日々の言葉 2026/10/19 ~ 2026/10/25

目次

・26/10/19 Mon. 『Blue Monday』
・26/10/20 Tues. 『知らない人たち』
・26/10/21 Wed. 『軌道修正』
・26/10/23 Fri. 『届かない荷物』
・26/10/24 Sat. 『タイムトラベル』
・26/10/25 Dun. 『生き方』

26/10/19 Mon. 『Blue Monday』

よくよくみたら、月曜日って日記を書かないことが多い。
理由の一つが「憂鬱」、月曜日特有のあれね。この先長い一週間の予定を見るだけで気持ちが塞ぐ。
思考も動作も鈍りがちで、そういう時は周辺の状況も同期して鈍って行く。どうせ誰も見ていないんだったら、ま、いいか、と言う気の迷いが強まって、結局頭痛と風邪を言い訳にして一日ダラダラ過ぎて行く。

と思いきや、夜間にはがっつり出詠 & 投句も済ませたから、誰か「偉かったね!」って褒めてください(笑)
 

26/10/20 Tues. 『知らない人たち』

SNS「note」を見直している。と言うか、整理している。
「整理」と言う言葉は余り好きではないけど、他人軸?で生きていたら私の人生がパンクするだけ。なので物事の変わり目に来たなと思った時は、思い切って断捨離して行く。
 
知らない人の人生って、意外に自分の生活に侵入しやすい。なのでどこかできっぱりと割り切って切り離して行かないと、SNSも日々の記憶も気づくと「知らない人」の記録で埋まってしまう。
私が視ている外界の情報量と、先方が視ている此方の情報量。そのバランスを自分で操縦しないと、人生を振り回されるだけ。

人は自分が望む程、此方の話を聞いてない。ならば私も、人の話なんて聞かなくても良いよね?

愛してくれる人とだけ関わって居たい。願わくば。
 

26/10/21 Wed. 『軌道修正』

その相手を好きでも嫌いでも共に居ることが出来なくなるような場面に、これまで何度も遭遇して来た。
だからと言う訳ではないが、方向転換には余り躊躇がない。迅速に決めて、動く。

考えて考えて考え抜いて‥ と言うプロセスを徹底的に短縮して、直感が降りて来たタイミングで瞬時に行動する方が良いと私は思って居る。
色々あってー‥とか四の五の言って結論を先延ばして、一週二週回った頃には「時すでに遅し」と言う事が多かったから、おそらく私は人の20~30倍速で生きて居る。
これでもゆっくり歩んで居る方だ。

なるべく衝突を起こさぬように、優しく潔く火種から遠ざかる。先方が自身を火種だと気付くもっと前の段階で、私は既にそこを立ち退いて居る。

相手がそれらを冷静に振り返るには数年から数十年の時を要するだろう。
何せ私は予言者である。他者の理解を待って居たら、私だけが窒息するに違いない。
自分の身は自分で守る。
 

26/10/23 Fri. 『届かない荷物』

このところのAmazonの配送の状態が酷く、予定では水曜日に届いていた筈の荷物が土曜日の夕方到着した。
電話で問い合わせてみると珍しく日本の女性が対応し、「ドライバーの数が足りなくて、配送が間に合っていません。」との返答。だったら、あたかも当日運んでくれるかのような表示自体をしなければ良いのに‥ と思う。

水曜日到着予定の荷物が実際に発送されるのが、当日の未明(3:00AM頃)だっりする。当然のこと、最寄りの倉庫に荷物が到着するのが昼過ぎになるわけだから、持ち出される時間は夕方以降になる。それで夜間に配送しようとすると当然、置き配で設定されたAmazonのタイムスケジュールには間に合わず、先日のようなおかしなショートメッセージが届くような事態になる。

ま、クヨクヨとあれこれ考えたところでどうにもならないし、とりま眠る。

矢継ぎ早に遠い海上で台風の子どもが育つので、その度に精霊の強い引力に引っ張られる。頭痛が止まない。
 

26/10/24 Sat. 『タイムトラベル』

 
伴奏家を撤退してからかれこれ15年は経過しているが、当時は真正面から聴けなかったブラジル音楽今頃聴き返している。
職業が絡むとその過程で下手な歌手や楽器奏者とも関わらなければいけなくなり、どうしても心が荒んでしまう。当時聴き逃していたブラジル音楽の美しさが、今頃になって胸を熱く撫でる。

こうして人は大切なものを逃して行くのかと思うと、思わず襟を正す思いだ。今の私を包み込んでいる現実やネガティブな状況も、いつか振り返る時が来たら美しい思い出となって、頭上に再び美しい雨を降らせるのだろうか。

今月末で結社を各一つずつ、フェイドアウトすることに決めた。勿論会費を納めているので読者としては居続けることになるが、そこが表現者としての私が居るべき場所ではないことを先の件で噛みしめた。
相方とも何度か話し合い、結論に帰着した。

転機は静かに訪れる。それはいつものことだから私はそっと、そっとその輪を立ち去ることになると思うけど、いつか先方が気付いた時に何を感じてくれるのか。そんなことももう、一切考えないことにした。

私が歩んで来た変遷は、誰にも理解出来ないだろう。
500年前に詠んだ漢詩の一部を今でも記憶していることなど、その状況や心情や痛みがどのようなものだったか‥ など、人に理解して貰おうと思う方がきっと間違っている。
私が普通の人の30倍速で生きていることも、私が霊体に膨大な記憶を摘んで現在に至ることも、きっと誰にも理解することは難しいだろう。

私は旅をしている。幾つもの列車(肉体)を乗り換えて、その時々の経験を噛みしめながら。
ただそれだけのことだ。
 

26/10/25 Dun. 『生き方』

 
人と関わる事が苦手なのは昔からで、それは私の生まれ付いての容姿に起因する。
どれだけ思いを掛けても多くの場合、人は私の容姿に価値が有るか無いかで判断し、実質的には相手に掛けた思いが無価値に近く扱われる事の方が多かった。

だが年齢を経て来た今、少しずつその悪情況が逆転しつつある。勿論私の価値を分かる相手にそれは限定されるが、やはり私は予言者だから人が言わないような問題点をバッサリ指摘する事が多い。
その問題点に突き当たった人の中で、私の価値はそれまでの容姿至上主義から一気に逆転する。

過剰な謙虚さが仇になることを、神界からは度々指摘される。
持ち前の気前の良さが「扱いの軽さ」に繋がる点については自分でもよく分かって居るが、「人に寄り添う」気質をリラの巫女時代に培った記憶と習慣とが染み付いており、最近は意図的につっけんどんに人と接するよう心掛けを逆転させている。

晩年の千利休は敵味方の隔たりを極力取り払った生き方をしており、それが自らの命を断ち切る結果へと繋がった。当時私は忍びであったが、忍びとしては身に余る待遇を利休に受けていたことを今も忘れない。
だが同じように現代の人々と接するには、私の容姿が壁になる。

私が私らしく在る為には、自分が思う百倍は人に冷たく当たるべき。そうしなければ、私が無価値な人間として扱われることを、今世の多くの経験で学び過ぎる程学んで来た。

私は陽炎ではないし、ゴミでもない。
見た目がどうあれ歴とした人間であり、見えないところに多くの蓄積を持って居る。
その蓄積と経験は適切に活かさなければいけないし、それを軽んじる相手とは距離を置かなければいけないと、あらためて肝に銘じて行く。
 

noteバージョン:https://note.com/didiermerah/n/n7d780a3eecf9

日々の言葉 2026/10/12 ~ 2026/10/18

目次

・26/10/13 Tues. 『企業秘密』
・26/10/14 Wed. 『裁判の行方(MHJ)』
・26/10/15 Thur. 『染まる』
・26/10/16 Fri. 『評』
・26/10/17 Sat. 「音楽の行方』
・26/10/18 Sun. 『噴水塔』

 

26/10/13 Tues. 『企業秘密』

数か月前までは各読書系SNSに読了日記を書いていたが、最近その作業を止めている。
歌人/柳人の端くれではあるがその過程で読んだ本は、一首の企業秘密に該当する‥ と言うのは、とある神からの貴重なアドバイスであったが、その通りだと思った。
日常を明け透けに晒し過ぎることの危機意識を、あらためて心に留める。
 
毎朝7時に起床(或いは7時まで起床)して行う日々の資産管理と作歌 or 作句、これを済ませておかないと何とも落ち着かない。
なので概ね私は朝の7時には起床しているが、必ずしもメールに返信が出来る状況ではない旨、隣国の友人にそっと伝える(笑)。

慣れない韓国語(Google翻訳)をただ並べてメールを送信しているのだが、大方先方には此方の意図が通じていて良かったと思う。

某MHJ裁判も、そろそろ佳境に差し掛かって来たようだ。
 

26/10/14 Wed. 『裁判の行方(MHJ)』

或る弁護士よりメール。
「Min Hee-jinは、NewJeansの盗作を主張したとして名誉毀損と業務妨害の疑いで検察に送致されました。」(https://n.news.naver.com/article/088/0001034172?sid=102) ⇦ との進捗あり、と。

最近日本の雑誌「Casa BRUTUS」に取り上げられたMHJの自宅映像、あれは一体何だったのだろう?と言う疑問が晴れない。
確か一連の裁判の過程に於いて、自宅が差し押さえられたばかりだと韓国のニュースでは報道されていたと記憶しているが‥。
 
逃げても逃げても、人は法からは逃げられない。
そこに某自然神の「神の一手」が振りかかり、私はその神と霊体を繋げている。つまり一心同体と言う意味。

術式とは何?
開運とは何?
この世界には多くの偽善と怪情報が渦巻くばかりだが、それを正し導く手立てについては今は未だ思いつかない。
 

26/10/15 Thur. 『染まる』

 
秋なので髪を染めた。
このところ白いものがふつふつと増え始めたのは自然なことだけど、私以上に美容師がそれを気にしているらしい。
激しく染めずに気品のあるブラウン。光にあたると、ひと昔前のリカちゃん人形の、あの金髪が揺れ動く程度。

Kindle Paperを持参したものの美容師三名の雑談が止まず、半ば逆接客状態に。
これも又いつものこと。

ぐったりしながら夫が待つファミレスまで戻り、本来なら余り口にしてはいけないマスカットの「ちょこっとパルフェ」を胃袋に仕舞い込む。
きっと新たなウェイトも仕舞い込んじまっただろうなぁ‥。

ダイエットは明日から(笑)
 

26/10/16 Fri. 『評』

本音を言うと、記念誌に「評」は要らないと思う。
何故それが必要なのか、いつかご本人に尋ねる日は果たして訪れるだろうか‥。
 

 

26/10/17 Sat. 『音楽の行方』

毎週末恒例の「世界の音楽」チェック、今週末は悲惨な状況だった。
ここ最近ずっと悪状況が続いていたことを受けて、お気に入りのアーティストを少し整理している。

私の感性が変わっただけでなく、世界の状況が目に見えて悪化している。
例えばフランスはパリの暴動だったり、異常気象からそもそも今年のワインの出来は良くないだろうと言う見通しだったり、移民問題が後手後手になっているのは日本も他人事ではない。

相手はヒトではなく、宗教だ。そのうち思いもよらない場所に平然とモスクが建ったりして、もっと深刻なトラブルに発展すると私は見ている。
そこまで差し迫って来ない限り誰もが見て見ぬふりで、先回りでその問題の火消しを行う人もそうそう居ないのだろう。

日本バレーを見ても一目瞭然、追い詰められなければ戦わないのが日本人。まして私がちょっと予言した程度では「証拠不足」と一吹きされて終わりである。

何より世界的に音楽が、音を失い始めている。
 

26/10/18 Sun. 『噴水塔』

 
Web古書店から購入した加藤治郎氏の歌集「噴水塔」が、想定よりも大幅に遅れて到着。
実はうっかり二冊買ったのだが、もう一冊目の方が注文が早かったにも関わらず発送されていなかったので、そちらは一旦キャンセルに。

体調が優れないので寝室で歌集をめくり始めたが、流石に寝室読書には不向きな一冊である。
姿勢を正して読まなければいけないと思い、一旦本を閉じる。

海上に台風が生まれると、決まって重い頭痛に見舞われる。今年はそれが頻繁で症状がキツく、季節を跨いでも終わる気配が無い。
完全に異常気象だ。低気圧性の頭痛ではなく、台風に宿る精霊が活発化する時のそれである。
霊障とも言えるだろう。

段々とコーヒーが効かなくなって来たが、出来る限り頭痛薬は体に入れないよう努めている。
 

⇧ 今静かに温めて育てているプレイリストです。よろしければ是非、お気に入りに加えて頂き聴いて下さい。

 
noteバージョン: https://note.com/didiermerah/n/n00b23bc61791

【JOY 2 (初回生産限定盤) – 山下達郎 (特典なし)】 #NowPlaying http://www.amazon.co.jp/dp/B0HCV192HP やはりLiveは演奏が雑になる‥ と言う印象。そのくせ山下達郎の遊びのないvocalがLiveには不向き。バックが悪目立ちして聴こえる辺り、本人は気にならないのかと言う疑問が先に立つ。#山下達郎 #JOY2

— ディディエ・メラ (Didier Merah) (@didiermerah.bsky.social) 2026-10-19T19:24:06.488Z

日々の言葉 2026/10/05 ~ 2026/10/11/

目次

・26/10/06 Tues. 『歌稿』
・26/10/07 Wed. 『着眼』
・26/10/08 Thur. 『台風の子供たち』
・26/10/09 Fri. 『ホタテ貝を焼く』
・26/10/10 Sat. 『Minaに浸る』
・26/10/11 Sun. 『重い』
 

26/10/06 Tues. 『歌稿』

すこぶる体調が良くない。ただでさえ体温が上下乱高下する中、早めに未来短歌会への歌稿を済ませた。

他の結社と未来短歌会の大きな相違点は、選者を自身で選べるところにある。
但しこれにはリスクもともない、選者と万が一ソリが合わなくなった時の身の振り方が難しくなる。

前結社(未だ退会出来ていないが)では選者を選ぶシステムが無く、何となくくじ引きのような感じで誰が選に当たるか分からない不安が常に付いて回り、かと言って選評後の歌の報いを感じられず、ずっと悶々としていた。

とは言え何れのケースであっても、最後に付いて来るのは人と人との相性のようなものだろう。
基本的に人嫌いの私としては、本当ならば選だの評価だのと言うプロセスを経ない、自由な空間で漂って居たいところだがなかなかそうも行かない。

歌稿からその後も緊張で悪寒が止まらず、明日は半日か一日寝て過ごすことになるだろう。

食欲だけはまあまあ尽きない。いかに糖分をカットして行けるかと、日々キリっキリしながらおやつタイムで戦っている。
 

26/10/07 Wed. 『着眼』

古いもの、古い言葉を大切にすること。それはとても尊いことだけど、思考がそこで止まってしまうのは如何なものか。
さらには現代人が普段会話では使うことのない古語に縛られて、旧仮名づかいみたいなもので表現を固めてしまう、これは絶対あかんと思う。

口語=軽い、みたいな間違った認識で短歌や川柳を一刀両断に弾き飛ばす、これは絶対にタブー。

どのように現代の、今、日常的に使われている言葉を柔軟に使いこなして行くのか。そこに勝負を挑む歌人や川柳家がもっともっと日の目を見て欲しいとも思う。

とは言え表現には人生経験が必須。
若くて言葉回しがどんなに器用でも、そこに嘘臭さや人生経験の無さが露呈するようでは、表現者としては未だ未だだろう。
(ザッと空で14~5人は思い付くけどね‥笑。)

 

26/10/08 Thur. 『台風の子供たち』

太平洋辺りで台風が生まれる瞬間、私はいつも酷く体調を崩す。概ね頭痛。
どうやら台風が生まれる時に精霊が着床して無垢なエネルギーが生まれ、その無邪気な力が私の霊体を強く引っ張るから‥ と言うのが個人的な分析結果。

霊体と肉体は常に同期してはいるが、反応と順応には時差が生じる。一般的に言われる「低気圧性の偏頭痛」とは少し異なる症状で、特に眉間から少し右側が痛みの発信源になるらしい。

何もやる気が起きない木曜日。先ずは頭痛薬を飲む。
明日は月一の歯科通院日なので、このまま脱力しながら少しだけ読書をして眠りに就く。

 

26/10/09 Fri. 『ホタテ貝を焼く』

歯の検診結果は上々だ。相方に薦められた柔らかい歯ブラシが功を奏し、一時は抜け落ちそうになっていた奥歯の戻りも安定している。

気分が良かった勢いで、相方と二人で焼き肉屋に直行。お決まりのコースをサクサク進み、今回初めて魚介をオーダーしてみる。
相方は甲殻類が食べられないので、一先ずホタテ貝を頼む‥ これがとことん体に沁みた。

塩味が軽く付いていたので、あっさりレモン汁を付けて口に放り込んで行く。
‥カイ、、カン。思わず薬師丸のささやきがこぼれ落ちる。

一昨日、昨日と二日間連続でケーキを食べたので、今日は止めておく。ケーキを食べるとやはりウェイトが増えて戻りにくくなるから、と言う健康上の理由で我慢ガマン。

穀物を胃に入れなかったので、きっと深夜にお腹が空くかもしれない。
が、帰宅したら一先ず休む。

週末は又、音仕事の忙殺が待っている。

 

26/10/10 Sat. 『Minaに浸る』

 
イタリアの(おそらく)最長老の女性歌手/Mina(ミーナ・マッツィーニ)の、86歳の新譜が美しい。イタリア贔屓の私が昨年のオルネラ・バノーニの逝去からなかなか立ち上がれず、間もなく一年が過ぎようとしている。
時間とは残酷だ。容赦なく過ぎて行く。
だが、時間を味方に生き延びて行く種がヒトの中に居ることは、今の私の大きな原動力にもなり得る。

イタリアはMina、そして日本はと言えば大貫妙子や吉田美奈子‥。
女性は(特に)両親の介護等を経た後に、自らの取り返しのつかない老いに立ち向かうことになる。私もそれで苦労している人たちを沢山見て来たが、幸い私は両親に「破棄」された子だったことは幸運だったかもしれない。
寂しさもありつつ、毒親の毒をまともに喰らうことなく私以外の家族全員が旅立った。
棄てられた子に出来ることは、ただ一つ。墓じまいだけだった。それも済ませた今、正真正銘私は創作活動に全力投球出来る土壌がようやく整った。

Minaを聴きながら思う、彼女はどんな人生を歩んで来たのだろうかと。
そして今最も気になっている吉田美奈子氏の人生は‥。彼女は今、生き生きと第二第三の歌手人生を謳歌していると知り、少し安心した。
彼女が私を嫌いでも、私は彼女の音楽を心から愛している。人を想うことの幸せを、吉田美奈子の音楽がそっと教えてくれる。こんなに幸せなことはない。

「悲しみの停まる街」‥。やはり彼女はうねりながら、唸りながら、人生を太く長く生きて行くだろう。そう願って止まない。
 

26/10/11 Sun. 『重い』

なかなか馴染めない『文フリ』の響き。大勢の作家が一堂に会するイベントらしいが、人混みも人も好きじゃない私にはちょっと不快な響き。

Xが『文フリ』で賑わっているらしいが、外国語を見るようにそれをスルーして行く便利な脳ミソを持っていることを、私はとても誇りに思う。

それより何より花粉症。鼻の皮膚の一部が日焼けしたみたいに熱い。
アレジオンも効かなくなった。

今年は症状が重い。
連休中、私も少しだけ重くなった。
 

日記まとめ 2026/09/14 ⇨ 2026/09/20

目次

・26/09/14 Mon. 『際限なく』
・26/09/15 Tues. 『見直し』
・26/09/16 Wed. 『学ぶ、学ぶ‥』
・26.09/18 Fri. 『音楽のおシゴト』
・26/09/19 Sat. 『読書ログの見直し』

 

26/09/14 Mon. 『際限なく』

祈りはいつ、水かさを増して行くのだろうか。どれだけ祈っても戦争は終わらない。どれだけ祈っても人は人を言葉で刺し続ける。
何も変わらないことが幸せだと思っていたが、負のスパイラルは日々過熱して行くばかりだ。
 
音楽が心を満たしてくれるかと思いきや、ここ数か月間の世界の音楽の質の低下には流石に心が痛む。
今日も夫と二人、俳柳を編んで日付けを越える。
 

26/09/15 Tues. 『見直し』

わたし的な感触としては、そろそろ活動スタイルを見直すタイミングに差し掛かっている。報われない場所への出詠は極力避けて、生まれ出た言葉はなるべく日の目を見るよう、これは言葉の親としての切なる願いである。
軸足は短歌だが、どういうわけか川柳(現代川柳)の方が色々報われている感を強く感じている。勿論日々の俳柳の作句も止めず、短歌もなるべくコンスタントにSNSに落として行く。決まったメンバーからの「イイネ」は勿論嬉しいけれど、このところご新規さんの「イイネ」も増えている。

欲は張らないが、どこかで爆発させなければいけないと言う危機感を背後に感じつつ、周辺の歌人もグイグイ言葉を際立たせている分私ももっと頑張らねk㋹ばいけない。
音楽との両輪なので、時間も体力も足りない。何かを削らなければいけないのかもしれない。
 

 

26/09/16 Wed. 『学ぶ、学ぶ‥』

ひたすら勉強の一日だった。
作業がある日はなるべく食事の分量を減らして、眠気や疲労を軽減させることに決めている。それが功を奏して、今日一日の勉強は思いのほか捗った。

第二の人生の予定が、若干変更になりそうだ。手持ちの資産の増減がこのところの戦争や石油の高騰、ドル円の事情で思うように行かない。山村暮らしを夢見ているが、そんな中予定していた家政婦さんの件で若干問題が生じている。
それについてはここでは余り書けないが、相方と何度も会話を重ねて、色々なことに少し時間は必要だと言う結論に至った。

寿命を逆算しても、私の活動事情を見ても、流石に今私たちが「老後」と言うフェーズに入って行くには未だ時期尚早だ。
ならば山暮らしは第三、第四の人生にシフトするタイミングであらためて考えても良いのかもしれない。それまでをどう過ごして行き、手持ちの資産をなるべく食い潰さずに尚且つ増やして行けるよう、ここは計画を変更するのが正解だろう。
 
うっかり「かばんの会」への出詠を逃すところだった。慌てて歌を作り替えたり足したりしながら先ほど無事出詠を完了。
  

26.09/18 Fri. 『音楽のおシゴト』

お金を頂くからプロとは限らず、私のように誰からの支援も無いのに働く人間も存在し、だからこそ専門知識を存分に活かせる場合も多々ある。
皮肉なことに世の人たちの多くは「ギャラが発生する=プロ」だと思っているらいしが、厳密には違うだろう。

取り引きの無い作業だからこそ、本音が語れる。世のしがらみに一切干渉されることもなく、音楽のありったけを分析して語り尽くす。
私が毎週続けている音楽評論とは、即ちそれを指す。

今週はイタリアはカンツォーネの女流レジェンド/ミーナの新譜が余りに美しく、何度も視聴して取材班を重ね、ブログを書いた。
その他にもあれこれ書いて、聴いて、フラフラになって書斎を離れたのは曜日が変わってから数時間後の朝だった。

週末は、歌人/七澤銀河から芸術家/Didier Merah(ディディエ・メラ)に戻らなければならない。
 

 

26/09/19 Sat. 『読書ログの見直し』

金曜日~土曜日の未明頃にまとめて行った音楽の作業で、脳は熱く体はガタガタだった。
真剣におシゴトをやった翌日の私は全く使い物にならないお皿みたいに、あっちこっちに横たわる。機嫌が悪くなる訳ではないけれど全く喋らなくなり、体の要望に応えるように昏々と眠りたくなる。

まさに今日がそんな一日で、おそらく二度寝、三度寝‥ とシンプルに睡ることを楽しむ私はただの陸の鯨と化すのだ。

そう言えば読書ログ系アプリを二つインストールしている。一つは「読書メーター」、もう一つは「ブクログ」。
どちらか一つをアンインしようと思いながら早6年が経過して、最近知り合いの一人が「ブクログ」を使っているので利用を再開したのだが、うっかりコレに読ログを付けてしまうと今私が読んでいるものが外部に明け透けになる危険性に気が付いてハッとした。

私は歌人やら川柳家みたいな地点を目指しているとも言える今、自らネタバレを告白するような行為は控えるべきだと、先ほど天の神さまより警告を受けた。
つまり読んだ本の一部か大半を直ぐに記録に残すべきではないと言う、これはそう言う意味と私は捉えた。

はぉ色々と面倒臭いけど、それもこれも致し方ないことね‥。

それにしても、あとどれだけ眠り続けることになるのやら。ただでさえ低気圧性の偏頭痛で結構キツイのよ。
 

note版: https://note.com/didiermerah/n/n8a150e2a2fe9

日記まとめ 2026/09/07 ⇨ 2026/09/13

目次

・26/09/07(月)『一難去って』
・26/09/09(水)『歯ブラシを変える』
・26/09/10(木)『出詠等の見直し』──省略
・26/09/11(金)『インプット』
・26/09/12(土)「世界の雑音』
・26/09/13(日)『慌てる』
 

26/09/07(月)『一難去って』

先週の後半の事はリアルな知人が絡むことだったこともあり、日記を公開出来なかった。先方もそこそこネットリテラシーが高そうなので、きっと私の書くものを目にするだろうし。

新居をサポートして下さる人の件では色々心配なこともあるし、前提から若干ストーリーが(先方の中で)変わっているような断片を直接見聞きしたこと等も含め、話したいことが山のようにあるけど、未だ新居の箱すら無い訳だし話せることも限られる。
とは言え早めに話しておいた方が良いこともあり、あらためて茶会を催したいと考えているが‥。

そんなこんなで相方も疲れていたのか、今日の歯科検診の後の外食でいきなりお腹を下した。丁度食後のコーヒーを飲み始めたところで急に相方が体調を崩したので、会計を待たずに先に帰宅を促した。
後から私が会計を済ませて相方の背中に追い付くと、相方の顔色が酷く青い。タブ先日の件で気疲れしたのだと思う。

我が家は二人とも多眠族なので、先週後半のような睡眠不足は私も彼も正直かなりキツかった。未来のお手伝い候補の方へはその件は、早いうちに話しておいた方が良さそうだ。
反省‥。

戦争もなかなか終わらないし、円高その他の要因で株価が安定しない。よって資産がかなり目減りしていて、なかなか新居巡りにステップ出来ずに居る。
苛々しても仕方がないので、先ずは私たちの体調に良く無さそうな要因を外して行くことが先決だろう。
 

26/09/09(水)『歯ブラシを変える』

歯周病等とはとんと縁が無い‥ 等と高をくくっていた若かりし頃の自分に、もっと厳しくしておけば良かったと言う後悔‥。
過剰歯だった私はこの10年で何本も歯を抜いたり、或いは歯が抜けたりして、もう後が無いところに差し掛かっている。

先日の歯の検診でドクターに「歯ブラシのあて方が強すぎて、歯が削れていますよ。」と言われ、複雑な個所以外の歯磨きを見直すことにした。
私の歯は本っ当にふっくざつな感じになっているのでやわらかい歯ブラシだと直ぐに毛先が傷んでしまうのだけど、そこをあえて「やわらかい歯ブラシ」に一旦持ち替えてみることにした。
複雑な部分だけタフトブラシを当てて細かく磨いて、後はとことんやわらかい歯ブラシを使う。

まぁ還暦から間もなくプラス2歳になるわけで、色々とカラダが不調を訴えて来るお年頃。
とは言え最近服用を開始したオルニチンのサプリが思いのほか効いていて、行動の立ち上がりが大分早くなった気がしている。
どんだけ「しじみ」が足りてなかったのか‥(笑)🦪
 

26/09/10(木)『出詠等の見直し』

──諸事情にて記事は省略致します。
 

26/09/11(金)『インプット』

最近外側に出す文章は改行の度に最初の一マスを空けて書いていたのだけど、一先ずそれをやめてみようと思う。特に公式の文章でもない限り、見た目に改行ばかりが目に付いて文字が視界に入りづらくなるのを感じたから。
ブログも同様、ワンセンテンス毎の改行の度にマスを空けると、それだけで目がチラチラして肝心な文章の内容が飛んでしまう。

今日はインプットの日。色んな書物‥ つまり積ん読本をサクっと片付けた(笑)
栄えある積ん読本に選ばれた書籍陣には大変失礼な話しだが、時間的にもタスクの分量を考えてもこれはどうにもならない話しなのでありのまま。

‥とは言え、実は最近真剣に読んでいる書籍の話しはここではしない。ネタバレの危機感もあるし今後のコンテスト等の仕込みの件は極力漏らさない主義だから。
なので今日の日記に登場する書籍(積ん読本)は、実は二軍選手と言うことでオケ?‥😄

一番面白く読めたのは「GOAT」の紙媒体雑誌。久々に紙の感触を楽しめた雑誌だが一つだけ難点があるとすれば、文字の色が読みにくかったこと。
色インクは目に鈍く刺さる為、文字の輪郭が揺らぐから読みにくい。やっぱりインクは黒がベストだと思う。

そして先日購入した天野慶さんの歌集。って実はこれは三冊め。先の二冊は一冊めがコーヒーをこぼして大破、二冊めは引っ越しの際の行方不明で各々手放し、今回やっと三冊めを入手したけれど、此方はすでに新品が絶版らしく古書の扱いの貴重な一冊。今回こそ大切に保存したいものである。

その他積ん読本は複数冊に及ぶが、一先ずこの日記には冒頭の二冊だけを記録しておこう。
 

 

26/09/12(土)「世界の雑音』

毎週末の世界の新譜チェック‥ 今週末は散々な結果に。
単曲200曲を始めのべ870曲を視聴した結果、メインのプレイリストに足した新譜は何と11曲。歴代の悲惨結果の上位に輝きそうな散々っぷりでした。

戦争の影響でインフラがガタガタになった地域からの新譜が激減してたり、フランスからの新譜が目立って減っている。
きっと何処も音楽どころじゃないのだろう。

日本では地上波でお馴染みの芸人やタレントが、ごっそり体調不良だと言うニュースも飛び交っている。辻希美ちゃんもその一人‥?

数年前の予言が形になりそうで、正直怖い。
 

26/09/13(日)『慌てる』

かしこまった外食の度に胃痛に悩まされるコレ、いい加減やめて欲しい(笑)
呪詛とか圧の類いだと分かりきったその、アレ、やめませんか母?

念願の「モンサンミッシェル産ムール貝のワイン蒸し」をたっぷりひと皿食べて、後はいつものフルコース。
久々に満腹を堪能して帰宅‥ と、川柳『ゆに』の投句が未だだったので慌てた。

パソコンデスクに行く気力がどうにも湧かず、既にスマホに作句メモを保存しておいたのでそこから抜き出して投句完了。
Gmailをスマホから操作するとどう言う訳だか、署名欄の段差がズレるのは何故?

句には影響なさそうなので、そのまま送信完了。
バっタバタ、ヨっタヨタな日曜日の夜だった。
 

 

追記:
先週末の「世界の新譜」チェックは想定外に散々な状況だった為、サブブログ「ディディエ・メラの音楽倉庫」の更新が出来なくて、ファンの皆さま本当にごめんなさい。

note版: https://note.com/didiermerah/n/n564f76340f02

かがやき(吉田美奈子さん)

 月が変わって9月。決まっていたところに、先に出詠した諸々が順次掲載されて行く。「選」が立たないところには煙も立たない。誰からの評もない代わりにとても穏やかに物事が進んで行く。
 
 昔から「審査」だとか「選」のシステムが嫌いだった。往々にして無駄に技巧に走る人が上に立ち、表現世界よりも技巧の隅をネチネチといじくり回し始め、結果表現者の思考を徹底的に彼らはかき乱そうとする。それを楽しみとしている人が「選」に立つと、段々と流れは悪い方向へと向かい始め挙句の果てには、そもそもその企画が立ち上がった元の形を変質させて行く。多くの歌会や句会が現状、その状態になりつつあるように私には見えて仕方がない。
 
 そもそも表現を見る目とは、教養と知識、深い思慮や豊富な経験値が求められる。多くの歌会や句会等を見ているととかく承認欲求の強い人が「選」をやりたがり、自己顕示欲をむき出しにしながら参加者の頂点に他党とする姿は見ていて辛くなる。
 あなたにそれだけの審美眼がありますか?と言いたくなるのをグっと堪える代わりに、この秋からは句会や歌会、それにともなうイベントを私が選び抜かなければいけないと感じている。当然出詠数は減るだろうが、その分没句や没歌を極力抑え込む手法を磨いて行くことになるだろう。
 
 好きな選者が立たない句会には、出詠(投句)をしない。この姿勢をさらに強化することになるだろう。
 

 
 そう言えば深夜、キーボーディストの森俊之さんのCDが無事手元に到着した。聴きたかったのは吉田美奈子さんの「悲しみが停まる街」(ラスト曲)だった。最近ジャズに転向した美奈子さんの新譜をSpotifyで見つけ、勿論今回は作曲が森俊之さんではあるものの吉田美奈子さんの「節」が帰って来た。
 
 私は彼女に、SNS上ではアクセスブロックされている(笑)。自分でも理由がよく分からないのだけど、私の言動が彼女の逆鱗に触れたのだろう。そう思っている。私のこの性格と吉田美奈子さんの性格がぶつかり合えば当然起こり得ることだと分かっているので、特に恨んでも憎んでも居ない。

 私には彼女に対する揺らがぬ愛があり、彼女自身の音楽を尊敬している。美奈子さんにもきっと色んな変遷があり、多くのご苦労もあったことだろう。私が辛かったことがあるとすれば、吉田美奈子さんが一時的にでもご自身の音楽を完全に棚に仕舞ってしまったことだった。ジャズとはわたし的には「使い回しの音楽」であり、そこにオリジナリティの期待は皆無。ダラダラとミュージシャンの「回し」と言う名のアドリブが続き、それはこの世の終わり以上に退屈で体たらくだ。私はそういう「ジャズ」と言うジャンルが好きではない、その好きではないジャンルに美奈子さんが転向したことが辛かったが、先日やっと彼女の古巣とも言える彼女のバラードが聴けたことが心から嬉しかった。

 今週は色々ざわつきながらのスタートではあるが、粛々と私は私を生きて行く。
 

 
 
 記事の最後に、今月の短歌冊子「うたそら」に掲載されているわたくし、七澤銀河の歌/計8首のスクショを貼っておく。
 

 
同記事 note版:
https://note.com/didiermerah/n/n50b0db04afc4

日記まとめ 2026/08/16 ⇨ 2026/08/23

【26/08/16(日)『送り火』】

 あちらこちらで送り火が焚かれ、自宅のマンションの換気扇を伝って微かな火の匂いが侵入して来る。
 私はと言えば特にこの二日間は、複数の連作の作歌に集中していた。集中が一度始まるとそれは際限なく続き、途中で休息を挟むとぷつんと糸が切れるように集中力が折れてしまう。だから一度エンジンを掛けたら止められない。
 
 短歌連作の作歌は全部で三作、内二作は〆切まで余り日数が無い。夏休みだと言うのに外出も外食も全部後回しにして、朝から晩までひたすら書籍を読み音楽を聴き、合間にちょこちょこと作歌をして行く。
 今月は川柳の「或るコンテスト」へのエントリーも決めており、二句詠とは言えじっくりじっくり練って行く。

 結社の一部をお休みしようと思っていたのだが、どういうわけか堰を切ったように湧き出て来るものがあるので、結社出詠用の作歌も同時並行で進めて行く。
 全体的には好調である。

 数時間前に大文字焼きが点灯され、そして先ほど「終わったよ。」と言うメールが知人から届く。

 静寂。
 一人、又一人とお帰りになられる方々は今、何を思っているだろう。
 祈りは無休だから、私はことさら手を合わせることはしていない。形より大切なものがあることを日々感じ、日々念じて生きているので。

 いつかは私も送り火に見送られる日が来る、それまではしっかりと地に足を着けて生きて行こうではないか。
 

 
 

【26/08/17(月) 『観察と監視』】
 

 

【26/08/18(火) 『出詠三昧』】

 何となく良いことが続いているような、そんな手応えを感じる日。短歌『ゆに 8月「今月の風」ー会員作品を読む』で、励みの一票を頂いた。投句のステージを変えれば目にする人も変わり、それによって評も大きく変わる。色んなことが少しずつ開花している。
https://x.com/uni5752021/status/2089536853586358688

 併せて一気に「カクヨム」と次号の「うたそら」への出詠と一評の提出を済ませ、合間に来月出詠予定の「塔」の原稿を練って行く。合間に日々のお題への回答歌もポストし、さらにその合間に「日記のまとめ」をメインブログ「Didier Merah Blog」とnoteに同期で投げ込む。
 
(※諸事情にて日記の後半を省略します。)
 
 

【26/08/19(水)『壊れた言葉』】

 抜け殻のような一日を過ごす。昨夜複数の出詠/投句を終えて、まるで戦い直後の兵士のようなメンタルに落ちてしまった。そのタイミングで某句会に投句された他の柳人の面々のおかしな句にアテられ、気が狂いそうになった。
 
 現代川柳が悪いとは言わない。柳人によってはとても良い句を生み出しているし、美しい日本語も維持されていると思う。だが皮肉にも私が最初に参加した結社が、最近怪しい。日本語が崩壊しており、それを現代的だ‥ と勘違いしていることに気付いていない。
 現代音楽と現代川柳のネガティブは、どこか似ている。基本を踏まないらんだむ性を「現代性」と勘違いしており、その勘違いの句を結社のTopが引き続ける限り負の連鎖は止まらないだろう。そしてそれを「お洒落だ」と勘違いする後輩が後に続く。
 そろそろ引き時かもしれないと、心の声が響く。実際にそうするかどうかは分からないが、居心地の良い別の居場所にそっと移動するかもしれない。

 そんなこんなで気持ちが塞いている時に、Amazonの配送員が郵便受けではなくエントランスの台にとても大切な荷物を放置して立ち去ったとの一報。その部屋に住む人の個人名が外に漏れた形だ。保安上、とても危険な状況が起きてしまった。
 直ぐにカスタマーセンターに連絡をして、該当の営業所とドライバーにペナルティーを課すよう要求した。勿論これは正当な要求でありご丁寧にドライバーは写真を残してくれたので、その通りになるだろう。

 色々うんざりしている。
 
 

【26/08/22(土)『ベラルーシの林檎』】

 毎週末は世界の新譜チェックに追われ、Spotifyのプレイリストに良局を足して行く作業に追われる。未だサカモトリュウイチ氏がそれをやってなかった頃から私は、iTunesやYouTube等を通じて世界の良曲をセレクトして発信していた。
 今週末もその作業を継続しているものの、特に夏以降は良曲に出会わなくなった。良いなぁと思うと途中からRapが侵入し、良曲が突如ジャンクフードと入れ替わる。Rapは「ジャンク」に分類しており、それは音楽としての意味を為さなくなると私は思っている。

 人口の大幅な現象と同期して、世界から文明の一部が消えるだろう。その中には良美しい文化や文明もある筈で、私はその中の特に音楽のエレメントを選んで霊体に深くインプットし、死後に霊界に持って行くと決めている。だから毎週末の「世界の新譜チェック」が欠かせない。

 食事もそこそこにほぼ半日近くを書斎で過ごすと、当然のこと翌日~翌々日は身体が使い物にならない状況に。なので一晩か二晩は、兎に角しっかりと睡眠を取るようにしている。脳の粗熱が冷めるまで、ね。

 岸惠子さんの「ベラルーシの林檎」の中古をAmazonで購入したら、なんとサイン本だったので驚いた。大切に読まねば。
 

 
 

【26/08/23(日)『想うチカラ』】

 深夜(早朝)のけたたましい地震のサイレンで飛び起きて、かなり揺れた体感があったものの震度そのものはさほどでもなかった事に、少しだけ違和感を覚えつつ‥。

  明けて朝。りくりゅうこと三浦璃来と木原龍一婚約のニュースが世界を一周も二周もして、私も心から嬉しくなった。
 その一方でふと、頭の片隅に高橋成美選手の顔がちらつく。三浦璃来との違いは何だったのか?と一瞬考える間もなく、璃来さんのあの決断力と察知能力、それを包み込む情熱とメンタルの強さがりくりゅうをここまで引っ張って来たことを思うと、高橋成美選手は今心の半分で悔しさを噛みしめているように思えてならない。

 相手を想うチカラ。これは音楽、強いては短歌や川柳にも通じるマインドで、想いのないところには物は育たない。想いのチカラとは願望成就への意地とは異なる未来の確約の無い、もっと祈りに近い場所にある。人の多くは「祈り」と「願望成就」を同一線上に捉えているだろうから、心に「祈り」を持つ人はとても希少な存在だ。

 ふと最近の短歌や川柳に目を移す。
 勿論各々に悪意も敵意も無いことは重々承知してはいるものの、そこに並んでいるものはごく一部を除いて「想いの無いらんだむな破壊言語」の行列。そんな印象を深くした。

 昔々ヤマハJOCの時代から、私の生き方、流れ着く先は変わっていない。往々にして「様式美」の整った世界に流れ着く。
 人の棲まない場所へ行きたい訳ではなく、人が蠢く場所に間違いが多過ぎて私は呼吸困難に陥る。だから空気の澄んだ場所を求めてアクションを起こして行くとそこは誰も居ない場所だった、と言うだけで何ひとつ間違ってはいない。

 群れて生きるグループが群衆だとすれば当然、私は一匹狼のグループに属する生き物だろう。多くの人たちは一匹狼を指さす傾向にあり、きっと私も人に指を指される側の人間だ。それで構わないと思っている。

 白黒は、はっきりさせたい性格。むろんそれを相手には求めないが、グレーなタイプの人からは少しずつ遠ざかるようにしている。そのタイプの人たちは、私のメンタルを悉く引っかき回すだけの存在だと知っているから。

 居心地の良い場所を探し求めることは、家探しにもよく似ている。殆どの場合家探しは人生で一度っきりだと思うから、その意気込みは音楽活動に於いても短歌や川柳の活動に於いても共通すると思っている。

 多少の紆余曲折はあるかもしれないが、その空間に澱みを感じた時には躊躇無く移動する。
 さて来月からはどのように活動して行こうかと、少しずつタイムスケジュールを立てている。
 

【noteバージョン】
https://note.com/didiermerah/n/n5a67896a56b1

2026年7月前半の日記まとめ

【26/07/09 (木)】
或る短歌コンテストへの出詠を済ませたのが7月1日、そこからやや燃え尽き症候群のような状態に陥る。
そりゃそうでしょ、半年強温めて育てて途中何十回も推敲を重ねてようやく仕上がった50首だから。

体調不良がなかなかに長引いていて、その不調の箇所が若干嫌な場所なので精神的にオチている。
でもこういう時こそ気丈さも必要。
余り深く大袈裟に考えないことも大切なので、睡眠の力を借りて思考をリセットして行くことに決めた。

友利新さんの美容チャンネルが面白いので時々視ていると、そこで紹介されたローション等が欲しくなる。
でも顔は一つしかないわけだから、今使っているローションと美容液を一先ず使い切るまで我慢我慢。

今年に入ってからはエンビロン推しに転じた私。兎に角肌質が劇的に変わる。
レチノールが肌に合っているのだろう。
エンビロンの製品は他社製品を混ぜない方が効果が出やすいので、朝/晩にスキンケア商品を二分して使っている。
朝は主にSK-Ⅱ、夜にエンビロンその他少々。

眠る前に歌を詠まないことに決めてから、少し寝付きも良くなりつつある。
やはり歌詠みは緊張を強いられるからだろうか、眠れなくなるので、作歌や作句は朝が良い。

 

【26/07/10 (金)】
月一、歯の定期健診。歯では幼少期から悩まされ歯並びに障害を抱えている為、年々具合が悪くなる。
それでも今の担当医の粘り強さで救われている部分もあり、いつかはどうにかなることを踏まえた上で日々徹底的に磨き込んでいるので、悪いなりに成果が出ている。

担当医が私のストイックな性格を最近はよく理解してくれるので、まあまあ‥ いい感じですよと宥めてくれる。

体調不良は真っ先に歯を攻めて来るから、最近は兎に角無理はしないと決めている。
ちょっとでも不調を感じたら、直ちに布団に潜り込む。

健診の帰りに久々の空腹が訪れたので、最寄りの焼き肉店に寄って肉を焼く。
味も香りもたまらない。想定以上は食べただろうか。
ついでにケーキもお腹に放り込む。
完璧な一日であった。

 

【26/07/12 (日)】
予定していた作業の2/3を済ませたところで、残り1/3の予定を変更して川柳家/八木千代さんの「椿抄」を読み進めて行く。
最近手の感触からの読書にハマっているので、鍵ブログに同時に書写をする。

黙読、音読、そして書写。この連携で自身の中に独特の感覚が備わって行く。これは作詞も訳詞も同じで、書いてみたものが歌ってみた時に壊れてしまうことも多々あり、その残骸を拾い集めながら再構築される歌もある。
同じことが短歌や川柳にも言える。

八木千代さんの句は、先に触れた鈴木節子さんの句集とはまた違った趣きと破壊力があり、両者各々潔く美しく高貴な印象を受けた。

ここ半月程続いている体の一部の痛みが、衣服の接触によって引き起こされている可能性に付け加え、サプリメントの一部が体内でバグを引き起こしている可能性を何となく突き止める。
一先ず一時的にそのサプリの服用を止めることに決めた。

 

【26/07/14 『居ない人』】
7月13日はフランス革命記念日だが、私の過去職の同業者たちは間もなく始まる「パリ祭」のリハーサル真っ最中だ。
今年は例年になく革命記念日の当日から少し経った7月22日/7月23日に、文京区で開催されるとの話。
日本のシャンソン界を牽引して来た大御所たちは皆あちら側に旅立ち、和シャンソン二世が頂点に君臨する今のシャンソン業界には華々しさと威厳が欠けているように見える。

友人の高木椋太氏もパリ祭の常連歌手だったが、今年はあちらの世界からそっとコーラスで参加しているのだろうか。
連日私の夢枕で歌っている彼も、お盆を過ぎたら再び眠りに就くのかもしれない。それまでの短く熱い夏を存分にこちらの世界で謳歌して欲しい。

彼の為に詠んだ歌は正直何のひねりもない歌になったが、祈りとは本来そういうものだ。
直球で心を込めて世に放った。
川柳「満天の星」のweb句会、今回はスルーする予定だったが或る人のアドバイスもあり、用意しておいた歌を放流した。
此方も何のひねりもない句だが、分かる人には分かる川柳にはなっていると思う。
 

 

【26/07/16 『霊能者と歌人の両輪を動かずことについて』】
真夜中にふと火星をモチーフにした歌を詠みながら思う。
七澤銀河のプロフィールにあえて「霊能者」と「祈る人」を持ち出したことの理由について、あらためて考察する。
そういう人種を忌み嫌う人たちが一部存在することを知りながら、あえてその経歴を歌人のプロフィールに付け足すことの理由について。

私に出来ることがあるとすれば、その一つとして霊的な世界やその世界観を可視化して伝えることが挙げられるだろう。
宇宙観や心霊世界を「視る側」ではなく『視せる側」の視点で歌う短歌や川柳、そういうものがこの世に一つぐらいあってもいいのではないか?

私はあらゆる宗教を否定はしないが、その宗教の根幹に在るものは見極めるし見逃さない。
テロリストを増産している宗教にはそれなりの認識と危機意識を持たなければいけないし、表向き「緩さ」を謳っていても心臓部分には何が潜んでいるのか?等の分析も含めて、直感と理論或いは思考や分析の全輪を働かせたところに本物の霊感が初めて作動すると思っている。

この観点は絶対に外さない、だからこそ持てる視点で歌を紡ぎたい。
それは七澤銀河にしか出来ないことだと、正直自負しています。
 

 

関連記事:

https://note.com/didiermerah/n/n93192e5b1071?app_launch=false

基本と破壊、そしてジャッジメント

この頃は、短歌や川柳の作句や出詠の締め切りにかなり追われているわたくしです。当ブログの更新がなかなか進まず、申し訳ありません。

早速今週末の「世界の音楽」、新譜チェックを進めている最中ですが、最近「壊れた音楽」が異常なまでに増えた気がします。
ここで言う「壊れた音楽」とは、基本を踏まずに破壊行為に走ったものを意味します。これは短歌や現代川柳にも同じことが言えるかもしれません。
勿論現代音楽はその最たるものと言えるでしょう。様式美を逸脱したのではなく、そもそも様式も基本も無視した表現ですから、概ね冒頭に「現代〇〇」‥ と付くものに触れる時には注意が必要です。

基本を踏まずに壊れたものは、ただのガラクタだと私は思っています。ガラクタにはガラクタの価値があると言う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。
利用価値がなくなったものを「ガラクタ」と言うのであり、この世にガラクタ同様に生み出されたものには悲壮感と絶望しか感じない、これは正常な感覚ではないでしょうか。生まれた時に既にガラクタである状態が、完成形なのですから‥。
 

 
言ってみれば、SNSはガラクタの温床と言っても過言ではないでしょう。そんなSNSにかつては私も埋没し、情報の多くをSNSで受信し、その真偽を確認することもせずに勢いにまかせてシェアや発信をし続けて居たことを思えば、人の事は言えません。
 
ですがその危険性に気付いた今だからこそ、過去からの学びを発信するのも又責任と言うものでしょう。
自身の過去の反省点は、必ずあるべき形に戻す為の回収をする、これが私のポリシーです。
 

スピリチュアルも音楽も政治も、そして短歌や川柳のみならず現代詩の世界も美術家界隈に渡る隅々までガラクタは蔓延しており、それもこれも各業界に於ける評論家が激減したことも大きな要因かもしれません。
医療業界や美容業界を見てもこれは同様で、法整備に抜け穴だらけの法や薬機法等に縛られた専門医が自由に発信出来ない反面、美容ライターのような存在が「好みと合うもの」を良品として紹介する記事を書いている状況があります。
 
勿論音楽業界でも同じことが多発しており、発信者自身の好みを問わず目の前の作品を虎視眈々と評価する行為に及んでいるようには見えない、虚実混交とも言える情報が蔓延しています。
多くの人たちは真実を知りたいと思うが余りにヒステリックに、或いは衝動的に目前の情報にうっかり同調したり反撃や罵詈雑言に及んだり、そういう状況が当たり前に私の視界に広がって行きます。
 
最近は現代川柳の句会等を頻繁に覗いてみたりもしているのですが、川柳の原点とも言える「粋さ」の無いただのダジャレの文字列合わせに奔走している柳人(川柳作家)がやたら目に付きます。
ですが彼らの多くは、それが川柳としての基本を踏んでいないことを知りません。上手に言葉を捻っておけばその句は成功だと言う勘違いをしており、そういう自称柳人(比較的若い層に多いかもしれません)が「選」を担当し、句会に出詠された多くの句に点数を付けて良質な句を捨て句に追いやって行く現象に、私はある意味失望を感じています。
 
音楽も同様、美術界隈も舞踏も皆一緒かもしれません。本物とガラクタの見分けが付かない人たちが、ふとした弾みで「プロ」や「専門家」を名乗れてしまう時代が、まさに今の悪しき状況でしょう。
 
今週末はリリースされた音楽の質が低いものが多く、各々が自力で良質な作品に出会う道筋をガラクタ作品が完全に塞いでいるように感じました。
なので私はなるべく、そのガラクタをどけた良い状態に整地した音楽環境を各プレイリストに提示しています。
自作品でもないのにここまで力を入れて活動しているには私なりの理由と、リラ星最後の巫女としての責任を感じていることの両方がその理由です。

SNSやこのブログ、そしてサブブログ「ディディエ・メラの音楽倉庫」からの進捗がなかなか捗らない現状ではありますが、水面下で私は実生活の充実と立て直し(転居等を含む)を試みている最中です。

未だ作成段階で温めている最中のPLを、下に貼っておきます。今週末の更新は終わっていないので、時々PLを覗いてみて下さい。
 


2026年 始まる

あけましておめでとうございます🐎 

今年もよろしくお願いいたします🎍
 

 
2026年元旦、私たち夫婦はイタリア料理を堪能して来ました。文字通り、神人共食の幕開けです。
昨年某自然神を介して新しく出会うことが出来た古い自然神お二柱も参加され、私たち夫婦それぞれの霊団も交えて和やかで厳かなひと時を堪能しました。
 

 
昨年末にSNSを大幅縮小したこと。
筆名「七澤銀河」で短歌詠みを再開したこと。
手の負傷が落ち着いて来た頃合いを見計らって、鍵盤練習を再開したこと。
そして何より昨年年女の2025年に、とても懇意にさせて頂いている某所で私の音楽が物理的に鳴り響いたこと、その他諸々。
振り返れば2025年は、私にとっては怪我や圧等の障害を除けばとても良い一年でした。
 
今年はどうでしょうか‥。
予想としてはかなり波乱の年になると感じていますが、私個人の歩みはとても穏やかになるものと予測しています。
 
未だ本格的なレコーディング迄には時間を要しますが、その間に新たな音のエッセンスを熟成させ、次回作では私の新しい一面を音楽に代えてお届け出来ると思っています。
 

 
より良い神人共食を堪能するには、健康面の管理は必須です。
二年前頃から若干甘いものに体が反応するようになり、特に糖質の高いフードを食した後に神経痛を発症するようになりました。
恐らく成人病の前兆と思わしき状態なので、自発的に糖分を注意深くコントロールするよう気を付けています。
 
年がら年中、神人共食をしている訳ではないので、それ以外の日は大好きな果物のジュースを徹底的にカットし、ペリエ等の無糖の炭酸水や、逆に体を温めるハーブティー等を積極的に取り入れるようにしています。
 
霊的な面では特に昨年は複数個所からの「圧」(呪詛とも言う) に見舞われ、その対応に追われたことが印象的でした。
ですが、感覚のアンテナは以前にも増して冴え渡っており、それと並行して段々と言えないことが増えて来ました。
別に誰彼構わず人の注目を集めたいわけではないので、秘密は徹底的に守りながらその隙間の情報だけを拾って当ブログ上に発信して行くことになりそうです。2026年は私の感覚の「可視化」が、さらに顕著になるものと思われます。
 
私にとっての「見える化」は逆に、人々にとっては逆の現象を指します。何を知り、何を伏せているのかと言う事自体を、人の目から遠ざけると言う、これはそういう意味です。
 

 
さて余談ですが、SNSの公式アカウントをBlueskyに決めました。⇩ ⇧

https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social


XからもThreadsからも一旦半撤退し (アカウントは温存し、一旦そのまま放置します‥)、ブログやSpotifyのプレイリストの更新通知は全て上記のBlueskyより放ちます🦋
是非、Blueskyをフォローして下さい。
──尚、上記アカウントは「公式のSNS」として利用する為、質問事項以外の雑談には応じません。その旨何卒ご理解下さい。
 
日常的な言葉は別の場所に既に用意し、そこでの発信活動も再開していますが、タイムラインを見て立ち去るだけの方々へは扉を解放しないことにしました。
創作活動及び音楽評論等の著述活動を加速させ、質を向上させる為の措置であることを是非ともご了承下されば幸いです。
 

2026年も、皆さまにとって良い一年になりますよう、お祈り申し上げます🙏🏻