日々の言葉 2026/10/19 ~ 2026/10/25

目次

・26/10/19 Mon. 『Blue Monday』
・26/10/20 Tues. 『知らない人たち』
・26/10/21 Wed. 『軌道修正』
・26/10/23 Fri. 『届かない荷物』
・26/10/24 Sat. 『タイムトラベル』
・26/10/25 Dun. 『生き方』

26/10/19 Mon. 『Blue Monday』

よくよくみたら、月曜日って日記を書かないことが多い。
理由の一つが「憂鬱」、月曜日特有のあれね。この先長い一週間の予定を見るだけで気持ちが塞ぐ。
思考も動作も鈍りがちで、そういう時は周辺の状況も同期して鈍って行く。どうせ誰も見ていないんだったら、ま、いいか、と言う気の迷いが強まって、結局頭痛と風邪を言い訳にして一日ダラダラ過ぎて行く。

と思いきや、夜間にはがっつり出詠 & 投句も済ませたから、誰か「偉かったね!」って褒めてください(笑)
 

26/10/20 Tues. 『知らない人たち』

SNS「note」を見直している。と言うか、整理している。
「整理」と言う言葉は余り好きではないけど、他人軸?で生きていたら私の人生がパンクするだけ。なので物事の変わり目に来たなと思った時は、思い切って断捨離して行く。
 
知らない人の人生って、意外に自分の生活に侵入しやすい。なのでどこかできっぱりと割り切って切り離して行かないと、SNSも日々の記憶も気づくと「知らない人」の記録で埋まってしまう。
私が視ている外界の情報量と、先方が視ている此方の情報量。そのバランスを自分で操縦しないと、人生を振り回されるだけ。

人は自分が望む程、此方の話を聞いてない。ならば私も、人の話なんて聞かなくても良いよね?

愛してくれる人とだけ関わって居たい。願わくば。
 

26/10/21 Wed. 『軌道修正』

その相手を好きでも嫌いでも共に居ることが出来なくなるような場面に、これまで何度も遭遇して来た。
だからと言う訳ではないが、方向転換には余り躊躇がない。迅速に決めて、動く。

考えて考えて考え抜いて‥ と言うプロセスを徹底的に短縮して、直感が降りて来たタイミングで瞬時に行動する方が良いと私は思って居る。
色々あってー‥とか四の五の言って結論を先延ばして、一週二週回った頃には「時すでに遅し」と言う事が多かったから、おそらく私は人の20~30倍速で生きて居る。
これでもゆっくり歩んで居る方だ。

なるべく衝突を起こさぬように、優しく潔く火種から遠ざかる。先方が自身を火種だと気付くもっと前の段階で、私は既にそこを立ち退いて居る。

相手がそれらを冷静に振り返るには数年から数十年の時を要するだろう。
何せ私は予言者である。他者の理解を待って居たら、私だけが窒息するに違いない。
自分の身は自分で守る。
 

26/10/23 Fri. 『届かない荷物』

このところのAmazonの配送の状態が酷く、予定では水曜日に届いていた筈の荷物が土曜日の夕方到着した。
電話で問い合わせてみると珍しく日本の女性が対応し、「ドライバーの数が足りなくて、配送が間に合っていません。」との返答。だったら、あたかも当日運んでくれるかのような表示自体をしなければ良いのに‥ と思う。

水曜日到着予定の荷物が実際に発送されるのが、当日の未明(3:00AM頃)だっりする。当然のこと、最寄りの倉庫に荷物が到着するのが昼過ぎになるわけだから、持ち出される時間は夕方以降になる。それで夜間に配送しようとすると当然、置き配で設定されたAmazonのタイムスケジュールには間に合わず、先日のようなおかしなショートメッセージが届くような事態になる。

ま、クヨクヨとあれこれ考えたところでどうにもならないし、とりま眠る。

矢継ぎ早に遠い海上で台風の子どもが育つので、その度に精霊の強い引力に引っ張られる。頭痛が止まない。
 

26/10/24 Sat. 『タイムトラベル』

 
伴奏家を撤退してからかれこれ15年は経過しているが、当時は真正面から聴けなかったブラジル音楽今頃聴き返している。
職業が絡むとその過程で下手な歌手や楽器奏者とも関わらなければいけなくなり、どうしても心が荒んでしまう。当時聴き逃していたブラジル音楽の美しさが、今頃になって胸を熱く撫でる。

こうして人は大切なものを逃して行くのかと思うと、思わず襟を正す思いだ。今の私を包み込んでいる現実やネガティブな状況も、いつか振り返る時が来たら美しい思い出となって、頭上に再び美しい雨を降らせるのだろうか。

今月末で結社を各一つずつ、フェイドアウトすることに決めた。勿論会費を納めているので読者としては居続けることになるが、そこが表現者としての私が居るべき場所ではないことを先の件で噛みしめた。
相方とも何度か話し合い、結論に帰着した。

転機は静かに訪れる。それはいつものことだから私はそっと、そっとその輪を立ち去ることになると思うけど、いつか先方が気付いた時に何を感じてくれるのか。そんなことももう、一切考えないことにした。

私が歩んで来た変遷は、誰にも理解出来ないだろう。
500年前に詠んだ漢詩の一部を今でも記憶していることなど、その状況や心情や痛みがどのようなものだったか‥ など、人に理解して貰おうと思う方がきっと間違っている。
私が普通の人の30倍速で生きていることも、私が霊体に膨大な記憶を摘んで現在に至ることも、きっと誰にも理解することは難しいだろう。

私は旅をしている。幾つもの列車(肉体)を乗り換えて、その時々の経験を噛みしめながら。
ただそれだけのことだ。
 

26/10/25 Dun. 『生き方』

 
人と関わる事が苦手なのは昔からで、それは私の生まれ付いての容姿に起因する。
どれだけ思いを掛けても多くの場合、人は私の容姿に価値が有るか無いかで判断し、実質的には相手に掛けた思いが無価値に近く扱われる事の方が多かった。

だが年齢を経て来た今、少しずつその悪情況が逆転しつつある。勿論私の価値を分かる相手にそれは限定されるが、やはり私は予言者だから人が言わないような問題点をバッサリ指摘する事が多い。
その問題点に突き当たった人の中で、私の価値はそれまでの容姿至上主義から一気に逆転する。

過剰な謙虚さが仇になることを、神界からは度々指摘される。
持ち前の気前の良さが「扱いの軽さ」に繋がる点については自分でもよく分かって居るが、「人に寄り添う」気質をリラの巫女時代に培った記憶と習慣とが染み付いており、最近は意図的につっけんどんに人と接するよう心掛けを逆転させている。

晩年の千利休は敵味方の隔たりを極力取り払った生き方をしており、それが自らの命を断ち切る結果へと繋がった。当時私は忍びであったが、忍びとしては身に余る待遇を利休に受けていたことを今も忘れない。
だが同じように現代の人々と接するには、私の容姿が壁になる。

私が私らしく在る為には、自分が思う百倍は人に冷たく当たるべき。そうしなければ、私が無価値な人間として扱われることを、今世の多くの経験で学び過ぎる程学んで来た。

私は陽炎ではないし、ゴミでもない。
見た目がどうあれ歴とした人間であり、見えないところに多くの蓄積を持って居る。
その蓄積と経験は適切に活かさなければいけないし、それを軽んじる相手とは距離を置かなければいけないと、あらためて肝に銘じて行く。
 

noteバージョン:https://note.com/didiermerah/n/n7d780a3eecf9

日々の言葉 2026/10/12 ~ 2026/10/18

目次

・26/10/13 Tues. 『企業秘密』
・26/10/14 Wed. 『裁判の行方(MHJ)』
・26/10/15 Thur. 『染まる』
・26/10/16 Fri. 『評』
・26/10/17 Sat. 「音楽の行方』
・26/10/18 Sun. 『噴水塔』

 

26/10/13 Tues. 『企業秘密』

数か月前までは各読書系SNSに読了日記を書いていたが、最近その作業を止めている。
歌人/柳人の端くれではあるがその過程で読んだ本は、一首の企業秘密に該当する‥ と言うのは、とある神からの貴重なアドバイスであったが、その通りだと思った。
日常を明け透けに晒し過ぎることの危機意識を、あらためて心に留める。
 
毎朝7時に起床(或いは7時まで起床)して行う日々の資産管理と作歌 or 作句、これを済ませておかないと何とも落ち着かない。
なので概ね私は朝の7時には起床しているが、必ずしもメールに返信が出来る状況ではない旨、隣国の友人にそっと伝える(笑)。

慣れない韓国語(Google翻訳)をただ並べてメールを送信しているのだが、大方先方には此方の意図が通じていて良かったと思う。

某MHJ裁判も、そろそろ佳境に差し掛かって来たようだ。
 

26/10/14 Wed. 『裁判の行方(MHJ)』

或る弁護士よりメール。
「Min Hee-jinは、NewJeansの盗作を主張したとして名誉毀損と業務妨害の疑いで検察に送致されました。」(https://n.news.naver.com/article/088/0001034172?sid=102) ⇦ との進捗あり、と。

最近日本の雑誌「Casa BRUTUS」に取り上げられたMHJの自宅映像、あれは一体何だったのだろう?と言う疑問が晴れない。
確か一連の裁判の過程に於いて、自宅が差し押さえられたばかりだと韓国のニュースでは報道されていたと記憶しているが‥。
 
逃げても逃げても、人は法からは逃げられない。
そこに某自然神の「神の一手」が振りかかり、私はその神と霊体を繋げている。つまり一心同体と言う意味。

術式とは何?
開運とは何?
この世界には多くの偽善と怪情報が渦巻くばかりだが、それを正し導く手立てについては今は未だ思いつかない。
 

26/10/15 Thur. 『染まる』

 
秋なので髪を染めた。
このところ白いものがふつふつと増え始めたのは自然なことだけど、私以上に美容師がそれを気にしているらしい。
激しく染めずに気品のあるブラウン。光にあたると、ひと昔前のリカちゃん人形の、あの金髪が揺れ動く程度。

Kindle Paperを持参したものの美容師三名の雑談が止まず、半ば逆接客状態に。
これも又いつものこと。

ぐったりしながら夫が待つファミレスまで戻り、本来なら余り口にしてはいけないマスカットの「ちょこっとパルフェ」を胃袋に仕舞い込む。
きっと新たなウェイトも仕舞い込んじまっただろうなぁ‥。

ダイエットは明日から(笑)
 

26/10/16 Fri. 『評』

本音を言うと、記念誌に「評」は要らないと思う。
何故それが必要なのか、いつかご本人に尋ねる日は果たして訪れるだろうか‥。
 

 

26/10/17 Sat. 『音楽の行方』

毎週末恒例の「世界の音楽」チェック、今週末は悲惨な状況だった。
ここ最近ずっと悪状況が続いていたことを受けて、お気に入りのアーティストを少し整理している。

私の感性が変わっただけでなく、世界の状況が目に見えて悪化している。
例えばフランスはパリの暴動だったり、異常気象からそもそも今年のワインの出来は良くないだろうと言う見通しだったり、移民問題が後手後手になっているのは日本も他人事ではない。

相手はヒトではなく、宗教だ。そのうち思いもよらない場所に平然とモスクが建ったりして、もっと深刻なトラブルに発展すると私は見ている。
そこまで差し迫って来ない限り誰もが見て見ぬふりで、先回りでその問題の火消しを行う人もそうそう居ないのだろう。

日本バレーを見ても一目瞭然、追い詰められなければ戦わないのが日本人。まして私がちょっと予言した程度では「証拠不足」と一吹きされて終わりである。

何より世界的に音楽が、音を失い始めている。
 

26/10/18 Sun. 『噴水塔』

 
Web古書店から購入した加藤治郎氏の歌集「噴水塔」が、想定よりも大幅に遅れて到着。
実はうっかり二冊買ったのだが、もう一冊目の方が注文が早かったにも関わらず発送されていなかったので、そちらは一旦キャンセルに。

体調が優れないので寝室で歌集をめくり始めたが、流石に寝室読書には不向きな一冊である。
姿勢を正して読まなければいけないと思い、一旦本を閉じる。

海上に台風が生まれると、決まって重い頭痛に見舞われる。今年はそれが頻繁で症状がキツく、季節を跨いでも終わる気配が無い。
完全に異常気象だ。低気圧性の頭痛ではなく、台風に宿る精霊が活発化する時のそれである。
霊障とも言えるだろう。

段々とコーヒーが効かなくなって来たが、出来る限り頭痛薬は体に入れないよう努めている。
 

⇧ 今静かに温めて育てているプレイリストです。よろしければ是非、お気に入りに加えて頂き聴いて下さい。

 
noteバージョン: https://note.com/didiermerah/n/n00b23bc61791

【JOY 2 (初回生産限定盤) – 山下達郎 (特典なし)】 #NowPlaying http://www.amazon.co.jp/dp/B0HCV192HP やはりLiveは演奏が雑になる‥ と言う印象。そのくせ山下達郎の遊びのないvocalがLiveには不向き。バックが悪目立ちして聴こえる辺り、本人は気にならないのかと言う疑問が先に立つ。#山下達郎 #JOY2

— ディディエ・メラ (Didier Merah) (@didiermerah.bsky.social) 2026-10-19T19:24:06.488Z

日記まとめ 2026/08/16 ⇨ 2026/08/23

【26/08/16(日)『送り火』】

 あちらこちらで送り火が焚かれ、自宅のマンションの換気扇を伝って微かな火の匂いが侵入して来る。
 私はと言えば特にこの二日間は、複数の連作の作歌に集中していた。集中が一度始まるとそれは際限なく続き、途中で休息を挟むとぷつんと糸が切れるように集中力が折れてしまう。だから一度エンジンを掛けたら止められない。
 
 短歌連作の作歌は全部で三作、内二作は〆切まで余り日数が無い。夏休みだと言うのに外出も外食も全部後回しにして、朝から晩までひたすら書籍を読み音楽を聴き、合間にちょこちょこと作歌をして行く。
 今月は川柳の「或るコンテスト」へのエントリーも決めており、二句詠とは言えじっくりじっくり練って行く。

 結社の一部をお休みしようと思っていたのだが、どういうわけか堰を切ったように湧き出て来るものがあるので、結社出詠用の作歌も同時並行で進めて行く。
 全体的には好調である。

 数時間前に大文字焼きが点灯され、そして先ほど「終わったよ。」と言うメールが知人から届く。

 静寂。
 一人、又一人とお帰りになられる方々は今、何を思っているだろう。
 祈りは無休だから、私はことさら手を合わせることはしていない。形より大切なものがあることを日々感じ、日々念じて生きているので。

 いつかは私も送り火に見送られる日が来る、それまではしっかりと地に足を着けて生きて行こうではないか。
 

 
 

【26/08/17(月) 『観察と監視』】
 

 

【26/08/18(火) 『出詠三昧』】

 何となく良いことが続いているような、そんな手応えを感じる日。短歌『ゆに 8月「今月の風」ー会員作品を読む』で、励みの一票を頂いた。投句のステージを変えれば目にする人も変わり、それによって評も大きく変わる。色んなことが少しずつ開花している。
https://x.com/uni5752021/status/2089536853586358688

 併せて一気に「カクヨム」と次号の「うたそら」への出詠と一評の提出を済ませ、合間に来月出詠予定の「塔」の原稿を練って行く。合間に日々のお題への回答歌もポストし、さらにその合間に「日記のまとめ」をメインブログ「Didier Merah Blog」とnoteに同期で投げ込む。
 
(※諸事情にて日記の後半を省略します。)
 
 

【26/08/19(水)『壊れた言葉』】

 抜け殻のような一日を過ごす。昨夜複数の出詠/投句を終えて、まるで戦い直後の兵士のようなメンタルに落ちてしまった。そのタイミングで某句会に投句された他の柳人の面々のおかしな句にアテられ、気が狂いそうになった。
 
 現代川柳が悪いとは言わない。柳人によってはとても良い句を生み出しているし、美しい日本語も維持されていると思う。だが皮肉にも私が最初に参加した結社が、最近怪しい。日本語が崩壊しており、それを現代的だ‥ と勘違いしていることに気付いていない。
 現代音楽と現代川柳のネガティブは、どこか似ている。基本を踏まないらんだむ性を「現代性」と勘違いしており、その勘違いの句を結社のTopが引き続ける限り負の連鎖は止まらないだろう。そしてそれを「お洒落だ」と勘違いする後輩が後に続く。
 そろそろ引き時かもしれないと、心の声が響く。実際にそうするかどうかは分からないが、居心地の良い別の居場所にそっと移動するかもしれない。

 そんなこんなで気持ちが塞いている時に、Amazonの配送員が郵便受けではなくエントランスの台にとても大切な荷物を放置して立ち去ったとの一報。その部屋に住む人の個人名が外に漏れた形だ。保安上、とても危険な状況が起きてしまった。
 直ぐにカスタマーセンターに連絡をして、該当の営業所とドライバーにペナルティーを課すよう要求した。勿論これは正当な要求でありご丁寧にドライバーは写真を残してくれたので、その通りになるだろう。

 色々うんざりしている。
 
 

【26/08/22(土)『ベラルーシの林檎』】

 毎週末は世界の新譜チェックに追われ、Spotifyのプレイリストに良局を足して行く作業に追われる。未だサカモトリュウイチ氏がそれをやってなかった頃から私は、iTunesやYouTube等を通じて世界の良曲をセレクトして発信していた。
 今週末もその作業を継続しているものの、特に夏以降は良曲に出会わなくなった。良いなぁと思うと途中からRapが侵入し、良曲が突如ジャンクフードと入れ替わる。Rapは「ジャンク」に分類しており、それは音楽としての意味を為さなくなると私は思っている。

 人口の大幅な現象と同期して、世界から文明の一部が消えるだろう。その中には良美しい文化や文明もある筈で、私はその中の特に音楽のエレメントを選んで霊体に深くインプットし、死後に霊界に持って行くと決めている。だから毎週末の「世界の新譜チェック」が欠かせない。

 食事もそこそこにほぼ半日近くを書斎で過ごすと、当然のこと翌日~翌々日は身体が使い物にならない状況に。なので一晩か二晩は、兎に角しっかりと睡眠を取るようにしている。脳の粗熱が冷めるまで、ね。

 岸惠子さんの「ベラルーシの林檎」の中古をAmazonで購入したら、なんとサイン本だったので驚いた。大切に読まねば。
 

 
 

【26/08/23(日)『想うチカラ』】

 深夜(早朝)のけたたましい地震のサイレンで飛び起きて、かなり揺れた体感があったものの震度そのものはさほどでもなかった事に、少しだけ違和感を覚えつつ‥。

  明けて朝。りくりゅうこと三浦璃来と木原龍一婚約のニュースが世界を一周も二周もして、私も心から嬉しくなった。
 その一方でふと、頭の片隅に高橋成美選手の顔がちらつく。三浦璃来との違いは何だったのか?と一瞬考える間もなく、璃来さんのあの決断力と察知能力、それを包み込む情熱とメンタルの強さがりくりゅうをここまで引っ張って来たことを思うと、高橋成美選手は今心の半分で悔しさを噛みしめているように思えてならない。

 相手を想うチカラ。これは音楽、強いては短歌や川柳にも通じるマインドで、想いのないところには物は育たない。想いのチカラとは願望成就への意地とは異なる未来の確約の無い、もっと祈りに近い場所にある。人の多くは「祈り」と「願望成就」を同一線上に捉えているだろうから、心に「祈り」を持つ人はとても希少な存在だ。

 ふと最近の短歌や川柳に目を移す。
 勿論各々に悪意も敵意も無いことは重々承知してはいるものの、そこに並んでいるものはごく一部を除いて「想いの無いらんだむな破壊言語」の行列。そんな印象を深くした。

 昔々ヤマハJOCの時代から、私の生き方、流れ着く先は変わっていない。往々にして「様式美」の整った世界に流れ着く。
 人の棲まない場所へ行きたい訳ではなく、人が蠢く場所に間違いが多過ぎて私は呼吸困難に陥る。だから空気の澄んだ場所を求めてアクションを起こして行くとそこは誰も居ない場所だった、と言うだけで何ひとつ間違ってはいない。

 群れて生きるグループが群衆だとすれば当然、私は一匹狼のグループに属する生き物だろう。多くの人たちは一匹狼を指さす傾向にあり、きっと私も人に指を指される側の人間だ。それで構わないと思っている。

 白黒は、はっきりさせたい性格。むろんそれを相手には求めないが、グレーなタイプの人からは少しずつ遠ざかるようにしている。そのタイプの人たちは、私のメンタルを悉く引っかき回すだけの存在だと知っているから。

 居心地の良い場所を探し求めることは、家探しにもよく似ている。殆どの場合家探しは人生で一度っきりだと思うから、その意気込みは音楽活動に於いても短歌や川柳の活動に於いても共通すると思っている。

 多少の紆余曲折はあるかもしれないが、その空間に澱みを感じた時には躊躇無く移動する。
 さて来月からはどのように活動して行こうかと、少しずつタイムスケジュールを立てている。
 

【noteバージョン】
https://note.com/didiermerah/n/n5a67896a56b1

日記まとめ 2026/08/09 ⇨ 2026/08/15

【26/08/09(土)】『まさか業務用オゾン清浄機?』
 多分‥ だけど、同じマンションの何処かの部屋で業務用のオゾン清浄機を使用しているらしく、強力過ぎるオゾン臭で昨夜から吐き気と頭痛に悩まされています。
 短歌も川柳も、音楽すらも手に付かずほぼ二日間死んでます💀

 身体が一度拒絶反応を示したものは、それが微量であっても過敏に反応するから余計に辛い。

 一先ず不動産管理会社に連絡を入れて、明日調査してくれるとのこと。夏休み中に室内を浄化しようと、強力な脱臭除菌器を入れた部屋がありそうです。

 おそらく普段住居としては使用していない部屋‥ だとしたらこれ、いつまで続くのか分からないだけに不安です💧
 

【26/08/10(火) 『ある歌集を読む』】
※此方はnoteに個別に記事を書いたので、noteのリンクを貼っておきます。
https://note.com/didiermerah/n/n88d804935098
 

 
 
【26/08/13(木)『短歌とサプリの日々』】
 塔短歌会の冊子をポストから無事受け取り、自分の作品がどんな風に掲載されているのか確認する。
 全10首中、掲載されていたのは7首。コレって良いことなのかそうではないのか、今一つ判然としない。だって3首は省かれている訳だから。

 但し選者の評価は悪くはなかったので、やはり「良し」なのか‥。出詠は今年の5月だったことを考えると、やはり実力的にはまだまだと言う感触の方が強い。この二ヶ月で、実はかなり力を付けたように感じている。やはり「あの」連作の苦労がここに来て、ジワジワと実を付け始めたかな。
 
 あまり色々狙い過ぎるのも何だけど既に来年エントリーを予定している短歌の連作に加え、或る川柳のコンテスト用にも作句中で、連作 on 連作で遂に六十肩が再発した(笑)
 笑えないですねコレは。

 肉の万世からハンバーグをオーダーして一先ず脳にアミノ酸をチャージするも全然足りないので、サプリメントで追アミノ。
 酒とバラの日々ならぬ、短歌とサプリの日々をばく進中ー。

 最近夜になるとやたら目が霞むわ爆弾低気圧で頭痛が続くわで、粉薬‥ じゃなくてサプリメントの量が増えている。食事量がかなり減った分栄養が上手く摂取出来ないので(病気じゃなくてダイエット)、これも致し方ないと半ば諦めモード。

 少し休んだら、週末恒例の音楽チェックを始めなきゃいけない。その前に全く予定に無かった塔短歌会の11月号分の出詠を済ませなきゃ。これが又色々と面倒で、指定の原稿用紙にボールペンでチマチマ清書しなきゃいけなくて、切手を貼ったりコピーを取ったりで結構緊張を強いられます。
 

 

【26/08/14 (金) 『忙殺される』】
 このところどこか体調がスッキリしないので、週末は休養に充てる予定が完全に逆になった。
 普段は短歌だ川柳だと言いながら実のところ私は音楽家なので、毎週末は新譜チェックに忙殺される。
 昨日がその日だった。

 しかも早朝に作歌と出詠の両方に手書きの清書が加わったので、神経がピリピリして結局気付けば丸一日仕事をしていた。
 何とかホリックかな私は‥。

 音楽の作業の合間にKindleで読書。戻ってYouTubeで最近噂のaespaの「スシロー」をリプレイしながら息抜きをして、又音楽チェックを再開。
 作業もあと1/3を残す段階で、YouTubeにお料理動画を視に行く。主にフレンチかイタリアンのレシピ動画が、最近のマイブームである。難しい料理をさも簡単に視せるのは、一流の料理人のテクよねーとか思いつつ、いつかは絶対作ってみたいレシピ動画はお気に入りにストーーーック!

 流石にそろそろ寝ようーって、朝の4時を過ぎてるじゃないですか🕓️
 

【26/08/15(土) 『サヨナライツカ』】
 X、Blueskyにそれぞれ「メイン」「短歌/川柳用」「毒吐き用」の3種のアカウントを敷いており、それぞれの人間関係が重複しないように運転している。
 私は頭に「超」が付く程の秘密主義者なので、特にメインのアカウントでは出来る限りフォロワーとのリプでのやり取りを避けている。アンチがどこかで必ず此方を見ており、私の人間関係から切り崩しに来る事が分かっているので、最近ではメンタルの弱い人との繋がりも徹底的に回避するようになった。

 SNSでの片想いも、可能な限りノーサンキュー。‥と言う訳で、週末の合間を利用してXとBlueskyの片想いを若干整理した。先方が此方を見てないなぁと感じた時はおおよそそうなので、私も先方を見ない。
 これは親しかろうが親しくなかろうが、最近は思い切って視界から外して行くことに決めている。その代わり、先方が思い立って手を伸ばして来た時には、その手をそっと受け容れる。
 とは言えこれも、ケースバイケースだが。

 多くの人たちは、相手の一面しか見ていない。その相手が多面的な生き方をしていたとしても、例えば私の場合なら、音楽家か歌人か或いは柳人か‥ の片方だけを選んで相手ご向き合っていることが大半だ。
 なので私も相手に因んで、片側の私だけ繋げて相手が見て居なさそうなもう片方の私を相手から外して行く。

 本当はそういうことはやりたくないのが本音だがそうして行かないと私の場合、SNSのF/Fのバランスが偏ってしまうので。

 サヨナライツカ。
 人の記憶に香りだけを残して生きて行きたい。
 

 

【さて‥。某所Aも某所Bも呑気に色んな(偽)情報を発信しているようですが、近日中にこのブログで大きな発表があります。
覚悟を決めてお待ち下さい🛸】

 

 
【noteバージョン】
https://note.com/didiermerah/n/n25923eeb5611

新表現形式「俳柳」HR.031 ⇨ HR.060 公開まとめ 【七澤銀河】

HR.031 羊水に羽を落としたハシビロコウ 🔗

HR.032 やわらかく鉛を溶かす標準語 🔗

HR.033 竪笛で君に届かぬ夢を吐く 🔗

HR.034 星空に生き物たちは囚われる 🔗

HR.035 極限で吐き出す嘘の曲線美 🔗

HR.036 暴かれて天使の染みになった嘘 🔗

HR.037 木星に隠された砂文字の遺 🔗

HR.038 恍惚と夜明けの虹を纏う人 🔗

HR.039 棚引いてすぐに向かうと告げる龍 🔗

HR.040 僕たちのか弱い糸が切れた夏 🔗

HR.041 口書きの遺言状を壁に挿す 🔗

HR.042 蜂が往く、虹の麓の花畑 🔗

HR.043 地の神は警報ベルを黙らせる 🔗

HR.044 唐突に猫を脅かす鳩時計 🔗

HR.045 ミサイルは軌道を逸れて風になる 🔗

HR.046 観覧車 軋みを上げて墜ちる夢 🔗

HR.047 箪笥には温かな闇 生前の 🔗

HR.048 ミッキーも膝を落としたTHIS IS IT 🔗

HR.049 青空に金糸を這わせ逃げる人 🔗

HR.050 洞窟に沈めたままの片想い 🔗

HR.051 第三の目が泳ぐ日の大地震 🔗

HR.052 海底を住処に決めたひとの声 🔗

HR.053 樹海から届く即身仏の鈴 🔗

HR.054 真夜中に電波塔から消えた鳩 🔗

HR.055 捕れたての毒を纏ったファム・ファタル 🔗

HR.056 STAPを地中に埋めたプレアデス 🔗

HR.057 煮え立った古語にしがみつく亡霊 🔗

HR.058 鏡には実《じつ》を歪めた素のわたし 🔗

HR.059 月面のネバーランドで踊る幽影《かげ》 🔗

HR.060 真夜中の森を削って目指す月 🔗
 

**** 七澤銀河 ****

上記俳柳は先にSNS: Xに公開したポストをまとめたものです。noteで読まれる方の為に、同じ記事をnoteにも同期掲載しておきます。
※Xのリンクを句の横に貼っておきます。
 

【note版 LINK】
https://note.com/didiermerah/n/n900fa5759aea

 

関連記事:

基本と破壊、そしてジャッジメント

この頃は、短歌や川柳の作句や出詠の締め切りにかなり追われているわたくしです。当ブログの更新がなかなか進まず、申し訳ありません。

早速今週末の「世界の音楽」、新譜チェックを進めている最中ですが、最近「壊れた音楽」が異常なまでに増えた気がします。
ここで言う「壊れた音楽」とは、基本を踏まずに破壊行為に走ったものを意味します。これは短歌や現代川柳にも同じことが言えるかもしれません。
勿論現代音楽はその最たるものと言えるでしょう。様式美を逸脱したのではなく、そもそも様式も基本も無視した表現ですから、概ね冒頭に「現代〇〇」‥ と付くものに触れる時には注意が必要です。

基本を踏まずに壊れたものは、ただのガラクタだと私は思っています。ガラクタにはガラクタの価値があると言う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。
利用価値がなくなったものを「ガラクタ」と言うのであり、この世にガラクタ同様に生み出されたものには悲壮感と絶望しか感じない、これは正常な感覚ではないでしょうか。生まれた時に既にガラクタである状態が、完成形なのですから‥。
 

 
言ってみれば、SNSはガラクタの温床と言っても過言ではないでしょう。そんなSNSにかつては私も埋没し、情報の多くをSNSで受信し、その真偽を確認することもせずに勢いにまかせてシェアや発信をし続けて居たことを思えば、人の事は言えません。
 
ですがその危険性に気付いた今だからこそ、過去からの学びを発信するのも又責任と言うものでしょう。
自身の過去の反省点は、必ずあるべき形に戻す為の回収をする、これが私のポリシーです。
 

スピリチュアルも音楽も政治も、そして短歌や川柳のみならず現代詩の世界も美術家界隈に渡る隅々までガラクタは蔓延しており、それもこれも各業界に於ける評論家が激減したことも大きな要因かもしれません。
医療業界や美容業界を見てもこれは同様で、法整備に抜け穴だらけの法や薬機法等に縛られた専門医が自由に発信出来ない反面、美容ライターのような存在が「好みと合うもの」を良品として紹介する記事を書いている状況があります。
 
勿論音楽業界でも同じことが多発しており、発信者自身の好みを問わず目の前の作品を虎視眈々と評価する行為に及んでいるようには見えない、虚実混交とも言える情報が蔓延しています。
多くの人たちは真実を知りたいと思うが余りにヒステリックに、或いは衝動的に目前の情報にうっかり同調したり反撃や罵詈雑言に及んだり、そういう状況が当たり前に私の視界に広がって行きます。
 
最近は現代川柳の句会等を頻繁に覗いてみたりもしているのですが、川柳の原点とも言える「粋さ」の無いただのダジャレの文字列合わせに奔走している柳人(川柳作家)がやたら目に付きます。
ですが彼らの多くは、それが川柳としての基本を踏んでいないことを知りません。上手に言葉を捻っておけばその句は成功だと言う勘違いをしており、そういう自称柳人(比較的若い層に多いかもしれません)が「選」を担当し、句会に出詠された多くの句に点数を付けて良質な句を捨て句に追いやって行く現象に、私はある意味失望を感じています。
 
音楽も同様、美術界隈も舞踏も皆一緒かもしれません。本物とガラクタの見分けが付かない人たちが、ふとした弾みで「プロ」や「専門家」を名乗れてしまう時代が、まさに今の悪しき状況でしょう。
 
今週末はリリースされた音楽の質が低いものが多く、各々が自力で良質な作品に出会う道筋をガラクタ作品が完全に塞いでいるように感じました。
なので私はなるべく、そのガラクタをどけた良い状態に整地した音楽環境を各プレイリストに提示しています。
自作品でもないのにここまで力を入れて活動しているには私なりの理由と、リラ星最後の巫女としての責任を感じていることの両方がその理由です。

SNSやこのブログ、そしてサブブログ「ディディエ・メラの音楽倉庫」からの進捗がなかなか捗らない現状ではありますが、水面下で私は実生活の充実と立て直し(転居等を含む)を試みている最中です。

未だ作成段階で温めている最中のPLを、下に貼っておきます。今週末の更新は終わっていないので、時々PLを覗いてみて下さい。
 


New Life, Next Life

前記事の更新から早くも一ヵ月弱が経過したことになりますがその間、私は第二の生活の準備を慎重に進めていました。
頻繁に体調を壊し高熱と微熱の乱高下に悩まされながら今日に至りますが、その理由がシュールな(つまり霊的な)ものが要因だと今朝判明し、むしろ少し気持ちが楽になりました。
 
既に実家の家族全員がこの世を去り、私の旧姓でもある「山田家」は私一人がこの世に生きていることになります。それを快く思わない人たちが親戚や実母や実弟に関わった人たちの中にも複数いることは重々承知していますが、それは私の非ではなく先方の大いなる誤解に基づいた行動と歪んだ判断、排除意識の側にあったと私は認識しています。
私の今の人生の運行を考えると、それらはさして大きな問題でも障害でもないと感じています。それはこの数年間で私が、少しだけ成長した証しかもしれません。
 
最愛の夫、そして愛する神々や神獣たちに囲まれた日々は、人に話すには突飛なことも多々ありますがとても穏やかで豊かで、何よりスピリチュアルな観点で様々な学びを得られることが本当に幸せです。
 

 
新居への引っ越しの準備は少しずつ、少しずつ進んでいる最中ですが、なにせこの戦争、このご時世の中での挑戦的な行動は慎重にならざるを得ません。
 
特に今年は短歌、俳柳、そして現代川柳界への進出に忙しくしています。
「詠む」と言う名の執筆、その数は日々膨大です。一句、一首を生み出すにあたり数十から数百の言葉の帯を叩き出し、それを数日間寝かせてから放って行きます。
特にこの夏には50首連作の出詠を控えているので、殆どの時間を書斎で過ごしています。
 
某所からのご質問のメールを頂戴していますのでこの記事に、あえて記しておきます。
 
私は「予言(預言)」の大半を既に自作のピアノアルバムに録音の上配信している為、今後当面の期間の新譜のレコーディングを予定していません。
自分が放った予言の流れ、その結果の片鱗を先ずはこの目で確認したいと考えているので、世界の次の大きな転換期に差し掛かるまでは音楽作品を作らない方向性で気持ちが固まっています。
それ程に、世界は今後混沌とした時代に入って行くので、その過程で起きる様々な(時代の)闇を音楽に残すことには余り乗り気ではないからです。
 

・世界の混乱、それにともなう異常気象による人口減少、さらには国家の消滅等(一部欧米文化の衰退を含む)。
・既に当ブログでも告知していたK-Popの衰退(これは現行で形になりつつあるようですが)。
・宇宙系陰謀論に関連する嘘が暴かれ、その一部が実世界に刻まれること(これについては某銀河連合の特使を名乗る人物の、ある意味いい加減なでっち上げが形になりつつあります)。
 
そして何より私が自身のアルバムに収録した曲『Empty Throne』、つまり『空(から)の玉座』が複数個所で近い将来、現実のものとなるでしょう。
此方は余り喜ばしいこととも言えないので当記事でのこれ以上の言及は控えますが、上記に記載しただけでも推測した段階では全く影も形もなかった現象が現在では、誰でも見えるニュースとしてこの地球上で確認することが出来るようになりました。
 

 
人の世界を動かして行くのは、マンパワー以外には考えられません。
ですがそのマンパワーの原動力として、スピリチュアルな感覚が絶対必須です。
スピリチュアルは現実と必ず同期して現象として表れることが「正確性」の条件であり、そこに「たら」「れば」を挟む余地等ありません。
逆説すればそれは「祈り」に形を変えた念とも言えるわけで、こうなって欲しい、こう在るべきだと思うこと、それを祈り続けることで現実をそこに近付けることが可能だと言えます。
なので、祈る人自身の重責は計り知れず重いのです。
 
多くの現在のスピリチュアルやスピリチュアリストの言葉や発信は、上記の「正確性」「現実性」の条件を満たしていないのも又現状です。
現実の現象と無関係な観点で「どう思うのか、どう感じるのか‥」 に固執し依存しているから、むしろ目の前に示されているサインや暗示を個々が完全に見逃しているとも言えるでしょう。
 
多くのスピリチュアル関連の人たちは、現実と感覚を切り離して考えているのかもしれません。スピリチュアルなことが現実であってはいけない‥ と言うような歪んだ空想に強く固執している原因は、人生スキルの取得やその厳格なプロセスを回避したことに他なりません。
職業スキルや学歴等、何一つ取得した経験すらない人にスピリチュアルを語れるはずがありません。ましてや人の人生に干渉するなど、もっての外です。
現実は過酷です。何をするにも人の目、人の審査を経る必要性が生じます。もしも人の審査を経ずにその先を急ぐのであれば、それは生まれつきの天才か或いは複数の過去世の経験から成る陰徳を積み重ねて持っていることが、条件として求められると私は思っています。
 

私は上記の条件の両方を持って生まれて来た為に、今世の半生は散々な目に遭い人の世界を排除され、実際に死を考えたこともありました。
ですが持って生まれた才能とも言える「音楽」が形を変え手を変え、私を常に助けてくれました。さり気ない形で私の前途に道を切り開いてくれただけでなく、親族の家庭外排除の期間中ずっと私を支えてくれたのが「音楽」だったと言っても良いでしょう。
そしてもう一つ、夫に出会うまでの私を支えてくれたのは「言葉を持たない動物」の存在でした。カラスのミーナ、猫の「ともや」を始め最近ではウサギの一代目「桃樹」、そして二代目の「マイケル」とそれは続きました。
 
二代目のマイケルの最期は実母の不自然死の時期とも重なり、元々神経症を持って生まれて来たマイケルに私はむしろ普通のウサギであるように自然に育てて来たつもりが、最後の最後で母の霊体が私の宿敵であることをマイケルが察知し、母の霊体を粉々に粉砕した直後にマイケルは永眠しました。
 

 
私に出来ることは何か‥。それは何も音楽に限定することはないと、最近感じています。
作詞家として、訳詞家としてのやり残しもあり、今のところはそのエネルギーを短歌や現代川柳、そして自ら立ち上げた新ジャンルである「俳柳」に全振りで注ぎ込んでいます。
最初はSNSをその主な発信媒体と考えて毎日かなりの分量の短歌や川柳をX等に放って来たのですが、やはりそのままでは先には行けないことをある時から痛感し、そろそろネット歌人/ネット柳人を終了しなければいけない時期が到来しているのを背中にひしひしと感じています。
 
私は人の審査を好まないので、これまでの音楽活動同様に私特有の路をここからさらに歩んで行くことになると思います。
私の霊体が持っている情報、知っていることや経験値と同じだけの経験を積んだ人は、他に居るとは思えないからです。
 

今後暫くはSNSでの発信は激減すると思います。
ただでさえXのメインアカウントが凍結されたまま現状も改善されないので、当面のメインのSNSはBlueskyに限定して活かして行くことになります。

音楽家・芸術家/ディディエ・メラ、そして歌人・柳人/七澤銀河共にBlueskyで検索出来ますので、興味のある方は是非そちらまで足を運んで下さい。

ディディエ・メラ: https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social
七澤銀河(短歌/俳柳/川柳): https://bsky.app/profile/ginga-nanasawa.bsky.social
 

最近作業用BGMにブラジル音楽を聴くことが多く、自身のPLにそのカテゴリーを追加しました。
まだ現在育てている最中のPLにはなりますが、よろしければ是非使ってみて下さい。
 
『🌴Saudade 2026’』:

世界の音楽プレイリスト更新に関する雑感

毎週末欠かさず世界の音楽の各PLを更新していますが、このところの戦争の影響もあるのか‥ 大作が少なくなったような気がします。
これは日本国内も世界的にも両方共に‥ と言う意味で。
 
先週末は南米、特にブラジルからの新譜のリリースがめざましい印象がありましたが、どういうわけかブラジル音楽は飽和状態から今ひとつ抜け出せないような印象があります。
 

 
あくまでこれは憶測の域かもしれませんが、アマゾン河流域の火事の頻発その他河自体の枯渇状態が進んでいることも、音楽文化の停滞の大きな要因になっているのではないかと私は見ています。
 
そう言えば私は2020年に『Amazon River』と言う曲を配信していますが、この作品はまさしく私が当時感じ取ったアマゾン河流域ないしはブラジル全体~地球全体の水と自然の枯渇を予知した作品でした。
 


 

2026年5月、第三週目の「世界の音楽」の新譜にはブラジルからの新作がかなりの数並んでいたにも関わらず、全体的に音楽性の硬直を強く感じ、躍動に欠けるような印象を強く受けました。
 
又、とても楽しみにしていたイタリアのSSW/Monica Saenelli(モニカ・サルネリ)の新譜『Duemilaventisei』(邦題: 2026年)に見られるモニカの声質の劣化には、かなり落胆を感じずにはいられませんでした。
おそらく女性特有の要因が重なった末の状況だとは思いますが、であればもう少しミックスに工夫を凝らすか或いは声質の劣化が目立たないような楽曲構成や歌唱表現を誰かが提案する等、対策の可能性は幾つかあったようにも感じますが‥。
 

比較的安定しているのがスペイン勢。
勿論音楽的な躍進は見られないものの、彼らの中で存分に温まったものが必然的に外側に出て来たような印象を受ける楽曲が多く、此方は安心して聴いていられます。
 

 

 
日本からはChouchouの作曲担当であるArabesque Chocheの新譜『Three Quiet Peices』、或いはRakiaの『Inner Feelings』等の積極的なEPやアルバムのリリースもありましたが、何れも小品が小奇麗に並んでいる印象を越えることはなく、プレイリストにスクラップするには至りませんでした。
 

最近私は「七澤銀河」と言う筆名で色々な短歌や川柳(現代川柳)を編みながら過ごしていますが、それも含めて一つ強く感じていることがあるとすれば、現代の人たちの多くが「悩む」「苦悩する」ことから上手に逃げて生きている点かもしれません。
度々巷で見られる「ポジティブシンキング」の捉え方を間違えているのか、痛みや苦悩、苦痛を「なかったこと」にしようとしているような節が見られ又、そういう現実逃避術を助長するような文言を多く発信している一部のインフルエンサーの悪影響をここに見て取ることも出来ます。
 
文筆面で言えば特にそれは現代川柳の領域に多く見られ、人生を深く感じる前に目の前の何ってことのない題材をあげつらってそれを面白おかしく17文字に斬って行く‥ と言うような、駄洒落でも句でもない日記メモのような状況で比較的安易にネット上に放ってしまうような状況がそこに在るように思えてなりません。
 

これはこの記事に書くべきかどうか、とても悩んだのですが、折角なので書籍のご紹介がてら書き残しておきたいと思います。

先日、卒寿記念に出版された川柳家、鈴木節子さんの句集『無重力圏』を読ませて頂きました。
  

 
これが凄まじく、節子さんのご年齢だからこそ詠むことの出来る迫力の句が当然のような顔で(適切な表現が見当たりませんでした‥)、ぞろぞろと軒を連ねて詠まれているのです。
 
その日まで駄洒落とも、或いは俳句なのか無季俳句なのか或いは川柳なのか現代川柳なのかが判然としない句に多く触れて来たので、私が青春期に参加していたクラブ「川柳部」の、あの「粋さ」ともどこか違うピンボケしたような句に紋々としていた私の視界がようやく正常値に戻ったような、ある種の呼吸と躍動感に触れて、この句集に出会えて本当に良かったと思っています。
(この句集をするりと入手に漕ぎ付けて下さった川柳社「満天の星」の月波与生氏には、この場をお借りして心より深く感謝を申し上げます。)
 

あたかも音楽とスピリチュアル、スピリチュアルと地球環境、或いは地球環境と文字世界が無関係に動いているように一見見えますが、人の営みに無関係なものなど一つもありません。
全てが同期して、連携して成り立っていることを最近痛感しています。
なのでまるで音楽の作業を蔑ろにして文屋の世界に埋没しているように一見、見られている私かもしれませんが、文字の中にも音楽があり、音楽の中には歌(ことば)と生命があり、歌のセンテンスの中には節があり、その節の中には祈りがある‥、全ては私の中で連携しています。
 

さて、世界の音楽の今後の予測ですが、KPopの衰退~敗退もさることながら、フランスをはじめとする色々な音楽文化が一時的に衰退の道を辿ることになりそうです。
世界的な「あの」ワクチン強制接種の遅効性の後遺症等もその要因の一つでしょうし、それによる人口減少が今後の一時的な文化の衰退に拍車をかけて行くことにもなるでしょう。
 
その側面で、例えば私のように「世界の音楽」の紹介や分析、さらには音楽評論と言う形で無形文化財の記録を日夜更新しているような人材は、今後何かしらの切っ掛けで要の人材になるように感じています。
 

先週末に更新した世界の音楽の各ジャンル別のPL(プレイリスト)については、音楽評論ブログ『ディディエ・メラの音楽倉庫』の以下の記事に掲載していますので是非、最新の良質な音楽に触れてみる切っ掛けとして聴いてみて下さい。
 

 
 
※現在「X」のメインアカウントの凍結状態が続いている為、日々のつぶやき及び音楽関連の発信はSNS/Blueskyをメインの公式SNSとして稼働しています。
 

https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social

 

関連記事:

https://note.com/didiermerah/n/n3e9cd4a3bb0d?app_launch=false


【七澤銀河】新ジャンル『俳柳』立ち上げ

かねてから無季俳句と現代川柳の明確な線引きについてかなり調べていたのですが、結局この半年間を費やした結果一人としてその明確な定義をご提示頂けませんでした。
将来的な展望等も兼ね備え、ここに新しいジャンル【俳柳】(はいりゅう)を正式に立ち上げることに致しました。

これには日本神界の面々の意志も加味されており、これは天照大神をはじめとする日本神界が関わった意思表明として捉えて頂きたいと思います。
 

【俳柳】の定義について。
1. 地球環境の変化にともない四季が乱れ、そのことにより俳句のルールとも言われている「季語」が殆ど通用しない時代になりました。【俳柳】の新ジャンル立ち上げにより、季語の存在しない混沌とした現象や物体を用いた表現に対する自由度の拡張を目指します。
──例えば古い時代の季節感が現代に於いてはほぼ通用しなくなっており、加えて現代的な物体(コンビニ/スマートフォン/パソコン etc.)を表現言語に加えて行く際に、かつて誰かが決めたであろう「季語縛り」が俳句の表現を著しく狭めている点に対するルール改善の可能性を、新ジャンル名【俳柳】に込めて行きます。

2. 古川柳と現代川柳に共通するシニカルな表現、或いは社会風刺以外の表現手法の自由度を拡張します。
──川柳独特の感性である社会風刺や、各現象等を斜に構えたような皮肉めいた表現手法ではない、心象描写と川柳独自の表現手法のハイブリッド化の可能性に対し、新ジャンル名【俳柳】はそれを可能にして行く意志を込めています。
 
3. 新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】とは、無季俳句の持つ禅的或いは心の静寂を表現するスタイルに川柳の持つシニカルな表現の断片をハイブリッド化した、多くの表現者が実は必要としている表現手法です。
このジャンルの明確化により、俳句と同時に「現代川柳」と言われている混沌とした表現手法をさらに昇華させ、整理出来るようになります。

 

これまで個人的に調査/言及等を行って来た「無季俳句」と「現代川柳」の相違について、結局明言化されていないと判断し、付け加え俳句のルールとされている「季語」縛りに対し多くの俳人或いは川柳作家が困惑している点は、いち文化人として看過出来ない現象だと思いました。

さらには本件について別途、個別に言及している俳人及び歌人も見られず、漫然と現状に甘んじて表現を狭めている多くの表現者の姿勢に強く疑問を感じ、先ず最初に私が新ジャンル【俳柳(はいりゅう)】を立ち上げることが望ましいと言う見解に至りました。
 
勿論新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】の発起人は私/七澤銀河であることには変わりませんが、SNS等でこの名称を拡散、ハッシュタグ化して行くことで表現者と読み手の見識や視野が広がって行くことを私は、強く望んでいます。
ですので「#俳柳」等はふんだんに使用して頂いて構いません。