墓じまい

2022年10月14日、来る実母の一周忌を前に家族三人の墓じまいを済ませました。
 
当日母の骨壺を実家から墓地まで搬送し、指定の書類に必要事項を記入している最中に事務の方より、本来ならば母の骨壺に入ったままになっていなければならない筈の「火葬許可証」が入っていないことを告げられ、再度ビックリしました。
流石にここまでのことになって来るとあらためて、母の葬儀の喪主に勝手に名乗り出て私にひたすら内密にして、母を火葬した弟・山田大輔(故)の嫁「山田りえ(仮名)」さんが、益々怪しく見えて来ます‥。
 
何より今現在も彼女は私から必死に逃げ回っているのですから、流石にこの件の裏には何かあるのでしょう。
「山田りえ(仮名)」さんは元・薬剤師、現在は中医学関連店舗のスタッフとして、都内某所に勤務されています。
 
数か月前に私より「山田りえ(仮名)」さんのご実家へ、「山田雅枝 遺産相続の件」について詳細に書かれた書類のコピーを添えた書簡を送付していますが、その書簡にも「山田りえ(仮名)」さんのご両親からの返信はありませんでした。
ご家族揃って怪しい何かを隠蔽しているのか或いは、ご両親が娘可愛さに「山田りえ(仮名)」さんを庇っての既読スルーなのか。
 
何れにせよこの現状がある限り、いつか何等かの形で、彼らの身に必ず天罰が下ることでしょう。
 

 
かれこれ昨年末から10ヵ月間、親族その他関係者に送付した手紙の返信はお二人から届いただけで、他の親戚の方々からの返信の書簡はありませんでした。
何よりお墓を通じて、私を阻害・排除し続けて来た親族たちと繋がりを持ち続けるのは本意ではないので、予定を早めて墓じまいに踏み切りました。
 
流石に母の一周忌を迎えず‥ の合祀墓への埋葬には、当日「抜魂式」を担われた曹洞宗のご住職さんも驚かれたに違いありません。 
それより、途中住職さんがお使いになられていた鳴り物(印金)の音色が、抜魂式の後半に進むにしたがってくすみを帯びて来たのは一体何故だったのでしょうか‥。
 

 
おかしなことに、母の遺骨の入った骨壺の中から「火葬許可証」は抜き取られていたものの、代わりに眼鏡が入っていたことには少し笑いがこみ上げました。
笑ってる場合じゃないのですが、本来火葬直後の骨はとても高温なのでその段階で骨壺に、遺骨と一緒に眼鏡は入っていなかった筈です。
‥と言うことは、一旦骨壺を持ち帰った後に、誰かによって骨壺が開けられた後に母の眼鏡を、骨壺を開けた人物が「火葬許可証」とすり替えたと言う認識が正しいのでしょう。
 
本当に怖いですね。
そこまでして、母の火葬を買って出た人は一体、私に何を隠し通そうとしているのでしょうか。
考えれば考えただけ、恐ろしくなって来ます‥。
 

心に秘密(例えば犯罪に関わる隠し事等)や疚しい出来事を隠している人は、後に心臓に疾患を抱え込むことが多いようです。
 
物騒な話はこの辺りでお仕舞い。
本当に疲れているので、久々に明るめのブラジル音楽でも聴いて休みます。

この記事を読まれている皆様も、結婚相手を選ぶ際には人間性をよくよく見極めて、言葉の終わりの響きが曇る人、或いは不必要にシャキシャキとした口調で話す人にはくれぐれもご注意下さい。
 

アマテラスの声 2. – 神人共食

午前中の澄んだ空が嘘のように、夕方から小雨に見舞われた東京都下。

今年の夏、実家に仕掛けておいたオゾン脱臭装置を一旦オフにする為に昨日は二つの駅を往復しただけなのに、ぐったり疲れて帰宅してから殆ど何もせず、かと言って眠ることすら出来ない悶々とした夜を超えて、日曜日、朝。
 

かねてから予定していた実家の墓じまいが色んな理由で少し遅延しているので、日曜日の朝には大まかな流れを把握したり業者手配をしたり‥ と色々格闘していたら、案の定の「圧」。
この「圧」が一体どこかで来ているのかなんて考えても無駄で、私がこの世に生まれてから今日まで続いた私の人生の妨害壁の最も大きな要因になっている実家のお墓を早々に片づけてしまいたいと言う気持ちは日増しに強まって行く。
 
今日まで私がどんなにか世界に向かって叫び続けたSOSを素直に受信し、私を圧から救出してくれたのは結局、今の夫と先日あの世に逝った愛兎のマイケルだけだった。
マイケルのあの、遺骨に残った綺麗な奥歯は最後に毒親だった私の母の魂を綺麗に噛み砕いてくれた。うさぎなのに、私と毒親たちとの忌まわしい数十年間の経緯など何も教えていなかった筈なのに、私たち夫婦の留守中にマイケルは母の魂を完全に嚙み砕き、その直後に旅立ったマイケルの最期を天照大御神が優しく看取って下さった。
 

 
そして翌々日にマイケルを火葬した直後から私は妙に花を好むようになり、最近三日に一度は近所の花屋に行って何かしらの花を買って花瓶一杯に挿すようになった。
最初は下っ手くそな活け方をしていたので夫が直してくれたりするうちに、このままではいけないと思いGoogleで生け花の「コツ」を検索して行くうちに何となく分かって来た‥。
 

品切れ続きだった大好きなダリアの花がようやく入荷していたので、数少ない本数の中から栄えある一本を夫に選んで貰い、他の花と合わせてゴッソリと買い込んだ。
 

胸元にマイケルの指の遺骨を詰めたメモリアル・ペンダントが揺れる度に、その箇所がじんわりと温まる。時々突発的に鬱に沈みそうになる私を魂のマイケルが鼓舞してくれる度に、嗚呼しっかりしなきゃ‥ と我に返る。
胸元のマイケルが「花瓶のお花が枯れそうだから、早く次のを探して来てね。」と、うさぎらしからぬ寂しげな目で私を見上げる。
 
夕方から小雨が降り始め、本来ならばこんな日に私は外出なんてしないのに、今日はそそくさと「花」をめがけて町に繰り出した。
 

 
夕食は‥ と言うより今日の一食目が既に夕食だったので、思い切ってコンチネンタルホテルで中華料理をアラカルトメニューから何品か選んでオーダーして行った。

実家の人たちは(実際には会ったことの無い親戚までもが)私を差別し排除して来たが、ホテルの人たちも最近会った人たちの誰もが私には本当に好くしてくれる。
たとえ私の顔に大きな傷痕があろうが、ストレスと「圧」で時折顔面に痙攣が走ろうが、そんなことはどうでもいいんだよ‥ とは言葉にせずにとてもとても親切に接してくれる。
 

今夜の神人共食の主役は、天照大御神だった。
天照大御神の真の気質を知る人は、この世界に何人くらい居るだろうか‥?
勿論彼女は厳かで厳格で気高くて、人を寄せ付けないような性格であることには違いない。だが本当の天照大御神はとことん優しくてたおやかで、そして時折とても茶目っ気たっぷりに微笑んで見せてくれる。
 

神々と神人共食(しんじんきょうしょく)を執り行うようになってから、私と夫の味覚は急激に敏感(超敏感)になって行った。
元々私は一時期料理人を営っていたこともあったし過去世では実際に料理人の道を歩んだ時期もあったからか、最近では多くの料理のレシピを空で認識出来るまでに味覚の感度が上がっている。
 
思うに霊力やテレパシー能力を高める基本が、「味覚を研ぎ澄ませ料理を味わう」ことにあると言っても過言ではないだろう。
ただ一心に料理を見つめ、食材や味に集中し、その料理を作った人の熱意と感性に寄り添い、頭上の神々に向かって「一緒に味わいましょう。」と言い自身の味覚を神々に貸し出す。
すると神々は自身が歓迎されていることを思い、静かに私に降りて来て下さる。
 
ただそれだけのことに集中し、黙々と料理を味わい尽くす。
 

 
帰宅して古く傷み始めた花だけを花瓶から抜き取り新しい花を生けると、途端に部屋が明るく騒がしくなった。
未だ神になって日の浅い新人の神々が、わちゃわちゃと食卓で会話を始めたようだ。
 
そして私はその様子をつぶさに見ながら、こうしてブログにそれを書き記して行く。
私の描く「芸術家の日常」はとてもスピリチュアルであり、なおかつ全てがノンフィクションだ。
巷に言われる「視えない世界が視える」‥ と言う概念は私には全く当てはまらないし、気を付けないと私は全てを視てしまう。類い稀な映像記憶を持つ私にとって時折辛い映像もあるが、最近の私は全てを霊体にしっかり刻印して行くことに決めた。
 

私の実家のあれやこれやですっかり忙殺に巻き込んでしまった夫が、ようやく重い腰を上げてぽつりぽつりと発信を始めたようだ。
彼は未だこの世界に無い概念を、当たり前のようにつぶやいて行く。余りに当たり前につぶやいているので、時折その内容を見過ごしそうになるが、よくよく読むとそれはさっき芽吹いたばかりの新しい花のように、この世界を未知の輝きで照らしてくれる。
 

 

  

2022年10月7日 ツイートのまとめ

久々に恩師・三善晃氏にまつわるツイートや、私の過去世の断片を綴ったツイートが連発しました。
記録がてら、この記事に一旦まとめておきます。
 

 

 

 

 

 

 

Return to the Forest

先日私の住む町で大きなお祭りが開催され、町中がお祭り一色で塗り潰されて行きました。
数年振りの祭り開催で人々が賑わい集う一方で、街路樹の木々たちは次第に寡黙になって行きました。普段ならばむしろ私の方が「いい加減にやめて欲しい」と感じる程に大らかに歌を歌う木々たちが、町中で繰り広げられるお囃子やそれに群がる人々の喧騒に対して不快感を露わにする様子を、私はつぶさに感じていました。

お囃子と電飾を担いだ多数の山車で大通りが賑わい始めると木々たちは益々不機嫌になり、祭りが終わる時刻が近づくにつれ私は、その影響で全く起き上がれなくなる程の筋肉痛や強烈な頭痛に見舞われました。

 

 
この数年間で地球全土に広がった新型コロナウィルス・パンデミックの背景に自然神や地球上の精霊たちの思惑が潜んでいることに、どれだけの人たちが気付いているでしょうか‥。
 

色々な噂が陰謀論と抱き合わせに広がっては否定され、なじられたり揶揄されて来ました。ですが一つだけどこからどう攻めても崩れ落ちない事実があるとすれば、発祥不詳な前代未聞のウィルスとの闘いが現在も地球全土で続いていると言う事です。
 

最初は「グレートリセット」や大幅な「人口削減計画」等と言う言葉と共に否定されがちだった色々な噂が、次第に現実味を帯びて行く今日この頃。
段々と新型コロナワクチンの副反応(副作用)による危険な実態がSNS上でも明らかになり始め、これまで二度~三度とワクチンを接種して来た人たちでさえも「四回目は打たない」と言う密かな決断を選択しています。
 

問題はこのパンデミックが元々は自然神や地球上に点在する精霊たちの思惑の側であり、彼ら‥ 精霊たちは既に「人間」と言う生物を危険認定したと言う点にあるでしょう。
人類は数年間、生活に必要な必要最低限の活動のみに行動を制限し、兎に角人類全体が大人しくしてくれればその間に地球上の大気の汚染も改善され、さらには新たなウィルスの移動や拡散も防げただろうに、人間と言う生き物は群れて集って騒ぐことに躍起になり、地球各所でロックダウンが施行されても数か月とその沈黙を維持することが出来ませんでした。
 

たった数年間、人類が各々の場所で静かに生活を営むだけで良かったにも関わらず、多くのロックダウンは数週間から数か月間で解除され、その途端に上空をこれでもかと言う数の飛行機が移動し、地球の各所で大勢の人々が集う祭りやイベントが再開されて行く始末。
 

 
ヨーロッパの大半はその昔、全体が大きな森でした。その偉大な森を人間が無制限に開拓し、今の都会的なヨーロッパへと変えてしまいました。
今、木々たちや精霊たち、自然神等は人類の開拓によって失われた森を取り返そうと考えています。
 

そして心の中で、こう囁いています。
『どうしても私たちの願いを聞き届けてくれないのならば、人間どもよ、あなたがたが森になりなさい。』‥
これが何を意味するかを考えると、今現在起きているウィルス・パンデミックの真の理由と意味が必然的に明確になる筈です。

夫・天野玄斎の予言によれば、近い将来、特にヨーロッパの多くの都市が機能しなくなるとのこと。
つまりヨーロッパの大半が元々そうであったように、森に返るのです。多くの人々が強制的に土に返され、魂の一つ一つが木々として生まれ変わり、地球再生に手を貸すことが必須となるでしょう。
 

人類は先ず、群れて集って騒ぎ立てる生き方を止めなければなりません。
兎に角静かに、兎に角厳かに、自分の傍に常に小さな乳飲み子が眠っている時のように細心の注意を払い、大声を出したり大きな音を立ててはいけません。
今賛否両論を巻き起こしている「黙食」は、さしずめその人類に課された「寡黙の使命」の一つと思って間違いないでしょう。
 

人類が森や地球上の生き物の生態系を分断し破壊したのと同じく、次は木々や地球上の精霊たちが自らの意思で人間に同じミッションを課しているだけのこと。
人類は彼らの要求を先ず、完全に呑まなければなりません。
 

 

2016年7月2日、Didier MerahはSacred Forestと言うピアノ・アルバムをリリースしています。
 

 
このアルバムの冒頭の作品がReturn to the Forest

当初私はこの曲の本当の意味に、未だ気付いていませんでした。
ですが新型コロナ・パンデミックに数年間振り回された後の今、振り返ればこの作品Return to the Forestの本当の意味に気が付かざるを得ない状況に、自身が置かれているのを感じます。
 

これは単純に「森に帰る」と言う意味ではなく、精霊たちが、多くの森を奪った人間たちを全て地中に埋めて森を取り返そうとする意志を、無意識のうちに私が音楽に置き換えていたと言う意味に捉えて下さい。

勿論、皆様も既にご存じの通り、Didier Merahの殆どの音楽は予言と預言で出来ています。
当然不穏な予言に於いては、その予言を回避する旨も音楽の中に封印して配信しています。
 

危うさと凶暴性の共存 – Coexistence of danger and ferocity

表面的にはこの二か月間以上、「世界の音楽」の新譜チェックとプレイリストの更新を止めていますが、水面下では色々と動きが活発で若干忙しくなっている私です。
 
私自身の音楽の今後を見据えている時期と重なるように、各方面のタレント系或いはパフォーマンス系の裏方からのアクセスも増えています。
ですが私は自身の創作活動を最優先している為、今後「裏方」の仕事に絡む気が全くないことを、一先ずここで公言しておきたいと思います。
 

世界が負のエネルギーに強く揺さぶられ、明らかにマイナスの方向へと突き進んでいる現状に比例するように、ネット上に更新されて行く音楽も「負」の面を表にしながら後退しているように私には見えて仕方がありません。
特にピアノ・インストゥルメンタル系やLo-Fi系の新作の多くが音質及び楽曲構成に「歪み」を生じさせていて、何故そのような方向性に多くの同系統の音楽家たちが一気に突き進んで行こうとするのか、私はその状況に一種の恐怖を感じます。
 

 
最近知ったのですが、昭和のニューエイジ・ミュージックの先頭を切って走っていたカナダのアーティスト、アンドレ・ギャニオンが2020年12月3日にひっそりとこの世を去っていました。
残念なことに日本国内に、彼ほど良質なニューエイジ・ミュージックを生み出すアーティストが存在しません。
ですが類似品や模造品のようなものを作り続けているアーティストは若干居て、この「誰もが対等なスタンスで音楽配信の出来る」今の環境下で彼らは競うように切磋琢磨しながら、歪みの深い不可解かつ不快な音楽が多く配信されています。
 
特にアカデミックな教育を受けた人材が一度道を踏み外すと、ある種の自信や自負の念が悪い意味での拍車となりどこまでも転がり落ちて行ってしまうのは、傍から見ていて胸が詰まります。
自身が持つ「アカデミック」がつまらなく見えて来る瞬間があるのか、元々持っている秀逸な才能を破壊衝動の側に向けてしまう人たちが後を絶ちません。
 
ですが忘れてはいけないことを一つ挙げるとすれば、たった一曲の作品と百万曲の商材音楽とでは数の上では後者が有利だとしても、最終的に後世に受け継がれて行くのが圧倒的に前者であると言うことです。
その「たった一曲の芸術作品」を生み出す人の人間性もおそらく寡黙で頑固な故に、多くの商材音楽を生み出す人の「華」に圧されて負けてしまうような錯覚に瞬時的には陥るとしても、最後の最後は亀の速度で全ての小走りなうさぎたちを圧倒して行きます。
 

 
上の動画は亡くなったアンドレ・ギャニオンの作品の中で私が最も好きな一曲『Épilogue』ですが、原曲のリリースが古い為、サブスクリプションからの配信が遅れているようです。
 
アンドレ・ギャニオンのヒット作品と言えばめぐり逢い明日等が挙げられると思いますが、あくまで上に挙げた2曲は「商品」であり、「作品」と言うには出来栄えが悪すぎます。
にも関わらず、いかにも目立ってメディアや広告業界が推している作品の方へとリスナーを誘導して行く流れは相変わらず止まることが無く、いずれそれがどこかの時点で決定的な音楽文明の消滅の引き金を引く日が来ることを、私はとても危惧しています。
 
多くの人々は目に見える「滅び」に直面しなければ、のらりくらりとそれまでの物事の流れを維持出来ると思っているようです。

私自身、こうして自分以外のアーティストの作品を紹介したり評論したり‥ と言うアクティビティーで、衰退の一途を辿って行く音楽文化の維持に手を貸している一人なのかもしれません。
ですが少なくとも「正しい音楽」或いは「良質な音楽」の紹介や、それらの見分け方のヒントを丸ごと公開しており、少しでも良い感覚を持ったリスナーが自信を持って他の人たちに胸を張ってその旨を伝えられるよう、沈み行く音楽文化の下支えの一端を担えれば良いと考えています。
 

 
先日、少しだけプレアデス星のセムヤーゼ女史と「音楽」の話になりました。
彼女こそ地球上で当時最もヒットを飛ばしていたビートルズのロックンロールに傾倒した一人でしたが、或る件で長い長い眠りに落ちてそこから目覚めた時に最も聴きたい音楽がビートルズでも何でもなかったと、私に話してくれました。
先日崩御されたエリザベス女王に関してはと言えば、女王の中で今も生前の記憶として残っているものを挙げるならば「パイプオルガン」と「クラリネット」の音色だそうです。

両女性共に単旋律を聞き取る力は備わっているものの、コード(和声)やコード・プログレッションを聞き取るには至らないようです。
 
つまり人間の場合(プレアデス人も含む)、一個の音楽を聴く時に最初で最後に心と記憶に残るものは歌詞でもコードでも表現者の声色でもなく、単旋律の美しさのみだと言っても過言ではないようです。
 
いつか訪れるその日があるならば私は、是非プレアデス星のセムヤーゼに自身の音楽を届けたいと言う夢を抱いています。
それは私の創作の目下の課題の一つであり、今世で辿り着く可能性のある最終ゴールとなるかもしれません。
揺れる黄色いテープを目指し、これからも預言や予言、或いは自然神の声をそっと封印しながらの私の音楽作りの人生は止むことなく続いて行くでしょう。
 

最後の音色 – The sound of Last Bagpipe

BBC放送のYouTubeで放映されたエリザベス女王の葬儀の模様を、私は切なる思いで何度も見つめていました。
 

女王との神人共食が始まってから私の食生活に若干の変化が訪れ、特にそれまで多くのシュガーを投入して飲んでいたミルクティーからシュガーを完全に抜いたことは、言ってみれば大きな変化。
女王が最も好むミルクティーの飲み方は、それまでのミルクティーの味を私の中で大きく変化させました。
 

 
別れは一気に訪れるようで居ながら、違うのかもしれません。

実はその日を先延ばしにして来た自分の言動に少し後悔をしつつ、やはりこの機に私は或る人との永別を決めました。
勿論その方に悪意はなかったのかもしれませんが、結果として私への多くの嘘を否定出来なくなった今、私がその人の人生に関わり続けることで本来の彼女の人生ではない、異質な人生を彼女に歩ませてしまうことに対し大きな違和感を感じたのです。
 

それはいつものように、私から切り出す形になりました。
結果として先方から私に返って来た一通のメールが彼女自身から自らのそれまでの矛盾と虚偽を露呈する格好となってしまったことは、誠に残念でした。
ですが夫は既にその結末を知っており、「だから彼女には無理だと何度も言ったでしょう?」と言い含められると、流石に私自身の決断力の鈍さに腹が立つばかりでした。
 

時に愛情が執着となり、余計な言動に及び、結果的に私を含む両者の心に傷を付けてしまうことについては気付いていながらも、なかなか私の決断が至らなかったのだと思います。
私のエアリプに対して返って来た彼女からのメールには(私から見れば)意外な言葉が綴られており、それが仮に彼女の真実の思いだったとすれば、昨日まで彼女は私に多くの嘘を吐き続けて来たことになります。

嘘つきは大嫌いです。
 

 

人やもの、生き物を愛するエネルギーが、私は強すぎるのかもしれません。
愛兎のマイケル(故)は彼の純粋さが故に、最後の最期で毒母の霊魂の欠片をマイケル自らが見つけ出し、完全に嚙み砕いた瞬間に昇天して行きました。
彼の命がけの祈りで私たち夫婦は救われ、それまで難航していた転居がいきなり捗り始め、さらには母が、死んでも尚手放したくなかったと思われる隠し資産の発覚へと繋がって行きました。
 
不器用でもいいの。私は純真無垢な者々に、ただ包み込まれて生きて行ければ良いと思っています。
 

余談ですが、エリザベス女王の葬儀の最後のバグパイプの音色は余りにも美しく孤高で、永遠に聴いていたい音色でした。
 

小さな日記

とある出来事から生活環境が変わり、生活環境の変化が食生活の変化を生み出した。
食生活の変化はものの考え方の基本を根底から揺るがし、昨年まではただただ倹約(節約)に忙殺されていた暮らし方の根底が見事に変わった。
 
つまりそれまで観続けていた貧乏飯の動画を観る必要がなくなった。
 

 
何かと味の素を乱用している某YouTuber(リュウジさん)の動画に逐一キレていた日々を脱し、今はオテル・ドゥ・ミクニさんの動画から多くを得ている。
良い食事と食生活は時間のゆとりを生み出し、それが家庭で作る料理の質そのものを向上させて行く。
 
因みに前回の転居の理由はDidier Merahのアンチから夫婦二人の身を守る為の一種の避難行動だったが、今回はそれとは違う。
これまでの人生に必要だった荷物や生活必需品の大半が、要らなくなった。
新居に持ち込める荷物は限られている。教員免許と卒業証書以外、荷物は何も要らなくなるかもしれない📦
 

 
生まれて初めて大粒のルビーのペンダントを買った。これ、なんと2カラット。
 
他の石も少しずつ揃えて、アクセサリーBoxが少しずつ華やいで行く。‥するとそれまで身に付けていた天然石のブレスレットが、あからさまに釣り合わなくなった。
良いものを知るとは、こういうこと。
 
両耳合わせて4つのピアスホールを空けているので、ついでにダイヤモンドのピアスも買った。半年前まで付けていた複数カラーのジルコンのピアスを、遂に手放す時が来た。
身のこなしがどこか堂々として、それが新たな優雅さを醸し出す。
対人関係にも大きな変化を余儀無くされている。

だがここは注意すべきポイントで、私がどう変化しようがしまいが変わらず関わって行くべき人たちのことを、私は忘れてはいけないと思う。

※勿論私がみすぼらしい身なりだった時から私の本質を見抜いて、そして分相応の接し方をして来て下さった人たちに限る。

 

アフタヌーンティー

生まれて初のアフタヌーンティーを、都内(都下)某所のホテルで堪能しました。
 
昨年暮れに始まった実家の遺産相続手続き中の私たち夫婦は毎日美食を堪能しているように見えるかもしれませんが、この57年強もの期間実家の支援を殆ど受けられず、身の丈に似つかわしくない極貧生活に近い暮らしに耐えて来たことを思えば、このくらいのプチ贅沢くらいは良いのではないでしょうか。

エリザベス女王崩御後、私たちは欠かさず女王との神人共食を続けています。
恐らく庶民の大半が知らなかったエリザベス女王の知られざる苦労談話を今、このタイミングで聞いているのは私たち「テレパシスト」の二人だけでしょう。
 

 
各々の苦しみは、その血筋を引く者同士でなければ分かり合えないのかもしれません。
思えば実母もその一人であった筈ですが、彼女はどこかの時点から人間的に転落して行ったように思います。
その切っ掛けがあたかも顔に障害を持って生まれて来た私のせいであるように、母は親戚じゅう、そして彼女に近しい知人たちに話して歩いていたようです。

その間私は何ら抵抗や反発の機会も与えられず、昨年2021年の12月26日までの間、家族や親戚全員の私に対する蔑視や差別、排除行為等に及ぶ数々の苦境を耐え抜きました。

勿論合法的な手続きを経て譲り受けた資産の使い道の最優先順位として、私自身の音楽活動及び夫・天野玄斎の活動資金が上位に挙げられますが、その他に私たち夫婦はしかるべき団体への寄付も視野に入れながら、今それらの運用について日々話し合っているところです。
そんなさなかの食の楽しみさえも、私はすべて創作活動の糧になれば‥ と考えながら生活しています。
 

豊かな食は豊かな時と素晴らしい人間関係を生み出し、そのすべてが一つも漏れずに私の未来の音楽作品の礎になると信じています。
 

フカフレの姿煮

 
明日は待ちに待った中華料理の秋のフルコースを堪能する予定を立てています。
料理長や店舗マネージャーとも和やかに歓談が弾み、今日の夜は前祝いのような厳かな中華料理も堪能して帰宅しました。
 

Queen Elizabeth, forever…

人生57年と強、どんなキタナシュランなお店の食事であっても何かしら良いところを一つは探し出し、ささやかに慎ましく私は食を楽しんで来ました。
実家の金銭状況が余り豊かではないと信じ込まされ、学生時代には小さなレコードショップで販売のバイトをしたり、町中の宴会場の結婚式等のピアノ演奏も率先して引き受けて来ました。

ですが昨年実母が他界し、そのことで色々と母や実家の過去を調べて知って行くうちに、私がそれまで知らされて来たことの大半が母の作り出した虚像だったことに気付き、愕然としています。
一方で私がそれまで知らされて来たことの大半が母の虚偽ならば、むしろ私は堂々と母が遺したものを57年間の実家からの慰謝料として受け取るべきであり、その現実に素直に従いながらの現在があります。

 

 
2022年9月9日、英王室エリザベス女王がお隠れになりました。

タイミング良く私が私自身のルーツを知り始めた時の、英(スコットランド)女王の訃報は、今の私にとってことさら深い悲しみに加えシュールな霊感の戸をさらに大きく開けたように感じています。
 
昨夜の夕食はそんなシュールな感覚が全開の中営まれ、私たち夫婦の直ぐ傍に女王の御霊が佇まれ、慣れない神人共食を為されていました。
享年96歳の女王はその年輪の中の穢れの一つも感じさせない、まるで精霊のように純粋で穏やかであられるように感じました。

 
このところ体調を崩していた私も少しずつ浮上傾向に改善し始めた矢先のエリザベス女王の訃報の日、私は実家に郵便物を取りに向かい、その足で美容院に行き、髪を切りました。
今回はパーマもかけずトリートメントを2回施して頂き、サロンでは何となく私の遺産相続やら私のルーツの話題に花が咲き、そこはかとなくすっきりとしない情感を抱えながらも担当美容師さんの軽快なジョークに少しだけ励まされながら数時間を過ごし、電車半分~タクシー半分で自宅まで戻りました。

それから少しして‥、私と夫、そして女王の御霊をお招きして静かに執り行われた夕食の儀のような神人共食は、いつもとは少し違う味(味覚)が印象的でした。

 


祈り。
目的も終着点もない祈り。
それを生涯掛けて突き通されたエリザベス女王と、私とはどこかで幽かに(現実的な意味合いに於いても)繋がっているようです。
ここではこれ以上詳しくは書けませんが、これはおそらく事実です。

私はこの軌跡を、次のピアノ・アルバムに表現したいと今、考えています。
 
美味しいものを、食べたいものを食べたい時に何の気兼ねなく、自由に頂けるようになった今の私は、ただの美食家におさまるつもりはありません。
さらに創作に磨きをかけるべく、私は私本来の人生の軌道に戻り、私らしく豊かに送って行きたいと思います。
勿論自分自身の為に。そして愛する地球や、今の私を形成している本来のルーツを特に意識しながら。

何より女王が今日まで貫き通して来られた「祈り」を私なりにさらに深く突き詰め、それを音楽作品に投影して行くこと。
それこそが私のミッションであることを昨夜、再認識しました。


エリザベス女王、今日までの長きの波乱の人生‥ 本当にありがとうございました。
どうか安らかに、私たちをお見守り下さい。
 

母の誇りと「墓じまい」について

我が家は現在、絶賛引っ越しモードの最中にあります。

所謂‥ トラックで旧宅の荷物を一気に新居に運び込むのではなく、旧宅に荷物をある程度保管したまま新居を一から作り込むやり方で部屋作りを進めている為、通常の転居よりは少し時間と手間が掛かりそうです。

家具も一から夫が測って購入して組み立てているので、梱包を解いた後の段ボールの処理等を考えると二日から三日に一個の家具を増やして行くのが精一杯。
 

そんな中、母が未だ某所に資産を隠していたことが判明し、一旦終了した筈の遺産整理が再開されました。
ここは専門家の司法書士や税理士さんにお任せして、私たち夫婦は新居のお部屋作りの続きを継続しています。
 
急に重い荷物を担いだり環境の変化、その他シュールな変化などが続いた為(あるいは愛兎のマイケルの死で未だ私のメンタルが重く落ち込んでいる為‥)、一度更年期で終わった筈の「月のお客様」が再びお見えになり、ここ数日間はかなり酷い腰痛に悩まされている私。
 

 
現役の伴奏者時代に使っていたファイテンの腰痛サポーターを思い出し、先日遂に店舗に出向いてペンダントを含む色んなグッズを買い込んで来たところです。
 
旧宅でかなり古くなった固い布団に寝続けている間に正直かなり腰や背骨に負担が掛かってしまい、それが数年振りに急遽訪れなさった「月の訪問者」とも重なって、数日間殆ど布団から起き上がれずに居ました。
でも少しは体を動かした方が良いと思い、昨日の土曜日の夜にようやく馴染みのレストランにカジュアル・フレンチのプチ・フルコースを食べに出かけて来ました。
 

そこで出されたキャロット・スープが脳天を突き刺す美味しさで、前菜とメインディッシュの間とメインディッシュの後にもう一度、二度は飲まなければ帰れないと思い黒服さんにお願いしてリピートさせて頂きました🥕
 

 
今はもうない「グランドパレスホテル」では定番のこのスープが、都下の小ぶりなホテルのレストランで復活し、それを私たち夫婦は殆ど毎日頂くことが出来ているわけですから、これ程の名誉と幸福はありません。
 

そう言えば今回再燃した二度目の遺産相続ですが、一体母は何から自分自身と資産をここまで頑なに守り続けて来たのでしょうか‥。


先々週某日に或る封書が実家の郵便ポストに投函され、それを数日遅れで私が郵便ポストから拾い上げました。
普段の私ならばそこまで綿密に迅速に実家の手紙に対応することはないのに、あの時だけは違いました。封書をポストから受け取った翌朝に差出人として書かれていた銀行に電話を入れると、案の定そこには母がセキュリティーをMAXにした状態で温存していた銀行口座が存在し、それが未だ生きた状態で保存されていたと言うのだから、これにはさすがの司法書士さんも驚いたことでしょう。
 

 
ここからは一部私の、持ち前のテレパシーで受信した話が挟まります。真偽の程は五分五分と言う前提でお読み下さい。
 
母は生前、弟・大輔(故)の奥様の「りえさん(仮名)」に、何度か「自宅を譲りたい」旨の話をしていたようです。
最初はそれが母の本当の気持ちだった筈が、その件にまつわる一連の会話の中で母が(自身について)某王室の血を引くと言う話を「りえさん(仮名)」に伝えたことがあり、それを聞いた「りえさん(仮名)」の反応がどこか冗談でも聞いた時のようなふざけた表情だった為、途中から母の気持ちが変わったようです。
 

勿論この話は生前の母から直接聞いた話ではないですが、私は経歴にも書いてある通り「チャネラー」であり「テレパシスト」でもあるので、この辺りの話はもしかすると知っているのは「りえさん(仮名)」と私の世界でただ二人だけかもしれません。
 
以前一度だけ、Instagramで遭遇した‥ 表向きは「りえさん(仮名)」の知人と言う体(てい)の「エル〇〇ト(HN)」と言う人物が、誰も(私も)知らない母の事情を自分だけが知っている‥ と匂わせるようなメールを私に送信して来たことがありました。
仮にそれが真実だったとすればそれは、迂闊に第三者には話せない内容である筈。ですが問題はそこではなく、本来ならば「エル〇〇ト(HN)」しか知り得ない筈の話を、実は私が知っていたことの方でしょう。
 
音声に乗らない話を聞き取ることは、天界の音楽を聞き取るのと同様私にとっては日常茶飯事の動作にすぎません。

 
再開した二度目の遺産整理(相続)の元となった母の隠し資産の内容を見た時、それはただの数字の羅列に過ぎないにも関わらず私の目には、どこか特別な思いで母が内密に誰かから譲り受けた資産ではないかと直感しました。
 
母の口癖だった「ママはね、〇〇ダ〇伯爵の血を引いているのよ。」と言う言葉を、私は今でも忘れることが出来ません。
考えてみれば叔母の「昭子さん(仮名)」も面立ちが、現・英国の女王にとてもよく似ていました。これ以上の話については明言することも執筆することも私には現段階では出来ません。
ですが過去にお二人だけ、我が家の血筋について調べた人物が居て、その方々からは母が確かにそうした海外の王室の血筋を引く人物らしいと言うご報告を受けたことがありました。
 
母の誇りは本来ならばとても崇高なものである筈。ですが、彼女は余りに性格が歪んでしまい、最終的にはその崇高な資産を家族の誰にも悟られぬように独り占めし、誰の為に役立てることもなくこの世を去って行きました。
 
母の何よりの誇りは資産ではなく、おそらく「格」だったように思います。
 
本来持っていた筈の「格」を無謀に歪められた経験を持つ人は、往々にして性格がどこかの段階でねじ曲がってしまうことがあるようです。
私もその一人でした。ですが現・夫が偶然にも神武天皇の血を引く人だった為、私自身が抱え込んでいた性格の歪みから見事に私を救い出してくれました。
なので、私は母のような捻じ曲がった性格を、人生の半ばで修正することが出来たと思っています。
 

母にとって、もしも彼女の歪んだ性格を修正する機会を得られた時があったならば、仮にその切っ掛けになれたのはもしかすると私だけだったのかもしれません。
何故ならば私は母から聞いた「血筋」の話を真面目に受け取り、彼女の話に対して冗談めかした嘲笑を投げ返したことなど一度もなかったからです。
せめて母がその段階で私に対する「娘排除や差別」への執着に対する過ちに気付いて方向転換をしていてくれたら、母はあんなに寂しい最期を迎えずに済んだのかもしれません。
‥とは言え、もう後の祭りですが。
 

 
我が家の新居のお部屋作りは、暫くの間続きそうです。
この記事は先日夫が購入してくれたノートパソコンで書いていますが、未だ操作に慣れずに所々改行やらあちこちのレイアウトに難航しています。
 

とは言え我が家はこの転居の後に、母の遺骨の整理その他実家自体の清掃などが控えています。
これはInstagramの中では既に綴っていたことですが、実家「山田家」の墓じまいを予定しています。これについては弟・大輔(故)の奥様があらかじめ、山田雅枝(母)の遺産強奪計画書の中でも書いていたことなので、私は彼女「りえさん(仮名)」の意思を尊重し、父・寛、弟・大輔を含む家族三人のお墓をたたむ予定です。
 

 

今年の1月以降、私から数名の親戚に宛てて母の訃報と私が置かれた立場について、書簡を送りました。ですが親戚は誰一人、返信をよこしませんでした。
彼ら・彼女たちの中では私は「親戚の輪から排除すべき存在」と、誰かに叩き込まれていたのでしょう。ですがそうするか否かはあくまで個人の良識の問題です。
母の死から約9ヵ月間、時を経て様子を見て、これ以上全親族の間違いを継続させておくわけには行かないと言う判断に至りました。
ですので私は私の手で、「山田家」の墓じまいに踏み切ることに決めました。
 
現在私は「山田家」の唯一の法定相続人であり、墓地の管理者でもあります。
その私が弟・大輔(故)を含む私以外の家族全員の墓じまいに至るのは、至極当然でもあり、もう諸々じゅうぶんではないでしょうか‥。
 

よって弟・山田大輔(故)のお墓詣りも間もなく出来ない状況になりますので、この記事で告知させて頂きました。
これまで我が家、山田家の三人を厚く愛して下さった皆様へは、この場をお借りして娘であり法定相続人の私からお礼を申し上げます。