弟・山田大輔の虚像と実像 – 後編 –

弟・山田大輔の虚像と実像 – 前編 –」の続きを綴ります。

 
私の初婚は当時の恩師を激怒させる内容でしたが、相手のあることなのでその詳細についてはここには綴らないでおきます。
紆余曲折、母のマッチポンプの末に得た解放区と新婚生活は、蓋を開けてみれば想像すらしなかった苦労の連続でした。とは言えそれが私の選んだ道だったので、不平不満は言えませんでした。

波瀾の結婚生活を開始してからも私は、時々実家を訪問していました。そうすることが親孝行だと言う強迫観念が、私をそうさせていたのだと思います。
 
元々私は実家からは排除された存在なので、当然のように実家の合鍵は持っていませんでした。
もっぱら実家へ行く時には母に、当然のように手土産を求められました。金銭的にも全く余裕など無い私に、よくもそんなことが言えたものだと今なら腹も立ちますが、当時の私はまるで精神を病んだ何かしらの生き物の抜け殻のようで、毒親に歯向かう気力など全く持ち合わせていなかったのです。

時折「訪問する」(帰るのではなく、訪問する)実家では、私の行くタイミングに合わせて弟も在宅するのがルールみたいになっていました。当時は(結局亡くなる間際まで)弟・大輔のメインの仕事は他にあって、その合間にサブの仕事として「家庭教師」をやっていたと聞いており、私が実家に帰る時は授業の時間を調整して自宅に居てくれたみたいでした。
私は実家に行く度に西荻のこけし屋のケーキを必ず8個買って、重い足取りでマンションに向かったものでした。
 

弟・大輔は元々皮膚が弱い子でしたが、何年か毎に私が実家に行く度に皮膚(特に頭皮)を真っ赤に爛れさせ、見ている私の方が燃え上がりそうな痛みを感じました。
大輔はマクドナルドのハンバーガーが大好きで、私が実家を訪問した時にも「僕の昼ご飯」と称してよくマックから紙袋を抱えて買って来て、美味しそうに食べていたのを思い出します。
 

 
2012年秋、(父の遺産整理の時の家族会議を除き)私が最後に実家に帰ったのは多分、前に飼っていたうさぎ「桃樹」が3歳の頃だったと思います。2004年かその翌年の初夏が、元気な大輔とじっくり話した最後だったかもしれませんが、その時既に弟の虚言は高みに達する目前でした。
 

弟・大輔は自身を「政界の裏側を暗躍し、目が飛び出るようなビッグネームの人々と連日会食し、官邸にも自由に出入りする立場だ」と話していましたが、その目はどことなしに虚無で理由の分からない虚脱感が全身を覆っているように見えました。
大輔に彼の生活や職業についての詳細を尋ねようと何度か試みたこともありましたが、私がそうしなかった理由はただ一つ。テレパシーを使って彼の内面を覗き込んだ時に、そこが真っ白いベールで覆われたまま何も視えなかったからでした。

今にして思えばその頃には大輔自身が吐ける嘘も上限に達しており、完璧なまでの虚像を作り上げる以外に話せることが彼には何も無かったのかもしれません。なので2004年頃に見た弟・大輔の印象は「虚無」そのもので、彼の体からは異様なまでの油っこい臭いが立ち込めて長く一緒に居られなかったのを憶えています。
 

私には、人の心拍数を聴き取る聴力が備わっています。
2004年頃の大輔からは物凄く速い速度の心拍数が常に聴こえていて、むしろ母の高血圧よりも私はそちらの方が気になりました。ですが毎日一緒に彼と暮らしているわけでもないので、大輔の速過ぎる心拍数について話すことは遂に出来ませんでした。
 

 
桐朋小学校時代、あれだけ陸上部で鍛えていた彼の身に一体何が起きていたのか、今の私ならばもっと正確に捉えることが出来たかもしれません。でも当時の私には無理でした。

後に、父の遺産整理の際の家族会議の時に初めて聞いたのですが、桐朋小学校時代の大輔はどこかクラスではみ出してしまっていたらしく、クラスメイトとは距離があったとのこと。
「登校しても何もすることがないんだよ。だから走るしかなくてね‥。」
父の位牌のあるリビングで、そう話していた大輔の声が今も悲しげに蘇ります。
 

正確な日にちは遂に訊けなかったのですが、そんな大輔が父の闘病中に心臓の発作で倒れて入院生活を余儀なくされたのが、おそらく2010年か2011年頃のことではないかと(彼の話の端々から)察しています。
私がその話を聞いたのはやはり父の遺産整理に於ける家族会議の時でしたが、「次同じことが起きたらもう後がないんだ‥。」 と、大輔が噛みしめるように話していた時の渋い横顔が強く印象に残っています。

久し振りに聞いた大輔のか弱い、尚且つ辛い話は短時間で切り上げられました。母が何故か大輔を睨みつけており姉弟の会話の時間を追い剥ぎのように奪い取り、その直後からまるで息を吐くような、大輔独特の嘘談義が始まりました。
そこには弟・大輔が某有名私立大学の社会科学の分野で、教授として教鞭を執っていると言う内容も含まれていました。学問として社会科学を立ち上げた自分は張本人であり、自分は社会が今最も必要としている人物だ‥ と言う話もしていたのですが、その話はどこかうすら寒く聞こえて来ました。
 

ふと疑問を感じ、私が(大輔が教鞭を執っていると話す)大学名を尋ねると彼は即座におどけたような表情をして、「僕は芸名で教壇に立って学生を教えてるから、それは言えないよ。美樹ちゃんだって芸名で活動してるでしょ?それと同じだよ。」と言い、おもむろに全く違う話題に話を変えたので私もすかさず「そう言えばパパ、確か渋谷に物件を持ってたわよね?」と応戦。

すると大輔は想定外の私の質問に動揺したのか、その後の対応がみるみるうちにしどろもどろに変わって行ったのを私は見逃しませんでした。
 

 
大輔と最後に話をしたのが2012年の確か9月、その2年後に彼はりえさん(仮名)と結婚、それから一年後の2015年の11月17日に弟・山田大輔は他界しました。
 

大輔が私を結婚式に招待しなかった理由は、私に自分の実像を暴かれることを強く恐れたからでした。これは死後の大輔本人の魂からも直接聞いたので、間違いありません。
 
私は「暴きの星」を持っています。不穏、不審に感じたことは徹底的に追及し、日の光に晒す。それはいつからかの過去世から脈々と私の魂に沁み付いた習性であり、使命でもあります。
過去世の記憶では、私が不審を感じて暴いた「星(ホシ)」の大半が、世の中から忽然と消滅して行きました。
勿論のべつ幕なしにそれを目的としていたわけではありませんが、私のシュールな嗅覚の標的となった人たちの殆どが、日の当たる世界から忽然と消えて行ったのです。
あくまで私が経験した三回の「くのいち」時代の記憶ですが、私の魂がそれらの記憶を今も忘れずに居ます。
 

弟・山田大輔はそんな、私の習性を酷く恐れていました。彼も根っこが摩利支天ですから、当時は無意識だった私の稀有な習性にむしろ彼の方が先に気付いていたのかもしれません。
 
2012年秋から数か月が経過したある日、あることで私はメール上で大輔と激しい口論になりました。
私が二度ホームレスになったこと、その過程で一度命を落としかけたことその他、一定期間私がスピリチュアリストとして別名を掲げて活動していたこと、それらの全貌詳細などについて「僕は全部知っていたよ。」と言って得意満面に私を往(い)なそうとしたので、その振舞いに対し私は「‥つまり全てを知った上で私を見殺しにしたわけね。」と返信。
それが彼の逆鱗に触れ、それこそが大輔が私を自身の結婚式に招待しなかった理由であり、さらには父亡き後、表向きの家族のイベント全般からの私を徹底して排除し続けた(表向きの)理由でした。
 
私の知らないうちに大輔は姉を家族から完全に除外した形でりえさん(仮名)と結婚式を挙げ、大輔がお世話になっていた学習塾の創設者T.O氏を仲人に立てていました。(この辺りの下りについては、ここでの記載は省略します。)
 

 
弟・大輔は人生の多くを、虚偽で塗り固めていました。

政界の裏側を暗躍している、特別かつ偉大な存在であること。
世に「社会科学」を学問として立ち上げ、その部門の教授として芸名で某有名私立大学で教鞭を執っていたこと。
自身が強い霊感を持ち、死後の父と頻繁に対話を重ねながら山田家との関わりを深めて行き、権力者の虚像をかぶり続けていたこと。

弟・大輔の本職「家庭教師」が大輔の身上書の中では「講師」と記載されていましたが、思うに「社会科学」の創設者として某有名私立大学で教鞭を執っていた‥ と言う話も全て嘘です。

 

私は色んな手を尽くして大輔の足跡を調査したのですが、どうやって探してもそこに大輔の痕跡はありませんでした。
某有名私立大学の「社会科学」科に、教授として「在籍している」と言う仮説がそもそも間違っていたのです。仮説を「在籍していない」に設定すると、これまでの矛盾が全て埋まって行きます。

思えば大輔の妻・りえさん(仮名)に大輔が、どれほどの真実を語っていたのか否かと言う点を思うと、ある意味りえさん(仮名)も、弟・大輔の虚言が作り上げた虚像の被害者なのかもしれません。
ですが大輔の妻・りえさん(仮名)が母の死後に私に対してして来たことを見る限り、そこにはもはや同情の余地すらありません。
 

 

 
※父他界後に弟・大輔はあらためて、それまでの山田家の「姉排除」のしきたりを継承し、それがさらに現在では妻・りえさん(仮名)へと引き継がれ、今は大輔の妻・りえさん(仮名)が山田家になり代わって従妹たちと共に私を排除し続けています。

 
ですがもしかすると、正当な理由もないのに長年に渡り私を排除し続けた側が、最終的には排除されることになるかもしれません。
 

私の生存や連絡先を知っていたにも関わらずそれを「知らなかったこと」として、喪主を買って出て執り行った母の葬儀後、大輔の妻・りえさん(仮名)は結局法律上の理由で母の納骨が出来なかったようです。

母の遺骨は私の実家のリビングに、墓地の権利書を付けて放置された形になり、現在に至ります。
そして大輔の妻・りえさん(仮名)が私に無断で勝手に執り行った母の葬儀その他、りえさん(仮名)が中途半端なやり方で山田家の最期の人を火葬し、親族に関する名簿或いは葬儀の参列者の名簿等を持ち去ったまま私から今現在も尚逃げ続けている為、私は母に関わる親族その他母の知人や友人に対し、納骨の報告や訃報の通知さえ出来ないまま現在に至ります。
 
ですので上にも書いたように、私が山田家の墓に母を納骨しても、おそらく誰もそれを知ることなくひっそりと何年も誰一人墓参りにさえ来て貰えない状況に至るかもしれません。
勿論私がそれを望んでいるわけではないのですが、私以外の親族全員が私を排除し続けたことが結果、山田家の三人の死者をそういう状況に追い込んだとしても誰も、何も言えないでしょう。
 

私に行われた父の最初の差別や虐待、しいては弟・大輔が私に対し行った「見殺し」がある意味では、彼等にそのまま因果応報のように戻って行ったとも言えます。そう思うと、今日までの全ての出来事の不可解な空洞や矛盾が全て埋まって行きます。
因果応報とはまさに、このような状況を指す言葉だと私は思っています。
 

私は、虚像で人生を塗り固めた弟・山田大輔や母・山田雅枝とは違い、真実と本音だけで今後も生きて行くつもりです。
物事は「ルール通り」がベストであり、法の抜け穴ばかりを追い掛けて生きることに於いては、全く適切だとは思いません。弟・大輔はどこか「法の抜け穴ばかりを塞いで生きて行く」ことの方を、自身が学んだ法律の中で習得し過ぎたように見えます。

つまりそういう背徳の念を常に抱え込んだことが、最終的に大輔の心臓に大きな負担を掛けたのではないかと思うと、そこに弟・大輔のもう真の死因の種があったのではないか‥ と言うのが私の今の結論です。
 

VIVIR SIN TI – PACO SINAY(音楽評論)

先週の「世界の音楽/新譜チェック」は、個人的なスケジュールと体調の事情で日程が完全にズレてしまいました。
しかも300曲近くをチェックした中で更新出来たのはたった10曲程度‥ と言う程、良曲がなかったことには又々ビックリでした。
 

 

(今日も未だ体調が芳しくないので、雑記程度の更新になります。
ご理解下さい。)

良作が極端に少なかった先週末の世界の新譜チェックでしたが、中でもこの作品『Vivir Sin Ti』(by PACO SINAY)は美しいルンバ・フラメンコだったので、何度かリピートして聴いています。

※PACO SINAYはパルマ・デ・マヨルカ出身(在住)のフラメンコ歌手です。‥とはどこにも書いていないので、個人的にFacebook等で調べてみたのですが、表立ってプロフィールが紹介されてはいませんでした。
 

 
未だに私は「フラメンコ」と「ルンバ・フラメンコ(ルンバ・フラメンカと言う場合もある)」の音楽的な違いを正確に説明している文献を、目にしたことがありません。
何年何月に誰々が演奏してどうのこうの‥ と言う、いかにもWikipediaに掲載された文献を幾つか繋ぎ合わせたものを読んだことはありますが、音楽的なルーツの違いを説明している人は少ないのでしょうか。
 

この作品『Vivir Sin Ti』はいわば「モダン・フラメンコ」に分類され、「モダン・フラメンコ」の一部がおそらく「ルンバ・フラメンコ」にカテゴライズされるのかもしれません。
そもそもフラメンコは基本アップテンポの8ビートで(中には16ビートでカウントしている人もいるようですが)、箱割りが変則的です。オーソドックスなフラメンコにサルサビートが合わさった楽曲が多いのは、おそらくフラメンコとサルサとの相性が良いからでしょう。

『Vivir Sin Ti』も途中から完全にサルサと化していますが、言語がスペイン語なのでやはり「ルンバ・フラメンコ」色が強く響いて来ます。
 

古くは日本にも「老若男女が一緒になって歌って踊れる」音楽文化があった筈ですが、いつの頃からかその良き習慣が少しずつ薄れているように見えます。
せいぜい夏の盆踊りとか、祭囃子やよさこい祭り等のイベントが開催される時は、それが非日常の特別な報酬のように子供たちも一緒になって歌って踊っていたりもしますが、皆どこか躊躇の感を滲ませて大人たちの顔色を覗いながら‥ と言う光景が何とも皮肉めいて見えて来ます。
 

もう少し綴る予定でしたがやはり体調が良くないので、今日の記事はここで〆ます。
記事の最後に上に書いたスペイン版の、「老若男女が一緒になって歌って踊れる」音楽文化の見本のような動画を貼っておきます。
 
『Vivir Sin Ti』同様、PACO SINAYの2020年の作品『Dedicado a Parrita』になります。
 

このところ新型コロナウィルス(変異株)の新規感染者数が急増しているので、皆様も体調にはくれぐれもお気を付け下さい。

 

アマテラスの声

2022年7月8日。安倍元首相が選挙演説中に襲撃され、お隠れになった。
 


丁度前日私と夫は期日前投票に出向き、その後に和の神・天照大神との神人共食を執り行っていた。神代開きのご報告その他、天照大神と語り合わなければならないことが山積みだった。
神人共食が円滑に行く時は、味覚が宇宙規模に敏感になるから直ぐに分かる。私達は今後のSNSのことやリアルでの人との交流について、そして何故か政治論や政治哲学について深く語り合っていた。

今にして思えばそれは翌日の序章かもしれず、滾々とかなり長い時間私達夫婦は天照大神との時間を噛みしめて、そして帰宅した。
その話を当日のブログに綴ろうと思っていたが、以前から予定していた記事(2回分)を先に綴り、片方を公開し片方を下書き投稿のまま保存した。

その夜なかなか寝付けずに翌朝を迎え、2時間弱の短い睡眠を経て私は一度布団を出た。あの時の胸騒ぎを言葉に書くことはとても難しく、今でもどのように書いて良いのか分からない。
うつらうつら二度寝の体勢に入った時、知人から安倍元首相が襲撃に遭い心肺停止だと言う一報を受け取った。
 

その後の流れは既に皆様もご周知の通りだ。
 

Twitterには色々な話が飛び交い、実は安倍元首相の一連の襲撃事件はクライシスアクター達が集まって仕掛けた一種の演劇であり、事実ではない‥ 等の奇妙な噂が飛び交った。

最も正しい情報を、私は全て天照大神と神代開きでこの世に転生した精霊等から聞き取った。だがそのような話を私が真顔で話せば話す程きっと周囲は引くだろうと言うことは分かっていたし、何より私は職業・預言者としての旗揚げはしていなかった。

無常な時間が流れ、天照大神は少しずつ表情を曇らせて行った。
 


2022年7月8日、夕方。公式な形で安倍元首相の訃報が一斉にネットやTVを駆け巡ると、そこから長い修羅場が始まった。
何より天照大神と神代開きで転生した精霊たちこそ、崩壊間際の日本を本気で救済しようと準備を進め、この日を迎えた。森友問題、皇室の継承問題、原発推進運動その他「桜を見る会」に至るまで、元首相が今日までして来たことには不透明感だけが最後に残った。
何よりアベノミクスの影響で日本人の生活は急激に追い詰められ、一部の企業が左団扇を仰ぐ以外に経済的に何のメリットも生み出さなかった。
 

そう言えば2012年、安保法制反対運動のデモの最中の映像の中で、安倍元首相の「‥こんなものは適当に放置しておけばよい」とでも言うように、口元に笑みを浮かべながら官邸に集まったデモをせせら笑った瞬間を私は今も忘れることが出来ない。
 

ついに神が動いた。
日本はあと少しで水面下で進んでいた改憲問題が大きく進展し、多くの人々がそのことによって不条理な波瀾に巻き沿いになるところだったそうだ。それは私達一般市民には知らされぬまま進行していたようだが、神は天界からその様子をじっと静観なさっていたのだ。
 

 
一連の訃報と襲撃事件のニュースの合間を縫って、多くの人々から追悼の言葉が元首相に送られた。それと同時に「マリオのコスプレをした安倍ちゃんが大好きだった。」‥等のファンレターのような追悼がSNS等を駆け巡り、日本は元首相への追悼一色に染まって行った。
皆、周囲の誰とも分からぬ人たちに叩かれないよう、自分自身を守りながら尚且つ目立つ発信に夢中になっていた。
 
それを天界から静観していた天照大神の念はみるみる怒りに変わり、人間と言う生き物への激怒と呆れ、そして落胆を私に語り始めた。その会話に神代開きを介して転生した精霊たちも乗って来る。

 人間とは何と愚かなのだろう。
 そしてこれ以外に、世界を救う回答は一つもないのだ。
 なのに人間は長い苦痛の日々を忘れ、瞬時の目の前の残忍な映像によってそれまでの記憶の全てを呆気なく書き替えられていることにすら、気づかない。
 何と愚かなのか、人間どもは。。

 

人間を操作するのは簡単で、そこに感傷的なムードを擬似的に作り出すだけで人々はその流れに巻き込まれて行く。まさに昨日のように。
 

私はリラ星の、最期の巫女の一人だった。だが今世の私は、いち音楽家・芸術家として生きている。
周囲の目もある。芸術家としての印象の保持も担っている。それでも私は巫女だ。
 

祈りを忘れた日本の民衆に、果たして救いなど本当に必要なのだろうか‥。
アマテラスの声が私を包み込む度、私自身の責務の重みをあらためて認識せざるを得なかった。だが現在、天照大神と神人共食の出来る唯一の私と夫の身に何かが起きれば、その後アマテラスの味覚を満足させられる人はこの世に存在しなくなる。
むしろそちらの方が私には、危機的にも感じる。

ネット上にはひっきりなしに「暴力はいけない‥」等と言った言葉が投稿され、その言葉に多くの人々が反論するすべを奪われた。
だが、暴力と神罰を取り違えてはいけない。2022年7月8日の元首相の襲撃事件は暴力ではなく、明らかに神罰だ。
 

 
神は不眠不休で祈りに忙殺される存在だ。それは誰の為とかそういうことではなく、何ら見返りを求めずに一心不乱に祈り続けるのみである。
この二日間、私は天照大神の魂と完全に同調し、共に過ごした。ほぼ不眠不休の時を過ごし切った今日の私はボロボロで、抜け殻だった。だが味覚だけは、全身が顕微鏡にでも生まれ変わったように、痛みをともなうほどに敏感だった。
 

アマテラスが祈りに集中するように、私は遠い昔とは違うやり方で祈りを継続して行きたいと思っている。それが神の意には仮にそぐわないものだとしても、私にはそれ以外に祈りに集中する他の方法を思い付かない。
そして時折、時間と体力の許す限りアマテラスの声や思いに寄り添い、耳を傾ける。それが私の祈り方。
 

 
やっとこれが形になったようだ‥。

ほんの一瞬ではあったが、天照大神がそう言って私の音楽を初めて指差して下さった。
人々が神に願望成就をお願いするのとは違って、神には人間に対し同じ難易度の要求を突き付けることが出来ない。ならば私は、だからこそ音楽を止めることは出来ない。

そしてあらためて私は、現世に於いて巫女として出来ることが何か‥ と言うことについて深く、もっと深く考察したいと思う。

弟・山田大輔の虚像と実像 – 前編 –

この記事の記載を予告した日時からは既に一ヶ月が経過しましたが、この記事を書くには多くのエネルギーを消耗するでしょう。
御周知のように我が家は今、目下の遺産整理の最中に在ります。その合間を縫って私は、第三の人生の立て直しと魂の休養を継続しています。
 

 
圧は毎日のように揺り返しを繰り返しますが、抗わず受け容れず、そして巻き込まれぬように細心の注意を払いながら日々、魂を磨き、夫婦共に覚醒の手を緩めぬ努力は怠っていません。
 

弟(山田大輔)夫婦に対して、今現在も様々な思いが駆け巡ります。特に気になっている点の一つとして、弟の真の死因が何だったのか‥ と言うことが挙げられ、妻・りえさん(仮名)の周囲で弟と母の二人が(恐らく)似た状況で亡くなっていたことを考えると、彼等の死因の真相が一体何だったのか‥ について姉としてとても気掛かりではあります。
 

私は親族二人の死因に於いて、既に一つの仮説に到達しています。
ですがその仮説についてはこの記事での明記は控え、弟・山田大輔の表と裏の顔と彼の魂の真実について、私の知る限りをここに記載したいと思います。
ここでは死後の大輔の魂から直接聞いた話も含めながら綴って行こうと思いますので、心してお読み下さい。
 

弟・山田大輔: 2014年11月 結婚式の写真

 
私の知る限りでは、弟・山田大輔の魂の大元が摩利支天を名乗る忍びだったとのこと。

摩利支天を名乗っていた忍びは妖術使いとして一時その名を広め、過去世で私が「くのいち」だった一つの時代の私の最期を仕留めたと記憶しています。
私は何者かに背後から、首を右側から斬られて命を落としています。それはとても壮絶な最期だったので、転生した今世でも私は当時の記憶を忘れることが出来ません。
 
当時の私の首斬りを命じたのが忍び「摩利支天」であり、実際に私の首を斬り落としにかかった人物二人は、忍び「摩利支天」に命じられた部下の忍びたちでした。
(後に私は当時の私の首を斬り落としたであろう、忍びの「摩利支天」の部下の二人の生まれ変わりの男女ともリアルで会っています。)
 

切っ掛けは全く別件ではありますが、私は小学校3年生の夏に首の右側を起点として頸椎捻挫を患っています。元々体のその方向が弱い為首の右側にだけ発作が起きたと記憶していますが、あの瞬間に妙なビジョンが過ったのが何故だったのか‥。今にして思えばそうした魂の変遷は続いており、今世の私に誰かが「体の右側」に対する注意喚起をしてくれたのかもしれません。
 

同じ家にヨハン・セバスティアン・バッハと摩利支天の二人の魂が姉弟として転生した‥ 等と言う話は確かに前代未聞ですし、唯物主義者からは一笑に付されて終わってしまう話かもしれません。ですがこれは紛れもない事実です。
 

 
幼少期、特に未だ小学校に入学する前の弟はとても純粋で、姉思い、母思いの優しい人でした。
時折無鉄砲な行動に走るところはありましたけど、彼の言動の全てには彼なりの美学や哲学があり、子供だったにも関わらず大輔はそれを一貫させて生きていました。
 
私が小学校3年生の夏にYAMAHA JOC(ジュニア・オリジナル・コンサート)の作曲競技のイベントに急遽出演することが決まった時も、大輔は合歓の里までついて来てくれました。
その時に、私が練習しているスタジオの近くで途中から虫捕りに夢中になって迷子になる‥ と言う大珍事を起こしてくれましたけど、翌日私がステージで本番の即興演奏を演っている最中もハラハラしながら客席で私を応戦していてくれたのを、今でも憶えています。

そんな大輔が最初の挫折を味わったのは、おそらく彼が桐朋学園「子供のための音楽教室」に入室し、姉と同じピアノを勉強し始めた頃に母が放った一言が原因だったと、死後の大輔が話してくれました。
そもそも姉がヨハン・セバスティアン・バッハ、即興と作曲と空間音響の名手だったわけですから、誰もが私のようにその場その時々で瞬時に作曲が出来る筈が無いのです。弟も楽譜の譜読みと暗譜にはかなり苦戦し、その度に母が「美樹(私の本名)にだって出来るのよ!貴方に弾けない筈がないでしょ!」と言って、ピシャリ!と弟の腕や手の甲を引っ叩く音が、私の居る隔離部屋にまで響き渡りました。
 

その度に弟・大輔の気持ちは凹み、どうやっても姉の技術を超えることが出来ないのは自分の怠慢のせいだと思って頑張ってはみたものの、中学受験を表向きの理由に彼は桐朋の子供のための音楽教室もピアノも、つまり音楽に於ける一切合切から身を引きました。
ですがそれはただ単に大輔がピアノや音楽を辞めるのとは異なり、大輔の魂に「この世の超えられないもの」と言う実績と記憶を刻印したことになりました。
それを機に弟・大輔は日に日に変貌を遂げて行き、自分自身の本音を周囲に一切吐かなくなって行ったように思います。
 
その連続が後に私が綴る、弟・山田大輔の虚言癖に基づく「虚像」の原点と直結しているのではないかと、私は思っています。
 

そもそも弟・大輔は、音楽そのものが大好きでした。他の同じ世代の子供たちのように、モテるから‥ とか目立つから‥ と言う理由ではなく彼は、心から音楽が好きだったと私も思います。
特にトランペット等の金管楽器の音色に触れると、どこかハードボイルドな中に漂う一種のロマンティシズムに敏感に反応を示し、時折涙目になりながらその音色を追い掛けていたのを今でも記憶しています。
 

 
私はテレビを観ることを母に強く禁じられていましたが、母が外出した時等に大輔が「一緒に観ようよ‥。」と言って度々私をテレビの前に駆り出してくれて、その時に観ていた番組が「愛の戦士レインボーマン」や「宇宙戦艦ヤマト」、「ルパン三世」等だったなぁ~と、振り返れば懐かしい話も沢山あります。
 

大輔は子供の頃から超能力や霊界等に強く憧れており、母の持つ強大な霊力に対しては微かな嫉妬と敵対心を抱いていただろう‥ と言うことが、姉の私にもひと目で分かる瞬間がありました。
ですが姉の持つシュールな力に対して弟・大輔は、ライバル心や敵対心を持つことはありませんでした。その純真な性格が激変した切っ掛けが上に書いた「音楽を巡る母の叱咤と暴力」であり、その酷い現場を既に姉の私と母との真に間近に見ていた彼が、せめて自分自身の心身だけは守りたいと願ったとしても、私にはそんな彼を責めることなど出来ません。

その(弟・大輔が両親の暴力や暴言等から身を守る為の)手段が「両親には絶対に本音と真実を語らないこと」だったとしてもそれしか方法がなかったことぐらい、姉の私だからこそ今ならば容易に判断が付きます。
一般的に言うところの「正しい判断基準」が当時の私達、「山田家」には一切通用しないことを、言うまでもなく当時の彼も骨身に染みて感じていたことでしょう。
 

大輔の真剣で純粋な目が段々と濁り始めたのは、彼が一浪の末に東大の法学部に入学した直後からでした。
私が大輔と暮らしたのは(私の計算が合っていれば)丁度彼が東大の2年生になった頃で、私はその年の秋頃に実家を出ています。私と弟の年齢差は4歳、私が家を出たのが24歳の秋の終わりでした。
 

私は母親に、早々に家を出て行くように‥ と毎日のように言われ、無謀とも思える手段を経て何とか結婚(初婚)相手を見つけて、母にその人と会わせる段取りまで漕ぎ着きました。
ですが母は当時の私の初婚の相手との喫茶店面談の時、「あなたのような下品な人に美樹は相応しくないわ。あなたみたいな人に娘を、本当は渡したくなんかないんですよ‥。」等と思ってもいないことを口走る、いわゆるマッチポンプで私と当時の初婚の相手との仲を引き裂こうとしました。
 

ですが私は這う這うの体(ほうほうのてい)を駆使してでも、あの毒気の強すぎる実家を離れたかったのです。
実家を出る最後の夜、弟は私に何か言おう言おうとしては母や父に発言を遮られ、最終的には私が何故段ボール箱を4~5個だけを持って実家を追い出されなければいけなかったのか、その本当に理由を知らぬまま寂しそうに私に手を振ってくれた、あの時の弟・大輔の手が妙に小さく視えた瞬間が今も脳裏を過ります。
 

大輔はその後、急激に変貌を遂げて行きます‥。
 

後編に繋げます。‥

K-Pop “Heize”と音楽のソコヂカラ

以前から大好きでウォッチしていた韓国のシンガー・ソングライター “Heize” が、新曲『일로 (Undo)』をリリースした。
『일로 (Undo)』シングル曲アルバムタイトルの両方で更新され、特にシングル曲の『일로 (Undo)』は楽曲として秀逸と言っても過言ではないだろう。
 
タイトル『일로 (Undo)』は和訳すると、どうやら「なかったことに」と言うような意味になるようだ。
偶然アメブロに和訳を見つけたので、歌詞の意味を日本語で読みたい方は是非そちらを参考にして頂けたらと思う。
 

https://ameblo.jp/sullun114/entry-12751060771.html
 

 
PVを見ると一瞬「ルックス主義」のカワイ子ちゃん系韓流歌手かと勘違いしそうになるが、それは間違いだ。
さり気なく正確な音程に依存せず、細やかな表現を随所で巧みに使い分けながら、尚且つそれをけっして売りにはしないのは彼女がそれ以上の潜在的な能力を秘めているからだ。
 

多くの歌手や表現者が現れては消えて行くその境界線は、「自ら作品を生み出せる者」と「既に誰かの手によって生み出された作品を再現する者」。そこには大きな段差があり、後世に自身の名と作品を共に残せるのは前者一択と言って良いだろう。
 

私が度々「ライブ」を否定している理由も、ここにある。
勿論「生み出せる人」が奏でる再現音楽は、「生み出さない人」の再現音楽とは全く質が違う。なので私は前者「生み出せる人」があえて挑む再現音楽に於いては、一切否定も拒絶もするつもりはない。
だが作品が生まれるエネルギーは出産時の赤子同様に、羊水から空気の世界に旅立つ瞬間にのみ放たれる特別な力を持つ。なので厳密には作品がレコーディングされた時のエネルギーを、後のライブが超えることはほぼ皆無と私は思っている。

その意味で「ライブ」、いわゆる再現音楽を私は特殊な例を除き、殆ど否定し、拒絶するスタンスを今も変えていない。
 

 
Heizeは新曲『일로 (Undo)』と言うある種のダンス系要素の高い作品を、マイク一本「歌のみ」で勝負に挑むように様々な番組で歌唱している。
勿論バックバンドは打ち込みだが、声は生声で、その都度都度でエフェクトも演出も変えてパフォーマンスに挑んでいる。
 
ダンス・ミュージックをあえてダンスで魅せない、ある種の勝負心を彼女の中に感じる度に、私の評論家魂に呆気なく火が着いて行くのを感じる。
 

 
「生み出せる人」は表現に於いて、いつも限りなく自由で居ることが出来る。
何が正解で何が不正解なのか‥ と言う枠にがんじがらめに囚われることが無いから、いつ、どのタイミングでアドリブを仕掛けようが全ては自分自身の気分でどうにでも料理が可能だから。
 
さながらモーツァルトがコンツェルトの最後の「カデンツァ」の音列を楽譜上では指定しなかったように、モーツァルトは常にその時々の気分や状況に応じて内容の異なるカデンツァを自由に演奏していた。
‥つまりそれこそが即興演奏の醍醐味であり、そうした完成度(創作性も失わない)と即興性の高いライブこそが価値のあるライブだと言うのが、私のライブ美学だ。
つまり完成度も即興性も、まして創作性のどれもが全く当てはまらないライブは、存在価値すらないと言っても過言ではない。
 

 
誤解して欲しくないのは、ここで私がある種「ライブ」の存在価値の有無を説いている真の理由についてである。
 
最近「音楽とビールは生が一番だ」等と言う人達が増えており、どんなにアレンジが悪くても、どれだけ歌唱力が酷くても、それが「生演奏(Live)」であると言うだけで視聴者が勝手に脳内変換で目の前の質の良くないパフォーマンスのグレードを過大評価してしまう。
そういう視聴者の脳内誤動作を出来る限り少なくする為、良いものとそうではないものの理由と境界線を明示する必要を私は強く感じて、こうした記事を書き続けているわけだ。
 

 
さて、この記事の最後に、私が大好きなHeizeの2017年リリースの作品You, Clouds, Rainの美しいLive動画を貼っておきたい。
動画冒頭がその作品である。

どこか小田和正にも通ずるノスタルジーを感じさせる、とても美しいメロディーラインとパフォーマンスを是非ご堪能頂ければ幸いだ。
 

 

内容を限定し、お仕事の依頼も承っております。
音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは 📨[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。

音楽評論に関しては、世界中(演歌とヘヴィメタル以外)の音楽を分析・検証し、語り尽くします。
オーダーを遥かに上回るクールで奇想天外な記事を、筆者の豊富な脳内データから導き出して綴ります!

バッハ (J.S.Bach) と言う過去生の自分

私が過去世 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ であることは、あくまで私の過去の魂の履歴に過ぎません。
何故自分がその人であることを確信するに至ったか‥ と言うご質問はこれまでにも何度か投げ掛けられていますが、それは簡単に言えば「あなたは何故自分が人間であると確信するに至ったのですか?」と言う質問と、内容はほぼ一緒です。
なので答えるまでもありません。
 

他人事としてバッハの偉大さを挙げるとすれば、例えば以下のようなことになるでしょうか。
 

  1. 教会音楽、或いはゴシック様式の礎を築いた最初の人であること。
  2. 対位法と言う前人未踏の音楽理論を確立した、最初で最後の人物であること。
  3. 即興演奏の名手であったこと。これが後のサロン音楽文化の基礎となった点は見逃せません。
  4. 空間音響学の基盤を構築した最初の人物であること。
  5. 何より音楽全般の父として、作品や生き様、音楽理論に於ける彼の多くの実績が後世に受け継がれていること。


挙げればきりがないのですが、現在私が次世代の音楽の基盤を新たに構築している点を理解出来る人であれば、私がその人 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ であったことに於いては矛盾を感じない筈です。
ですが全てはあくまで、私の過去世の魂の変遷でしかありません。私は私、Didier Merahでありそれ以上でも以下でもないと同時に、現在に至るまで私のような人物が二人と存在しないことも又事実です。
 

 
Didier Merahは現在、自身の半生のお片付けの真っ最中です。未だ手の負傷も完治していないながら、新作のメモだけは日々湧き出て困っています(笑)。
人生の大掃除中にて、暫くは音楽評論や音楽紹介、音楽鑑賞にエネルギーを注ぎながら次の自分に備えて準備中です。
 
作品のみならず生き様を含む全てを次世代のサンプルとして確立しようと試みている最中なので、これからの私の言動はきわめてシンプルできわめて歯切れの良いものに進化して行くことになるでしょう。
 

一見優しい音楽を生み出している私ですが、言葉はとても辛辣でストイックです。
付け焼刃な甘ったるい同情は、一切しないことをポリシーとして生きています。私に何かしら話し掛ける時は、「歴史上の音楽の父」として、そして「次世代の音楽の母」を目の前にしていると言う気概と覚悟をもって接して下さい。
以後、このルールに反する内容(言葉遣い含む)のDMやメールには、返信はしないつもりです。

礼節は尽くして下さい。お願い致します。
 

 

山下達郎とシティー・ポップ [前編]

2022年6月22日、かねてから大々的に告知されていた山下達郎のニューアルバム『SOFTLY』がリリースされた。
通常版は特典なしで3,300円から、特典付きになるとさらに価格が跳ね上がる。

 

 
勿論この人は昭和スタイルの販売ルートのみのアーティストなので、サブスクでのリリースは当然なし。なので当初私はこのアルバムを購入する予定だったが、紆余曲折を経て購入を取り止めた。
正直物理CDが手元にあっても邪魔になるだけで、当然のこと音楽として聴けるクオリティーではなかったので、このような結果に相成ったわけだ。
 

某動画配信チャンネルから(ほぼ)フルアルバムと言えるよう編集されたものが出ていたので、そちらを先ず聴いてみた。
恐らくラジオ等でオンエアされたものからのピックアップも含まれるであろう構成になっており、曲によってはMC(トーク)が楽曲のイントロに被ったままの状態にはなっていたが、中身が分かれば良いのでそのまま流して聴いて行く‥。
 

山下達郎と言えば真っ先に思い浮かぶのが「シティー・ポップ」と言う言葉だろう。勿論彼が老いた今もリスナーは、必ずそのエッセンスを期待する。私もそうだった。
だが実際に上の(ほぼ)フルアルバムが収録された動画を捲ってみると、正直内容は散々なものだった。
 
最近若手の韓国のYouTuberの中にも山下達郎そっくりで尚且つシティー・ポップのテイストを正確に、忠実に‥ と言うより原作以上のクオリティーでコピー(カバー)するアーティストも出現している。
 

 
このYouTuber、Tae Yoon Kimさんの山下達郎のカバー動画の注目すべき点は、ヴォーカルではなくバックバンドの再演のクオリティーだ。ほぼ全てのパートがTaeさんの手動で録音されているが、それが原作のクオリティーを軽々と超えている点は見逃せない。
 

ここで少しだけ話題を脱線。
「シティー・ポップ」の定義について、私はこう考える。

1. 日本の高度成長期の大都会(特に夜景)を彷彿とさせるサウンド感覚を持つ音楽。

2. オープンカーやスポーツカーを運転する男性ドライバーが目に浮かび、助手席にはハイヒールを履いた女性を同乗させている‥ と言う光景を想起させる音楽。

3. 程好くハードではないドラミングやリズム体、主にStepするような緩いスウィング感のあるリズム体が体を揺さぶる音楽。

4. ギターカッティング、或いは生ピアノよりもキーボードで「ピアノ」の音質を再現しそびれた感のある、どこか間違いがあるにも関わらずそれらしく聴こえて来る音楽。

5. ギリギリまで声を張り上げてはいるもののけっして高音域ではなく、中低音のマイルドさを誇張したヴォーカルが特徴的な音楽。

6. 何より「風」を感じる音楽であること。
 

私が思う「シティー・ポップ」とは概ねこんな感じであるが、この解釈については別の様々な解釈があっても良いと思っている。
そして若かりし頃の山下達郎のサウンド感が、上の全ての条件にマッチしていた。

さて話を山下達郎の新譜「Softly」に戻してみると、先に書いた全ての条件を見事に逸した、何ともドン臭いアルバム(表現含む)で本当にガッカリした。
 

 
私の音程の受信感度が狂っていなければ先ず、彼の音程が酷く劣化したと言うのが強い印象だ。そもそも曲の作りが機械的なので非人間的と言うか、絶妙に正確な音程を保持していないと歌えない楽曲が大半だが、その音程がこれ又絶妙にズレている。
さらにリズムが不正確で本来のアタック箇所にヴォーカルがアタっていない為に、後ノリでヴォーカルが若干遅れて聴こえて来る。そのせいで、どうしても演歌のコブシを効かせて歌っているようにしか聴こえない。
 

ノリノリだった「あの頃」の山下達郎の代表曲『Ride On Time』に見られるような、キラキラしたシティー・ポップの‥ これさえあれば何が来ても怖くないと思わせるような輝きも希望も一切見られない彼の新譜『Softly』の、楽曲の全てのメロディーメイクはただただ悲惨としか言いようがなく、長い時間聴いてはいられない。
まるで回顧主義の老人の独り言みたいで、先に「シティー・ポップ」を求めてこの人の曲を聴こうとしていただけに失望感がハンパない。
 

かなしいかな、人は誰しも年を取って行く。老いは多少なりとも表現の劣化へと直結するのだが、それをカバーする方法として人生の経験値や人間性、そしてインテリジェンスの成熟等が挙げられる。
そのどれ一つとして達郎の場合は機能しておらず、何かと「恋愛」とか恋愛の思い出を振り絞るようにして歌詞にしているから、聴いていて無理な重圧がどうしても後頭部を直撃して来る。
 
それを本人もおそらく気付いているのか、喉に異常なまでの力(力こぶし)が入っている。その影響で全ての発音の一瞬前に「‥ンガガガ‥」みたいな助走が掛かってしまい、音程もテンポもリズムも全てがタイミングと正確性を逸している。
 

勿論楽曲的にも「シティー・ポップ」感は殆ど失われおり、色褪せたセピアカラーの1980年代のフィルム写真を見ているような喪失感に苛まれる。
シティーもポップも失われ、さらには発声の全てに力コブシが練り込まれたこれらの音楽は、最早聴くに値しない。なので私はこのアルバムの一曲すら、フルサイズで聴くことが出来なかった。
 

 
残念なことに今、世界的に日本の「シティー・ポップ」系のカバーが急増している(笑)。特に山下達郎の奥方の竹内まりやが1984年にリリースした『Plastic Love』が今、最注目されいるタイミング。
恐らく夫・達郎はその流れを踏んで今、ここだ!‥ やっと来たビッグウェイヴに自分も乗ろうと試みた筈だ。だが、それは失敗に終わったのではないだろうか。
 
山下達郎と竹内まりやの結婚は当時音楽業界を賑わせ、それを機に妻・竹内まりやは一線を退いた。あくまで夫をたてる為に表舞台から妻・まりやは姿を消し、アイドル歌手に楽曲を提供する文字通り「作曲家」に転じたわけだが、それがある種の威厳や風格を長年に渡って培わせて来たように私は感じている。
ここに来て山下達郎は、妻・竹内まりやに首‥ いや、体一個二個分先を越された形になったようだ。
  

門脇 麦

 
山下達郎のニューアルバム『Softly』のラスト曲に収録されている『REBORN』は、映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の挿入歌として既に女優の門脇麦が熱唱しているが、これが凄かった。
逆に原作者・山下達郎の原曲を聴いた時に、その余りの表現力の無さに愕然とした。むしろ門脇麦が歌唱した方の動画を視た時の感動が余りに大き過ぎたのか、何より「何も足さず何も引かず」の門脇麦の素直な表現が不幸にも、原曲(山下達郎)の不安定なメロディーラインに安定感を与えてしまった感は否めない。

この記事の最後に、圧巻の門脇麦の『REBORN』を掲載し、この記事を〆たい。
※尚この記事にはまだ続きがあるので、次記事へと続く‥。

 

山下達郎とシティー・ポップ [前編]

2022年6月22日、かねてから大々的に告知されていた山下達郎のニューアルバムSOFTLYがリリースされた。
通常版は特典なしで3,300円から、特典付きになるとさらに価格が跳ね上がる。
 

 
勿論この人は昭和スタイルの販売ルートのみのアーティストなので、サブスクでのリリースは当然なし。なので当初私はこのアルバムを購入する予定だったが、紆余曲折を経て購入を取り止めた。
正直物理CDが手元にあっても邪魔になるだけで、当然のこと音楽として聴けるクオリティーではなかったので、このような結果に相成ったわけだ。

某動画配信チャンネルから(ほぼ)フルアルバムと言えるよう編集されたものが出ていたので、そちらを先ず聴いてみた。
恐らくラジオ等でオンエアされたものからのピックアップも含まれるであろう構成になっており、曲によってはMC(トーク)が楽曲のイントロに被ったままの状態にはなっていたが、中身が分かれば良いのでそのまま流して聴いて行く‥。

山下達郎と言えば真っ先に思い浮かぶのが「シティー・ポップ」と言う言葉だろう。勿論彼が老いた今もリスナーは、必ずそのエッセンスを期待する。私もそうだった。
だが実際に上の(ほぼ)フルアルバムが収録された動画を捲ってみると、正直内容は散々なものだった。
 

最近若手の韓国のYouTuberの中にも山下達郎そっくりで尚且つシティー・ポップのテイストを正確に、忠実に‥ と言うより原作以上のクオリティーでコピー(カバー)するアーティストも出現している。
 

 
このYouTuber、Tae Yoon Kimさんの山下達郎のカバー動画の注目すべき点は、ヴォーカルではなくバックバンドの再演のクオリティーだ。ほぼ全てのパートがTaeさんの手動で録音されているが、それが原作のクオリティーを軽々と超えている点は見逃せない。
 

ここで少しだけ話題を脱線。
「シティー・ポップ」の定義について、私はこう考える。
 

1. 日本の高度成長期の大都会(特に夜景)を彷彿とさせるサウンド感覚を持つ音楽。
2.
オープンカーやスポーツカーを運転する男性ドライバーが目に浮かび、助手席にはハイヒールを履いた女性を同乗させている‥ と言う光景を想起させる音楽。
3.
程好くハードではないドラミングやリズム体、主にStepするような緩いスウィング感のあるリズム体が体を揺さぶる音楽。
4.
ギターカッティング、或いは生ピアノよりもキーボードで「ピアノ」の音質を再現しそびれた感のある、どこか間違いがあるにも関わらずそれらしく聴こえて来る音楽。
5.
ギリギリまで声を張り上げてはいるもののけっして高音域ではなく、中低音のマイルドさを誇張したヴォーカルが特徴的な音楽。
6.
何より「風」を感じる音楽であること。

 
私が思う「シティー・ポップ」とは概ねこんな感じであるが、この解釈については別の様々な解釈があっても良いと思っている。
そして若かりし頃の山下達郎のサウンド感が、上の全ての条件にマッチしていた。

さて話を山下達郎の新譜「Softly」に戻してみると、先に書いた全ての条件を見事に逸した、何ともドン臭いアルバム(表現含む)で本当にガッカリした。
 

 
私の音程の受信感度が狂っていなければ先ず、彼の音程が酷く劣化したと言うのが強い印象だ。そもそも曲の作りが機械的なので非人間的と言うか、絶妙に正確な音程を保持していないと歌えない楽曲が大半だが、その音程がこれ又絶妙にズレている。
さらにリズムが不正確で本来のアタック箇所にヴォーカルがアタっていない為に、後ノリでヴォーカルが若干遅れて聴こえて来る。そのせいで、どうしても演歌のコブシを効かせて歌っているようにしか聴こえない。

ノリノリだった「あの頃」の山下達郎の代表曲『Ride On Time』に見られるような、キラキラしたシティー・ポップの‥ これさえあれば何が来ても怖くないと思わせるような輝きも希望も一切見られない彼の新譜『Softly』の、楽曲の全てのメロディーメイクはただただ悲惨としか言いようがなく、長い時間聴いてはいられない。
まるで回顧主義の老人の独り言みたいで、先に「シティー・ポップ」を求めてこの人の曲を聴こうとしていただけに失望感がハンパない。
 
かなしいかな、人は誰しも年を取って行く。老いは多少なりとも表現の劣化へと直結するのだが、それをカバーする方法として人生の経験値や人間性、そしてインテリジェンスの成熟等が挙げられる。
そのどれ一つとして達郎の場合は機能しておらず、何かと「恋愛」とか恋愛の思い出を振り絞るようにして歌詞にしているから、聴いていて無理な重圧がどうしても後頭部を直撃して来る。

それを本人もおそらく気付いているのか、喉に異常なまでの力(力こぶし)が入っている。その影響で全ての発音の一瞬前に「‥ンガガガ‥」みたいな助走が掛かってしまい、音程もテンポもリズムも全てがタイミングと正確性を逸している。

勿論楽曲的にも「シティー・ポップ」感は殆ど失われおり、色褪せたセピアカラーの1980年代のフィルム写真を見ているような喪失感に苛まれる。
シティーもポップも失われ、さらには発声の全てに力コブシが練り込まれたこれらの音楽は、最早聴くに値しない。なので私はこのアルバムの一曲すら、フルサイズで聴くことが出来なかった。
 

 
残念なことに今、世界的に日本の「シティー・ポップ」系のカバーが急増している(笑)。特に山下達郎の奥方の竹内まりやが1984年にリリースした『Plastic Love』が今、最注目されいるタイミング。
恐らく夫・達郎はその流れを踏んで今、ここだ!‥ やっと来たビッグウェイヴに自分も乗ろうと試みた筈だ。だが、それは失敗に終わったのではないだろうか。

山下達郎と竹内まりやの結婚は当時音楽業界を賑わせ、それを機に妻・竹内まりやは一線を退いた。あくまで夫をたてる為に表舞台から妻・まりやは姿を消し、アイドル歌手に楽曲を提供する文字通り「作曲家」に転じたわけだが、それがある種の威厳や風格を長年に渡って培わせて来たように私は感じている。
ここに来て山下達郎は、妻・竹内まりやに首‥ いや、体一個二個分先を越された形になったようだ。
 

 
山下達郎のニューアルバム『Softly』のラスト曲に収録されている『REBORN』は、映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の挿入歌として既に女優の門脇麦が熱唱しているが、これが凄かった。
逆に原作者・山下達郎の原曲を聴いた時に、その余りの表現力の無さに愕然とした。むしろ門脇麦が歌唱した方の動画を視た時の感動が余りに大き過ぎたのか、何より「何も足さず何も引かず」の門脇麦の素直な表現が不幸にも、原曲(山下達郎)の不安定なメロディーラインに安定感を与えてしまった感は否めない。

この記事の最後に、圧巻の門脇麦の『REBORN』を掲載し、この記事を〆たい。
※尚この記事にはまだ続きがあるので、次記事へと続く‥。
 

音楽から読み解く世界情勢 [2022.06.25]

関東地方はまさに雨季真っ盛りで、連日湿度が高く蒸し暑い日が続いている。個人的には色々な事が日々折り重なり、特に一昨日から昨日は気持ちが酷く滅入って落ち込んでいた。

世界はどこに向かって進んでいるのかと、日夜そのことばかりを思う。それはけっして良い方向とは言い難く、いつ、誰とはぐれてしまうか分からない不安は未明の悪夢を引き寄せる。
かなりの的中率で予感が現実になる今日この頃の私にとって、夢とは言え侮れない。だからと言って夢に「その人」が現れたからと言って連絡を取るわけにも行かず、色んなSNSからそっと先方の様子を伺いながら今日の無事を確かめるしか他に手段がないのがもどかしい。
 

私自身が音楽家でありながら、音楽業界関連の友人は殆ど皆無だ。と言うのも私が芸術家・作曲家でありながら、音楽評論家として旗揚げしたからに他ならない。


音楽家(作曲家・表現者)と音楽評論家はまさに敵対関係に在り、私はその両方を職歴に掲げたわけだから周囲が戦々恐々としても致し方あるまい。同業者とて、私の感性は妥協を一切許さない、良いものは良いし、悪いものは悪いと明言することが、音楽評論家の仕事なのだから。

現在の私が作るSpotifyのプレイリストのメインは、以下のシリーズ『Gentle Rain 2. (2022. ⑤)』になる。今週の更新は[M-92: Anema E Core”– Valentina Cenni e Stefano Bollani] から [M-115: Jilani” – V.B.Kühl, Rabii Harnoune] までになる。

 

 
更新分冒頭の “Anema E Core” は、私が未だ現役の和製シャンソン & カンツォーネの伴奏者だった時代に大好きだった一曲。このこの曲を聴くとどういうわけか泣きたくなり、その度に今世では未だ行ったことのないトスカーナの広大な風景が脳裏に現れて、過去世の幼い私がトスカーナの一戸建ての家でケーキを焼いている‥。

こんな時に名前を出すのもどうかと思うが、特に小松原るなさんの “Anema E Core” は素敵だった。勿論小さなシャンソニエで歌われるその曲のクオリティーを問われたら何と答えて良いのか分からないが、彼女の小声でささやくような “Anema E Core” の中に微かに流れるトスカーナの風に、当時の私は何度ロックオンされただろう。
 

そんな思い出の曲をプレイリストから外すわけがないのだが、だからこのテイクの [M-92: Anema E Core”– Valentina Cenni e Stefano Bollani] が良いかどうかと問われると確かに若干返事に詰まるのも又事実かもしれないが。
 

“Queen Of Sheba” (artwork)


今週はあの、パレスチナの大御所トランペッター(作曲家・プロデューサー)のIbrahim MaaloufAngelique Kidjoと組んでリリースしたアルバム『Queen Of Sheba』もお目見えしたが、個人的な感想としてはヴォーカルが鬱陶しくて尚且つ知性を欠いている為なのか、Ibrahimのトランペットと表現がバッティングしてしまい完成度は今ひとつと言った印象が強かった。
 

メインのプレイリストではないが、主にBGM仕様をテーマに作っているチルアウト・ミュージック系のプレイリストの方が、今週は更新出来た曲が多かった。
今週の更新は [M-14: “Another Like This” – Photay Remix] から [M-36: “Untouched Rainforest” – 小瀬村昌] までになるが、此方もメイン同様に全体的には小粒の作品が出揃ったように思う。
 

 

気になるアルバムがもう一つあるとすれば、”Summer Sol VII” が挙げられるだろう。
此方は王道のポップスとは一線を画し、アルバム冒頭の “Sat Nam” からも分かるようにSufiの音色が炸裂するが、王道のSufi Musicかと言われるとそうではなく、全曲に「エレクトロニック」寄りの加工が施され、アラビックなテイストにアイシングされた構成になっている。

アルバムのクレジットには Sabo 或いは Goldcap などの名前が挙げられているが、各曲異なるアーティストの作品がズラ~っと並んでいる。全編を繋げて聴いてもなかなかのクオリティーで異国情緒豊かなアルバムに仕上がっているので、個人的にはオススメのアルバムだ。
 

 

私 Didier Merah が作るプレイリストは他の音楽愛好家が作るそれとは一線を画した選曲になっており、いつの日かDidier Merahが監修したオムニバス・アルバムが世に出た時にはかなりの脚光を浴びること間違いなしの出来栄えと言っても良い筈。
それもこれも良いリスナーを増殖させることが私の第二の目的で、その為にはどの曲の何が良くて、どの曲の何が良くないのかについても辛辣に発信して行くことが必須だ。

多くの音楽愛好家たちは、周囲の同種の人たちが何を聴き、何を良いとするのが正解なのかについて戦々恐々としているのが現状だ。自分自身の感覚に今ひとつ自信が持てず悶々としているうちに、多くの賛同票を得ている楽曲に対し無難に加点しながら聴くことで満足しているように見える。

そんなことでは良質な音楽が日陰に追い遣られるのが目に視えているから、私はあえて損得抜きに多くの楽曲をジャッジメントする役目を買って出た。
それも含めて私の音楽人生のミッションと心得ながら、自信を持って世界の音楽をジャッジメントし、紹介出来れば本望だ。
 

 

音楽配信を目的とした楽曲作成のオーダーの他、音楽評論、レビュー or ライナーノート執筆、ラジオ番組用のBGM選曲、雑誌連載執筆及びYouTube出演や対談等、諸々用件・案件は、Twitter のDMないしは公式ホームページから、[info@didier-merah.jp] ⇦ までお寄せ下さい。
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グレイ星人の真実 その他 (Truth of Grey Alian)

【序文】
これは他の特定情報への内容訂正を含んだ、私が直接グレイ星人からテレパシーで受け取った情報です。全文日本語で記載しますので、それぞれ母国語にページ翻訳をした上で読んで下さい。

This article details the information I received telepathically directly from the Grey (Alien). The full text will be written in Japanese language, so please translate the page into your native language at reading.
 


このところ「銀河連合からの使者」と題し、地球上で多くのエイリアンが地球人の女性を介して「ハイブリッド種」の新しい人種を妊娠させているとの噂が出回っており、その一部のエイリアンとして「グレイ星人」が諸悪の根源であるように触れ回っている地球人が居るようです。
 
かねてからグレイ星人は「諸悪の根源」のように言われて来た長い歴史があるようですが、これは半分以上が間違いである可能性を否定出来ません。
又、そうしたハイブリッド種の妊娠に駆り出された地球人の女性の一部が「スターシード」であり、そうした役目を背負っている‥ と言うまことしやかな噂を吹聴している人も複数存在すると聞いていますが、そもそも「スターシード」とそうではない人とはミッションや存在意義に大きな違いがあり、ミッションを自発的に遂行しない人は「スターシード」とは何の関係もない普通の人なので、間違った噂にはくれぐれも翻弄されないよう各自気を付けて下さい。
 

Recently entitled “Messenger from the Galactic Union”, there are rumors on the planet that many aliens are pregnanting new races of “hybrid” through earthling women.
It seems that there are earthlings who have spread rumors that “Grey Alien” is the root of all evil.

On Earth, the Grey Alien has a long history of being described as the “source of all evil.” However, it cannot be denied that more than half of this may be wrong.
 

 

【グレイ星人の真実について】

グレイ星人には(私が知る限り)、二種類の人種が存在するようです。
①非常に高い知性と霊格を持つ、寿命の長い温厚なグレイ星人種。
②一方個体の多くが工場生産で増産された、必要最低限の臓器しか持たない冷酷なグレイ星人種。

There seem to be two races of the Grey Alien (as far as I know).
1. A mild-mannered race with a very high intelligence and spirituality and a long life.
2. On the other hand, a ruthless Grey alien race with only the minimum necessary organs, many of which have been increased in factory production.

 

前者が「ライトグレイ」、後者は「ダークグレイ」に分類されています。

The former is classified as “Light Grey” and the latter as “Dark Grey”. 
 
地球人にはテレパシー能力を駆使出来る人が少ないだけではなく、仮にテレパシー能力が使えたとしてもその人自身に霊格や人格、客観的な判断力等をフル装備している人が殆ど存在しません。
なので仮に地球人のごく一部の人が地球外生命体の誰かとコンタクトが出来たとしても、そこから得た情報を正確に、利他的に、広く平等に拡散出来る人材が存在しないに等しいです。
 


現在私の元には両方のタイプのグレイ星人からのアクセスが継続していますが、密にコンタクトを取っているのはどちらかと言うと前者の「ライトグレイ」になります。
私の元にアクセスして来る二人の「ライトグレイ」たちは非常に冷静で霊格が高く、慎重です。その分好奇心よりも警戒心が強いですが、思考はとても明晰です。
慈愛精神にも溢れており、主体は常に「自分たち」と言う認識で一貫しています。その分責任感も強く、行動出来るかどうかも分からない不確定要素の多い情報は出して来ません。

稀に精神的な混乱も起きますが、後から必ず自身の言動をリカバー(訂正)することを彼等は怠りません。
但し何れも人間社会の道徳観念や思考回路とはかなりかけ離れている為、私の側が先方の心理を監察しつつテレパシーを送ることが多いです。

 
彼等「グレイ星人」に限らずプレアデス星人等にもこれは通用しますが、最近言われている「地球上(太陽圏内)の上空に多くの援軍を送り込んで、今直ぐにでも地球人を救済する為の策を講じている」と言うような地球外生命体は、現状皆無です。
どの星の人々も、皆自分の母星のことで手一杯で、他のことに気を配る余裕がありません。
 
確かに地球内に一部の地球外生命体が存在し、その一部が暴徒化し幼い子供等を誘拐し危害を加えていると言う話を全て否定はしませんが、それと上に書いたような、ダークグレイが地球人の女性を妊娠させて新人種を増やしている‥ と言う噂とは出処が全く別ですので、怪情報には重々注意して下さい。
 

These are common not only to their “Grey Alien” but also to the Pleiades Alien, etc.
There is no extraterrestrial life form that has been said recently, “We are sending a lot of reinforcements over the earth (in the solar range) and are taking measures to rescue the earthlings immediately.” 
Everyone on every star is full of their their mother star. They can’t afford to pay attention to the events of other stars.

Certainly, I don’t deny the reality that some extraterrestrial life forms exist on Earth, some of them have become mobsters, and they have kidnapped and harmed young children.
However, the source is completely different from the rumor that dark gray is conceiving an earthling woman and increasing the number of new races, as I wrote above, so be careful about enigmatic information.
 

 
追記として。
「銀河連合からの使者」「宇宙のメッセンジャー」等と言う現実離れの言葉を多用し、穏やかな日常生活を営んでいる地球の人たちの日常をかき回そうとする一部悪質なメッセンジャーが、このところのコロナ禍を利用して幅を利かせているような状況も見られます。
彼等、メッセンジャーの一部に「他国の誰か分からない第三者からのインタビュー」等と称して、実在不詳の美しくエキゾチックな顔立ちの人物写真の静止画像を交えながらの、出処不詳のインタビュー動画等も多数確認しています。
 

注意すべきはそのインタビュアーの、その後のアクティビティーです。
例えばとても重要な情報の一部を動画等でチラ見せした後に、その人が自身の講演会等に動画閲覧者を誘導するような言動が見られる場合に於いては、先に出ている情報は釣りである可能性、もしくは全くの事実無根である可能性が非常に高いです。
ですので、先の魅力的な情報の「その後」をよく各自で観察し、くれぐれも悪質な情報には惑わされないよう各自注意して下さい。
 

本物の情報とは利己的な欲求や衝動を突き抜け、それらの情報の拡散はあくまで利他的な立ち位置で拡散される筈です。
又「スターシード」と言う非現実的な言葉を散りばめ、多くの人たちに特別なミッションが宇宙の彼方から与えられているような「甘いささやき」は、あくまで「甘いささやき」でしかありません。

Real information goes beyond selfish desires and urges, and the spread of that information should be spread in an altruistic position.
 

そもそも「ミッション」とは与えられるものではなく、自ら自発的に掴み取るものです。
現状生活に於いて「自ら掴み取ってまで他の人たちの為にそれを実践する」モチベーションを持たない人は、なにも無理にそう言う難易度の高いミッションを自身に課す必要はありません。
むしろご自身にとって現実的で手応えを感じられる、日々のささやかな生活にもっと集中すべきですので、是非そうして下さい。
 
In the first place, a “mission” is not something that is given, but something that you voluntarily grab. Those who do not have altruistic motivation in their current lives do not have to impose such difficult missions on themselves.