New Life, Next Life

前記事の更新から早くも一ヵ月弱が経過したことになりますがその間、私は第二の生活の準備を慎重に進めていました。
頻繁に体調を壊し高熱と微熱の乱高下に悩まされながら今日に至りますが、その理由がシュールな(つまり霊的な)ものが要因だと今朝判明し、むしろ少し気持ちが楽になりました。
 
既に実家の家族全員がこの世を去り、私の旧姓でもある「山田家」は私一人がこの世に生きていることになります。それを快く思わない人たちが親戚や実母や実弟に関わった人たちの中にも複数いることは重々承知していますが、それは私の非ではなく先方の大いなる誤解に基づいた行動と歪んだ判断、排除意識の側にあったと私は認識しています。
私の今の人生の運行を考えると、それらはさして大きな問題でも障害でもないと感じています。それはこの数年間で私が、少しだけ成長した証しかもしれません。
 
最愛の夫、そして愛する神々や神獣たちに囲まれた日々は、人に話すには突飛なことも多々ありますがとても穏やかで豊かで、何よりスピリチュアルな観点で様々な学びを得られることが本当に幸せです。
 

 
新居への引っ越しの準備は少しずつ、少しずつ進んでいる最中ですが、なにせこの戦争、このご時世の中での挑戦的な行動は慎重にならざるを得ません。
 
特に今年は短歌、俳柳、そして現代川柳界への進出に忙しくしています。
「詠む」と言う名の執筆、その数は日々膨大です。一句、一首を生み出すにあたり数十から数百の言葉の帯を叩き出し、それを数日間寝かせてから放って行きます。
特にこの夏には50首連作の出詠を控えているので、殆どの時間を書斎で過ごしています。
 
某所からのご質問のメールを頂戴していますのでこの記事に、あえて記しておきます。
 
私は「予言(預言)」の大半を既に自作のピアノアルバムに録音の上配信している為、今後当面の期間の新譜のレコーディングを予定していません。
自分が放った予言の流れ、その結果の片鱗を先ずはこの目で確認したいと考えているので、世界の次の大きな転換期に差し掛かるまでは音楽作品を作らない方向性で気持ちが固まっています。
それ程に、世界は今後混沌とした時代に入って行くので、その過程で起きる様々な(時代の)闇を音楽に残すことには余り乗り気ではないからです。
 

・世界の混乱、それにともなう異常気象による人口減少、さらには国家の消滅等(一部欧米文化の衰退を含む)。
・既に当ブログでも告知していたK-Popの衰退(これは現行で形になりつつあるようですが)。
・宇宙系陰謀論に関連する嘘が暴かれ、その一部が実世界に刻まれること(これについては某銀河連合の特使を名乗る人物の、ある意味いい加減なでっち上げが形になりつつあります)。
 
そして何より私が自身のアルバムに収録した曲『Empty Throne』、つまり『空(から)の玉座』が複数個所で近い将来、現実のものとなるでしょう。
此方は余り喜ばしいこととも言えないので当記事でのこれ以上の言及は控えますが、上記に記載しただけでも推測した段階では全く影も形もなかった現象が現在では、誰でも見えるニュースとしてこの地球上で確認することが出来るようになりました。
 

 
人の世界を動かして行くのは、マンパワー以外には考えられません。
ですがそのマンパワーの原動力として、スピリチュアルな感覚が絶対必須です。
スピリチュアルは現実と必ず同期して現象として表れることが「正確性」の条件であり、そこに「たら」「れば」を挟む余地等ありません。
逆説すればそれは「祈り」に形を変えた念とも言えるわけで、こうなって欲しい、こう在るべきだと思うこと、それを祈り続けることで現実をそこに近付けることが可能だと言えます。
なので、祈る人自身の重責は計り知れず重いのです。
 
多くの現在のスピリチュアルやスピリチュアリストの言葉や発信は、上記の「正確性」「現実性」の条件を満たしていないのも又現状です。
現実の現象と無関係な観点で「どう思うのか、どう感じるのか‥」 に固執し依存しているから、むしろ目の前に示されているサインや暗示を個々が完全に見逃しているとも言えるでしょう。
 
多くのスピリチュアル関連の人たちは、現実と感覚を切り離して考えているのかもしれません。スピリチュアルなことが現実であってはいけない‥ と言うような歪んだ空想に強く固執している原因は、人生スキルの取得やその厳格なプロセスを回避したことに他なりません。
職業スキルや学歴等、何一つ取得した経験すらない人にスピリチュアルを語れるはずがありません。ましてや人の人生に干渉するなど、もっての外です。
現実は過酷です。何をするにも人の目、人の審査を経る必要性が生じます。もしも人の審査を経ずにその先を急ぐのであれば、それは生まれつきの天才か或いは複数の過去世の経験から成る陰徳を積み重ねて持っていることが、条件として求められると私は思っています。
 

私は上記の条件の両方を持って生まれて来た為に、今世の半生は散々な目に遭い人の世界を排除され、実際に死を考えたこともありました。
ですが持って生まれた才能とも言える「音楽」が形を変え手を変え、私を常に助けてくれました。さり気ない形で私の前途に道を切り開いてくれただけでなく、親族の家庭外排除の期間中ずっと私を支えてくれたのが「音楽」だったと言っても良いでしょう。
そしてもう一つ、夫に出会うまでの私を支えてくれたのは「言葉を持たない動物」の存在でした。カラスのミーナ、猫の「ともや」を始め最近ではウサギの一代目「桃樹」、そして二代目の「マイケル」とそれは続きました。
 
二代目のマイケルの最期は実母の不自然死の時期とも重なり、元々神経症を持って生まれて来たマイケルに私はむしろ普通のウサギであるように自然に育てて来たつもりが、最後の最後で母の霊体が私の宿敵であることをマイケルが察知し、母の霊体を粉々に粉砕した直後にマイケルは永眠しました。
 

 
私に出来ることは何か‥。それは何も音楽に限定することはないと、最近感じています。
作詞家として、訳詞家としてのやり残しもあり、今のところはそのエネルギーを短歌や現代川柳、そして自ら立ち上げた新ジャンルである「俳柳」に全振りで注ぎ込んでいます。
最初はSNSをその主な発信媒体と考えて毎日かなりの分量の短歌や川柳をX等に放って来たのですが、やはりそのままでは先には行けないことをある時から痛感し、そろそろネット歌人/ネット柳人を終了しなければいけない時期が到来しているのを背中にひしひしと感じています。
 
私は人の審査を好まないので、これまでの音楽活動同様に私特有の路をここからさらに歩んで行くことになると思います。
私の霊体が持っている情報、知っていることや経験値と同じだけの経験を積んだ人は、他に居るとは思えないからです。
 

今後暫くはSNSでの発信は激減すると思います。
ただでさえXのメインアカウントが凍結されたまま現状も改善されないので、当面のメインのSNSはBlueskyに限定して活かして行くことになります。

音楽家・芸術家/ディディエ・メラ、そして歌人・柳人/七澤銀河共にBlueskyで検索出来ますので、興味のある方は是非そちらまで足を運んで下さい。

ディディエ・メラ: https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social
七澤銀河(短歌/俳柳/川柳): https://bsky.app/profile/ginga-nanasawa.bsky.social
 

最近作業用BGMにブラジル音楽を聴くことが多く、自身のPLにそのカテゴリーを追加しました。
まだ現在育てている最中のPLにはなりますが、よろしければ是非使ってみて下さい。
 
『🌴Saudade 2026’』:

【七澤銀河】新ジャンル『俳柳』立ち上げ

かねてから無季俳句と現代川柳の明確な線引きについてかなり調べていたのですが、結局この半年間を費やした結果一人としてその明確な定義をご提示頂けませんでした。
将来的な展望等も兼ね備え、ここに新しいジャンル【俳柳】(はいりゅう)を正式に立ち上げることに致しました。

これには日本神界の面々の意志も加味されており、これは天照大神をはじめとする日本神界が関わった意思表明として捉えて頂きたいと思います。
 

【俳柳】の定義について。
1. 地球環境の変化にともない四季が乱れ、そのことにより俳句のルールとも言われている「季語」が殆ど通用しない時代になりました。【俳柳】の新ジャンル立ち上げにより、季語の存在しない混沌とした現象や物体を用いた表現に対する自由度の拡張を目指します。
──例えば古い時代の季節感が現代に於いてはほぼ通用しなくなっており、加えて現代的な物体(コンビニ/スマートフォン/パソコン etc.)を表現言語に加えて行く際に、かつて誰かが決めたであろう「季語縛り」が俳句の表現を著しく狭めている点に対するルール改善の可能性を、新ジャンル名【俳柳】に込めて行きます。

2. 古川柳と現代川柳に共通するシニカルな表現、或いは社会風刺以外の表現手法の自由度を拡張します。
──川柳独特の感性である社会風刺や、各現象等を斜に構えたような皮肉めいた表現手法ではない、心象描写と川柳独自の表現手法のハイブリッド化の可能性に対し、新ジャンル名【俳柳】はそれを可能にして行く意志を込めています。
 
3. 新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】とは、無季俳句の持つ禅的或いは心の静寂を表現するスタイルに川柳の持つシニカルな表現の断片をハイブリッド化した、多くの表現者が実は必要としている表現手法です。
このジャンルの明確化により、俳句と同時に「現代川柳」と言われている混沌とした表現手法をさらに昇華させ、整理出来るようになります。

 

これまで個人的に調査/言及等を行って来た「無季俳句」と「現代川柳」の相違について、結局明言化されていないと判断し、付け加え俳句のルールとされている「季語」縛りに対し多くの俳人或いは川柳作家が困惑している点は、いち文化人として看過出来ない現象だと思いました。

さらには本件について別途、個別に言及している俳人及び歌人も見られず、漫然と現状に甘んじて表現を狭めている多くの表現者の姿勢に強く疑問を感じ、先ず最初に私が新ジャンル【俳柳(はいりゅう)】を立ち上げることが望ましいと言う見解に至りました。
 
勿論新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】の発起人は私/七澤銀河であることには変わりませんが、SNS等でこの名称を拡散、ハッシュタグ化して行くことで表現者と読み手の見識や視野が広がって行くことを私は、強く望んでいます。
ですので「#俳柳」等はふんだんに使用して頂いて構いません。