かがやき(吉田美奈子さん)

 月が変わって9月。決まっていたところに、先に出詠した諸々が順次掲載されて行く。「選」が立たないところには煙も立たない。誰からの評もない代わりにとても穏やかに物事が進んで行く。
 
 昔から「審査」だとか「選」のシステムが嫌いだった。往々にして無駄に技巧に走る人が上に立ち、表現世界よりも技巧の隅をネチネチといじくり回し始め、結果表現者の思考を徹底的に彼らはかき乱そうとする。それを楽しみとしている人が「選」に立つと、段々と流れは悪い方向へと向かい始め挙句の果てには、そもそもその企画が立ち上がった元の形を変質させて行く。多くの歌会や句会が現状、その状態になりつつあるように私には見えて仕方がない。
 
 そもそも表現を見る目とは、教養と知識、深い思慮や豊富な経験値が求められる。多くの歌会や句会等を見ているととかく承認欲求の強い人が「選」をやりたがり、自己顕示欲をむき出しにしながら参加者の頂点に他党とする姿は見ていて辛くなる。
 あなたにそれだけの審美眼がありますか?と言いたくなるのをグっと堪える代わりに、この秋からは句会や歌会、それにともなうイベントを私が選び抜かなければいけないと感じている。当然出詠数は減るだろうが、その分没句や没歌を極力抑え込む手法を磨いて行くことになるだろう。
 
 好きな選者が立たない句会には、出詠(投句)をしない。この姿勢をさらに強化することになるだろう。
 

 
 そう言えば深夜、キーボーディストの森俊之さんのCDが無事手元に到着した。聴きたかったのは吉田美奈子さんの「悲しみが停まる街」(ラスト曲)だった。最近ジャズに転向した美奈子さんの新譜をSpotifyで見つけ、勿論今回は作曲が森俊之さんではあるものの吉田美奈子さんの「節」が帰って来た。
 
 私は彼女に、SNS上ではアクセスブロックされている(笑)。自分でも理由がよく分からないのだけど、私の言動が彼女の逆鱗に触れたのだろう。そう思っている。私のこの性格と吉田美奈子さんの性格がぶつかり合えば当然起こり得ることだと分かっているので、特に恨んでも憎んでも居ない。

 私には彼女に対する揺らがぬ愛があり、彼女自身の音楽を尊敬している。美奈子さんにもきっと色んな変遷があり、多くのご苦労もあったことだろう。私が辛かったことがあるとすれば、吉田美奈子さんが一時的にでもご自身の音楽を完全に棚に仕舞ってしまったことだった。ジャズとはわたし的には「使い回しの音楽」であり、そこにオリジナリティの期待は皆無。ダラダラとミュージシャンの「回し」と言う名のアドリブが続き、それはこの世の終わり以上に退屈で体たらくだ。私はそういう「ジャズ」と言うジャンルが好きではない、その好きではないジャンルに美奈子さんが転向したことが辛かったが、先日やっと彼女の古巣とも言える彼女のバラードが聴けたことが心から嬉しかった。

 今週は色々ざわつきながらのスタートではあるが、粛々と私は私を生きて行く。
 

 
 
 記事の最後に、今月の短歌冊子うたそらに掲載されているわたくし、七澤銀河の歌/計8首のスクショを貼っておく。
 

 
同記事 note版:
https://note.com/didiermerah/n/n50b0db04afc4

日記まとめ 2026/08/16 ⇨ 2026/08/23

【26/08/16(日)『送り火』】

 あちらこちらで送り火が焚かれ、自宅のマンションの換気扇を伝って微かな火の匂いが侵入して来る。
 私はと言えば特にこの二日間は、複数の連作の作歌に集中していた。集中が一度始まるとそれは際限なく続き、途中で休息を挟むとぷつんと糸が切れるように集中力が折れてしまう。だから一度エンジンを掛けたら止められない。
 
 短歌連作の作歌は全部で三作、内二作は〆切まで余り日数が無い。夏休みだと言うのに外出も外食も全部後回しにして、朝から晩までひたすら書籍を読み音楽を聴き、合間にちょこちょこと作歌をして行く。
 今月は川柳の「或るコンテスト」へのエントリーも決めており、二句詠とは言えじっくりじっくり練って行く。

 結社の一部をお休みしようと思っていたのだが、どういうわけか堰を切ったように湧き出て来るものがあるので、結社出詠用の作歌も同時並行で進めて行く。
 全体的には好調である。

 数時間前に大文字焼きが点灯され、そして先ほど「終わったよ。」と言うメールが知人から届く。

 静寂。
 一人、又一人とお帰りになられる方々は今、何を思っているだろう。
 祈りは無休だから、私はことさら手を合わせることはしていない。形より大切なものがあることを日々感じ、日々念じて生きているので。

 いつかは私も送り火に見送られる日が来る、それまではしっかりと地に足を着けて生きて行こうではないか。
 

 
 

【26/08/17(月) 『観察と監視』】
 

 

【26/08/18(火) 『出詠三昧』】

 何となく良いことが続いているような、そんな手応えを感じる日。短歌『ゆに 8月「今月の風」ー会員作品を読む』で、励みの一票を頂いた。投句のステージを変えれば目にする人も変わり、それによって評も大きく変わる。色んなことが少しずつ開花している。
https://x.com/uni5752021/status/2089536853586358688

 併せて一気に「カクヨム」と次号の「うたそら」への出詠と一評の提出を済ませ、合間に来月出詠予定の「塔」の原稿を練って行く。合間に日々のお題への回答歌もポストし、さらにその合間に「日記のまとめ」をメインブログ「Didier Merah Blog」とnoteに同期で投げ込む。
 
(※諸事情にて日記の後半を省略します。)
 
 

【26/08/19(水)『壊れた言葉』】

 抜け殻のような一日を過ごす。昨夜複数の出詠/投句を終えて、まるで戦い直後の兵士のようなメンタルに落ちてしまった。そのタイミングで某句会に投句された他の柳人の面々のおかしな句にアテられ、気が狂いそうになった。
 
 現代川柳が悪いとは言わない。柳人によってはとても良い句を生み出しているし、美しい日本語も維持されていると思う。だが皮肉にも私が最初に参加した結社が、最近怪しい。日本語が崩壊しており、それを現代的だ‥ と勘違いしていることに気付いていない。
 現代音楽と現代川柳のネガティブは、どこか似ている。基本を踏まないらんだむ性を「現代性」と勘違いしており、その勘違いの句を結社のTopが引き続ける限り負の連鎖は止まらないだろう。そしてそれを「お洒落だ」と勘違いする後輩が後に続く。
 そろそろ引き時かもしれないと、心の声が響く。実際にそうするかどうかは分からないが、居心地の良い別の居場所にそっと移動するかもしれない。

 そんなこんなで気持ちが塞いている時に、Amazonの配送員が郵便受けではなくエントランスの台にとても大切な荷物を放置して立ち去ったとの一報。その部屋に住む人の個人名が外に漏れた形だ。保安上、とても危険な状況が起きてしまった。
 直ぐにカスタマーセンターに連絡をして、該当の営業所とドライバーにペナルティーを課すよう要求した。勿論これは正当な要求でありご丁寧にドライバーは写真を残してくれたので、その通りになるだろう。

 色々うんざりしている。
 
 

【26/08/22(土)『ベラルーシの林檎』】

 毎週末は世界の新譜チェックに追われ、Spotifyのプレイリストに良局を足して行く作業に追われる。未だサカモトリュウイチ氏がそれをやってなかった頃から私は、iTunesやYouTube等を通じて世界の良曲をセレクトして発信していた。
 今週末もその作業を継続しているものの、特に夏以降は良曲に出会わなくなった。良いなぁと思うと途中からRapが侵入し、良曲が突如ジャンクフードと入れ替わる。Rapは「ジャンク」に分類しており、それは音楽としての意味を為さなくなると私は思っている。

 人口の大幅な現象と同期して、世界から文明の一部が消えるだろう。その中には良美しい文化や文明もある筈で、私はその中の特に音楽のエレメントを選んで霊体に深くインプットし、死後に霊界に持って行くと決めている。だから毎週末の「世界の新譜チェック」が欠かせない。

 食事もそこそこにほぼ半日近くを書斎で過ごすと、当然のこと翌日~翌々日は身体が使い物にならない状況に。なので一晩か二晩は、兎に角しっかりと睡眠を取るようにしている。脳の粗熱が冷めるまで、ね。

 岸惠子さんの「ベラルーシの林檎」の中古をAmazonで購入したら、なんとサイン本だったので驚いた。大切に読まねば。
 

 
 

【26/08/23(日)『想うチカラ』】

 深夜(早朝)のけたたましい地震のサイレンで飛び起きて、かなり揺れた体感があったものの震度そのものはさほどでもなかった事に、少しだけ違和感を覚えつつ‥。

  明けて朝。りくりゅうこと三浦璃来と木原龍一婚約のニュースが世界を一周も二周もして、私も心から嬉しくなった。
 その一方でふと、頭の片隅に高橋成美選手の顔がちらつく。三浦璃来との違いは何だったのか?と一瞬考える間もなく、璃来さんのあの決断力と察知能力、それを包み込む情熱とメンタルの強さがりくりゅうをここまで引っ張って来たことを思うと、高橋成美選手は今心の半分で悔しさを噛みしめているように思えてならない。

 相手を想うチカラ。これは音楽、強いては短歌や川柳にも通じるマインドで、想いのないところには物は育たない。想いのチカラとは願望成就への意地とは異なる未来の確約の無い、もっと祈りに近い場所にある。人の多くは「祈り」と「願望成就」を同一線上に捉えているだろうから、心に「祈り」を持つ人はとても希少な存在だ。

 ふと最近の短歌や川柳に目を移す。
 勿論各々に悪意も敵意も無いことは重々承知してはいるものの、そこに並んでいるものはごく一部を除いて「想いの無いらんだむな破壊言語」の行列。そんな印象を深くした。

 昔々ヤマハJOCの時代から、私の生き方、流れ着く先は変わっていない。往々にして「様式美」の整った世界に流れ着く。
 人の棲まない場所へ行きたい訳ではなく、人が蠢く場所に間違いが多過ぎて私は呼吸困難に陥る。だから空気の澄んだ場所を求めてアクションを起こして行くとそこは誰も居ない場所だった、と言うだけで何ひとつ間違ってはいない。

 群れて生きるグループが群衆だとすれば当然、私は一匹狼のグループに属する生き物だろう。多くの人たちは一匹狼を指さす傾向にあり、きっと私も人に指を指される側の人間だ。それで構わないと思っている。

 白黒は、はっきりさせたい性格。むろんそれを相手には求めないが、グレーなタイプの人からは少しずつ遠ざかるようにしている。そのタイプの人たちは、私のメンタルを悉く引っかき回すだけの存在だと知っているから。

 居心地の良い場所を探し求めることは、家探しにもよく似ている。殆どの場合家探しは人生で一度っきりだと思うから、その意気込みは音楽活動に於いても短歌や川柳の活動に於いても共通すると思っている。

 多少の紆余曲折はあるかもしれないが、その空間に澱みを感じた時には躊躇無く移動する。
 さて来月からはどのように活動して行こうかと、少しずつタイムスケジュールを立てている。
 

【noteバージョン】
https://note.com/didiermerah/n/n5a67896a56b1

日記まとめ 2026/08/09 ⇨ 2026/08/15

【26/08/09(土)】『まさか業務用オゾン清浄機?』
 多分‥ だけど、同じマンションの何処かの部屋で業務用のオゾン清浄機を使用しているらしく、強力過ぎるオゾン臭で昨夜から吐き気と頭痛に悩まされています。
 短歌も川柳も、音楽すらも手に付かずほぼ二日間死んでます💀

 身体が一度拒絶反応を示したものは、それが微量であっても過敏に反応するから余計に辛い。

 一先ず不動産管理会社に連絡を入れて、明日調査してくれるとのこと。夏休み中に室内を浄化しようと、強力な脱臭除菌器を入れた部屋がありそうです。

 おそらく普段住居としては使用していない部屋‥ だとしたらこれ、いつまで続くのか分からないだけに不安です💧
 

【26/08/10(火) 『ある歌集を読む』】
※此方はnoteに個別に記事を書いたので、noteのリンクを貼っておきます。
https://note.com/didiermerah/n/n88d804935098
 

 
 
【26/08/13(木)『短歌とサプリの日々』】
 塔短歌会の冊子をポストから無事受け取り、自分の作品がどんな風に掲載されているのか確認する。
 全10首中、掲載されていたのは7首。コレって良いことなのかそうではないのか、今一つ判然としない。だって3首は省かれている訳だから。

 但し選者の評価は悪くはなかったので、やはり「良し」なのか‥。出詠は今年の5月だったことを考えると、やはり実力的にはまだまだと言う感触の方が強い。この二ヶ月で、実はかなり力を付けたように感じている。やはり「あの」連作の苦労がここに来て、ジワジワと実を付け始めたかな。
 
 あまり色々狙い過ぎるのも何だけど既に来年エントリーを予定している短歌の連作に加え、或る川柳のコンテスト用にも作句中で、連作 on 連作で遂に六十肩が再発した(笑)
 笑えないですねコレは。

 肉の万世からハンバーグをオーダーして一先ず脳にアミノ酸をチャージするも全然足りないので、サプリメントで追アミノ。
 酒とバラの日々ならぬ、短歌とサプリの日々をばく進中ー。

 最近夜になるとやたら目が霞むわ爆弾低気圧で頭痛が続くわで、粉薬‥ じゃなくてサプリメントの量が増えている。食事量がかなり減った分栄養が上手く摂取出来ないので(病気じゃなくてダイエット)、これも致し方ないと半ば諦めモード。

 少し休んだら、週末恒例の音楽チェックを始めなきゃいけない。その前に全く予定に無かった塔短歌会の11月号分の出詠を済ませなきゃ。これが又色々と面倒で、指定の原稿用紙にボールペンでチマチマ清書しなきゃいけなくて、切手を貼ったりコピーを取ったりで結構緊張を強いられます。
 

 

【26/08/14 (金) 『忙殺される』】
 このところどこか体調がスッキリしないので、週末は休養に充てる予定が完全に逆になった。
 普段は短歌だ川柳だと言いながら実のところ私は音楽家なので、毎週末は新譜チェックに忙殺される。
 昨日がその日だった。

 しかも早朝に作歌と出詠の両方に手書きの清書が加わったので、神経がピリピリして結局気付けば丸一日仕事をしていた。
 何とかホリックかな私は‥。

 音楽の作業の合間にKindleで読書。戻ってYouTubeで最近噂のaespaの「スシロー」をリプレイしながら息抜きをして、又音楽チェックを再開。
 作業もあと1/3を残す段階で、YouTubeにお料理動画を視に行く。主にフレンチかイタリアンのレシピ動画が、最近のマイブームである。難しい料理をさも簡単に視せるのは、一流の料理人のテクよねーとか思いつつ、いつかは絶対作ってみたいレシピ動画はお気に入りにストーーーック!

 流石にそろそろ寝ようーって、朝の4時を過ぎてるじゃないですか🕓️
 

【26/08/15(土) 『サヨナライツカ』】
 X、Blueskyにそれぞれ「メイン」「短歌/川柳用」「毒吐き用」の3種のアカウントを敷いており、それぞれの人間関係が重複しないように運転している。
 私は頭に「超」が付く程の秘密主義者なので、特にメインのアカウントでは出来る限りフォロワーとのリプでのやり取りを避けている。アンチがどこかで必ず此方を見ており、私の人間関係から切り崩しに来る事が分かっているので、最近ではメンタルの弱い人との繋がりも徹底的に回避するようになった。

 SNSでの片想いも、可能な限りノーサンキュー。‥と言う訳で、週末の合間を利用してXとBlueskyの片想いを若干整理した。先方が此方を見てないなぁと感じた時はおおよそそうなので、私も先方を見ない。
 これは親しかろうが親しくなかろうが、最近は思い切って視界から外して行くことに決めている。その代わり、先方が思い立って手を伸ばして来た時には、その手をそっと受け容れる。
 とは言えこれも、ケースバイケースだが。

 多くの人たちは、相手の一面しか見ていない。その相手が多面的な生き方をしていたとしても、例えば私の場合なら、音楽家か歌人か或いは柳人か‥ の片方だけを選んで相手ご向き合っていることが大半だ。
 なので私も相手に因んで、片側の私だけ繋げて相手が見て居なさそうなもう片方の私を相手から外して行く。

 本当はそういうことはやりたくないのが本音だがそうして行かないと私の場合、SNSのF/Fのバランスが偏ってしまうので。

 サヨナライツカ。
 人の記憶に香りだけを残して生きて行きたい。
 

 

【さて‥。某所Aも某所Bも呑気に色んな(偽)情報を発信しているようですが、近日中にこのブログで大きな発表があります。
覚悟を決めてお待ち下さい🛸】

 

 
【noteバージョン】
https://note.com/didiermerah/n/n25923eeb5611

新表現形式「俳柳」HR.031 ⇨ HR.060 公開まとめ 【七澤銀河】

HR.031 羊水に羽を落としたハシビロコウ 🔗

HR.032 やわらかく鉛を溶かす標準語 🔗

HR.033 竪笛で君に届かぬ夢を吐く 🔗

HR.034 星空に生き物たちは囚われる 🔗

HR.035 極限で吐き出す嘘の曲線美 🔗

HR.036 暴かれて天使の染みになった嘘 🔗

HR.037 木星に隠された砂文字の遺 🔗

HR.038 恍惚と夜明けの虹を纏う人 🔗

HR.039 棚引いてすぐに向かうと告げる龍 🔗

HR.040 僕たちのか弱い糸が切れた夏 🔗

HR.041 口書きの遺言状を壁に挿す 🔗

HR.042 蜂が往く、虹の麓の花畑 🔗

HR.043 地の神は警報ベルを黙らせる 🔗

HR.044 唐突に猫を脅かす鳩時計 🔗

HR.045 ミサイルは軌道を逸れて風になる 🔗

HR.046 観覧車 軋みを上げて墜ちる夢 🔗

HR.047 箪笥には温かな闇 生前の 🔗

HR.048 ミッキーも膝を落としたTHIS IS IT 🔗

HR.049 青空に金糸を這わせ逃げる人 🔗

HR.050 洞窟に沈めたままの片想い 🔗

HR.051 第三の目が泳ぐ日の大地震 🔗

HR.052 海底を住処に決めたひとの声 🔗

HR.053 樹海から届く即身仏の鈴 🔗

HR.054 真夜中に電波塔から消えた鳩 🔗

HR.055 捕れたての毒を纏ったファム・ファタル 🔗

HR.056 STAPを地中に埋めたプレアデス 🔗

HR.057 煮え立った古語にしがみつく亡霊 🔗

HR.058 鏡には実《じつ》を歪めた素のわたし 🔗

HR.059 月面のネバーランドで踊る幽影《かげ》 🔗

HR.060 真夜中の森を削って目指す月 🔗
 

**** 七澤銀河 ****

上記俳柳は先にSNS: に公開したポストをまとめたものです。noteで読まれる方の為に、同じ記事をnoteにも同期掲載しておきます。
※Xのリンクを句の横に貼っておきます。
 

【note版 LINK】
https://note.com/didiermerah/n/n900fa5759aea

 

関連記事:

2026年7月前半の日記まとめ

【26/07/09 (木)】
或る短歌コンテストへの出詠を済ませたのが7月1日、そこからやや燃え尽き症候群のような状態に陥る。
そりゃそうでしょ、半年強温めて育てて途中何十回も推敲を重ねてようやく仕上がった50首だから。

体調不良がなかなかに長引いていて、その不調の箇所が若干嫌な場所なので精神的にオチている。
でもこういう時こそ気丈さも必要。
余り深く大袈裟に考えないことも大切なので、睡眠の力を借りて思考をリセットして行くことに決めた。

友利新さんの美容チャンネルが面白いので時々視ていると、そこで紹介されたローション等が欲しくなる。
でも顔は一つしかないわけだから、今使っているローションと美容液を一先ず使い切るまで我慢我慢。

今年に入ってからはエンビロン推しに転じた私。兎に角肌質が劇的に変わる。
レチノールが肌に合っているのだろう。
エンビロンの製品は他社製品を混ぜない方が効果が出やすいので、朝/晩にスキンケア商品を二分して使っている。
朝は主にSK-Ⅱ、夜にエンビロンその他少々。

眠る前に歌を詠まないことに決めてから、少し寝付きも良くなりつつある。
やはり歌詠みは緊張を強いられるからだろうか、眠れなくなるので、作歌や作句は朝が良い。

 

【26/07/10 (金)】
月一、歯の定期健診。歯では幼少期から悩まされ歯並びに障害を抱えている為、年々具合が悪くなる。
それでも今の担当医の粘り強さで救われている部分もあり、いつかはどうにかなることを踏まえた上で日々徹底的に磨き込んでいるので、悪いなりに成果が出ている。

担当医が私のストイックな性格を最近はよく理解してくれるので、まあまあ‥ いい感じですよと宥めてくれる。

体調不良は真っ先に歯を攻めて来るから、最近は兎に角無理はしないと決めている。
ちょっとでも不調を感じたら、直ちに布団に潜り込む。

健診の帰りに久々の空腹が訪れたので、最寄りの焼き肉店に寄って肉を焼く。
味も香りもたまらない。想定以上は食べただろうか。
ついでにケーキもお腹に放り込む。
完璧な一日であった。

 

【26/07/12 (日)】
予定していた作業の2/3を済ませたところで、残り1/3の予定を変更して川柳家/八木千代さんの「椿抄」を読み進めて行く。
最近手の感触からの読書にハマっているので、鍵ブログに同時に書写をする。

黙読、音読、そして書写。この連携で自身の中に独特の感覚が備わって行く。これは作詞も訳詞も同じで、書いてみたものが歌ってみた時に壊れてしまうことも多々あり、その残骸を拾い集めながら再構築される歌もある。
同じことが短歌や川柳にも言える。

八木千代さんの句は、先に触れた鈴木節子さんの句集とはまた違った趣きと破壊力があり、両者各々潔く美しく高貴な印象を受けた。

ここ半月程続いている体の一部の痛みが、衣服の接触によって引き起こされている可能性に付け加え、サプリメントの一部が体内でバグを引き起こしている可能性を何となく突き止める。
一先ず一時的にそのサプリの服用を止めることに決めた。

 

【26/07/14 『居ない人』】
7月13日はフランス革命記念日だが、私の過去職の同業者たちは間もなく始まる「パリ祭」のリハーサル真っ最中だ。
今年は例年になく革命記念日の当日から少し経った7月22日/7月23日に、文京区で開催されるとの話。
日本のシャンソン界を牽引して来た大御所たちは皆あちら側に旅立ち、和シャンソン二世が頂点に君臨する今のシャンソン業界には華々しさと威厳が欠けているように見える。

友人の高木椋太氏もパリ祭の常連歌手だったが、今年はあちらの世界からそっとコーラスで参加しているのだろうか。
連日私の夢枕で歌っている彼も、お盆を過ぎたら再び眠りに就くのかもしれない。それまでの短く熱い夏を存分にこちらの世界で謳歌して欲しい。

彼の為に詠んだ歌は正直何のひねりもない歌になったが、祈りとは本来そういうものだ。
直球で心を込めて世に放った。
川柳「満天の星」のweb句会、今回はスルーする予定だったが或る人のアドバイスもあり、用意しておいた歌を放流した。
此方も何のひねりもない句だが、分かる人には分かる川柳にはなっていると思う。
 

 

【26/07/16 『霊能者と歌人の両輪を動かずことについて』】
真夜中にふと火星をモチーフにした歌を詠みながら思う。
七澤銀河のプロフィールにあえて「霊能者」と「祈る人」を持ち出したことの理由について、あらためて考察する。
そういう人種を忌み嫌う人たちが一部存在することを知りながら、あえてその経歴を歌人のプロフィールに付け足すことの理由について。

私に出来ることがあるとすれば、その一つとして霊的な世界やその世界観を可視化して伝えることが挙げられるだろう。
宇宙観や心霊世界を「視る側」ではなく『視せる側」の視点で歌う短歌や川柳、そういうものがこの世に一つぐらいあってもいいのではないか?

私はあらゆる宗教を否定はしないが、その宗教の根幹に在るものは見極めるし見逃さない。
テロリストを増産している宗教にはそれなりの認識と危機意識を持たなければいけないし、表向き「緩さ」を謳っていても心臓部分には何が潜んでいるのか?等の分析も含めて、直感と理論或いは思考や分析の全輪を働かせたところに本物の霊感が初めて作動すると思っている。

この観点は絶対に外さない、だからこそ持てる視点で歌を紡ぎたい。
それは七澤銀河にしか出来ないことだと、正直自負しています。
 

 

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https://note.com/didiermerah/n/n93192e5b1071?app_launch=false

基本と破壊、そしてジャッジメント

この頃は、短歌や川柳の作句や出詠の締め切りにかなり追われているわたくしです。当ブログの更新がなかなか進まず、申し訳ありません。

早速今週末の「世界の音楽」、新譜チェックを進めている最中ですが、最近「壊れた音楽」が異常なまでに増えた気がします。
ここで言う「壊れた音楽」とは、基本を踏まずに破壊行為に走ったものを意味します。これは短歌や現代川柳にも同じことが言えるかもしれません。
勿論現代音楽はその最たるものと言えるでしょう。様式美を逸脱したのではなく、そもそも様式も基本も無視した表現ですから、概ね冒頭に「現代〇〇」‥ と付くものに触れる時には注意が必要です。

基本を踏まずに壊れたものは、ただのガラクタだと私は思っています。ガラクタにはガラクタの価値があると言う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。
利用価値がなくなったものを「ガラクタ」と言うのであり、この世にガラクタ同様に生み出されたものには悲壮感と絶望しか感じない、これは正常な感覚ではないでしょうか。生まれた時に既にガラクタである状態が、完成形なのですから‥。
 

 
言ってみれば、SNSはガラクタの温床と言っても過言ではないでしょう。そんなSNSにかつては私も埋没し、情報の多くをSNSで受信し、その真偽を確認することもせずに勢いにまかせてシェアや発信をし続けて居たことを思えば、人の事は言えません。
 
ですがその危険性に気付いた今だからこそ、過去からの学びを発信するのも又責任と言うものでしょう。
自身の過去の反省点は、必ずあるべき形に戻す為の回収をする、これが私のポリシーです。
 

スピリチュアルも音楽も政治も、そして短歌や川柳のみならず現代詩の世界も美術家界隈に渡る隅々までガラクタは蔓延しており、それもこれも各業界に於ける評論家が激減したことも大きな要因かもしれません。
医療業界や美容業界を見てもこれは同様で、法整備に抜け穴だらけの法や薬機法等に縛られた専門医が自由に発信出来ない反面、美容ライターのような存在が「好みと合うもの」を良品として紹介する記事を書いている状況があります。
 
勿論音楽業界でも同じことが多発しており、発信者自身の好みを問わず目の前の作品を虎視眈々と評価する行為に及んでいるようには見えない、虚実混交とも言える情報が蔓延しています。
多くの人たちは真実を知りたいと思うが余りにヒステリックに、或いは衝動的に目前の情報にうっかり同調したり反撃や罵詈雑言に及んだり、そういう状況が当たり前に私の視界に広がって行きます。
 
最近は現代川柳の句会等を頻繁に覗いてみたりもしているのですが、川柳の原点とも言える「粋さ」の無いただのダジャレの文字列合わせに奔走している柳人(川柳作家)がやたら目に付きます。
ですが彼らの多くは、それが川柳としての基本を踏んでいないことを知りません。上手に言葉を捻っておけばその句は成功だと言う勘違いをしており、そういう自称柳人(比較的若い層に多いかもしれません)が「選」を担当し、句会に出詠された多くの句に点数を付けて良質な句を捨て句に追いやって行く現象に、私はある意味失望を感じています。
 
音楽も同様、美術界隈も舞踏も皆一緒かもしれません。本物とガラクタの見分けが付かない人たちが、ふとした弾みで「プロ」や「専門家」を名乗れてしまう時代が、まさに今の悪しき状況でしょう。
 
今週末はリリースされた音楽の質が低いものが多く、各々が自力で良質な作品に出会う道筋をガラクタ作品が完全に塞いでいるように感じました。
なので私はなるべく、そのガラクタをどけた良い状態に整地した音楽環境を各プレイリストに提示しています。
自作品でもないのにここまで力を入れて活動しているには私なりの理由と、リラ星最後の巫女としての責任を感じていることの両方がその理由です。

SNSやこのブログ、そしてサブブログディディエ・メラの音楽倉庫からの進捗がなかなか捗らない現状ではありますが、水面下で私は実生活の充実と立て直し(転居等を含む)を試みている最中です。

未だ作成段階で温めている最中のPLを、下に貼っておきます。今週末の更新は終わっていないので、時々PLを覗いてみて下さい。
 


New Life, Next Life

前記事の更新から早くも一ヵ月弱が経過したことになりますがその間、私は第二の生活の準備を慎重に進めていました。
頻繁に体調を壊し高熱と微熱の乱高下に悩まされながら今日に至りますが、その理由がシュールな(つまり霊的な)ものが要因だと今朝判明し、むしろ少し気持ちが楽になりました。
 
既に実家の家族全員がこの世を去り、私の旧姓でもある「山田家」は私一人がこの世に生きていることになります。それを快く思わない人たちが親戚や実母や実弟に関わった人たちの中にも複数いることは重々承知していますが、それは私の非ではなく先方の大いなる誤解に基づいた行動と歪んだ判断、排除意識の側にあったと私は認識しています。
私の今の人生の運行を考えると、それらはさして大きな問題でも障害でもないと感じています。それはこの数年間で私が、少しだけ成長した証しかもしれません。
 
最愛の夫、そして愛する神々や神獣たちに囲まれた日々は、人に話すには突飛なことも多々ありますがとても穏やかで豊かで、何よりスピリチュアルな観点で様々な学びを得られることが本当に幸せです。
 

 
新居への引っ越しの準備は少しずつ、少しずつ進んでいる最中ですが、なにせこの戦争、このご時世の中での挑戦的な行動は慎重にならざるを得ません。
 
特に今年は短歌、俳柳、そして現代川柳界への進出に忙しくしています。
「詠む」と言う名の執筆、その数は日々膨大です。一句、一首を生み出すにあたり数十から数百の言葉の帯を叩き出し、それを数日間寝かせてから放って行きます。
特にこの夏には50首連作の出詠を控えているので、殆どの時間を書斎で過ごしています。
 
某所からのご質問のメールを頂戴していますのでこの記事に、あえて記しておきます。
 
私は「予言(預言)」の大半を既に自作のピアノアルバムに録音の上配信している為、今後当面の期間の新譜のレコーディングを予定していません。
自分が放った予言の流れ、その結果の片鱗を先ずはこの目で確認したいと考えているので、世界の次の大きな転換期に差し掛かるまでは音楽作品を作らない方向性で気持ちが固まっています。
それ程に、世界は今後混沌とした時代に入って行くので、その過程で起きる様々な(時代の)闇を音楽に残すことには余り乗り気ではないからです。
 

・世界の混乱、それにともなう異常気象による人口減少、さらには国家の消滅等(一部欧米文化の衰退を含む)。
・既に当ブログでも告知していたK-Popの衰退(これは現行で形になりつつあるようですが)。
・宇宙系陰謀論に関連する嘘が暴かれ、その一部が実世界に刻まれること(これについては某銀河連合の特使を名乗る人物の、ある意味いい加減なでっち上げが形になりつつあります)。
 
そして何より私が自身のアルバムに収録した曲『Empty Throne』、つまり『空(から)の玉座』が複数個所で近い将来、現実のものとなるでしょう。
此方は余り喜ばしいこととも言えないので当記事でのこれ以上の言及は控えますが、上記に記載しただけでも推測した段階では全く影も形もなかった現象が現在では、誰でも見えるニュースとしてこの地球上で確認することが出来るようになりました。
 

 
人の世界を動かして行くのは、マンパワー以外には考えられません。
ですがそのマンパワーの原動力として、スピリチュアルな感覚が絶対必須です。
スピリチュアルは現実と必ず同期して現象として表れることが「正確性」の条件であり、そこに「たら」「れば」を挟む余地等ありません。
逆説すればそれは「祈り」に形を変えた念とも言えるわけで、こうなって欲しい、こう在るべきだと思うこと、それを祈り続けることで現実をそこに近付けることが可能だと言えます。
なので、祈る人自身の重責は計り知れず重いのです。
 
多くの現在のスピリチュアルやスピリチュアリストの言葉や発信は、上記の「正確性」「現実性」の条件を満たしていないのも又現状です。
現実の現象と無関係な観点で「どう思うのか、どう感じるのか‥」 に固執し依存しているから、むしろ目の前に示されているサインや暗示を個々が完全に見逃しているとも言えるでしょう。
 
多くのスピリチュアル関連の人たちは、現実と感覚を切り離して考えているのかもしれません。スピリチュアルなことが現実であってはいけない‥ と言うような歪んだ空想に強く固執している原因は、人生スキルの取得やその厳格なプロセスを回避したことに他なりません。
職業スキルや学歴等、何一つ取得した経験すらない人にスピリチュアルを語れるはずがありません。ましてや人の人生に干渉するなど、もっての外です。
現実は過酷です。何をするにも人の目、人の審査を経る必要性が生じます。もしも人の審査を経ずにその先を急ぐのであれば、それは生まれつきの天才か或いは複数の過去世の経験から成る陰徳を積み重ねて持っていることが、条件として求められると私は思っています。
 

私は上記の条件の両方を持って生まれて来た為に、今世の半生は散々な目に遭い人の世界を排除され、実際に死を考えたこともありました。
ですが持って生まれた才能とも言える「音楽」が形を変え手を変え、私を常に助けてくれました。さり気ない形で私の前途に道を切り開いてくれただけでなく、親族の家庭外排除の期間中ずっと私を支えてくれたのが「音楽」だったと言っても良いでしょう。
そしてもう一つ、夫に出会うまでの私を支えてくれたのは「言葉を持たない動物」の存在でした。カラスのミーナ、猫の「ともや」を始め最近ではウサギの一代目「桃樹」、そして二代目の「マイケル」とそれは続きました。
 
二代目のマイケルの最期は実母の不自然死の時期とも重なり、元々神経症を持って生まれて来たマイケルに私はむしろ普通のウサギであるように自然に育てて来たつもりが、最後の最後で母の霊体が私の宿敵であることをマイケルが察知し、母の霊体を粉々に粉砕した直後にマイケルは永眠しました。
 

 
私に出来ることは何か‥。それは何も音楽に限定することはないと、最近感じています。
作詞家として、訳詞家としてのやり残しもあり、今のところはそのエネルギーを短歌や現代川柳、そして自ら立ち上げた新ジャンルである「俳柳」に全振りで注ぎ込んでいます。
最初はSNSをその主な発信媒体と考えて毎日かなりの分量の短歌や川柳をX等に放って来たのですが、やはりそのままでは先には行けないことをある時から痛感し、そろそろネット歌人/ネット柳人を終了しなければいけない時期が到来しているのを背中にひしひしと感じています。
 
私は人の審査を好まないので、これまでの音楽活動同様に私特有の路をここからさらに歩んで行くことになると思います。
私の霊体が持っている情報、知っていることや経験値と同じだけの経験を積んだ人は、他に居るとは思えないからです。
 

今後暫くはSNSでの発信は激減すると思います。
ただでさえXのメインアカウントが凍結されたまま現状も改善されないので、当面のメインのSNSはBlueskyに限定して活かして行くことになります。

音楽家・芸術家/ディディエ・メラ、そして歌人・柳人/七澤銀河共にBlueskyで検索出来ますので、興味のある方は是非そちらまで足を運んで下さい。

ディディエ・メラ: https://bsky.app/profile/didiermerah.bsky.social
七澤銀河(短歌/俳柳/川柳): https://bsky.app/profile/ginga-nanasawa.bsky.social
 

最近作業用BGMにブラジル音楽を聴くことが多く、自身のPLにそのカテゴリーを追加しました。
まだ現在育てている最中のPLにはなりますが、よろしければ是非使ってみて下さい。
 
『🌴Saudade 2026’』:

【七澤銀河】新ジャンル『俳柳』立ち上げ

かねてから無季俳句と現代川柳の明確な線引きについてかなり調べていたのですが、結局この半年間を費やした結果一人としてその明確な定義をご提示頂けませんでした。
将来的な展望等も兼ね備え、ここに新しいジャンル【俳柳】(はいりゅう)を正式に立ち上げることに致しました。

これには日本神界の面々の意志も加味されており、これは天照大神をはじめとする日本神界が関わった意思表明として捉えて頂きたいと思います。
 

【俳柳】の定義について。
1. 地球環境の変化にともない四季が乱れ、そのことにより俳句のルールとも言われている「季語」が殆ど通用しない時代になりました。【俳柳】の新ジャンル立ち上げにより、季語の存在しない混沌とした現象や物体を用いた表現に対する自由度の拡張を目指します。
──例えば古い時代の季節感が現代に於いてはほぼ通用しなくなっており、加えて現代的な物体(コンビニ/スマートフォン/パソコン etc.)を表現言語に加えて行く際に、かつて誰かが決めたであろう「季語縛り」が俳句の表現を著しく狭めている点に対するルール改善の可能性を、新ジャンル名【俳柳】に込めて行きます。

2. 古川柳と現代川柳に共通するシニカルな表現、或いは社会風刺以外の表現手法の自由度を拡張します。
──川柳独特の感性である社会風刺や、各現象等を斜に構えたような皮肉めいた表現手法ではない、心象描写と川柳独自の表現手法のハイブリッド化の可能性に対し、新ジャンル名【俳柳】はそれを可能にして行く意志を込めています。
 
3. 新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】とは、無季俳句の持つ禅的或いは心の静寂を表現するスタイルに川柳の持つシニカルな表現の断片をハイブリッド化した、多くの表現者が実は必要としている表現手法です。
このジャンルの明確化により、俳句と同時に「現代川柳」と言われている混沌とした表現手法をさらに昇華させ、整理出来るようになります。

 

これまで個人的に調査/言及等を行って来た「無季俳句」と「現代川柳」の相違について、結局明言化されていないと判断し、付け加え俳句のルールとされている「季語」縛りに対し多くの俳人或いは川柳作家が困惑している点は、いち文化人として看過出来ない現象だと思いました。

さらには本件について別途、個別に言及している俳人及び歌人も見られず、漫然と現状に甘んじて表現を狭めている多くの表現者の姿勢に強く疑問を感じ、先ず最初に私が新ジャンル【俳柳(はいりゅう)】を立ち上げることが望ましいと言う見解に至りました。
 
勿論新ジャンル名【俳柳(はいりゅう)】の発起人は私/七澤銀河であることには変わりませんが、SNS等でこの名称を拡散、ハッシュタグ化して行くことで表現者と読み手の見識や視野が広がって行くことを私は、強く望んでいます。
ですので「#俳柳」等はふんだんに使用して頂いて構いません。
 

歌人【七澤銀河】始動!

私には多々の職歴があるので、このブログにどこまでその断片を露出させて行くべきかについては少し考える期間が必要でした。
ですがようやく、機が熟したようです。
 
2025年の10月、25年間封印していた短歌を再開しました。
それまでも作詞、訳詞(主にフランス語/スペイン語のヴォーカル曲)、勿論編曲から伴奏者としてのステージ・パフォーマンスからアイドル歌手(グループ)の選曲は衣装の選定、デモテープからのシングル曲のセレクト‥etc. と、かえって記載する程混乱するような職歴を私は歩んで来ました。
 

そして歌人【七澤銀河】として最初の紙面デビューが、ずっと好きで読んでいた短歌冊子「西瓜」の「ともに」欄となりました。
七澤銀河の本体が音楽家である辺りをフルに活かして連作五首/タイトル『マルシュ・フュネーブル』を既に投句していたのですが、それが冊子「西瓜」第20号に遂に掲載されました。
※『マルシュ・フュネーブル』とは、葬送行進曲のフランス語読みになります。
 

 この恋が成就するのは夜明けまで 光が互いを世界から消す
 死ぬことは催眠術に揺られてる それに似た感覚の反転
 どこからか花が吹雪いてあふれ出す 甘い香りの棺になるまで
 段々と人から物に移り変わるそれが乾かぬ夢であるように
 銀髪がハープみたいにたなびいて「葬送行進曲」を奏でる


           ──冊子『西瓜』/「ともに」欄 47.


 

 
七澤銀河は「永遠の少年」がコンセプトのキャラクターに徹して行くつもりでしたが、段々とそうも行かなくなりそうです。
何かの折には露出も余儀なくされるでしょうから、いつかは「僕」をやめて「私」「わたくし」と自分を呼ぶことになるでしょう。でも暫くの間は、SNSでは男の子でいたいと思っています(笑)。
 
今後短歌及び現代川柳/現代俳句関連の更新は、このブログから発信して参ります。
カテゴリーに七澤銀河を足したので、そこから作品等も追って行けるよう頑張って更新します。
 
音楽面での新しいレコーディングの予定は今のところありませんが、音楽評論等の執筆活動は止めていませんので、そちらは「ディディエ・メラの音楽倉庫」より放ちます🕊️
 

今後ともディディエ・メラ、七澤銀河共々よろしくお願い致します。
 
記事の最後に、先週末に新しく更新したSpotifyのプレイリストのリンクを貼っておきます。
これ一つで「良い音楽とは、良い音楽の聴き方とは何か」と言う問いに、比較的クリアに応えて行けるPLに仕上がっています。
 

 
⇩に、ヴォーカルレスの楽曲だけを集めたPLのリンクも貼っておきます。
 

世界と私と (World and Me and)

このところの私は音楽と両輪で、数百の短歌を編んでいました。その間にイタリアはミラノで開催されたオリンピックでは、ペアフィギュアスケートで日本の三浦璃来/木原龍一ペアが優勝。
 

 
そんな中物騒なエプスタイン関連で物騒なニュースも流れ、長年封印されて来た諸問題が明るみになる出来事が重なり、それを満面の笑みで配信するYouTube等からは距離を置いていました。
 
ニュースの内容が何であれ、世の不幸を笑顔で語る人の汚い心臓には触れたくないですし、彼らの言う間違ったポジティブ・シンキングはむしろ政治的な意味合いに於ける闇の封印に手を貸している側にしか、私には見えません。
その意味で、YouTubeチャンネル『Miyoko Angel 2』がむしろ彼らの言う「闇側」ではないのかと、何故誰も疑わないのかと疑問に感じます。
 

 
⇧ 2026.02.23 23:55 現在、該当動画が非公開になっていました。
 

世を儚む傍ら、世に起きている出来事に対し個々のスキルや各々が思う方法で結果を導き出して行く、その為にはキラキラ・ワクワクの疑似的かつ歪んだポジティブ・シンキングで思考を止めることが絶対にあってはならないのです。
Miyoko Angel 2の管理者/ 佐野美代子はチェンネル登録者やチャンネル試聴者に「思考停止」を促す側に在る、非常に危険な思想の持ち主だと、私個人は常々危機意識をもって彼らの配信する動画を折に触れ監視しています。
 
世の不浄に対し思いを致し、それについて深い考察をしたからと言って、それがネガティブな思考だと言うことは如何なものでしょうか。
最もネガティブな思考とは、現実に起きているネガティブから目を背ける行為と考え方、それをベースとした思考停止です。人々はもっと世のこと、地球のことについて深く考察、推察し、そのことに向けた新たな行動に舵を切る必要性について思考しなければいけません。
 
今年の冬、地球はようやく地球本来の持つ「冬」を思い出し、冷却活動を再開しました。
これはとても貴重かつ重要なプロセスであり、私たち夫婦はこの数年間そのことに集中し、祈り、神々と語り、神人共食も含め多々のシュール(霊的)なイベントを企画し、実行し続けて来ました。
神代開きが発動したこととも併せ、2026年を合図にようやく色んなことが形を帯びて来たように感じています。
私たち夫婦が予言して来たことについては既に記事‘Eternal Pain’が意味を持つ時に綴っているので、これ以上の詳細の記述は省略します。
 

 
現在私は筆名: 七澤銀河として30年以上も封印して来た文字の世界への参入を再開していますが、だからと言って歌人になりたいわけではないのです。
これには地下水脈的な一つの理由があり、その現象が実際に起きた時にいつでも出動出来るよう、私は音楽活動と並行して「短歌」と言う様式の世界に立ち位置を確立する必要を感じ、短歌の再開に至りました。
 
七澤銀河として別個にブログやHP等を運営する時間が私にはない為、noteのディディエ・メラのページに「七澤銀河」の一部を組み込んで行こうかと考えています。
七澤銀河として個人的に他の歌人やその業種の人たちとの関わりは増やすつもりがないので、音楽主体の方向性を変えないやり方で私なりの短歌生活を送って行こうと思います。
 
https://note.com/didiermerah 
 

一方、音楽評論ブログ「ディディエ・メラの音楽倉庫」の方も、コンスタントに更新していますが、歌人: 七澤銀河としての活動を再開するにあたり以前より若干更新頻度を落としています。
時間が足りないのです。
 

https://didiermerahbox.wordpress.com/ 
 

さて、この記事の最後に、今回ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの氷上で頻繁に流れたこの人のこの作品を貼って、記事を〆ます。