大好きだった神父様との再会

昨日の遺品整理の過程でようやく、会いたかった人との再会を果たしました(勿論先方の人は既に他界していますが)。
記憶では、私が18才の誕生日がサビノ神父と最後に会った日でした。私にとても優しく接して下さる、彼は唯一の人でした。
 
あの日私は朝からお腹を壊し、本当ならば午前中早い時間に出かける筈が出かけられなくなったのです。そのまま約束をキャンセルする筈でしたがふと思い立って、急いで支度をして正午には家を出ました。
約束は箱根だったと思います。約2時間の道のりを経て約束のホテルに到着すると、そこにサビノ神父が微笑んでおられました。

 

 
うっすらとした記憶を引っ張り出すと、私の腹痛をいいことに母は一人で箱根に出かけようとしていました。ですがそれを、サビノ神父が阻止したのです。
「美樹ちゃんと一緒じゃなければ、今日会う意味がない。」と、頑なに。
 
勿論私が電話の向こうの神父の声が聴こえていたとは母は知らず、「どうする?行くのはやめましょうね。」と言う強引なダメ押しが段々と嫌味を増して来た辺りから、私の中にリベンジ精神が芽生え遂に私は「行く!」と言って立ち上がり、10分で支度を済ませました。
 
神父は大のコーヒー好きで、ヘビースモーカーだったように記憶しています。何杯も何杯も濃いコーヒーをお代わりして、私はジュースとケーキとサンドイッチなんかを食べたように記憶しています。
優しい日差しが射す、本当に穏やかな一日でした。その日が、神父との最後の日になりました。

 
翌年の同じ日、それまで毎年届いていた私へのバースデーメッセージとクリスマスカードが届かず、そこからさらに一年後の同じ日に、サビノ神父が(私と最後に会ってから間もなく)飛行機の中で亡くなられたことを知りました。
 
母の遺品の中からは大量にサビノ神父との書簡や神父が写った写真が見つかり、きっと母はサビノ神父を神父以上に好きだったのでしょう。
 
私はずっとこの写真を探していました。
ですが結局母は、遺品回収業者が遺品の仕分け整理をしなければ見つからない場所に神父との思い出の品々を隠し通し、絶対に私の手には色々な写真や思い出の品々が渡らないような状態にして全てを隠し通したかったと言う母の遺志が、今になってもひしひしと伝わって来ます。
 
一昨日のブログ記事『悪意の記録 2. – 遺言書作成過程の書類』に、実家全体が私を絶対に実家に寄せ付けたくなかったと言う決定的な証拠写真を掲載していますが言われるまでもなく私はずっとそのことを知っており、勿論感じており、それを近しい親族に訴えたこともありました。ですが今思えば皆、母とグルだったのでしょう。
それなら幾ら私が助けを求めても、誰一人反応等しなかった筈です‥。
 

 
私の家庭内排除がどのような名目で今日まで為され続けて来たのか、その理由や動機は結局今でも分かりません。
ひとつだけはっきりしていることは、「山田家」と言う集合体の中で私だけが人権を一切与えられていなかったと言う事実と、私の排除・迫害の発端が父だったと言う事実です。
父は根っからの差別主義者であり、容姿の良くない女性のみならず韓〇の人々やイン〇の文化等を取り上げ、日夜侮蔑な発言を繰り返すような人でした。
(特に足の太い女性を町で見かけるや否や、相手に聞こえるような大声で差別発言をすることも、度々ありました。)
 
(そんな父を含む山田家と親戚全員が私にしたような)最初から存在しない人のように扱われて来た者の気持ちは、近い状況に置かれた経験のある人にしか理解出来ないのでしょう。
 
私がそうされて来たように、次は私が亡くなった家族三人と彼等の歪んだ意思に便乗して私を排除し続けて来た(弟の関係者を含む)すべての人たちに対し、私も彼等を「最初から存在していない人」であるように接し続けることを今後のミッションに加えます。
 
 
昨日は他に、亡くなった弟と妻「山田りえ(仮名)さん」の結婚式の写真も、大量に見つかっています。その中には「山田りえ(仮名)さん」のご両親のお姿も記録されていました。
 
絶対に私は許しません。
私の存在を知りながら私を「最初からこの世に存在しない人」のように扱い続けて来た、全ての人たちを。
報いは必ず受けてもらいます。

 
ですがせめて今日と明日だけは、大好きだった神父様との思い出で心を温めていたいと思います。
 

悪意の記録 2. – 遺言書作成過程の書類

少し過去に遡るがInstagramを介して匿名で私に接触して来た、「エル〇〇ト」なる人物のメッセージを読み返している。その中には私が一度も口外していない某弁護士の名前が、数か所に渡り記載されていた。
 
それはまさしく弟(故)の妻「山田りえ(仮名)」が、自身が喪主を名乗り出て執り行った母の葬儀の十日後に母「山田雅枝」の遺産相続を自分が出来るか否かの相談に向かった先の、弁護士の名前だ。
弁護士や相談者等は守秘義務を厳守することを事前に確約する筈だが、それより何より「山田りえ(仮名)」とその弁護士(Y氏)との相談内容を綴った書類が我が家のリビングに置かれていたことの方が、私にとってはよほどシュールな怪奇現象に思えてならない。
 
恐らく神が手助けをしてくれたに違いない。

 

また、りえ(仮名表記)さんにおきましては、あくまでも私個人の見解ですが、箱入り娘で育てられたような様子があり、ある種の経験を大きく欠いているかと思います。それ故に、遠矢様からの立て続けの電話のコールに一人きりでいた彼女は相当に恐怖感を覚えたようです。
とはいえ、電話を折り返す必要があったと思いますし、弁護士を通してではなく、遠矢様と直接話し合う必要があったとも思います。
 
生前のお母様からの言伝や一言には書けないいくつかの事情が重なり、遠矢様に失礼になるようなえりさんの対応があったと思います。遠矢様に対して誠意を欠いていると言われるのはその通りかとも思います。
 

Instagramの「エル〇〇ト」が私に宛てたDMより

 
上記はその時のメッセージの一文を、人物名を仮名表記に差し替えてコピーしたものだが、このDMの送信者である「エル〇〇ト」が仮に「山田りえ(仮名)」とは異なるあかの他人だとするならば、何故私と「山田りえ(仮名)」間に起こった現象をまるで現実に目の前で起こったことのように、ここまで断言して書くことが出来るのかが非常に疑問だ。
彼女はこの「偽り」の名前を用いて、私に何を訴えたかったのだろうか‥。
 

弟の遺品の中から、どこか病んだ人が書くような「散文詩」のような葉書が不達で戻って来た状態で仕舞われていた。
そこには「法」の文字が羅列され、自身をまるで創造神の如く祀り上げんばかりの勢いで、自分を自分で鼓舞しているとも取れるような詩が綴られていた。

 

 
弟・大輔を加害者と見るか、被害者と見るかはその時々の場面設定で微妙に変わって来るが、この散文詩のような年賀状に書かれてある「良心」が彼に皆無であったことは、弟亡き今最早確定事項と言っても良いだろう。

少なくとも姉の私を徹底排除すると言う家庭内の悪しき決め事に於ける不正を一切正さなかった、彼の言動のどこに「法」の正当性を立証出来るのか。
私が弟・大輔(故)の妻「山田りえ(仮名)」とその両親姉妹に対し、それを是非とも問いたい心境は今も変わらない。
 

さて、話題が大きく迂回したが、この記事の最後に父が遺言書を作成するにあたり交わされた家族会議の記録として、以下のような文書が遺されていたので、それを貼っておきたい。
 
母は私を長年「社会的弱者」として扱い尽くし、差別し、過剰な虐待を加え続け、それを誰も止めなかった。
勿論父も弟も、そしてそれ以外の親族全員がその事実を見て見ぬふりをして来たことは、私以外の家族全員の死後に、私に対する彼等の接し方からも十分に証明することが可能だ。

この現象こそが不正・理不尽そのものであることに於いて誰一人言及すらせず、訂正もしないのだから、私が彼等全員の前途からどれだけ未来と光を奪い取ろうが誰にも文句は言えまい。
勿論私はその旨現実的な行動を起こそうとは思っていない。それ以外の方法にて、人生最初で最後に「それ」を粛々と実行するのみだ。
 

それは祈りと呪詛との境界線にある、やはりこれも切なる祈りに違いない。
その「祈り」を今後折に触れ、継続して行きたいと思っている。
 
 
山田家が私を徹底排除し続けた証拠の一つである「その文書」をこの今日の最後に、この記事を〆たい。

 

 

悪意の記録 1.

 

 

 

 
今日は疲労困憊なので追って後日、今日の遺品整理中に見つけた、家族が長年私を「仮想敵」にし続け私を徹底的に排除し続けて来たことに於ける、書面の証拠をこのブログに掲載しようと思う。
 

どんな言い逃れも出来ない、それは確たる証拠と言えるだろう。
勿論「家族」の中に、弟(故)の嫁: 「山田りえ(仮名)」も加わっていたと思われる。
 

遺品は全てを物語る、その人その人々の心情と人生の集大成だ。
特に私はその物に触れただけで、物に触れた「念」をつぶさに感じ取ることが出来る体質を備え持っている。私を仮想敵にし続けて来た家族・親族等は私の、その体質に最も怯えたのかもしれない。
 
言葉にしてはいないこと、絶対に知られたくないこと、人々が心に隠し持つ思いや記憶が私にはまるでネガのようにくっきりと浮き上がって見える。
 
父の手書きの遺言書も見つかった。その紙っぺらからは、私に対する並々ならぬ悪意が立ち上って来る。

美樹は傷ものだ。顔に傷のある者は人間に値しない。

私は失敗作として家庭内で廃棄寸前の扱いを受け、近い親戚や親族等がそれに賛同し、談合していたのだろう。
証拠の写真はこれでもかと言う程沢山出て来たが、私はその中から私への強い敵意を感じ取れるものだけを手元に置き、母や弟のアルバムその他の全ての「美しい記録」を全て廃棄するつもりだ。

最初からこの世に存在しなかったように私が彼等を整理し、せめて私は彼等の悪意とこれまでの悪の連鎖を全て断ち切る為の儀式を務め上げたいと願っている。

 

この写真は私が小学校3年生頃の写真。私の目が死んでいる。この頃私は母に右目を連日激しく殴打され、そのことで心身に大きなダメージを負っていた。空が黄色く見え、現実からの逃げ場所を必死に探して生きていた。

 
遺品整理中、弟(故)の嫁: 山田りえ(仮名)の父親が弟に宛てた手紙も見つかっている。

山田りえ(仮名)の父親も、私を排除した人々の中に括られる。
双方家族の身上書の交換により私と言う存在を知りながら、今日に至るまで何の言及もせず私を最初から存在しない人間のように扱い続け、しかも私が送付した手紙も無視し、現在も堂々とクリニック(内科)を経営している。

私から見れば山田りえ(仮名)の家族等も全員「敵」に等しい。
 

続く‥。

NewJeans (뉴진스) ‘Ditto’ [sideB] MV評論

韓流若手ガールズグループ NewJeans (뉴진스) が、YouTubeに新譜「Ditto」のMVを公開した。このMVは私が知る限り2種類存在するが、両方共にとてもダークで内容が重い。
勿論見方や各々の心情解釈にもよるが、どう見ても明るい表現がされたものとは言い難い。
映像全般がMVと言うより、むしろホラー映画を彷彿とさせる構成(或いは映像の質感)になっている。
 


左腕に太い包帯を巻いた少女がホームビデオを片手に、クラスメイトがダンスを楽しむ様子を撮影して行く。その合間合間に一人の男性がクローズアップされ、その男性も少女の存在を意識している。
 


軽快で無機質なパーカッションが楽曲全体を先導し、極めて明るいメロディーとコードプログレッションで楽曲が進行して行く。

MVはと言えばNewJeansの5人が高校生に扮し、制服姿で学生生活をエンジョイする姿が包帯少女のホームビデオに収められて行く進行になっているが、高校生に扮するNewJeansの5人は殆ど少女とは目が合わない。
 


場面場面が日常生活にはあり得ないようなアングルを絶妙に捉え、ともするとそれは生きることへの絶望をも意味しているのではないか‥ と言う明確な表現へと突き進んで行く。
 


楽曲はとても明るくリズミカルだが、映像の空気はどこかこの世のものではないような匂いが立ち込めている。
ヒントがあるとすれば、楽曲冒頭から断片的に表れる女性の裏声のハミングではないだろうか‥。黄泉の世界から届くシグナルのようにその声はとても濡れて切なく、木霊を放つ亡霊のようでもの悲しい。
 


生命のよろこびとは真逆の世界を、NewJeansと言うハイティーンの女の子たちが無頓着に歌う様は、どこかお気に入りのマニキュアを乾かしている時の危険な風の匂いに思えて、途中からめまいがして心が重くなる。
気を失いそうになりながら、何度も何度も画面に触れながら動画を見進めて行く‥。

むしろこれまでに感じたことのないシュールな感覚‥ 例えばいきなり霊感が開花するような恐怖を沸き立たせ、中盤以降のMVの意味が各々の中で全く別のものにすり替わって行くように思えてならない。
 


そしてこの、壊れたホームビデオ機器の映像は一体何を言い表しているのだろうか‥。絶対に声にしてはいけない何かが、この映像の最も強烈なインパクトとなって動画全体を埋め尽くして行く。
 
少女にとって将来を絶たれた瞬間か、失恋のショックを表す心情なのか、或いは絶望か、それとも包帯の少女がこの世には既に存在しないことを表すこれは、ひじょうにネガティブなメッセージのように思えて、それがやがて確信を帯びて心を押し潰そうとするのだ‥。
 

 
アングルは益々ダークな内容へと加速し、草の陰から5人の内緒話を見つめるようなこの瞬間にまで到達すれば、恐らく誰もが良からぬメッセージを心に受け取り息を呑むに違いない。
 


最後の最後に登場するこの鹿だけが、真っすぐに少女と目が合っている。
日本では鹿は「神の使い」として象徴されるが、恐らくその辺りをこのMVでも間接的に表現したかったのではないだろうか‥。

このご時世。物騒な記述にはなるが今、ここに来て多くの人々の心身に異変が起きている。明日が全く見えなくなって来た。
若い世代の人たちが未来の見えない世界を生き抜くことは、これ以上の苦痛がないほどのあまりに悲しいサバイバルだ。
 
もういいよ、一緒においで‥。そう言っているように一匹の鹿と一匹の猫が現れ、少女の心を少しだけ解きほぐすのだが‥。
 

 
動画3:12辺りから、楽曲のないシネマ仕立ての後編が始まる。
少女の左手には包帯はなく、誰もいない部屋で少女は一人思い出のビデオを見始める。
その時のこの目が何とも言えず、重苦しい時間を飲み込んでそのまま凍り付いたように動画を見ている。

4:03から後は、恐らく亡霊が思い出を見つめる設定で撮影されたのではないだろうか‥。
思い出はいつもキラキラと輝いて、この世界に希望を感じられない者の心を締め付け、さらに人を絶望へと追い詰めて行く。
 

 
もしかするとこのMVは近日中に、問題作として広くメディアに取り上げられることになるかもしれない。

‥必ずしも楽しくワクワクする表現だけが作品とは言えず、言葉を持たない者の心を代弁するような、まさにこの動画のような作品があってもいいと私は思うのだが‥。
 

この記事の最後には、NewJeansの新作 ‘Ditto’ のMV – sideBの方を貼っておきたい。
映像監修はシン・ウソク (Wooseok Shin) 氏。
 

紅葉と母の秘密

朝、少しゆっくり起床して、未だ新しい新車で(夫の運転で)実家へ行く。
先日既に貴重品や通帳、アルバム以外の全ての荷物を遺品回収業者に運び出して貰った後の実家で遺品の整理を開始。
 
祖父からのお小遣いや現金書留の空袋が複数、それに桐朋音楽教室の同僚(沼尻竜典君 他)からのお手紙が私の手に渡らないまま、数十年もの時を経てようやく私に発掘される‥ 等、これでもかと言う程の母の隠し物が遺品として見つかる。
 
‥本当に酷い話。
私がかつて共演していたシャンソン歌手との個人的な手紙等も大量に見つかり、学生時代からそうやって私の人間関係に(私には絶対に分からないように)介入していた母の秘密が、彼女の死後にようやく暴かれる形に。。
 
何より私が家を出た後に、わざわざ私の名義で作っていた信託銀行の口座が虚しく本来の持ち主を待っていた。
恐らく中身は空っぽだとは思うが、一応明日銀行に確認の連絡を入れる予定。
 

 
その他にも故 父・母・弟・そして弟(故)の嫁の「山田りえ(仮名)」さんが4人で、楽しく収まった写真等も複数見つかった。
そこには私だけが知らされない時間が流れており、それを誰もが訂正に入ることなく楽しくやっていた様子を見ると、ただただ腹立たしさ以外の何も感じない。
 
但し、ゴシャゴシャになった段ボールから複数の、私が写っている写真も見つかった。
それは私が一度も見たことのない私の記録。何の為に今日までそれらの記録を母が私に隠し通していたのか、その理由は不明。
 

  
思うに人の不幸の上に成り立つ幸せなど、この世には絶対にあってはならない。
 
家族3人の生前、彼等が私に対して行って来た家庭内差別や家庭内暴力(虐待)その他諸々に対し、私は一切の反骨行動は起こさなかった。

特に2021年の夏、某王室の霊団が母の体から彼女の霊体だけを抜き取った後、私はじっとその日を待った。
「けっして手を出してはならない」との天照大神の助言もあり、そう遠くない将来「その時」が来ると言う予感を胸に思いながらの数か月間は、どこか重苦しい時間が流れて行った。
 
 
私は「暴きの星」を持って生まれて来た。その星をいつ、どの時点から私が持っていたのかは判然とはしないが、幼少期の私の七五三の写真を見るに、3歳にしてこの目ヂカラはなかなかのものだと自分でも思う。
 
今日、最高の収穫だった。
 

Merry Christmas Mr. Lawrence/ Ryuichi Sakamoto

2022年12月12日 21時、YouTubeチャンネルcommmonsより、シリーズ「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022」第一弾としてMerry Christmas Mr. Lawrenceが配信された。
丁度その時刻に私は別ジャンルのブログを仕込んでおり、リアルタイムでの視聴は出来なかったが、数時間遅れでその音色に追い付いた。

坂本龍一氏は現在ステージ4の癌を患っており、闘病中の身だ。画像にはその状況が色濃く映し出され、筋肉を失った坂本氏の陰影や演奏中の指先の様子までが克明に記録されていた。
 

 
昭和世代の音楽家等にとって彼は、人生になくてはならない存在だ。まして私とはほぼ一回り違いの彼は、まだまだ老いるには早すぎる年齢だった筈‥。

丁度5日前の同じチャンネルに上がって来たメッセージ動画Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 – messageの中で坂本は、お得意のにやけ顔を全て封印し、真顔で自身の病状や体力に関する現状を説明しているが、坂本がかなり深刻な状況に置かれていることは誰の目にも明らかだ。
 


少しだけ話題が脱線するが、フランソワーズ・アルディーの有名なシャンソンに青春は逝く(もう森へなんか行かない)と言う名曲がある。
マイナー(moll)の悲しげなコード展開の中に、意外にこざっぱりとしたメロディーが淡々と歌われて行く。

美しい春の梢に包まれている時の人は、その尊さに最も疎くなる。
今日も、明日も、同じ場所に今と変わらぬそよ風が吹き抜けて行くと信じている。その錯覚が「今」「現在」に対して、人を緩慢にさせてしまうのかもしれない。

失ってみてから「あの時」を振り返る方が、「今」それを思うよりもきらきらと眩しく輝いているのだとしたら、時の流れは余りにも残酷過ぎる。
 

 
筋肉の落ちた美しい手が映し出すのは、未だ枯れることを必死で拒んでいる坂本の心の奥底だ。

「戦場のメリークリスマス」は巨匠の速度で、しめやかに進み始める。
「まだ行かないで」と声を涸らして叫ぶ少年のようで、足取りは重くうつろで、少年はきっとそこからやがて一歩も動けなくなるだろう。

これは私の憶測だが、恐らく演奏収録時の坂本はピアノの打鍵の重さをかなり軽めに変更したのではないかと、動画の随所から感じ取れる。
殆ど筋肉を使わず、骨と手の重さだけで鍵盤を押しているように見えるからだ。

坂本がもしも闘病中でなければ私は、この演奏をもっと酷評したかもしれない。だが私も同じ音楽家として、現在の彼の体力と気力でこの演奏を成し遂げることがどれだけ大変なことか、それが痛いほどよく分かる。
所々音が計画外に途切れ、打鍵が外れて音の尾が抜けて行く。それがまるで習字の「はね」みたいで、余計に物悲しさを誘うのだ。
 

生演奏は、修正の効かない芸術だ。
元来ライブや「生演奏」を悉く嫌う私がこの動画をあえて評論の題材として取り上げたことには、言葉では言い尽くせない様々な理由があり、その理由の彼方には坂本龍一と同じ時代、同じ時間を駆け抜けて来た者にしか分からないノスタルジーが息づいている。

けっして綺麗な音でもなければ旋律のまろやかさも消えて、音楽自体はむしろ刺々しい。
匂い立つような色気のあるコードプログレッションではなくなったこの「戦場のメリークリスマス」は、さながら2022年の今を言い表しているようだ。

多くの人々が、逃げ場のない「今」を背負って生きている。視えない何かに背中を圧されて、想定外の迷路へと誘導されて行く。
残された体力と気力で、ようやく数時間後のことを考えるのが限界だ。
 

 
テクノに始まりシンセサイザーを自由自在に操り倒した坂本龍一が、2022年の自己発信に選んだ楽器はピアノだった。だが彼はけっしてピアノが上手だとは言い難く、それよりも坂本がアルヴァ・ノトとのコラボで2018年にリリースしたGlassの方が、余程美しい。

シンセサイザーを扱う坂本龍一には「華」があり、逆にピアノと言う88鍵のオーケストラに向かう彼は楽器を操り切れていないように見える。
それでも坂本龍一が今、ピアノを選んで自己発信を重ねる理由は一体何なのか‥。
 

 
クラシック音楽の様式美に満足出来ず他のジャンルに転向したものの、やはり何かを置き忘れたかのようにかつての古巣に戻りたがる音楽家たちが後を絶たない。
坂本龍一も、その一人かもしれない。

だが彼は行き先を遂に見つけ切れず、映画音楽にその拠り所を求めるしかなかった。
だが、映画音楽の世界はクラシック音楽界以上に残酷だ。映像が無ければ音楽が、音楽として成り立たないのだ。
音楽が独立出来ずに窒息して行く。
 

 
よく言う映画の「サウンドトラック盤」を私も又、何十枚何百枚と買った。だが殆どが開封しただけの状態で、中には一度もターンテーブルに乗せなかった盤もある。
映像の中で心惹かれた音楽を後から音楽単体で聴いた時の失望感は、一度経験すればもう沢山だ。

それより何より昭和後期、一度「現代音楽」の黒い水を啜った作曲家たちが作品の中で、その「水」を頻繁に逆流させる。
例えばこの記事の最後に貼り付ける音楽も、そんな「破壊の水」を永遠に纏ったまま脱げなくなってしまった一例だろうか。
 

グレイ星人の真実 – Gray Alien truth

【序章】

宇宙情報が大きく錯綜し、至るところで虚偽の情報が出回っているようです。
情報が虚偽だと判明した以上、訂正する必要を感じています。

情報主をリーディングしたところ、かなり危険な人物であると直感しました。個人に対する誹謗中傷は好みませんが、大勢の人たちが誤った情報に巻き込まれる懸念を感じますので、この記事では人物名を表記することにしました。

Space information seems to be severely confused. As a result, false information seems to be everywhere.
Now those information has turned out to be false, so I feel the need to correct about them.

I used telepathy to access the information sender, but I had a caught that he was a pretty dangerous person.
I don’t like to slander specific individuals, but I feel concerned that a lot of people are getting caught up in misinformation from that person, so I’ve decided to mention the person’s name in this article.


記事His Name is “Glen” (Gray Alian)でも触れたように、現在私はグレイ星人の中でも最長老であるグレン氏(仮名)と頻繁にコンタクトを行っており、今日は彼にあらためて呼び出しを受ける形で不穏な内容のメッセージを受け取ったので、数時間がかりで検証作業に時間を費やしました。

As mentioned in the article [His Name is “Glen” (Gray Alian) ], I am currently in frequent contact with Mr. Glen (pseudonym), an elder among Gray aliens.
I received new disturbing message from him again today, so I had been spending several hours verifying about it.

 

 

【about ELENA DANAAN】

この人物(写真⇧)をご存じでしょうか?
恐らくこの記事をご覧になっている読者の多くは、この人を知っていると思います。

エレナ・ダナーン(ELENA DANAAN)、フランス人考古学者、歌手、コンタクティーを名乗り、最近では「銀河連合」なる架空の宇宙団体から種々雑多な怪情報を頻繁に発信している人物です。

真偽の程が定かではないと言う範疇を超えて、私がコンタクトしているグレイ星人のグレン氏(仮名)曰く「彼女の発信している情報の大半が虚偽に満ちている」とのことでした。
 

Do you know this person (photo ⇧)?
I’m sure most of you reading this article know who this person is.

ELENA DANAAN, she is French archaeologist, singer, and contactee who has recently been frequently transmitting miscellaneous unconfirmed information from a fictitious space organization called the “Galactic Confederation”.

Beyond the realm of uncertainty, according to Mr. Glenn (pseudonym), a Gray alien I’m in contact with, “Most of the information she’s sending out is full of lies.” was.

 

動画ディスクロージャーへの準備をしてください エレナさんからの中には多くのインタビュー映像が登場します。その中で特に気になった箇所は、グレイ星人が凶悪非道な種族のように語られている下り(複数)でした。

Many interview videos are inserted in the video Please prepare for disclosure from Mrs. Elena.
Among them, I felt uneasy about the images (multiple) in which the Gray aliens are talked about as a brutal race.

 

 

グレイ星人の真実 – Gray Alien truth

このところ色々な場所でさも、凶悪犯罪集団のように言われている宇宙人 グレイ星人ですが、人の社会と同じく彼等も複数の派閥、複数の種族に分かれています。

私が接触しているグレン氏(仮名)はいわゆる「自然交配」で種を温存して来た派閥で、高い知能と慈愛の精神を持つ種です。

一方リラ星人から分離し別の道を歩む、グレン氏(仮名)とは異なる派閥のグレイ星人種の多くが、工場生産で増産されている種族です。
私は前種を「ライト・グレイ」、後者の種を「ダーク・グレイ」と呼んでいますが、特に後者「ダーク・グレイ」の一部は地球上で生産されており、既に人間とのハイブリッド種が存在すると私は聞いています。
 

Recently, in various places, Alien Gray is said to be a heinous criminal group, but there is a high possibility that such information is wrong.
Like human society, they are divided into multiple factions and multiple races.

Mr. Glen (pseudonym), who I am in contact with, is a faction that has preserved races through so-called “natural mating”, and is a species with high intelligence and a compassionate spirit.

On the other hand, many of the Gray aliens, a faction different from Mr. Glen (pseudonym), who separated from the Lyra persons and followed a different path, are a race that has been increased in factory production.
I call the former ‘light grey’ and the latter ‘dark grey’.
Especially part of the latter “dark gray” is produced on earth. Furthermore, I’ve heard that there are already human hybrids out there.
 

 

【両グレイ星人派閥の合議について】

ライトグレイ種とダークグレイ種、それぞれのTop会談がこのところ頻繁に開催されているようです。

自然繁殖種と工場生産種では体や臓器の構造も大きく異なり、それにともない思考形態も全く異なっています。特に目立った特徴としては、ダークグレイ種と呼ばれる彼等には、痛覚がありません。
その為確かに一時期は多くの地球人を実験材料として誘拐(拉致)したことも多々あったようですが、それを続けるべきではないとのライトグレイ種からの呼びかけに、ダークグレイ種は素直に応じており、今後大きな(彼等にとっての)法改正が進んで行く段取りが整ったと、先日グレン氏(仮名)が話していました。
 

It seems that Light Gray and Dark Gray Top meetings are being held frequently these days, I heard so.

Both bodies and organ structures of naturally bred species and factory-produced species are very different, and both thinking patterns of the two are also completely different.

A particularly notable feature is that they, called the Dark Gray race, have no sense of pain.
For that reason, it seems that there were many times when dark gray races and others kidnapped (abducted) many earthlings as experimental materials for a certain period of time.
However, the Dark Gray species seems to have obediently responded to the call from the Light Gray species that it should not continue in the future.

Mr. Glenn (pseudonym) said the other day that the arrangements for further major (for them) legal reforms were in place.
 

 

【常に情報に対するジャッジメントを忘れてはいけない – Always remember to judge information. 】

情報には概ねタイムラグが存在しますが、恐らく私が現在コンタクトを続けているグレン氏(仮名)の情報が最新のものである可能性は極めて大きいでしょう。
又真の情報とは、そこに情報が存在するだけであり、特にグレン氏(仮名)の性格的な特徴として情報発信をする時には一切、彼は個人的な感情を交えません。
勿論受信者である私を喜ばせようなどと言う発想すら、彼には皆無です。
 

甘い話には必ず罠が潜んでいます。一方で、ショッキングな感覚を受信者に過剰に想起させる談話にも、同様に危険な罠が潜んでいます。
さらにはそうした情報を真顔で発信し続ける発信者自身のマインドは、既にアンチ・クリエイションの手駒として機能している可能性が大きいでしょう。
そのような情報や情報発信者に対しては、重々警戒すべきですし、十分に距離を置いた上で「疑うべき情報」として認識し、絶対に鵜呑みにしてはいけません。
 

There is generally a time lag in information, you know.
However, it is highly probable that the information I am currently in contact with, Mr. Glenn (pseudonym), is the latest, I believe so.

Also, true information is nothing other than information.
In particular, when sending information as a characteristic of Mr. Glenn’s (pseudonym) personality, he does not share any personal feelings.
Of course, he doesn’t even have the idea of pleasing me, the recipient.
 

There is always a trap lurking in sweet talk. On the other hand, equally dangerous traps lurk in narratives that excessively evoke shocking sensations in the recipient.

Furthermore, there is a strong possibility that the minds of those who continue to transmit such information with a straight face are already functioning as tools of “Anti-Creation”.
We should be extremely vigilant against such information and information senders.
Be careful!

 

[新情報] ワクチン接種者同士で起こる感染爆発について – ケルベロス/グリフォン

①恐れていたこと

かねてからの予言(預言)で恐れていたことが遂に、現実になった。
遡ること昨年 2021年8月13日に書いた記事『[新情報] ワクチン接種者同士で起こる感染爆発について – 2021.08.13で綴っていたことだが、当時、今後新型コロナワクチン接種者間で感染爆発が起こるだろう‥ と予言していたように、新株「BQ.1.1(別名ケルベロス・「XBB」(通称グリフォン)が猛威を振るい始めた。

【2022年11月最新 国内でも拡大か】コロナオミクロン新株「BQ.1.1」別名ケルベロス・「XBB」通称グリフォンの特徴は

感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株について (第21報)

思えばその状況を私は一年以上過去に遡り幻視していたことになるが、幻視が現実に置き換わることに対し脅威を感じながら今日を迎えたことになる。

[新情報] ワクチン接種者同士で起こる感染爆発について – 2021.08.13
 
 

②自然神の預言の精度について

私が得意としているものは予言よりも「預言」の側であるが、特に新型コロナワクチン及び新型コロナウィルスの将来性についての自然神「カール氏(仮名)」の預言の精度は、ほぼ99.9%と言って良いだろう。
だからこそこうして友人知人等の白い目を受け入れて発信を続けているわけだが、じわじわと知人や間接的な知人の訃報が聞こえて来る度に心が酷く痛む。
 

まるで予定表に書いてあったことがそのまま現実になって行くような、ある意味当たり前のことを、多くの人々が頑なに受け入れたがらない原因の一つとして、「既にワクチンを接種してしまった体を元に戻すことなど出来ない」と言うかなしい現実がそこに在るから‥ と言うことが挙げられるだろう。

確かに時間は巻き戻せない。だとしても自身が請け負った現実が誤りであったことを認め、受け入れることによって、同じ道を選択しようとしている未来の人々の被害は最小限に食い止められると、何故考えようとしないのだろうか‥。
多くの人々の心理が、善よりも悪の方向に向かっていると言った方が正しい表現なのかもしれない。
 
 

③接種者間での感染爆発の自然神の見解

自然神「カール氏(仮名)」の今後の感染爆発の預言をここに書き留めると、以下のようになる。

  1. 新型コロナワクチンを複数回或いは複数種接種した者同士で、大きな感染爆発が発生する。
  2. ワクチン接種者の体内に起きる変化として、以下のような状況が挙げられる。
    ・主に白血球が殆ど機能しなくなる為、異物が体内に侵入しても白血球が異物認識をしなくなる。よって多くのウィルスの暴動が体内で放置される形になる。

    ・赤血球にバグが発生する。先ずスパイクタンパクがそもそも体内で大量生産される仕組みを先に新型コロナワクチンの接種によって形成されている為、それを異物として認識しなくなる。
     よって新たに接種したワクチンを「養分」として赤血球が認識する為、本来異物であるワクチンを赤血球が積極的に体内に巡らせる為に活動が活発になる。

    ・そもそも新型コロナウィルスは体内にサイトカインストームを発生させる仕組みであり、新型コロナワクチンがそれを助長する。そこにバグが完成した赤血球が本来異物として認識しなければならない新型コロナワクチンを養分として取り込み全身に巡らせる誤動作を起こす為、それによる人体の老化やターボ癌等の加速がさらに進む。

    ・周囲に型の異なるワクチンを複数種・複数回接種した人たち同士で上記に書いた作用が加速し、空気中に放たれる異種複数の型の新型コロナワクチンの成分を互いの体(赤血球)が「養分」として取り込んで行く為、双方で現象の異なる複数のバグが起きることになる。

    ・結果的にその相乗効果により、ワクチン接種者間でサイトカインストームが発生(加速)し、ワクチン接種者だけが本来の寿命を全う出来なくなり、今後大量の死者が出ることは最早免れられなくなる。

     

ざっとまとめるとこういうことになる。

 

 

④陰謀論が現実になった現在

私が自然神からの預言をまとめたシリーズnoteに綴り始めたのは2020年6月にまで遡るが、既にこの時に預言の組み立ては完成していた。あとはどの預言をどのタイミングで外側に発信して行くか否かの問題ではあったものの、内容がかなりシュールだったので多くの記事を有料記事として配信して行くことしか出来なかった。
 
又預言者としての自身の活動に当時は未だ将来性を期待出来ず、芸術家としての顔の方を強調したい旨もあり、自然神の預言の断片をTwitterから小出しに発信する以外の方法を思い付けなかった。
今となってはそれが吉と出たのか凶と出たのかは正直分からないが、預言と現実が人々の認識を遥かに先回りしたことになる。

勿論新型コロナワクチンを既に複数回接種し終えてしまった人々への配慮も意識し、最近ではTwitterやブログからの新型コロナワクチン関連の預言の発信を控えていたが、結果的にそれも含めた上でのこれが「大量人口削減計画」の一環だとするならば、あながち私の行動の選択が間違っていたとは言い切れないだろう。
 

Twitterでも何度も申し上げているように、生き延びる人々が何をすべきかについては火を見るよりも明らかだ。
つまり「ワクチンを接種せず、兎に角家に引き籠り、必要最小限の移動に留める」、これに尽きる。
自然を破壊する行動を徹底的に控えるには、同時に娯楽をいかに手放せるかと言う観点が欠かせない。

つまり「徹底的に引き籠る」、これに尽きる。
徹底的に引き籠れば必然的に人流の渦から遠ざかることになり、それによりワクチン接種の恐喝強要のお達しから自身の身を守ることに繋がって行く。

職業上このようなワクチン接種のお達しが下った時にはその職場から身を引き、出来得る限りワクチン接種義務を課さない新たな職場に移動すれば良い。
子供を養育している場合には、その子供たちをワクチンと言う危険物から守るべく、一時的に学校と言う悪しき組織から子供を隔離する選択をすれば良い。

勉強は何も学校に行かずとも可能である。
後は子供たちのメンタルケアを如何にして行うか‥、それは各家庭各両親が献身的にそれを行えば良い。
 

自然神等は至極当たり前のことを私に預言して下さるが、それを発信している私が多くの人々から白い目で見られる状況が既にバグなのだ。

私の話は2020年の3月の段階では陰謀論中の陰謀論のような扱いを受け、それによって私は多くの友人と決裂・決別せざるを得なくなった。
だがこうして時間と現実が進むにつれ、私が先に放った言葉の多くが現実となって行き、当の私自身が実は精神的にかなり参っている。
 
 

⑤あとがき

現在、2022年12月11日 朝6時前だが、感覚的には昨日の延長線上に私は立っている。
知人の多くが新型コロナワクチンを複数回接種しており、その中には既に虹の橋を渡り切った人も在る。又、現在ターボ癌を発症し、闘病中の人も在る。

どんなに祈っても叶えられない祈りが在ることを、これ程痛切に感じることはないだろう。
‥彼等の大半が、否応なくこの世を去ることになるのだ。
※地球上の人口は現在の1/20になり、それにより自然界が理想的なバランスを取り戻せる切っ掛けを得るからである。

今年私は色々な旅立ちや終焉を見送って来たが、視えている将来を覚悟しながら見送る時間は本当に辛い。だが私がどれだけ辛いと言っても、その苦悩を一切理解しない人たちも現実問題存在する。
 

生き延びると言うことは、半ば戦争に勝利することと等しい。
その勝利は必ずしも喜ばしい勝利とは言えないとしても、私(或いは私たち夫婦)はこの戦争に打ち勝たなければいけないと覚悟している。
誰とも分かち合えない予言や預言を鼓膜の内側に響かせながら、今日も誰かの訃報に接することになるかもしれない‥ としても。
 

 
私の祈りが一人でも多くの人に届くよう、心より願って止みません。

最期の番人

一昨日に遺品回収整理の最終立ち会いに、そして昨日は実家の売却に向けた不動産関係者の視察の為、夫の運転で実家に行って来ました。
 
老人の一人暮らしの成れの果て状態だった実家から一斉に、アップライトピアノと古いアルバムや個人宛ての手紙等の入った段ボール10個以外の、全ての荷物がなくなりました。
 
家族の位牌や遺影、その他弟が大切にしていた楽器等、色々迷った挙句私は全てを手放すことに決めました。
位牌や遺影はお焚き上げに出して下さるでしょうし、楽器はそれを必要とする人の元に向かうでしょう。
 
 
一度心に付いた思春期の古傷は、どうやっても癒えることなどありません。
特に私は記憶が劣化しない特異体質を持っている為、何もかもが「思い出」だとか「懐かしい記憶」に変ることがありません。
全ては昨日の出来事のように、この胸の中で永遠に巡り続けます。
 

 
都内某所の合祀墓に私を除く家族全員が今は静かに眠っていますが、それでも私が実家の敷地に入ると未だに悪さをして来ます。
どういうつもりなのか‥、彼等にとって私は人権すら与えられない「差別された人間」だと認識しているのか、それは分かりませんが、何はともあれ結果的に弟が私より先に亡くなり私が「家」の最期の番人になるとは想像すらしていなかったことなので、昨日は色々な過去の出来事が脳内を巡りとても複雑な気持ちになりました。
 

既に私は「捨てられた子」だったのでしょう。
ならば「捨てられた子」としての最期の見届け方があるでしょうし、私は最後までそれを務めて実家と今日まで彼等が行って来た「悪い連鎖」をここで断ち切らなければなりません。

現実的にも、そして霊的な意味合いでも。
 

 
実家の全体を写真に収めることには勇気が要ったので、私が長年使って来た実家の北部屋だけスマホに収めました。
この部屋に私は、長い間幽閉されて育ちました。

そのことを永遠に忘れることのないように、そして私をそういう目に遭わせて来た「山田家」と言う家族の罪と罰を私の中に永遠に留め置く為に、一つ一つのこれからの出来事を私は胸の中に封印して行きます。
 

「呪い」と言う言葉は好きではありませんが、こういう時の私の心情はまさにそれに近いのかもしれません。
私に理不尽を強いた家族親族(彼等に関わり私に同じく理不尽を強いた関係者を含む)の全ての未来から、せめて光を奪う権利ぐらいは私にもある筈です。
 
それはあくまで霊的な儀式として、私の中でしめやかに執り行うことに致します。
 

Beginning of the End

タイトルを素直に訳すと「終わりの始まり」と言う意味になるでしょう。

まさにこれは「今」の世の状況を指す言葉であり、人類全体のバカ騒ぎにしびれを切らした自然神等は既に人類の大幅人口削減の執行のスイッチを押しました。
地球の環境汚染や環境破壊に加担している多くのイベント好きな人々から順々に、彼等の意思と決断による大幅な人減らしが始まりました。
 
地球のあちらこちらで異常気象が発生し、今後人々の食生活にも大きな影響が出て来ます。
これまでは当たり前に安価に入手出来た食材が入手困難になり、食糧や食材の奪い合いが各地で発生します。多くの人たちが飢え死にし、仮に一部の人々が地球規模の飢え死にを免れとしても新たなウィルスによる健康被害を免れることが困難になるでしょう。
 
全ては地球の環境破壊を自分の意思で止めようとはしなかった人類が招いたツケであり、これまでのようにスムーズな経済活動が困難になります。
新型コロナワクチンの過剰接種により、多くの人々が自己免疫疾患を発症する為に、本来持ち堪えられる病気に勝てなくなります。心筋炎やそれにともなう心臓疾患や癌等が急増し、新型コロナワクチンの接種義務に真っ先に駆り出された医療従事者等の大量死を、最早免れることが出来なくなります。
 
私や夫がTwitter等で「イベントや祭事にともなう上空移動と開催を止めて欲しい」と、あれほど叫んだにも関わらず、多くの人たちがこのパンデミックに対し「もううんざりだ」「いつまで続ける気だ?」等と言い、イベントや大型催事の開催に加え、上空移動や高速の交通手段での移動等を一切止めようとはしませんでした。

本来ならばたった2~3年程度の期間、地球を休ませるだけで良かったのです。その貴重な休息期間を、人類は地球に与えようとはしませんでした。
そのことが地球の精霊及び神界の神々や自然神等の逆鱗に触れ、彼等はこれ以上人類には猶予を与えること等無いと判断し、遂に大幅人口削減(駆逐)のスイッチを押したようです。

にも関わらず、一部のスピ系(スピリチュアル好きな人たち)が思っているような、どこか遠い星から宇宙人のような誰かが地球人を救済しに来る‥ 等と言うことは今後起きようもない話ですが、そんな夢物語を本気で信じている人たちが未だに後を絶たないのは一体何故でしょうか。
 

夫・天野玄斎は予言を、私・Didier Merahは預言と異星人数名とのコンタクトを日常的に行っています。
又私の魂の根源は「リラ星」の時代に既に在り、その頃の記憶の一部を保有しているので、普通の人よりは少しだけ多くのことを知っています。
 

多くの「スピ系」の人たちは、「視えないものが視える」を売りにして妄想拡散活動を継続しているようです。
仮に彼等に「視えないものが視える」のだとしたら、近しい親族や友人を飛び越えてもっと普遍的な活動形態に及ぶ方が、より多くの人々の為にその能力を活かせる筈です。
でも実際には彼等(疑似スピ系の人たち)がその域には及んでいないのが現状ですから、私が見聞きした話が彼等の思い込んでいる「夢物語」とは全く異なる内容であったとしても、致し方ありません。
  

 
新型コロナワクチンについて、既に私は2020年の春頃からかなり頻繁に預言を綴って発信して来ました。
最初は新型コロナウィルスの空気感染について、でした。未だエビデンス等全く無かった頃の話で、当時その旨をnoteと言うSNSから有料記事として発信してみたものの、誰一人聴く耳を持ってはくれませんでした。
 
むしろ多くの友人や知人が私の元を立ち去って行きましたが、預言者とは常にそういうものだと知っていた私はそれにもめげずに適切なタイミングで新たな預言を発信し続けて来ました。
それらを今読み返すと、私が当時綴った多くの記事が未来の現実としてそこに記載されていました。
 

多くの人々は、現状の荒れたスピ系のインプレッションが強すぎる為、仮に私や夫のように的中率の高い預言者や予言者を目の前にしても、露骨に拒否反応を示すばかりで耳を貸そうはしません。
 
今日も知り合いの一人がどうやら「三回目のワクチンを接種した」とのことで、その副反応に苦しんでいることを聞きましたが、私には何も言えませんでした。
既にワクチンを接種してしまった人に、掛ける言葉が見つかりません。仮に言葉を掛けたところで、既に遅いのです。
 

近い将来、人口は現在の1/20に減少します。
つまり20人いる知り合いの中で、生き残れるのはたった一人と言うことになります。

 
訃報が知らず知らずのうちに増えて行き、黙祷したり、祈りを捧げることが私たち夫婦の日課になるかもしれません。
それが予め私には分かっているので、今、会える人には出来る限り会っておきたいと思っています。でも私は芸術家、コンタクティー等様々な顔を持ってこの世に存在しているので、相手は慎重に選ばなければなりません。

死に急ぎたい人たちの足を止めることなく、正しい生き方を貫こうとしている人々がそうではない人たちの巻き添えを喰わないよう今後は、新型コロナワクチンの危険性に関する発信はしないことに決めました。
 

私の預言、夫・天野玄斎の予言を素直に受け入れられる人がいれば、繋がりを持つことは厭わないつもりです。但し、味噌も糞もいっしょくたにするような人とは一切関わるつもりはありませんので、その旨重々ご理解下さい。

 


2022年11月26日を機に、音楽評論家「花島ダリア」としての著述活動を開始しました。別ブログ作成に少し時間を要する為、当面はSNS “note” とTwitterで発信して行きます。
 
note(花島ダリア): https://note.com/dahlia_hanashima
Twitter(花島ダリア): https://twitter.com/DahliaHanashima