛い代償よりも心の傷が深く残ったようにも感じています。
 
‥そのまま立ち止まっている暇すらなくて、その足で転居後から約一年間放置していた旧宅の大掃除に入り、それもあと少しで一段落するところです。
 
現在の私は一日の半分以上を音楽の試聴や音楽評論の素材探しに費やしており、その他は主にSNSを通じたメッセージのやり取り(あくまで個人的なことが最優先)に集中し、世の中の状況をそっと静観している状態です。
 

今一番の癒しは、相方と美味しいご飯を食べに出かけること。本当にそれだけが続いて行けば、自分も相方も共に人生が穏やかに進んで行くと信じています。
 

 
相方と話して行く内に、過去世の私の一人がフランスはセーヌ川に眠っていることが分かりました。その話を最初に聞いた時何故か私の中に違和感が全く芽生えず、むしろ今の自分自身の性格や言動と見事に符合する人物だと言う安堵感がありました。
恐らくそれは世界中誰でも知っている人ですが、この記事ではその人物名には触れずに居たいと思います。
 
当面私は『花島ダリア』として、ブログ花島ダリアの音楽評論の執筆や他のアーティストの音楽を聴くことに集中することになりそうです。
TwitterはDidier Merahと花島ダリアの両輪で、運転を継続して行きます。
 
日々の二つの私を覗きたい方は是非、両Twitterをフォローして静かに私の言動を眺めていて下さい✨
 

 
 

母が多重人格だったと言う推理

このところの私は夫と共に、兎に角祈りに専念している。
世界はゆっくりと傾き始めていて、それはじわじわと日常生活の中に浸食して来るので多くの人々はその傾きには気付かない。
だが魂の平衡感覚は徐々に喪失し始めており、それを修正しようとする度に私は「圧」に見舞われる。
 

「圧」の一部は恐らく都内某所にある合祀墓の、私以外の家族全員の遺骨だろう。彼等は私の「食」と「生存」の自由と権利を侵害しようと躍起になっていて、その都度私は体調を壊す。
昨夜は私と夫の両方が同時に体調に異変が生じ、それが食中毒でもなければ通常のプロセスの病状とは異なる、あくまで突発性に富んだ「圧」の妨害によるものであることは明白だった‥。
 

 
そんな折、夫が母の人格や性格について分析を連ねていた件で、とある結論に到達した。

それによれば母・山田雅枝(故)が多重人格者だったのではないか‥と言う話。これには多少困惑もあったが、彼女の行動をつぶさに振り返ると確かに符合する点が多々見つかった。
 

・自身は敬虔なクリスチャンであり、尚且つ私には頻繁に「自分は聖心女子大学の児童心理学出身者だ」と嘯いていたこと。
※実際には母は、聖心女子大学の文学部卒であり、敬虔なクリスチャンどころか娘の私に日々何かしら口実を偽造しては暴力を振るう人だった‥。

・私に毎日のように暴力を振るい続けていた過去を、一切合切忘れている瞬間が連続性を帯びて出現していたこと。
(私はそれをあくまで母の虚言だと思い込んでいたが、どうやらそうではなく彼女の中に、「娘に暴力を振るう第二の人格」が出たり消えたりしていたようだ。)

・2021年1月6日頃、私が最後に母と電話で話をしていた時、いきなり彼女は女学生時代の彼女に戻って行った。その当時の親友の話、そして母を父以上に親しく思っていたであろう「或る男性」の名前が急に飛び出し、その男性からある時急に連絡が取れなくなって今でも探し続けている旨を切々と語り尽くしたこと。

・そしてそれを機に、弟・大輔が生まれた頃の話に及び、各々の出来事をまるで昨日のことのように話していた状況に私は妙に違和感を覚えた‥。

 
上記の時間の母は(夫が言うには)本人格が現れた状態である‥とのこと。
その本人格が活動していた時期は恐らく弟・大輔が生まれた直後までであり、その後何かの切っ掛けでその人格が長い間彼女の中に引き籠ったまま時を経て、私が母と話しをした最後の日の2021年の1月6日に想定外の私からの電話で母の心の表層に姿を現した可能性がある‥(これは夫の推理)。
 
何れにせよどれだけ人格が分裂していたとしても発信源は同じ人間なのだから、母の私に対してこれまでして来たことの罪の重さが変わるわけではない。
だが彼女の言動には矛盾が多く、特に自身の虚言壁を是が非でも隠蔽する為に私を家族の「外敵」として周囲に認識させ、彼女が勧善懲悪な悪意のもとに家族に対して自身の資産を徹底的に隠し通したことは事実である。

又、山田家の亀裂や破滅(事実とは異なるが‥)の原因が娘の私にある‥ と弟の嫁・山田りえ(仮名)にまで信じ込ませた母・雅枝(故)の罪は、二度と免れることは出来ない。
 

 
そんな母の遺骨をトリガーにして私たち夫婦の周辺を暗躍する巨悪な穢れを、先日夫が捕獲した。
その穢れについてはここでは詳細を述べることが出来ないが、一つの歴史を崩壊させる程の威力を持つ存在だと思われる。
 
一体誰が何処で何故、私や夫をターゲットにすべく呪術をセットしたのかは未だ定かではないが、霊界司法と手を組んで私は私たちの来世の為にもその実態を出来得る限り掴んでおきたいと思っている。

 
恐らく私のブログを当時の山田大輔(故)や母・雅枝(故)、父・寛(故)の関係者や親族、山田大輔(故)の学生時代の友人や担任等も目を皿にして読んでいることだろう。
時折爆発的にPVが伸びている状況を私もリアルタイムで見ているので、母(故)や山田大輔(故)によって捻じ曲げられた私についての人間性や人格・性格等が本当は如何なものだったのかと、疑問に思われる方も少なくない筈だ。
 
山田家の長女・美樹(私)がどこかの精神病院に隔離されている‥ とか、気分を曲げると大声でわめき散らして手が付けられなくなる‥ 等の情報は全て私の生前の家族等の虚言であることは、一連の著述を読んで頂ければ理解に易いと思う。

だが殆どの人達はそれでも、思い出を塗り替えられることに怯えているようにも感じてならない。もしも彼等の記憶と記録と思い出が塗り替えられる事態に陥れば、山田家に関わった全ての親族や関係者が私への謝罪を避けては通れなくなるだろうし、それによる自責の念は永遠に継続されるべきである。
 
未だに私から逃げ回っている弟・山田大輔(故)の嫁・山田りえ(仮名)が実は山田家の遺産を虎視眈々と狙って、大輔(故)の死後も山田家の戸籍から抜けずに母に寄り添って看病をし続けていたこと、その他諸々全ては許されぬ罪として本来ならば人間社会の司法に於いて裁かれなければならない問題だ。
だが、現実はそう簡単ではないし、アマくないようだ。
 
正直者は何とか‥ と言うことわざがあるが、今の私がそうであるかどうかは私には分からない。
 

 

そうい言えば恩師・三善晃氏がある日私に、こんなことを言った。

天才を見抜くのは、同じ天才以外には存在し得ない。


恩師とは私の初婚(略奪婚)が原因でほぼ破門のような結果に至り、彼はそのまま以後の私に再会することなくあの世に旅立った。
だが今の山田家の現状をもしもあの世の師が見ているならば是非、彼の胸中を知りたい心境にも駆られる‥。
 
 

Collection “SABINO”

巫女の声明(リラ星最後の巫女として)

リラ星が自爆を遂げる数年前に、星全体で未知の疫病が大流行したことを思い出す。
当時リラ星は政治体制が混沌とし始め、善悪の判断基準が何者かによってねじ曲げられたように記憶している。
いわゆる陰謀論と真実の区別がつきにくい状況になり、多くの人々が『多勢』の尾っぽにしがみつく形に‥。

『正義は権利である。』とは地球ではマルクスが放った言葉だったように記憶しているが、まさにその状況だった。

一旦『闇』の勢力が正義の権利を手中に収めたら最後、そこから秩序が一気に乱れて行くことになる。
闇側が正義の袈裟を着て先に放つ『偽正義論』が多くの民衆を扇動し、そのタイミングで未知の薬品ともタブレットとも付かない錠剤が人々を魅了した。

それは『永遠の命』とでも名付けられた錠剤で、それを飲めば誰もが生き延びる為の日々の努力をせずに長寿を得られると謳われた、とても危険な薬品だった。

現在高次と化している科学者『モズレン』が当時のデータを持っており、その薬品は劇薬にカテゴライズされるものだと話していた。
だが結局その後リラ星が自爆を遂げた段階で、偽薬品『永遠の命』の成分は宇宙の闇に散ったまま現在に至る。

『ヨハネの黙示録』の中では『獣の刻印』がおそらく現在の『新型コロナワクチン』を指しているであろうと言うことは、誰が読んでも想像に及ぶだろう。
『獣の刻印』の扇動したのは紛れもない政府全体だが、黒幕は別に居る。


私は現世では芸術家・音楽家としてのミッションの途にあり、巫女・予言者(預言者)としての正式な名乗りを挙げていない為、私が日頃どんなに正確な預言を文字に託して放っても多くの人々の目に留まることが叶わなかったが、自然神からすればその方が好ましいとさえ思っているようだ。

自然神にとって、人類は駆逐対象だからだ。
残念ながら今は、私も同様の感覚の中に在る。

正しい生き方、正しい道を選択する感覚を持つ人間だけが、この星に生き残るべきだと‥。
 

 

本記事は『note』より移動しました。

近況報告、そして霊界司法について

暫くブログの更新が途絶えていましたが、その間にも沢山の方々が色々な方法でこのブログに辿り着いて下さったことを知っています。
どのような心情で私のブログを読んで頂けているのか、少し不安もありますが私は常に等身大、ありのままを生きているので、誰に何をどう思われたとしても自分自身の生き方に私は自信と誇りを持っています。
 

数か月間、夫: 天野玄斎の活動のサポートの意味も込めて宇宙関連やスピリチュアル系、霊能者関連などの発信が増えていました。
ですが私の根っこは音楽家であり、現在は音楽評論家: 花島ダリアとしての仕事も抱えています。なので活動の軸足から極力脱線しないように努めるべく、ここからは自分自身に光を当てて行くことを今は第一に考えています。
 

 
ご周知の通り私は一昨年の実母の他界を機に、母が(実は家族誰にも内緒で)一人でひっそりと抱え込んでいた色々な資産を承継し、現在は夫共々「生活をする為の収入」を得る必要が全くなくなりました。
 
本来母は(彼女の談によれば)某王室の資産の一部を継承している筈なので、私も弟もここまでの金銭の苦労をしなくて済んだ筈でした。
ですが母は自分が所持していた資産の大半を、父を含む母以外の家族全員に一切伏せていました。
 
いつの頃からか、我が家は「清貧思想」に彩られて行きました。
そんなある日、桐朋学園音楽高校の私の学費が捻出出来ないと言う母の言葉を真に受け、実際に教務課に「奨学金」の申請用紙を取りに行ったことがありました。
ところがその用紙を持って家に帰るや否や、母に頬を何度も殴打され、「こんなものを貰いに行ったら恥ずかしいったらありゃしない!」と言われ、実際には当時の我が家の収入が奨学金を申請する条件には満たないことがうっすらと発覚しました。
 
紆余曲折があり、私は人生の折り返しを経た時にようやく自分自身の等身大の人生を得ることが出来ました。
それまでの幾つかの過去世で積んだ陰徳には全く気が付かず、現在の私には金銭的な資産以上の魂の巨額な陰徳が備わっているようです。
「少しは使ったら?」と度々夫には言われますが、それはいざと言う時の為に取っておきたいと思っています。
 

 
未だ多くを口外出来ない状況ですが、記事『Reset – 2023.02.24』でも少しだけ綴った「霊界司法」の担当者(人間ではありません)とは度々コンタクトしています。

と言うより、山田家全員及び弟: 山田大輔(故)関連の霊界裁判は現在も継続中で、それにともなう弟の奥様の件では未だ調査が続いています。
その調査に一つの区切りが付いたようです。
 

 
現世では弟の方が法律の道を目指しており、東大の法律科(文Ⅰ)を卒業しているのは私ではなく弟の方でした。
勿論私は六法全書を丸飲みする程の記憶力はありませんが、法の何たるかの基礎のようなものが霊体に備わっているようです。固有名詞の記憶の苦労さえなければそれなりにその道を進むことも、きっと出来たでしょう。
 
私には音楽のミッションがあるので当然の如く「法律」の道は選択しませんでしたが、一連の霊界裁判を通じ霊界司法の担当者から色々な話を聞く間に、少し血が騒ぐような感覚が度々発生します。
 
話を戻して。
弟: 山田大輔(故)の奥様の山田りえ(仮名)」は薬剤師(現在は中医学の薬剤師)の職に在る人物ですが、彼女が晩年の母に対し何をやったのか‥ と言う調書のようなものが作成されたとのこと。
勿論霊界裁判とは現実社会では裁けないことを、霊や魂の視点で裁いて行く手段なので、そこに進展が見られたからと言ってすぐさま現実生活に異変が起きるわけではありません。
 
ですが実際に母: 山田雅枝が2021年の8月のお盆期間中に某霊団によって霊体を抜き取られ、そこから約三か月後に亡くなっていると言う現実を私は目の当たりに見ています。
その状況にかなり近い審判が近日中に下され、晩年の弟: 山田大輔(故)及び母の最も近くに居た人にも晩年の母同様の処遇が下されるとの知らせがあったので、慎重にその経緯を今後見守ることになるかもしれません。
 
勿論決定日時などについては、直接私には告知されません。ですが雲を見ていれば、おのずとその兆候は私には分かります。
 
弟、そして母の死に関しては、私は私なりの「或る推理」に到達しています。その推理は現実世界で起きている案件に役立てることはとても難しく、尚且つ現実世界の司法を以て裁くことも困難でしょう。
でも霊界司法ならば、各々の魂や霊体の記憶を彼等には引き出すことが可能ですから、個別の情報を突き合わせて行けばおのずと真実に辿り着くことが出来るそうです。

私が抱いていた二人の家族の死の裏に在る「或る推理」が、あたらずと雖も遠からず‥ と言う連絡を昨日霊界司法の担当者から得ることが出来ました。
それによれば母も弟も、双方の死因はただの病死ではないようです。どうりで母の骨壺から「火葬許可証」もしくは「死亡診断書」が抜き取られていたわけです。そこに少なくとも、母の死因が明記されていた筈でしょうから。

 
ここ数日間、当ブログの山田家関連の記事に読者が多く来られているようです。
先方は先方の事情で、山田家関連の記事を読まなければならない必要に駆られているようです。
 
このブログには真実だけを綴っていますので、少なくとも私の家族二人(弟と母)に間接的にでも手をかけた人物については、各記事を追って頂ければとても詳細に綴っています。そして読まれた方々の思い込みや誤解も、私の綴ったものによって解けるのではないでしょうか。
 

彼女は善悪のどちら側にいたのでしょうか。

答えはとても近い将来、霊界の司法がきっと提示してくれる筈です。
「彼女」や生前の弟に関わった人たちの一部も「共犯者」として、おそらく霊界司法の手で裁かれることになるでしょう。

私はその成り行きを遠くから、じっと凝視しながら見守りたいと思います。

 
さて、暫くの期間私は「音楽評論家: 花島ダリア」としての活動の方に注力しようと思います。
それは数年後にリリースを予定している新しいアルバムの為の肉付けにもなるでしょうし、この数年で大幅人口削減が進んだ後の世の中に、私が今とは違うスタンスで存在する為の準備になると思っています。
 

音楽の何が正しくて何が間違っているのか。

先ずはそのベーシックを訂正しながら、未来の音楽の所在地を作って行かなければなりません。さしずめ鉄管工事とでも言うべき、それを黙々と「花島ダリア」として進めて行くつもりです。

ブログ『花島ダリアの音楽評論』: https://dahliahanashima.wordpress.com/


先ほど作ったSpotifyの新しいプレイリストには、世界の新譜を中心とした美しい音楽をスクラップしています。
与えられた才能は世の為、人の為にとことん使い込みたいと思います。

 

🌎New Chillout Times 2023′ vol.4

会いたい人 – Memories of Lyra

Twitterに私の遠い過去世のことを書いたら、何やら周辺がざわついたようだ。
中には「自称巫女」などと言い私を罵る人や、本当は罵りたいが我慢している人たちの気配もつぶさに感じている。
 

 
多くのスピリチュアル系や霊能者などがSNS上の私の周囲にたむろしているが、その大半がとてもコンビニエンスなメンタルで特殊な能力を習得したいと願っており、それによって自分自身にツキが回って来たり唐突に幸福を掴めるのだ‥ などと信じて疑わない人たちも多いようだ。
だが現実はそんなに甘くはない。

その、けっして甘くはない現実を真っ向から受け止め受け入れられる、とても限られた人だけがスピリチュアルな限界のその向こう側へと突き抜けて行くことが出来る。その事実を先ず、私は多くの人たちに知って欲しいと願ってやまない。
 

 
私はリラ星最期の巫女だった。

私が最期と言うことは、私の他に誰もリラ星の終焉間近の光景を見た人物が居ないことを意味する。

そして私には、会いたい人が居る。それは同じタイミングでリラ星の最期に寄り添い、共にリラ星の爆発間近まで星の思いを受け止めてそれを見届けられる限り傍に居ようとする4人の中の、一人の医者だ。
 
彼は先ず先に私以外の二人のサイキックな力を持つ星の有力者たちに薬剤を打ち、彼等の遺言と最後の旅立ちとその寝顔を見届けた。
リラ星は自らの意思で、爆発の準備を始めた。色々な場所で噴火が始まり、その度に大地が激しく揺れて至るところに亀裂が生じて行った。

 
段々と温度が増して行くリラ星の真ん中にある砂丘に残された私と医者は、体力と気力の限界間近で同時に残りの薬剤を打ち、次いで双方共に苦痛を味わうことのないよう念には念を入れて錠剤と粉薬の全てを飲み込んだ。
 
どちらが先だったのかはもう記憶していない。
私が今生きて喋っている言葉とはまるで異なる響きだが、当時の記憶の最後の声は医者である彼が放った「そろそろだ」と言うような一言だったと思う。それは声になる寸前の小動物の唸り声にも似ており、私は既にそれに応える為の気力も意識も遠くなり始めていただろう。
 
見届けたのが私だったのか医者だったのかは、もう定かではない。
だがその後気付くと、果てしない空間の中にぽつんと一人取り残されたように、私の目なのか意識だけなのか、そこだけが息を吹き返したように生きていた。

 
何度も気を失っては又自分を取り戻したような感覚があり、それが果てしなく続いたような気がする。その度に私は医者を思い出しては、また忘れて‥ それを繰り返した。
 

 
ふと気が付くと、あれから色々な時代を私は「人間」として生きているようだ。
時にはジプシーであったり、時には宮廷や教会に召し抱えられた音楽家であったり、又時には某国の舞い手或いは詩人だったりもした‥。
 
その時々が真剣勝負で、命がけで戦火の中に自ら飛び込んで生きて来た。そのどれ一つを取っても各々すべてが戦いだったが、幸運なことに幾つかの過去世で私は歴史にその名と功績を遺すことが出来たようだ。
 

現世も波瀾続きである。
霊感があろうと予知能力があろうと、それは現実生活の中に活かされる機会など殆ど得られない。どれだけ「引き寄せ」などを手繰ってみたところで、甘い運命などそう簡単に引き寄せられたことは一度もなかった。
 
今世でも私はずっと戦って生きている。その過程で時折神様が私に置いて行ってくれたギフトを、素直に受け取って行く。
神様からのそれが本当のギフトだとするならば、そのギフトには「もたらされること」の理由と意味があり、そこには神様からの宿題がひっそりと書かれてある筈だ。
だがそれは文字で神様から命令されるものではなく、自ら望んで神々からの課題に向き合うこと。それそのものが神々からのギフトの真の課題であり、その課題はこの命が尽きるその瞬間まで半永久的に続いて行くものだと私は思っている。
 

巷には多くのスピリチュアル好きな人たちが、生半可では得られない能力やスキル、そうしたシュールな人生そのものを得んとばかりにたむろしている。
それはまるでコンビニの狭い駐車場に群がる「帰る場所を失ってぐれた若者」のように、そこに居れば棚から牡丹餅式に余りものの幸運が舞い込んで来ると言う期待だけを胸に、何の行動も起こさずにただその場所に流れ着いたまま群がっている。
 
そういう人間どもを見ていると、ただただ腹が立つ。
なめんなよ!と思う。
 
 

 
最近、リレ(リラ星人の総称)時代の医者のことを頻繁に思い出す。思い出すと言うより、あの瞬間に似た彼の声を確かに聴いたのだ。
それが夢や妄想でなければ、医者は今とても近くに居るかもしれない。此方側の世界に転生を試みそれが成功したとすれば、未だ成人していないような気もする。
 

若くて感性がキレる人が傍に来た時に、その人の腕をしっかりと掴めるような私がそういう人間であると先方に確実に認識させられるよう、私は地球の、日本人の、社会人としての良識と常識の線を踏み越えないよう気を付けて生きなければならない。
むしろ「不思議系」や軟なスピリチュアルに浮かれているような人間を、転生した医者の方が全く受け付けなくなっている可能性も無きにしも非ず。
 
音楽家として芸術家として、そしてリレの巫女として全ての感覚を磨き抜き、意識や感覚の切れ味を維持しながら、当面はリレ最後の医者であり、リラ星の最期を共に見届けた仲間の一人である彼の再来を祈り、今の「私」と言う箱を一日でも長く温存出来るよう努めたい。
 

波動の真偽

どうやら何かしらのイメージ上の波動を情念で操作することにより、私や夫にダメージを与えて来る者の気配を感じている。

だが夫の霊質は人間離れしており、かつ私は多くの霊的ガーディアンに守られているので、彼等は思うような攻撃を加えらずに苛々した波動だけが宙を彷徨っているようだ。
 

私は過去世にリラ星最期の巫女の時代があり、その後幾たびの人間としての人生経験を経て現在は音楽家或いは芸術家としてのミッションの遂行過程にある。

今世の職歴はバイト経験も含めて、かなり豊富だ。

ランチタイムの厨房を任されたり探偵業の断片を掠ったと思いきや、ゴーストライターとして芸能界のど真ん中を暗躍していたかと思えば、特に印象深い経験の一つとして某公的機関でそれこそ「波動」を聞き取るアルバイトなどを経て現在に至る。
 

巷のヒーラーや霊能者又は「波動家」のような人たちとは多く接して来たが、私から見れば殆どが眉唾ものだった。何故彼等の大半を「眉唾もの」だと私が言い切れるかと言うことには、明確な根拠がある。
 

波動を実践的に操作出来ることが真実だとすれば、その人は道行く無線の音声などを無線機を介さずに聞き取ることが可能だ。

波動とは時に音波にもなり得るし、身体的にそれを放つことが可能であればそれはリアルな実践として活かせる筈である。
 

私は視覚的にWaveのようなものを視ることも出来るが、それ以上に音声として波動を聴き取る方が断然得意である。

例えば自身がコンサート会場で演奏の仕事に従事しているにも関わらず、周辺で起きている死傷事件の様子をパトカー同士が無線で伝達し合っている音声を実際に耳が拾い、演奏途中に吐き気に襲われ舞台袖で10分間程度休憩した‥ などと言う実話がある。

その間会場の外側では死傷事件がまさに起きている最中で、その被害者(遺体)が丁度コンサート会場の搬入口付近を通過する際の警官の会話の無線の音声を聴きながらでは、流石の私も演奏を継続することが出来なかった。
 

無線の音声からは異臭も漂って来る。

唯一そのタイミングで会場に居る演奏者やスタッフ、聴衆の全員が会場の中に閉じ込められている状況で良かったと後から胸を撫でおろした‥ なんて言うこともあった。

病院で頻繁に使用されるPHSの音声が、機器を介さずに聴こえることなどざらだった。当然知りたくないことも私には聴こえてしまう。
 

波動を武器に体感実験のような催しが巷のあちこちで行われているようだが、私の経験則からすれば彼等の言う「ハドウ」など人の持つ情念のひとかけらに過ぎない。

確かに波動のかけらを情念操作することは可能だが、それにはかなりのエネルギーを使うことと人間の情念には波(ムラ)がある為、波動を綺麗な波動として継続させることはかなり難しい。

歪んだ波動が仮にあるとすれば、それは周辺の人々の体調は感覚・感情に幾何かの変調を来す以外に何の力も持たない。

不安定な波動もどきを受け取るぐらいなら、そんなものは無い方がましだ。当然のこと存在価値が無いし、有害だ。

 
人々を脅す為の波動を「霊力」だと自負(勘違い)して脅しのネタに使うような霊能者をもしも近くに見掛けたら、彼等にエナジーヴァンパイアにされぬよう息を潜めて早急にその場を立ち去ることをおすすめする。

ましてや歪んだ霊力や歪んだ波動を扱う霊能者に対し正確なジャッジメントを許さぬような術者が、「自身に逆らう人間について自分に通報しろ」などと通報の呼び掛けをしているようであれば、それはただの反社会的な勢力の中の人と何ら相違ない。

目を付けられる前に、兎に角静かにその霊能者やその霊能者を取り囲む集団から退避することが望ましい。
 

※私は本来音楽家(芸術家)であり、最近は音楽評論家としても活動を開始した。
なので以下のようなプレイリストの作成なども行っている。
 
このブログでは最近テレパシックなこと、スピリチュアルな著述の方が圧倒的に増えているが、基本私は音楽家で世界の音楽全般を脳内にストックしている筈(笑)。
以下のようなプレイリストを定期的に作成して発信しているので、興味のある人は是非とも耳を傾けて頂けたら幸いだ。

 

近況報告

このところブログの更新が少し止まっているが、私は至って元気である‥ と言えるような、言えないような‥。
諸々あるが、近況の一部を以下に列挙しておく。
 

  1. 身近な友人知人の急な体調不良や訃報が増えているので、メンタルが落ち込んでいる。
  2. Twitterでの発信力を高める為に、特に今年は「相互フォロー」でFFの拡張に注力して行きたい。
  3. 音楽評論家「花島ダリア」の活動の認知度を高めるべく、noteとブログ「花島ダリアの音楽評論」の更新頻度を上げている。

花島ダリアの音楽評論: https://dahliahanashima.wordpress.com/

 
他にも色々やるべき事はあるが、当面はこの優先順位で行動が制限されそうだ。
 

それにしても特に今年に入ってから、私は度々のシェディングに悩まされている。
特に私は胃腸が余りタフではないので、拾って来てしまったスパイクタンパクの粒子がそこを攻めて来るので、外食のお約束は余りしないよう努めている。

今日も胃腸はガタガタである。だからと言って空腹にならないわけではないので、遠慮がちに、用心しながらぼそぼそと食事は摂っている。
 

 
墓じまいから家じまい(売却含む)を済ませ、ずっと手つかずだった旧宅の清掃にそろそろ入らなければいけないのだが、恐らく次の更新のタイミングには間に合わないだろう。
なので更新料を支払って、旧宅の家じまいはゆっくりと進めて行くことにした。

その間、少しばかり得たもので資産運用を試みながら、若干でも増やせたら良いと思って毎日日経平均株価のサイトには必ず足を運ぶようになった。
2年前までの自分とは、今は全く違う生き物みたいに美味しいフランス料理を頻繁に食べて、そして100グラム18,000円もするシャトーブリアンを提供してくれる肉料理店にも月一程度通ったりしながら命を温存させている。
 

 
虫は食べない。魚も産地を選んで食べている。
水は絶対ミネラルウォーターで、最近は大好きだった炭酸水から心も体も離れて日々リンゴジュースだけは欠かさない。
コーヒーや紅茶などの飲み過ぎにも注意し、ティータイムの1/3を健康茶ないしは野草茶に代えて飲んでいる。
 
本当に何もかもが様変わりした我が家だが、それでもどこかしらに慎ましさを残しながら少しだけ華やかな物を足して新居をじっくり作り上げている。
欲しかったWedgwoodのマグカップも先日違うバージョンを足したところだ。プレートや茶器を変えるだけで、気持ちも上がる。
 
創作活動や日々の著述の質も俄然向上したし、これまでの57年間の私の人生や前途が毒親・毒家族毒親族たちに妨害され続けていたことを今さらながら痛感している。

ようやく得られた等身大の自分や暮らしを先ずは大切にしつつ、これまで散々苦労を掛けて来っぱなしだった夫にもゆったりと寛ぎながら日々を穏やかに過ごして欲しいと願っている。
 

メモ書き、ラフ書きのスタイルであればDidier Merahと花島ダリアの両方のTwitterアカウントからの発信も日々続けているので、両者の日常を覗きたい方は是非そちらにも目を向けて頂ければありがたい。
 
拙いながらもフラワーアレンジメントも亜流で磨きを掛けているので、そんな他愛ない日常の断片も発信している。
 

 

動画『トランプ逮捕 ・起訴について』から見える情報の真偽の問題

YouYube配信者 Miyoko Angel2 から数時間前に配信されたトランプ逮捕 ・起訴についてで語られている内容について、TwitterのDMに数件の質問が寄せられた。
一旦回答をTwitter内にまとめたが一応、このブログにも切り抜きを出しておきたい。
※以下Twitterからの切り抜き転載。
 

 

又真偽不確かなことを現実であるかのように伝えている「Miyoko Angel2」の新動画。 実在しない宇宙人「ソーハン・エレディオン」が米軍の地上アライアンスを指揮し、勝手に宇宙プログラムを進めているとしたら、これは大問題だ。
 
つまり正体不明の宇宙人に地球が乗っ取られ始めていると言う証拠とも言えるが、恐らくここから発信されている内容の多くがデタラメであることを視聴者が認識しながら、あくまで空想世界の息抜き動画として接するには程好いストレス発散の道具ともなり得るだろう。
 

 
200年後のプレアデス人、かつ銀河連合のトップである‥ と言う設定のソーハン・エレディオンについて先日セムヤーゼ女史と少しだけ話をしたが、先ず「200年後のプレアデス」と言う設定自体かなり無理があると言う談。
 
そもそも時間設定がそこまで精密ならば逆に200年前の(現時点での)プレアデスの話を、むしろソーハン・エレディオンに問い質したいと言うセムヤーゼの話には妙に納得が行った。

西暦2023年現段階の地球から見たところのプレアデス星団の状況がソーハン・エレディオンから一切情報開示されない状況で、200年後の未来の情報が正確だと言う保証は何も無い。
或いはプレアデス星団に於いて、政治上の理由で現状をひた隠しにしておかなければならないような状況下に在ると見るのがベターか‥。

未来を語る人を見かけた時は、その人から見た現状或いは過去の現時点の開示情報の内容を精査する方が、信ぴょう性の有無を確認出来るだろう。
目くらましの未来談にはくれぐれも惑わされないよう、各々注意が必要だ。


【後記】                            
 

銀河レベルで物事を見て頂きたいなぁと思う。
そして必ず、銀河連合と地上アライアンスの作戦、共同オペレーションだって言うことも忘れないで頂きたいと思います。
YouTube 2:26~からの切り出し)

トランプ逮捕 ・起訴について(from Miyoko Angel 2)

 
この動画では彼女の思う地球の浄化・救済作戦が200年後のプレアデス星人の、しかも銀河連合のTopであるソーハン・エレディオンと地球の地上アライアンスとの共同作戦(作業)の一環として進められていると言う話だが、現在プレアデス星団と地球は正式な国交が結ばれていない。

つまり仮に彼女(佐野美代子)が思う一種の空想世界が現実だとしたら、それが「宇宙人よる地球の乗っ取り計画」である‥と言う観点が佐野美代子には一切抜け落ちていることになるだろう。
しかも彼女がその認識で一連の動画を真実の裏付けであるかのように発信し続けているとするならば、勿論彼女のみならず視聴者側にも大きな責任が生じる。

 
そもそも佐野美代子氏は映画や一般書籍の翻訳者として名前が知られているが、こういう人が何かの拍子にスピリチュアル系の陰謀論に触れると「ミイラ取りがミイラに‥」と言う状況に陥りやすい。
英語が堪能で翻訳スキルが優れていることと、物事に真偽を見分ける能力の有無は全く比例しない。
 

彼女 佐野美代子もその一例であるが、以前にそう言えば似たケースで「山川 紘矢・亜希子」夫妻の例も記憶に新しい。
特に何かしらの要因でマイナスのモチベーション時に触れた情報が、その後のその人物の人生に大きく左右すると言う点に於いては、佐野美代子や山川夫妻だけの問題ではないだろう。
たまたま知名度を持つ人がそのような状況に陥った時、周囲がそれまでの知名度だけで該当の発信者の著述を妄信過信して行く状況は、他のジャンルにも数多く発生している。
 

各々の感覚を先ずは研ぎ澄ませ、その上で批判精神を捨てず物事のジャッジメントを怠らないよう、自身も含め気を引き締めて今後放たれる多くの情報に対し目を光らせて行きたいものである。
 

芸術家の日常 2023.03.29

歯の検診の前日は決まって眠れない。やることが分かっているのに、心の何処かで「何をされるか分からない」‥的な恐怖が渦巻く。
結局昨日の前日の月曜日の夜も殆ど眠れず、ヨロヨロになりながら歯医者に行くと案の定の検診結果だ(笑)🦷
 

気分を変えたかったので検診の帰り、車からは完全に降りて夫としばしお花見を楽しむことに。
 

 
時間差で咲き誇る桜の花の半分以上が散り始めていて、それはそれで圧巻だ。
新居の近くにこんなに素敵な桜スポットがあるとは驚きで、勿論旧宅の一本桜も魅力だが今年はもういいかな‥ と言う気になった。
 
さらにその帰りに新しい花を買った。
昨年旅立った愛兎 マイケルが私に遺してくれた、尊い趣味の置き土産。次にマイケルが此方に転生して来た時に「ママ、頑張ったよ」と言えるように、亜流でフラワーアレンジメントみたいなことを研究中である。
 
とは言えあくまで趣味、あくまで下手の横好き。極めようとすると眉間に皺が寄って楽しめなくなりそうなので、兎に角趣味以上にシフトしないように気を付けている。
 
体も心も「紫」を欲しているのには、何か理由があるのだろうか‥。
わちゃわちゃしているが、その時々の気分を先ずは優先。タイトルは「尊い瞬間」
 

 
なかなか新居のレイアウトが完成せず、未だ楽器も入れてないのでトレーニング不足は否めないが、どっちみちこんなに不穏なご時世の中のんびり練習も出来まい。
先ずは執筆と音楽評論のスキルを極めたい。
 
一日の大半をTwitterやらブログやら、音楽鑑賞等に費やしている。段々と心惹かれる音楽が減っている‥。
先日epoの古いCDを再購入したので、今日はそれを聴いて過ごそうか‥。
 

 
音楽の中にロンドンの風景を感じる。ブックレットを読むと、最後のページに「U.K」の文字が浮き上がる。やはりそうだよね‥ と、自分自身のカンの良さを再認識する瞬間。
この頃(1980年代の後半から1993年の辺り)のepoが、一番好きだ。その後の彼女は中途半端にスピリチュアルを齧りセミナーの開催をする為に必要な資格等を取得して行ったが、それと同時に彼女の音楽性が崩壊したから‥。
 

最近やたらと予言とか預言を公言出来なくなった。的中率が上がっており、私が口にすると現実がその通りに動くからだ。
やはり私はリラ星最期の巫女なんだと、他のヒーラーやスピリチュアリストと同じように行動してはいけないのだと、あらためて己の中で悟りを極める。
 
音楽家の大半のメンタルから「ガチ感」が消えている今日この頃。先日とある歌手のLive(彼女は最早Live活動しかしなくなったので)を拝聴したが、声の衰えと感性に付いた「汚れ」が歌手の全体像を完全に覆い尽くしてしまった感は否めない。
 
かなしいけどこれが現実。
もっと早い段階で「歌手」が私のアドバイスを素直に受け入れていれば、結果は変わっていたのかもしれない。
だが今現在の「歌手」を見る限り、私が光を当てたとしても芸術の方向に舵を切ったかどうかは定かではない。だからこそ私は梯子を外したのだろう。
 
自身の持つ「光」を、自分自身に当てることはなぜか出来ない。だから私は夫の放つ未知の光に、全てを託して信頼している。
私が本物を捨てない限り、自身の持つ光と夫の持つ未知の光が必ず合わさる瞬間が訪れる。だから私は絶対に、ぶれてはいけないのだ。