心を射抜く音 – Merodies through somebody’s heart

 

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2019年。年が明けて1月に一度だけブログを更新して、気が付いたら2月も半分をとうに過ぎてしまった。
目だったアクティビティーはなかったものの実は水面下で色々準備を重ね、収録の時を持ち、番組のジングルや背景音まで録音していたにも関わらず、ある事情で私は全ての企画を中止することに決めた。

いわゆる「ちゃぶ台を引っ繰り返す。」と言うアレだが、いざ「Didier Merah Talk(未公開YouTube番組)」の収録未修正分を聴いた私はただただ愕然とし、ありのままを夫に伝えることしか出来なかった。

夫は番組の為にこの数か月間色々計画を練り、そして実際に収録した45分弱の修正に時間を費やし、そしてジングルと番組用のBGMの録音に労力を遣ってくれたのだが、どうにもこうにも私はその出来上がりに納得が行かなかった。

 

やり直すと言う選択肢も考えなくはなかったがこれはあくまで私個人的な理由で、仮に収録を全部やり直したとしてもそれが上手く行く確証が全く持てず、だったらそんなに苦労しても余り上手く行かないと分かっていることを何度も何度もやり直すよりは、もっと私らしく、私が兎にも角にもポジティブに楽に出来る作業のスタイルを優先させた方が良いのでは‥ と思うようになって行った。

 

YouTubeトーク番組「Didier Merah Talk」に関してはその事前の告知で番組の内容が殆ど明かされていなかったが、番組への質問や要望をハッシュタグ「#DDMRtalk」を添えてTwitterでリプライを送って欲しい旨、さり気なくPRは続けていた。

だが残念ながら私の力不足ゆえ、質問や要望が一件も寄せられることはなかった。中には私のLINE宛てに「楽しい、メラさんらしいおもろい番組を期待しています。」等のメッセージが届くこともあり、私を知る人たちにとっての私の「おはなし」とは「おもろい話なんだなぁ‥。」と若干落胆することが続いていた。

 

私の中に決めている大きな軸のようなものがここのところ、真っ直ぐな樹の幹のように形をととのえながら、天空に聳え立っていた。

ずっと「ピアニスト」や「作曲家」「編曲家」「訳詞家」「詩人」‥ 等の肩書をプロフィールに提示し続けて来た私が「芸術家」を強く意識し、それを口にし始めたのが確か、恩師 三善晃氏がこの世を去った頃からだった。
一時は「とある事情」で音信を絶たざるを得なくなり、私はそのまま桐朋の研究科を退いたまま、遂に三善氏がこの世を去るまで会うことが出来なかったことが、ただただ悔やまれる。

 

今の私を三善氏が見たら、何と言うだろうか、何を想うだろうか‥。

私の中に三善晃氏の骨格は鉄骨のように凛と根を張り、私に「芸術家とは何か?」の答えをまざまざと今さらのように見せつけてくれるこの数年。夫の観察により私が過去世でJ.S.Bachであったことが判明してからは、私はその当時の自身の家族の一人がこの世界に私と同世代の同業者として生き続けていることをも思い出し、そうした色々なことが私の精神をとても安定させてくれる今だからこそ出来る音楽を粛々と生み出し続けられる今の環境を、自分と同様に愛している私。

それが自分の理想とする芸術家の象徴であること、それを自分の人生として生きられることをとても大切に想う私はやはり、公的な電波に戯言のようにペチャクチャと自分自身のあれこれを、或いは私が今世で構築完成間近でもある統一音楽理論のうんちくを語ることが何だかとてつもなく安っぽいことのように思うようになり、YouTubeトーク番組「Didier Merah Talk』に関わる全ての企画中止へと至った。

 

 

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今年は夏の終わりに少し大きな出費を控えている我が家は今、とても慎ましい暮らしを余儀なくされている。だがそんな中でも外に出てカフェと言う異空間に身を任せ、この先のDidier Merahの活動についてのあれこれを夫と話し合う時間を、私も彼もとても、とても大切にしている。
カフェでミルクティーやコーヒーを飲む時間は同時に人間観察を含む、色々な観察にはうってつけの時間でもある。
そしてそんな空間に流れる音楽についても私たちは細かな観察を重ね私は、「心を突き抜ける旋律」についての「ある結論」に近づきつつある。

 

和製シャンソン・カンツォーネの世界では「黒子」「影のお手伝いさん」のような扱いを受け続けた闇の時代、でもそんな闇の中にも細い光があり、その光の先には理想とする自分が存在した。
何より幼少期から私のテーマでもあった「残響の美しい音楽」を粘り強く押し通して行ける環境がそこには在り、「音が汚い」とか「もっとシンプルにしてよ」等の無謀な注文を殆ど無視しても仕事が途絶えなかったのは、それが和製シャンソンの闇の世界だったからだと言っても過言ではないだろう。

 

そして私は闇の世界を飛び出て文字通り、本当に一人になり、ピアノ以外の音を全く介在させない音楽の世界を頑固に押し通し続けている。
それは今後も変わることがなく、Didier Merah Japanの社長も同じ思いで「その先」の世界をある程度見通しながらの活動が、生きて行く限り続いて行くに違いないと確信している。

 

 

公的な場所ではシュールな話題を避けているので、この半年間の私が一体何に見舞われ何を苦労し続けているのか‥ については、私を(前身の活動期から)既に知っている人たち以外はきっと何も伝わらないだろう。

私は昨年の夏から、本当に苦労し続け、シュールなトラブルに巻き込まれ、死にかけた。だが幸い、こうして無事に生きている。
まさに奇跡だと思っている。夫への感謝も尽きない。

 

 

話がかなり脱線してしまったが、まぁそういうわけでDidier MerahのYouTubeトーク番組「Didier Merah Talk』のオンエアはなくなった 笑。

それより、Twitter上で「聴き放題系アプリ」についてのアンケートを実施した結果、Didier Merahのファンの半分近くがSpotifyもApple Musicも使用していないことが判明した。

 

 

この半年間の実質的なアルバムの売り上げが(聴き放題系アプリの台頭により)激減している中、それでもファンの方たちは「アルバムを聴きました。」と仰って下さるので、皆さん一体どのようにして私のアルバムを聴いて下さっているのか、それについては本当に心から知りたいと思っている。

このブログをお読み頂いた方へ是非、わたくしのアルバムをどのようにして聴いて下さっているのかについて、TwitterでもFacebook Pageでも好いのでお知らせ頂けると有難い。

Twitterの場合はハッシュタグ #DDMRListening ⇦ を添えてツイート頂けると有難い。
よろしくお願い致します <(_ _)>

 

最後に最近私がSpotifyで作成したPlayListを公開し、ブログを〆たいと思います。
Didier Merahの作品も、さり気なく収めています🎵 ⇩

 

My Season will come soon

 

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さながら枯葉のように燃え尽きながら、私は一足先にこの夏を彷徨い続けていた。
色々なことが立て続けに私の身に起きたが、それは他言の出来ない出来事ばかりで目まぐるしく私の生活を包囲した。

だが私には夫が付いている。私の身に起きる多々の悪しき出来事を彼は誰よりも早く察知し、そして確実に私を救い出してくれる。常に冷静で、尚且つ頼もしい人だ。

 

アルバム『Wa Jazz』が無事にリリースの時を迎えられたのも、彼が居てくれたからこそ、である。

今回『Wa Jazz』についての文字解説や音楽解説の補足は、一切出して居ない。音楽は説明書きで理解するのではなく、先ず感覚に降りて来るイメージをリスナーには大切にして頂きたいと言う、これも私の密かな願いであり意図でもあるとご理解頂ければ幸いだ。

 

冒頭にもお伝えした通りこの夏の私は悉く体調と気分の不調に見舞われ、殆どブログも書けずSNSにも余り顔を出せず、時折知人とこじんまりとメッセージのやり取りをする以外の多くの時間を眠って過ごした。

眠っている間の私にも、ミッションは付き纏う。むしろ眠っている間、感性が他の世界にスイッチしている時の私のリアリティーの方がとても強いと言っても過言ではないが、かと言ってそういう話を知人とは共有しないことに決めているので、このブログを書くタイミングも大幅に遅れてしまった。

 

Wa Jazz』を注意深く聴いて頂いている方々は既にお気づきだろうと思うが、これまで世界には一つと存在しない和の音楽の新しいかたちがあのアルバムの中で実現した。
日本人の音楽家として必ず為さなければならないこと、日本のモード、和声その他編曲面で、『Wa Jazz』の中に託された可能性は無限大である。

 

勿論アルバム全体には一つのストーリーが流れているが、それは文字で補足するよりもリスナー各々の中に降りて来る映像やインスピレーションに委ねたい。

 

 

溶け落ちるような夏がもう直ぐ終わり、やがて私の季節がやって来る。
それまでの時間をこれまでよりももっと静かに厳かに、そして慎重に過ごして行きたいと今強く願って止まない。

 

 

私を呼ぶ樹、呼ぶ河

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時の舟に乗り込んだ。そう感じたのは先日、或る作品を録音した直後のことだった。

 

いつも私は「」や「タイミング」に強く守られながら、今ここまで生き抜いて来られたと思う。それ程勤勉に生きて来たわけではないのにここぞと言う時になると直感が働き、それは赤いランプのように私の脳裏で点滅し始める。

不思議なのは今、この瞬間点滅しているからと言って一時間後も同じようにそうしているわけではなく、まるで宇宙を移動する星の如く全ての現象は一箇所に留まらないこと。それは気紛れな印象を人に与えることも多々あるが、実際にはそうではなく「宿命」とも言うべき糸が私だけに見せる風景かもしれない。

 

ひと月前とは明らかに私自身、私の周囲そして周囲に居る人たちの私を見る目が変わったように思う。ある意味ではそれは私の内面の変化とも取れなくもないが、確かにそれだけではない何かが私の周囲を暖かな天体のように巡り始めた。

既存の演奏家・伴奏家と言う職を退き、文字通り「芸術家」らしい静かな暮らしを続けている今が、なぜかこれまでの人生の中で最も忙しい。
エチュードと基礎連をしようと思い鍵盤に向かうが実際にそうし続けることはとても困難で、私は常に新しい旋律やコード・プログレッションに引き寄せられ、音の長い河を彷徨い始める。

 

河にゴールはない。そこがゴールだと思った場所がその時々のゴールであり、それらは日々の中に点在する偽終始のように次へと全てが続いている。鍵盤から手を離す時いつも「嗚呼終わってしまった…」とため息が漏れるが、背中も額も両の腕もゆびさきも汗でびっしょり濡れている。
空調を冷房にしてもドライのパワフルにしても汗は引かない。

全身汗だくの私の体内に、気持ち良さそうに巨木のオリーヴの精霊「オリジン」が左右に体を揺らしながら、さっきまで私が演奏していた新作の旋律を木霊のように繰り返す。それはまるで精霊のシエスタのようでもあるし、何よりオリジンが歌い始めると周囲の木々やご神木も一緒に歌い踊り、騒ぎ始めるから、私はそれで時折酷い頭痛に悩まされる。

 

木々の念は人の念よりも激しく強く、そして長い。一個の感情が発生するとそれは鉄の滝でも流れ出したように私の脳を直撃し、数時間引くことがない。私はその間ずっと激しい頭痛に悩まされることになるが、その強さこそが木々の感情表現なのだからそれを受け入れることしか私には出来ない。

幾つもの生命の記憶、そして今を生きる精霊や古木、ご神木たちと共に在る今日と言う瞬間は、それが同じように続いて行くからこそ深い幸せで満たされる。

 

先日古い友人にお詫びがてら「私を巡る環境が一変しました。」と伝えた時、友人の反応は殆どなかった。
確かに傍目には何も起きていない、まるで地震の一週間前に私にだけ「無数のウーパールーパーたちが地下を疾走するような不可思議な足音」が聴こえたように、この感覚を共有する相手は未だこの地上には殆ど存在しない。

 

現在、同時進行で複数の企画が動いている。その企画の幾つかは、音楽史をこれまでとは違う流れへと大きく変えて行くかもしれない。

新しい時代が、木々が、そして大きな流れが… 実はそう遠くない場所から、
静かに私を呼んでいる。

 

 

 

YouTubeは、Ivan Lins の “Lembra de mim” のスタジオLive。命を削って演奏するとはこういうことかと、息を呑んで聴き入ってしまう。
曲タイトルの「Lembra de mim」は英語で「Remember me」の意味になる。

 

空気のように、風のように – Like the Air, like the wind

2018年3月21日、アルバム『Mother Earth』が無事にリリースされた後から再び続いている異様な眠気。私はその感覚には逆らわず、特に週末は体が求めるまま眠り続けることにした。

On March 21 2018, after the album “Mother Earth” was released successfully, my deep drowsiness still continues. I don’t go against that instinct, and especially on weekends I decided to keep my body asleep as desired.

 

眠りはただの睡眠だったり或いは別の世界に行く為の助走になったり、私の場合の眠りには色々な意味がある。

Sleep is just only sleep, or it is the long jumping to go to another world, sleeping in my case has various meanings.

 

アルバム『Mother Earth』がどのようなアルバムか… と質問されることが増えているがその度に私は、こう答えることに決めている。
━ このアルバムはまさに、地球の始まりから現在、そして未来までを描いた作品である、と。

Every time the album “Mother Earth” is asked what kind of album is being asked, I have decided to answer like this each time.
This album is exactly a work depicting the beginning, the present, and the future of the earth (I say it so).

 

それをどのように質問者が受け止め解釈しているかは、私には全く分からない。軽く軽ーくいなして立ち去って行く人も居れば、もっと知りたい… と言う感情を剥き出しに次の質問を畳みかけて来る質問者も現れる。

I have decided not to deepen on how the questioner interprets it and interprets it.
Among there are people who take lightly swallow my answers and go away, and some people challenge the next question while revealing the feelings that they want to know the meaning more.

 

だが、音楽は音楽でしかその答えを出すことが出来ない。
少なくとも、地球の始まりを描いた音楽がこの世界に忽然と出現したことは事実であり、それは言葉よりも音を通じてリスナーに深いインプレッションを与えて行くことは変えようのない事実である… と私は確信している。

At least it is true that music depicting the beginning of the earth appeared abruptly in this world just now. And I believe that it is a fact that can not change things that give listeners a deep impression through music rather than words.

 

何より私が音楽を前にした時には、ただの風或いは空気の力しか持たないことをあらためて痛感している。

More than anything, when I’m in front of all music, I realize that I have only power of wind or air power now.

 

 

iTunes Store:
https://geo.itunes.apple.com/jp/album/mother-earth/1348765132?app=itunes

New Album 『Mother Earth』 配信開始

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Didier Merahのニューアルバム『Mother Earth』 解禁。

いよいよ地球全土で配信が始まりました。

 

New Album “Mother Earth” (by Didier Merah)
Now on Sale!🌏

iTunes Store: https://geo.itunes.apple.com/jp/album/mother-earth/1348765132?app=itunes

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